機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

 犬河照一

 どうなったんだろう…

 やっぱりかなりの所まで“キテイタ”んだろうか。

 相当、今も昔も無茶をやったもんな。

 全てが有耶無耶な世界がそこに広がっていた。

 いや、狭いのか?

 分からない。

 広いのだろうか? 狭いのだろうか? 明るいのだろうか? 暗いのだろうか? 有彩色なのだろうか? 無彩色なのだろうか? 俺なのか? お前なのか? 誰なのか? 君なのか? 自然だろうか? 施設だろうか? 山だろうか? 海だろうか? 空だろうか? 平原だろうか? 生なのか? 死なのか?

 ああ、全てが有耶無耶だ。

 思考がパンクしそうだな。

 なんだってんだよ。

 次の瞬間世界が壊れた。

 ガラスが割れたような音(?)と共にひび割れ崩れていく…

 ―――こりゃあ、また…

 バラバラの世界が一つの形を作る。

 惨劇。

 一言で言うならそれが目前で展開されていた。

 血、血、泥、泥、反吐、反吐、肉塊、肉塊、肉片、肉片、骨、骨、眼球、眼球。

 赤く染まった海。勿論、赤潮などではなくその海を染め上げているのは全て人間の部品である。いや、人間だった物の一部とでも言えるのだろうか。

 それを曇り空の薄暗闇と、辺りに立ち込める火薬と血潮の臭いと、薄くかかった煙がさらに惨劇図を凄まじく見せていた。まあ、こんな物に青空をマッチさせられたら青空が途方も無く嫌に見えるが… ってか、100%嫌いになるぞ。

 にしても何時の話だったか、これを見たのは。

 10歳くらいの時だったか? とにかくかなり前の筈だ。なんでそんな物が目前で展開されている?

 疑問を俺は自答しようと考える。

 ………まあ、どうでも良いや。

 結局は答えは出なかった(所要時間0,000000000002秒)。

≪本気かよ≫

 誰だ!

 俺は、条件反射で体が動きそこから飛びのいた。(問題は、体があるのかすら定かではない事なのだが)

 勿論、いきなりこんな不可思議な場所で声をかけられたらそう言う反応を取らざるを得ないだろう。だから俺を攻めるな。

≪お前は、欲望の固まりだ。無ければ良かったと思っている。これらが全て… 無かったら最高だと思っている。当然だな≫

 ………ああ、なんだ。俺か、内より響く声ってか? 使い古されてるぞ、まあ質問に答えるか…

 当然だ。アホ。

 本来ならば否定するところを俺は肯定した。

 でもよ、結局はお前は何が言いたいんだ?

≪ようするにだ。貴様は…≫

 エゴの固まりで他人の事など結局は何も考えていない自己中心的な人でなしとでも言いたいのか? と、人でなしは狼男で言う褒め言葉だったな。だとすると人間? どっちでもいいか、とにかくそんなのとっくに全部悟っているが?

 至極当然な思いを俺は思った。

≪ならば、なぜ… お前は戦う…≫

 そんなの決まってんだろ。

 エゴと独善と義務と  の為さ… おお、人間四大殺意(俺命名)が全部揃っている。

 その中で今のところ一番大きいのがエゴだな。

 俺は我儘なのである。

 地球の裏側で他人が1000人虐殺されるより傍の友人が1人交通事故で死なれる方がいやだ。

 どっちを取る。そりゃあ友人の方だ。

 遠くの物より近くの物を取る。

 大きいか小さいかは別として俺はそういう男だ。

 俺は、他人を助けようと思ったことなど一度もない。

 他人以上の存在なら助けようと思ったことは有りまくるが。

 まあ、助けるだけだ。それ以上など出来やしない。

 やる前から諦めている? それが人間の行き方ってもんだろ。

 そう言う訳だ。一つ言っておこうか? 内より響く声様。

 俺を狂わそうなんて無駄な事だ。

 なぜなら俺は―――

その答えを聞いたか否かわからないが、その直後意識が覚醒していった。

 

「づぁ!」

 覚醒しての始めの一言がコレである。

 白い天井、眩しい明り。

 そして独特の消毒液の匂い。

 それで、俺は何処に居るのかと言う事は解った。

 夢の中で荒げていたらしい息を整えながら呟く。

「………医務室か。」

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 一日や二日じゃきかない気がするが…

 頭がぼんやりする。体内時計がマトモに働いている筈も無かった。

 近くに時計は無いかと首を動かして探す。

 特にめぼしい物は無い。点滴の針が腕に刺さっているのを感じた。

 寝ててもしょうがない… 起きるか。

「う! っこいしょっと…」

 身体を持ち上げる。

 体温で温まった白いシーツから背中が放れた。

 痛みが走るが、無理矢理上半身を腹筋と腕で支えて持ち上げる。

 何とか上半身は起き上がれた。

 改めて自分の惨状を見る。

「ボロボロだな…」

 額に違和感がありまくる。相当切ったからな、縫われただろうし。

 口の中にまた違和感。吹っ飛んだからな… 歯が相当。

 ああ、まだ20にもなってないのに入れ歯になるのかよ…

 がっくりと肩を落とす俺。

 喋る時の口調がフガフガになってないだけマシか。

「おお、満身創痍君。お目覚めか?」

 と、その時医務室の扉が開いて、そこから白衣のお兄さん(お姉さん所望だったんだけどな俺)が入って来た。

 どうやら、この艦の医者らしい。名も知らぬ我らが名医5号(仮)とでも名付けて置こうか。

「おう、そうだ。今、お目覚めだ。」

 隠す事もない、ってかそんなのを隠す人間が居るわけがない為に正直に言う。

「ふぅい、雰囲気からは、ホントになんともないらしいな。胴体をかなり叩かれたと聞いた為に、結構心配してたんだが… 元気そうで何よりだ。一応機材で検査もしてみたが君は狂運だな。内臓には何も異常はない。数日の内に立てるようになるだろう。」

「そんなとこですか。」

 しかし… 何の異常もないわけないだろ… まあ、言う気もないが。

 俺は、立ち上がろうとして足に力を込める。だが…

 足腰に力は入らない。

 動かない…

 つまりは、歩けない。

 しばらくかかるか。

 右手でポリポリと頭を掻く。

 風呂にマトモに入っていない為にフケが落ちる。くしも入れていない髪の毛は寝癖だらけだ。

 まあ、それはおいといて。マトモに(?)動くのは上半身だけか。

 自分の体では無いような違和感… 半身不随の人間ってこんな感じなんだろうか?

 直る分良いか、俺の場合は。

 溜息をつくと、俺は右側の棚の上に視線を投げる。

 なにやら赤い物が見えたためである。

「ん? 林檎ですか?」

 赤い球状の果物を見て、俺は声を出した。

 となりに、S&Wモデル500が置いてある。型番からして俺が使っていた物だ。誰かが拾ってきてくれたんだろうな。しかし、病室にコレは合わない。

「見舞い品だ。喰え。」

 そう、名も知らぬ我らが名医5号が林檎を食うことをすすめる。

 遠慮する事もないために、S&Wモデル500の事は置いておいて、俺は脇のプラスティック製のカゴの中に入っている林檎を一掴みしてかじる。

 ジャギ…

 う、噛みにくい。しみるな…

 前歯が半端に折れているために苦労して前歯を立てる。こう言う時に固い果物と言う物は枷の様なものともいえるな。

 まあ、それでも何とか噛み切る事に成功した。

 シャリシャリ。

 林檎特有のシャリシャリした歯ごたえが歯茎に伝わる。

 じわりと果汁が味覚を痺れさせた。

 甘い… ってか旨い。

 新鮮さ100%だな。

 ここまで、上質の林檎を食ったのは何年ぶりだろうか。

 う〜んと、確かバーゲンで安売りのあった2年くらい前だったか?

 俺は、そのまま奥歯で砕いた果肉を飲み込も

 

 

 ビグゥ!

 一瞬の痙攣の後、筋肉が硬直した。

 意識ではそのまま飲み込みたいと思ったのだが、体が瞬時に拒絶反応を起こす。

 その時に思わず、ポロリと手から齧りかけの林檎が零れ落ちた。

 勿論、ここは有重力である。支えを失った林檎は真っ白い床に落ちた。運動が相殺しきれずにそのままころころと床を転がる。

 筋肉が過敏に反応し、開いた片手で瞬時に口元を押さえる。

「うぇげぇ… がぁ…」

 呻き声が出た。意識せずとも出る物だ。

 凄まじいほどの形相であったのだろう。目の前の相手が畏怖の視線を送ってきた程の物なのだから…

 猛烈な吐き気が俺を襲う、僅かだが反吐が口先から漏れた。

 かすかな異臭が室内に立ち込める。

 目の玉が飛び出そうなほどに瞼が開かれ、口の奥からたった今喰ったものが逆流した。

 抑えている手に、湿ったような感覚が伝わる。

 口を塞ぐ手を二つに増やす。それは意識もせずに行った本能的な行動であった。

「!! おい! どうした!」

 流石プロの医者である。恐怖を得ても瞬時に切り替えしてきた。

「ぐ… がぁ!」

 再度、呻き声が漏れた。

 吐き気、吐き気吐き気吐き気吐き気吐き気… 嘔吐感が俺の中を蹂躙する。

 圧倒的な権限を持って、俺の中のそれ以外の部分を吹き飛ばし、マトモな思考を出来なくさせ、一気に脳の殆どの領域を占領した。

「どうした! 見舞い品に毒なんて入ってる訳ないだろ! なんでだ!」

「えげぇ… ぐぅぅ… よ、横になってれば治りますよ。俺の場合は… 多分。」

 今にも吐きそうな状態でどうにかその言葉を紡いだ。

「ばか! 並の顔色じゃないぞ!」

 そんなに青ざめた顔つきをしているのか俺は…

 吐き気が促される、奇妙な味をした水が喉から溢れ出てくるが、無理矢理俺は飲み込む。

 反吐なら何とか飲み込めばいい。

 その内消化されるだろう。無理矢理理論だけど…

「リンゴアレルギーなのかお前!? 先に言っておけ! 糞! 電話! 電話は!」

「いや… そんなこと… 無いんですけど…」

 ほ、ホントに大事なのか… 相当切羽詰められてる様だが。

 最近では余りアブナイ物を服用した覚えもないし…

「くそ… なんで…」

 心当たりはありまくるが、そんな事を考えていられる暇が俺にある訳は無かった。

 数限りある精神力で、無理矢理嘔吐を押さえ込む。

 だが、その奔流は留まる所を知らなかった。

 飲み込めば出る。吐く物など殆ど胃液しか無いと言うのに…

 それの無限循環。確実に悪質であるだろう。

「おい! 患者の様子がおかしい! もう一度精密検査だ! 全員集まれ!」

 受話器に向って怒鳴りつける、名も知らぬ我らが名医5号の姿を視界の先に捉えながら俺の意識はブラックアウトした…

 それを幸運と取るべきだろうか…

 少なくとも俺の抗い様もない地獄の戦いはひとまずの休戦を約束してくれた。

 意識を失う事がコレほどまでに楽だと言う事が、これを境に俺の脳裏に刻み込まれた。

 口から溢れ出た水と冷や汗が、ベッドのシーツを濡らしていった感覚を得ながら。

 

 ヤマダ・ジロウ

「ああ、ったく。」

 ゴシゴシと床を雑巾で擦りながら俺は愚痴る。

 何時から俺は雑用になったんだ。

 アイツが怪我で動けない時は何時も俺の仕事だなコレ。

 まあ、心の中ではそう思いつつ確りと手と足は動かしているのだが。

 結構、満更でもなかったりする。

 体力トレーニングの代わりにもなるし、やはり職場は綺麗な方がいいだろう。

「うむ、完璧だ。ここまでやれば文句は無かろう。」

 俺は、立ち上がってポーズを決めてそう言う。

 額から滴る汗がキラキラと証明を浴びて光った。

 そして、背後にはまるでガラスのように光り輝く廊下があった。

 塗装まで剥げている気がするのは恐らく気のせいだ。

 ああ、壁紙も大分削られているようなのも気のせいだ。

 何処かしら、アホやら馬鹿やら無能やら掃除能力皆無とか書かれたウインドウが俺の周りに大量に展開されているのも極限まで恐らく気のせいだ。

 いや、ホントに包囲されてるみたいだな俺。いや包囲と言うよりウインドウの牢獄に閉じ込められたみたいだ。

 ピッ!

 電子音。ウインドウの表示が変わった。

「ん?」

 表示された文字を理解するまでに一瞬。

《懲役300年、いやなら罰金500万円》

「ふざけんなぁ!!!!!」

 怒りに任せた回し蹴りをウインドウに向って放つ。だが、当然の事だがそれはすり抜けて、全く罪もない… てか、被害者的な壁に蹴りが直撃した。

 ミャキャリ… と良い音が響いた。更に、とても良い感触が足の裏を伝わった。チョット本来止まるべき所から足首が行き過ぎている様な気が…

 嫌な予感がした。恐る恐る足を壁からどかす。

 キレイな靴底のマークが壁に出来ていましたとさ。     チャンチャン(効果音)

《や〜い、や〜い。》

 ウインドウに表示される文字があからさまに俺を馬鹿にしている。

 糞! 近頃の管理コンピューターは、人間様を馬鹿にするように出来ているのか。

 人間様の偉さを知らしめるために、少々“物理的”な、お仕置きが必要な時期では無いのだろうか。うむ、そうに違いない。

 ピッ!

《暴力反対、ゲキガンガーを再度見るべし。それで暴力の意地汚さがわかるであろう。》

 プチン。

 何かが切れた。俺の中で大切な何かが…

「ほう、大した性能じゃないかぁ。人の心が読めるまでになったんだ。これ以上の進歩などもはや貴様には必要あるまい。これ以上進歩するな。いやむしろ成長すらもこの俺が止めてやろう。今すぐに… 覚悟もさせずに。」

 微妙に冗談めいた口調で俺はその台詞を言った。

 ボキボキと、指を鳴らさせる。本気で殺意が俺の目から放出されていた。

 そう、戦闘時以外では確実に放射されないほどの殺意が…

 瞬間、ウインドウの牢獄がとかれた。

「ち、逃げたか…」

 コンピューターに恐怖を与える程の眼力を持てる様になれば、俺も一人前か?

 まあ、とにかく管理コンピューターの牢獄からは脱出できたし他の人は笑って許してくれるだろう。廊下の惨状については…

「いやはや、給料の削減は覚悟して欲しいですな。」

「う! 後ろぉ!」

 い、何時の間に居たんだプロスの旦那!

 しかも、モップを構えて。

 いや、スパナとペンチも常備?

 まて、何故にノコギリまで持っている!

 ってか! どうやって俺の心を読んだ! 始めは俺の得意分野だったのに!

「はぁ、なんですか? この廊下の惨状は… 入院中の本職の人が見たら泣きますよ。」

「いや、アイツは血で汚してるから。特に服を、誰が洗濯しているんだろうなぁ…」

 2名ほど心当たりが居るが。

 でも、いつあの男が本職になった?

「しかし、ヤマダさん。貴方も相当な怪我のようでしたけど?」

 ピンピンしている俺を不思議がったのか、少々心配げな声をなげてくるプロスの旦那。

「ん?」

 確かに、俺の怪我も酷い。骨折などの大事にはなっていないが、体中打身や擦り傷だらけだ。一つ一つは大したことは無いが、やはり集まるとかなりの物となる。

 だが…

「怪我が痛くないんだよな… むしろ痛さが、心地よいっていうか…」

 そう、本当にそんな感じだ。

 あんな反芸術的にも程がある程の殺し方を見せられては、そうも感じるようになるか。

「どうやら、本当にそうらしいですな。いやいや、安心しました。完全に…」

 心のそこから思っていることを胸を撫で下ろすジェスチャーで表現するプロスの旦那。

 まて、納得できないぞ。

「何に、安心したんだよ。」

 そこら辺ハッキリさせてくれないと困る。いろんな意味で。

「簡単に死なない男が増えてきたと言うことですよ。」

「はぁ?」

 まあ、自分でも確かに前よりも頑丈に成ってきていると思うが… それと死なないの関係は… ありまくりか。

「それはさておき… これも聞いておきましょうか… 貴方は軍に対してどう言うイメージを持ってますか?」

 軍… ね。

 一昔前は、悪いイメージしかなかったけど…

「そうだな。少なくとも戦争で飯を食っている輩だな。つまりは、俺達(・・)()同類(・・)だ。」

 いや、俺達は伊達や酔狂で戦争をやっている以上ひょっとしたら軍以下なのかもしれない。今までの理由では、確実にそうだろう。

 軍にしてみれば、俺達のように食うためでもなく就職先を捨ててまで、戦場(こんなところ)にまで、来るような奴らこそ異常以外の何者でもない。

 誰かを守る。確かに軍人はそうだろう。ちゃんと、家族を養うや自分のおまんまを食うと言う立派な名目があるのだから。

 俺達にはそれがない。いや、最初はあったのかも知れないが、何処かのアホによって意思がどんどんすげ替えられていく。

 軍のイメージ変換もそうだろう。

 軍人は命令と言う物を聞かなくてはならない。絶対服従だ。だが、それが職なのだから仕方がない。それをしなければ給料をもらえないのだ。普通の職場で、上が資料をまとめろと言うのと何の違いがある。そう、18禁な物でもそれで飯を食っている人達だって居るのだ。つまり軍人は命令を聞くと言う事で飯を食っているのである。それを、絶対服従に対するあてつけで、人道的じゃないとか言って。軍と言う物を簡単に否定するなど間違っている。軍を否定するならば、それで働いて飯を食っている人間全員を養って見せろ!

 それで、軍は無くなる。満足できるだけの給料で安定しさえしていれば誰だって軍には入らない。

 する必要もないのに命を賭けるかもしれない職をやる奴なんていないのだ。

 だが、しなきゃいけないからやっている訳だろ。殆どの軍人は…

 そうだ。近年の軍人の大量増加は、誰もが正義感からやっている訳じゃない。木星蜥蜴との戦争で他人を守ろうという気持ちで本気で志願した奴など殆どいないだろう。木星蜥蜴の攻撃による職場の急激な消滅により、家族を養うためや明日の自分の飯を食うために殆どの人間が軍を志願したのだ。だが、それでもやはりあぶれる者と言うのは出てくるのだろうが…

 俺など異常な部類に入っていたのに、気づかなかったのである。

 全く持って俺はイカレていた。明確な理由も無く戦争に行くなんてコレっきりだ。

 これからは、戦争に行くにしても自分の為に行くだろう。

「って、だぁぁぁぁぁ! なんで、俺はこんなに軍人に肩入れしているんだぁ!」

 イキナリ大声を上げたために、プロスの旦那が驚いて一歩引いた。

 いや、言い訳せにゃいかんな。この状況。

「いや、考えていたら。無性に軍人に肩入れしているような結論に達しまくって… それが、なんというか… 今まで否定しまくっていたのをイキナリ肯定してしまった自分に腹がたったと言うか。」

 その言葉を聞いたプロスの旦那は、何故か笑って言った。

「つまりは、軍が嫌いな訳では無いと。」

「当たり前だ。職業で人間を差別するような物だぞ。軍人だって職業の自由で軍に入っているんだからな。それなのに、軍を否定できるか。」

 軍が好きと言うわけでもない。かといって嫌いにもなれない。

 世界が善悪だけで動いていたらどんなに楽だろうか。感性が好きと嫌いだけだったらどんなに楽だろうか。料理が美味い不味いで片付けばどんなに楽だろうか。

 この世には二者一択など殆どないのだ。それだけで済むならば、なんとまあ楽な世の中になるのだろうか。有る意味そんな世界が理想郷だな。

 まあ、軍の好き嫌いに関しては中間だろう。

 尤も多い人間の答え方である。

 YES、NOよりもどっちつかずが、一番答えやすいのだ。

○×クイズで、△があるのなら俺は間違いなくそこへ行く。

「って、思いっきり思考が変な方向に…」

 ガックリと肩が落ちた。

 だめだこりゃ、逆に俺が激しく鬱になっていく…

 変わって行く自分を再認識するような真似をしてしまった。悪い事ではないのだろうが、どうもイキナリそう解ると脱力してしまう。

 そのまま、俺は幽霊の様に歩き出した。

「ああ、もう質問は終わりでいいな。」

 俺は、力なくそう確認する。

「あ、どちらへ?」

 プロスの旦那の台詞がうざったらしく聞えた。

 面倒臭いと思いつつも俺は言葉を紡ぐ。

「いやぁ… チョット撃ってくる。」

 俺は、そう言って射撃場へ向って歩き出した。

 激しく鬱な気分の時は銃を撃つのが一番いい。少なくとも俺は。

 反動と轟音が、気分なんて掻き消してくれるのだ。

 本当に、人間は兵器に引き寄せられる物なのかも知れなかった。だからこそ戦争と言う物を何時の時代でもするのかもと…

 

「と、なると… やはりこのプランは最良ですか。」

 

 後ろの声に耳を貸す気力が湧き出てこない俺には、当然後ろから聞えてきた言葉の意味を理解する事など出来なかった。

 

 

 ガァン! ガァン! ガァン!

 轟音が、俺以外誰も居ないステンドグラスから漏れる光以外には光源のない薄暗闇の射撃場で木霊していた。

 かちん、と弾丸が出なくなったのを理解すると、サムピースを押し込み。スイングアウトさせる。シリンダーが左側に飛び出した。

 そのまま、銃身を上に向け、重力で空薬莢を落とし。空になった弾倉内に、新しい弾丸を一発ずつ込めていった。

 使っている銃は、スーパーレッドホークである。日本人には… いや、人間にはデカ過ぎると言って良いほどの銃だ。

 手首のスナップでシリンダーを元の位置に戻すと、再度構えて引き金を引いた。

 一発撃つ事に、強烈な反動が肩を抜ける。

 轟音が、こう静かな室内の中では更に大きく聞えた。

 25m先の紙製ターゲットが、弾丸に穿たれるごとに身をよじらせる。

 だが、俺は不満げな声を上げた。

「ちっ、なんであたらねえ。」

 そうだ。確かに的には当たっているが、狙った箇所である直径10cm程の円の中には一発も命中していなかった。

「ああ、チクショウ! 重いっての! ああ、感情と言う物は凄い。こんなものをこの前の戦闘時にアレだけ長時間、良く持っていられたものと感服するぜ。我ながら…」

 正直手が疲れた。まあ、銃は構えているだけでもかなりの体力を使ってしまう物だが…

 しかし、これは重量が弾薬抜きで1485gと桁外れの重さである。

 ああ、訓練学校時代のベレッタの900g程の軽さが懐かしい。

 俺は、ホルスターにスーパーレッドホークをしまい込む。

 そして手の平を見ると、グリップの痕が痣となって見事に描かれていた。

「………人を殺すか。」

 正直、そんな事になるなんて思っても見なかった。

 これは、異星から攻めてきた宇宙人の仕掛けた戦争であって人類同士の戦争では無いのだ。

 だが、俺は自分の意思で自分の手を血に染めようとしている。

 これは、明らかに人を殺すための練習であった。

「はぁ、どうしちまったんだろうな。」

 本当に俺はどうかしてしまっていた。

 何度も何度も思考し続けても、己が変わって行っていると言う事しか頭に浮かんでこない。

 俺は、廊下に出ると直ぐ脇のソファーにどかっと座り込んだ。

「時間は… なんでぇ、夜の12時か。」

 つまりは、あの後からずっと俺は撃っていたのか。

 少なくとも9時間ほどは撃ち続けていたと言う事になる。

 かなり撃ってたのか… 実感無いけど。

 良く考えればケース一杯の量の弾薬を15ケースくらい使ったような… 置いとけこの際。

 しかし何時もなら結構忙しなく働いている人がいそうな時間帯だが、今日は人通りが少なかった。

 廊下の電気も落ちている。

 隅で輝く非常口の緑色のライトと自動販売機の仄かな明りのみが発せられる光源であった。

 しかし、考え事をするのにこう言う雰囲気はあっている。

 丁度いいな。今日は眠る気になれそうもない。

 暫く考え事をしたい気分だった。

「糞… なんで、惹かれちまうんだよ。あんな野郎に。」

 どうにもこうにもそうだった。

 助けられたからか? いや… それは、借りを返した。

 じゃあ、何で…

 そこで俺の思考は行き詰った。

 糞! 思考が進まない! これ以上は進まない! どうしてだ!

 大概の考え事など何処かで行き詰る物だとは思うが、こうまで進まないのは嫌だ。

 苦悩とは似て違うような思考が俺の中を乱舞し続ける。

 とにかく考え続ける。

 何度も何度も考え続ける。

 ヴ〜ン

 静かな廊下の中で換気扇の音だけが、俺の鼓膜を刺激させる。

 静かな静かな夜が過ぎていく。

 ふと思ったら、俺は無意識に銃のグリップを握りこんでいた。

 どうやら、気分を落ち着けるのに銃を握ってしまうと言う悪い癖がついてしまったらしい。

 それに気づいて慌ててグリップから手を放そうとした時には、もう朝日が昇りかけていた。

 考え事をしている時にはやたらと時間が経つのは早いものであった。

 完全に寝る事を諦め、俺は最後にこういった。

「はあ、お前は頭痛の種にしかなんねぇよ。」

 それは、この場に居ない誰かの事を何処かへ向けて言った言葉。

 そして、俺はその言葉を繋げた。

「どうにもなんねぇ…」

 言い終わると俺はソファーから立ち上がった。

 う〜んと背伸びをする。

 不思議と朝焼けの太陽が何時もよりも早く昇ったように思えた。

 疑問は決して答えは出ない。

 じゃあ、そのままで良いじゃないか。

 俺は、答えを探すのを諦めた。

 俺は答えを求めなくなった。

 どうでもいい。答えなんて求める事自体がどうでもいい。

 吹っ切れたと言うよりも面倒くさくなった思考を俺は置き去りにした。

 正直、どうでも良くなった。

「よし!」

 俺は気合を入れなおす。

「飯を食いに行こうか!」

 何はともあれ朝食だった。

 決して綺麗でもない朝日が俺の目に染みた。

 う〜んと背伸びをする。

 次の瞬間視点がぐらりと歪んだ。

 瞬間頭を押さえる。

 瞼が重い…

「いや、飯の前にシゲ○ックスが欲しいかな。」

 眠い感覚を引き摺りつつ俺は食堂へ向かっていった。

 いや、しかしシゲキッ○スって…

 

 

 

「「「「飯〜。」」」」

 入った途端、思いっきり声が被る。無論、発言者は見事に別々の入口から同時に入って来た。男性パイロット四人衆である。

「おお、来たか来たか。現代の四銃士どもよ。」

「おうおう、名誉なんだかそうでないんだか良く解らない二つ名で呼んでくれるな楽花。」

 うん。俺も光栄だかなんだか解らん。

 ちらりと今の発言者の中尉の階級章をくっ付けた男に視線を向ける。

 所々包帯やらギブスやらで固められているようだが、顔の血の気も良く健康状態も良さそうだ。心配は無用… ってか、コイツは心配する必要もないだろう。

 ふふふ、貴様が寝ている間にどれだけ差が詰まったか訓練時間に見せてやる。

 微妙に殺気が迸りつつある目を卓上にあるメニューに向ける。

「本日のオススメって書かれている。火星丼一丁プリィズ!」

 俺は大声でそう言った。

 声が食堂中に響き渡る。

 と言っても、こんな朝早くから飯を食いに来る奴らなんてこの四人以外には殆ど居ない。

 しかも揃いも揃って似たような大声を出すので、コックの皆様以外は大して迷惑もしないのだった。

「牛丼くれぇ!」

 アカツキ… 朝っぱらから、んなもん喰えるのか?

「僕は、ヤマダと同じので!」

 うん! その通りだジュン! いい舌をしているな! あ、コイツも一応上官だったか… 敬語つけるべきかな…

 と、その時難しそうな顔でメニューを睨んでいた犬河が…

「納豆と… 味噌汁で…」

 ドンガラガッシャンと言う効果音が似合いそうなズッコケを全員がかますことになった。(黄色い制服の方々も含む)

 おい、お前。落差激しすぎだぞ。

「あ〜、ちょっと中尉。いくらなんでも病み上がりだし、給料日も昨日だし… もちょっと上等なの食うべきなんじゃないのかねぇ。」

 なんか、久々登場な気がするホウメイさんの言葉だが…

 犬河は、それを聞きくが否や、思いっきり自棄になって叫んだ。

「いや! だめなんだ! 幾ら俺の懐に聖徳太子様様が2神ほどいて、栄光をそれはもうキラキラと輝かせていてもかなりの消費を節約しなければ俺は生きていけない! 愛想尽かして出て行ってしまった後は夏目漱石様が3名しかいなくなるんだぞ! そんな事になっては俺は死ぬより辛い。ってか死ぬ! という訳で、金の使いどころを間違ってはいけないんだ!」

 一呼吸で犬河はその台詞を言ってしまう。

 全員が固まる。

「あ、所で…」

 ふと、何を思ったかジュンが口を挟んだ。

「“聖徳太子”ってどのお札の人でしたっけ? ってか、何年前の模様です? いや、夏目漱石も一世紀以上は前の物だとは思うんですけど…」

【…………………………………】

 不気味な沈黙。

「ちょっと、そんな札。今時使えるとおもうかい?」

 アカツキが妙な流し目をしながら沈黙を破る。

「まあ、一万円札には違いないんだし…」

 冷や汗を垂れ流しつつ犬河がそう紡ぐ。

「誰から給料の入った封筒貰ったの?」

 いや、楽花殿に犬河よ! 今時封筒かい!

「プロスの旦那。」

「お前が、毎回派手にぶっ壊すから実力行使に出たんじゃないか? てか、金銭的制裁。」

 俺のいかにも有り得そうな台詞を聞いた途端。見る間に犬河の顔から血の気が引いていく。

「そ、そんな! 労働者の権利を侵害しているぞ!」

「いや、それはそうだが、しょっちゅう公共物をぶっ壊しているお前が言えた義理か。」

「戦争中だ!」

 必死こいて否定している犬河に対してアカツキがさめた声で言う。

「それで、なんとかなる範疇を越えてるよ。特にアレは…」

「いや、アカツキ! アレの爆破はお前がやっただろ!」

 なにやら、二人の間での秘密があるらしいな。弱みっぽい。今の内に恩を売っとけば面白そうだな。

「いや、高速道路の方さ。アレの所為で交通事故が何件あったと…」

「うぉう!」

 なにやら、脳髄を吹き飛ばされたような反応を取る犬河。

 いや、アカツキと二人で行動をした時みたいだから、月での話か… お前らなにやった?

「し、しかしな… アレは正当な防衛として… いや寧ろ、俺は被害者だ。入院費と慰謝料を求める。」

「慰謝料を総動員しても払いきれない借金だろうね。君が今まで壊した物の全ての代金を清算するとなると…」

「ぐ…」

 どうやら図星らしい。

 この艦を丸々弁償しなきゃいけない位の金額だろうからな…

 てか、お前何回犯罪犯した。

 賠償金請求されたらどんな数字になることやら…

「はい、火星丼お待ち〜」

 思考にふけっている間に目の前に料理が置かれた。

 ホカホカと湯気を立てている料理が目の前に置かれていた。

「いただきます。」

 礼儀正しく。手を合わせてから傍の割り箸を割る。

 バキン。

 綺麗に割れなかった… チクショ〜。

 少しヘコンダな俺… それで不自由するわけでもないか…

 俺は、ドンブリを掲げてふちに口をつけて料理を一気に口の中へかきこんだ。

 味わう暇がないように見えるが、一応はちゃんと味わっている。

「ご馳走様でした。」

 キチーンと言う効果音が出そうなほどに綺麗にドンブリの中身は空になっていた。

「電光石火の勢いで料理を胃袋に流し込まなくても…」

「時は金なり!」

 ジュンの質問におれはことわざを持って答えた。

「使いどころ間違えてないか?」

「気にするな中尉よ。」

 黙々と料理を食べ続けるその他三人衆。

「食器さげま〜す。」

 ヒュンと、風を切る音を残してドンブリが下げられた。

 俺は、食後に出された茶を飲んで一日の始まりを謳歌する。

「所で… 次回の任務がきまったそうですよ。」

 料理を胃の中にかきいれながらジュンが喋りだす。

「ふぅん。次はどういうもの何だい? チューリップを300個落とせとかそう言うレベルじゃないだろうね。」

 アカツキがハンカチで口を拭いながら言った。

「だったら、ボーナスを貰わないとな。」

「「「まったくだ。」」」

 犬河の台詞にこの場に居るパイロット全員が同意した。

 この時、誰も拒否すると言う事に思い当たらなかったのが不思議である。

「まあ、それでも次のは結構楽みたいですよ。軍との共同作戦みたいですし…」

「じゃあ、俺達は盛大に給料泥棒といきますか。」

 と、なんだかやる気マンマンな犬河…

 だが、それに対して鋭い一言。

「あ、君は外されるみたいだよ。今度の作戦は。」

ドキュゥン(効果音)「なにぃ!」

「当たり前だろ。自分の体を見てみろ。負傷レベルが並じゃない。出て行っても足手まといだろう。」

 それを聞いたか否か、犬河は奇妙な顔を作る。

「仕方ないか… お気楽にTVでも見て青春を謳歌しますか。どうせ入院中だということで… たまにはゆっくり休むのも良いしな。」

「「「「考え方変えるの早!」」」」

 ツッコミを受け流す犬河。そして、流れた目で言った。

「それになにやら次の仕事は受けると資金難になりそうな予感がするしな。」

 なにやらとでも不吉な言葉をほざきやがった。

「あ、気にするな。」

 いや、気になるってそう言うこと言われると。

「とにかくは、俺は大人しくベッドで休む事にする。ヤマダ、悪いが今日も雑用仕事代理頼むわ。」

 そう言って、出て行く犬河。気にするな、それは俺も好きでやっている事だ。

「んじゃま、僕もいくよ。仕事も溜まってるし。」

 綺麗に食事を片付けたジュンが席を立って出口へ向っていく。

「いろいろと準備が必要だろうから。今の内からしておく事にするよ。」

 アカツキも廊下へ消えていった。

「俺も行くか…」

 そうして、廊下へ続く扉を開けた瞬間。

「「「「まてぇい!!!」」」」

 コック全員の思いっきり、馬鹿でかい声と共に俺の背中を体当たりで押されて床に接吻させられた。

 そして、囲まれてロープで拘束される。そりゃ、もう完膚なきまでに…

 数秒後俺は、芋虫のような状態になっていた。

「いや、なんでこんな目に…」

「それは、何故かねぇ。」

 こ、怖い… 怖いぞあんた等…

 そういえば… 何か忘れているような…

「こ、こらぁ! ジュン! アカツキ! 犬河ぁ! てめぇら、金は払ったのかぁ!」

「「「今日は、お前の奢りだ! それで全部OK!」」」

 思いっきり親指を立てて、ビシッと会釈するあいつ等…

「いやまてぇ! 俺だって今月厳しいんだぞぉぉぉぉぉ!」

「「「心配するな! 大丈夫だろう… 死ぬ気になれば… てか、死ねば。」」」

「意味がねぇぇぇぇ!」

 何故か、室内なのに土ぼこりを上げて走っていくアホどもの後ろ姿を俺は、芋虫状態のまま半泣きで見据える事しか出来なかった。

 そして、俺はしぶしぶ財布の中身を取り出す。(芋虫状態でどうやったかは聞かない事)

 ピラリと、鳥居の書かれた札を取り出した。

 そして、それを受け取るとコックの皆さんは去っていきました。

「2000円札… カムバァァァァァク!!! ってかこれ解いてけぇ!」

 ムガムガと暴れながら俺は拘束から脱しようと努力する。だが、一向に解けていく気配はなかった。

 数時間後、なんとか脱した俺は財布の中身を確認する。

 残金5000円。

 いや、どうやって生活しろと…

 俺は、給料日まで水と塩だけで生きろってか。

 しかし、7000円でも今月厳しい様な…

 それなのに、2000円もの出費で残り5000円。

「誰でもいいから… 金貸せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十八話 上

END

第十八話 中へ続く…