その瞬間、最後の戦艦が月の大地に不時着していきました。
 月面フレームによる攻撃の失敗により、残存艦隊は真っ向から快速反応艦隊とぶつかっていました。
 攻撃は効かず、ジリジリと損耗するだけの状況が続き……遂に、無人兵器に押し切られてしまったのです。    
 護衛のエステが全てやられた事で、バッタによる白兵戦が開始。
 速やかにメインシステムにアクセスし、次々と行動不能にしていきます。

 何故こんな事をするか? 使えるものは使うのが戦場の鉄則だからです。
 現在でもエステバリスをハッキングして使用するタイプの兵器が検討中ですし。
 幾ら木連の生産能力が高いといっても限りがある……可能ならば現地調達が望ましい。
 もっとも、戦艦丸々鹵獲するなど前代未聞でしょうけど。

「さて残るは貴女だけですよカグヤさん……降伏か死か、好きなほうを選びなさい」
『そのどちらも選ぶ訳にはいきません!!』

 カグヤのブレード部が解放され、一斉に発射されるレーザー砲……快速反応艦隊にその程度の光学兵器、効かないのは解っていたのでは?
 自棄……ですかね。

「止めときませんか? 恐れが見えますよ」
『恐れ?! 私が恐れているのは、何の役にも立たずに死ぬ事ですわ!!!』 

 役に立たない?

『明日香の令嬢としてではなく、一人の人間として! 私は……何かを成して見せます!!』

 進路をこちらに変えた?!
 相転移エンジンと核パルスエンジンの出力が、凄い勢いで上がっている……まさか?!

「特攻?! いけません、回避!!」
『この距離では間に合いません!!』

 何を馬鹿な?!
 どう見たって短絡的過ぎる……! 人が命を賭けるのは、こんな時じゃないでしょう!!

『博士ぇ!』
“ガツッッッッ!!”

 カグヤと石蒜が接触しましたね!
 いやな揺れ方をするものです……!

「イツキ! 無事ですか?!」
『え、ええ……ですが……カグヤが……』

 無事、と言いますが……ダイマジンのすぐ前には、吹き飛んだカグヤのブレードが突き刺さっているんですけど。
 ブレードだけではありません。
 カグヤは、右舷船体構造物の大半が失われていたのです。ブリッジだけは無事のようですが……。
 対する石蒜は……。

『グラビティリング正常に作動。本艦への被害ゼロ』
「タチアナ……」
『貴方を死なす訳にはいかないのです。どのような手段を取ったとしても』

 瞬間的に全エネルギーをフィールドに回し、グラビティリングを最大速度で作動させて衝撃を逃しましたね……。
 代わりにカグヤが受けた衝撃はご覧の通り……。

「何か最後に残す言葉は? 信じるものがあるなら精々祈ってあげますけど」
『私は……そう簡単には負けを認めない主義ですのよ!』

 カグヤさんはそう言っても、もう戦闘どころか航行も不可能。
 黙っていても待つのは死ですが……。

「そうですか……では」

 バッタと幾らかの無人艦がカグヤの残骸に群がっていきます。
 海に沈んだ鯨の亡骸に集る、小魚みたいですね……。   
 獰猛な鉄の捕食者は、その巨体に取り付くとその牙をむき……。

“ガシュウ”

 カグヤのブリッジを外部操作で切り離しました。

『な……!!!』
「負けを認めないと言ったのは貴女の方でしょうが。死んだら負けですよ死んだら……暫くは捕囚として扱うので窮屈でしょうけど、いい機会ですのでゆっくり考えて見ては如何でしょうか? 貴女が、何を成す事ができるかを」

 他の鹵獲艦共々無人艦艇に曳航されていくカグヤさんには、私はそれ以上何も語りません。
 後は彼女の問題ですからね。雪辱を、期待しておきましょう。


「ところで舞歌さんらはどうなってます?」
『芳しくありません。無限砲の砲撃によりドックごと新造戦艦の破壊を試みましたが、“ブラックサレナ”により無限砲が損壊。また撫子への再攻撃を行った北辰六人集も、敵新型機体により撃退されています』

 向こうのほうが大変でしたか……。
 迎撃体制の整っていない状況の上、月都市を背後に有する今の撫子ならば……と考えたのは甘かったようです。

「……このまま黙って、というのも何ですね。イツキ、直ちにゆめみづきの援護に回ってください」
『了解!』

 彼女が跳躍した事を確認すると、次は長距離レーダーを作動させ、敵地下ドックの座標を確認します。

「目標のデータはありますね?」 
『撫子級四番艦シャクヤク……既に相転移砲は撫子に移植されているようですが』
「構わず破壊します。北辰でもぶつければ奪取できたやもしれませんが……今となっては無理な話です。大型レールガン照準合せ」
『大型レールガン展開。冷却リキッド装填。慣性相殺準備完了』

「発射!!」
“バシュ!!”

 その大きさと比べれば明らかに小さい発射音と共に、弾丸が吐き出されます。
 但しこの弾丸、タダの弾丸ではありません。
 一定の距離まで跳ぶと外装が分離し、その後は自己の推進装置によって一気に加速していくのです。
 その貫通性能は月の割と脆い岩盤を易々貫き、確実に目標を……。

“ドゴァァァァァァァァァァッ!!!”

 消滅させます。

『目標への着弾を確認。ドック内部にて爆発が反響し、地表にまで影響が出たようですね』
「発てずシャクヤク沈んでボカン……お粗末さまで。ま、これで当初の目的は……」

『キャァァァァァァァァァ!!!』
「?! イツキ?!」

 悲鳴と共に途切れた通信……まさか……。

「つい忘れてましたね……ここが戦場だって事を。何が起こっても……おかしくは無い!!」
『急ぎましょう! 場合によっては今度こそ“本体”を!!』

 後始末を無人艦に任せ、単独でゆめみづきが展開しているであろうポイントに直行する石蒜。
 そこで繰り広げられていた光景は……。

“ザシュ!”
“ドコォ!!”

 ……先程まではあれほど敵機を圧倒していた彼女のダイマジンが、嬲られていたのです。



 四肢を切り裂かれ、達磨になった状態のダイマジンに、なお刃を向ける黒い鬼。

「こいつ……楽しんでいる?!」

 それを裏付けるかのような通信を、私は拾ってしまいました。

『……これで、二体。さて、どちらから消してやろうか?』

 北辰以上の冷酷非道な声色。
 それでいて、何処か状況を楽しんでいるかのような物言い。
 こいつが“あの男”……テンカワ=アキト!!

「イツキは……どうなっています!!」
『意識はありますが、とても喋れる状態にはありません!! 危険です!!』

 別ウインドウに表示されるイツキの苦悶に満ちた表情に、私の中で何かが湧き上がってきました。
 純然たる憎悪、衝動……怒り!!
 以前、一度だけそれらに身をやつした事がありましたが……それを再現しようというのですか、貴様は!!

『アキト!!』
『!? この声はひょっとして……』 

 タチアナが悲痛な女性の声に反応しますが……私はそれどころじゃありません!

『いい加減……煩いぞユリカ。黙って俺の仕事を見ていろ。何時もの様にな』

 ……ユリカ?!
 まさか、いま“あの男”と会話しているのが、あの……。

『いいえ黙りません!! 私は……私は木連との和平を実現させます!!そしてアキト!! 貴方を止めてみせる!!』
『……俺抜きのナデシコで、か?』

 あの男、まさか……味方に弓を引くと?
 あのミスマル=ユリカに!

『私は、私らしく、私の考えた道を行きます!!……たとえその道をアキトが邪魔をしても、私はアキトを越えて行く!!』

 ……何と言う度胸、何と言う勇気。
 これだけの人物が連合にいる事に、羨んでしまうと同時に嫉妬してしまう。

 そしてやるせない怒りを……こんな“狂ったテロリスト”如きに、彼女の正義が折られてしまう事に!!!

「……地球の敵、木連の敵、宇宙のあらゆる秩序の敵!!」

『超!』

「貴様だけは絶対に許しませんよ、テンカワ=アキト!! 一番から六番までの発射管に生体ミサイル装填!!」

 タチアナからのキャンセルを受け付けないよう、素早く手動制御に切り替えていきます。
 艦首航宙魚雷発射管に生体ミサイルを装填し、燃料を注入。後は、撃つのみ!!

『止めて下さい!! 生体ミサイルは、六連以上の自立機動能力を持つ完全誘導兵器です!! ハッキングもジャミングも不可、一度放たれたら理論上回避は不可能なんです!! “あのお方”との約束はどうなるんですか!!』
「……誰も私は“生きて”とは言ってません。死体で対面させてあげますよ!」
『死体すら残りません!! 落ち着いて下さい!!』
「これが落ち着いていられますか!! 愛する人が目の前で殺されそうになっているというのに、正しき意志が潰えようとしている時に!! 私はもう、黙って見ているのは御免です!! 三度目は絶対に阻止します!!」

 二度も三度も同じ事を繰り返すのは馬鹿のやることです!
 ねえ?! “黒き王子”!! 

『テンカワアキト!!俺ではお前に勝てないかもしれない!!だが……貴様の考えが我等木連の殲滅にあるならば!! 俺は命にかえても……お前を倒す!!』

 発射プログラムを命ずる直前、ジャンプしてきた機体……これは!

「?! 白鳥君ですか! 折角のチャンスを……」

 これでは彼まで巻き込んでしまう!!
 今は……待つしかないのか?!

『超』
「何です!」
『まだ冷静さを失ってなくて……ホッとしました』

 ……しまった!!
 もしあのまま感情に流されていれば……私は白鳥君ごと奴を撃っていた!
 何て……無様な。

「……中途に冷静で、中途に感情的だと……不便ですね」
『それが……人間です。冷静すぎると機械に過ぎず、かといって感情に流されるがままだとタダの子供です』

 全くです……。
 所で、白鳥君はどうなったのです?




『白鳥、ナデシコの総意……確かに聞いたな?』
『あ、ああ、和平の意思は聞いた』

 無事?!
 既に五体が解体されている事も覚悟していたのですが……。
 ん? まさか、奴の目的は……。
 だとすると、何て回りくどい……。

『それが俺の……俺達の』

『それがアンタの意思か!!! テンカワアキトォォォォォォォォォ!!!!』
“グワッシャアアァァァァァ!!!”
「おおう!」

 あー……機動兵器って、やりようによってはあんなに遠くまで飛ぶものなんですね。
 黒と赤の機体が、自身の倍もあろうブラックサレナを吹き飛ばすその姿は正に圧巻。
 今まで我々が手も足も出なかっただけに、その衝撃はなおさら……。
 あら、あの機体のモーションデータ……私には見覚えがありますよ? 

『木連の人間全てを消すだと……? ふざけた事を言いやがって!! 俺は確かに、かつて信じた正義と戦う事を誓った!! だが……それを全否定するなどとは一言も言っていない!!! 力ある者が一方的に正義を否定するなど、傲慢に他ならない!!! アンタの正体はそんなものだったのか……失望したぞテンカワさん!!』

 やっぱり……。
 この無駄に熱いテンションの持ち主、宇宙広しと言えど私は一人しか知りません。
 ミカヅチ……貴方だったのですね。

『あ……う……ミカヅチ?』
『姉さん! 無事か?!』
『何で……助けたの?』
『たった二人の姉弟じゃないか……』

 うーん麗しき姉弟愛。
 互いの主義主張が違うとしても、同じ血を分けた者同士。
 その絆はそう簡単には、切れませんね。

『うーん、役者ね』

 舞歌さんもしきりに感心して……って、あちらはテンカワ=アキトについてですか。

『え、舞歌殿、これは一体……』
『つまりね……その戦艦のクルー達の意識改革をしたかったのよ、彼は。自分が嫌われ役になってね……演技にリアリティが入りすぎて味方にまで殴られちゃったみたいだけど。そうでしょ、テンカワアキト君?」
『その通りだ。このナデシコは俺の介入により、今まで肝心な所での決断を迫られなかった。無人兵器が相手の時はそれでも良い。しかし、これからは木連……お前達生身の人間が相手だ。その事実を知った今、ナデシコのクルーは自分達の立場を自覚する必要がある……っ、流石に効いたな』

 自業自得でしょうが貴様の場合。
 普通に戦っていれば、おのずと知っていた事なのに……歪んでますね、あらゆる意味で。

『成る程ね……徹底抗戦にしろ、和平にしろ……目的意識無くして集団はまとまらない。結構策士ね、テンカワアキト君」
『馬鹿げた理由の、愚かなだけの戦争だ。その被害者に立つ者は今も泣かされ、指揮をする者がそれを知らない……これは問題だ、しかし俺の存在がそんな環境をナデシコに作ってしまった。ならば……後始末は自分でするべきだろう?』

 当たり前でしょうそんな事は。
 自分のやった事の尻拭いすら出来ない輩が、よくもまあ大層な口を利くものです。

『怖い人ね……そして恐ろしく、強い。あの時の君は、間違い無く血に狂う鬼だった……しかし、それ程のモノを内包しながら、大切な人達の為に正気に還る、か……確かに、貴方達の意思は受け取ったわ。私の名前は東舞歌。優人部隊の総指揮官よ』

 舞歌さんもご苦労様でした。
 こんな人間凶器……狂気かもしれませんね……を相手にして、臆するそぶり一つ見せないとは。
 お見事。




 ……所でミカヅチ君、どうするつもりなんでしょう?
 一度は連合の軍門に下ったとは言え、今さっき重大な反逆行為を行った気が。
 あの漆黒の戦神に一撃を加えただなんて知れたらそれこそ……ですが、それだけ彼の戦闘能力が向上しているという事の裏返しでもあります。
 この実力、捨て置くには惜しい。
 それに……やっぱり姉弟揃って楽しく過ごせるなら、それに越した事は無いですし。
 誘いましょう。うん。

「元気そうで何よりです。ミカヅチ君」
『博士……お久しぶりです』
「まだ私を、博士と呼びますか……嬉しいですねえ」

 後方では撫子が慌しく動いていますね……まさか今更豪州の状況や月軌道艦隊の全滅を知った訳でもあるまいし。
 まあ、そんな事はどうだっていい。

「見たでしょうあの男の本性を。あれが演技だとしても、心の奥底では我々に対する殲滅願望は消えてはいないのです。あれに付き従っても、最後には捨てられるだけだと思いますがね」
『心使い感謝します。ですが……テンカワさんはそれだけじゃありません。本当は優しい、他人想いの人なんです』

 優しくて他人想い?
 つまりは優柔不断で重度のお人よしと言う事じゃありませんか。
 そんなのだから過ちばかり起こすのですよあの男は。

『それに俺は、テンカワさんの為に戦っているのでは無いんです』
「へえ? では何の為? 地位ですか? 報酬ですか? それとも愛と友情の為?」
『……最後のが……当たりです』

 へぇ〜。
 ミカヅチ君にも春がやってきましたか。相手を一度見てみたいものです。

『そ、そんな……地球の女にたぶらかされただなんて! さ、寂しかったなら私が』
「「駄目に決まってるでしょうが!!」、姉さん!!」

『ううぅ』

 息も絶え絶えの状況で言う事ですか、それが。
 何時までも子供じゃないんですから彼も。

『と、とにかく……そういう事です。俺はもう木連には戻りません』
「……意志は固いみたいですね」
『すいません……今までのご恩は一生、忘れません』
「そう思うんだったら生き延びて下さい。私が望むのはそれだけです」

 フフフフフ……交渉決裂。
 ですが、何処か心地よい……離れていく子供を送る、親のような気分です。

『ミカヅチ……戦いが落ち着いたら、その想い人をちゃんと私に紹介しなさいよ! 絶対に!』

 こらこら……でもイツキも、ミカヅチの事を認めてくれたみたいですね。

「それじゃあ、ごきげんよう……おや、これからは何て呼べば良いんでしょうか?」     
『カイト。それが俺の……俺の新たな名前です』
「爽やかでいい名前じゃないですか……ではカイト、幸運を」

“ヴウン”

 ミカヅチ……いえ、カイト君の機動兵器が跳躍し、後には静寂のみが残りました。
 イツキは……話すだけ話して安心したのか、静かに寝息を漏らしています。呑気ですねぇ。

「しかし……テンカワ=アキト。舞歌さんはああ言いますが、矢張り存在自体が危険すぎる。早々と消えてもらわないと……この世界から」   

 

 

管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

・・・なんか、ボケ役になりつつあるな、アキト(苦笑)

ま、それはそれで面白いんですがね。

それにしても超博士、キャラが変わってきましたねぇ

何やら伏線じみた事を言ってますし。

次のカイト編に期待ですね。