初めて目覚めた時に目にしたのは、歪んだ顔だった。
笑っているようだったが、度々視界がぐにゃりとするので良く解らない。
次に目覚めた時に目にしたのは、女の顔だった。
長い髪が調整液に揺れ、静かに漂っている。
あれ? 何で“女”と解ったんだろう?
“調整液”なんて知らなかった筈?
……どうやら知らないうちに頭に知識が入り込んでいるみたいだ。
今度は液の中ではなかった。
上下左右の区別も無い、何だか浮き足立った場所。
そこでは棒みたいなものを持たされ、飛んで来る何かを叩き落すよう指示された。
何時間も何日も……にもかかわらず身体は疲れを感じ無い。
後で知ったが、これは脳内だけの出来事だった。
そして次に目覚めた時……。
世界は、斜めに映っていた。
泣き声が聞こえる。
視線を動かすと、隣の調整槽にいた女が、誰かに抱かれていた。
そいつは一番最初に見た顔とは違う……それよりももっと柔らかく、安心できる顔だった。
今度は首ごと動かして見る。
一番最初の男がいた。
ただ、調整槽ごしに見えていた実験器具の山に頭から突っ込み、目を回していたけど……。
身体を動かすと、完全武装の男達が丸く切り取られた隔壁の向こうからやってきて……回れ右して戻っていった。
何しに来たんだろう?
「いいんですよ南雲君。あー、でも大き目のシーツか何かが欲しいですね、二枚程」
「はっ!」
南雲君と呼ばれた人が、連れて来た他の人に何かを頼んでいる。
そして博士と呼ばれていた人が、こちらに来て手を伸ばした。
「おはよう、気分はどうだい?」
「……床が冷たい」
「ははははは……何大丈夫、ここには二度と縁が無くなりますし」
と言うと再度手を伸ばしてくる博士。
……これに掴まれという事なのだろうか?
特に拒む理由が見つからず、こちらも手を伸ばす。
結構、温かい。
「さて、とっととこの場は退散しましょうか。南雲君、そこの阿呆共々この研究所の処理はお任せします」
「任せて下さい。研究データはそちらに送ればいいんですね?」
「結構。あれらは私が管理・封印させて頂きます。施設は綺麗サッパリ片付けてください」
それを聞いて南雲君という人が拳を握り締め、歓喜を顕わにしていた。
いい歳した大人が、何をそんなに喜んでいるんだろう?
「あの……」
シーツを全身に纏った女が、不安そうに声を上げた。
「この子は……どうなるんでしょう?」
「……勿論、私に任せなさい。彼の尊厳も、守って見せましょう」
それを聞いて女は一気に顔が明るくなる。
……ひょっとして、自分の事を言っていたのだろうか?
それから自分達は博士の自宅に連れて行かれ、そこで自分の事を伝えられた。
……自分がモノであると言われ多少困惑していたが、何処か納得している部分もあった。
そもそも“ヒト”ってどんなものなのかも解らないし……。
博士がコンソールに向き合って何か喋っていたが、自分は姉から手渡された蜜柑と格闘していたので聞いてはいなかった。
今までずっと調整液から必要な成分を接取していた自分には、口から食物を“食べる”などということは一度もした事が無かった。
とりあえず表面に穴をあけて……。
「……そうそう、そこからゆっくりと皮を向いて……白い筋までむく必要は無いわよ、食べれるから」
姉にそう言われて、少し警戒しながらも実を一つ頬張る。
途端に口全体に刺激が走った。
「それが“味”よ。今のは酸っぱいっていう味。他にも甘いとか辛いとか……」
「……もういいですよイツキ。貴女は訓練所に戻る準備をなさい。お友達も心配しているでしょう」
「え? でも……」
博士に止められ姉は戸惑いを見せる。
実は、姉は自分よりも遥かに先に起動しており、優人部隊の一訓練生に混じって生活していたのだ。
だから自分よりも遥かに世俗の事は解っている。
姉には姉の居場所がある。最近目覚めたばかりの自分と違って……。
「大丈夫。ちゃんとミカヅチの世話をしてくれる人は見つけていますよ……そろそろ来るみたいですね」
数秒後、玄関先からチャイムが鳴り、真っ白い制服に身を包んだ恰幅の良い男が入ってきた。
「博士、この子ですか?
自分に預かって欲しいと言うのは」
「はい。秋山君になら安心して任せられると思いまして」
秋山と呼ばれた人はこちらを向くと、博士と同じく安心できる笑顔をした。
「始めまして。俺は秋山源八郎、突撃宇宙優人部隊に所属している……暫くの間、俺がお前の面倒を見ることになった。よろしく頼む」
姉さんが博士に対し怖い顔で抗議している。
「落ち着きなさいイツキ。全く会えなくなる、という訳では無いんですし……それにね、私は秋山君に預けたからと言って、彼を軍人にするとは言っていませんよ」
「え?」
博士に言われ姉も自分も固まってしまった。
自分は目的を持って生まれた訳では無い。あえて言えば山崎博士の遊び道具……。
だが博士は自分自身の目的を……運命を捜せと言う。
言われて初めて不安になって来た。
姉はともかく自分は世の中を一切知らない……真っ白なのだ。
そんな自分が本当に……。
「心配するな」
などと悩み込んでいると、秋山さんが自分の肩を叩いてくれた。
「そういう事は人生の先輩である俺らに任せておけ。悩むだけ悩めばいい。困った時は何時でも俺らに頼ってくれ」
白い歯を見せて笑う秋山さんは、とても頼りげに見えた。
……そして、秋山さんの元でお世話になるうちに、おぼろげながら生き様を見つける事が出来た。
そしてその機会はあっさりと到来した。
遂に、悪しき地球連合に対し本格的な攻勢に出る事が決まったのだ。
俺は木連の切り札“優人部隊”の一員として戦場に出る。
そして姉は……博士と共に銃後の守りに徹するそうだ。
それが悪いこととは思えない。いや、むしろそうあって欲しい。
優しくて料理が上手くて、頭だって冴えている俺の自慢の姉に、戦いなんて似合わない。
願わくば博士と幸せになってもらいたいものだ……。
……どうやら俺はブリッジのど真ん中で叫んでいたらしい。
いかんいかん、熱くなり過ぎて周りが見えなくなっとる。
今俺は火星軌道上で戦艦かんなづきのクルーとして大規模演習に励んでいる。
来るべき月攻略に向けての最後の鍛え所だ。
だというのに俺は……ああ、もっと秋山艦長のように冷静にならねば。
あの高杉副長が俺に似ている?!
正直それは嫌だなぁ……。
だって高杉さん、前は大真面目な熱血士官だったのに、今じゃ腑抜けて女性に声をかけてばっかり。
男としてあれはどうかと思うのだが……。
ああ、副長目が怖い……こりゃあ暫く復活できそうにないな。
後で自主的に艦外の窓拭きやっておこう……。
訓練訓練また訓練。
もしくは特訓はたまた摸擬戦。
ここ数ヶ月ずっとこれの繰り返し。
だが一戦たりとも気は抜けない。敵はそれだけ強大なのだから。
訓練の一つである手合わせの途中、秋山艦長が聞いてきた。
そう言いつつ俺の目線は秋山艦長から一時たりとも離れていない。
今こうしている間にも、お互い真剣勝負の真っ最中なのだから。
別に他の訓練で怠けているという意味ではない。
今使っているこの“刀”、恐らくまともにもらえば命に関わる重体となる。
生と死が互いに拮抗している瞬間。
それは戦場に通じるものがある。
激しい火花を散らして二人の獲物が交差する。
干渉波の衝撃がビリビリと身体全体に伝わってくる。
秋山艦長が刀を引き、俺も立ち上がり礼をする。
そして互いに手先に集中していた思念を解放させると、さっきまであれだけ輝いていた刀身は光となって散った。
この光景に周りで見ている同期達は見惚れていた。
俺は、木連でも限られた者しか扱えない“心刀”の適性がある。
博士曰く、山崎が俺にあらかじめそういった因子を遺伝子に組み込んでいたらしい。
だが適性があるのと使いこなせるとでは話は別。
俺は調整中にも脳内で仮想訓練を行っていたし、こうやって時々秋山艦長にしごいてもらったお陰で何とか振り回す事はできる。
だがこれでも博士や姉さんに比べればまだまだなのだ。
博士はああ見えてかなりの修羅場を潜って来たらしく、格闘戦も卒なくこなす。
学者だから一つの事に集中する事が得意な事もあるだろう。心刀を用いた長時間の思念集中などお手の物だ。
姉さんは完全に努力の賜物と言える。
博士の研究所に入るべく、心身ともに健康でなおかつ博学である様心掛けていたからだ。
それは見事に報われたのだから、出来れば姉さんは二度と心刀を振り回さないで欲しい。
さて……そうこうしているうちにあっという間に実戦を迎える事になった。
跳躍門を抜け、待っていたのは連合の大艦隊。
数の比率は1:3。だが俺達は負ける気がしない。
随分とケレンがかかった号令だが、悪くない。
この言葉と同時に、全艦一斉にリニアカノンを斉射した。
何故この後に及んで実体弾なのか?
レーザーの方が着弾速度も射程も威力も高いと言うのに。
これは、火星での演習中“こちらに空間歪曲場があるのに相手には無いと断言できない”という意見が出た事が要因である。
事実、地球の佐世保に建造中だった敵新型戦艦は空間歪曲場と重力波砲を装備し、殲滅に向かった無人兵器を逆に全滅させてしまうほどの戦果を上げている。
あれから早半年以上過ぎている。
敵の全ての艦に空間歪曲場が張られていてもおかしくないだろう。
一時は艦隊の意見が真っ二つに割れたが、結局第一射を実体弾で行い、それで効果が無ければ通常と同じ戦法に戻すという事で決着がついた。
どの道、優人部隊を投入するには多少近づかないといけないので俺達パイロットとしては都合が良かった。
そしてこの試みは見事成功した。
こちらの射撃により、遠目から見ても連合艦隊が大打撃を受けている事が確認されたからだ。
どうやら相手はこちらがワンパターンでくると思っていたらしい。甘い考えである。
無人強行偵察機の報告によれば一割強が戦闘不能に陥っているそうだ。それがドンブリ勘定だとしても、浮き足立った艦隊など俺らには哀れな獲物にしか見えない。
俺は母艦であるかんなづきの格納庫から、愛機テツジンと共に虚空に飛び出す。
俺は敵艦隊のど真ん中をイメージしてテツジンを“跳ばした”。
直後、本当に俺とテツジンは敵艦隊の中核部に出現した。
突然の来襲に慌てふためき、中には回避行動を取っている艦同士が激突して自爆しているのもあった。
無様である。
俺の音声入力によりテツジンの胸部から重力波砲が放たれていく。
至近距離でこんなものを喰らえば空間歪曲場があってもひとたまりも無い。
たちまち爆散していく複数の艦艇。他の同期も次々と戦果を上げているようだ。
と、そこへ何やら見慣れぬ機動兵器が飛来してくる。
どうやらさっき撃沈した戦艦の艦載機らしい。
データにある“でるふぃにうむ”とやらより遥かに小さく、そしてすばしっこい。
俺は相手の機動を予測しそこ目掛けて腕を突き出す。
咄嗟の事で反応できなかったのか、全速力で腕にぶつかり爆発する機動兵器。
残っていたもう一方の腕から大型ミサイルを発射し、逃げ切れなかった機動兵器がまた落ちる。
動きがパターン過ぎるのだ。
教本どおりの戦術戦法など、真剣勝負では何の役にも立たないと言うのに……。
俺は戦艦かんなづきをイメージし、再び跳んだ。
空間跳躍……地球人には絶対に不可能な、木連のもう一つの切り札である。
跳躍終了と同時に俺の目に飛び込んできたのは……
何とか秋山艦長は無事だったようだ。だが右腕から流れる流血は艦が受けた衝撃がとてつもないものであったと証明していた。
撫子……佐世保でその姿を現し、地球から火星へ単機で襲来してきた最新鋭の戦艦。
その戦闘能力は凄まじく、特に火星では何基かの次元跳躍門が落されるなど信じられないような戦果を上げていたのだ。
だが火星の戦闘において、追い詰められた撫子は自ら次元跳躍門に突入し最期を迎えた筈だが……。
奴等め、とうとう生体跳躍までも手にしたと言うのか!
通信の途中で高杉副長の声が入る。
こうして真剣な所を見ると、矢張り彼も木連軍人なんだと思う。
重い空気が漂う中、俺は……俺は秋山艦長に提案した。
そう叫んだのは意外にも高杉副長でした。
最後の最後で、俺はこの人を心から尊敬しました。
だからこそ……生きていて欲しい。
俺は通信機の電源を切り、後方で救助活動を行っているであろう友軍の元へと跳躍した。
俺は最初で最期の晴れ舞台へと立つべく、高速で宇宙空間を駆けていた。
跳躍できれば手っ取り早かったのだが、偵察機の情報が途切れイメージが掴み辛いし、乱戦状況で飛び込んだら味方の無人兵器まで混乱させてしまう。
だから敵艦の索敵限界ギリギリまで接近し、そこから跳躍で奇襲を敢行する算段だ。
ちなみに俺の発案ではない。
俺と共に足止めを買って出たもう一人の役者……他でもない、先ほど救助活動を行なっていた天道ウツキ艦長である。
初めて俺の名を聞いた時、何故か大きく動揺していた。
世間は狭いものである。いや実際木連はそう広くないのだけど。
天道艦長は姉さんから俺の話を聞かされ、もし会ったならよろしく頼むと言われていたそうだ。
……姉さんが頼るのも解る気がする。
彼女はとても凛々しく、自信に溢れた目をしている。
その態度も誰もを奮い立たせるに十分な貫禄がある。
それでいて他人や部下を人一倍思いやる心を持っている。
おしとやかな姉さんとは正反対な、いわゆるカッコ良い女性である。
俺の覚悟を聞いて天道艦長は複雑な表情をしたが、次の瞬間には迷いは消えていた。
そして命がけの舞踏が始まった。
無人兵器に気を取られ、こちらの存在を微かに察知するのが遅れたようだ。
撫子の艦載機はこちらへ攻撃するタイミングを逸していた。
あらん限りのシャウトを込めた俺の叫びが、テツジンの腕から大型ミサイルを放つ!
ミサイルは惜しくも艦載機には当たらなかった。
……いともあっさりとミサイルは迎撃されてしまった。
だがいつの間にか漆黒の機体は無人兵器の方へと向かっていた。
決して俺に臆したとかそういう類ではなさそうだが……とにかくチャンス!
俺は赤・黄・青の艦載機のうちリーダー格と思われる赤いのをターゲットにした。
世の中赤いのは隊長機か三倍かと相場が決まっているのだ。
どうやら予想は的中。赤いのはこのチームのリーダー的役割をしていたようだ。
他の二機がフォローに回るべく射撃を繰り返すが、テツジンの歪曲場に阻まれ全く効果が無い。
問題なのは赤いほうだ。
俺はこいつが格闘戦をメインにしていると直感で感じた。
だから、他の二機どれかを相手にしている時に横から突っ込まれると非常にあしらい辛い。
代理人の感想
人造人間って染まりやすいんでしょうか(爆)。
姉であるイツキも卵から帰ったヒナの如く超博士にくっついてますし。
性格は・・・かつて私はウツキが暑苦しいと評しましたが、ここまで来ると
「暑苦しさ」のメンタンピン三色に「濃い」の裏ドラが乗って親の倍マン、
とゆー感じですね(爆)。
結局ガイの同類って事になるのかな、うん(爆笑)。
後、大変に興味深い(笑)セリフが一つ。
>世の中赤いのは隊長機か三倍かと相場が決まっているのだ
ミカヅチがこういう知識を持っていると言うことは・・・
ゲキガンガーに統率の取れた集団戦法を出てくるような敵がいたか、
あるいは木連でも「ガン○ム」が放映されていた事になりますね(笑)。
間違い探し
>優人部隊の一訓練生に混じって生活していたのだ。
「一訓練性として」か、「訓練性に混じって」でしょうね。