Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT4〔決戦前夜〕
超新星編「月影(つきかげ)の悪魔」
『本艦は月軌道に到達しました。連合軍レーダー範囲内突入まで、後2800秒』
「重力ブレーキ出力全開!
減速しつつこのまま艦隊と交戦します」
『快速反応艦隊の到着を待たないのですか?!』
「後12時間はかかるでしょうから……」
ようやく地球圏に辿り着いた我々ですが……早くも作戦はコケかけていたりします。
本来なら本艦と快速反応艦隊が合流した上で、月艦隊と事を構える予定……でしたけど、いやはや中々こちらの都合どおりいかないもので。
イツキの為に下手に減速したのが今になって響き、航路計算に若干のズレが起こり快速反応艦隊より先行してしまったのです。
それでも誤差が数時間程度で済んだのは僥倖でしょう。
並のコンピュータではもっと大きな誤差が発生し、作戦遂行どころではない状況になっていたでしょうから。
流石はT-260G。優秀優秀。
『連合の索敵レーダー波照射されています。自動迎撃システム作動、レーダー衛星を破壊……ぼさっとしてないでとっとと命令下してください』
「な……何か態度大きくありませんか?」
イツキの意見はごもっとも。
ですがこれが“彼女”の性分ですし……。
『彼のだらしなさは私が一番良く知っています。これから付き合っていくとなると相当覚悟してもらわないといけませんよ』
「え……な……!」
あのですね……嫁と姑みたいな会話しないで下さいよ。
一応貴女“コンピュータ”なんですから。
『……それはそれとして。敵艦隊の数は決して多くはありませんが、この艦一隻では圧倒的に不利です。どうするつもりです?』
「どうするもこうするも……現状での手駒ははっきり言って少なすぎます。下手に待って相手に時間を与えるより、先手必勝の一撃を加えておいた方が後の為です」
『つまりは反応艦隊到達までに発見され、殺られる可能性が高いので一矢酬いておこうと』
……しかも毒舌家ですし。
貴女イツキにプレッシャー与えるような真似してどうするつもりですか?
「言葉を慎みなさい。それ以上何か言えばミサイルのAIにして打ち出しますよ」
『は、博士こそ物言いが随分とキツイ……』
やかましい。
しかし戦力が足りないのは事実です。
石蒜は本来、移民艦もしくは輸送艦として設計されていた船であり、戦闘には本来不向きです。
広さだけはあるのでプラントやらミサイル発射管やらレールガンやらを増設してはいますが、あくまでこれは自衛用。
迎撃はできるでしょうが直接艦隊を攻撃するには力不足。
まだ中将閣下の管轄にあった頃取り付けられた超大型重力波砲も、チャージにかかるロスタイムが大き過ぎます。
よくもまあこんな物をつける気になりましたね……ですが砲台として考えるならこの改造は理にかなっています。
大体、豪州攻略作戦以外に石蒜の出番があるとすれば、それは本土決戦に他なりません。
そうなったら後は総力戦。単純に火力があった方が勝ちです。
理論的には艦隊一つか二つ丸々吹き飛ばせる程の攻撃範囲があるみたいですが……テストをしている時間も、取り外しを行う時間もありませんでした。
何から何まであり合わせ、行き当たりばったりばかりです。
この風潮、木連が追い詰められている云々以前の問題ですね……。
「まあ、そこを叡智と策謀でなんとかするのが私の役目ですからね」
敵艦隊を適当に挑発して、時間を稼いだらスキを見て月面に潜むとしましょうか。
その間に快速反応艦隊が到達し、周囲のチューリップからも増援が来る筈です。
……ああ、他でもない私のやり方が行き当たりばったり……。
正直艦隊指揮なんて私の専門外ですし……。
『今更何を言っても無駄ですよ博士。偵察部隊が出現、迎撃に虫型を出します』
ブリッジの先を無数のバッタが飛翔していき、数秒後遥か彼方で火球が生まれ、直消えました。
『偵察部隊の殲滅に成功。後方に情報収集艦発見、月艦隊にレーザー回線を開いています』
「阻止は?」
『タッチの差で間に合いませんでした』
再び花開く巨大な花火。
……全自動艦だと大抵の事は勝手にやってくれますからね。艦長なんて殆ど飾りのようなものです。
高度にシステム化された現行の戦艦は、艦長の指揮能力だけで全てが決定される訳ではありません。
ですので今の艦長に必要なのは階級でも能力でもなく、カリスマ。
部下に何を命じても喜んで実行してくれるような人間が一番相応しいのです。
となると、艦長はアイドルでクルーが皆ファンクラブ、というのも一つの手かもしれません。
最近の士官には若い男女も多いですし……まあ、それはそれとして。
この石蒜の“ワンマン・オペレーティング・システム”はある意味、戦争の究極の効率化なのかもしれません。
更にこの船はスーパーコンピュータによる高速演算能力がある為、無人艦を艦隊単位で制御する事もできるでしょう。
管制制御どころか戦術(タクティクス)までたった一人で……もうこれだと戦争は人間がやるのではなく、機械とそれに近い存在が……そうですね、“マシンチャイルド”辺りがやるのが適任だと言う事になります。
そんな恐ろしい事私は認めたくありません。
戦争とは、勝てば良いと言うものではない。
戦争は、始まった時点で双方共に“悪”となってしまうのです。
勝っても負けても“正義”を名乗る事ができなくなるのです。
何故なら、“勝利”に至るまでの多くの犠牲は、何をどう解釈しようと“悪”だからです。
人が死んだり傷ついたり、血や涙を流す事は、決して“正義”では無いのです。
人間は多くの過ちを犯し、それを正そうと果てない努力をしてきました。
未だ成果は実りませんが、いつかきっと人は争う事をやめる事ができる。
尊い犠牲があるから、人は争う事に恐怖し、平和を求めるようにもなるのです。
それが完全自動化された軍隊が延々と戦う事態になってみなさい。
最早戦争などではなく“ゲーム”です。
犠牲の意味を忘れた者は、果てない闘争を繰り広げていき……滅びの道まっしぐらです。
戦争が必要だとは言いませんが、意味の無い物だとは思いません。
だからこそ、私は……。
「……石蒜、微速前進。本艦周囲に虫型戦闘機を広域配置。本艦を中心に翼状に陣を取りつつ月艦隊を迎え撃ちます」
『それでは本艦に狙いが集中される恐れがありますが?』
「構いません。どの道超大型重力波砲など使える訳がありませんので、フィールド強化を最優先。レールガンも使用を控えて下さい。なるべくミサイルなどの実弾兵器で応戦します。それと……」
『それと?』
「倫理プログラムのレベルを3ランクダウンさせます。四の五の言っている余裕は無いですから」
容赦はしませんよ。
陣形を整え、設定変更を行って数分も経たぬ内に月艦隊がこちらの索敵圏内に現れました。
大体がリアトリス級二、三隻と駆逐艦十隻程度で編成された艦隊ですね……おや中にはリアトリスに代わって見慣れない戦艦も。
船体に三連連装砲らしきものが見えますね……後でチェックしておきましょう。
それらが現時点では四艦隊……増えるとしたら後三艦隊程でしょうか。
それだけならバッタでも時間は十分稼げるでしょうが、艦隊だけではなく宇宙戦闘機や人型機動兵器エステバリスも展開してますからね……バッタはそれらに本艦が取り付かれぬよう、迎撃に回すしかないか。
『月艦隊加速を開始。どうやら本艦の位置を把握したようです。菱形陣形でこちらと距離を詰めています』
「艦首航宙魚雷発射管、一番から六番まで全て解放。イルミネーター(誘導波照射装置)を使わず撃ちっぱなしで」
『航宙魚雷への航路設定完了……発射します』
立て続けに白炎を上げ、航宙魚雷が自己の判断に基づいて敵艦に襲い掛っていきます。
こっちから誘導すればほぼ100%当たるのですが、それだとこちらの情報を不必要に敵に与える事に。
魚雷とは言ってもサイズはこの艦の規模に合わせてますから、内火艇ぐらいの大きさはあります。
でかいので迎撃される可能性はあるのですが、それなりの速度はありますからあるいは……。
『船体破壊音を確認。轟沈4、中破1、残念ながら一発は撃破されたようです』
「上出来です。続いてバッタを前進させて牽制、その間に再装填急いで下さい。次はV.L.Sホーミングミサイルも合わせて使用します」
「博士!
私もダイマジンで敵艦隊を強襲させて下さい!」
「今はまだその時期ではありません。今はバッタの制御に専念を」
「……了解!」
一瞬口惜しげな顔をして、再び端末に指を滑らすイツキ。
って早っ!
キーを打つ指を追うのが大分苦しいです……流石は人造人間。反応速度が桁外れです。
……しっかしこんな完璧超人、本当に山崎が完成させる事が出来たのでしょうか?
物凄く嫌な予感が……。
『敵艦隊との相対距離、砲撃可能領域まで接近。敵艦隊周辺に重力波反応増大』
「あ、やば」
おっと今はこっちの事に集中せねば。
「グラビティ・リング旋回速度上昇。タイミングが合えばいいんですが……」
敵艦隊が一斉射撃で放ってきたグラビティブラストが到達するのと、石蒜のグラビティ・リングが加速を開始し出したのはほぼ同時でした。
グラビティ・リングが旋回するのは艦内に重力を作る目的もありますが、その重力発生方向を逆にする事で重力波を発生させると同時に、艦本来の空間歪曲場の位置をずらす事ができます。歪曲場だけを敵の攻撃到達直前に動かす事で、エネルギーの効果範囲を拡散させる事ができるのです。実弾なら速度が大幅に減速され、重力波や光学兵器なら跳弾するかのように弾く事ができます。
タイミングが合えば、の話ですが。
今回はどうやら上手くいったようですね。重力波はあさっての方向へと逸れていき、本艦への被害はゼロです。
「二の太刀は無いと思いなさい」
先ほどの砲撃で逆算したポイントにむけ再び航宙魚雷と大量のホーミングミサイルを叩き込み、勝負はつきました。
しかしバッタの損耗率が激しい……このままのペースであればギリギリ持ち堪えられるかもしれませんが、楔を打ち込んでこられたらどうしましょう?
いや絶対打ちますね、これは。
月は地球連合最大の宇宙拠点。ここの制宙権を失うという事は、喉元にナイフを突きつけられたも同然。
連合にとってはここが正念場です。一体どんな切り札を出してくるか……。
まさか、撫子が量産されていたりはしないでしょうね?
『新たな敵艦隊の接近を確認……特徴から見て、ナデシコ級です』
や、藪から蛇って奴ですか?!
……いやはや、この石蒜が木連の決戦兵器であるように、連合にも撫子という化物がいるんですよねぇ。
火星、月、北極、クルスク……何処の戦場でも我ら木連はたった一隻のこの戦艦に惨敗を喫しています。
特に月では、優人部隊の未来ある士官達が多数宇宙(うみ)の藻屑に……お陰で撫子に“月影の悪魔”という俗称がついたぐらいです。
その悪魔には黒い鬼が付き従い、恐怖と絶望を振りまいていく……現時点で“漆黒の戦神”と刃を交えた木連軍人は、今の所いませんから誇張が入ってますけど、あながち間違いではないでしょう。
そんな忌むべき存在が月艦隊にも……今日は厄日でしたか?
一隻の撫子級に率いられるような形で、実に六艦隊がこちらに迫りつつありますね……。
数的には木連の無人艦隊と比べるまでもないですが、人が乗っている以上その脅威度は数倍に跳ね上がります。
「撫子……あれが……あれがミカズチとウツキを……!!」
「……で、実際の所あれは何です?」
イツキは怒りを抑えられないようですが……目の前に現れた撫子級は我々が仇とする撫子とは異なるでしょう。
何故なら、つい数日前に無人兵器が地球上で撫子と交戦した記録がこちらに残っており、その際与えた損害やその他もろもろを考慮しても月にいる事は考えられないからです。
“ボソン・ジャンプ”を使った可能性も否定できませんが、こちらの可能性はあまりに低い……。
『先刻撃沈したリアトリス級及びジキタリス級から情報を検索中……情報出ました』
バッタから転送されてきたデータがこちらのモニターに映し出されていきます。
撃沈、とは言っても爆散はさせず、戦艦のコンピュータが生きている状態にしましたから。
そしてバッタを内部に侵入させデータを吸い出しているのです。
おー、結構機密度の高い情報もちらほらと……まあそれは後でゆっくり吟味するとして。
「結論から言って、あの艦の正体は?」
『コードナンバーND-000。我々が撫子と呼ぶ艦のプロトタイプのようです。パーソナルネームは“カグヤ”』
「カグヤ……御伽噺の月のお姫様の名前をつけるとは、艦長は余程のロマンチストか、あるいはうら若き女性か」
「何で……そんな事まで解るんです?」
「まあ経験上そんな気が……ってそんなスネた顔しないで!」
「どーせ私は……子供です」
『ラブコメやってる場合じゃなくなってきました……カグヤの対空砲火及び新型艦載機によるバッタの被害増大。既に隊列を整えるのが非常に困難に』
「む、その新型のスペックデータは?」
結構時間をかけてバッタの改良を行ったつもりなんですがそれでも追いつかないと?
どんな機体を持ち出してきたんでしょうか……。
『データ照合。明日香インダストリー製の“エグザバイト”です』
明日香インダストリー?
ああ、ネルガルとクリムゾンの影に隠れて目立ちませんでしたが、実際は他の二社とほぼ同規模の巨大企業ですね。
『脚部を丸々ブースターにして宙間戦闘能力を向上させているようです……汎用型のバッタでは荷が重い訳です』
「六連に設計思想が似てますか。こっちは加速はありそうですが運動性は低そうですがね……いや現場は宝の宝庫ですね、次々と興味深い発見が」
「あ、あの感心している場合じゃ!
何機か虫型の包囲網を突破! こちらに突っ込んできます!!」
おー推進力が一箇所に集中するだけあって早い早い。
でもそれじゃあ突発事態に対処しきれないのでは?
「中型レールガン高速射撃」
『了解、発射手順1から4まで省略。フルオート連射』
艦側面からまるでバネ仕掛けで飛び出るような速さでレールガンがせり出し、マズルフラッシュが数回。
辛うじて2、3発は回避できたようですが、それ以降機動予想にしたがって放たれたレールガンに撃ち貫かれ爆散するエグザバイト。
残った機体が取り付こうとしますが、こちらのフィールドを破るにはライフル如きでは豆鉄砲もいい所。
接近戦を挑もうにもその前に対空レーザー機銃に焼かれるだけです。
集るハエを払うが如く、数分で片を付けました。
狙いどころは素晴らしい。でもそれに応えるだけの能力を持った手駒が無いのですね……。
官僚組織化した軍隊では良い人材が育たぬばかりか、有能な人間を冷遇する風潮すらありますからね。
全く、老人如きが己の私利私欲の為に前途ある若者達の未来を阻むとは……嘆かわしい。
「それでも、制限ある世界で足掻く……若さって強いですね」
『カグヤ、艦隊から先行……あの、博士?』
「……先ほどハッキングしたリアトリス級の通信システムは生きてますね?」
『……?』
「顔見せしといてあげましょう……ひょっとすれば動揺を誘う事もできるかもしれませんから」
敵殲滅を目的とするのであれば、艦隊から離脱して前方に出るなど理に反しています。
他の艦艇と遠距離からの砲撃戦を行えば労せずこの艦は沈んだでしょう。
それをしないのは何故か?
こちらを“木星蜥蜴”と認識しているならば情け容赦無く攻撃してくる筈です。
何せ“機械の軍隊”ですから良心も痛まないでしょうし。
それをしないとなると……。
「相手はこちらの事について何か知っている……か。通信回線開け」
『サウンドオンリー設定ですか?
それとも……』
「言ったでしょう。顔見せするって」
先ほど沈めたリアトリスの通信回線を介してあのカグヤへと呼びかけます。
相手も程無くして呼びかけに応じ、こちらとあちら、同時に相手の姿が映ったようです。
『……』
こちらのモニターに映ったのは黒髪の女性艦長でした。
若いながらも凛々しい顔立ちです。きっと色々苦労したんでしょうね……。
表情に無理している綻びが少々見られますが、これだけ威風堂々とした態度を保てるならクルーの士気も高いでしょう。
に、比べてこっちは中年への道を邁進する怪しげな男、ですからね。
驚くより先に拍子抜けしているかも。
「……始めまして地球のお嬢さん。私はこの戦艦石蒜を預かる者、超新星」
『地球連合軍月軌道艦隊所属、宇宙戦艦カグヤ艦長……カグヤ=オニキリマル!
率直に言います、これ以上の犠牲を出したくなければ直ちにこの宙域から離脱なさい!』
おや、随分と態度が大きいですね。
「何故です?
我々は戦争をしているのです。我々が生き永らえる為に必要な必然的闘争を!
一体何の権利があってそれを止めろと?」
『連合軍の戦力を甘く見ない方がよろしくてよ……コロニー規模の人口しかないそちら側に、勝ち目はありません!』
……そこまで知っているとは。
と言う事は先の攻略戦において、既に一部士官には我々の正体が判明していたのですね。
全体、という訳はないでしょう。今地球は“木星蜥蜴という侵略者”が存在する、という事で上手くまとまっているんですから、それを態々暴露する事など……。
それに、我らの存在を認めるという事は、月独立運動時代からの悪行を認めなければなりませんし。
向こうとしては何としてもこの事実を闇に葬りたいんでしょうね……木連の存在ごと。
「いつ、我々の存在に気が付きました?」
『先の第四次月攻略戦においてです。明らかに有人運用を前提にした戦艦や機動兵器、所属不明の死者の不自然なまでの数……不審に思った私は独自に調査を始め、そして……』
「我々木星連合の存在に気が付いたと?
しかしそういった資料などは一介の軍人がおいそれと閲覧は……」
『私は軍人であると同時に、明日香インダストリー次期後継者でもあるのです。それほど困難ではありませんでしたわ』
「ほう……その明日香インダストリーの令嬢が何故軍人など?」
『……復讐の為』
……そう言って冷たい表情を浮かべるカグヤ艦長。
何か……思い詰める所はイツキに似てますね、彼女。
『私が愛した人は、火星にいたんです……貴方達の侵略により、数千万の火星市民と共に戦火の中に消えました』
「だから我らが憎い、と」
『最初はそうでした……でも相手が、同じ血の通った人間と知った時、私は……それでいいのかと悩むようになったのです』
「……」
『同じ人類が、互いの存在を認め合わないまま殺しあう事に、何の意味があるのかと……この戦争、どちらにも正義など』
「甘い」
……これだけは断言させてもらいましょうか。
「蜂蜜もビックリの甘い考えですね。我々は互いの信じる物の為に、守りたい物の為に戦っている……それがこの戦争の真理。救いを求めて連合に親書を送り、それを黙殺された時点で、我々は戦うしか生き残る術は残っていなかった。だから火星を滅ぼし、地球に無差別攻撃もやった!
そうしなければ生き延びれなかったから!」
『……! 本当に必要だったと言うのですか?!
自国の総人口以上の人間を殺戮する事が!!』
「この際数など関係無いでしょう。かつて火星に逃げ延びた我々に核ミサイルを撃ち込み、その殆どを死に追いやったのはそちら側でしょうが!
それも必要な事ですか?!」
『それは……』
「……と、不毛な言い争いが続く事になりますよ?
戦争に絶対的正義など求めると」
『え……』
一瞬私はイツキに目配せして言葉を繋げます。
「私達は、愛する人達を、国を、未来を守る為に戦う。それ以上の理屈は必要無いんですよ……貴女も余計な事を考えずに、信じるものの為に進みなさい。それが人の性(サガ)ってもんです」
『……だ、だからこそ……だからこそこれ以上戦火を広げては……』
「……優しいのですね、ですが全ての人間がそう思っている訳では無いでしょう。ほら」
言うや否や、後方から放たれた複数の重力波が本艦に直撃。
激しい揺れが襲うブリッジ……思ったよりも遅かったですね。
『な……何故?!
攻撃命令は出していないのに?!』
「軍隊の命令系統が一本な訳無いでしょうが……貴女より上は我々を抹殺する選択をしたようですね」
『そんな……!』
「火星と月、そして地球でも面子を潰されまくっているんです。ここで勝ち星を挙げないと存亡すら危ういんでしょう」
『クッ……』
「そうそう、馬鹿な事は考えない方がいいですよ。ここで我々の味方をしても、反逆者としてついでに沈められるだけです。大体、貴女は木連の存在に近づき……」
全部言うより先に突然映像が途切れました。
どうやら中継に使っていたリアトリスが吹き飛ばされたようで。
「無事に戻れますかね……彼女」
『難しいですね。ああいうタイプは官僚組織内では粛清対象となります。僻地に飛ばされるのは、まず間違いないと……それよりもこちらの心配を』
「そうですね……イツキ」
そう呼ばれイツキはキッとした表情で姿勢を正しました。
言わなくても解っているようで……。
「出撃……してくれますか?」
「了解です!
卑劣な地球人共をこの手で……!! 」
高揚した様子でブリッジを出るイツキ。
残ったのは私と、“彼女”のみ。
「……ダイマジンの遠隔操作をお願いします。近場の跳躍門で本国へ返してあげて下さい」
『構いませんが……博士はどうするのです?』
「私は最後の最後まで戦います。何、そろそろ木連での行動にも限界を感じてましたからね。ここらで一端身軽になるのも一興かと」
『彼女を見捨てるのですか?』
「……私の今の地位では、彼女により多くの負担をかけるだけです。彼女にはもっと自由に……まともな人と」
彼女は人造人間。
私が何も言わなくとも、彼女は私の為に全力で尽くしてくれる。
それが彼女にどれだけの負担をかけているか……初期型なだけに安全性に疑問がありますので。
あまり無理はさせたく……。
『それが女の為になると思っているの?!
あなたって人は!!!』
……痛ぅ、鋭い、鋭いツッコミです。
『そうやって男は女の幸せを自分の尺度で考えて!
置いてけぼりにされる人の事を少しは考えなさい!!』
「しかし……私といれば様々な厄介事に巻き込まれる事に……貴女だって」
『一体何度言えば気が済むんです! 愛する人と共にいる事以上の幸せは……無いんですから』
……そうでしたね。
“今までも”、これからも……私は愛した人を裏切るような事はしてはならない。
どんな行動よりまず先に、“近くにいてやる”事が基本です。
最近は忙しさにかまけてそんな事も忘れていました。
駄目ですね……。
『“本体”の調整は50%完了しています。石蒜の制御はこちらに任せて行って下さい。私は適当な所で脱出します』
「タチアナ……」
『大丈夫です、必ず合流します。ですから超……お元気で』
「いやね、その必要は無いみたいです」
ブリッジのモニターに大写しされる無数の点。
それらは本艦の現在位置の後方から凄まじいスピードでこの宙域に接近してきていました。
「間に合ったようですねぇ……快速反応艦隊」
速度も凄ければ数も凄い。
もう本艦の後ろ側は無人兵器に埋め尽くされて宇宙が見えません……。
『本隊が間に合った……!
最低でも後五時間は掛かると計算していたのですが……』
「ひょっとしたら……出発前に減速した際本隊とのリンク情報にコンマ単位の誤差が発生し、それがズレを生み続け予想より早くこちらに到達したのかもしれませんね」
『……幸運にも程があります』
「日頃の行いが良かったんでしょう……ともかく攻撃再開。前方に展開する艦隊は一隻たりとも逃しませんよ」
『了解。プログラム“トミノ”各艦に送信。殲滅戦を開始』
後方の4032隻の戦艦と雲霞の如き虫型に一斉にプログラムが送信され、各機命令通りに動いていきます。
このプログラムは凶悪極まりないですからね。
現状で最も相手側の損害が大きい攻撃方法を取るという代物ですから、艦隊特攻から自爆まで、目標を破壊する為には手段を選ばないといった動きをするようになります。
別名“皆殺しのトミノ”。
大昔のある監督の仇名から取ったのですが……強烈ですね、これは。
熱血っぽい挙動をする“タカヤ”の方が良かったかもしれませんね……。
「所で、カグヤは?」
『本艦の遥か直上に位置……攻撃目標からは外してあります。友軍援護の為に何度かGブラストを撃っているようですが、それによる艦艇の被害はゼロ』
「アステロイドベルトを突破する為に空間歪曲場の出力はかなり上げましたから……生半可な攻撃は無意味です」
その間にも物凄い勢いで減っていく連合艦隊を示す点。
これだけの戦力を一遍に投入されれば、なす術も無くやられてしまうでしょう。
あの撫子も、火星では次元跳躍門17基、ヤンマ及びトンボ混成艦隊2万9861隻、そして火星の各コロニーからかき集めた無数のバッタ、ジョロの前に後退しましたし。
これは火星に展開していた無人兵器のほぼ9割にあたり、当時実戦配備されていた全無人兵器の何と3割。
撫子が来訪するまで脅威は無かったとはいえ、ちょいと過剰反応だったかもしれませんが。
木連が今まで勝利できたのは、こういった戦力の一点集中を基本とした戦い方をしてきた事もあるでしょう。
次元跳躍門のお陰で距離的な問題も補給の問題も、全く心配いらないですし。
……まあ、流石に撫子みたいに跳躍門そのものをポンポン落とされてしまったら苦しくなるかもしれませんが。
切り札の優人部隊は今までとは全く逆の突撃戦術を取りがちですし……。
『戦艦オレガノ轟沈。続いて駆逐艦コワニー、ソレダコ、カカリアもヤンマ級の体当たりを受け爆散……これで月方面第二艦隊は全滅しました』
「連合はまだ撤退しないのですか?」
『まだのようです……いえ、たった今連合艦艇全てに撤退命令が下されました。月へと後退するようです』
その数を10分の1以下まで減らし、必死の後退を続ける連合艦隊。
ん、そういえばカグヤも後退を開始したようですね。
口惜しかったでしょうね……自分が信じていたものの本性を知って。
果たして彼女はまだ戦う事ができるのでしょうか?
「……さて、作戦の第一段階は終了しました。全無人兵器の倫理プログラムのレベルを最大値まで。救難作業を開始します」
『示威効果を狙うならこのまま全員戦死の方がよさそうなものですが?』
「……貴女ね、それじゃあ後に残るは激しい憎悪だけです。今のうちに誠意を見せておけば後々有利です。“敵味方お構い無しに攻撃する撫子とは違う”ってね」
『成る程』
納得してくれたようで……助けた士官は残らず近くの月都市やコロニーに送り返しますか。
そうすればそれらの対応に追われ、こちらの動きを上手く攪乱してくれる筈。
兵士は下手に殺すより、傷病を負わせた方が与えるダメージは大きい。
よっぽどの事が無い限り、生きているうちは全力で治療しようとしますから、その分労力が割かれていく。
人間同士の戦争でよくある、甘いながらも大切な光景。
この心を忘れ、無人兵器などに頼っている私達は……既に戦争を語る資格は無いのかもしれません。
……所で、何かもっと大事な事を忘れているような?
「博士……出撃、まだですか?」
代理人の個人的な感想
・・・つくづく偉そうだな、コイツ(爆)。
思うに、主人公格のキャラに(「論破」「主張」はまた別として)「説教」させるのは非常にリスクのある行為かと。
説教と言うのは「間違いを正す」行為ですからどうしても一方的になるんですよね。
主人公に共感できればいいですが、そうでなければ逆に読者に主人公に対する反感を植え付けかねません。
つーか、植え付けてる例は山ほどあるし(爆)。
てなわけで、説教をさせたいなら年寄(年長者)にやらせるのがよろしいかと。
>船体破壊音を確認
・・・・・真空の宇宙空間で音を拾える人ってのは「ダンガードA」以来久しぶりに聞きましたねぇ(爆)。