Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜

●ACT6〔新たなる壁〕

超新星編「来訪する者、される者」

「マジですかそれは?」

 緊急ボソン通信を送ってきた南雲君に、思わず私は聞き返していました。
 負傷中のイツキを休ませ、草壁中将閣下以外無駄に興奮した上層部の老人の賛辞を聞いて、ようやく一段落といった所でこれです。

『も、申し訳ありません……こちらの情報網に掛かる前に、行動を起こしたようで……』

 南雲君が率いる軍警察の能力をもってしても、あの男の悪巧みを防ぐ事ができなかったとは。
 腕を上げましたね、山崎。

「それによって被った被害が……これですか」
『!!』

 流石の南雲君も、私が送った映像には言葉を失ったようです。
 月から脱出を試みたであろう連合艦隊が、一隻残らずスペースデブリと化しているその光景に。
 連合軍所属の艦艇のみならず、民間の船舶も何隻か犠牲になっているようです。
 ……情報が錯綜しているので真偽の程は不明ですが、この戦闘において明日香インダストリーのヤハタ総帥が死亡したとも伝えられています。
 たった一匹の野獣を野に放っただけでこの惨状……これでは、いつこちらにその牙が向けられても不思議ではありません。
 保護者であるあの人は少々回りくどい方法で止めようとしていますが、それまで待つ訳にもいきません。
 矢張りここは動くしか無いでしょう……。

「……まあ、起こった事は仕方がありません。それよりも先に片付けないといけない事があります」
『と、言いますと?』  
「……火星の衛星フォボスにおいて、極めて珍しい鉱脈が発見された“みたい”です。そこで豪州攻略作戦責任者として、山崎ヨシオ博士に地質調査を依頼したいのです。そのサンプルデータを豪州に送る事で大きな成果が得られる“かもしれない”ので、早急に彼を呼んできてくれませんか?」
『……解りました、私の部下らに命じ、責任を持って“丁重に”お迎えに上がりましょう』

 本当は無いんですけどねそんなもの。
 島流しの口実ですよ、口実。
 アレには少し黙ってもらわないと、こちらの都合がつきませんからね……。

『……さてそれは置いといて。博士、作戦成功おめでとうございます』
「どうも、南雲君。ですがこの勝利は貴方達四方天や前線の兵士達の奮闘のお陰。後ろでふんぞり返っていただけの私は何の役にも立っていませんよ」
『いえそんな! 博士がその身を省みず月艦隊を撃破した事で、今回の勝敗は決した様な物で……』

「何の話でしょうか?」

 とぼける私にポカンとなる南雲君でしたが、直に私の真意に気付いたようで。

『……そう言う事でしたか』
「そう、私は“何もしていない”んですよ、“何も”ね」

 通信が終わった際の私の顔を見れば、誰もが“悪人ツラ”だと言うでしょうねぇ。
 もしくは“お主も悪よの”って感じでしょうか。


 今私を悩ませている野獣、と言いましたが……何も狂暴なだけではないのです。
 北辰の様に義の為に血を流すのではなく、只己の渇望を満たす為に殺戮を繰り返すならば、とっくの昔に始末しています。
 ですがそうじゃない。
 彼には他に何も無いのです。
 人を殺すしか……何かを壊すしか己の存在を誇示できない、悲しい破壊神。
 それが真紅の羅刹と恐れられた美しき暗殺者……北斗です。
 舞歌さんを豪州に派遣した以上、今の状況で抑えが利くのは保護者であり父親の……北辰。
 ですが、今度あの二人がぶつかれば刺し違いになってしまうでしょう。 
 北斗君の技量は最早北辰を追い越していますが、北辰には心刀がある。
 あの人に“正々堂々”などという言葉は無いですからね。“問答無用”“完全燃焼”がどちらかと言えば似合う。
 全力で戦う必要があるならば、相手が素手でも躊躇い無く抜くでしょうから。
 ここは、私が片をつけるしかありません。
 北辰は外道とは言え、木連の為に修羅の道を歩む男。無碍にはできません。
 そして北斗君も今はあのザマですが、その溢れんばかりの行動力は、きっと次の時代を作っていく力となります。
 前途ある若者をこんな所で散らす訳にはいきません。

「……そろそろお開きにしませんか? 北斗君」

 ブラックサレナ相手に大暴れを続ける北斗君に、私は呼びかけました。
 彼が乗るダリアは、私が関わっていない数少ない機動兵器。
 地球側から奪取したブラックサレナのデータと、月から盗み出した小型相転移エンジンを組み合わせて誕生した、木連版ブラックサレナとも言えます。
 ……まあ今のブラックサレナもダリアも、“原型機”とは最早似ても似つかない様になってますがね。

『……貴様、いつぞや牢を覗いていた男か』

 おやおや覚えていたとは。
 初めて会ったときはまだ幽閉されてましたが、その状況でも常に気配を読んでいたに違いない。

「私は今回の豪州攻略作戦の指揮を任されている科学者……超新星です。北斗君、君の機体は度重なる無理な稼動により限界が近付いています。このままでは危険なので即刻後退を開始して下さい」
『今良い所だ。邪魔をするな……それにこいつは、俺の機体だ。戦士のやることに口を出すな』

「……君がパイロットである事は解っています。優秀なファイターである事も認めましょう。しかし君は、私が科学者であるという事実を認識していますか? ダリアが君の物であるとあくまで言い張るのならば……よろしい。ダリアの整備補給一切、今後君一人でやって下さい。私はもう知りません」

『何……整備補給は貴様らの仕事だろ?!』

「そう、整備補給は我々の仕事。君の今の仕事がパイロットであるように……君が命を賭けて戦っているように、後方の我々も命がけです。知ってます? 士官の死亡率は前線より後方の方が高いと言う事を。しかもこちらには自身を守る武器が殆ど無い。君の様に華麗に逃げ回る事だって出来ない。そして後方とはいえ最前線とまではいかずとも戦場のど真ん中なのです。相手に効率的に打撃を与える為に、両軍共に後方部隊の襲撃に熱心ですからね……戦争は、前線だろうが後方だろうが危険な事には変わりは無いのです」

 パイロット特有の思い上がりを指弾してみましたが、彼がそう思うのも無理は無い。
 今まで彼はずっと、己の身一つで戦い続けてきましたからね……肉体の延長ともいえる機動兵器の扱いが解らなくて当然。
 ですが何時までもそれじゃ困ります。解らないならとっとと降りてもらわないと。

『……俺に恐れる事無く意見するとはな。親父に似て不遜な奴だ』
「私が怖いのは饅頭とイツキの雷ぐらいなもので」
『饅頭と雷? 変わった弱点だな……まあいい。そこまで言うならば帰ってやる』

 冗談が通じませんでしたが、私の言葉は通じたようです。
 機動兵器が肉体の延長と言う事は、機動兵器を労わったり限界を見極める事が大事になりますから。
 限界を超過して稼動させたりすると悲惨ですからね……幾ら生身で強かろうが外の真空はそれに遥かに勝る。
 “生身である限り”これは避けられない事なのです。
 お……ナデシコ側も慌てて後退を始めてますね。
 一戦覚悟してましたがやけにあっさり……って、あ。

「……タチアナ、何故無人艦隊のリンクをそのままに? しかも周囲の他艦隊まで集結してるじゃ無いですか!」

 石蒜の周囲には月に展開している快速反応艦隊の約3分の1が集結していたのです。
 うかつじゃ済まないですよこれは!

『真紅の羅刹が抵抗した場合、この程度の戦力は最低でも必要かと考えまして』
「……DFSがある以上、的にしかなりませんよ」
『バーストモード終了後のダリアでは、快速反応艦隊及び本艦のフィールドを一撃で貫く攻撃手段はありません。的ではなく壁にはなります。最悪、オート制御で“本体”を起動させ、ダリアを捕獲する算段を立ててました』

 うーん、北斗君の実力を高く買っているのか、それとも私を信用していないのか……。

『両方です。貴方はつまらないミスが多いですから』

 ぐは……容赦無いですね、タチアナ。




「改めて始めまして。私が超新星……君は暫くこの石蒜を拠点としてもらいます」
「石蒜……彼岸花か。俺には御誂え向きだな」

 帰還してきた北斗君を出迎えに……とは言いますけど、イツキが寝込んでいるので私一人だけ。
 ちょっと面食らった顔してましたね北斗君。まあ、このクラスの船を動かすには常識的に考えても三桁の人数はいるでしょうから。

「しかし君が戦場に立つ日が来るとは」
「信じられないか?まあ、俺自身人生に嫌気が差していたからな……人を殺す事しか知らない俺に、手応えの無い敵。つまらない毎日だったからな」
「舞歌さんが聞いたら泣いちゃいますよ。それに君にはもう一人……」

“ドゴッ!!”

 ……またしても戦艦の装甲を、しかも一際頑丈な格納庫の内壁に穴を空けるとは。

「アイツは俺とは関係無い」
「そうですか……ま、いいでしょう今は。所で君は、何故このタイミングで地球に?」
「何を今更?知ってるだろ、テンカワ=アキト……『漆黒の戦神』を」

 ここにも漆黒の戦神に魅せられた人間が一人……か。
 その求心力、もっと他に生かせないのか奴は?

「親父から奴の映像を見せられた時、初めて心の底から戦いたいと思ったぜ。だから親父の話に乗って、こんな所まで来たんだ」
「話?」
「この戦争でテンカワ=アキトを倒せば……あの親父が俺の前で自害するらしい」
「ほう!」

 北辰がこの様な下手な嘘をつくとは考え難い。
 つまりは本心から、テンカワ=アキトを倒したいと言う事でしょうね……。
 しかし北斗君は知りません。
 北辰も、条件さえ揃えばテンカワ=アキトを翻弄出来る事を。
 先に倒されちゃったら、どうするんでしょうね?

「ははははは!! 本当に笑えるよな!!自分の命と引き換えにしてまで、あの草壁とやらに仕えてやがる!!俺の事なんて、道具位にしか見てなかったくせによ!!」

「……では君はテンカワ=アキトを」
「殺す。何があっても殺してみせる。親父を俺の手で殺すのは簡単だ……だが、それでは面白くない。あいつ自身の手で、自分の人生に幕を降ろさせる」
「北辰も狙ってるんですよ? 先を越されないようにしないと」
「……ああ、そうだな。俺の今の関心は、テンカワ=アキトを倒す事だけだ。奇しくも俺と同じ技に辿り付き、俺と同じ境地に立つ男……お互いに、どちらが強いのか知りたいはずだ」

 今の彼には生きる活力がみなぎってますねぇ。
 見ているこちらも自然と意気が上がって来るようです。

「奴を殺す事で、君の生きる意味が見つかるならば……大いに結構。存分に命を狙って下さいな」
「フッ……ッハッハハハハ!! それが科学者の言う事か?!」
「私も奴を殺したい程憎んでいるのですが……今は自分で手を下す手段が無いんですよ。その代わりと言っては何ですが、私も微力ながら君の手伝いをさせて頂きましょう。ダリアについては私が完璧な状態に戻します。君はゆっくり休んで、英気を養ってください」
「ああ、そうさせてもらうさ」 

「……そう、今はね」

 上機嫌で居住ブロックへと向かう北斗君には、今の呟きは聞こえなかったでしょう。 
 それにね……憎んでるのは確かですが私は奴を殺したくはありません。
 死すら生ぬるい“罰”を与えてやりたいので。 

“コツ、コツ、コツ……”

「超博士……あの方が?」
「そう、舞歌さんが小さい頃から見守ってきた子……子は親を選べないと言いますが、彼は本当哀れですよねえ」
「……それを煽る様な真似を何故?!」
「では各務さん。北斗君に“人殺しはいけない事だからやめなさい”とでも言うのですか?」
「それは……」

「今の彼を静める為にも、そして今後表の社会へと旅立つ為にも、この戦乱を乗り越えないといけないのです。テンカワ=アキトなどその障害の一つに過ぎない。舞歌さんは北斗君に心を痛め、テンカワ=アキトに期待している様ですが……甘いです。私はね、例え北斗君がテンカワ=アキト他大勢を殺したとしても……無事に帰ってくればそれでいいと考えていますから。彼の為にも、木連の為にも」
「……!!」

 流石に自分の上司を面と向かって批判されれば立腹もするでしょう。
 しかしこれが私の本心……舞歌さんは今の木連には余りにそぐわない人物なのです。
 ……彼女の真の活躍の場は“戦後”にこそ訪れる。
 それまでは、彼女を死なせる訳にはいきません。 

「さて……各務さん、貴方達『優華』部隊に快速反応艦隊司令官として命じます」
「……はっ!」

 返事が遅い。
 まあ、私の事は恨んでもいいのでちゃんと仕事はしてもらいたいですね……。

「北斗君の部下となって、ナデシコ機動部隊の動きを封じてもらいます。彼がテンカワ=アキトとの戦いだけに集中出来るようにするのです」
「……何故、敵のパイロットを守る様な事を?」

「あんまり戦力バランスを崩すと漆黒の戦神が如何なる行動に出るか解ったもんじゃありませんからね。奴なら核だって持ち出しそうな勢いですし」

 それに……“彼”とぶつかってしまうと勝負がどうなるかは全くの未知数です。
 身体能力だけなら北斗君を凌駕し、苦戦しつつも北辰とのタイマン勝負を三度も勝ち残り、漆黒の戦神に強烈な一撃をお見舞いする事ができた“彼”と。

「御命令、確かに承りました」
「でもその前に……貴女達が本当に実戦に耐えうるかテストさせて頂きます。タチアナ、判定はお願いしますよ」
 



 優華部隊……それは、優人部隊総司令官東舞歌直属の精鋭部隊。
 各分野のエキスパートである7人の乙女で構成され、その実力は優人部隊をも凌駕すると謳われていました。
 確かに彼女達は標準以上の実力を持ち、己の力を最大限引き出す方法もわきまえている。
 しかし……。

『戦闘終了。結果、完全敗北。神皇全機撃破まで二分一秒、その五分後ダリア撃墜。ナデシコ側の損害は以下の通り。ナデシコ轟沈、エステバリス三機中破、新型機二機行動不能、アルストロメリア撃墜、ブラックサレナ小破、以上』

「……期待していただけに残念です」

 彼女らが持ち込んできた機体、神皇シリーズのコクピットをシミュレーター代わりとし、最新のデータに基づいたナデシコとの仮想戦をやらせてみたのですが……結果は散々たるものですね。
 木連全体からみれば動きは決して悪くは無い。いやむしろ素晴らしいものです。 
 彼女達に勝る技量を持つ者は、最早三羽烏ぐらいしかいないでしょう……勿論、北斗君や北辰といった規格外を除いてですが。
 ですが……一度の実戦は百の訓練に勝ると言う様に、木連は対機動兵器戦において明らかに劣勢に立たされています。
 何かと言えばゲキガンガーを模倣したがり、ミサイルが残っているのに腕を飛ばしたり、態々大きな隙を見せてまで重力波砲を撃つ事に拘ったりする傾向にありますから……。
 しかし彼女らはそんな事はしない。
 あくまで冷静に、確実な攻撃を心掛けている、いいですねぇ。
 ですがそんなもの、地球では出来て当たり前です。ナデシコの機動部隊は更に“個性”を生かす事に成功しているのですから。

「これが……私達の敵なのか?!」
「はいそうです。怖いですか? まあ実戦では十中八九戦死してたでしょうからね……」

 七人の中では最も戦闘意欲が高そうだった御剣さんも、完全に戦意を失ってしまいましたね。
 それだけならまだマシです。このままでは命さえ失いかねません。

「私達が作り上げた神皇の性能を、100%引き出した筈なのに……」
「100? 相手はそれ以上を行ってるんです。限界を超える事を恐れていては、あの破天荒なナデシコを止める事など夢のまた夢です」

 空さんは全員の中で最も神皇の扱いは上手かったんですが……機体を下手に知っているだけに無茶をしようとしない。
 その為に動きが平坦になってしまう……。

「こ、攻撃が当たらないよ……」
「私らの動き、完全に見切られてるか?」
「現実には彼らは倍のスピードで……いやむしろ先読みして攻めて来ますよ?」

 百さんも神楽さんも格闘戦をメインとし、戦闘機動は非常にきびきびしている。
 ところが、その動きはナデシコ機動部隊と比べてしまうと見劣りしてしまう。
 慣熟度が違うんでしょうね……地球側はバッタの様な高速で飛来する目標を一度に大多数を相手にする事が常でしたから。
 しかも訓練と違い、戦場のバッタはコクピットの生体反応を消し去ろうと襲い掛かるのですから……嫌でも腕は上がります。

「私の戦術論は……間違っているのでしょうか?」
「仕掛けた作戦をことごとく無効化されるなんて、思っても見ませんでした……」
「相手は地球で最も多くの無人兵器と戦っているナデシコですよ? 既存の戦術戦略で対処していてはとても間に合いませんって」

 各務さんも天津さんも、臨機応変に戦術を変えていたのですが……どうも教本通りと言った印象が。
 舞歌さんに比べると奇抜さが足りないんですよ……故に、即座に見切られてしまう。
 彼らと対等に戦うには、その場のひらめきにも頼るしかありません。
 流動的に、かつ有機的に連動しているナデシコ機動部隊を相手にするのは、こちらもそれに合わせないと……。
 連携はできています。ですが全体的な統制がまだ未熟……実戦で培えればいいのですがそんな時間はもう無いのです。

「無理なら無理と言ってくださいな? 神皇にはAIを搭載して無人機として運用する事も検討しますから」

 これならば神皇は機体スペックをフルに活用し、常人の限界を超えた機動力を得る事が出来るので、ダリアを追い越す事すらできます。
 しかしその反面汎用性や臨機対応能力などが全て失われてしまいます。つまり北斗君の援護は無理。
 何より彼女らの存在意義が、無くなっちゃいます。

「嫌……」

 真っ先に拒否を表明したのは、紫苑さんでした。
 他の皆は本気で悩んでると言うのに……即決ですか。

「このままじゃ、北ちゃんがナデシコに殺される……! そんなの絶対嫌!!」

「うむ、良い感じ方ですね」

 彼女は気付いたのでしょうかね? このテストプログラム……多く見積もってもデータの八割程度の実力しかない事に。
 完全なデータならばもっと酷い結果が出ていたでしょうし、現実では更にナデシコ機動部隊は手強くなるでしょう。  

「ジャンパー処理や身体スペックで地球人を上回っていても、経験の差は歴然。熱血と科学の力でも、こればっかりはどうにもなりません。必要なのはそうですね……努力・友情・そして勝利。弛まぬ鍛錬を怠らずに己を磨き、共に戦う仲間との絆を深め、勝利し生還する事によって次への自信を手に入れる事……貴女達に、その気はありますか?」

「……あります! もう一度、私達にチャンスを!!」

 悩んだ末、各務さんは決心したようですね。
 彼女に続く様に他の皆さんも頷いています。

「……ダリアの改装作業が終了するまでの僅かな期間ですが、それまでタチアナに必要なカリキュラムを提供させましょう。私としては、頑張ってくれとしか言えませんがね」
「ありがとうございます!」

 舞歌さんが手元に置いておくだけあって、中々有望な人達です。
 同じ人間である以上、可能性は幾らでもあるのですから……。

「……ところで零夜。北斗様は?」

「あ!! ま、まだ迷ってるんじゃ……この船広いのに、どーしよー!!」

「ああ、それについては大丈夫。この船あちこちにガイドがありますし……何でしたら私が捜しに行きましょう。あ、貴女達はやるべき事に専念してもらって構いません。適当な所で休むのも忘れないように」

 では私は北斗君を何とかするとしますか。
 教えたい事も、ありますからね……。


「……で、ではまずは地図の使い方から教えましょうか」

 甘かった。
 六人衆か誰かに道案内を頼まないと、仕事の後に帰れないと言う話、本当だったんですね……。
 居住区とは反対方向の封印ブロック。そこに位置するセントラルパークに辿り着いているとは……筋金入りですね。

「ん? ここじゃ無かったのか? 少し気に入っていたのだが」

 いや今でこそ適温に保たれ、心地よい湿度も維持できてますが……ほんの数時間前まで生命維持装置は停止してたんですよ?!
 閉まっている隔壁をも拳でこじ開けて進むのだからたまったものではない。
 北斗君の余りの行動半径の広さに戦慄し、万が一に備え大急ぎで全機能復旧させたのが功を制しましたね……
 これで、本当に機動兵器のパイロットが勤まるのだろうか……。

「それで何か用か。無いならこの場で俺は寝る」
「いや……その……用があるからこそ、全力疾走してた訳で……」
「はっきりしないな。言いたい事はさっさと……!」

“ブゥン”

 ……北斗君の対応は早かったですね。
 華麗に地を蹴って距離を稼ぐと、芝の水分に靴を濡らしつつ大地を踏みしめていました。

「何をするお前……!」 
「君に心刀の扱い方を伝授しようかと思いまして」

 太陽の如き色と熱を持つ心刀を、私は手首だけで左右に振ります。

「心刀は既存の刀剣類とは全く異なる代物です。己の精神力を依代とした言わば心そのもの。心が落ち着いていれば自ずと鋭利な刃となり、心が躍り高ぶっているならば野暮ったく力強い切れ味を、持つものに与えるでしょう」

 北斗君の視線が心刀に注がれているのを、私は感じました。
 人は誰しも、強い力に憧れるものなのです……使えるかどうかは別として。

「君は確かに北辰を越えた。だが心刀が使えない……素質はちゃんと備えているのです。それは私が保証します。ですが君は、その複雑な心理が災いして……」
「皆まで言うな!!」

「待ちなさい!」

 背を向けようとする北斗君を、私はそのまま行かせませんでした。 

「君はいつまで“彼女”の責めるつもりですか? 自分の都合が付かない事は、みんな“彼女”のせいにしてはいませんか? 今更認めてやれとは私も良く言いません。ですが……不当に罪を擦り付ける事だけは止した方がいいですよ? さっきも、私がその気になれば首を掻っ切る事が出来たのです。それは“彼女”でなく……君のミスです」
「っ……」

 とは言っても、殺気を消して無心のまま近付くなど……“彼女”ぐらいしかできませんからね。
 対応できなくてもしょうがない。人が一番理解し難いのは、他人以上に“自分自身”なのですから。

「時には己の非を認める勇気も必要なのですよ、北斗君……強くなるには、まず己という存在を認めなければなりません。良い所も、悪い所も」

 私は北斗君に一本の小刀を投げ渡しました。
 只の小刀ではありません。北辰六人衆が通常任務でも使う、高出力粒子短刀……通常の粒子兵器よりも若干出力が高く、かといって心刀には遠く及ばないと言う代物。これでもドア一枚程度は裂く事が可能です。

「まずは始めの第一歩です。心を落ち着かせて刃を念じて見なさい……一度それができれば後は慣れあるのみ」
「……親父は俺にこいつの使い方を教えなかった」
「そりゃあ……粒子兵器が大成されたのはこの数年の間ですからね。彼とて師事出来るほど慣れてはいないのですよ」
「ならばお前がやっても同じだろう」
「こいつを作り上げたのは私ですから」
「ほう……そうだったのか。道理で」

 こちらを試す気だったのか、明らかな殺意をぶつけてくる北斗君。
 それに私が動じないのを見ると、フンと笑って意識を集中し始めました。
 感情がストレート過ぎますから、彼。何を考えているのか非常に解りやすい。さっきだって殆どからかい半分でしたし……半分は本気だったのでしょうが。
 それよりも私は、連日行われた四方天の皆さんと中将閣下との会議の方が緊張しましたねぇ。
 彼らはそう簡単には己の本心を明かしませんから。歳喰ってるだけ……舞歌さん以外、ね……に経験が豊富、嘘の付き方も見抜き方も心得ているので。

“ビュン”

「!」
「お、抜けた」

 矢張り素質はあった様ですね。
 ほんの蝋燭の光程度の長さしかありませんが、確かに心刀が発現していました。
 これでも鉄板程度は引き裂けます。

「……後で寝袋を持ってきてくれ。ここで篭る」
「解りました。紫苑さんに頼んでおきましょう……私はちょっと出かけるのでよろしく」

 余り表には出ませんが、嬉しそうな顔をしてますね……。
 一歩父親に近付いた事がそれほどまでに嬉しいのでしょう。
 何、それも今のうちだけ。父親という目標は直に追い越してしまうでしょう。
 これから先幾らでも、越えるべきものは現われるでしょうし……。
 


 人生には幾度と無く障害が立ち塞がる。
 それを全て越える事が出来れば素晴らしい事ですが、誰もが万全の状態で、実力が伴った時期にぶつかるとは限らない。
 時には試練の前に、手痛い挫折を強いられる事だってあるでしょう。
 絶望と無念にかられることだって考えられます。ですが、それすらも長い長い一生においては大事な糧となります。
 負け方を知っていれば勝つ方法を導けるだけでなく、二度と同じ過ちを繰り返さない事で強くなる事だって。
 それが出来ぬ者は……。

“ブゥン”

「来ましたか」

 秩父山中浅間神社。
 人の気も一切無く、酷寒により凍りついた空気と降り積もった雪のみが私を取り巻いています。
 その均衡を破ったのは、真っ赤な人型……北辰が駆る夜天光です。

「頼みの品はこれか」

 コクピットハッチが開け放たれ、北辰からアタッシュケースを一つ投げ渡されます。
 それをしっかりとキャッチすると、すぐさま中身の確認を行います。
 これが時代劇ならば山吹色の菓子や外来品の武器が入っているのでしょうが、生憎入っているのは只の紙。
 ですがこれは、今現在繁栄を享受している多くの愚者を破滅させるに十分なものなのです。

「確認の為最低限目を通させてもらったが……呆れて物が言えんわ」
「ここには戦争の真実がギッシリ詰っているのです。これを読み解けば地球への殺意が沸いてくることうけあいですよ」

 私が北辰に確保を依頼したのは、百年前の月独立運動に関わる連合側の対応、及び火星への核使用に関する命令書。
 教科書からは完全に省かれた、もう一つの歴史。
 歴史を築く権利を得たものにとって、必要ではない“真実”です。

「これをどうする。 草壁に渡すか?」
「戦争を進めていくのは何も武器と人だけではありません。情報もまた重要な手段です」 
「……読めたぞ。百年前と全く同じ事を、地球に対し行うつもりだな?」
「混乱は当時の比では無いでしょうがね……その為に、豪州を足場とする必要があったのです」

 確かに豪州は地理的条件やクリムゾンの本拠地という特殊性を見込んで攻略目標に設定しましたが、一番の目的は我々木連の存在を全世界に知らしめる事。
 我々が機械の侵略者等ではなく、血肉を持った人間である事を知れば、多くの人が動揺するでしょう。
 そしてその際、こちらの正義を示す為に必要な手段としてこの資料が必要だった……。
 確かに表舞台から抹消された記憶であり、データベースにも登録されていない。
 ですが、一度書類に書き起こされた物は簡単には処分できないもので、極秘裏に地下に保管されていた物を奪取したという訳です。

「これをより有効に活用させる為に、ある人物を“ヒーロー”に仕立て上げます。貴方はその人物が行動する際に障害となる存在を、片っ端から排除してもらいたい」

 こちらでも確認を終え、アタッシュケースを閉じます。

「ほお。主にしては穏やかではない方法だな……して、その人物とは如何なる輩だ?」
「正義の味方ではありませんね。かといって完全な悪党でもありません」

 と、簡単な性格を述べてからその人物の詳細な情報を伝えます。

「……ふむ、まあ妥当だな。己を“正義”と称する様な奴ならばどうしてくれようかと思ったぞ」
「“正義”を自分から語る事ほど、虚しい事はありませんから」
「全くだ……所で超よ」
「はい?」
「何だそれは」

 アタッシュケースに加え、更に四つ五つの紙袋を持とうとする私に北辰が突っ込んできました。

「あーこれですか。傷には新鮮な果物が良いとの事なのでちょっと奮発を。おすそわけもしてもらいましたし」

 紙袋には大○などの大手百貨店のマークがでかでかと。

「……我ら工作員が使う跳躍門を使ってまでする事かそれは?」
「機会は有効に活用しないと。本土の青果は高くてねぇ」
「この恐妻家が」

 が、そう言う北辰の目は何処か寂しげです。

「……大事にしてやるのだな。あの娘、終生の伴侶となるぞ」
「北辰……」

「我は己に愚直過ぎたが故に、良心すらもかなぐり捨てさな子を手にかけてしまった……お陰で我が愚息はあの有様よ。矢張り、親がおらねば子も育たぬ……」

 闇に消えようとする北辰を、私は今一度呼び止めました。

「父親という生き物も、親なのですよ?!」

 聞こえていたのでしょうが、聞き入れたかどうかは疑問です。そのまま闇に紛れてしまいました。
 本当、親子揃って頑固です……。



「ただいま戻りました」
『お帰りなさい、博士。優華部隊及び北斗から伝言を預かっています。“出撃する。食事はいりません……それと特訓への協力、ありがとう”だそうです』
「解ってませんね……出撃は、生還するまでが出撃なんですから。月宙域に展開中の全艦艇に支援命令を」
『そう来ると思って既に完了しています……って、あのですね、私は留守番電話じゃ無いんですから。肝心な時ぐらい艦内に居て下さい!』

「あっはっは。すいません……でもこうしていると、本当に家庭に帰ってきた気がしますね」

 懐かしい感覚が私の脳裏を過ぎていく……ああ本当どれぐらい、こんな気持ちを忘れていたのだろうか。

『……!!! すいません! そんなつもりでは……』

「むしろこちらが謝るべきでしょう? 私は貴女から全てを奪ってしまったんですから……全てをね」 
『私は……そんな……そ、そんな事よりも、早くイツキさんに顔を見せてあげてはどうでしょう?! 心配してましたよ?』
「……貴女がそう言うならば」

『わ、私は博士を縛るつもりなんて!!』

 それじゃ私自身を許せません。
 ……かといってイツキにまで面倒を抱えさせる訳にはいきません。
 愛とは、与え貰うもの。彼女から受けた想いは、数倍にして返さないと。

“プシュ”

「超……博士?」
「二人の時は超でも構いませんよ。遅くなりました」

 テンカワ=アキトに負わされた傷はそう深く無かったみたいですね。顔色は悪くない。
 ……だが例え本気で無かったにしても、私の想い人に手を上げたこと、断じて許しませんよ。
 “それ”に関しては敗北という屈辱で払って貰うとして……今はイツキです。

「おみやげを沢山もって来ました。ほら、苺や蜜柑とか」
「わぁ……凄いです。どこからこんな」
「ああこれは彼から貰った奴ですね。食べきれないからと」

 私はイツキの部屋にある大型ディスプレイを起動させ、地球圏の電波を受信し表示しました。

『今回のOREジャーナルの信用毀損及び業務妨害、名誉毀損に証券取引法158条他多数違反の疑惑に対し、何故弁護を名乗り出たのですか?! 一言お願いします!』
『今回のこの騒ぎ……確かにそれが風評だったら罪に問われるだろうね。でもそれが真実だったら?だったらこれは“告発”なんだよ。地球連合政府という巨大な存在に対するね……ま、この北岡秀一にかかれば幾ら相手が強力でも関係無いさ。必ず勝利をもぎ取ってみせるよ』

「……? この人ですか?」
「次の作戦に向けて私が“雇った”んですよ。黒を白に変えるって、この筋じゃ有名な弁護士です」
「はあ……」 

 イツキは自力で蜜柑をつまみながら、釈然としない様子で画面を見守っていました。

『そ、その根拠は一た』   

『臨時ニュースです。たった今、世界各国の報道機関に信じられない情報が送られてきました。これによると、我々地球連合が現在交戦中の“木星蜥蜴”と呼ばれるエイリアンの正体が、百年前の月独立派の生き残りであり、連合政府はこの事実を意図的に隠蔽していた事が判明しました。情報の発信源は豪州他不特定多数に渡り特定は不可能ですが、専門家の話によるとこれらのデータは非常に信頼度が高いとの事で、もしこれが事実だとすれば我々国民に対する重大な背信行為であり……』
「……!!」
「早かったですね意外と」

 豪州のアリススプリングに存在する大規模通信施設を利用し、世界各国の情報機関に例のデータを送る目論見は、見事成功しました。
 あらかじめクリムゾン系列の放送局を幾つか買収し、率先して情報の開示をさせたのが功を制したようです。
 ネタがネタなだけに躊躇いもあったでしょうが、あそこがやるなら自分らだって、と全世界が一斉に報じましたね……。
 OREジャーナルの時と違い、今度は世界が相手ですよ……今度ばかりは隠し切れまい。

「上手く行けば内部崩壊引き起こしてくれるかもしれませんね……まあ実際はそう都合良く行くわけ無いですから、後もう一手……どうしましたイツキ?」
「その……何だか、私だけ置いてけぼりにされているようで」

 私は林檎を剥く手をピタリと止め、ナイフを置いてイツキの目を見ました。

「世界はこんなに激動しているのに……博士が裏で奔走しているのに……私は、こんな所でぬくぬくと……!」

「イツキ……そんな気にすることでは」

「気にします! 私は博士のお役に立ちたい!! その為にここに居るのに!! なのに、なのに私は何で……」

 ……しまった。
 いつの間にか彼女を置いてけぼりにしていたのか。これでは奴の事を笑えない……。
 彼女は私を慰安するだけの存在などでは断じて無い。居るだけでいいなどとは、戦乱の世の今では寝言なのです。

「大丈夫。貴女を頼る時は直に訪れますから……その時にお願いしますよ、ね?」

“スッ”

 人差し指で祓った雫が、シーツに後を残しました。

「だから泣かないで……」

「こ、これは……蜜柑が酸っぱかっただけです!」



「……回線変更、本土にボソン通信回線接続、守秘回線ナンバー3」

 たらふく果実を食べて眠くなったのか、イツキの頭は前後に揺れていました。
 一応瞳は画面に映る地球の混乱の様子を映しているのですが、それが果たして脳まで届いているかは疑問です。
 ですので彼女を寝かしつけ、誰も見て居ないモニターをそのまま通信回線と繋げました。

『はい氷室です』
「やあ氷室君お久しぶり。優人部隊の掌握状況どうなってます?」

 その時私の顔は、南雲君と会話していた時と同じく、何かを企んでいました。

『……駄目ですね。舞歌様の残した仕事に忙殺されてそれどころではありません。今更ながらあの人の凄さを思い知っています』
「半分、いや六割がた各務さんの残業のお陰では無いでしょうか?」
『ははそんな事は幾ら何でも……ありえます』
「でしょう。閣下への報告が大変です……さてこの辺でいいでしょう。盗聴阻止モードスタート」

 これでこの回線は私と氷室君の直通回線となり、会話ログも自動消滅します。

「……まあ、中将へは2割程掌握とでも言っておきましょう。その後は数字を動かさなくて結構」
『また無茶な要求をしてきそうですけど』

「その時はその時です。所詮彼も古き考えから逃れられない亡者だった事の、証明になるでしょう」

 それでも元老どもよりかは遥かに融通が利きますけどね。五十歩百歩かもしれませんが、五十の差は矢張り大きい。

「いい加減木連の男達も知るべきなのですよ。確かに世界を支配しているのは我々男性です。ですが……」
『男を支配しているのは誰だと思っているのか、ですよね。普段から使われてるので、その言葉身に染みます……』

 かく言う私もまた、支配されているのでしょうねぇ。
 今まで“二人”の女性に、そして今は彼女に……。 

「……博士……」

 

 

 

管理人の感想

ノバさんからの投稿です。

いやぁ、大活躍ですなぁ超さん(笑)

裏から木連を操り、北斗を操り、ナデシコ側も掌の上ですか?

でも、この調子で最後まで行くとなると・・・ちょっと話の起伏が弱い気もしますね。