Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT4〔決戦前夜〕
天道ウツキ編「信じるものの為に」


 潮風を含んだ風は相変わらず穏やかで、何も知らない海鳥が悠々と空で滑り続けている。
 綿毛のような雲がのんびりと流れていく中、下界にいる私達の時間もゆっくりと流れていく。
 ……いや、ゆっくりなどという生易しいものではない。停滞しているのだ。
 先に進む事を、今を認め超える事を、拒んでいる……そんな、空気だった。

「……これで、また一人ぼっち」

 私の前で祈り続けるワンピースの少女。
 彼女の前にはささやかな献花に飾られた、真っ白い墓標があった。
 そこに眠るのはロバート=クリムゾンを始めとした一族の人間達……しかも、彼らはつい最近まで存命だった。
 それが……。

「何でだろう……私が望んだ物は何一つ手に入らない……いらないものばかり押し付けられて……」
「アクア……」
「クリムゾングループ会長なんかに、なりたいと願った覚えは無い……ただ……ただお父様やお母様に認めてもらいたかった……また甘えたかっただけなのに……どうしてなの?」

 彼女の問いに答えられる者等いる筈も無い。
 後ろで微笑する、白亜の聖母様にだって解りはしまい。
 無論私もだ。
 ……彼女を襲った突然の訃報。
 敬愛する祖父と、両親の死。
 それによるクリムゾングループの混乱。
 役員同士の醜い勢力争いに巻き込まれ、周りに担ぎ上げられるように新会長に推挙され……これだけの事、この少女が抱えるには重すぎる事実だ。
 状況が逃げる事さえ許してくれない。
 突破するには前に進むしか無いだろう……。



「ならば降りられてはどうか?」
「?!!」

 私は咄嗟にアクアを庇う様に前に出る。
 声の主は……長身のコート姿の男だった。
 黒い帽子と色眼鏡のせいで表情は解らない……嫌な感じだ。
 きっと血も心も鉄のように冷たくなっているのだろう。こんな境地に立つ人間にロクな奴はいない。

「別に貴女でなくても会社は動く。態々厄介事の種を抱え込む事もあるまい……逃げ出しても一向に構わない」

 口調はあくまで丁寧だがこれは脅迫だ。
 身体中から発せられる殺意が全てを物語っている。
 いつかの馬鹿のような“悪意”はない。純粋に任務を遂行しようとする冷徹な感情を、奴は持っているのだ。

「逃げる……どこにですか?」

 その言葉を聞いたアクアは怒りを帯びた目で男を睨む。

「私はもう、逃げ場はありません……ここで逃げたら、私が今まで築き上げてきたモノが、全て無駄になってしまう……私を信じて付いて来てくれた部下や社員達を見捨てる事になる……! それだけは、それだけは絶対に……!!」

 少し震え気味だが、先ほどと違い毅然とした口調で男に言い放つ。 
 そう、何もアクアにクリムゾングループ全社員が付いて来たという訳では無い。
 今のクリムゾングループは幾つかの派閥に分裂してしまっている。
 ロバート=クリムゾンという強大なカリスマを失ったが為、利権を求めて下っ端役員らが奔走している状態なのだ。
 アクアを筆頭とした俗に言う「アクア派」は、豪州及び周辺諸島に住む役員や株主が中心となっている。
 利権を守るという事もあるが、それより根本問題として木星トカゲの問題がある。
 世界各地で起こっている謎の鉄板落下事件。
 それに呼応するかのように始まったチューリップの大移動。
 その予測到達地点は……ここ、豪州。
 近い内に大規模な攻勢があるのは明らかだ。だから何としてもこの派閥闘争を制し、即急に戦力を固める必要がある。
 アクア派の人間にとって、この地を守る事こそが最優先事項なのだ。
 逃げ出そうと考えない所を見ると、故郷に対する愛着はあるらしい。
 だが他の派閥にとっては絶好の機会。
 ここで豪州もろともアクア派の勢力が減衰すれば、古いしがらみに囚われる事無く、新たな勢力を構築する事ができる。
 そうすればグループの運営は思いのまま、と言う訳だ。

 そしてもう一つ……アクア自身の問題がある。
 ロバート氏の手腕が凄まじかった為、クリムゾンの名を持つものは世界各国でかなりの発言力を持っている。
 彼女の身柄次第で派閥の発言力が決まると言っていい。
 事実何度も彼女を説得しに来たり、時には誘拐しようとした勢力があったが、全て撃退してきた。

 目の前の男は最後通告代わり。使えないなら消せばいい……か。
 傲慢な考え方だ!

「残念だ」 
 男が銃を取り出すより先に、私は動いていた。
 スーツの懐に忍ばせてあった拳銃を瞬時に抜き、発砲。
 その狙いは確実についていた筈だったが……。
 信じられない事に、弾丸は何かの壁にぶつかり、鋭い音を立てて跳弾してしまった。

「く、空間歪曲場……」
「俺は色々と多芸なんでな……諦めろ」

“ゴウッ!”
 鈍い岩が砕ける音が響いたかと思うと、上から筋肉質の巨漢が迫って来ていた!
 墓石を踏み台にしたのだろうが……その衝撃で石が砕けるなんて、何て脚力をしている?! 
「わりいなお嬢ちゃん! 仕事なんでな!!」
「ヒッ!」

 その眼光にアクアは悲鳴を上げる。
 巨漢の目線はアクアにしか向いていない……私など障害にすらならないと考えているのか?!
 その考えは……甘い!!

「暑苦しい顔でアクアに迫るんじゃない!!」
「!!!」
“ズン!!”

「……何だと?」
 巨漢は私に覆い被さるような体勢となったが、直に巨漢の頭部を掴むと男に向かって放り投げて返品した。
 ……腹には風穴が開いて傷物になったがな。

「木連式抜刀術は暗殺剣にあらず……悪を絶やす刃なり!」

 こんな事もあろうかと、心刀の手入れを怠らずにいて正解だった。
 これを握ってからと言う物、随分悪と縁が多くなったものだ……トラブルに巻き込まれやすいのかもしれないが。
「まさか……ジェイがやられただと!」
「ほら、だから言ったでしょうが。アレは強いって」
 墓石の影から更に二人。
 一人は知らん顔だがもう一人の女は……!

「ハァイ、お久しぶり……」
「お、お前は?!」

 忘れもしない、こいつはテニシアン島でアクアを襲ったあの女!!
 目の前の男の仲間だったのか?!
「本当にまた会うなんてね……今度は自己紹介させてもらうわ。私はエル、この黒いコートの人がリーダーのDでそこで悶絶しているのがジェイ。私の後ろで物欲しそうにしているのがカエンよ。前回貴女に倒されたインはまだ“修理中”って所かしら」     
「“修理中”……だと? 治療中ではなく?!」
「ああ、損害賠償を請求したい所だが……気が変わった。どうだ、こちら側に来ないか?」
「嫌に決まってるでしょう」
 即答してやった。

「だよなあ、だから今度は俺と楽しん」

「ちょっと黙ってろカエン……その異様に高出力な兵器も興味があるが、何よりその技がな。何、同じクリムゾンだ。待遇に関しては保証しよう」
「馬鹿ね……主を簡単に見捨てるような輩、何処に行っても信用される訳ないじゃない」
「“義”の為に死ぬと?」
「死にはしないわ……アンタらを止めるまでね」

 こいつらは……私がそんな即物的な考えでアクアに従っていると思っているのか?
 義理だけでは私だってここまでしない。
 彼女の強さに感服したから……彼女の脆さを見てられないから……彼女の事が大事だからここにいるのだ。
「それでは仕方が無い……目標を排除後あの女を素体として連れ帰るぞ。手足の一本はかまわん」
 その言葉を聞いて身構えるエルとカエン。
 特にエル、随分と楽しそうな顔をしている……獲物を前にした獰猛な猫か、お前は。
「さ、楽しませてね……お姫様守りながらどこまで出来るのかしら……」

『残念ながらサービスタイムはここで終了だ』
 そう宣言があった後、突如背後の聖母像が崩れ去った!    


 背後にあった聖母像から現れたのは、完全武装の積尸気だった。
 その紅い瞳がDらを見据えると、容赦無くハンドガンを叩き込む!
「チッ! 散れ」 

 そう言って散開を試みた連中だったが……。
「グアッ!」
「クッ!」
 ……ことごとく片腕を持っていかれているな。
 相変わらず凄まじい腕だ、無駄が全く無い。
 但し、Dだけは歪曲場のお陰で弾き飛ばされるに留まったが。

『この地この場所で貴様と出会えた事を……神に感謝する!』
「ヴィッシュか。随分と派手な登場だな、聖母様が泣くぞ」
『生憎俺はキリスト教徒ではないんでな』

 それに答えるかのように、ドナヒューさんは態々コクピットハッチを開けてDと顔を合わせた。
「D……心までもシャロン派に売り渡したか!」
「ビジネスなんでな、それに俺らの身体はやたらと金が掛かる」

 金が掛かる身体……サイボーグとか言う奴か!
 成るほど、ならばアレだけ常識外れな力も納得がいく。
 しかしこんなのとドナヒューさんは知った顔なのか……顔が広いんだな。

「好きでなった訳ではなかろうが……不憫な」
「同情するなら金をくれ、金を。それにな、これだけの力……扱うのは中々愉しいものだ」
「人の限界を超えた力などいらぬ! 力は己を鍛えて手に入れるべき物だ!!」
「お前もそこの女も、根っからの武人だな……だか嫌いではない」

 Dはコートを翻すと、まだ倒れているジェイを担ぎ上げた。
「お、おいまだ俺は戦えるぞ……!」
「よせカエン。ジェイの損傷も気になる。それに今のダメージで人型兵器を相手などしたら損害が大きい……潮時だ」
「嘘、生身でも余裕なくせに……」
「まあそういう事にしておけ……じゃあな。お互い、生きていたらまた会おう」
 エルとカエンもそれに従って、渋々ながら帰っていく。
 追撃する余裕など……あるわけなかった。

「逃げてくれた……と見るのが自然ね」
「そうだな。奴にも妙なコダワリがあるからな……それはそうと」
 その言葉を遮って、アクアが不安そうに尋ねてきた。
「ウツキ……木連抜刀術って?」

「!!」
 し、しまった!
 ついクセで口走っていたのか……月臣さん受け売りのセリフが仇となったか。
 何とか誤魔化すしかないか……。

「貴女も……木連の人間だったの?」
 ……何だって?



 爽快なまで清んでいた空は既に無く、赤と青の絵の具を混ぜ合わせたような混沌とした空模様になりつつある。
「和平文書が……握りつぶされていたのか……」
 アリス・スプリングに戻った私達は……互いにその胸の内全てを吐露した。
 その事実に、アクアも私もただ沈黙するしかなかった。

 その事実に、アクアも私もただ沈黙するしかなかった。
「はい……連合政府、ネルガル重工、そしてクリムゾンの上層部が結託して、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体の存在そのものを黙殺したんです。目的は、火星に存在するオーバーテクノロジーの秘匿と、政権混乱の阻止」
 最初から地球に和平の意志が無い事は知っていた。
 しかし、ここまで重大な事実が国民に伝わる事無く処理されていたとは……。
 しかも政府上層部ならいざ知らず、一介の企業が加担していただなんて考えも及ばなかった。

「こんな事も知らずに、私は、何食わぬ顔で貴女に……」

 それは仕方が無いだろう。
 アクアがクリムゾングループの全容を知ったのは極最近の事だ。
 しかもアクア派が持つ情報はまだ氷山の一角……ロバート氏が身内に己のやり口を余り明かさなかった事も影響している。
 まあ好き好んで自分の仕事の汚い部分を、親族に自慢するような人はいない。むしろ隠そうとするからな……。

「謝るのは……私よ。親しげな隣人を装った、汚い裏切り者……」

 いつかは、こんな日が来るとは思っていた。
 そういつまでも我々木連の正体を隠し通せる訳がない。
 戦場が拡大するにつれて、いずれバレる。
 私も気を見計らって、静かにアクアの前から消えようと考えていた。
 だが……よりにもよってこんなタイミングで……。

「だが、お嬢様に対する想いは本物なのだろう?」
 面談室のドアで見張っているドナヒューさんが口を挟んできた。
 しかしその目は捕虜を見張る目ではない。
「それが与えられた任務だったのかは知らんがお前は本気だった。どんな時でも真剣で、命を賭けて、お嬢様を守ろうとしていた……それは紛れも無い事実」
 思いがけない言葉に私は困惑した。
 罵られても仕方が無いと思っていたのに……この人は、まだ私の事を仲間と?
「……実を言えば最初から間者なんてするつもりはなかったの。初めて会ったときアクアを守ったのも只、偶然、成り行きで……」
「ああ、あの時か。だがお前はやろうと思えば見捨てる事ができたのに、そうはしなかった。成り行きだろうと何だろうと、決めたのはお前だろう? この際、木連がどうだのとは関係無い」

「でも私達は……星一つ滅ぼした大罪人よ! それを……」
「ウツキ、その悲劇のきっかけを作ったのは私のお爺様達でもあるわ。貴女達だけが悪い訳じゃない」
 そう言うアクアの顔はいつも通りの笑顔だった。
 何故だ?
 何故みんな私を信じてくれる?
 敵だぞ?
 私は敵、木連優人部隊所属、駆逐艦昴艦長天道ウツキ!
 そう言ったじゃないか……それでも、何で?

「ウツキは……ウツキだから私を守ってくれた。一緒にいて励ましたり、笑ってもくれた。例え貴女が何者であっても、貴女である事には変わりは無いじゃない」 
 アクアの言葉にドナヒューさんまで相槌を打っている。 
 ……いいのか、それで。
「信頼は行動で得るものだ……そしてお前は、一度たりともお嬢様を裏切ろうとはしなかった。さっきの墓参りの時に俺は確信した。お前なら、大丈夫だと……」
 本当に、私は……。
「……本当に、いいの? 私を信じて、後悔しない?」
「ええ……私は貴女を……信じてます」
 その言葉には微塵の躊躇も感じれなかった。

 ……そうか!
 これが地球人最大の強さ……豊かな土地で育った故に持った、心の余裕。
 極限まで切り詰められた木連には決して無い、相手を“許す”という感情……。
 以前の私ならこの余裕を“侮辱”と受け取ったかもしれない。
 情けなどいらぬ、白黒付くまで戦い続ける、と。
 それでは、駄目なのだ。
 これ以上の犠牲を、悲劇を生み出さない為にも、お互いを知り、認めなければ……未来は無い。
 木連にも、この豪州にも……。


 だから私は、一時的に木連に戻る事にした。
 ここで見た事の全てを伝える為に……アクアから託された親書を、草壁中将閣下に託す為に。
 アクアは木連と単独和平を結ぶつもりなのだ。
 歩み寄るにはまずこちらから、と言う訳だ。他派閥に対する圧倒的なアドバンテージが必要な事もある。
 幸いにも、アテはすぐ側まで迫りつつあった。
 軍が正式に公表しなかった最新の戦闘において、木星蜥蜴の新型戦艦たった一隻に月艦隊が全滅したと言うのだ。
 まあこんな事公表すれば軍の威信はガタ落ちだろう。
 第四次月攻略艦隊の活躍のお陰で戦力が減衰していたとはいえ、無人艦ではここまでの芸当は不可能だ。
 しかも所詮一隻。よほど緻密な戦略を組まなければ達成は困難だろう。
 それをやってのける人物など、木連には数える程しかいない。

 舞歌様だろうか? 稀代の天才と謳われたあのお方ならひょっとして……優華部隊の神皇タイプも実戦投入された頃、勝機はある。
 もしくは南雲殿か? 舞歌様には及ばないが、その力強い指揮には定評がある。ある意味舞歌様以上に優人部隊の支持(男性限定だが)があるし、熱血と根性で勝利を得たのかも。

 それとも……いやひょっとして月臣様だったりして……。

 まあ誰だろうと構わない。
 とにかくこの親書を、月に潜伏中と思われる新型戦艦へと届けなければならない。
 その手段だが……建造中のヴァグラント級を待っている余裕はないし、シャトルでは航続距離に問題がある。
 だったら最後の手段……ステルンクーゲルを使うしかない。

「無茶よ! クーゲル単体で大気圏を離脱するなんて!!」

 一応クーゲル用のオプション装備を使うからそんな心配しなくても……。
 今クーゲルには本体の数倍の大きさはあるブースターが接続されている。
 デルフィニウムのような上昇性能を得る為に開発された試作品だが、調子に乗って出力を上げすぎて成層圏どころか衛星軌道まで上がってしまう性能を持ったため、試作段階で計画が中止された代物だ。
 それを今こそ役に立たせる時。

「理論的にフィールドを張っていれば突破は可能よ。それに、クーゲルの相転移エンジンなら航続距離に余裕があるわ」
 ベースシャトルで成層圏軌道まで上がるという手があったが、それだと分離時に機動が不安定になり、こっちもシャトルも危うい状態になる。
 空力学が考慮されたコ・シャトルならまだしも、殆ど人型のクーゲルにそれを望むのは無茶ってものだ。
「それじゃあ貴女はどうなるのウツキ!」
「途中でサツキミドリにでも寄って適当に補給するわ……心配しないで、今度もアクアを裏切ったりはしない。必ず、帰る」

 そう言って私は、頬を紅く染めたアクアと別れクーゲルのコクピットに向かう。
 対G衝撃システムはシャトルよりも高性能な物を使っているとはいえ、大気圏突破の際の衝撃はかなりの物となるだろう。
 大昔、初期の宇宙開拓者達は正に命がけで宇宙に上がっていた……そんな聖域が、今ではごく当たり前に戦場となっている。
 虚しい事だ。
 遺跡の力で跳ね上がった互いの技術力は、宇宙をこんなにも身近にしてくれた。
 同時に、壮大な野望も身近なものとなっている。
 これを残した連中は、私達に戦争をさせる為に叡智を残した訳ではないのに……。

『発進準備は整った……いつでも行っていいぞ』
「ありがとうドナヒューさん……後はよろしくお願いします」
『何、時間稼ぎなら俺の得意分野だ。気にせず行って来い』
 そう、早い所豪州のクリムゾングループを攻撃目標から外すよう要請しなければ、無用の損害が出てしまう。
 木連の部隊がアリス・スプリングに侵攻して来た場合、ドナヒューさんらは手加減無用で迎撃を行うだろう。
 バッタに話が通用する筈もないし、主力であろう人造人間を説得なんかしたら指揮系統が大幅に混乱するし……。
 もたもたしていると激戦必至。犠牲も出てしまう。
 だから可及的速やかに、使命を果たさなくては。

『……死ぬなよ。お前の無事を祈っているぞ』
「ええ……あら、神様へ祈るんじゃないの?」
『今信じるべきはお前だけだ。見守るだけの神ではない……頼んだぞ』

 私にはこれだけ大きな期待が掛かっているのだ……必ず、辿り着いてみせる。
「……行きます」
 耳を劈くような轟音と同時に、私の身体が上へ上へと押し上げられていく。
 重力のくびきから解放され、私は再び宇宙に帰ってくのだ……。


 成層圏をあっという間に突破し、私が離脱する為に一時的に停止しているバリアを抜けるとブースター部が全て切り離された。
 先のほうに申し訳程度に接続されていたクーゲルのみが、今自分の力で飛び出した。
 成層圏突破の際の微振動が身体に響く……だが操縦に支障は無い。
 実を言うと、ステルンクーゲルの0G下での運用は今回が初めてなのだ。
 重力圏下での試験は散々やったのだが……ぶっつけ本番だがやるしかない。
 脚部重力波ユニットの調子は上々だ。太腿に付いている為姿勢制御が楽な上、どの方向へも容易に最大出力が出せる。
 脚の自由度が高いのは慣性制御の点からも有利だ……ジンはほぼ棒立ちだったからな。
「さて、一応月までのルート上で使用できるステーションを……」
 できればお世話になりたくないと考えつつ、万が一に備えてルート上のステーションの再確認をする。
 そもそもクーゲルには推進剤が必要無い。
 相転移エンジンにより発生した重力波を直接推進力に使っているので、理論上無限に活動する事が出来る。
 酸素の方は……月と地球一往復分はある。
 何事も無ければ余裕で辿り着けるのだが……。
 そう上手くはいかないものだ。 

「あれは……戦闘!」

 前方の宙域で交戦している機体を発見してしまったのだ。
 これが無人機だったら放置しただろう。
 だが交戦しているのはジンタイプ。しかも相手は……。

「ND-001ナデシコ……こんな所で!!」
 まさか宇宙に出た途端因縁の船と出会えるとは思っても見なかった!!
 一機のジンが僅かな無人兵器を引き連れ応戦しているが、白地に赤が入った機体を中心とした連携により劣勢に立たされているようだ。
 どの道見捨てる事など出来ない。漆黒の機体がいないのが気になるが、戻るまでの間に離脱は可能な筈! 

「行くわよクーゲル!!」
 重力場ユニットが最大出力で稼動し、弾かれるように機体が急加速する。
 ケーブル式レールガンの安全装置を解除し、一気に索敵圏内に踊り出る!! 
『?! レーダーに反応……これは……ステルンクーゲル?!』
『何?! クリムゾンの試作機が何だってこんな……』  

 混乱している内に青い機体の頭部を狙撃、撃破。
 無駄話をしている暇があったらとっとと迎撃して来い!

『あ、アカツキさん! クッ!!』
 代わりに前に出たのは白銀のエステ。速い……だがパイロットは“燻し銀”と言う訳ではないようだ。
 つけ入るスキは十分!

 脚の角度を微妙に変えて強引に旋回、そのまま後方から一発!。
 だがこれはかわされた……まあいい、目的はあくまでジンの救出だ! 無視して進む!
『敵の新型か……随分と今日は燃える展開ばかりじゃねえか、ええ!!』

 桃色のエステバリスがフィールドを右腕に集束させ突っ込んで来る。
 あれだけの速度が乗ったパンチ、喰らったら只では済まない。
 喰らえばだが。

「いいコースだけど、私に当てるには踏み込みが足りないわ!」
 余裕……とはいかなかったものの避けきった私は、背部ジェネレーターにマウントしてあった切り札を切る事にした。

 そっちが拳なら……こちらは刃!
『離れろガイ! あの武器は……』
 棒状のジェネレータの先端にある取っ手を掴むと、そこだけ分離する。
 そして腕からエネルギーが回され、黒い刃が生成されていく!

「DFS作動! パワーレベルミドル! 試し切りよ!!」

“斬!!”
『な、何でコイツまでDFS持ってるんだぁ!!』

 フレームは爆発したがアサルトピットは無事のようだ。
 まあ、いつもこんな調子とは行くまいが……。
 さあ残りは前の紅白のエステだけ!
『そ、その動きどこかで……まさか!』  

“閃!!”

 目の前で火球となるエステバリス……辛うじてピットは無事だったが損傷が酷いな。 
 まあ、生き残ったエステ隊が何とかするだろう。


「大丈夫? 直にこの場を離脱するわよ!」    

 脱出艇として虚空に浮かんだジンの頭部を拾い上げると、私は全速力で離脱する。
 ジンの頭はクーゲルと同じくらいあるが、それを抱えて(と言うよりしがみ付いて)飛んでもまだ余裕がある……いいエンジンだ。 
 ナデシコからの追撃はない。どうやら救出作業に専念しているようだ。
 甘い……のかもしれない。私も、彼らナデシコクルーも。
 だがその甘さが今はありがたい。
 人に甘さが消え、与えられた役目だけを果たすだけに成り果てた時、それは無人兵器と同じだ。
 ところで助けたパイロットから反応が無いのが気になる……気絶しているのか?

『何故なの……』

 いや、そういう訳では無いようだ。
 嗚咽混じりだがしっかりと声が聞こえている。しかしこの声何処かで……。

『何故なの?! ミカヅチ!!!』
「その声……まさか?!」

 こっちが叫びたい気分だ……何でこんな所にイツキがいるんだ?!
 どうして彼女が……戦場に!! 

 

 

 

 

代理人の個人的な感想

悪を断つ刃って・・・・・オヤブン化してますな、ウツキ(謎爆)。

他にも今回は元ネタがかなりあからさまなセリフが多いような気が。

ヒマな人は捜してみよう(笑)。