「おかえりなさい、ウツキ」

「アクア!!」


 医務室に駆けつけると、そこにはいつもと全く変わらぬ笑顔をたたえたアクアがいた。
 私達はそのまま抱きしめあい、互いの体温を確かめ合った。
 あんな事があっただけに、私はいかに人が……そして生きる事が温かいか実感していた。
 アクアの剥き出しになった肩に巻かれた包帯が痛々しいが、本人はそれ程苦痛を感じていないようだ……よかった。


「無事にアクアとの約束を果たしたみたいね」

「シャロン=ウィードリン……」  

「それじゃあ……」

「ちょっとお姉さまどちらに?」


 気まずそうに去ろうとするシャロンをアクアが呼び止める。


「お姉さまも一緒に居てください。お忙しいのは解りますがあと少しだけ、お話しませんか?」

「……私の事を何とも思わないの?」


 後ろめたい表情をしているシャロンを、アクアは笑顔で見守っていた。


「最後になった肉親同士が憎み合うのは悲しい事だと思います……だから私は、お姉さまを許します」

「……! それで一緒に蜥蜴と手を取り合いましょうとでも言うつもり?!」


 動揺するシャロンに、アクアは静かに首を振った。


「私達に正義があるように、お姉さまにも正義があります。それをいきなり覆せとは言いません……ですけど、お互い一体何を目指しているのか解らないままと言うのは、余りに虚しくはありませんか?」


 妹を殺してまで成そうとする正義にどれほどの価値がある……と思うもののアクアの言葉は正しい。
 あちらはアメリカを始めとした多くの国の人間の正義を背負っている……そちらの事情だってあるのだ。私達が絶対正義な訳では無い。


「一端演奏を止めろと言う訳ね。戦争と言う名の……破壊と殺戮と憎悪のワルツを」

「その後止めるか、続けるかは……人々の判断に任せませんか、お姉さま?」


 二人だけの空白の時間。
 ようやく口を開いたシャロンからは、先程の迷いは払拭されていた。


「軍の意見はアフリカ方面軍の意見によって、和平か徹底抗戦か決まる……今から私は、彼らに意見を述べてきます」

「お姉さま……!」



 そのまま踵を返したシャロンだったが、一言だけ付け加えた。


「上手くいったら二人でお参りにでも行きましょう」  

「……! 楽しみに、しています……!」


 アクアはシャロンを信じるつもりだ。
 ならば……私も信じるしかあるまい。
 今のアクアは決して只のお人好しでも世間知らずでもない。高度な政治的判断と、彼女自身の眼力でシャロンを認めたのだ。
 それが間違いでない事を……私は共に祈るだけだ。




「行かせて良かったのでしょうかね」

 シャロンと入れ違いになる形で、月臣少佐が医務室に入って来た。


「お姉さまは解ってくれました。後は連合軍の態度次第ですが……ご迷惑をおかけします」

「いえ、お気になさらずに。自分はそんな事を言うつもりでここに来たのではありません」

 そのまま少佐はアクアのいるベッドを素通りし、その先で唸っている一人の青年と、その取り巻きの前へと向かっていた。


「さて貴様ら今回の騒ぎどう責任を取るつもりだ!」

「ちょっと待って下さい月臣少佐! 傷病人は優しく……!!」


 カイトの声か?!
 隣に居る一団の事が気になり、私はそっとカーテンの隙間から覗いて見た。


「撫子のナンバー2が貴様である事はクリムゾンの協力で割れている! あの騒ぎはお前たちが仕組んだのか?! 答えろ葵ジュン!!」

「そ、それは……」


 傷が痛むのか苦悶の表情を浮かべ少佐に掴みかかられている男……確か葵ジュンとか言ったな。
 クリムゾンの人物ファイルによれば、連合軍士官学校を次席で卒業したエリートの中のエリートだ。
 だがそれだけではなく、敬愛する御統艦長の為に自らの命と地位を投げ打ってまで、撫子の地球離脱を阻止しようとした勇士だと聞く。
 結局は撫子の艦長に説得され今に至るが、撫子の高い士気維持は彼の存在あってこそだろう。
 しかし何でそんな彼が負傷し担ぎ込まれたのだろう。

「我が身省みず爆発物処理を試み負傷した勇者に対し、それはあんまりな対応ではありませんか!! 少佐ともあろうお方が嘆かわしい!!」

「む!く……」

 ヤガミが言っていた、庭園の爆発物に当たっていた仲間とは彼か!
 流石はエリート……危機に関しては自ら動く事を躊躇わないか。木連にもこう言った人材がもう少し多ければ……。

「とにかく今日はお引取り下さい! 今回の一件に関してはこちらも調査中です!

 圧倒されてしまっているな、少佐……。
 あの真紅の羅刹とまともにやりあった為、精神の高揚がまだ収まらないのだろう、カイトは。
 今の彼を論破するのは困難だろうな……。

「少佐……今は情報が入るのを待ちましょう。焦っても状況を悪くするだけです」


 カーテンから顔と手のみ出して、私は少佐を呼び止めた。

「むっ……そうか、そうだな」

 少佐も頭に血が上っている事を自覚したのか、直に葵ジュンを放し戻って来た。
 ……思うに、撫子側も被害者だ。
 テンカワ=アキトの目的は明日に行われる会議において、連合軍の勢力を和平に傾かせるよう仕向ける事であったはずだ。
 そこで木連の暴虐を見せ付けるような演出をすることは、まずマイナスにしかならないからだ。
 恐らく今回の各事件にリンクは存在せず、全てが単独事件だろう。
 枝織と真紅の羅刹を送ったのは木連上層部の暴走によるもの……そして爆発物騒ぎはシャロン派内部の不穏勢力によるものと私は推測する。
 どちらにしても漆黒の戦神テンカワ=アキトの風評ダメージは大きい。女工作員に手傷を負わされ、花火とは言え爆発騒ぎを許してしまったのだ。その実力が間違いなく問われるだろう。
 まあ、これで諦めるような人物ではない筈だ。何らかの対策を講じ連合軍の意思操作を続行する筈だ。
 さて、お手並み拝見と……。

“バンッ!!”

 ノックも無しに息を切らせて飛び込んできたスーツの女に、その場に居た全員の視線が集まる。
 整ったメイクも額から流れ落ちる汗で台無しだ。それほどまでの事態が起こったのか?!   


「大変よ! アフリカ方面軍代表が……」

「な……!!」





“ゴォォォォォォ!!”

 私達が庭園に駆けつけると、ピースランド城の一角、来賓用の客室がある付近から凄まじい炎と煙が立ち昇っていた。

「火事?!」

 それにしては火の勢いが強すぎた!
 何処をどう間違っても、一瞬でブロック一つが炎に包まれるなどありえない!

「いかん! 生存者を助けないと!!」

 私は構わず突っ込もうとしたが、背後からヤガミの羽交い絞めされた。

「生身であの中に入るのは無茶だ!! 消防隊が到着するまで待……」

“ガスッ!”

「ウ……ウツキ?」


「御免、行かせて!!」


 肘打ちで無理矢理ヤガミの拘束を解き、私は近くにあった散水装置を心刀で破壊し全身に水を浴びた。
 身体に服が張り付くのもお構い無しに、私は炎の中へと突っ込んだ。
 こう言った状況はも四度目となる。一度目はコロニー崩壊の際、炎の中を逃げ惑った時。そして二度目は“あの時”……。
 三度目はアクアを助けた時だ……昔は炎に対し極端な恐れを感じていたが、アクアを助けようとした際そんな感情も何処かへ消し飛んでしまっていた。
 人間自分以外の何者かの為に動く時は特に、自らの枷を破りがちだ。
 そして今回もそうだ……折角解り合えかけたシャロンを、むざむざ失ってなるものか!!


「チッ! 視界が……」

 30メートルも進むと視界は全くのゼロになり、辛うじて壁伝いに歩くのがやっとだった。
 煙も酷く何度もむせたが、その度に適当な壁を心刀で切り裂いて通気口を作っていった。
 ……同時にこの階の倒壊を早めているのだが、元より来た道を帰れるとは考えていない。
 いざとなれば飛び降りて脱出するまでだ!

「誰か! 誰か居るの?!」


 叫んでみて返事が返って来るとは考えていなかった。
 だがそれに反応する者はいた。 

「……!」 

 これだけの炎に包まれながらも身じろぎせずこちらを見つめる影。
 長い髪が熱風に煽られ、顔ははっきりとは分からないが、私の姿を確認した途端逃げ出したではないか!


「ま、待てっ! 貴様……」

“ガシッ!”

「あぐっ!」


 突如私は足を掴まれ、危うくこけそうになる。
 万力のように強い力だったので、思わず悲鳴を上げてしまった。


「ヘッ……随分と色っぽい悲鳴だな……ウツキ」

「お前、ジェイ!! 何を……?!」


 ジェイへと向き直った瞬間私は絶句した。
 ジェイにはもう、下半身が無かったのだ……。


「誰に殺られたっ!」

「さっき逃げた長髪の女さ……あの動きは只者じゃねえ、インも瞬時に潰されちまった」

「……! 他はどうしたの?!」


 黙って首を振るジェイに私は血の気が引いた。
 機能不全だったとは言えブーステッドマンを全滅させるだと?! そんな事が出来る奴は一人しか居ない……!!


「もうこの場で生き残っているのは、お前と……お嬢さんだけだ」


 何かに覆い被さるような格好だったジェイは腕の力だけでそこから動く。
 ……そこには血まみれのシャロンが青い顔をして横たわっていた! 確かに生きてはいるが失血が酷過ぎる!!


「急げっ……ここもお嬢さんも長くは持たないぞ……!」

「どうして、そこまで……!」


 私はグッタリしているシャロンを抱き上げるが……ジェイはどうする事も出来ない!


「俺はお節介な性格なんでな……」


“ドガアッ!”


 それがジェイの最後の言葉となった。
 天井が落ち、その下敷きになったジェイは恐らく押し潰されて……。

「クッ! すまないっ!!」

 アクアに続き私は、シャロンを守る意志を受け継いだ……。
 だがこの状況でどうする! 完全に炎に周囲を囲まれ、床を破壊しようものならば炎の渦に呑まれてしまう!
 正に八方塞の状況だ……だがその時、私は背後に気配を感じ思わず飛び退いた!


“ズドォォォォォォォォォン!!”


 何かが突っ込んだ衝撃で壁は砕け、一気に煙が外へと逃げ始めた。

「黒い、新型?!」

 エステバリスの発展形であろう黒と赤と黄の人型機動兵器が、腕部クローで壁をぶち破ったのだ!
 ピースランドには機動兵器は無かったのでは?!

『早く飛び乗ってください天道艦長!!』

「ミカヅチ……!!」

『カイトですって!さあ早く!』


 言われるがままに私は黒い新型のアームに飛び乗り、最後にもう一度後を振り返った。
 そこにはジェイ達ブーステッドマンの壮絶な死闘の傷跡があちこちに見て取れた。
 残念ながら残骸は確認できなかった……彼らは自らの依頼を全うする為に、文字通り命を燃やし潰えたのだ。
 炎の中に失われていく戦士達の記憶に……私は自然と敬礼していた。
 ……その勇敢かつ果断な行為を無駄にしてはならない。
 それが生きると言う事……死に逝く者の意思の後に続く事も、生者が成さねばならない事の一つなのだ。




 

   

 

 

代理人の感想

ウツキ・・・・「OG」にはまったか?

行動パターンがまるっきりオヤブンそのものだぞ(笑)。

 

後、自分がブーステッドマンであることに憎悪を抱いていた筈のDが

「ブーステッドマンとしての面子」なんて言い方をするのは凄い違和感があります。

原作から変えるなら変えるで、説得力のある理由が欲しかったですね。

・・・・・つーか、ブーステッドマンたち、違いすぎ(苦笑)

 

 

>「何処の世界に実の妹をサイボーグ雇って暗殺しようとする肉親がいる? 」

>「あら? 世の中には親友の自由を奪って一緒に死のうとしたおバカさんもいるのよ?」

 

説得になってないよ(爆笑)。

 

 

 

ところで、今回の北斗って殆ど範馬勇次郎(笑)