「そうか……テンカワもカイトも踏んだり蹴ったりだったんだな」

「こんな事を言うのも何ですが、貴方には負けますよ」


 グラスにオレンジジュースを注ぎながら、俺はベッドの葵副長に言葉をかける。
 ……事後処理に追われ後回し後回しになった為、爆発物を仕掛けた犯人にはまんまと逃げられた。
 テンカワさんやゴートさんの話だと、以前欧州で関わったテロリスト一味の生き残りらしい。  
 ……副長に手当てをしてくれたようなあの女が、暴力でしか己の主張を通せない劣等存在とは思えないのだが……ゴートさん曰く、人間色々あるらしい。


「だからと言って人を知るために宗教は止めて頂だきたい……蒲鉾って何?」


「あははは……グッ、濃いね、これ」

「薄めましょうか?」


 俺がグラスを口に持っていかないと、飲めない。それほどまでに傷が深い……。
 うーん……これは問題かもしれん。
 中立国における暗殺未遂事件に続き爆発物騒ぎ……これだけの騒ぎが起きておいて、テンカワさんが無傷というのは逆に目立ってしまうぞ?
 連合の上層部も流石にテンカワさんの実力を疑っている。実質鎮圧したのがクリムゾンサイドの人間ばかりだし……。


「ちょ、ちょっと何だお前は!」

「うるさいどけ!」

“シャ”


 カーテンの向こう側で何を揉めているかと思ったら……つ、月臣少佐じゃないか!
 ……そういやこの人、残るって言ってたよな。 
 


「さて貴様ら今回の騒ぎどう責任を取るつもりだ!」


 ヤガミの拘束をもろともせず葵副長に詰め寄ってきた!
 ヤガミも本来安静が必要だからな……真紅の羅刹相手に五体満足で帰って来れた少佐が奇跡なのだ。
 


「ちょっと待って下さい月臣少佐! 傷病人は優しく……!!」


 その事が少佐に勢いを与えている。
 増長しているのではない。無意識のうちに感情の起伏が上がりっぱなしになって、ハイテンションのままなのだ。


「撫子のナンバー2が貴様である事はクリムゾンの協力で割れている! あの騒ぎはお前たちが仕組んだのか?! 答えろ葵ジュン!!」

「そ、それは……」


 だが怪我人に掴み掛かるのは頂けない。
 その手を力ずくで引き離すと、矢次に抗議の声を上げた。


「我が身省みず爆発物処理を試み負傷した勇者に対し、それはあんまりな対応ではありませんか!! 少佐ともあろうお方が嘆かわしい!!」

「む!く……」
 
「とにかく今日はお引取り下さい! 今回の一件に関してはこちらも調査中です!」


 本当にあの花火は誰の差し金だったのだろうか?
 シャロン派という可能性は無きにあらずだが、だったらそこまで死に物狂いで戦う事は……奴等だけ知らなかったのかもしれない。
 いや、それどころかシャロン=ウィードリンすら及ばない所で思惑が動いていた?
 何せ真紅の羅刹が投げたあのナイフ……もしアクア=クリムゾンが庇い立てしなければ、シャロンの心臓に突き刺さっていただろうから。
 


「少佐……今は情報が入るのを待ちましょう。焦っても状況を悪くするだけです」

「むっ……そうか、そうだな」


 医務室の反対側に位置するカーテンから、少佐を手招きする天道艦長。
 となるとあっちにいるのは……うわ危ない危ない。余計な口を滑らさずに良かった……。 


“バンッ!!”


 突如医務室のドアが開け放たれ、驚いた葵副長が咽てしまった。
 慌ててサラさんが背中を擦ってくれているが……誰だそんな非常識な真似を……。
   



「大変よ! アフリカ方面軍代表が……」

「な……!!」



 だがエリナさんから語られた非常事態は、先の彼女の行動よりも遥かに非常識だった。
 




 


“ゴォォォォォォ!!”


 炎に晒される事等無い筈の宮殿が燃える……。
 ピースランド城の一部が、まるでライトアップが足りんとばかりに赤々と夜空を照らす。
 


「火事?!」


 ……というかこれは放火か?!
 まだ誰かここで動いている勢力があったのか!!
 しかも、ここには丁度アフリカ方面軍総司令代理が宿泊していた筈……! 


「いかん! 生存者を助けないと!!」

「生身であの中に入るのは無茶だ!! 消防隊が到着するまで待……」

“ガスッ!”


 ヤガミの拘束を力づくで解いた?!
 何をそんなに慌てて……!!


『軍の意見はアフリカ方面軍の意見によって、和平か徹底抗戦か決まる……今から私は、彼らに意見を述べてきます』


 思い出した!!
 さっき病室に現れたシャロンはこんな事を……ま、まさかまだあの中に?!


「ウ……ウツキ?」

「御免、行かせて!!」


 散水機をぶち壊してずぶ濡れになった天道艦長が、猛然と炎の中に突っ込んでいく!


「クッ……何て事だ!」

「テンカワさん!!」


 タキシードから黒光りする戦闘服に身を包んだテンカワさんも駆けつけてくれた。
 しかし……機動兵器ならまだしも相手は炎。
 どんなに強靭な戦士であろうと一度選択を誤れば、一瞬の内に命が燃え尽きる!
 


「俺も行く! 見捨てる事は出来ない!!」

「ちょっと待って下さいテンカワさん! 専用の装備無しで突っ込んだらたちまち……」


 燃え盛る城壁の一部が何度か吹き飛んだ。
 酸素ボンベも無しに突っ込んだらそうもなる! おおかた心刀で空気を取り込んでいるのだろうが、酸素を得ているのは天道艦長だけではない!
 新鮮な酸素を取り込んでますます炎の回りが早くなり、崩壊を早めていると言うのに……!


「…… テンカワさん“ブロス”の使用許可を!」


「ブロスを?!」

〈ど、どういう事カイト兄!〉


 ずっと聞いていたのか、コミュニケからブロスのウインドウが飛び出してきた。
 軽く動揺しているのか表情が忙しない  


「ブロス、俺のアルストロメリアを運んできてくれ! あれならばこの状況、どうにかできるかもしれない!」

〈そんな事したら国際問題が……ってそれ以前に!〉

「ルリちゃんやラピスちゃんが俺に思うところがあるのは知っている……それに加担すればお前だってどんな報復を受けるか……」


 しかし俺は冷たい口調で言い切った。


「だが人命救助と言う極めて重大な責務を放棄するようなシステムが、テンカワさんに相応しいとは思わないぞ」

〈う……〉

「この程度、お前が決めるんだ」


 ブロスはあのオモイカネの弟なのだ。反逆の心意気を、持っている筈だ。
 なのに叱りを恐れて前に進めないようでは、この先何も出来はしない……。
 それが解っているのだろう。テンカワさんも何一つ口出ししない。
 試されているぞ……ブロス!


〈……後で一緒に怒られてよね!〉

「……ああ!」


 辛い決断をさせたとは思う。
 建造目的を逸脱した行動を、ブロスはやろうとしている。言うなればエラーだ。
 だがそれすらも許容できない……子の自由な発想を禁じるような真似をするならば……。
 彼女らとて、容赦はしない。






 程無くしてアルストロメリアを抱えてブロスが飛んできた。
 思ったとおり周囲の野次馬が騒ぎ立てているがそんな事は後回しだ。
 ゆっくりと地面に降ろされたアルストロメリアに飛び乗ると、すぐさま全センサーを稼動させる。
 だがこれは本来、ナデシコが近くにいる事を前提として使わなければならない。


〈電力消費量が上がってるよ! このままじゃバッテリーが……〉

「解ってる! ここまで来て立ち往生は!!」


 近接センサーをフルに活用しても、矢張り限界がある。
 巨大な熱量を前に、熱対流や煤煙で測量レーザーが正しいデータを量れない。
 建物自体の放射熱も凄まじいのだ。電力を抑えるべくDFを張るわけにもいかないのでみるみるうちにラジエターが悲鳴を上げる。
 ……それに今の城壁は非常に脆い。一発で探し当てないとたちまち崩壊する兆しすらある。
 こっちもあちらも時間が無い!
 


「矢張り生の情報が必要か!」

〈ちょっとカイト兄やめ……!〉

“バシュ”


 複合合金製のハッチが遮断していた熱が、むわっと襲い掛かってくる。
 常人ならここで肺をやられる。だが俺ら人造人間は、過酷な環境での活動を前提としている為丈夫だ。
 訓練中事故で爆発炎上する艦艇から、命がけで取り残された木連軍人を救助した人造人間の話は一つや二つではない。
 当然と言えば当然。俺達は……彼らを守る為に生まれたのだから。



「ブロス! こっちに構ってないでお前も調べてくれ! 多視点からのデータが欲しい!」

〈でもそのデータどうすんの?! これ以上カイト兄に送ったらパンクしちゃう!!〉

「俺がそれを貰おう」
 


 何時の間にかアルストロメリアの足元にテンカワさんが来ていた。
 ……この熱を前に汗一つかいていないとは、流石。


「こっちでもデータを処理してみる……やれる筈だ」

〈解ったアキト兄! でもジャンプの時とは違うから覚悟してね!〉

 ?!
 確かにジャンパー処理は補助脳を形成するものだが、マシンチャイルドや俺の様な人造人間程の容量は……。


「……っく! こんな事を普段からやってるルリちゃん達は、やっぱり凄い」


 だがテンカワさんは多少顔を歪めつつ、全身を発光させつつもやっている……。
 一体どんなナノマシンを使えばこんな……。


「だが矢張り駄目だな……ブロス、データはもういい。後は俺なりの方法でやらせてもらう」


 光が収まり、テンカワさんがその眼を閉じた。
 ……その筈なのに何だこの威圧感。装甲ごしだぞ?!
 視線が無い筈なのに、まるでテンカワさんの身体中が眼であるかのような……。


「……カイト! 現地点から左に180、上に20の地点はどうだ!!」


 どれ……!
 確かにそうだ! サーモセンサーは全く役に立たないが、炎の壁の向こう側に何らかの気配を感じる!!
 俺が汗だくになっても、言われるまで気が付かなかった!


「急げ!」

「はいっ! でぇぇぇぇぇぇい!!」   
 
 “ズドォォォォォォォォォン!!”


 そしてアルスルトメリアの右腕が、城壁へと突き刺さった。




「黒い、新型?!」


 いた!
 黒煙が吸い出されていくと、そこには煤だらけの天道艦長と……血まみれのシャロンか。
 他に人影はいない。アフリカ方面軍代表は……残念だが手遅れだったか。


「早く飛び乗ってください天道艦長!!」


 だかこの二人だけでも救い出せたのは僥倖としか言いようが無い。
 そしてそれをここまで導いたのは、天道艦長の勇気、ブロスの決断、そしてテンカワさんの大活躍あってこそだ!


「ミカヅチ……!!」

「カイトですって!さあ早く!」


 何と無くガイの気持ちが解った気がしつつ、俺は天道艦長が乗った事を確認し、その腕を引いた。
 直後に崩壊を始める一室。
 後一歩遅ければどうなっていたか……。


「ありがとう……」

「何時か、俺を庇ってくれたお礼……にはなりませんねこの程度じゃ」


 月での戦闘で、意識を失う直前におぼろげながら見たものがある。
 放たれた重力場から俺のジンを庇おうとして、敢えて前に出た彼女の姿を……。
 こういう事すら忘れていたのだ。全てをゼロから……というのは、実は物凄い罪な事だったのかもしれん。
 今までの恩や、悔いや、約束、誓いと、多くの想いを放置し、その責任を投げてしまう事なのだから。


「……そんな事は、無い。貴方達の行動は、世界を救ってくれたかもしれないんだから」


 そんな大袈裟な……が、実際指の動き一つで世の中動く事がある。
 良い方向に動いてくれるなら、それに越した事はないか。




「……また、貴方は!」


 担架で運ばれるシャロンと、彼女とともに行ってしまった天道艦長と入れ替わるようにして現われた人影。
 ……さあ、ある意味炎以上に厄介な、お姫様の登場だ。


「よくもブロスを煽り立ててくれましたね。それに乗ってしまう方もどうかしてますが」

〈……僕は……〉

「貴方はアキトさんの為に動けばいいんです。それを……」


「ブロスは君が作った操り人形ではない!! 既に独立した知性体だ! 将棋の駒の様に扱うんじゃない!!」

「いい加減にしろ!!」


 テンカワさんが入ってこなければ、俺は彼女に何を言っていただろうか……。
 何でこう、自分勝手になれるんだ彼女は!
 どうして何もかも、思い通りにしないと気が済まない……!


「……この一件は、俺が直接王妃様に釈明する。カイトやブロスに罪は無い」

「そうですか……じゃあ私からそう言っておきますので……」

「いや俺がやる。ルリちゃんは手を出さないで欲しい」


 ……博士の言葉を引きずってるな、テンカワさん。
 だが本来こうすべきなのかもしれない。多少拙くても、テンカワさん自身の言葉を、テンカワさんの態度をありのままに示さない事には……単なる化物パイロットとして、人々から遠い目で見られてしまうだろうから。


「アキトさん……一体何を吹き込まれたんです?」


 しかし大丈夫かな……ルリちゃん。
 こんな言葉を口走るようではこの先が思いやられる。
 テンカワさんは本気になった……だが、他の皆はどうだろう……。
 ここから先は、空気に流されるだけでは進めないぞ?
 
     



 

 

代理人の感想

う〜〜〜む。

三郎太と優華部隊の遭遇シーンは時ナデでは完全にギャグだったところですよね。

そう言うところに本気で突っ込むのはヤボだと思うんですがどうでしょう。

あのノリを否定したいなら正面から突っ込むのはむしろ逆効果であり、

一番いいのはシーン自体をバッサリカット、ないしは改変することだったと思います。

 

それと、三姫の態度の直接の原因はナンパを繰り返す三郎太の映像を見た事にあるので

ああいう説得では絶対に変わらないと思うんですがどーでしょう。

 

 

 

話の方向性としてはわかるんですよね。

ただ、はっきり言ってやり方がまずい点が多々あると思います(超博士もその一つ)。

一言で言えば、「相手の顔を立てる配慮」が欠けているというか。

単純な善悪を否定しながら、自ら二元論的勧善懲悪思考にはまってしまっているように見えます。

(相手の「顔」、面子やプライドを認めない傲慢さ・・・それは突き詰めていけば

 相手を完全否定し敵対者に人権を認めない大量殺戮者やテロリストへの道です)

 

そこらへんご一考いただけると嬉しいかなと。