機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

犬河照一

「クルスク工業地帯… まあ、私たちが生まれる前は、陸戦兵器の生産などで結構盛り上がっていた場所だけど…」

 ああ、提督の胡散臭い説明は聞いてて欠伸がでる…

「このクルスク工業地帯を蜥蜴の輩が占領したの。嬉しい“プレゼント”と一緒にね…」

「その“プレゼント”って所に、厄介な理由がありそうですけど…」

 艦長が、そう言う。

 おお! 話の展開が速くて助かるぞ俺!

「はい、その通り。そのプレゼントを軍内部では、「ナナフシ」と呼んでいるわ。何度も軍の特殊部隊やら、なんやらが3回破壊に向ったけど…」

「大方、1・2回目は、完全全滅。3度目で命辛々になりながらもようやくその存在を確認できたって所でしょうか?」

 ジュンがそう言う。

「大当たり。」

 お見事。

「まあ、それの破壊が今回の“お仕事”って訳か。」

 ガイが口を開く。

「いや、説明が楽で助かるわ…」

 提督殿が、本気で助かったように言う。

「しかし、なんとまぁ… 不経済な…」

 プロスさんが、なにやら計算をしているが… まあ無視だな。

「とにかく、どうやって破壊するのかが鍵だな。なんせ、敵の新兵器だ。並々な装備で軍も向って行ったんじゃ無いだろうし…」

 俺が、そう言う。

「順当に考えれば、射程外からの長距離射撃なんでしょうけど…」

 艦長がそう呟くのに俺が付け足す。

「敵の射程は?」

「不明。でも形状からして、かなり長そうね。」

 期待してもいなかったがここまでかよ…

「敵の装備は?」

「かなりの対空能力があることだけ分かっていて後は不明。」

 待て待て。

「その他の情報は?」

「一切不明。」

 マジかよ…

 こんな情報の少なさでどうしろってんだ?

 まるで、相手が持っているのが拳銃か、ナイフなのかも分からずに無防備で日本刀片手に斬りかかって行くようなものだ。

 こんな視野の狭さの中で、どんな作戦が展開できるんだよ…

 少なくとも、俺の頭の中じゃ無理。無意識に頭抱え込んじまったからな…

「………高度をなるべく低く取ってのグラビティブラストによる長距離射撃になりますか?」

 妥当な提案を艦長が持ち出す。

「低くってどうする気? このままの進路じゃ、正面に山があってどうしても高度をとらなければいけないわよ。かといって…」

 提督が、整備班の面々を睨む。

「ああ、そうだよ! 噴射機の半端修理で「ナデシコ」が飛べるのは、目標地点までの射程距離ギリギリだよ! 帰るにも、工業地帯の廃墟から使える部品を取ってきて修理しなきゃいけないんだ!」

 溜息が思わず漏れる。

 まさか、あの正面衝突が此処まで響いてこようとは…

「とにかく! こうなったら、ダメで元々での長距離射撃に挑みます。」

 選択肢は、今回は一つ。向う未来も一つである。

「異存がある方は、挙手して発言してください。」

 誰も手を挙げない。いや、挙がらないのか…

「では、作戦開始ポイントに着き次第、作戦を開始します。」

 全員が、肩に重い物を背負ったままブリッジを去っていく。

 全員が、コレを作戦などとは思っていなかった。

 絶対丁のでるサイコロで目の前にあるのは半の札しかなく、それを取ったような心境であった…

 

 ホシノ・ルリ

「作戦開始ポイントまで、後8分30秒です。」

 正面で減っていくデジタルな数字を見ながら私は、そう発言します。

「グラビティブラストへのバイパス接続開始。」

 次々と手順が読み上げられます。

「山陰から出て撃たれなかったらハイ終わり… って、そんな風に上手くいったら楽でいいんだけどなぁ…」

 艦長… 楽って… 最近皆さんの思考が犬河さんに似てきましたね…

「予定ポイントまで、あと17,000。」

「相転移エンジンに関しては、全システム問題は無し。元から出力が50%だったディストーションフィールドの出力が33%にダウン。セイフティオール解除。」

「予定ポイントまで1500。」

 数が次々と下降していきます。

 スカイダイビングのパラシュートを開くために高度計をジックリ見ているスカイダイバーってこんな心境なんでしょうか?

「残りはっぴゃ… ! 「ナナフシ」より高エネルギー反応… 発砲!」

 一番聞きたくない単語が後半で瞬時に並んじゃいました。

 皆さんの動きが一瞬静止したかのように見えました。

「あ… でも回避不可?」

「え? どうしてです? ハルカさん。」

「噴射機完全停止… 操縦不能。」

 全員の顔が一気に青くなりました。

 ガクン!

 一気に重力の罠に「ナデシコ」は捕まります。

 ギュオン!

 ですけど、不幸中の幸いと言って良いんでしょうか? 「ナナフシ」から発射された敵弾は、「ナデシコ」のグラビティブレードの先っちょを掠めて行くだけで終りました。でも…

「これは…」

「天然のジェットコースター?」

 ウインドウに操縦不能の文字が出ます。断続的な振動が伝わり。風景が後ろ向きに流れていきます。

「しかも、元来た場所へ押し戻されているね…」

「環境破壊… 修理費… ああ! 頭が!」

 プロスさんも気苦労が絶えません。

「まあ、敵弾を回避出来たんだし。ボロだと結構得することも有るってことで。」

「ぼ、ボロ… 建造から一年程しか経っていない艦をボロ…」

 エリナさんが呻きます。

 一方この時ようやく「ナデシコ」は、摩擦の力で転がり落ちる運動が零になりました。

 

 犬河照一

「まあ、確かに今回は運が良かったようだな。調べて見た所、「ナナフシ」より発射されたものは、重力波レールガンだそうだ。マイクロブラックホールを生成して発射すると言うものらしいな。威力は凄まじい。こんなボロのフィールドと装甲では、喰らっていたら一溜まりも無かった。」

「ぼ、ボロ… またボロ…」

 ゴートさんのその言葉にエリナさんが呻く。

「まあ、ご覧の通りかなりの対空システムが有る事を証明できました。」

「証明する必要もなく倒したかったけどな…」

「いや、全くで。」

 艦長が俺の言葉に同意した。

「それで? つまり作戦Bは?」

「エステバリスで陸から行くことになりますね。」

「まあ、そうなるわな…」

 スバル少尉と艦長との会話にヤマダ少尉が同意する。

「つまりは、重力波ビーム圏外での活動となる訳だ! そこで、エステバリスの砲戦フレームの3機程に予備バッテリーの一杯詰まったバックパックを担がせることになる!」

「つまりは、陸戦4機、砲戦3機って事になるのか…」

「で、誰が陸戦で誰が砲戦なんだ…」

 ………………………

 

 

 

 

 

「最初はグー! ジャンケンポン!」×7

 結果。

 砲戦、アカツキ・ナガレ少尉(砲戦フレーム内に置ける臨時戦闘指揮官)、アオイ・ジュン大尉(副長兼職のため)、マキ・イズミ少尉

 陸戦、犬河照一中尉(戦闘指揮官兼作戦指揮官) ヤマダ・ジロウ少尉 スバル・リョーコ少尉 アマノ・ヒカル少尉

 となった。

「『ナナフシ』の次弾が発射されると思われる予想時刻は、あと12時間だ! あと10分で準備を整えろ! 整え次第出撃だ!」

 ゴートさんの号令にこの場に居る全員が言う。

【了解!】

 と…

 

 格納庫では…

「おらー! 急げ急げぇ! 後8分で全員の分を注文どおりのフレームに換装するんだ!」

「それに、あいつらが持っていくものは恐らくは、機動兵器だけじゃねぇだろうな。」

「チェーンソーや、斧… 他にも色々と詰めておけ。」

「え!? こんなものまで…」

「おもしろそうだろ。」

「ですけど… “スティンガー”やら“カールグスタフ”とかを入れとくのはどうかと…」

「バックパックに弾薬もタンマリとな… (ニヤリ)」

 

 男性用更衣室では…

「よっと、へー、結構しっくりくるな。」

「なんだ? お前らも新しいパイロットスーツ貰ってたのか。」

「ふ、犬河中尉。君だけだと思ったら大間違いだよ。」

「あ〜、はい。分かった分かった。ん? ヤマダ少尉。なんだその銃は?」

「見て分からないのか? ルガーモデル KSRH−9480 “スーパー・レッドホーク”六連発リボルバーだ。」

「おっと、こっちも見て欲しいな。コルトモデル“アナコンダ”六連発リボルバーだよ。」

「お前等な〜」

「君こそ、なんだいその鉈は?」

「まあ、いろいろとな…」

 

 女性用更衣室では…

「え? リョーコ。そんな物使うの?」

「わりいかよ。」

「タウルスモデル 22H “レイジングホーネット”八連発リボルバーね… 結構良いのが有ったみたいね…」

「イズミこそ、持ってるものはやたらとごついが…」

「そうそう、ウェッソンモデル ゴールド・シリーズ 744六連発なんて…」

「あら、ヒカルだって持ってるのは、ルガーモデル KSR−44 六連発の“ステンレス・レッドホーク”じゃない。」

「ギクリ…」

「皆が皆、持つ物は似たような物だな…」

「確かに…」

 

 格納庫近辺では…

「どうも、柚木島さん。」

「ええ、どうも飯井川さん。」

「で、貴方は、どうしてここにいるのかな〜。」

「いやいや貴方こそ…」

「「ふふふふふふふふふふふふふ。」」

 犬河照一は、これをみて換気口から行くことを決意した。

 

 

「つくづく換気扇に縁があるな俺。」

 

 

「遅いぞ犬河! 3秒遅刻だ。」

「スイマセン、ひょっとしたら、それ以上にかかるかもしれない障害物に出くわしかけたモンですので…」

「言い訳無用だ!」

 ゴートさんは、後で叱るつもりだろう。今は時間が惜しい。

『パイロット! 全員機乗してください!』

 アナウンスが流れる。

 俺は、久しぶりに自分の機体に乗り込んだ。外付けの装備は、ディサイアとラピッドライフルか… まあ、そんなモンだろう。

 微かな違和感を感じるが、それは、恐らくはパイロットスーツを変えた為だろう。

『01からカタパルトに接続! 0、1秒ずつの間を開けて射出します。パイロットはGに備えてください! では、皆さん! お気をつけて!』

 Gか… そう言えばスーツの対G機能が下がってるんだっけか? 注意しといたほうが良さそうだ。

『射出2秒前… 射出!』

「オイ! チョット待て、カウント早過ぎ『ガシャァ!』 プロブレラァ!」

 心の準備が完了してなく、講義しようとした途端カタパルトのストッパーが降り、エステバリスは急速に前進した。その為に俺は思いっきり舌を噛んでしまう。

 Gが一気にかかってきた。前よりも強くなっていると感じるのは恐らく錯覚では無いだろう。

 目の前の金属の風景が流れていった。

 良く考えたら、俺の地球での戦闘経験って最初の一回だけだったな。勘がどこまでついていけるのか気になるが、そんな事を言っている場合ではないな。

 ガッ!

 浮遊感。って! まてまて! 俺、かなり高い高度取ってるじゃないか!

 目の前に薄暗い樹海が広がった。そう言えば此処は山の中腹だったな… 重力制御が利いてたから気付かなかったけど… 糞… 気圧計に目をやってなかった…

 どっちにしろ、このまま着地したら脚部に大きな負担をかけることになる。俺は、軽くスラスターを噴かせて、足を多少ガニマタ気味にして足でクッションを取り衝撃を和らげ着地する。

 グォウン! ガキィ!

 着地は成功。

 電子音と共に正面にウインドウが開かれた。

 そこには、地図が表示されていた。

『良いか、後4時間以内に此処の川が近くにある中間地点へ到達しろ。そして、そこで3時間ほど仮眠をとり、残りの4時間で「ナナフシ」に到達、50分の余裕でどうにかしてそれを破壊しろ。以上。』

「シンプルな指示だな。」

 まあ、これだけで十分なんだが…

『時間的余裕が余り無いね…』

「確かに…」

 もしかしたら、休み無しで歩き続ける事になるかもしれない程の微妙な日程であった。

「総員。出来るだけ物音を立てずに、かつ早めに歩くぞ。」

『難しい指示をあっさりと出すなぁ…』

『それっきゃないけどね。』

 

 ウリバタケ・セイヤ。

「全員! 敬礼!」

 ビシッ!

「あら?」

 なんとも言えない表情をするエリナ嬢。

 ふふふ、こんなことも有ろうかと俺のコレクションの軍服を持ってきておいて良かったぜ。(何の為かは不明)

 ちなみに、艦長が第二次世界大戦時の旧日本軍軍服。そして、旧ソビエトの軍服を着ているのが操舵士。アメリカ軍の軍服を着ているのが通信士。旧イタリア軍の軍服を着ているのが、副操舵士である。

「で、済みませんけど… なんで、私が鎧なんです?」

 ふ、ルリよ… それは、何となくに決まっておろう!

 俺は、心の中だけで叫んだ。

「で? ところで…」

 は! 背後にまわられた!

「なんで、私がその… なんというか… そう、強化服(パワードスーツ)を着なければならないんで…」

 無論、スターシップ ○ゥルーパーズのアレである。

「いやいや、楽花嬢。似合ってるって。」

 ホントに…

「え〜、ところで俺は、ライフルまでは、用意した覚えが無いんだがそこんとこどうよ?」

「そりゃそうです。ちょっと柚木島から借りてきた物だから…」

「まて〜! 俺は、犬河じゃない! 撃たれたら死ぬぞマジで!」

「問答無用!」

「ぎゃ〜!」

 

「新手の漫才コンビですか?」(通信士)

「やれやれです。」(オペレーター)

「ルリルリ、まさかジョース○ー家の末裔…?」(操舵士)

 

 犬河照一

 樹海に機械音が木霊していく…

 足音が薄暗闇によって起こる眠気を蹴散らし俺の意識を覚醒させ続けて放さない。

 20分ほど歩いただろうか。唐突にウインドウが表示された。

 「ナデシコ」からのエネルギーの供給が無くなった事を示していた。

 なお緊張が強まる。

 まるで、そこら辺にバッタやジョロが息を潜めて此方を窺っているかのような気持ちになる。

 視界が利かないというものは、実際にはかなりの精神的な負荷になる。

「くそ!」

 俺は、頭を振って恐怖を追い出す。

 俺は、水筒の水を煽る。

 一口目で止めた。

 実際体は、水分などは求めて居なかった。ただ、極度の緊張で水を飲みたくなったのである。多少の緊張が解れた。

 そして俺の緊張は、次々と徒労に終わっていった。

 地雷原や、川を渡る事等も有ったが、大したトラブルもなく突破に成功した。

 中間地点には、時間通りに到達したのである。

 バッテリーも取り替えて、古いバッテリーは捨てた。

 俺は、機体から降りると、直ぐに俺は機体の足回りの点検を始める。

 泥の中や、川なども越えてきたために足回りに何かが付着して機動を妨げられてやられたとあっては目も当てられないからだ。

 その点検をするとようやく俺は肩の荷が下りたのを感じた。

「ふぅ… ああ、こんな事をするのはどうも心臓に悪いな…」

「まあ、確かに緊張する行動だね…」

「飯はまだか〜。まあ、野戦糧食なんだろうけどな。」

「はい、只今〜。」

「喰ったら寝るぞ、OK?」

「OK。」

「よし! ポークチョップは頂き!」(俺)

「あ! 中尉! ひど〜い! それは、私が狙ってたのに〜。」(ヒカル)

「ヒカル、よそ見してると、どんどん取られるわよ。」(イズミ)

「あ、イズミ! スパゲティミートソースは俺が狙ってたんだぞ!」(リョーコ)

「鶏とカヴァテッリ(巻きパスタ)頂き!」(ガイ)

「僕は、グリルビーフだ!」(ジュン)

「なんだよ、皆。やっぱりカントリーキャプテンチキンだろう。」(アカツキ)

「みんな酷いよ〜、私余り物の鶏ライスなんて〜。って! メインディッシュのチョコレートケーキを誰か取ったなぁ! 誰誰誰!」(ヒカル)

「うん、しかし流石米軍。糧食も豪華だ。」(俺)

 緊張で大分腹が受け付けなかったが、それでも相当エネルギーを消費していたのだろう。全部食べきることに俺は成功した。

「全員横になれ。アカツキ、何事もなければお前だけを、一時間ほど経ったら起こすぞ。」

「了解。」

 俺は、そう言って自分だけ寝袋には入らなかった。

 実際に警戒の人員がいるのである。

 だが、退屈な事には違いは無かった。

 星空を見上げる。

 天文学は専門外だったが、カラッと晴れた夜空は、キレイな星空だと思った。

「アレが、火星か? 俺たちが行って帰ってきた。」

 赤く光る星を見つけて、俺はそう思う。

 異様なほどに遠いところへ行ってきたのだと俺は、今更ながら思った。

「月でさえあの大きさだって言うのにな…」

 米粒以下の小さな輝きが、俺達が行ってきた所であるとは、到底思えなかった。

 頭を掻き揚げる。

 そのまま、30分ほどが経過しただろうか…

 俺は、ようやく自らの世界とオサラバした。

 星空から目をそむけると、近くに流れている川へと歩き出す。

 俺は川の直ぐ脇にしゃがみ込んだ。

 物思いと言うほどではないが、そのまま俺はボーとしていた。

 とくにする事も無いのだ。機動兵器など音で分かる為にそんなにピリピリとしていなくてもいい。あくまで念の為の人員なのだ俺は。

 何事も無い風景。

 月明かりでキラキラと光る川は、幻想的であった。

 そう思った瞬間。

 突如俺を襲ったのは、強烈な吐き気である。

 腹のそこから響く強烈な吐き気が辺りの雰囲気を吹き飛ばした。

「あ… ぐ…」

 堪えきれずに嘔吐する。

「げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。」

 繊細な描写は控えた方が良いだろう。俺はそこまで下品ではない。

 それほどまで凄まじい形相で俺は、吐いていた。

「あ、く。」

 夕食で喰ったものの殆どを吐いてしまった。

 まだ、川は綺麗だったが俺の中では最早見る影が無くなっていた。

「………わりぃ。」

 誰とも知れずに俺は謝った。

 許してくれると言う言葉は無い。許さないという言葉も無い。

 それは何時もの人殺しの後の時間に似ていた。

 ふと、時計を見る。

 少し遅れたが、時間通りだ。

 俺は、もとの場所に戻りアカツキを起すと自分が横になった。

 目がギンギンに冴えていたが、眠っておかなければならなかった。

 胃の中も気になったが、もはやうけつけない事も俺は分かりきっていた。

 目を閉じると泥の中に沈んでいく感覚が浮かぶ。

 しばらくして、このまま眠りに落ちようとしたときである。

 ディーゼルエンジンの遠くから響く方向が俺の鼓膜を刺激したのは…

「敵襲!」

 アカツキが、そう叫ぶ。

 全員が一斉に飛び起きた。完全に眠りコケテ居た者も不満も言わずに起き上がる。

「総員機乗!」

 俺は、そう指示を出す。

「敵はなんだ!」

「不明!」

 だが、全員が分かっていた。

 このディーゼルエンジン音が敵の鳴らす物だと言うことを…

『こちら、「ナデシコ」そちらへと向う大量の兵器群を確認した。照合したところ戦車と判明した。』

「戦車ぁ?」

 俺は、長らく聞いていなかった単語を聞いたことに驚いた。

『そう、戦車だ。廃棄品や、工場を再起動させて残っていたパーツを組み上げて作られたものだと予想できる。時代遅れの品物だが、油断はするな。』

「了解! 総員! 機体の全システムを立ち上げろ!」

 俺に言われるまでもなく全員がこれはやっているとは思うが、一応言って置く。

「砲戦は、戦うなよ! 陸戦だけでやるんだ!」

 俺は、そう叫びつつも戦車の数をレーダーで調べていた。

 どれくらいだ… くそ! まるでチャフを散布されたみたいに真っ白だ! この方角にワラワラと居やがるのか…

 厄介なことに、進軍コースと重なっている。

 そこを通らずに行けるほどにバッテリーには余裕が無かった。

「いくらなんでもこの数… 陸戦だけで持たせられるか…」

 戦車とは言え侮ってはいけない。しかもこの数である。

 幾らディストーションフィールドがついているとは言って見ても、戦車の主砲20門にも狙われれば貫かれるだろうし、30門も同時に撃たれれば、装甲も貫かれるだろう。

 バッテリーにも弾薬にも余裕が無い中での戦いとなった。

 しかし、人数が多いことが幸いした事を俺は知った。

「おい! 「ナナフシ」の破壊には、計算上は砲戦フレーム一機分の弾薬全てで良いんだよな! 余裕を残して置くとしても2機も居れば良いな!」

『ああ、そうなるな。』

「って、事は、ここで一機が全弾薬を消費しても良いって事だな!」

『あ、まぁ、そうなるか…』

「なら、砲戦フレームの内一機は、ここに残って援護してくれ! 他のは、スバルとアヤノ機をつけるから先行しろ!」

『じゃあ、誰が残るんだ?』

『ああ、それなら私という事で。』

 マキ少尉が、そう言い出す。どうこう言ってる暇は無かった。

「了解! 陸戦フレームヤマダ機前進! イズミ機は、後方より援護を頼む! 間隔は10秒。」

『戦闘に対する作戦はなんだ!?』

「作戦は特には無い、だが集中砲火を浴びないようにしろ、前に出すぎるな! 相手の方を底辺にした三角形のフォーメーションでいくぞ。」

『了解!』

「援護は10秒置きで来る… 着弾時の土ぼこりに気をつけろガイ! 死角ができるからな! 足元にも気をつけろ! 着弾で出来た穴に足つっこんでこけたなんて洒落にもなんねぇからな! それと、他のは、もう行け! ここで残る奴等は、バッテリー使い果たす事になる。付き合うな!」

『応!』

 全員が、そう言って同意を示した。

「じゃあ行くぞ!」

 夜の沈黙は、機動兵器の足音と、ディーゼルエンジンによって昼間のような騒音となり。

 夜の無彩色の暗闇は、爆発光とマズルフラッシュによって有彩色で明るく染め上げられた。

 

 アオイ・ジュン

『見事なもんだな…』

「ええ、全くですよ。」

『敵襲と見るや、皆が反論できない程の速度でマズマズの指揮をとる… 能力の上限はともかく確実に外れない指揮をとるからな… 見事だよほんと。』

 一気に3機も居なくなって寂しくはなったが、雰囲気は余り沈んではいなかった。

 爆音が響いてくるが、それも遠くなってくる。

「全く眠れませんでしたね。」

 目は、閉じてはいたが、実際僕は眠っていなかった。

 全員がそうだろう。

『敵に此方の事情は分からんだろうさ。』

『知った所で、好機と見て攻めてくるに決まってるしな。』

『うう… 折角マンガ章を受賞した夢を見てたのに〜。』

 一人例外が居たようだが…

 僕は、ボウけた頭をブンブンと振って少しでも意識を覚醒させようと図る。

『しかし、あそこで敵襲で良かったのかもしれないぞ。』

「どうしてです?」

『僕達の任務は、12時間以内の「ナナフシ」の破壊だ。あいつ等は攻めてくる必要なんて無かったのさ、僕らがゆるゆると休んでる間にあの数で防衛線を張って、4時間も踏ん張れば良かったんだ。それなのに攻めてくるなんて敵も結構間抜けと言うことさ。』

「確かに…」

 言われて見ればそうだ。敵にも勲章を得るために抜け駆けをするような奴が居るのだろうか? まあ、無人兵器の事情なんて知ったことではない。そう、ヤツラが僕達の事情なんて知ったこっちゃ無いように…

『まあ、とにかく敵が待ち構えている可能性もあるが、時間的には余裕を持って行動に入れたと言うわけだな。』

 スバル少尉が、そう言う。

 これから、僕等は3時間ほど暇になる。

 そう、3時間ほどであった。

『しかし、ジュン君。僕は思うんだが…』

「なんです? アカツキさん。」

『本来の指揮官が本命の新兵器破壊任務とは別に足止めになるのって良いのかな?』

 ………………………『あ、やべ。』

「済んじゃった事です、仕方ありません。」

 少し通信回線に流れた声は、幻聴と言う事にして置こう。

 

 犬河照一

「くそ! うぉ!」

 俺は、ディサイアを振りながら戦車を蹴散らす。

 一振りごとに2・3台はスクラップと化していくが、まるで蟻の様にウジャウジャと来るこいつ等の前には焼け石に水であった。今ようやく途切れが見えたところである。

『チクショー、数できやがるとは! 弾薬にも余裕がねぇってのに!』

 ヤマダ少尉がそう言うが、俺もそうである。バッテリーは良く持って後10分と言う所であろう。

 戦闘を開始してから、30分が経過していた。

 戦闘駆動で、20分も持たせるだけでも大変である。

 ディストーションフィールドをマニュアルでON・OFFして、必要時以外は展開させず、もはや、まるで必要の無くなったレーダーを切り通信に使う電力を最低に設定。それでいて、極力消費の軽いラピッドライフルや、ミサイルポットでの攻撃を続けていた。

「何だこの数は! まるで、砂糖に群がる蟻の大群だぞ!」

『私達が砂糖かしら?』

 笑えない事を言うマキ少尉。

『チョビチョビ喰おうってか? 俺は甘く無いぞ! 喰われるのはお前らだ!』

「なに一人きめてるんだよ! でりゃあ!」

 叫びつつディサイアを横薙ぎに払う。5台程が一気に吹き飛んだ。

「の、残りどれくらいだ… どれくらいやったか… 覚えられるわけねぇだろ。」

『こっちのレーダーで見ると、大分少なくなって来てるみたい。増援がなければ何とか持つでしょうね。』

 増援…

 味方なら心強いが、敵に対してのコレは凄まじく嫌な言葉である。

 こっちゃ、マトモな機動も取れずに四苦八苦してるってのによ…

 その状況がさらに10分ほど続いた時。

『よし! こっち側から敵の反応は無い! 片付いたぞ!』

 ヤマダ少尉の声が聞こえた。

 だとすると、残りは俺か…

 増援がいないのならば俺の前にいる奴が残りの全てと言うことになる。

 つまり、俺の正面に居る20両程が相手って訳か…

 ミサイルはとっくに尽きている。

 俺は、残りのバッテリー全てを使って、接近戦を挑むことにした。

 と、言うよりそれしかやりようが無い。ラピッドライフルの残弾も限りなく0に近かったのだから…

 しかし接近戦は無論バッテリーの消費は激しい、もって3分と言う所だろう。

 俺は、ディサイアを振り下ろす。2台ほどの車両が吹き飛ぶ。

 弾数が残り少ないラピッドライフルで、距離が離れている2台程の車両を吹き飛ばす。一秒と経たない間に全弾を使い切りホールドオープンした。

 すかさず用済みのラピッドライフルを落とすと(投げ捨てた方がカッコイイのだが、電力消費が大きいので下に落とした)ディサイアを振り上げ、再度振り下ろす。幸運なことに4台ほどの車両が吹き飛んだ。

 あと12台!

 ディサイアをまた振り上げようとするが、電圧が弱まって来ているらしく反応が鈍い。それでも、また振り上げて戦車に向って振り下ろした。

 2台ほどの戦車が、真ん中から拉げる。

 その後に、ディサイアの拘束を開放させた後、思いっきりエステバリスの拳を固めさせて、戦車を殴りつける。

 左右一発ずつで2台吹き飛ばした。

 もう一度それを行いもう2台を吹き飛ばす。

 残り… 6台か…

 バッテリーが0に限りなく近い数字を刻み込む。

「んなろぉ!」

 俺は、エステバリスの足の部分を排除し、一台の戦車に向って倒れこませる。

 傍に居たもう2台を巻き込み、3台の戦車の上に圧し掛かるような形でエステバリスは倒れこんだ。

 そしてその直後、マキ少尉からの援護の砲撃が、2台の戦車を巻き込んだ。

『これで、こっちは弾切れ! 最後の2発を確実に当てるためにちょっと狙いを定めてたから遅くなったけど確かに援護はしたわよ!』

『もう援護は期待しないでくれ! こっちは動きが取れん。エネルギー切れだ!』

「あとは、白兵戦かよ!」

 俺は、コックピットハッチを開ける。

 残りは、あと一台。

 だが、俺の手の中にあるのは、ファイティング・ダガーとS&Wモデル500である。

 頑張れば、何とかなるか。

 難易度的には低いしな。何時もより。

 戦車の死角は… 横だ! …だと思う。

 俺は、横へと回り込む。

 脇についている機関銃が吼えるが、もとより主砲の方に中の機械は集中していたのだろう。まあ、機動兵器を相手にするのだから当然と言えば当然だったが…

 そのお陰で、俺への射撃は正確さに欠け間隙を縫って距離を詰めることに成功した。

「うぉぉぉぉぉ!」

 戦車に抱きつくようにして俺は取り付いた。

 取り付いてしまえばこっちの物だ。

 俺は、上へ上がりハッチを開ける。

 ハッチを開けた途端、バッタがブラスターの挨拶をしてくれた。俺の頬の直ぐ脇を通っていく…

「いや、こちらこそ勝手に上がりこんでスイマセンってなぁ!」

 俺は、S&Wモデル500をバッタに向かって撃つ。

 ディストーションフィールドを張ろうとしたようだが、その前に銃弾がバッタの頭部を吹き飛ばしていた。脳髄の代わりに撒き散らされる機械部品と血の代わりに撒き散らされるオイル…

「おらぁ!」

 俺は、ファイティング・ダガーをバッタの頭部があった場所へと突き刺す。

 そして、蹴りをかまして、バッタを車上から叩き落した。

 足がじ〜んと痺れた… 反応は… 無い。

「ふぅい… つかれた。」

 俺は、コミュニケに向かって、戦車捕獲と敵機全滅の報告を言う。

 その後に、ファイティング・ダガーを鞘に収めて、戦車の中へ入った。

 アクセルペダルを踏み込まれて、戦車は発車した。

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十七話 上

END

第十七話 中へ続く…