Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜

●ACT2 〔再出発〕
 
カイト編「目覚めよ、その魂」

「あれ?」
 気が付くと、自分は何処かに一人座っていた。
 沢山のテーブルと椅子が並び、壁には多くのメニューが手書きで書かれている。
 かなりの量だ。しかも安い。
 厨房からは今も黄色い声と何かを調理する音がひっきり無しに響いてくる。
 ……いい匂いもする。
「……」
 今、目の前にはドンブリが置いてある。
 熱々の白米の上にたっぷりかかった黒いソース。
 玉葱の甘酸っぱい匂いが鼻をくすぐり、そのてっぺんにあるタコを模したと思われる飾りが何とも愛らしい。

「頂きます」

 自分は躊躇う事無くドンブリに手を伸ばし、近くの箸立てから割り箸をつまむ。
 そして湯気立ち上る白米に箸をつけようとしたその時……。

「あーっ!!」

 ……自分は一口目を箸ごと頬張ったまま、涙目で見つめる女の子の前で固まってしまった。
 いや……だって空腹だったからつい……。

 

「この状況で密航者とはな……」
「奇妙な服着てやがる……白ランか?」
「悪党、って面はしてねえな」

 背の高いオッサンや怪しげな中年、それに緑の髪の女の子など色んな人に囲まれ、自分は今取り調べの真っ最中。
 とはいっても薄暗い取調室に連れ込まれてる訳でもなく、食堂でそのまま質問攻めにあっている。
 熱い白熱灯は無いがドンブリはあるけどね。

「ううう……折角リョーコお姉さまに食べてもらおうと思ったのに……」
「泣かないのミカコ……」

 さっきの女の子が同僚に慰めてもらっている……本当ごめんなさい。お陰で空腹は満たす事ができました。 

「一体あの混乱からどうやって入り込んだのか……」
「いやそれが良くわからないんですよハハハ」

『笑って誤魔化すな!!』

 わー、怖い。
 こりゃ下手すると簀巻きにして放り出されそう……。
 でも実際何がどうなっているのか解らんのです。
 食堂にいる前に何を自分がやっていたのか。って言うより名前すら解らない……。
 これはいわゆる記憶喪失という奴なのか?
 困ったなぁ……。

「心配はいらない」
 その声にあれだけ群がっていた人たちが一斉に振り向いた。
 黄色い制服らしいものを着込んだ、自分と同じぐらいの男だ。
 でもなんか……顔つきが年相当じゃないというか、悟っているというか……とにかく周りの人とは明らかに“違う”感じがする。

「どういう事だテンカワ」
「……この人は軍の特殊部隊の一員だ。俺達の敵じゃない」

 自分も含めて皆がざわめく。
 へー、自分は軍人でしかも特殊部隊所属だったのか……言われてみればそんな気がしたりしなかったり。
「任務中に撃墜されたんでしょう。彷徨っていたのを拾って来たんです。いつの間にかいなくなったと思ったらこんな所に……」
「ふーん、この兄ちゃん放浪癖でもあるのか? 俺には何かを探っていたようにも思えるが」
 怪しい中年の意見により、周囲から疑惑の視線がこちらに向かってきた。

 ……この船の人達、軍隊嫌いなのかな?

「ちょっとトラブルがあって……酸素欠乏症みたいなんだこの人。記憶も多少混乱しているらしい」

 酸素……欠乏症?
 というと性格が豹変しギャグキャラ化したり物の役にも立たないメカを作っちゃったりするアレ?!
 自分はそんなヤヴぁい人なんですか?!

「では彼の名前は?」
「い、いや……認識タグが割れていたからちょっと……」
 何故か言いよどむテンカワさん。
 なら遺伝子チェックしてもらえば解る気もするんだけど……。
「まあ、テンカワが言うんだ。信用ならねえって訳でも無さそうだし、別にいいんじゃねえか?」
「むう……そういう訳にもいかんだろう。ひとまずこちらで身柄を預かり、連合軍に照会してもらう……それでいいな?」
 オッサンの有無を言わさぬ迫力に、自分は最後まで取っておいたタコさんウインナーをくわえたまま頷いた。

 

「オッサンごめんなさい。何故か天声が逃げろと言うので」
 とはいったものの、素直に従うのも何だかなぁと思い、あの後通路に出て二人っきりになった所で、自分はオッサンを投げ飛ばした。
 考えて自然に体が動いてくれた所から考えて、どうやら自分本当に軍人だったのかも。
 その後は近くの排気ダクトに潜り込んで逃走中。
 目を回しているオッサンから銃を奪う事も考えたがやめといた。
 必要以上に警戒されては、助けてくれたテンカワさんに申し訳が立たないし。
 さてひたすら匍匐前進でダクトは這いずり回っているんですが……綺麗なダクトだなぁ。

 この船、ひょっとして新品だったのかも。かんなづきなんか結構汚れが溜まって……。

「……今何か思い出しそうになったけど、何だろ?」
 気を取り直して進もうとするが、そこで誰かの話し声が聞こえてきた。
 思わず身を潜めて通り過ぎるのを待とうとしたんだが……どうも長くなりそう。

『アキトさん……私……』
『ルリちゃん……』

 声から判断するにテンカワさんと女の子が会話中のよう。
 でも女の子の方は泣いています……テンカワさん何をしたんです?

『あの時、私がもっと状況を良く見ていれば……死なせなくても良かった筈なのに……!』
『……あの状況じゃ、撃たなければ結局こちらがやられていた。ルリちゃんのせいじゃないよ』
『でも……』
『優人部隊がこんなにも早く登場するなんて予想外だった……どうやら、俺達が来た事でかなり“元”と差異が広がったようだ……今後はもっと慎重にいかないと』
『……ごめんなさい……ごめんなさい……』

 ……耳が痛い。
 こんな小さな少女を戦わせねばならないほど、戦況は悪化しているのか……。
 “連合に兵無し”って所か。
 もし自分が本当に軍人なら、早く任務に戻ってあの子に平穏を与えないと。
 そして彼女みたいな子が安心して暮らせるように、一刻も早く地球連合を滅ぼしてやるのだ……?

「何考えてるんだ自分? 味方滅ぼしてどうするんだよ……」

 頭の奥底で何かチクチクするような感触がするものの、取り敢えずはこの場から立ち去る事にした。

 

 
 しばらくバックのまま戻っていると、突然胸の奥底から湧き上がってくるものが!
『夢……を呼んでいる〜魂の叫び……ゴー・パッション……』

「こ、これは……何だ、身体のあちこちが熱くなっていく!」

 何かの歌らしいが……只の歌じゃない。
 自分、いや俺にとって何かこう、言ってみれば核兵器の政治的価値並に大事な……。
 ふとダクドごしに下を見ると、誰かの部屋のようだった。
 薄暗い室内でただ一つ、モニターだけが明々と照っている。

『いつの日か平和を 取り戻せこの手に!レッツゴー・ゲキガンガー3!』
「!!」
 俺はこれを知っている!
 というか俺はこれを見て人生を学んだ!!
 男としての生き様を、人として正しき道を!
 これは……ゲキガンガー3だ!!
 しかも!

「”第9話 キョアック星からの逃亡者?!” だって!! ま、幻の三話の一つ!! ええいこんな暗くて狭い所なんぞにいられるか! オリャー!!」
「おおっ?! 誰だお前?!」

 飛び出した後で自分が逃亡中である事を思い出したが最早そんな事はどうだっていい!!
 突然お邪魔したこの男もどうだってよかったようで、さっきのオッサンが戻ってくるまで共ににゲキガンガーを熱く鑑賞した。  
   

 んで、結局俺は独房に入れられた訳で。
 さっき知り合った盟友ガイ(他の皆さんはヤマダと言っていたが、本人がそう言うのだからガイに違いない)が、“ゲキガンガーを愛する奴に悪人はいない!”と庇ってくれたのだが……9話に続いて幻の13話を見ようとした所オッサンに見つかり、俺とガイが熱血フルパワーで撃退したのは流石に不味かった……。
 オッサン今治療室で寝ているらしい……これにはテンカワさんも呆れ果ててたね、はあ。
「やれやれ、面白い事になってるねえ」
 暫く一人で反省していると、俺の独房にロン毛のにーちゃんが顔を出しに来た。
 ヘラヘラしてて軟弱そうだが……根はしっかりしてそう。
 こちらの方を品定めするような視線からも、判断力は鋭いようだ。 
「テンカワ君が拾って来たって言うけど、なかなかどうしてやるじゃない。ゴート君をあそこまで痛めつけるなんて。本当に特殊部隊の一員だったのかも?」
「さあ、俺は本気で記憶が無いんでね。ゲキガンガーが大切なものだと言う事は思い出したけど……」 
「ゲキガンゲキガンって、暑苦しいね……世の中それほど単純じゃないんだけど?」
「……確かに。世の中は複雑だ」
「ほう。てっきり怒り狂うと思ったけど……冷静だね?」
 ドア越しにロン毛が感心した声を上げる。
「確かに俺はゲキガンガーを見て育った。でもいつまでもそれに囚われるつもりは……無い。いつかは超えていかないと、ゲキガンガーを」

「……現実を見る目はあるって事だね。合格」

 言うや否やいきなりロン毛は独房の鍵を開けてしまった。
 これってキーもしくは艦長承認無しでは空けられない電子ロックだったのでは?

「酸素欠乏症って聞いて、君が単なる病人かと思ったけど、そうじゃないね……テンカワ君は何か隠している。君の正体とか」
「え?!」

 テンカワさんが隠し事を?
 俺を態々病人扱いしてまで隠さなければならない何かを、あの人は知っているのか?

「……それと俺を出すのと何の関係が?」
 そう問いただした途端通路が僅かに揺れ出した。
 これは……戦闘?!
「ほら、よく何かのはずみで記憶が戻る事ってあるじゃん。そんな所にいても何も変わらないし、ちょっとスリルを味わってみないか?」
「……何だかんだ言ってあんたもアニメ世代でしょ」
「あっはっは、鋭いね。ちなみに僕はアカツキ=ナガレ。コスモスから来た男さ」
「俺は……俺は……名無しのままでいいです」
「面白いね君は。じゃあ行こうか!」
 俺はアカツキさんに連れられて、独房から抜け出した。


『おっせーぞロン毛!! どこで油売ってやがった!!』
「アッハッハ。御免御免、ちょっと野暮用がね」
『フッ、色男なんだから野暮なツッコミは厳禁よ』
『何馬鹿な事言ってやがるイズミぃ!!』

 戦場での会話とはとても思えない……。
 この部隊いつもこんな調子なのだろうか?

「さて、君操作方法は解っているよね? IFSを付けているんだ、イメージするだけでいい」
 突然そんな事を言われても……。
 今俺はアカツキさんの機動兵器“エステバリス”に同乗している。
 この機体、今俺の後ろにある母艦ナデシコからエネルギーを受けている間は幾らでも動けるらしい。
 だからこの機体、エンジンが無い。徹底的に軽量化されてコクピットも狭い。無論男二人乗れば一杯一杯である。
 だが圧迫感は感じ無い。周囲の壁が全てモニターになって、あらゆる方向も視覚する事ができるようになっている。
 これなら無用なストレスを溜め込まなくて済むかもしれない。

「イメージ……イメージか」
 丁度目の前に黄色い敵が飛んできた。
 確かバッタとか言う奴か……ダメージ無しで済ますなら、こいつを踏み台にしてライフルを後から連続で叩き込んでやれば……。
 などと考えているといつの間にか機体は動いていたようで、目の前で綺麗な華が咲いていた。
「やるじゃん」    
 満足そうなアカツキさんの賛辞はともかく、俺は次の相手を叩きのめすイメージばかりを浮かべた。
 編隊を組んでいるバッタに横並びとなり、フルスロットルでその周囲を回りつつライフルを斉射したり。
 突っ込んで来たバッタを腕で掴み、そいつを盾にしつつ最後はぶん投げて誘爆させたり。
 ナイフがあるのに気が付いて相手とすれ違い様に突き立てて二枚に下ろしたりと様々な行動を試してみた。
 そしてこのエステバリスは忠実にそれを再現してくれる……いいじゃない。
『は、早い……』
『嘘〜!』
『能ある鷹は何とやら、ね』
 気が付いたら周りの雑魚は全て粉砕していた……いや自分で自分が恐ろしい、なんちゃって。

「はっはっは。これが僕の実力……と言いたい所だけど実際は彼のお陰なんだよねぇ」
 と、アカツキさんが通信機の設定を変えた。
 どうやら今までサウンドオンリー状態だったらしい。

『あーっ!! テメエ!!!』

 いきなり目の前に女の子の顔がどアップになったのは流石に驚いた。
 緑に髪を染めたきつそうな人……不良?

『俺の火星丼喰った奴だな?!』
「あ、あれ貴女のだったんだ。ごめん、とっても美味かった」
『ケンカ売ってんのかテメエ!』
 素直に謝ったのに……食べ物の恨みは恐ろしいって所か?
「本当ごめん……お詫びに今度何か御馳走させて欲しい。記憶は無いけど、おいしい店ぐらい探しとくから」  

『なっ……』
『おおっ?! リョーコにいきなりお誘い?』
『どうやらソッチの腕もなかなからしいね』
『何言ってやがるテメーらぁ!!』

 何か余計に怒らせてしまったみたい。
 顔を真っ赤にして……悪い事したなぁ。
「あっはっは、君も天然だねえ」
 隣でアカツキさんが苦笑している。
 何が天然なんだろう? ま、いっか。
 が、まあいいかで済まされない事態が起こった。
 

「?!」
「どうした名無し君……っておわっ!!」
 俺は何かに引きつけられる様にその場から緊急離脱した。
 一気に加速し、あっという間に重力波圏外に迫ろうとしていた。
「おいおいおい! どうしたんだい?!」

「呼んでいる……友が、友のSOSが呼んでいる!!」

「はあ?」
『……アカツキさん。そちらの方向にヤマダ機が飛んでいるはずです。できれば回収お願いします』
「何?」

 アカツキさんはオペレーター(恐らくテンカワさんと話していた少女だ)の指示に驚いているが、俺には最初からはっきりと解っていた!

 友の危機に駆けつける……これぞヒーローのお約束!!
『ガーイ!!』

 俺はガイのエステバリスを確認するとナイフを一本投擲する。
 勢いが付いたナイフはガイのエステに組み付いていたバッタに突き刺さり、ガイは脱出する事に成功した。

『助かったぜ! 友よ!!』
「礼なんていいさ!」
「いやそれはいいんだけど囲まれてるよ?!」

 確かに俺達の周りにはバッタが何匹か取り囲んでいる!
 だが、俺達二人の前では烏合の集に過ぎん!!

「ガイあれをやってみよう!」
『あれか! よっしゃああ!!』

 途端に俺達のエステバリスがバリアに覆われる。
 ディストーションフィールドと言うらしいが、舌噛みそうなので叫ぶのには苦労する。
 フィールドを張りつつ上昇し、段々スピードを上げながら俺とガイのエステが衝突すれすれの距離で並列飛行する。
 二機のエステ分のフィールドにスピードが上乗せされ、敵を駆逐する必殺の技……名付けて!

『ダァブル!! ゲキガァァァァァン、フレアァァァァァァァ!!』
“轟!!”
 次々と生まれる火球! 
 俺達が過ぎ去った後には、既にバッタどもは一匹たりとも生き残ってはいなかった。
 俺達の、いや正義の勝利だ! 

「いやはや見事なコンビネーション。でも一々叫ぶ必要は……」

「必殺技の前には決めゼリフ。これは、人の遺伝子構造上避けられない行為……言うなればSA・DA・ME!」

「あ、そ……」
        


 ガイと共に凱旋した俺は、怪しい中年であるウリバタケ班長や、さっきのパイロットリョーコさんらから色々質問攻めにあった。
 曰くどこでそんな技術を修得したのか。
 曰くあんな無茶な技どうやって実現したかなどだ。
 前者に対しては記憶が無いので答えかねたが、後者に関しては簡単である。

「熱血さえあれば何でもできますって」

「できるか!!」

 そんな状況から救い出してくれたのは、この船の艦長ユリカさんだった。
 彼女から呼び出しを受けた俺は、テンカワさんとアカツキさんと共にブリッジに上がる。
 何故テンカワさんなのか気になったが、俺が何かしても即座に鎮圧できる実力があるから、だそうだ。
 確かに先の戦闘での動きは見事なものだった……この人、俺以上の手練では?

「はじめまして! 私が艦長のミスマル=ユリカです!」
 初めて対面した艦長はとっても若い女の人だった。
 いや、というよりこのブリッジ女の人しかいないのでは?

「僕、男だよ……」
「あ、すんません。口に出ていたようで」
「馬鹿」

 ユリカ艦長の隣で副長のジュンさんがいじけている。
 ……何かどっかで見たような光景だけど……思い出せない。

「で、どういう事ですかアカツキさん」
 先ほどの明るい顔とはうって変わって、ユリカ艦長がアカツキさんを厳しい顔で追及する。
 ……伊達に艦長席座っている訳じゃないんだ。
「独断で彼を解放したのは謝る。でもこれはテンカワ君との合意の元でやったんだ」
「え、そうだったんですか? じゃあ全然問題無しです♪」

 前言撤回。

「いつまでも記憶が無いのは辛いと思ってね……ルリちゃん、何か解った?」
「はい」
 テンカワさんが目配せすると、ルリちゃんはコンソールを操作し出した。
 さっきまでまともにその姿を見ていなかったから解らなかったけど……まだ十代前半の幼女じゃないか?! 

 どこまで追い詰められているんだ、地球は?

「タグにあった断片的な情報によれば……この人は確かに連合軍に所属しています。ですが名前や個人データの殆どが抹消されている所を見るとかなり機密度が高い任務に従事していたのだと思います」

 隣のアカツキさんを見るが、騙されるなと目で警告している。
 こっちでもそれは解っていたので頷く……何か嘘っぽいんだよな、ルリちゃんの言い方。

「ふうむ、ひょっとすれば最初から真のデータなど存在しない、文字通り影だったのかもしれませんね」
「おわっ?!」
 いつの間にか俺とアカツキさんの間に眼鏡のおじさんが立っていました。
 気配が全く感じられなかった……。
「失礼。私こういうもので」
「何々。ネルガル重工、プロスペクター……本名ですか?」
「いやいやペンネームみたいなものでして……それはそうと貴方、このナデシコに雇われてみませんか?」
「は?」

 おおっと横を見るとアカツキさんが歯を光らせている!
 この人の仕業か……?

「いやね、貴方の過去の経歴は存じませんが、記憶喪失になった貴方を軍がそのまま雇っているとは思えません。適当に理由を付けられ退役金も無いままに放り出されるのが関の山。そこで我がネルガル重工のパイロットとして新たなスタートを切ってみては如何かと」
「はあ」
「先ほどの活躍を拝見しましたが中々の腕前で……その腕を腐らせておくのは惜しい、実に惜しいのです」

「……戦争のための腕なら腐らせておく方が丁度いいと思いますが」

「いやはやこれは手厳しい……全く持ってその通り。本来軍は税金泥棒に徹するべきなのに、今ではこの有様ですからねぇ」
 少し皮肉がかかった返答にもすらすらと返してくるプロスペクターさん。
 嫌いではない雰囲気だ。
「ですが今は腐らせる時じゃない、活かす時だ……やりましょう。俺でよければ力になります」
「そういって貰えると助かります。ではお給料は……」

 何処からとも無くソロバンを取り出しはじき出すプロスペクターさん。
 ぱっと見だけでも結構な金額だな……あっ、まだまだ増えそう。
「それはともかく! 貴方の名前が名無しのままじゃ都合が悪いです。何か考えないと……うーん」
 そうこうしている内にユリカ艦長がそんな提案を出す。
 まあ、記憶喪失とはいえ名無しのままじゃカッコはつかないし。
 これは時間がかかるかな? と思ったら意外と即断してしまった。

「“カイト”! うん、これがいい!」
「カイト……ですか?」
 中々カッコ良い名前かもしれない。
 カイトか……響きもいいしね。
「ユリカ、その名前の根拠は?」

「ええとね、昔私が飼っていた犬の名前!」

 またしても前言撤回!!

 ユリカ艦長を除く全ての人がずっこけてしまった。
 俺犬ですかいユリカ艦長……。

「駄目? 名前って大切だから、ユリカが大切にしていたカイトの名前を付けようと思ったんだけど……」
「……あ、そういう事なら……喜んで拝命させて頂きます」
 結局ユリカ艦長の上目使いに撃沈された俺は、カイトと名乗る事となった。
 俺の新しい人生が、ここナデシコで始まるんだ……。


 ナデシコ……一言で言えばここは、玩具箱を引っくり返したような場所だ。
 色々な意味で濃い人達が好き勝手に暴れ、色々なドラマがあちこちで繰り広げられる。
 そして……色々な場所で命を賭けて戦う。
 あれからナデシコは軍の要請により色んな場所へと転戦した。
 北極の親善大使(熊)を救出しに行った時も凄い騒ぎだった。
 普通にいけばいいものの、ユリカ艦長のミスで思いっきり敵の反撃を受けたりもした。
 あの時は新兵器を使ったテンカワさんの頑張りと、俺とガイのダブルゲキガンフレアが再び炸裂した事で事なきを得たが……軍隊だと致命傷だぞこれは。
 軍人である筈のユリカ艦長は、どうも優秀だけど抜けている所がある。
 良くも悪くも自分勝手。特にテンカワさんの事が絡むと判断力を失ってしまう。
 他の皆さんも能力は一流でも性格に問題アリの方多いし……俺に至っては記憶喪失だもん。
 でもあの時のルリちゃんの主張は俺も驚いた。
 “アキトさんを信じろ”か。

 よっぽど信頼しているんだな、テンカワさんの事を……あれだけ強ければそれも納得。

 次はうって変わって常夏のテニシアン島へヴァカンス。

 その前にバイオハザードが発生したりしたが……記憶の奥底に封印するとしよう。

 確かキノコ男がチューリップがどうたらこうたら言っていたが、知ったこっちゃない。
 俺達は思いっきり遊びまくっていたりする。
 楽しかったなぁ、アカツキさん主導でビーチバレーやったりして。
 あの時もテンカワさんパートナーがどうたらこうたらでもめていたけど、見ているこっちとしては笑えたね。
 他人の不幸はなんとやら、だ。
 ……笑ってばかりいられなかったけど。

 ガイの奴、いつの間にかテニシアン島にいた薄幸の美少女といい関係になっていたなんて!
 しかもその近くには敵チューリップが!!
 早く戻れガイ! お前がいないとダブルゲキガンフレアが!!

 と、思ったらテンカワさんのエステがバーストモードなる第二形態へ移行。あっさりバリアごとチューリップを叩き切ってしまった。

 この頃からだろうか……何かこう、一抹の寂しさっていうのを感じるようになったのは。
 自分で言うのも何だが、俺とガイのコンビネーションはかなり自信があった。
 ディストーションフィールドの集中展開による敵陣突破。言うのは簡単だがこれが出来たのは俺達だけだったのだ。
 アイツもまた俺とのコンビに、最初こそ満足していた。お互いに最高のパートナーだと褒め称え、周りも感心してくれた。
 だけど……段々テンカワさんが強力になるにつれて、自分のやっている事に自信を無くし始めて来た。
 アカツキさんやリョーコさんも……気が抜けているというか何と言うか、緊張感が足りない。

 “どんな困難な戦況でも、きっとテンカワがやってくれる”

 何か、そういう空気が艦全体に流れ始めたのだ。
 それをはっきりと感じたのはクルスクでの一連の攻防戦でだ。
 大型砲台ナナフシに狙撃され、ナデシコは一週間は動け無い程の損害を受け、十数時間もすれば次弾が叩き込まれそこでアウト、といった正真正銘のピンチに陥っていた。
 当初はアカツキさんをリーダーにチームを組んで行軍するつもりだった。
 それが……敵の包囲網を突破する事が出来ず、結局テンカワさんを一人でいかせるような作戦を実行してしまったのだ。

 結果的に作戦は成功したがこれでよかったのだろうか?

 確かに現状で考えうる最も効率的な作戦だったが、本当にこれがベストだったのか?

 テンカワさん一人に全てを背負い込ませてよかったのか?!

「なあ……俺達って、何の為にいるんだ? 俺達はコックのオマケか?!」
「言うな……ガイ。俺達は、俺達の出来る事をやるしかないんだ……やるしか……」
 とは言うものの、その時は戦車部隊を山ごと抉ったテンカワさんの攻撃の傷跡と、遥か彼方で黒煙を上げるナナフシを見つめるしか、出来る事は無かった……。

 そして、恐れていた瞬間がやって来た。

「では、連合軍長官の命令によりテンカワ=アキトを連合軍が徴兵する!!」

 突然のナデシコ中核コンピュータ“オモイカネ”の暴走。
 これによりこちらの管制システムが無差別に作用し、目標であった無人機動兵器群のみならず友軍の連合艦隊にも大損害を与えてしまったのだ。
 そしてその責任を負う形で……テンカワさんの身柄が軍に移った。
 どうも裏ではキノコ男が暗躍していたらしいが、こいつが何もしなくてもいずれはこうなった気がしてならない。
 あれだけ暴れていたら幾らデータを改ざんしようが何しようがバレるものはバレる。
 俺は常々考えていた。
 今までの作戦で、もしテンカワさんがいなかった場合勝てたかどうか。
 実際に俺はシミュレートしてみたが……どれもこれも厳しい結果が出てしまった。

 いやそれよりも!

 それよりも問題なのは……本来他のパイロットが分担するであろう窮地や困難、ぶっちゃけていえば“経験”が全てテンカワさん一人の行動により打開されていたことだ。
 よって……今のナデシコのパイロットの経験はそれほど多くは無い!
 確かに皆腕はいい。だが、一度の実戦は百の訓練に勝ると言う様に、経験が無いというのはかなり問題なのだ……。

 そんなこちらの都合には、敵はかまってくれないだろう。
 奴ら……バッタやカトンボなど無人機動兵器は、単純にエネルギー規模や戦略的価値を判断して自動で攻撃してくる。
 そして度重なる大活躍により……ナデシコは間違いなく第一攻撃目標にされている。
 しかもそれは、テンカワさんがいた頃の戦力が最大値のデータを使うはず。
 ……勝てるのだろうか、今後テンカワさん抜きで……。

「おまけに皆の士気はガタ落ち。一つでもミスればナデシコは危うい……」

 何処と無く絶望感が漂う格納庫で、俺は自機を前に呟いていた。
 ネルガルと契約した事でコスモスから送られた新型エステバリス……アカツキさんと同型機だ。
 今の今まで沢山の戦場を共に歩んできた、俺の相棒。
 他のみんなの機体より若干性能は上だそうだが……この状況では焼け石に水もいい所だ。
 援軍は期待できず。というより連合はナデシコを囮にでも使うつもりなのだろう。
 テンカワさんを手にしたら後は用済みって事か……。

 だが……。

「簡単に殺されてたまるかよ。このナデシコから始まった俺の人生、そして皆の人生もあんな屑どもにくれてやるつもりは無い! 絶対に生き延びてやる……絶対に!!」

 どこまでも貪欲に……生を追求してやろう。
 どこまでもしぶとく……勝ち残ってやる。
 

 

 

 

代理人の感想

む、鋭い。(笑)

アキトのみに頼ることによってナデシコパイロット達の練度が相対的に下がっている・・・・

今までネタになる事はあったんですが、それを話としてちゃんと書いたのは多分初めてですね。

 

しかしまぁ・・・・・・色々な意味で濃いですね、カイト君(苦笑)。

底無しに暑苦しい熱血馬鹿なのは間違いありませんが、

かつてのアキトやガイのようにそれだけではないあたり、

人造人間の置かれている現実と言うのを案外深く理解していたのかもしれませんね。

 

 

ちなみに「ダブルゲキガンフレア」についてちょっと補足。

そもそもの元ネタはゲキガンガー最終回でゲキガンガーVとゲキガンガー3が使用した合体技

「ダブルゲキガンファイヤー」でして、スパロボでの初出である「A」及び「R」(共にGBA)では

ゲキガンガー最終回のワンカット(金色に輝くVと3)を元ネタにしたとおぼしきカットインが入ります。

(設定資料に書いてあるのは「IMPACT」の物ですね)

個人的にはゲームにおいてアキトとガイ以外の組み合せて使えるのは

かなりの違和感を感じないでもないのですが、まあそれは余談。