Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT4〔決戦前夜〕
カイト編「裏切りの切先」
……今回の目標は、いつもと少し違うような気がする。
いつもの人型ターゲットドローンの筈だが、何か、プログラムごしに伝わる威圧感と言うか何と言うか。動きや構えからして、違う。
一体今度は誰のデータを持ち出したんだ?
いや、よそう。そんな事を考えるのは。
俺がやるべき事は、目標を斬り、突き、刺し、薙ぎ、叩き、潰し、倒し、壊すだけだ。
作戦行動開始。目標、ターゲーットの完全殲滅。
大人しく逝くがいい、三度笠共……。
「これは……」
……待ちに待った時が来たのだ!!
俺達の先祖が、この最果ての地まで追い立てられ早数百年。
水も、空気も、何もかもを切り詰め、ただこの一撃を加えんが為に耐え忍んできた!
多くの先駆者達の無念を、理想を、今こそ果たす時!
未来を掴むのは俺達だ……奴等ではない!!
さあ、今こそこの俺が……鉄槌を下してやる!!!
覚悟しろ! 卑劣なる……。
「誰だ……?」
……やれやれ、今日も何とか撒けたか。
俺がちょいと力を入れすぎたせいで、あの人どうやら“見える人”になってしまったようで。
俺の事を“神の使徒”とか言うしもう……身から出たサビとはいえヤンナッチャウ。
仕方が無い、今日も先生にかくまってもらうか。あそこは誰一人好きで寄り付こうとしないし。
あの妙なクセさえなければ人気だろうに……美人だし。
それとも班長に新兵器の相談を……いやいや心の友とアニソン熱唱か……待てよ確かバスケに誘われていた気が……。
「全部……俺?!」
水槽らしきものの中で一人薄ら笑みを浮かべ、脳内で何かと戦っているのも。
白い制服に身を包み、不敵な笑みを浮かべ壇上に上がった紫の制服の男の演説に聞き入り決意を新たにしているのも。
ブツブツいいながら楽しそうに廊下を歩いているのも……。
俺か?!
全然違うじゃないか?!
でも顔はまんま俺だし、仕草だって、それにどれも身に覚えが……。
どういう……事だ?
どれが俺なんだ? どれが本当の俺なんだ?
今の俺は誰なんだ?!
誰なんだ!! 誰なんだ俺は!!!
『個人じゃない。兵器だ。製造シリアルナンバーは……』
『愚問だな。俺らは正義を執行する者!
勇者だ!!』
『知らんなあ……あえて言うなら名無しの居候でえっと……』
違う!
そうじゃない、そういう意味じゃなくて!!!
今、この場にいる俺は誰なんだと聞いてるんだ……俺は、今の俺は何者なんだ!!
『聴覚がおかしいのか?
お前は人間では無い、只の……人形』
それは……解ってる。
俺は機械の子宮から生まれた人の形をした別のもの、だろ?
何か変だとは思っていたが、改めて言われるとどこか納得。
戦闘で機体限界を超えた速度で動き回ってもビクともしなかったのもこのせいだろう。
『そしてお前は栄えある優人部隊の一員だ!!』
そうだ……俺は人間でないだけでなく、地球人に作られたものでもない。
遥か昔に忘れ去られた人間らのコロニーの兵隊。
遺伝子をいじくり回された人間らに混じって、俺も兵隊として……。
そう、それだ。
俺は優人部隊所属の人造人間……ミカヅチ=カザマ!!
剣となりて敵を撃ち、盾となりて故郷を守る……それが俺の使命、俺の生きがいでありそして。
『じゃあ俺は何だ?』
何?
『大切な場所と認めた場所で、馬鹿やったり笑ったり泣いたり、好きな人の為に命を賭けたりした俺は何だ?』
そ、それは……。
『幻か? 虚ろか? 一夜の夢か?
ならばお前もまた……』
幻に過ぎない?
『そ。幻』
『だが俺だ』
『これら全てがお前なのだ!』
囲まれた、囲まれた!
俺が俺に囲まれた……!
どれも俺、これも俺……だが、一体どれが正しいんだ?
どれが正しい使命を語っている?!
兵器として消耗されるのが俺。
それとも兵士として任務をまっとうするのが俺。
又は現状をただただ足掻くのが俺……?
俺はこれから何をすれば……。
『そいつを決めるのは……お前自身だろ。俺は知ーらね』
「……気がついたみたいね」
覚醒した途端飛び込んできたのは、金髪碧眼の白衣の美女……。
だがそれは偽りの姿、その正体は凄腕のマッドドクターイネス=フレサンジュ……。
「誰がマッドですって?」
「聞こえてましたか……って一応フォローしたじゃないですか!
だからその怪しげな注射器しまって下さい!」
やれやれ、この人の前だけは迂闊な事は言えん。
あらゆる意味で。
「フウ……それにしても本当無茶するんだから。並みのパイロットじゃ、あの状況じゃあ間違いなく死んでいたわ」
だろうな。
アサルトピットに損傷を負ったフレームでチューリップに突撃し、意識と制御を失い海面に叩きつけられたのだ。
普通の人間なら魂の安息地へ直行だろう。
「でも貴方は殆ど無傷。これは一体どういう事が説明願いた……」
「軍規にひっかかるので教えられません」
「……?! 貴方、記憶が……」
「戦闘のショックで……だなんてマンガみたいですが。事の報告を艦長にお話したい」
今までとは違い随分硬い言葉なのでイネス先生も驚いている事だろう。
……だがこれは都合がいい。
ベタながら記憶が戻った途端口調も性格も変わるというのは。
今後どう行動するかまだ決心が付いていないのだ。
今まで通りのリズムだと考えがまとまらない。
「それよりも前に、今はやるべき事があるでしょ?」
「やるべき事?」
「みんな貴方の事を心配していたんだから……顔ぐらい見せてあげなさい。それに、艦長なら当分捕まらないと思うわよ」
「……? 何故?」
「アキト君が帰ってきたのよ……やっとね」
「ほう」
漆黒の戦神のご帰還……か。
道理で艦内の空気が明るく……いや元に戻ったという訳か。
俺がどんな道を選ぶとしても……あの人には絶対に会わなければ。
でも……。
「つーことは争奪戦のゴングが再び?」
「そう。しかも三人も乱入者が出てそれはもう大変な事に。ナデシコがきちんと運用できているのは奇跡に近いわ」
古人曰く、“人の恋路を邪魔する奴は、馬場に蹴られてリングに沈め”と言う。
生憎だが俺はダウンしたくはない。暫くは静観に限る。
って待てよ?
「イネス先生はどうするんです?」
「ど、どうしてそんな事聞くの……」
頬をほんのりと赤くするイネス先生。
本当にこの人三十路間近か?
こういった仕草が物凄く可愛い……。
「……悪かったわねオバサンで」
「だから!! フォローしてるじゃないですか?!」
クッ!
この人医療器具持つと凄いパワーだ!!
踏ん張れ、踏ん張るんだ俺!!
「これでも一応気にしてるんだから……皆若くて元気な中、私だけね……」
「そんな事は……年上の女性って温かくて柔らかいし……」
「もう……おだて上手ね、カイト君って」
どうやら俺の命の灯火は消えずに済んだようだ、フウ。
しかし思った事を率直に言っているだけなのに何故皆予想外の反応を返すんだろう?
「ハハハ、それについては僕も同意したいねぇ」
「アカツキさん! それに……ガイ?!」
今気がついたが、俺のベッドの隣ではアカツキさんとガイが仲良く並んでベッドに寝ていた。
……まさか、あの後無人兵器の攻撃で負傷を?
俺のせいで……。
「いやーリョーコ君に君の負傷の責任取れって徹底的にボコにされちゃってね。ヤマダ君もろもろこのザマさ」
「俺の名はダイゴウジ……!」
“プス”
「……先生?」
「大丈夫、強制的に眠らせただけだから」
あの、注射器の中身の液体が濁っているんですが……まあ先生はお茶目だけど自分で患者を殺すような愚かな真似はしまい。
多分。
……生きてるほうが辛い事もあるだろうが、耐えろガイ。
「しかしリョーコさん、八つ当たりも度が過ぎるな……」
「そうかな……君は気絶していたから知らないだろうけど、あの後のリョーコ君の取り乱しようと言ったらもう酷いもんだったよ」
「え?」
「クリスマスにデートする約束してたんだって?
駄目だよ戦場で告白なんてしちゃあ。そんな事したら例え最終回でも戦死するかもしれないんだから」
「いやそれは何の話、というか何時の間に決定事項?!」
俺、確か食事にでも行こうかとしか言って無いぞ?
そりゃあ一番近い休暇がクリスマスだから、もしよければとは考えていたが……多分、ヒカルさんとイズミさん、それに班長辺りが誇張していったんだろうな……。
「ともかく、女の子を泣かせたんだ。その責任はちゃんと取るんだよ」
「……すいません、迷惑かけました」
「いいのいいの。こういう損な役所、もう慣れたから……」
そう言って力無く笑うアカツキさん。
……苦労かけます、本当に。
“バシッッ!!”
格納庫で班長と顔合わせた途端、貰ったのは鉄拳。
俺の全快祝いと言う訳か……。
「馬鹿野郎!! 命知らずにも程がある!!
テメエ何のつもりであんな無茶しやがった!!」
「無茶……ですか。でもテンカワさんがいなかったあの場では、ああするしか……」
「自惚れてんじゃねえ!
お前がテンカワの代わりだと? 馬鹿言うな!!」
そうだな……。
現時点での俺の身体能力と技量を考慮しても、まだまだテンカワさんの超人的な戦闘能力には遠く及ばない。
少し気負いすぎだったのかもしれん……そのせいで、リョーコさんを……。
「お前はお前だろ!
自分の実力考えずに背伸びされちゃ、いい迷惑だ!」
……!!
俺は……俺?
テンカワさんの代わりなど勤まらない……俺にしかできない、役目がある?
「は、班長!
もうその辺にしておいてあげて下さい!!」
「レイナちゃん、こいつには一発ガツンと言っておかなきゃならねえ!」
「カイトさん目の焦点合って無いですよ!」
「え、マジ?!」
班長の焦った声に俺は我に返った。
いかん。この考察は神経に負担が掛かりすぎる。
後でじっくり、一人で考えよう。
その前に……。
「本当、心配させて申し訳ありませんでした……後エステも」
「ああ? エステか……ご覧の通り、だ」
班長が親指で指した先には全壊した空戦フレームが。
あーこれは傍から見ても廃棄決定?
「ピットの方もダメージが酷い。引き上げた時には海水が入り込んでな……冷たくなったお前を担ぎ出したときはもう駄目かと思ったぜ」
「ですがお陰様で無事です……生きてるって素晴らしい」
「ああ全くだ……知った顔がいなくなるのは、寂しいしな」
そして班長は俺に顔を近づけると、ヒソヒソと耳打ちしてこう言った。
『それにお前がいないと俺らの“組織”にも打撃が大きいしな』
『オイオイそっちですかい』
テンカワさんが軍に出向するよりも前……テンカワさんに対する女性陣のアプローチが積極的になっていくにつれ、モテない男の僻みみたいなナニかが男性陣に発生。
それが高じてアンチ・テンカワ同盟なるものが結成され、今ではちょっとした“組織”として機能している。
班長を筆頭に整備班の皆さん(班長には美人の妻と子供がいるってのに……)や副長、果てはアカツキさんまで参加しているようだ。
しかし艦長やルリちゃんを筆頭とするナデシコの女性陣相手なので、劣勢を強いられている。
俺は基本的にはミナトさんやホウメイさんと同じく中立だが、以前追い詰められたテンカワさんを見るに見かねて、視線で女性陣を追い返した事があった。その時には涙を流しながらテンカワさんにお礼を言われたが……女性陣ら“同盟”は俺の存在が脅威に、“組織”側にとっては思わぬ助っ人に見えるらしい……ヤレヤレ。
恋愛は構わないが、集団で一人に迫るというのはリンチ同然だと思う。
矢張り恋愛は一対一の真っ向勝負……古臭い考えかなぁ、これって。
それにしても、テンカワさんはタダでは帰って来なかったんだな……。
先ほどのレイナさんを始めとし、欧州戦線で知り合った優れた人材をナデシコに連れ帰るなんて。
テンカワさんが所属していた部隊長のサイトウ提督を始めとし、その副官のカズシさん、パイロットのハーテッド姉妹……女性の比率が多い気がするのは……さすがは女性限定歩く人間磁石。
テンカワ=アキトという一人のカリスマに集う有志達……まるで水滸伝か八犬伝。
このまま彼は乱れた世を正すべく英雄になるつもりなのだろうか。
その時俺は、どうしている?
彼と共に未来を創るのか。それとも彼の前に立ちはだかるのか?
それを決めるために今……。
「少し、いいですか?」
本人に聞く事がある。
「カイト君、意識が戻ったんだね……よかった」
「貴方がいない間色々無茶ばっかりやって、皆さんを困らせてしまいましたがね」
「それは……すまなかった。本当にありがとう。ここを守ってくれて」
そう言うテンカワさんの目に、今まで以上に強く惹かれた。
欧州でまた、一回り強くなったんだろうな……。
「いえ……この場所は、ナデシコは……俺にとっても大事な場所ですから……所で何をそわそわしているんで?」
「いやーちょっとサラちゃんとアリサちゃんから逃げてて……」
ぶち壊しだよオイ。
せめてこんな時ぐらいは……いや、恋する乙女は暴走列車だからな。
何人たりとも止められはしない。
『アキトさん!!』
来たよ……ハーテッド姉妹。
双子の金髪美人が、幸せ一杯の笑顔で一糸乱れぬ歩調でこちらに迫ってくる!
幸せものですなぁ、テンカワさん。
でも……その手にある書類は何?
「婚約届だよ……欧州にいた頃から二人にはずっと署名を迫られていて……」
「は?」
……ちょっとそれは反則だろう!
「ちょいと浮かれている所を申し訳無いが……」
と、二人を制止しようとしたが……ヤバイ、この二人俺の事などアウト・オブ眼中だ!!
無視して突っ込もうとしている!
仕方が無い。またもや緊急手段を講じるしかないか……。
「そこの二人……待てと言っている」
凍てついた声色に二人は一瞬止まり、直に真顔になって身構える。
やっぱり、女性相手に“怒気”ふりまくのは問題あるな……。
「……! だ、誰!」
「カイト……この船ではそう呼ばれている。本名は知らん」
「あ、記憶喪失のエースって……貴方だったんだ。私はアリサ、よろしく」
「こちらこそ……所で、その紙は?」
「え、ああ、これ?
未来の旦那様と世間公認で共になる為の……」
「ふざけるな」
再び俺の身体中から発せられる怒気。
我ながら情けないが、暴走した女性陣を止める手段は他に思いつかない。
手を出すなどもってのほかだし。
「ここを何処だと思っている……最前線だぞ?
そんな紙切れで何するものぞ」
「な……!」
三つ編みの方、こちらがサラさんだな……が不機嫌な表情で睨みつける。
が、直目を逸らした。そりゃ普通の人間じゃあ気押されて当然だ。
ところが……アリサさんは解ってくれたようだ。
俺を見て不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとその書類を仕舞ってくれた。
「アリサ?」
「アキトさんをモノにしたければ実力で勝ち取れ……そういう事でしょう?」
「そう……テンカワさんを狙うのは貴女達だけじゃないんだ。あの人らは手強い……紙切れ如きの強制力じゃあ、彼の心は直奪われてしまう」
「そ……そう言う事ですか」
ホッとした表情を見せるサラさんを見て心底自己嫌悪。
俺って本当不器用……。
「脅かしてすんません……でも、テンカワさんは多くの人に愛されている……フェアな形で勝負をして、万人が納得できる形で決着をつけてもらいたいんだ……ルール無用で遣り合って、誰かが傷つくような事になったら溜まらない」
「……そうよね。アキトさんもそんな事望まないでしょうし……ねえ?」
コクコクと頷くテンカワさん。とてもこの人が“漆黒の戦神”と同一人物などとは思えない程、気弱だ。
女性に対して常に強気と言うのはそれはそれで問題だろうが、ここまで腰が低いというのも……。
「さ、そうと決まれば情報収集よ、姉さん。何せここは“最前線”、油断も隙もあったもんじゃないでしょ?」
「そうね……!」
そう言って楽しそうに去って行く二人……結果はどうなるかは知らんが、応援させてもらおうか。
「はは、また助けてもらったね……」
「毎度毎度女性の扱いに関しては下手ですな……」
「君にだけは言われたくない」
ごもっとも。
「テンカワさん……前から一度聞いて置きたい事があったんです」
「ん? 何だい?」
「……何故俺を助けた」
スウッとテンカワさんの目が細まる。
さっきのおどけた表情はどこかに消えてしまった。
「俺の正体に、テンカワさんは最初から気付いていたんだろう?
それなのに何故……ナデシコの安全を考えるなら、獅子身中の虫を態々招き入れずとも済んだ筈だ」
「記憶、戻ったんだ」
「ええ……おかげさまで」
ハーテッド姉妹がいなくなってくれてよかった。
今この場に渦巻くのは疑念と殺気。
この場にいる俺ですら震えそうなのだ……彼女達じゃひとたまりも無い。
「……教えて欲しい。何故俺を助けたか。そしてテンカワさんが何を目指すのか……」
今までの事を、一夜の夢、気の迷いと切って捨てる事は簡単だ。
しかしそれは、自ら考えた道を進む事にはなりはしない。
あらかじめ敷かれたレールに軌道修正するだけだ。
俺は……俺の道を捜したいんだ。
「俺は、何でもかんでも理由をつけて行動している訳じゃない」
「何?」
そう言うテンカワさんの表情は妙に落ち着いていた。
いや落ち着きと言うよりかは悟り……。
「理由とか理屈とかはどうだっていい……感じた事をそのまま行動に移す事が多いんだ、俺」
「感じた事をそのまま……俺を助けたのもひょっとして必要と感じたから?」
「ああ、ナデシコに乗ったのも実はそんな理由さ。特に野心とかそういうものがあった訳じゃない。行き当たりばったり、流されまくりだ。ルリちゃんにも計画性が無いってよく言われるよ」
「馬鹿な……将来に対する明確なヴィジョンが無いと?
それで英雄なんてよく……」
「俺は英雄になるつもりは無い」
きっぱりと言うテンカワさん。
とても、力の篭った一言だった。
「俺が今からやる事を、歴史がそう評価するのは勝手だ……だが俺は、ナデシコの皆の為に、大切な人の為に戦っている。俺が目指すのはただそれだけだ……その為に、戦争を終わらせなければならない」
「結果と目的が……普通逆だろう?!」
「かもしれない。だが俺は……多くの犠牲を出してでも、身近な人達の幸せを目指す。世界の命運、人の究極の未来……そんなものよりも、俺は愛する人達の幸福の為に戦う……そんな俺は、独善的かな?」
……あの人は全て知っていた。
この戦争の真実。木星蜥蜴の正体……全てを解った上で、彼は戦っていたのだ。
彼の究極の目標は小さいが、導く結果は壮大極まりない。だが彼の目はそこまで遠くを見ておらず、もっと近場を漂っている。
危険だ。
大きな事をやるならば、もっと慎重に行動するべきだ。
時には大胆に、時には冷酷に判断を下さねばならない筈だ。
それが……英雄。
でもそれをやってしまったらテンカワさんはテンカワさんでなくなってしまう。
彼は何時だって“自分らしく”行動している。
どんな時も……誰を前にしても。
彼は英雄なんかじゃ決して無い。彼はタダの“テンカワ=アキト”。
俺は……どうだろう。
今日だけでも俺は、多くの仮面を被っている。
本当の自分を、未だ掴み切れていない。
“自分らしさ”を出す事ができない。
俺は何なんだ……俺の“自分らしさ”は、何処にある?
そんなものが、落ちている訳も無ければ教えてもらえる筈も無い。
自分で捜すしかない……自分で見つけ出すしか……。
……そろそろ自分の考えをまとめる時機か、と自室への通路へと足を向けると……。
「ぁ……」
「!! りょ、リョーコさん!」
俺の部屋の前で待ち伏せていたんだ……だが、何でこんな時に!
いや……これでよかったんだ。
テンカワさんと話す前にリョーコさんと会っていたら、きっと俺はまた仮面を被っていたに違いない。
今度こそは……せめて彼女の前では、仮面に頼らないようにしなければ……!
「ったく、行く先々で行き違いになるんだからよ……ちったあジッとしてろ、馬鹿」
「す、すいません……」
「謝って済むなら警察はいらねえっての!
馬鹿……本当馬鹿なんだからお前ってば」
……?
笑って……いる?
しかも嬉しそうに。心底可笑しそうに。
……何が可笑しいんだ。散々俺に迷惑をかけられたと言うのに、どうして笑う事ができるんだ?
「……よく帰ってきたな。心配したんだぜ、これでも」
「帰って……来た?」
「ああ……ナデシコでの空気に慣れきって忘れてたけど、ここは戦場なんだなって。一緒に出撃しても、帰って来ない奴だっているんだって……」
「……心配かけました」
「いいさ。無事なんだから……」
帰ってきたから……無事だからか……。
親しい人が出たっきり帰って来なくなるというのはどんな気分なのだろう。
俺は人造人間だが、それが手痛い損失だという事は理解できる……。
今更ながら心配になってきた。
秋山艦長と高杉副長は無事脱出できたのだろうか?
天道艦長の安否も不明だ。
何より……姉さんは元気でやっているだろうか?
平時なら、生きてる限りまた会えると楽観もできようが、今は戦時。
対面したのが墓の前、というのもあながち冗談では済まなくなって来る
……俺の帰るべき場所はどこなのだろう。
いや、そもそも俺に帰る場所などあるのだろうか。
緒戦で何百という連合兵士を殺戮し、木連の貴重な資産とも言うべきチューリップを幾つも破壊した俺に。
「リョーコさん……」
「ん?」
「責任……今度取らせてもらっていいですか」
「責任って……な、何の責任だバカ!!
い、一体何を……」
狼狽するリョーコさんだったが……悪いけど俺はもう限界だ。
これ以上は……もう話せそうに無い。
「考えといて下さい……それじゃあ。流石に病み上がりなんで」
「え、お、おい……」
引き止めるリョーコさんを振り切って、俺は自室に逃げるように戻った。
そしてあるものを探し出したのだ。
割と片付いている部屋には、ガイから譲られたゲキガンガーグッズや、アカツキさんに借りたままの映像及び音楽ディスクがまとめられている。
その奥に、埃をかぶっている一本の筒があった。
今までは捨てるのもどうかと思い、何とも無しに置いてあっただけであった。
おもむろにそれに手を伸ばし、冷たい金属の感触を確かめつつ……“抜いた”。
“ヴン”
「まだ、抜けるのか……」
邪なる者に……心刀は抜けない。
俺の心はまだ、バランスを保てているようだ。
だがそれもいつまで続くか……それを証明するように、紅の刀身は、ジジジと不気味なブレを生じさせている。
普通はこんな事は無いのだが……俺の焦りを証明しているかのようだ。
「どっちつかずは……ダメだろうな」
その二へ