私達が駆けつけたその時には……残念ながら戦いは始まっていました。
しかし相手が違う。……枝織ちゃんではなく北斗君、テンカワ=アキトではなくカイトなのです。
月で出会った時より更に実力が向上している様で。
飲み込みが早いのかそれとも、“覚悟”を得たのか。
今の彼には北斗君の拳をも受け止められる闘志がある。
昔から何の為に命を燃やすか良く理解していましたからね。
ただ一人の家族の為から、大切な人とその居場所へと守る目的を変えながらも……。
彼はその本質を殆ど変えていません。それでいて得た物学んだ事を、しっかりと身につけているようですが。
そろそろ、ですね。
北斗君が言う緊張とやらが現実の物となりそうですから。
月臣君の一喝により、一瞬ながら二人の動きが止まる。
確かに身体的な実力差はあるでしょうが、月臣君は決して北斗君に負けてはいない。
全てが計画済の一方的な虐殺を主とした北斗君とは違い、年も、男女も、力も知恵も全てが思い通りにならず無力となり、消えていく戦いを潜っているのですから。
月臣君の声を聞き、ぱあっとウツキの顔が晴れていきます。
豪州でも二人して多くの苦難を乗り越えて行ったのでしょう、互いに親愛の笑みを浮かべています。
遂に心刀を起動させる月臣君。
……しかし身体機能の面では、残念ながら北斗君には及ばない。
正々堂々なのは結構ですけど、それでは……ね。
そこで私の出番。
卑劣漢は一人で十分なのです。
月臣君よりも一歩前に出て、彼の殺気を一身に受け止める羽目に。
実を言うと怖いです。
叩っ斬られるのもあれですが、うっかり北斗君を殺してしまったらどう舞歌さんに顔見せすればいいやら。
普通に戦えばまず返り討ちでしょうが、どんな方法でも使っていいならば北斗君も漆黒の戦神もさほどの脅威ではありません。
本当に怖いのは技術力の暴走……核とか、チューリップ落としとか、無人兵器とか。
直接手を汚さない攻撃手段がどれだけ残酷か、それは歴史が物語っています。
最悪なのはそういった犠牲を、忌むべき事と見られなくなり数字でしか見なくなる事でしょうね……。
のれんに腕押しですが、少なくとも馬耳東風ではない。
彼はそこまでお馬鹿では無い筈……そして仲間を見捨てるほど冷酷でも。
いかん、興奮のせいで判断力が失われつつあります。
そりゃ目の前に格好の獲物がいるのにおあずけを喰らっては、落ち着かないのも無理は無い。
……どうあってもここでしたいのですね、やれやれ。
木連での生活はよっぽど飢えていたのでしょうが、その暴走、捨て置くわけにも行きません。
弾より速いぐらいの速度で、イツキが踏み込んでいきます。
彼女は身体能力のみならば北斗君を上回っている部分がある。
それに心刀のリーチから考えても、余程の事が無い限り一撃で終わる事は無い。
そう言って月臣君に黒光りするリボルバーを手渡すと、その視線をイツキと北斗君に向きなおします。
イツキがきわどい所で北斗君の斬撃をかわします。
はためいている藍色のスカートや、なびく真紅の長髪に優雅さすら感じますが、本人達は必死です。
のんびり見ていては失礼極まりない。女子供を戦わせて高みの見物など!
ですので今度は私の番です。
男は戦って、未来を守り……女性は生きて、未来を創る。
逆は無理なのです。だからこそ男は戦わなければならない。
……こんな直接的な脅威に晒される人間は稀でしょうが。
兵士だって戦う相手は“敵”でしかありませんし。
空中のイツキから投げ渡された心刀と共に、私自身の心刀も手にします。
思念が柄に伝わることで、その形状が初めて安定する心刀。
……本来この技術を有していた文明では如何なる使用法があったのでしょう?
単なる日曜工具レベルだったらお笑いです。こちらでは戦争の主力である無人艦も台車程度だったり、地球ではようやく本格投入が始まったディストーションフィールドも雨合羽代わり……。
矢張り文明というのは技術だけでなく、文明で生きる意識もそれなりに成熟していないとならないでしょう。
さもなくば、私達の世界の様に悲劇を生み続けるだけです。
そう、悲劇を……。
先に発現したイツキの心刀に続き、私自身の心刀も抜き払います。
使い方のコツさえつかめば“道具”に過ぎないこれらは幾らだって使いようがあります。
だからこんな器用な真似だって。
ここまでやるには文明の格差を埋める必要がありますけどね、かなり“時間”を費やして。
ここまでの騒ぎに広がってしまった以上、早急に彼女に帰ってもらわないとまずい。
たった一発の銃弾が世界を変えてしまった例など幾らでもあるのです。
ですが……その銃弾が何時何処で誰が撃ったのか判らなければ、真実は闇の中に沈む。
いつまでも、という訳はないですが少なくとも今この時は誤魔化せる!
北斗君が使用している小型心刀は、出力は小さいものの粒子が収束している分、熱量が凝縮されています。
単に力押しで押さえ込むには、彼の技量も考えると一本では苦しい所です。だからこそイツキに心刀を借りた。
その前に君は“君自身”に殺されているでしょう。
そんな虚しい結末、私は望みませんよ……。
前置きも全く無しにイツキの心刀を放ります。
受ける刀身が狭くなった事で、私の緊張は増します。
粒子は、出力次第では粒子同士による干渉を破り突き抜ける事ができる。
つまり……気を抜けば刀身ごと一刀両断です。
それは嫌ですからイツキに助けを求めたのです。
相手の数だけ気が散れば、二人とも助かる可能性が高まりますし。
頼もしい言葉でしたが、それは北斗君の闘志を煽る結果となってしまいました。
私を強引に押さえ込み、バネの様に後ろに下がり先にイツキへと向かって行く!
しかもカイト君が一緒です。
この二人相手ではいかに北斗君といえど、無傷では……!!
あの速力ではいかに月臣君と言えど捕らえ切れない……!!
麻酔は念の為に数発装填されていますが、即効性を持たせるには数発同時に撃ち込む必要があります。
それにはもう少し動きが止まってくれない事には……その時は、誰かが殺られている可能性大です。
思わぬ方向からの援護が来ました。
ウツキが粒子刀の光波を飛ばし、北斗君の進路を阻んだのです!
……容量(キャパシティ)に余裕があるとは解っていましたが、ここまで使いこなせるようになっているとは。
人間闘争の中では、恐ろしく発展するものですね。
その通り。
王手です、北斗君。
このスキを逃す月臣君ではありません。
がら空きだった背中に向けて的確に麻酔を撃ち込んでいきます。
程無くして北斗君は脱力し、ドサリと地面に倒れ伏せます。
今回付き合わされた優華部隊の皆さんは、本当お気の毒です。
余りに飛びぬけた力を持っていますからね、彼と彼女は。
普通の人間はそれを“異常”なものとして避けがちですが、彼女達は必死になってそれと向き合っている。
……その想いを解してくれのは、果たして何時になるのやら。
緊張が解けたとはいえまだ予断を許しません。
北斗君が倒れた以上、戦力バランスは一気に彼ら側に傾いたのですから。
躊躇いつつも優華部隊の後に続く高杉君。
何も出来ないのが歯痒いのでしょうかね?
それが“普通”なんですから気にする必要は無いでしょう。
……むしろそれを普通と感じ無い連中が“変”なだけで。
「さて月臣君、君はこれからどうします?」
そう言いつつ私は、高杉君達の背後に立ちます。
こっから先に行って貰われては話がこじれますからね。
渋々心刀を収めるイツキでしたが、その目は警戒を続けていました。
対するテンカワ=アキトとその愉快(不をつけてもいいかもしれません)な仲間達も、不承不承ながら銃を降ろします。
……そんな両者の中でオロオロと迷っているカイト君だけが、中立と言っていいかもしれませんね。
忘れ難いその仇名を聞いて、彼は歯を剥き出しにして此方を睨み付けてきました。
その迫力にはイツキでさえも息を飲んでいます。
カイト君が庇い立てする理由は、あるにはあるのでしょが……それは私達木連の立場からは無意味なものです。
舞歌さんは甘過ぎて、その境界が曖昧なんですよ……。
以前は“最狂のテロリスト”として名をはせ、周囲の人間を次々と奈落へ叩き込んだこの男。
本質が変わっていない以上、過ちを繰り返す可能性が大ですね。
……そのテンカワ=アキトの表情を見て、私は諦めて踵を返しました。
この男は、駄目です。
私如きの戯言に一々怒りを覚えるようでは、草壁中将相手はとてもとても。
自分と周囲を全ての基準にしているような人物に、はなから期待したのが間違いだった。
“あのお方”との約束……意外と早く果たせそうですね。
しかしテンカワ=アキトには力がある事は確か。
その力のベクトルを全て一つの目標に費やした時の彼ならば、あるいは……。
とんだ舞踏会の幕切れとなりましたが、出席者は丁度良い余興とでも考えていたのでしょうか。
会場以外のホールやテラスでは話に華が咲いています。
私もまた北岡先生を探し出し、テンカワ=アキトについて話し合っていたのですが。
……と、熱く政治について語っている様ですが、その実他人の悪口でしかない。
政治と言うのは他者の欠点を上げ諂い、相手の足を引っ張り合う事で成り立つとは言え……まともな人間ばかりが失われているせいでこのような状態に。
どうせなら社会の毒だけが消えていけば楽なのでしょうが、そんな事は出来やしま……。
今までに無い切羽詰った表情で吾郎君が駆け寄って来たのです。
そしてこの時点で、私は初めてイツキが居ない事に気がつきました。
また、拗ねちゃったのでしょうか?
ボソボソと吾郎君が北岡先生に耳打ちします。
ここで大声出したらパニック必須ですからね……頭が回りますね、彼。
そうして私達は落ち着いてこの場を後にしましたが、その道中イツキを見つける事が出来ました。
只……。
ああ……折角似合っていたのにドレスが無茶苦茶です。
あちこち焦げたり穴が空いたり……それほどまでに火の勢いが強かったのでしょう。
庭園が見えるテラスまで行くと、その凄まじさが見て取れます。
……爆薬でも使ったのでしょうかね?
猛烈な勢いで燃え盛っています。
自動消火システムでは延焼を防ぐのが精一杯で、位置的に消防車両が入り込める場所ではない。
燃え落ちるのを待つしか無いのか……?
闇夜に紛れて解り辛かったのですが、空には炎に照らされた謎の飛行物体がいました。
漆黒の戦闘機の下に懸架されている人型……ってあれはアルストロメリア?
吾郎君から結構高めなデジタルスコープを借りて覗くと、カイト君がアルストロメリアに搭乗した後、客間が存在する箇所をクローで貫抜いている所を目撃しました。
そして程無くして腕が抜き払われ……その手の平には煤だらけのウツキと、血まみれのシャロン=ウィードリンが!
注目すべきはその後でした。
重傷のシャロンと付き添いのウツキが行った後、アルストロメリアの足元でルリ=オブ=ピースランドとカイトが揉めに揉めています。
終いにはテンカワ=アキトが仲裁に入った様ですが……これは興味深い。
あの上で旋回している戦闘機は確か、ブローディアのオプションの一つ。
テンカワ=アキトが承知するよりも先に、カイトはあれを勝手に使い、外交問題ももろともせずにアルストロメリアを持ち込んだ。
彼のナデシコでの位置は、意外と高いのかもしれません。
……しかしこの時、イツキは私の賛辞を殆ど聞いてはくれていないようでした。
代理人の感想
やっぱ「神の視点」というのは、なんつーか見てて気持ちのいいものじゃありませんね。
人を見下す視点、他人を小馬鹿にする態度、何もかも知っているといわんばかりの傲慢さ。
全知は全能より性質が悪いです。