剣を持たない人間の勇気ある行動によって、一つの戦いが幕を閉じた。
 だが本番はこれから……次は、剣を持つ私が勇気を奮う時だ。

『……お、通信機も使える様になったわね。ウツキ、聞こえる? ブリッジの小泉よ』

「小泉隊長! 状況はどうなってます?」


『おかげさまで通信機能は回復。豪州本土に救援を要請したから後十数分で駆けつけてくれる筈よ……問題はそれまでどうやって持たせるかなのよ。今までは女のカンって奴でどうにか振り切ってるけどこれ以上は……』
「私が多少時間を稼いで見せます! ですからもう少し耐えて!」
『了解。でもどうすんの? 今更白旗揚げても無駄だと思うけど?』

 白旗?
 “悪”に対し屈する事など……正義を踏みにじろうと……信念を潰そうとする輩に誰がそんな事を!
 背を向ける事も許しを請うこともしない! 真正面から立ち向かうだけだ!! 

「見てなさい……理不尽な力で潰される事が、どれほど辛いか教えてやる!」

 デッキに到達すると、ラムジェットによる爆音が響き渡っていた。
 挙動パターンや編隊構成を見ると……何処かへこの船を誘導したいのか?
 一気に仕掛けてこないのはその為か。何が目的かは知らんが、好き勝手にさせる訳には!

「……いざ!」

 私の存在に気が付いた一機がデッキへ飛来してくる。
 こちらに戦意がある事を知ったのだろうか? いやどちらにしてもこのエステ、私を撃つつもりだ。
 任務に忠実と言えばそこまでだが……己の良心で物を考えられないのか?!
 人をラピッドライフルで撃つ事に躊躇わないような奴に、負けはしない! 

「届けっ! 雲燿(うんよう)の速さまでッ!」

 握り締めた心刀からあらん限りの粒子が溢れ出す。
 本来、心刀はその強大な出力を制御する為にある程度のリミッターがかけられている。
 しかもリミッターの作用に加え、使用者の精神力まで使わないとまともには振れない代物なのだ。
 他の粒子兵器は安全装置が何重にも仕掛けられている故に低出力で、尚且つ発現できる刃や弾丸も小さい。
 ……そのリミッターを全て外した場合どうなるか。
 答えはご覧の通り。全長数メートルにも及ぶ巨大な光の大蛇が現われてしまうのだ。
 蛇の如くうねっているのは制御できていないという事である。半ば暴走状態にある粒子にいつ自分が飲まれても不思議では無い。
 だが私はこんな所で死ねない! 私を必要としてくれる人々がいる限りは……!

「剣・魂・一・擲ぃ! うぉおおおおおっ!!」
“断!”


 暴れ狂う光を前に、エステが左半身を喰い飛ばされた。
 無論、こんな状態で戦闘など無理であり、それどころか飛ぶ事も出来ず海面に突っ込んでいった。
 そしてそれはこちらも同じ……。




「ま、まだ親に顔を見せる訳には……」


 最早一歩も動けないし、立てもしない。
 人が己の力だけで取り扱うには、過ぎた力なのだ……粒子(フォトン)と言うのは。
 無理に制御しようとした為に、心身共に損耗している。
 制御に多大な精神力を浪費し、発生した衝撃波で身体中に鈍痛が……。
 エステはまだ三機いるんだぞ……矢張り素人が賭けなどするもんじゃ……。

“ゴッッ!”

「……?!!」


 これが賭けの商品とでも言うのだろうか?
 私の眼前では信じられない事態が起こっていたのだ。
 二対の翼を持った人型機動兵器が、私に放たれた弾丸を盾で防ぎ、そのままエステとの格闘戦にもつれ込んでいったのだ。
 程無くして加速がついた蹴りが入り、吹っ飛ばされるエステ。
 大きさはジンタイプと同程度……だがジンの様ないびつな人型ではない。
 バランスの取れた四肢や長い手足……そして何より鋭い眼光を湛えているかの様なツインセンサーが、このマシンがあたかも意思を持っているかのように私は見えた。
 いや……現にフェリーを庇う様にして闘っているのだ。乗っている人間の信念が、そのまま投影されているかの如く……。

『無事? ウツキ』
「小泉隊長、これが……これが援軍?!」 
『違うわ。駐屯軍は全力でこちらに向かっている最中。この機体……超高々度から直接降下して来てるわ』
「え?」
『地球低軌道艦隊……まさか連中が私達の為に戦うなんてね……会話聞く?』

 小泉隊長からこちらに回された通信に、更に驚かされた。

『貴様! 何しやがる!!』
『民間人に向かって銃をむけるのか?!』
『上から降りてきた連中が!! こちらの作戦行動の邪魔をしないでもらおうか!』
『民間の船を攻撃する作戦なんて!』
『知らんな。こちらは蜥蜴の殲滅を目的としている……一人や二人の犠牲、不可抗力だ!』
『そんな言い訳ぇ!!』

 と、一方のパイロットが絶叫した所で、また一機エステが叩き落された。
 手に装備したライフル……あれは重粒子砲か?
 拡散率を抑える事で、DFをも撃ち貫く性能を持っているのか?!
 何と言う技術力……今の“2、3年”は先を行っているかもしれない。
 だが驚くべき所はそこじゃないのだ。
 私は、この声を……この正義に殉ずる熱い心の持ち主を、私は知っている!

「アンダースン准尉?!」

 欧州で出会った彼と、こんな所で再会するとは……。
 しかも、前に逢った時と同じくまた助けられるとは。

『チッ! シナリオ通りにやるのは諦めろ! こいつを沈めるだけでいい!!』

 気になる一言を残して、最後の一機が爆発した。
 そしてその訳を、直に私達は思い知った。

『前方1000って所に船影確認、読めたわ。どうやら連中、口封じと同時に新鋭戦艦のテストもやりたかったみたいね。私達は的なのよ』

 海中から浮上してくる連合軍の艦艇……出発前に接近中だった艦隊はこいつらか!
 あの時最初から疑っていれば……一隻でも良いから護衛をつけておけば!
 こんな……こんな事には……。

『クッ……すまない……守る事が、出来なかった!』

 逃げないのか准尉!!
 最早ここにいても、私達共々砲撃されるだけだというのに!

「もういい!! 良くやったわ! 付き合う必要は無い!!」

 叫んで見るがその声は届くまい……だが、そうしなければいけないと思ったのだ。  
 弱き人々を守ってくれた、勇気ある戦士に……感謝の声を伝えねばと。



『おおっと! 諦めるにはまだ早いぜ!!』

 悲壮な覚悟を決めた私だったが、その決意は明朗な声によって打ち砕かれる事になった。
 巨大な四基のブースターが特徴的な爆撃機が、艦隊と私達の間に割って入ったのだ。
 ……いや違う!
 ブースターと思っていた二基のユニットは脚部となり、機首だと思われたパーツがライフルに……。
 最終的には人型になってしまった……何て複雑な可変機構を持ってるんだ!!
 それだけでは無い!

『おおおりゃああああ!!』
“ゴオッ!!”

 連合艦艇に伸びて行く黒い閃光!
 間違いない、これは重力波砲! しかも額からとは……。

『そんな所に付けてエネルギーバイパスの確保やセンサーへの影響は大丈夫なのかしらねえ』

 全く小泉隊長の言う通り。
 どうやら地球ではエステバリスの他にも多数の挑戦的兵器が存在するらしい。
 先の真紅の牙殲滅戦の際、クリムゾンの衛星軌道攻撃を遥かに上回る戦果を上げたという漆黒の機体も、恐らくそんな化物の一つなのかもしれない。

『だけど現金なものよねぇ。危機が去った途端緊張感が無くなっちゃうんだから、私達ってば』

 重力波砲の直撃を受け一隻が航行不能となり、残った艦が闇雲に弾幕を張り始めた。
 アンダースン准尉ともう一人――あの声は多分タイラント少尉だ――のコンビネーションの前に次々と無力化されていく。

「……ついさっきまで命を賭けて闘ったんですから。私達で勝ち取った勝利を味わうのは、いけないことでは無いと思います」
『私達で勝ち取った勝利……そう言って貰えると嬉しいわね』

 小泉隊長との間にあった妙なわだかまりも、共に危機を乗り越えた事でいつの間にか消えていた。
 だがもっと他に方法はあった筈なのだ……戦いの中でしか、人と人が分かり合えないという訳では無いのだから。

『ん? 通信?』

 受信信号が通信機の向こう側から響き、小泉隊長はそちらの対応に回った。

『……誰かと思えば、あんたかい』
『随分な言い方ですね』

 突然不機嫌になる小泉隊長。
 初めて会った時と全く同じじゃないか……ドナヒューさんの声を聞いた途端、これだ。

『まあ嫌ならば仕方が無いですが、来た以上やる事はやらねばならないのでね』
『あーはいはいやることやってとっとと帰りなさいよもう』

 言葉に微妙な棘があるように感じる……本当何があったこの二人。

『ではそうさせてもらいましょう』

 その次の瞬間、私の横に巨大な虹がかかった。
 何か巨大な物体が緊急浮上し、海水を巻き上げていったのだ。

「髑髏……」

 深緑色の船体の横に、只一つ白くマーキングされたもの……ドクロ。
 それは、見様によっては笑みを浮かべているようにも見えるだろう。 

『ヴァ……ヴァグラント級を持ってくるなんて何考えてるの!! 極秘中の極秘の艦でしょうが!!』
『現状で貴女達を助けるには、こいつぐらいしか動けなくてね』
『……ふん、そんなに自分の部下が大事? 随分とご執心なのね?』
『何を言っている。ウツキはアクア様直属のSSだ。何かあったら俺がアクア様に殺される』

『え?』

 続いて艦首ハッチから飛び出した機体も、深い緑で彩られていた。
 細身のエステバリスとは対照的に、どっしりとした四肢と巨大なブースターが印象的な機体だ。

『この場は俺が抑える。その間に早く帰還しろ』
『……解ったわ。回頭後シドニーに帰港します。ああそうそう、あそこの二機の機動兵器は味方だと思うから撃たないように』     
『知っている。彼らには貴女達の護衛を頼む』

 深緑の機体から何らかのメッセージを受けたのだろう。
 アンダースン准尉とタイラント少尉の機体が、こちらのフェリーに追随して来た。

『……それと最後に一つ。帰ってきたら事態の釈明を願うわ、すっきりしないもの』
『何の釈明ですか……? まあ、昔の事は忘れて語らうのも、たまにはいいかもしれませんがね』

 そう言ってドナヒューさんの機体は艦隊へ突入していき、艦のほうもオートで迎撃を開始した。
 ここまで話を聞いていれば流石の私でも気が付く……そうか、小泉隊長はドナヒューさんと昔……。

『あんたが気にする事じゃないの。私は過去じゃなく未来に生きる女なんだから』

 私の思考を小泉隊長が遮った。
 まあ人には知られたくない過去もあるのだ。そこまで踏み込むには、躊躇いがあるしな。





 ……こうして、城戸や長岡、チサトといった民間人、アンダースン准尉やタイラント少尉の様な気骨のある軍人、そして小泉隊長とドナヒューさんの活躍により、私達は再び豪州の土を踏む事が出来た。
 だが……その帰還は決して喜ばしいものでは無かった。
 フェリーから降りていく避難民に浮かぶ表情は、絶望と……怒り。
 彼らは自分達が連合から見捨てられ、否応が無しに豪州で生きる事を余儀なくされてしまった事を、嫌でも認めなければならなかったのだ。
 その感情をぶつける術は……最早涙を流す事ぐらいしかなかった。

「色々な事を知っていたつもりでしたが……これは……」 
「連合が何もしなかったのは、何も今回が初めてじゃない……火星だって、そうさ」

 アンダースン少尉(豪州での一件後昇進していたらしい)とタイラント少尉は、避難民の誘導作業を終えて自機の前に座り込んでいた。
 TMS……トランスフォーマブル・モビル・システムと呼ばれるこの機体は、連合軍によって生み出された新型らしい。本来は反連合勢力などが起こす有事の際に、最初の一撃を加え無事生還する事を目的としていたが……初フライトが、連合に対する反逆とは何とも皮肉な事だろうか。

「誰も何もしなくても……二人共私達を助けるべく立ち上がってくれた。その事には誰もが感謝しているわ」

 私は慰めの言葉をかけるが、アンダースン少尉の表情は晴れない。

「あの状況では、きっと誰でもああして……」
「じゃああの時のエステ隊は何故ウツキを撃とうとした?」

 な……そこで横槍を入れるか、タイラント少尉?

「……世の中にはああいった他人を見下す奴がいる事は確かなんだ。それがいいとは俺だって思っていない……だが、例え他人がどう動こうと、己の行動を誰かが嘲笑おうと……それでも這い上がり事を成そうとする。それが人間のプライドってもんだ」
「タイラント少尉……」
「俺達は、それに従って動いただけだ。気に病む必要など無いさ」

 迷いが無い、と言うより悟り切った瞳をしているな……タイラント少尉。
 同じ様な事がかつてあったのだろうか……数世紀前の独立運動の後も、この地球で……。

「そーそ、結局は我が道を行くしかないのよ、生きるってのは」

 いつの間にかTMSの足元まで、長岡らが近付いて来ていた。

「長岡……」
「志保でいいわよ、ウツキ……あんたの見事な活躍ぶり、ばっちりカメラに収めさせてもらったわ」
「え?」
「フェリーの数箇所にビデオカメラをセットしてたのよ。お陰でさっきの戦闘は全て記録に収められているわ」

 あの忙しい時に良くそんな事を……記者とは矢張り、只者では無い存在だな。
 機転も利き、勇気もあり、おまけに武術の達人と来た。
 木連にもこう言う人間が欲しい所だ……。

「でもね、こいつを公表する機会が無いのよ。例え外部の報道機関に持ち込めたとしても、間違いなく闇に葬られてしまう……報道の自由なんて、戦争中は信用ならないわ」
「ウチの新聞社はローカルだけど……幾ら何でも連合に楯突く勇気は無いでしょうね、うちの編集長」

 そんな彼らでも矢張り“権力”には弱いか……。
 クッ、彼らの様な“正しき意思”を否定するような政府に、私達は何も出来ないのか?!


「……はい……はい……じゃあ……えっ、絶対やれ? 無茶っすよそれ!」
「そんで真司は何やってんの? さっきから」

 チサトの言及に答えるより先に、城戸は私に再び携帯電話を差し出した。

「えーと、編集長から天道さんにお願いがあるんですけど……聞くだけでも、聞いてくれません?」
「?」

 不審に思いつつも、私は城戸から電話を変わった。

「はい」
『お、無事だったか〜良かった良かった。まさかあそこで一般未公開の“プルトニウス”が駆けつけるとは思っても見なかったぜ。まさに大逆転だったな……あ、俺大久保ってんだよろしく』
「……!!」

 おい……あの場にいなかった大久保編集長が、何故そんな事を知っている!!

『あぁさっきな、真司の奴に端末で画像データをこっちに転送してもらったんだよ。んで、大体の事情は解った……しかしアンタも随分無茶するな……』

 ああ成る程それで……。

「それはどうも……で、頼みとは一体なんです?」
『おう。あんた達真実を世間に伝える覚悟はあるか?』

 いきなりの言葉に私は目を丸くしてしまった。

『いや、ウチのOREジャーナルってのはWeb配信型の報道社なんだよ。だから大手みたいに制約とかは、殆ど無い。今回は事が事だからな……なるべく多くの人に真実を伝えたいと思ってる。そこでだ、例の画像をウイルスを使って不特定多数の人間に送りつける。後、国内の幾つかの野外スクリーンもハッキングしてやろうかと考えてるんだが、どうだ?』
「どうだって、そんな事無理に……!」
『ウチの島田ならできるんだって。それにな……真司がそっちに残ってるって事は近い内にバレる。そうなりゃ関係者の俺達はマークされて、その内仕事もできなくなっちまう。そうなる前に、何とかしたいんだよ俺は』
「そんな捨て身同然の事をしなくても、いつかは……!」

『今じゃないと駄目なんだよ!! 情報ってのはな、速さが命だ! 真実をいち早く伝える事で、人の何かを変える事だって出来る筈なんだ! 報道はやりようによっては政権の命を絶つ事だって、戦争を終わらせる事もできる! そしてこの画像は、それだけのインパクトがあるんだよ! つーかな……何より俺の部下を、報道に命賭けてる人間を蔑ろにした事を許しちゃおけん!』

 真実を知る事が、必ずしも幸せであるとは……私は思っていない。
 現に私も、火星の惨劇を知った事で重い十字架を背負う事になった。
 知らなければ今ほどの覚悟も責任も負う事無く、木連の一兵士としてひたすら戦っていただろう。
 ……だが、知ることによって私は変わる事が出来た。多くの命を救う事も出来た。
 しかしそれは、私が戦士であるからこそ耐えられたのだろう。他の人間が、同じ様に強いと言う訳ではない。

「私は構わないと思います」

 その声に振り向いた先には、アクアの姿があった。

「無知は罪、とか言うじゃない。何も知らず、何も知らされずに殺し合いをするのは、お互いにとって決して良い事では無いわ。多少傷つく事、迷う事を覚悟しないと……前には進めません」
「それで……いいのね。今ならまだ間に合うわよ」

 OREジャーナルの提案を実行に移せば、もう後戻りはできないだろう。
 かつて連合は無抵抗だった我々の祖先に、核ミサイルを叩き込む様な事だってやってのけているのだ……豪州もいかなる災厄に見舞われるか解ったものではない。

「私達は確かにここにいる。木星には人がいる……その事を多くの人に知ってもらわない限り、この戦いは終わらないもの」


 半ば脅しが入った私の問いにも、アクアは毅然とした表情で答えた。
 



 こうして私は、大久保編集長のゲリラ報道にゴーサインを出した。
 勿論、舞歌様に作戦実行の是非を問いはしたが……“OK”の一言しか言ってもらえなかった。
 その時の舞歌様は心此処にあらずと言うか落ち着きが無いと言うか……何か重大な問題を抱えているかのようだった。
 しかし余計な詮索はできない。
 あの人は責任の分散と言うのを一番嫌う。出来る事ならば全て自分で片付けてしまうのだ。
 だが出来ない事は躊躇いなく人を使う。私が必要な時は遠慮無く呼ぶだろう……あの人は。

『おっし、解った。直にでも始めるぜ……少々時間が有ったんで適当に編集してみたんだ。さてどう映るかな……?』

 悪戯めいた大久保編集長の声が携帯から聞こえてくる。
 アリススプリングの通信システムを使えばより鮮明な声が聞こえると言うのに……と思ったが向こうは回線の負担を少しでも軽くしたいらしい。
 浅はかな考えだったと少々反省した。

『どんなに真実を覆い隠そうとしてもな……それを見付け出して世の中に晒すのが俺らの役目なんだよ! それ放送開始ぃ!』

 ネットワークシステムはクリムゾンのものも使用されている為、こちらでもその画像を見る事が出来た。
 クリムゾングループは複数の通信衛星を保持しているが、アクア派とシャロン派に分裂した今現在でも明確な所有は決まっていない。
 お互いに一基でも破壊されればそれなりの損害を受けてしまう為、互いに通信衛星に関しては不可侵を貫いているのだ。 
 これのお陰で、クリムゾンの影響が強い地域では、より鮮明な画像が確実に送られている事だろう。
 砂塵にまみれて行く戦艦の残骸……戦闘によって破壊された街……だがその中では生活を続ける多くの人々が。
 市場に響く笑い声、木連の兵士と共にレンガを積み上げていく青年達、ゲキガンガーの紙芝居を求め笑顔で駆け寄る子供達……。
 マジンが大地を耕し、バッタが物資を背負って右往左往している姿も。
 そこに映る人々の顔には絶望など無い。あるのは未来への期待と挑戦に満ちた眼差しだけ。
 そんな彼らに迫る連合艦隊。民間の船を沈めるべく飛び回るエステバリス。
 その暴挙を止めるべく、ヴァグラント級が浮上しドナヒューさんが乗ったあの機体、“デススカル”が飛翔したところで、画像は終わった。
 ……良く繋ぎ合わせている。
 一件意味が無さそうな街中の風景も、合成や事前撮影では不可能な場面を多数映している。
 その他にも信憑性を高める工夫が成されており、正直どう反響が起こるか予想も付かない出来であった。

「ちょっと貸してウツキ……やるじゃない大久保君」

 そう言って志保が私から電話を受け取った。
 会話はこちらでも聞けるようにしているから問題は無い。

『お、その声は志保っちだな? 暫く見ないうちに色っぽくなって』
「声だけで判断する普通?……アンタは学生時代から無茶が多いけど今回は極め付けね」
『お前が変わりすぎなんだよ。ゴシップ好きのデマ流しが、今や世界に名立たるジャーナリスト様だぜ?』
「たまたま拾ったネタが大当たりだっただけ。独立した会社持ってるアンタも相当なもんでしょうが」 

 大久保編集長と志保は面識があるのか……。
 道理で無茶加減やノリが似ていると思った。

『はっはっは。まあな……でも暫くは休業だなこりゃ』
「まあ今回の一件で戦争関係の情報はかなり統制されるわね……けど他にもネタがあるでしょう?」 
『いや実はさ……』

 その時であった。
 電話の向こう側からきな臭い音が響いてきたのは。
 車のブレーキ音が鳴り響き、すかさず金属音が複数鳴り響いてきたのだ。

『連合の諜報部にバレちまった。まあ全部流し切った今となっては遅すぎなんだがよ……』

「大久保君!!」

『悪いけど真司の面倒頼むわ……バカだけどいける奴だから、んじゃな』

 プツッと嫌な音を立てて、それっきり大久保編集長の声は聞こえなくなった……。

「……! 日本に派遣したSSはどうなったの?!」

 こんな事もあろうかと、私達は日本に潜伏していた情報員に彼らの身柄確保を命じていた筈だ!!
 そいつらは一体何をしていた!!

「アイツの事だ……他の社員の脱出を優先させる為に、自らオトリになったのよきっと……どっちがバカよ、本当に……」

 な、成る程……それでか。
 上に立つ者は威張るだけではなく、いざという時は危険を顧みず部下を守る。
 木連でもこれを実践できる者は実はそれほど多くは無い。
 流石聖典のモデルとなった国だ……気骨のある男だった。

「……こういう仕事についてる以上、何時でも覚悟は出来ていたわ。真実を伝えるという覚悟をね」

 翳った表情を振り払い、志保は通信室から出て行った。
 その手にはレコーダーとカメラ……彼女は尚も戦おうと言うのだ。
 偽に満ちた世界に、真実と言う光を照らす為に……。


 

 

 

管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

今回はジャーナリストの戦いでしたねぇ

お上による情報規制と、報道側の衝突。

その結果として、大久保さんは捕まってしまいましたが。

さて、この映像が次にどんな効果を及ぼすでしょうか?