子供の頃にはいて、大人になると居なくなる……それは何か。
 憧れ、羨望の眼差しを浴び、清く正しくあり続ける者は誰か。
 必ず遅れてやってきて、女子供に優しくて、悪人共には容赦なく……。
 現れても口上を述べずにはいられず、しょっちゅう人質を取られピンチになり、それでも最後は命を燃やし、勝利を掴むその姿は……。
 何故か、大人になると見えなくなるのである。
 霞のように、ふっと。








 機動戦艦ナデシコ Blank of 2weeks

 
 裏14話 熱血パワーで行こう!







「丁度良かった! 我々は君を必要としている!」


「え?」


 佐世保で敵の新型機動兵器の爆発に、アキトは巻き込まれた筈だった。
 ところが気が付いたときには、何処かで見たような小太りの白衣の男に何やら懇願されていた。
 状況がさっぱり判らず、混乱する。
 何せ先程まで死ぬ覚悟だったのだ。何故自分が生きているのか、そしてここが何処なのか、何の説明も無い。
 とにかく着の身着のままで何処かの通路を歩く二人。どこぞの研究施設なのか、随分と無機質な気がする。
 アキトは先刻、佐世保において危うくモルモットにされそうになった事を思い出し、不快感が沸いてきた。
 ……ただ、この男がワザとやってる訳でないことは何となく解った。
 説明しないのではなく、している余裕が無いのだ。そして彼はアキトを実験材料としてではなく、一人の個人として頼りにしようとしている事を。
 一体何をやらせようとしているのか、と少し考えをめぐらせたが……扉の向こう側で繰り広げられていた修羅場を見て、これは駄目だと思考を停止させた。
 自分では、それほど助けになれそうにないと。


「うっ……うぅ……」


「しょ、少年よこれは誤解だ! 俺は誓ってやましい事等……!!」


 アキトの判断に困る表情を、目の前の青年は誤解して受け取っていた。
 そりゃそうだろう。
 いたいけな女性が泣いている側で、オロオロしていれば何かあったのではないかと疑うのは普通だ。
 


「ワシらじゃどうもなだめ切れんでな……何とかならんか?!」



 藁にもすがるといった調子だった。
 ……実際の所何を頼まれるのか内心期待と不安が渦巻いていたが、少し拍子抜けした。
 しかし放置出来ない事態である事は確かなので、アキトは可能な限り自然に、声をかけた。


「えーと……料理の約束果たしますから、起きて……くれません?」

「……あ……貴方……!」


 実はこの二人、つい先刻別れたばかりの関係だった。
 但し、先の様な修羅場には成り得ないものだが。





「……何だ君達は知り合いだったのか? こんな辺鄙な所に遭難者が二人、何処か作為的な物を感じるが……醤油を頼む」

「まあ、成り行きと言うか何というか、説明するのも面倒な事がありまして……」



 アキトはその場にあった材料で、手馴れた感じで食事を作り上げていた。
 泣く子も黙ると評判(らしい)のアキトの腕前ならば、何とかなるかと判断したのだ。 
 実際、かつてオペレーターの少女をこれで篭絡……と言うか、ジャンクフードから離れさせる事には成功している。
 が……。


「それにしてもこの玉子焼きは見事じゃないかぁ!」

「やー褒めても何も出ないんで、熱いうちにどぞ!」


 と、白々しく言っては見るが、肝心要の相手の反応は鈍い。
 全く箸をつけない、と言う訳ではないのだが、もそもそと何となく口に入れているといった感じで、美味いも不味いも無さそうだった。


『駄目かぁ……お腹すいている訳じゃ無いみたいなんだけど』


 アキトらはちゃぶ台から一歩下がると、同じく茶碗を持ったままの青年と作戦会議を練る。


『う、うーむ……木連男児ならばゲキガンガーを見れば勇気はつらつなのだか……』

『女の子ですし……って、ゲキガンガー知ってるんですか?』


 さらりと重大な言葉が流されたが、意味を知らない以上気づく筈が無い。
 むしろアキトは、この真面目一本調子といった青年がゲキガンガーを知っている事のほうが驚きだった。
 ゲキガンガーは百年以上前に放映されたロボットアニメ。
 当時完全に廃れていたセル画技術を導入し、ストーリーも1970年代を意識した古臭く、泥臭い……だが爽快な物語であった。
 もっとも、万人に受け入れられる内容では決して無かったので、こんなものを未だ知る人間はかなり珍しいが。
 


『何君もか! あれの良さが判る人間に悪党は居ない筈だ! 俺は……あー、その、任務中なんで名前を明かせん……すまん』

『あ、別に気にしませんって』


 変わった人も居るものだと、つい先日までコック兼パイロットであった自分を棚に上げるアキト。
 だが不思議と好感が沸くこの男に、アキトは構えることはしなかった。


「……何か、辛い思い出があるのかな?」 


 そのままディープな会話に突入しそうなアキトらにしびれを切らしたのだろう。
 白衣の男は単刀直入に少女に問うた。 
 年の功故か、ようやく少女は口を開いた。
 


「……ごめんなさい。お二人とも私の為に色々としてくれて、本当に感謝しています。ですが……」

「話したく無いと」


 心底すまなさそうに頭を下げる少女に、男はそれ以上何も問わなかった。
 





「でも何でゲキガンガー見て泣き出すかな……?」


 食事の片付けが終わっても、アキトはここだけは腑に落ちず、先ほど食事をとった研究所の休憩室で悩んでいた。
 ちゃぶ台やら一昔前の型のテレヴィジョン等、どうも近代的な施設とはギャップが激しい場所ではある。
 そう……まるでゲキガンガーの世界の居間の様な空間なのだ。


「うーん……泣ける様な話では無かった気がするのだが」


 隣では青年が菓子受けの草加せんべいをボリボリと頬張っている。
 ……任務とは言ったが、乗っていた機体が大破して救助を待っている途中なのだと言う。
 しかもそれは大幅に遅れる事は間違いない。
 アキトがこの近辺に現れた時から、月全土で通信障害が発生しているらしい。
 戦禍によって地下を走る光ファイバーも軒並み寸断しており、現在孤立無援。
 なので目の前のテレビにもノイズしか映らない。
 


「……暇ですね」

「……仕方が無いから続きを見るか」


 と、ビデオデッキのリモコンに手を伸ばす青年。
 磁気テープの再生機は骨董品だ。アキトはかつての職場でも見たことはあるが、こんな風に日常的に使われているのは始めて見た。
 ガチャンとテープのカバーが内部で開く音がして、やがて聞きなれた曲が味のある画像と共に流れ出す。 




夢が明日を呼んでいる 魂の叫びさ 

レッツゴー パッション 

いつの日か平和を 取り戻せこの手に 

レッツゴー ゲキ・ガンガー3 





知っているかい? 地球の宝は君たちさ 

守りたい この自由と輝きを 

空と海と大地と みんなのパワー 

一人がみんなと為に 

勇気を出して さあ立ち上がろうぜ! 






「レッツ・ゲキ・ガ・イン!」



 と、最後で二人そろって声を出した所で本編が始まった。
 今回の話は、ゲキガンガーのパイロット達がとあるアニメを見ていた事から始まる。
 実は同じ頃、敵の司令官アカラ王子も同じ番組を情報収集として見ており、それでひらめきを覚えたアカラ王子は新たなメカでゲキガンガーチームに挑む。
 アニメに登場したバリアを模した新兵器に大苦戦するものの、ゲキガンガーチームも同じくアニメを参考に必殺技をひらめき、見事これを撃退するという話だった。


「うむ! 一発逆転こそが男の浪漫!!」

「ええどっかで見たことがある気もしますけど、っておおっ?!」


 菓子受けに手を伸ばしたが虚しく空を切るばかり。
 何事かと思い視線を向けると、いつの間にか博士がせんべいをかじりつつ座り込んでいた。
 


「……普通の話、ですね……」


「うおおっ!!」


 青年も知らぬうちに背後に現れていた少女に、思いっきりびくついている。
 だが同時に期待めいた視線も向けている。
 さっきは全部見終わる前に、ああなってしまったのだ。
 一体何が原因か皆目わからず、もし自分が原因ならば全力で改善せねばと気負っていたのだが……。


「これを見て……ミカヅチは……」


 大きな黒い瞳が、微妙に歪む。
 溜まった涙があらゆるものを歪めているのだ。彼女も、そして周囲も。


「……どちらさんかね?」

「……大切な、人でした……この番組のファンで、ヒーローに憧れて……でも蜥蜴に殺されて……」 


 アキトにもいた、同じ様にゲキガンガーに感化され、地球を守る為に戦う事を誓った友が。
 だが、そのミカヅチという人物とは違う。
 何故なら、友は守るべき地球の軍隊によって、理不尽に命を散らしたのだ。


「結局……ヒーローなんてアニメの世界だけの話なのかな……現実じゃ、どたばたとやりあって、只生きるか死ぬかしかなくて……」


「それは違うぞ!!」


 突如、青年が立ち上がり拳を振り上げて力説し出す。


「確かに現実は無様さ……あるべき時に颯爽と、正義が果たされる訳が無い。常に勝利が約束される事は無い……だが、それを只甘んじていては何時までも悪の闊歩を許す事になる! だから、例え情けなくとも、泥を被ろうとも……戦わなければならないんだ! 平和を乱す、悪党共と!!」

 その叫びに応え、月が揺れた。





「な、何だぁ?!」


 研究所内の警報機が鳴り、只ならぬ事態を演出していく。


「お、俺のせいなのか?!」

「まあ、ある意味そうじゃろうな……」


 男はリモコンを手に取ると、コードを打ち込むようにして次々とボタンを押す。
 やがてテレビに映ったのは……ゲキガンガーの、続きの様な光景だった。


「!!」

「あいつっ! 生きてやがった!!」


 少女とアキトは、月面を幽鬼の如き様でさまよう機動兵器に見覚えがあった。
 ……佐世保に現れた青い人型だ。
 頭部の変わりに無数の虫がへばりつき、瘤の様に醜い姿になっているのを除いては、殆どそのままだ。


「いかんな。このままじゃと近場の都市に到達するぞ……」

「えっ?!」


「まあ……ワシらがどうこう出来る問題では無かろうて。こっから進路が逸れただけでも良しと……」

「は、できないでしょう!」
 



 今度はアキトが声を荒げた。
 彼もまた、蜥蜴と呼ばれる侵略者に人生を……故郷を滅茶苦茶にされたのだ。
 本隊は何処にも姿を見せず、只無人戦闘機械を送り続けている彼らの正体について、異星人なのかそうでないのかすら解らない。
 木星蜥蜴と言うのは、その蜥蜴の尻尾切りの様なやり方からの俗称である。


「何でもいいんです、バギーか何かありませんか?!」

「……どうするつもりかね?」
 
「ネルガルの施設まで行って、何か借りて来ます!」

「そんな、危険よ!」
 


 無茶とも言えるアキトの言葉に、少女は抗議する。
 だがアキトは断固として譲らない。


「……もう、顔も知らない誰かが……大勢死んで行く事から、目を背けるのは嫌なんだ!」

「?!」


 何故かここで、青年までもが驚愕の表情をする。


「佐世保、サツキミドリ、ユートピアコロニー……それに今度は横須賀だった。そこで俺は……見ているだけだった。それどころか自分が逃げるので精一杯だった……」


 只一つの例外はある。
 それはかつて、アキトが火星に居た時、シェルターに雪崩れ込んだ木星蜥蜴のメカを、トラクターで押し止めた時だ。
 だが結局……今回のようにいつの間にか地球に居て、戻って来た時に生き残りもろともコロニーを潰してしまった。
 ……結果的に、アキトは誰も助ける事など出来ないで居た。
 無論仲間の窮地は救った事はあるが……名前も知らない大勢を助けるといった、ヒーローめいた事は一度も為せていない。  


「それぐらいしか出来やしないって、諦めるのは簡単だけど……俺は、出来る事全部やってから、そうする事にする!!」


 かつて諦めず、ともすれば無茶とも言うべきやり方で、ヒーローになろうとした男が居た。
 志半ばで散った、その無念を晴らすというつもりは無かったが……ここで逃げれば、自分だけでなく彼の想いも無にしてしまうとアキトは感じていたのだ。
 やり方は正解とは言えないが……目指したものは間違いなく正しい事だったのだから。


「……下に行け。バギーよりかは幾分マシなのが揃ってる」

「ありがとうございます!」


 白衣の男の承諾を受け、アキトは走り出す。
 誰にも頼まれず、自らの意志で誰かを助けようとする……そんなアキトの背中を、少女は懐かしそうに眺めていた。 
 


「だからあの時、ミカヅチも……」



 彼は、火星コロニーでの戦闘の折、シェルターに雪崩れ込んだ無人兵器を食い止めるべく突貫し、そのまま行方不明となっている。
 どんな最期を遂げたかは……解らない。気が付いた時には地球に送られていおり、病室で寝ていたのだから。
 ……負けたくない。
 何者にも妥協せず、無理といわれても聞き入れない。自らの限界にまで挑戦してからモノを言うのが、少女と彼の共通点だった。
 自分が佐世保から月にいるのもその為で、あの青い人型に肉薄し過ぎて……理屈は解らないがここまで“跳んで”来たのだ。
 ならばまだ終わっていない。限界まで達していない……挑戦は、未だ続いている。
 少女は白衣の男に一礼すると、自らもアキトの後を追っていった。


「お、おい君達……」


 さて、一人残された青年は、テレビと彼らの背中を交互に見るばかり。
 その表情は思いっきり躊躇いが浮かんでいる。



「……君の正義は時と、場所と、場合と……そして人を選ぶものなのかね?」

「……!」


「あそこは君らが目標としている新型戦艦も、ネルガル重工の施設もありはせん……只の、多くの人が暮らす街だ」


 湯のみの茶を見つめつつ、白衣の男は横目で青年を見る。
 それは明らかに、行動を促す挑戦的な色を帯びていた。


「俺は……」

「今は、敵味方も無かろうに。君が従うべきは……“優人部隊”の正義そのものだ。それともその正義に、悪の地球人の巣を……潰させるのかな?」


 暫く二人の視線がぶつかったが、青年は口元を引き締めると、時代が掛かった敬礼を返し、出て行った。
   





「こりゃ……戦闘機?」


 白衣の男の誘導に従って辿り着いたのは、格納庫らしき場所であった。
 薄暗いスペースの中には、埃を被った二機の戦闘機らしきものと、一台の戦車が鎮座していた。
 


〈動きはする。こんな事もあろうかと、殆どの操作はオートマティック化されている。ボタンを押して叫べば、大抵の事は出来る〉

「いや、そんな事言われても……」

「ねえ……?」


 アキトと少女はそれぞれ戦闘機のコクピットに納まったものの、互いに顔を見合わせた。
 彼らが普段使っている、ナノマシンによるIFSシステムとは異なり、直接操縦型なのだ。
 しかも地球で採用されているどの兵器とも体系が違う。シンプルである事は確かだが、これでは動かせない。


「……細かい事は俺に任せてくれ」

「あなたは……!」


 青年は躊躇わず戦車の方へと向かい、てきぱきと作業を進めていた。
 しかも真紅のボディスーツにまで身を包んで、気合は十分と言った感じだ。
 


「……俺達の正義は、俺達で果たす!」



 それは青年が、自らに誓った言葉だった。
 ……彼らが果たすべき正義は、犠牲が大き過ぎた。
 正義を語るだけの力が無かったからである……だから、その拠り所を他所に頼った為だ
 それは……まやかしでしかない。
 ……真の正義を本当に語りたければ、己の流した熱い血で答えねば為らない。
 その為に、彼はここにいる。
 


 
〈戦う事は出来る。だがご覧の通りそれらは、錆び付き、朽ち果てる寸前の代物だ……それでも行くと言うのなら、止めはせん〉

「いえ……正しい事に、古いも新しいもありません!―――いかに敵が強大とて、もぉぉぉぉぉぉ?!」


 止めるどころか、白衣の男がおもむろにリモコンのスイッチを押した途端、三機のメカは強制的に月面に発進した。






「第七節を最期まで言うつもりか、この阿呆」

〈す、すまん、ついノリで……〉

〈何処かの部隊の掛声ですか? 私は……聞いた事ありませんけど〉

〈ぎくっ! いやあのこれはだな……〉

〈あのー……いい加減手伝って欲しいんですけど〉


 画面の向こう側では拙戦が繰り広げられていた。
 無人兵器の思考ルーチンが単純だった為に、単純に誘導にひっかかったのは幸いだった。
 しかし良い一撃は全く与えられていない。火力が違いすぎる。
 それに相手の青い人型は、佐世保に現われた時に比べれば頻度は少ないが、戦艦の主砲クラスの規模の広域破壊兵器“グラビティ・ブラスト”を撃ち込んで来る。
 危なっかしい事この上なく、このままでは各個撃破されるのが関の山だ。


〈博士! 何か方法は?!〉


 焦った青年がまたしても口を滑らす。だが今度ばかりは白衣の男……国分寺は咎めなかった。


「音声入力システムは作動しとる。力の限り叫んで、ボタンを押せい!」

〈ボタンを?〉

〈何が起こるんだ……ああもう、ままよ!やりましょう!!〉


 少女とアキトもその選択しか無いと悟ったようだ。
 一瞬青年の息を飲む音が聞こえるが、ひゅっ、と息を吸い込む音にすぐさま変わった。


〈……鉄の拳が叩いて砕くッ!!! これこそが、我等が木連魂…っ!!〉


 それがパスワードだったのか、突如三機のメカが一箇所に集結し出す。 
 そのまま空中に飛び上がり、隊列を組んでいく。


「そこで叫べ! 何でもいい、三人の声を合わせろ!!」


 何でもいい、と言われて普通直に何か出る訳が無い。
 ところが今の彼らは、自然と言葉が出ていた。


〈〈〈レッツ・ゲキガイン!!!〉〉〉


 ……ノリとはいえ、ここまで来ると何がどうなっているか薄々勘付いていたのだろうか。
 果たして、三機のメカはパズルの様な順序で組み合わさり、青い人型よりも一回りは大きい、ロボットへとその姿を変貌させた。



〈嘘……本当に……〉

〈ウリバタケさんみたいな人、世の中にはいるもんだな……〉

〈素晴らしい……! まるで我らの精神が形になったかのようだ!〉

「あー、しかしのお」


 唐突に画面が揺れた。
 青い人型から放たれたミサイルが命中し、いきなりロボットが膝をついたのである。
 余りに、脆い。


「合体を重視した結果、結合部に問題が」


〈〈だったら、こんなむぉぉん造るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!〉〉


 アキトと青年の魂の叫びは、ちゃぶ台の上の茶を揺らす。


〈それはいいとして! 何か、何か武器は?!〉


 流石に少女も冷や汗を流し慌てている。
 そこで国分寺は、先程までのとぼけた表情を捨てた。



「そいつは出力は申し分ないが、構造が脆弱じゃ。一応ドリル付じゃが使うなよ。バラバラになる」

〈じゃあ何でそんなもんが……〉

〈ドリルは漢のロマンだからだろう!〉

〈私は女ですので解りません!!〉
 


 話が混ぜっ返されそうになるので、国分寺は結論だけ述べた。


「マルチ・グラビトン・ブラストバスター……それがその機体に搭載されている、最大にして最後の大技じゃ」

〈最大にして……最後?〉

「エネルギーが無いんでな。一発こっきりしか撃てそうに無い。それにいい加減相手も飽きて来る」


 見ると青い人型は、このロボットを脅威と判断し得なかったのか、踵を返そうとしていた。
 呆れていたのかもしれない。


〈あ、やばっ〉
  
「さあ、躊躇う事無く叫べ!! マルチグラびっ……」


 舌を噛んで国分寺は悶絶した。
 そんな様を見てアキト達は、これは使えないなと溜息を洩らした。


〈……だったら……やる事は一つしかありませんね〉

〈うむ。何も無いなら……体ごとぶつけるまで!〉

〈……はい!〉


 三人は覚悟を決め、ロボットの推力を一点に集中し出す。
 向かうべきは……去り行く敵の、その背中。


〈行くぞっ、このぉ!!〉


 巨体が月面の大地をふわりと浮いたかと思うと、そのまま徐々に徐々に加速していく。
 これに気が付いた青い人型が、首だけ向いてミサイルを乱射するも効果は無い。
 そして……。


〈ゲキガンッ・フレアァァァァァッ!!〉



 衝突。
 体格差からして、大きく引き離されている青い人型は完全に力負けし、そのままずるずると押され……遂に、月面のクレバスへと共に落下していった……。








〈あー……深そう〉

〈壊れ、ちゃいましたね……〉

〈な、何。あの人はそれ程度量の狭いお人ではない! う、うははははは……はぁ、新型が……木連の新たな希望の星がぁ……〉


 三人は直前で、ちゃっかり脱出していた。
 何処までの深い渓谷を見ると、これに落ちたらどんなものでも戻ってこれ無さそうだ。
 正に、奈落の底。


〈……アキトさんがノリノリでぶつかったせいで、踏み止まれなかったじゃないですか〉

〈お、俺のせい?〉

「いや、誰のせいでも無かろう……いいんじゃよ、これで」


 通信で国分寺の満足気な声が聞こえ、皆安堵の溜息をついたかと思うと、互いにその健闘を讃え合った。
 その様子に、国分寺は一言たりとも口を挟まない。
 自爆を途中で中断されたあの機体を、再臨界突入前に安全に処分するには……ああするしかないと、国分寺は理解していた。
 何故なら、青い機体も合体ロボも……彼が、生みの親だったから。
 だから電波障害の大元が何であるかも……それが消えた訳も把握していたのだ。

「そこからなら、ドームは直そこだ……ワシの助けはもう要らんじゃろう」


〈はい。後は自分の足で、歩いていきます。ありがとうございました!〉


 テレビの向こう側で、自信ありげなアキトの微笑が映る。


〈私も探してみます。自分が……信じたものを〉


 決意を新たにした少女の顔は、何とも生気に溢れ、綺麗ですらあった。

〈……では、これにて失礼。必ずや……貴方が託してくれた正義を〉


 青年もまた堅苦しい挨拶を返してきた。
 そして三人の足音が遠ざかっていく音を、国分寺は憂いめいた表情で聞いていた。



















「正義を語る事が出来ぬ事は、通知簿が教えてくれたとはいえ……その想いを、他人に託して良かったのかの……」


 災厄を防いだが、それはほんの例外となろう。
 あのドームへ向かっていったマジンの様に……佐世保ではテツジンが、新たな戦場では発展型であるダイマジンやダイテツジンが……全く同じ事を、繰り返すのだ。
 こんな事を望んだ訳では、決して無かったと言うのに……知力で正義を為そうとする事は、過ちだったのか。


「想いは、自らが持たねばあっけなく歪められる……正義は、誰かに与えられれば容易に操られる……彼らにそれが、解るのだろうか……?」


 直にはまず、無理だ。
 ああして手を取り合い、一つの障害を打ち倒した彼らでさえ……恐らくは次出会った時には銃火を交える仲になると、国分寺は覚悟していた。
 だからこそ、あの青年には、自らの名も、本当の身分も明かさぬよう釘を刺していた。
 ……殺し合う間柄の人間が、互いの名前を知っていたら……辛い。


「だが……あの瞬間、地球も木連も無くなったと思いたいな……ダイマジンVよ」


 テレビにはクレバスの底で、動きを止めたマジンと共に……国分寺の技術と、想いの結晶であるダイマジンVが、静かに横たわっていた。 
 破壊と殺戮を呼び込む“兵器”では無い、趣味の集大成……。
 言い換えればこれは、国分寺に眠る理想と正義の、本当の姿だった……。
   


「お前は……お前達はあの時……間違いなくヒーローじゃったぞ」



 ボタンを押し込むと、ブラウン管の画面が暗転し……跡形も無く、消え去った。   

    

 


管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

あー・・・かなり意表を突く作品ですなぁ(笑)

アキトが2週間前に跳ばされている事に、最後まで気が付かないあたり、アレですが(苦笑)

微妙に、本編との結合が難しい作品になってしまいましたね。

面白かったですけどねw

 


代理人の感想

も、燃えるっ!(むふー!)
正義の味方。
口実としての、方便としての、或いは隠れ蓑としての薄汚れた正義ではなく誰もが認める正義、心の中にある良心としての正義、ひょっとしたらこの世には存在しない万人に等しく平等な純粋な正義。
いまや誰もが胡散臭く思い、それでも夢見る正義と言う言葉を、ただ一つ体現するのが子供番組における正義の味方という奴ではないでしょうか。

そしてナデシコでは常に疑いを持たれる存在であり、むしろアンチテーゼであったその『正義』という言葉をこれほど格好よく表現して見せたのは快哉を叫んでいい出来事だと思います。

※なお、快哉を叫んでいるのは約一名のみという意見は却下。


・・・結局のところ、人は自分の正義を信じることなしには生きてゆけないのだと思います。
ナデシコでは必要以上に卑下されている言葉ですが、それを忘れて人は立ち行かない物であると。

 


別人28号さんの感想

ナデシコの世界に実はいるんですよねぇ 国分寺博士
いや、『B3Y』の話で、そこでは悪役なんですが
・・・実際はこういうゲキガンの正義を信じてた人だったんですかねぇ?

このSS読む限りはどうやら『B3Y』の国分寺博士と同一人物っぽいですが
やっぱり、青年の方も彼ですか?



あと、気になったのがイツキがこの先どうするかですね
ナデシコに再び乗り込むのでしょうか?
ちょっと続きが気になってみたり

 


ゴールドアームさんの感想

ノリがいいのは好きなんだけど……今ひとつB2Wとしてのテーマに沿っていないのが残念。
その辺がもう少し整理されていればより面白かったと思います。

 


龍志さんの感想

単に好みの問題だと思いますが、無駄に文字を大きくするのはどうかと(苦笑)
いざというときだけ大きくする。という風に緩急つけた方が目立っていいと思います。

内容の方は、とりあえず、合体シーンと無駄な熱さが良かったですねw
熱血してるという感じが楽しかったです。

しかしまぁ、これは俺だけなのかもしれませんが。
この後アキトはどうあの食堂に関わるのかとか。時間軸はどうなっているのかって事がかなりきになります(苦笑)
野暮ですが、そこらへんの補足が少し欲しかったかも知れません。。

 


プロフェッサー圧縮inカーネギー・ホール(嘘)の日曜SS解説・特別版

はいどーも、プロフェッサー圧縮でございます(・・)
今回はAction1000万ヒット記念企画と言うことで、解説役にゲストをお招きしておりマス。
圧縮教授「見よ! 火星は赫く燃えているぅッ!!」
ハイ、では作品の方を見てみましょう( ・・)/

「おお、関係者(+α)全員集合じゃの」
そうですねー。珍しい共闘かも知れません。
「惜しむらくは、イツキ(多分)がロングなことじゃなあ。ナナコさんはショート故」
・・・えーと。ツッコミどころは其処ですか?
「何を言うか。月臣(多分)もロン毛ではないか。キャラが被るぞ」
・・・九十九じゃないんですか?
「いや、九十九は月には来ていない」
そうでしたっけ?(゜゜)
「儂の記憶では、九十九のテツジンは地球で撃破・拿捕されておる」
・・・ああ、なるほど。
「まあ、この時期設定では止むをえんかの。話のキモは其処ではないし」
ええまあ。
「結局、ひとが争うのはしがらみ、と言うことかのう」
そうですねえ。『もしも違う時、違う立場で出逢っていたら・・・』は常套句です。
「歴史のifは意味がない、とも言うが。それでも、思わずにはおれぬのが人間と云うものじゃろうて」
そーですねー。

はい、では次の方どうぞー( ・・)/

 


日和見さんの感想

 いやぁ代理人が狂喜しそうな話でした(爆)
 きっちりとお約束を組み立てて作られていて、読みやすいノリやすいで面白かったです

 


皐月さんの感想

うーん、この後の展開を考えるとブラックな悦びが沸々と……じゃなかった。
この話でのアキトの叫びが後の展開を見ると乖離してるような気がしますが、その点はどうとでも想像(妄想か?)できるので、問題無しと言う事でw