Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT3〔戦神現る、そして……〕
カイト編「壮烈!カイト炎に消ゆ!!」
遂にナデシコが敵艦隊と遭遇した。
たった一隻の戦艦相手にチューリップが“二基”とはこれまた豪勢だ。
ナデシコより強い船だったらコスモスやら“ジキタリス”があるだろうに、何故一企業の試作艦に過ぎないナデシコを執念深く狙うのか。
それは……ナデシコが強力だったからだ。
艦のハード的な性能ではない。
そこに乗るクルーの我や信念が、他の何よりも強かったからだ。
だから俺達は今まで勝ち残れた。
信念を守らんとする願いほど強力な武器は、人類史上他に無い。
そう、逆に言えば信念無き兵器……無人兵器など敵ではない!
だが……。
『リョーコさん!! 隊列の中央が薄いです!!』
『な!!しまった!!テンカワとの戦闘時と同じクセが出ちまったか!!』
その敵でないはずの無人兵器如きに、俺達は押されていた。
何故……?!
『俺もナデシコから離れ過ぎたな……ヒカル!!』
『駄目だよ〜!!私もバッタ君達の相手で、今は手一杯だよ〜』
『イズミ!!』
『こっちも同じ!!とても中央の防御までは手がまわらない!!』
『くっそ〜!!ロン髪!!』
『だから名前で呼んでよね……生憎、僕はテンカワ君みたいに非常識な男じゃないんでね。美人の頼み事には応えたいんだけどね、っと!!』
……例え人であっても、その信念が崩れそうになると弱い。
心を持たない木偶如きに、易々と防衛ラインが突破されていく。
追い詰められ募る不安、恐怖……。
ますます信念が瓦解していき、やがては致命的なミスを生みそして……死ぬ。
『ヤッベ〜!! おいブリッジ!!2、3機ほど取り逃がしちまった!!対空砲火とミサイルで迎撃してくれ!!』
だが、こんな状況でも、最後の最後まで諦めなければ希望は見えてくる。
諦めが悪い? 観念しろ?
阿呆か、冗談じゃない。
人間は足掻く生き物だ……命が消えるその瞬間まで!!
そうだろう! 友よ!!
“ドゥ!!”
ナデシコに迫りつつあった無人兵器が粉微塵に砕け、そこから現れる桃色のエステが勝ち誇った笑い声を上げ……。
『フフフフフフ……正義の味方とは!』
「いつも遅れてやってくる!!」
そして俺の出番だ!!
『チューリップ下方から急浮上してくる物体!』
『ええ?!』
『やれやれ、間に合ったようだね』
青い壁を突き破って踊り出る紅いエステ。
真上に迫るは蒼白の空ではなく、不気味な無機物の壁。
だがそんな物はお構い無しだ!
壁があるなら壊せばいい!!
「スゥゥゥパァァァ、ナッパァ!!」
エステの拳がチューリップを削る削る。
あちこちから爆発が生れ、揺さぶられつつ海に落ちる。
「続いてもう一基!!」
マウントしてあった二丁のラピッドライフルを携え、とにかく乱射。
味方以外の動く物体を手当たり次第撃ちぬく!
あっと言う間に薄くなる敵の防衛網。その隙をついてガイが後方から距離を詰める!
「あれをやるぞ! カイト!!」
「“ダ”から始まるあれだな?
おっしゃあ!!」
速度やコース、回避動作その他モロモロを同調させ、まるで一個の独立した生き物のように飛び回る二機のエステ!
バッタが行く手を阻むべく立ち塞がるが、もれなく弾き飛ばす!
「どけどけ〜!!
邪魔する奴はブッ飛ばしちまうぞ!!」
それは戦艦とて例外ではない。
艦外の突起物は無論の事、フィールドを突き破って装甲まで引き剥がしていく!
そして目の前には半開きのチューリップ……このまま一気に行く!!
『ダァブル!! ゲキガァァァン!! フレアァ!!』
全速力の突撃を喰らい、巨大な陥没跡が残るチューリップ。
形勢不利と見たか大慌てで潜航を開始するがもう遅い!
俺らの背後から迫っていたグラビティブラストがチューリップを包み込み、瞬時に圧壊していく。
……俺の奇襲が、功を奏したのだ。
『ああ、クソ!
“こんなこともあろうかと”DFSを用意したのに……最初からカイトに渡しておけばよかったぜ』
『折角の説明のチャンスだったのに……いけずな子』
お二方……俺にそんな事言われても。
テンカワさん無きナデシコは、一時はどうしょうもない程士気が低下していた。
今日と言う日が来るまで、本当に戦えるのかと内心ヒヤヒヤしていたが……それは杞憂に終わってくれた。
誰よりも先にユリカ艦長が全クルーを叱咤激励し、お陰で俺の予想よりも遥かに早く、皆立ち直ってくれたのだ。
立派だ……矢張り艦長たるもの男らしくなければ、ってユリカ艦長は女性だ。失言失言。
でも“戦える”と“勝つ”とでは大分次元が異なってくる。
今回の戦闘で案の定テンカワさんの穴を無人兵器に見抜かれてしまった。
確かに俺達の戦法はテンカワさんが加わった時、鬼のような強さを発揮する。
俺達はテンカワさんの援護をするだけで、容易く死地を乗り越えてきた。
だがあの人が抜けた途端腑抜けてしまった……防御だけに専念していた所でいきなりアタッカーをやろうとしても、勝手が違うのは当たり前だ。
早く気付くべきだったのだ。戦場で“容易い”などと考える事が、どれだけ危険な事か。
テンカワさんに頼りすぎた結果が今日の危機である……本人がこれを見たら嘆き哀しむぞこりゃ。
まあ、そんな事滅多に口に出しはしない。
居ない人間の事をとやかく言っても仕方が無いし、これ以上士気を下げるような行為は避けるべきだ。
なるべく明るく、カラでもいいから元気一杯に振舞う事で普段どおりを装い、現状を維持していきたい。
いきたいのだけど……。
「テメエ……スタンドプレーも大概にしろよ!」
パイロット控え室に戻った途端、俺は凄い形相でリョーコさんに掴みかかられた。
曰く、“オマエらがちゃんと隊列守っておけば中央突破される事は無かった筈だ”と言うのだ。
……エステ隊は編隊を組んで防衛ラインを形成していていたが、戦闘開始と同時に瞬時に破られた。
原因は編隊の穴……本来ここにはテンカワさんが納まる場所であった。
他の全員は今までのクセで、肝心の中央の監視が疎かになってしまった。
常勝無敗を誇ったこの戦法だが……そもそもこの隊列、肝心要のテンカワさんの存在がなければ成り得ない代物だった。
皆テンカワさんが居なくなるなど考えもしなかった……だがこの世には絶対なんてありゃしないのだ。
だから俺は……艦長公認でこの隊列を無視した。
でも隊列を敵に見抜かれないよう、他の皆に教えなかったのはまずかったのかなあ?
「オイオイ待ちたまえ!
今回の作戦はちゃんと艦長の承認を受けたんだ」
「そうだ! 何イラついてるんだスバル?」
「やっかましいこのズッコケ三人組が!!」
『ズッコケ?!』
擁護してくれたアカツキさんとガイに怒鳴り返すリョーコさん。
相当焦ってるな……。
まあ無理も無い。テンカワさんは皆の心の支えだった。
特に女性陣の。
リョーコさんも戦友以上の思いをあの人に持っていた。
だから、彼が抜けた途端醜態を晒す自分に嫌悪しているのだろう。
なまじ力を持っているだけに、無力を知ると辛い事がある……。
しっかし、ズッコケとは言い得て妙かも。
「それを言ったら私達はさしずめ“かしまし三人娘”じゃないのかい?」
「い、イズミちゃん!」
キッと怒りの矛先を俺からイズミさんに変えるリョーコさん。
……おおイズミさん目が真剣だ。
「カイト君はよくやっているわ。自分のミスを他人に責めてどうするの」
「クッ……」
「そうやって自分を追い詰めるのはやめようよ、ね?」
だが相変わらずリョーコさんの表情は苦い。
……まずい。
こんな状況でまた戦闘が起こったら……彼女の身が危ない。
俺は隣のガイとアカツキさんに目配せし、互いに頷いた。
……所でアカツキさん、頷いた後で歯を光らせるのはどうかと……。
「でも“誰も悪くなかった”だけで済ますのはよくないと思うよ」
アカツキさんの言葉にリョーコさんらが素早く反応する。
憎悪を込めた目線、興味深そうな態度、慌てる挙動……誰が誰だか一目瞭然である。
「今回の失敗を失敗に終わらせないよう、反省会でもしようじゃないか……シミュレーター室でどうだい?」
「ほお……いいぜ、受けて立つぜロンゲ!!」
つまりは摸擬戦の申し出である。
「荒療法ね……」
「上手く行くといいんですけど」
俺とイズミさんは溜息をつきながら、シミュレーター室へと足を向けた。
数時間後……。
「……」
「また負けた……」
「これで私ら一勝もしてないよ〜」
こちら側のシミュレーター装置には、でっかく“WIN”という文字が表示されている。
これで34戦34連勝だ。
「クソ……クソ……もう一回だもう一回!」
「了解。35勝目を目指しますか」
「くっそー!!」
そして再びシミュレーターが起動する。
今度の設定は地球圏洋上。
機体は全機空戦フレーム。母艦は両方ナデシコだ。
今回ナデシコは完全オート制御で、一定時間が過ぎると敵側のナデシコにグラビティブラストを放つよう設定されている。
但し、そのチャージタイムは攻撃を喰らうたびに長くなってしまう。
勿論母艦が落ちればはいそれまで。エステで直接母艦を狙う事もできるが、今の俺達にはそんな奴はいない。
全員もっぱら機動戦闘に集中しているのだ。
「ヒカル! イズミ!
フォーメーション鳳仙花!! 一斉攻撃でヤマダを落す!!」
「俺の名はダイゴウジガ……!」
成るほど、常に数で優位に立って攻撃か……有効な戦法だ。
だがそれは、同時に注意がたった一機に向いてしまう事になる。
残った二機は……狙い放題。
「背中ががら空きぃ!」
アカツキさんのエステがピンポイント射撃で脚を狙う。
これによりヒカル、イズミ機の脚部が損傷。若干機動が鈍くなる。
「こんちくしょぉ!」
「駄目だよリョーコ!!」
「?!」
反転した直後リョーコ機が背後からの蹴りを喰らい、きりもみ状態で落下していく。
一撃を食らわせたのは、辛うじて生き残っていたガイだ。
「うわっはっは! ヒーローは不死身だ!!」
「うえ〜しぶといよお!」
この時点で体勢を立て直しきれていないヒカル、イズミ機はあっさりガイのパンチを喰らい墜落。同時にガイ機も爆発した。
普通これほど損傷を受ければ落ちるはずだが、ガイの事だ。
努力と根性で何とかしたのだろう。
残るはリョーコ機ただ一機。
「ま、まだだ! まだ……」
「いや、もう終わりだ!」
何とか海面に激突だけは回避したリョーコ機だったが、ほぼ真下の海面から現れた俺に一瞬対応が遅れる。
「何度も同じ手を食うか!!」
それを避けるべく上昇するリョーコ機。だが何か忘れていないか?
「これでラスト!」
今度は真上からアカツキ機の砲火を喰らいよろめくリョーコ機。
そうこうしているうちに、俺のエステの拳がリョーコ機の頭部目掛けて飛んでいた……。
『何で勝てない……何で……』
『何でだろうね……?』
シミュレーション上では撃破された事になっているリョーコさんらは、未だ出ようとしない。
お陰でまだ会話がこちらに響く。
今は俺とアカツキさんで敵ナデシコ撃破を試みているのだが、その最中にも三人の会話は続いていた。
『何か独特の雰囲気持ってるんだよねカイト君って。目を見てたらどっかに引き込まれそうな感じで……』
『確かに……まあ悟った感じはしてるけどさ』
迎撃ミサイルを掻い潜りつつひたすらライフルを撃ち込んでいるがビクともしない。
仮想とはいえ流石ナデシコ。そんじょそこらの戦艦とは訳が違う。
『私達はいつの間にか呑まれているんだよ……カイト君のペースに』
『どーゆーこったイズミ?』
アカツキさんが“DFS”の使用を提言するが……却下。
アレ使ってしまったらテンカワさんの二の舞だ。強すぎる力は色んなものを見る目を曇らせてしまう。
自分の限界を引き出す事こそが、今必要とされている……安易に切り札を使うべきではない。
そう伝えるとアカツキさんも納得したようだ。DFSはアカツキ機から離れ、黒い海の中へと消えていった。
『カイト君、見た目は熱血しているけど、同時に現実を見つめる冷たい目をしている……理想と現実、そこら辺にきちっと境界線を持ってる』
『そうかぁ?』
『そう思う時点で、カイト君に騙されている……そのペースに呑まれているんだよ。特に戦闘になるとそれがハッキリしていると思うな』
『呑む、撃つ、殺る……この三拍子が決まった時、逃げられる奴はそういない。本来カイト君は、生身の人間相手してきたのかもね』
『それって……』
『敵に回ったらまず勝てない、と思ったほうがいいわね。パターン化された無人兵器しか相手に出来ない、今の私達には』
もう既に通信の内容は殆ど耳に入っていない。
今俺はナデシコを沈める事だけに集中している。
あと数分もすればこちら側のナデシコのチャージが終了し、クリアだ。
敵ナデシコはダメージが大きすぎてチャージどころでは無いのだから。
しかしそれでは意味が無い。目的はあくまでエステでの戦艦破壊だ。
既にライフルもミサイルも尽き、重力波圏外なのでエネルギーも心とも無い。
ここが宇宙空間だったらバッタの一機でも拾ってぶつけてやるのだが……ぶつける?
おおその手があった!
「アカツキさん回収よろしく!」
「え? ちょっとタンマ!!」
アカツキさんが止める間も無く、俺のエステは急加速する!
目標は艦上部……ブリッジ!
グングン眼界に迫るナデシコ……もうすぐフィールドの範囲内。ギリギリまで引き付けて……。
「今だ! アサルトピット射出!!」
強烈なGと同時に俺のエステのコクピット部のみが射出され、アカツキさんが大慌てで受け止めてくれた。
そして残ったフレームのみが全速力でナデシコに突っ込んでいく!
刹那、フィールドにフレームが接触したが、弱体化したフィールドにそれを抑える事はできなかった。
質量爆弾と化したフレームがナデシコブリッジに激突し……爆砕した。
「おいおいおい……こんな事実際にやったらプロス君が卒倒しちゃうよ」
『おめ、やっぱり只のバカじゃねーのか?』
『いや! 男の最後の武器はやっぱり特攻だ!!
熱いねえ!!』
……ちょっと待て。
確かにこちらのナデシコからGブラストが放たれる前に片が付いた。
だが……冷静に考えると俺は何て事をしてしまったんだ!
特攻?!
バカな、そんな事をやって戦艦一隻落したって意味が無い!!
たかが一隻じゃないか!
チューリップならともかく、カトンボみたいなのは幾らだって……。
……まさか、いやそのまさかなのかもしれない。
『……おいカイト?』
俺は、相手が“ナデシコ”だったからこんな無茶をしたのか?
俺は心のどこかで、この場所が無くなるのを望んでいるのか?!
どうなっている、俺は……。
「カイト!!」
「おおうぅ!?」
怒鳴り声で我に返ると、もうこの場に残っているのが俺とリョーコさんだけという事に気が付いた。
……他の皆はとっとと出て行ってしまったんだろう。
「いつまでそうやってるつもりだ?
もう今日は上がりにしょうぜ」
「ん……まあ、今日は早めに切り上げるとしますか」
「早め……だって?!」
「いつも三人で後二時間は詰めっぱなしなんですがね……疲れない体質なのかな、俺?」
「やっぱ只者じゃねえな……ああそうか。だからロンゲやヤマダもあんなに……」
シミュレーター室から出た俺は、軽く肩を鳴らしつつ近くの自販機コーナーまで向かう。
夜食が欲しい所だけど……もう時間は遅い。
自販機バーガーで我慢するか。
「えーと月見カツバーガーは……」
契約と同時に俺はそれなりの装備も支給されていた。
電子マネーもその一つ。
アカツキさんから無駄使いしないようにと念を押されていたが、使うにしてもナデシコの中でどう贅沢をしろと?
食堂に行けばホウメイさんの安くて温かい料理が、映写室に行けば大抵のジャンルの映画が、トレーニングルームで汗を流す事もできるし大浴場で疲れを癒す事だって可能だ……皆に食事を奢るとか、そういう時ぐらいしか大きな出費はない。
……あ、奢るといえばリョーコさんとの約束どうしよう?
次のクリスマスに上陸休暇あるかな?
その前に無事生き延びなければならないけど。
取らぬ休暇の皮算用になりかねん……。
「よっ」
「あ」
などと考え込んでいると横から手が伸びて、自販機からバーガーが出された。
この手は……リョーコさんだな。
「ほれ、これだろ?」
「え? いやしかし今のマネーは……」
「奢りだよ奢り。あれだけ負けてバーガー一つだったら安いもんさ」
唖然としている俺を尻目に、リョーコさんは二つスポーツドリンクを購入し、一つを俺に投げてよこした。
そして隣にドカッと乱暴に座った。
「……頭、冷えたぜ。あれだけコテンパンにされると流石にな……俺もまだまだって事か」
そう言って俯くリョーコさんはどこか寂しげだった。
無理も無い。彼女は本職の軍人でエステバリスライダーだ。
途中でひょっこり現れた記憶喪失の俺に負けたとなれば、面子が立たないだろう。
「ちょいとやりすぎだったかもしれませんね……すんません」
「あんまり気を使うなよ……度が過ぎるとイヤミに見えるぜ」
「むぅ……」
「だから、考え込むなって……」
そうは言ってもこれが俺の性分だからなぁ。
まだまだ“人間”の感情は理解し難い。
……って、俺は今何を考え……。
「……テンカワの奴が居なくなって、正直俺達だけで切り抜けられるか……不安だった」
俺の内心などお構い無しにリョーコさんは続ける。
「でもそれって、俺の単なる思い込みだったみたいだな。一人で片意地張って、何が何でも自分一人で切り抜けようと気負ってた……他の皆がどんな思いで頑張ってるかも知らずに」
「リョーコさん……」
「……次からは、頼らせてもらうぜ。だからオマエも俺を頼ってくれ。一緒に、テンカワの帰る場所を、俺達の場所を守る為に……」
「……勿論です!」
そうだ。
自分が何者かなど、この際どうだっていい。
今できる事をやるまでだ……生きて、自分の意味を知るためにも……。
「絶対に!! 何としても!!! 死んでも生き延びる!!!!」
ナデシコを包囲する計“六基”のチューリップ。
空と海には、さながら渡り鳥の集団か、夏場に大量発生する水母の如き無人兵器。
そして、その背後から少しずつ数を増やす無人戦艦……。
状況は予想以上に最悪だった。
包囲網を突破すべくグラビティブラストによる一撃離脱作戦を試みたまではよかった。
だが、その一撃は前方にあった無数の無人戦艦に阻まれ、届かなかったのだ。
もうやり直しは効かない。こちらが再チャージを行っている間に、奴らは十回はナデシコを落せるだろう。
上下左右どちらを見ても敵だらけ。時折横切るガイ達のカラフルなエステが、まだ持っている事を辛うじて認識させてくれる。
撃墜数を稼ぐのにこれほど楽な戦場は無いだろう。何せ何処に撃っても当たるのだから。
口先だけの連合軍将兵諸君、武勲が欲しいならここにくればいい……つーか来い!!
いつになったら援軍が到着する!!
これほどの大部隊が動いていながらミサイルすら一発も撃ち込んで来ないとはどういう了見だ!!
“所詮地球の軍隊はこの程度”……。
『こ、こいつら……撃っても撃っても……』
さしものリョーコさんも焦燥を隠せない。
先ほどは撃てば当たるとは言ったが、この無人兵器、只では落ちない。
巡航スピードも従来型より明らかに向上しており、密かにフィールドも強化されているようだ。
しかも、頭部やら関節部やら、こちらのエステの泣き所ばかりを狙ってくる。
今までは力任せの突撃攻撃が常だったが、今では生意気にもフォーメーション攻撃や囮作戦までもこなす。
進化する戦闘機械……俺達は、勝てば勝つほど奴らに経験値を与えていたのか……。
だが、機械如きに人の成長を超えられる筈が無い!!
俺は、そう信じる!!
『リョーコ君! 下だ!!』
アカツキさんの警告の直後、海面から飛び上がってくるバッタが数機。
気付くのが遅すぎた! このままでは……。
「ええぃ! ままよ!!」
ライフルを使い切る勢いで牽制射撃をしつつ、フルスピードでリョーコ機の下に回り込む。
俺に掛かる負担は無論の事、エステにかかる負荷もバカにならない……。
ウリバタケ班長が完璧に調整してくれた筈なのに……何故だ?
しかし今は自分を労わっている余裕は無い!
リョーコさんの方が大事だ!!
「落ちろ虫が!!」
物凄い勢いで残弾ゲージが減っていくにも関わらず、無茶苦茶しぶとい。
この調子では残弾使い切っても全機撃破は……。
ゴッ!”
「!!」
くっ、背後に展開していたバッタからか?!
重力場ユニットが損傷しなかったのはせめてもの救いだ。
こんな所で墜落したら、さながらピラニアに襲われる家畜の如く、水中の機動兵器にあっという間に喰い潰される。
しかしこの調子だと……。
『お待たせぇ!!』
『ここは俺が引き受けてやるぜぇ!!』
絶妙なタイミングでアカツキさんとガイが来てくれた!
全面と背後のバッタが排除され、どうにか離脱ができそうだ。
「リョーコさん! ナデシコに戻って修理を!
その機体じゃ無理だ!!」
『何言ってやがる! お前もそのダメージじゃ』
「俺のエステはまだ大丈夫だ!! 急いで!
穴が塞がる!!」
こうしている間にも突破口が徐々に塞がれつつある。
ええい、虫め。数だけは豊富だ。
『ち、畜生……すまねえ!』
「頼るって言ったのはリョーコさんでしょう?!
気にしない!!」
と、送り出したはいいがどうしたものか……。
ガイもアカツキさんも折角来てくれたはいいが損傷が激しく後退。
只今俺は孤立無援状態。攻撃が当たらないのが奇跡のようだ。
それももう限界だ。
俺はともかくフレームが悲鳴を上げている。
大体、兵器ってのは連続稼働時間は極端に短い。
回避運動をしたり反動や熱を発する火器を扱ったりするのだ。どんなに丈夫に作っても一瞬でガタが来る。
毎回出撃した後整備する班長は毎回戦々恐々しているんだろうな……ネジ一本忘れただけで空中分解、何て事になっても全く不思議では無いのだから。
感謝しなければなるまい……どうにかこうにか帰還して。
そんな風に思考を巡らしつつ俺はイミディエットナイフを振るう。
……この間アカツキさんに借りたゲームの特別編にこんなのあったなぁ。
ナイフ一本で敵陣突破……聞こえはいいが実際にやるなんて思っても見なかったぞ!!
ああもう、班長もDFSなんて欠陥兵器建造するより先に、もっとコストに優れた武器を……。
お、そうしているうちにリョーコさん戦線復帰。これで後数分は……。
『あの熱血バカ!!早く俺のエステバリスを返しやがれ、ってんだ!!』
……へ?!
ナデシコブリッジにいるのはリョーコさん……じゃあ今飛んでいった機体は誰が……。
『……艦長、アンタに話しがある』
ってガイかよ。
自機の修理が待てずに飛び出したな?
せっかちな奴だ……。
『艦長なら気が付いてるんだろ?このままじゃあナデシコは袋叩きで終っちまう……だったら全滅するよりは、一人の犠牲で脱出した方がいい』
お、おいちょっと待て!! それは……。
『俺は!!
アキトと約束をしたんだ、絶対にナデシコを守ってみせるってな!!
だから約束は守ってみせる!! 艦長!! 俺の身勝手を無駄にするなよな!!』
「待てガイ!! 死に急ぐな!!!」
クソッタレ!!
あいつ通信切ってやがる!!!
ナデシコからもガイの支援要請が伝えられ、ガイが開いた突破口目掛けて皆突っ込んでいく!
しかしこのままではガイは間違いなく捨て駒に……。
『そんな事はしません!!』
そんな思いを一発で吹き飛ばしたのはユリカ艦長だった。
『最善は尽くします!!バックアップも、ナデシコのルートも!!……いずれは誰かに頼む事でした。それをヤマダさんが引き受けてくれたんです!!
私達はその気持ちを無駄にする訳にはいきません!!』
……。
……艦長、やっぱアンタ最高だ。
流石このナデシコの頂点に君臨するだけはある。
そこまでハッキリ言われた以上、こっちも最善を尽くそうじゃないか。
ガイ……一人では逝かせないぞ!!
「ちょーっと待った!
その機体で突っ込むつもりかい? 無謀を通り越して足手まといになるだけだ!!」
う……アカツキさん気が付いてる。
確かにこのままだとバーストモードを使うまでも無く機体がバラッバラになるだろうし。
だが……だからと言って……。
「だからこうしようじゃないか……」
俺はアカツキさんからその作戦を聞いて耳を疑った。
オイオイ、アカツキさんらしからぬ豪快で熱血な作戦だな……。
「生き残る為だったら熱血でも何でもやってやるさ!!」
「……正論ですね」
お互い……腹は決まった。
後はタイミングが命。下手すりゃ衝突してジエンドだ。
非常に危険な賭けをすることになるが……ガイはもっと危ない橋を渡っているんだ、俺だって!!
「よし!
ペダルを踏むタイミングを合わせるんだ!!」
「エステはIFS方式でしょうが」
「ノリさ、ノリ!」
俺を先頭に、後方からアカツキ機が一定の距離を保ちつつ追随して来る。
『二人共何やってるんですか!
早くヤマダさんを……』
これには艦長も疑問の声を上げる。
だがこれが、俺がガイの為に出来る最善の方法だ……解ってくれ!
あ、後ガイはヤマダじゃない。
ガイだろ?! さっきも叫んでいたし。
「よし! 軸線合わせ! 行くよ……!」
「クロォォォォォス、クラッシュ!!」
ほぼ同時に俺とアカツキさんのアサルトピットが射出され、アカツキさんのピットは加速し俺のフレームへと収まる。
そして俺はそのまま減速し、後方から迫ってくるアカツキ機のフレームにドッキングを果たした!
『だぁぁぁぁぁぁ!! ロンゲ! キャラ変わってるぞ!!』
「いいじゃないか! たまには、ね!!」
『でも、これで流れが変わる……!』
そう、比較的ダメージが少ないアカツキ機フレームなら、ダブルゲキガンフレアの衝撃にも耐えられる筈!
DFSと異なりこの技はむしろ防御力が向上する……ならばガイの生存確率も向上する筈だ!!
「……カイト、突貫します!!」
一気に加速した俺に途中でガイも気がついたようだ。
既に構えていたDFSを戻すと、俺に合わせて並列飛行の体勢を取ってくれた。
いいぞ……これで……。
『来てくれたんだな! カイトォ!!』
「ああ……当たり前じゃないか」
『しかしお前も相当ガタが来てる筈だが大丈夫か?
途中で落ちんなよ?』
「大丈夫だろうよ、エステはな……っ!!」
『!! か、カイトお前……』
チッ……もう内蔵が持たないか。
俺は血でべたついた手をIFSシステムに再び掲げ、何とか飛行姿勢を整える。
矢張り、アレだけの加速を繰り返していると身体が参ってしまうか……軟弱な、もう少し丈夫であれば……。
「ガイ!! ダブルゲキガンフレアだ!!
チューリップを落せ!!」
『だが、そんな事をしたらカイト、お前は……』
「このままコイツを放って置いたらナデシコは沈む!!
撃て、撃ってくれガイ!!」
『カイト……』
「俺に構うな、やるんだガイ!! 頼む!!!」
『解った……カイト……』
悲壮な決意の中ガイが叫ぶ。
そう、それは正に慟哭と言って良い代物だった。
『ゲキガン! フレァアアアアアア!!』
もう殆ど無意識の内に俺はエステを飛ばしていた。
身体が、最後の意地を見せて動いてくれたのだ……それも、もう……。
『やったじゃねえかカイト!
お陰で突破は成功だ、ヤマダも良くやったな!!
……なあ、ヤマダ、カイトの奴寝てんのか?……そうだろう?
そうだよな……』
『……』
『……おい、性質の悪い冗談はやめろよ……目を開けろよ……オイ!』
もう……コミュニケのウインドウすらまともに見る事が出来ないか。
後……何秒持つか?
それでも……あの人には、言っておかないと……。
「すまない、リョーコさん……やっぱり、食事には行けそうに無い……」
そこまで言って俺の瞼がゆっくりと下りてきた。
自然と口元が緩む。
満足した、というより、自分に対し呆れて笑っているのだ。
俺は気が付いていた……これはアレだ。
ゲキガンガー第26話……「壮烈!ジョー炎に消ゆ!!」そのままだ。
俺はゲキガンガーが全てではないと思っていたが……どうも、遺伝子レベルで刷り込まれていたらしいな。
『何だよそれ……お前は……どこまで俺を……バッカヤロー!!!」
……彼女の涙のまじった叫び声が、俺が聞いた最期の言葉だった。
にしても……何で辞世の句がジョーと同じかな……魂までゲキガンに染まっていたのか……俺という人間は……。
馬鹿だ……ねえ。
代理人の個人的な感想
うわ〜(笑)。
まぁなんですな。
ここまで壮絶な最期なら彼もさぞや満足でしょう・・・・・多分。
後、ちょっと気になった所。
DFSは使える人間がいるなら非常に有効な兵器じゃないかなーと思うのですよね。
欠陥、デメリットが大き過ぎて使えない、というならともかく
一応使えるもの、それもある程度有効性が証明されたものを使わないままというのもどうかなと。
どうも「特訓の為に敢えて封印する」のではなく、
DFSの有効性自体をやんわりと否定しているような気がするんですが気のせいでしょうか?
「切り札は安易に使わない」って考え方が何とはなしにゲキガンっぽく思ったり。