Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT8 〔忘れ難き記憶〕
天道ウツキ編「刃としての使命」


「……ピースランドにおける命令の誤認、申し訳ありませんでした」


 半分は本当に悔いているが、半分は違う。
 あの時、きちんとした命令を下してくれたならば……殺して良しと言われていたならば……そんな思いが私の頭を駆け巡る。


「いいのよ。私の方が悪かったの」
 


 舞歌様にしては、確かにらしくない命令だった。 
 錯誤だと思いたい。でなければ私はこの人を許せないだろう。


「……“あの事”を失念していた事は言い訳しないわ。でもあの子は……枝織ちゃんは」

「戦場以外で……他人の命令によって人を殺す輩等信用なりません」


 人を殺すと言う事は、それだけ罪な事だ。
 数十年、ひょっとしたら数年足らずの時間を、そして先に続いたであろう多くの時を、強制的に奪う。
 ……それだけの事をやる覚悟・理由があるならばまだいい。相手を殺すというのはそれだけの決意が必要な事だ。
 でも殺害の動機を他に転嫁するような考えは、認める訳にはいかない。
 本当なら戦争だからという理由で、安易に逃げに走る事も……無垢だから何をしても構わないと言う馬鹿げた考えも。
 


「シャロンの容態は悪化し続けています。一年持つかどうか、解らないと……」

「……」

「結局罪にはならないんでしょうね。彼女は存在しない人間なのですから」


 枝織は存在そのものが無法……だが彼女が仕出かした事は見過すには重過ぎる。
 アクアはともかく、シャロンは全身に受けた心刀の傷による、体組織の損壊が激し過ぎた。
 いたぶられたかのような生々しい傷は、正直アクアで無くとも吐き気を催す程だった。
 残された時間、ボロボロの心身でアクアとどう過ごせと?! 消えていく命を、二人して嘆けと言うのか……!!
 ……やめよう。もう舞歌様を責めても仕方が無い。


「……連合軍の意見統合も失敗に終わりました。アフリカ方面軍の再編成を理由に」


 会合の主役が殺されればこうもなる。
 が、バール少将という男、クリムゾンが掴んだ情報によれば相当の外道だったようだ。
 経費使い込み、物資横流しが発覚するのを恐れ、情報を掴んだ会計士を家ごと爆破。
 彼女と、その子供、そして何の関係も無い隣家の奥方がその犠牲となったらしい。
 ……和平と言う大義においてこれほど似つかわしくない人物も無いが、それでもアフリカ方面軍から全権を委任されてきた人物だ。
 話が纏まるまで死ぬのは待って欲しかったものだ。


「今度はまともな人間らしいけど……その間にアメリカ方面軍が増長するわね」

「目下それが最大の問題です……シャロンという舵取り役がこのような形であれこちらにいる以上、アメリカのクリムゾン一派は迷走しているでしょう」


 最早彼女は経営者としての手腕を振るう事は出来ないだろう。
 肉体をそっくりそのまま新しい物にでも変えない限り、彼女は二度とベッドからは抜け出せない。
 


「それがそのまま連合の暴走に直結しなければいいけれど……ご苦労様。今日はもう下がって良いわ」

「ありがとうございます。これで優華部隊のメンバーと顔を合わさずに済みます……お互い、面目が無い」


 全てが終わった事だが……枝織の脱出を手助けしていたのは他でもない優華部隊だった。
 私が邪魔者と切って捨てた、彼女らがである。
 だが彼女らこそが正しく舞歌様の意図を理解し、忠実にそれを実行したのだ。
 軍人としては尊敬すべき事なのだろうが……個人としては、釈然としない。
 大体超博士も大概である。
 あの後アフリカ方面軍・西欧方面軍が威信をかけて部隊を展開した上、撫子もいた。
 近場の跳躍門は全て豪州(ここ)にあるし、鉄板も撫子が演習がてらに破壊している。
 逃げ場は無い。本来ならば彼女らは逃げ切れず、あそこで死んだだろう。
 ……それを見越した超博士が、国境で待機していたドナヒューさんを呼び出し、アンダースン達にも連絡艇の護衛(エスコート)を依頼していたとは。
 ……月での手際の良さと言い、今回の事と言い、どうも遊ばれているというか何と言うか。





「迷惑をかけたな」


 司令部から出て程無くすると、背後から声をかけられた。
 それはあの高杉三郎太からだった。こうなってしまっては無視する訳にもいかない。


「いえ……こちらこそ面倒をおかけしました」
 


 だが彼は柔らかに笑って見せ、気にしていないと手振りを返す。
 開口一番謝罪の言葉を述べるとは……流石は木連男子、紳士である。
 しかもアリス=スプリングの地形をまともに知らないにも関わらず、こうも短時間で私を発見するとは驚きだ。
 あの真紅の羅刹を一時的にとは言え、指揮下に置いていただけの事はある……。  
 


「任務が終了したのならば、秋山艦長が駐留している火星宙域へと帰還を?」

「いんや暫くはここにカンズメ。シドニーの方で遊びたいけど、そうも言ってられなくて」

「今のシドニーは最低限の維持戦力しか残ってませんが? 住民の避難は完了しています」

「あ、そうなの? 残念」


 
 切り出しが穏やかだったお陰で、世間話も気持ち良く進められる。
 彼の周囲からの評価は“腑抜け”だの“道楽者”だの散々だったが……矢張り他人の噂など信用ならん。
 一旦話を切り出せば、その流れを絶やす事は無いというのは、ある意味貴重な技術だ。


「……ではこれで。貴方が居ると言う事は、彼女らが帰還したと言う事。後日、気持ちの整理が付いてから再びお伺いします」

「時間が空いたらドロドロするだけだぜ? だったら俺と気持ちの整理をしようじゃないか。さあ近くの茶店(サテン)で……」


“ゴシュ!”


 やけににこやかな彼の笑顔に一瞬退いたが、高杉がそれ以上近付く事は無かった。
 背後から投擲されたスパナによって、彼の意識は奪われていたからだ。


「貴様は、ここが一応は占領地だという自覚は」

「それは貴女の方だろう!上官を負傷させるとは……この地でそんなに木連の恥部を晒したいの?!」


 来て早々、これか。
 どうやら能力はともかく人格的には問題のある人選をしたようだな、舞歌様……。
 豪州の跳躍門が本格的に稼動したことによって、本国からの来訪者も少なからず入ってきている。
 ……だが残念ながら一割五分程の人間は無傷では帰れない。
 豪州の陽気な気候に誘われたかどうかは知らないが、ハメを外し過ぎる者が多い。
 抑圧され続けた反動とはいえ、現地住民とのトラブル等見過せないレベルに達していた。
 そこで月臣少佐を中心とした風紀委員が設立され、不埒者を片っ端から矯正させていったのだが……正直間に合わず、今ではバッタによって一部オート化されている。
 今もこの騒ぎを“喧嘩”と定義したのだろう。近くで三匹の小型バッタが頭の警告灯を回転させて待機している。
 コレでダメなら通常の戦闘用バッタを改装した治安維持タイプの出番となる訳だ。
 ……以前酔って暴れた下士官を止め様として、攻撃に巻き込まれた。
 あれのゴムマシンガンはかなり痛いのだが……。
 


「ままま、時にはこんな過剰なスキンシップも、な?……しかし痛て〜な。もう少し可愛気のある攻撃は出来ないのか?」


 痛そうに頭を摩りつつも、ケロリとした顔で起き上がる高杉。
 問題無しと判断してくれたのか、バッタ達は行ってしまった。
 


「ふん、油断しきってるお前が悪いと」


 えらく感情的なそぶりで高杉を挑発するこの女。
 ……何かドナヒューさんと小泉隊長の間に時たま発生する、ねっとりとした居心地の悪い空気に通じるものがある。
 今この場は、高杉が全くもって彼女の雰囲気を汲んでいない為にそれ程酷くは無い。


「可愛くないな〜、俺は久しぶりに会ったウツキちゃんに、ただ挨拶をしたかっただけだぞ」
 
「久しぶり……って。つい先日ピースランドで見(まみ)えたばかりでは」

「それよりもっと前! 月でウチの後輩が世話になったし、色々とお礼を言いたくてね」  

「そんな……お礼なんて」
 


 こんな面白みも何も無い私の様な女と話して、何がそんなに楽しいのだろうか?
 ……私まで、気分が軽くなるじゃないか。
  


「……貴様、本当に無差別に毒牙を」
 


 その存在を完全に忘れられた先の女が、青い顔をして高杉を見ている。
 


「ん? まあ、生真面目だけど、可愛い所あるし。誰かさんみたいに、始終怒ってるわけじゃないし」


 売り言葉に買い言葉。
 高杉は彼女の反撃を予想して、無駄に素早い動きで飛び退いた。
 ……だからだろう。彼女の辛そうな表情を見る事無く、彼女の背中をただ見送る羽目になった。


「……まさか、泣いてたのか?」


 いやそんな事は無かった。
 主に女性に対しての洞察力がかなり優れている様だな……全く別の生き物と定義しても良い、異性に対しての分析力があるというのは重宝するだろう。
 ……ただこの場はアテが外れたようだが。


「……」

「……」

「……御免。お茶は今度誘うわ」

「そうした方がよさそうね……」


 頭を掻きつつも、その実結構深刻な表情をしながら高杉は後を追っていった。
 私にも二人の間に何があったかさっぱり解らない。ここから先はもう、彼らの世界だ。
 





 そして誰にも犯されず、誰にも理解出来ぬであろう世界がもう一つある。
 本国から持ち込んだ医療装備、それにブロック式の建築ユニットによって建設された仮設病院。
 あの一戦以来本格的な戦闘も無く、殆ど暇だったが今は違う。
 豪州と木連、両勢力における医療の精鋭達をかき集めての治療が続けられている。


「シャロン……」


 その患者は只一人だけ。
 肉体の殆どを使い物に成らない程痛めつけられたが、木連の人造人間関連のテクノロジーによってどうにか持ち堪えてはいる。
 治療が出来るか、それとも只死を待つだけの身体になるか……それはこの一ヶ月程度で決まる。
 この一ヶ月、私とアクアにとっては永遠に近い時間となろう……。  


「大丈夫。木連は人的資源を大事にする……そのお陰で、医療技術は地球よりも進んでいるから」


 しかし、余計な時には顔を出し、用がある時は来ないのだな……山崎博士は。
 多少倫理観に問題があるマッドドクターでは有るが、彼の腕は間違いなく木連一。
 超博士が火星へ出張中の今、彼しか頼れる人間は居なかったのだが……。


「頑張って……シャロン……お願い……」


 透けるのではないかと思うほど、アクアの気迫は薄い。
 シャロンがこうなってからと言うもの、彼女ちっとも寝れて居ない。
 夜中すすり泣くので肩を抱いても、一向に落ち着かないのだ。
 このままではシャロンよりも先に彼女が力尽きてしまう。
 何か劇的な打開策は無い物か……。


「ねえねえ!! てんちゃん遊ぼうよ!!」

「?!」


 私はガラスに顔を寄せていたアクアを、力付くで背後に隠れさせる!
 軽い……この前よりも遥かに重みが無くなっている……。


「あれ……? あ、この人この間の! 何か辛そうだけど……」


「近寄らないで!!」


 急に私の腕がグイと引っ張られ、アクアが前に踏み出した。
 先程までの弱々しい顔とは一転、彼女の瞳には、激しい憎悪が浮かんでいる。


「あなたのせいで……あなたのせいでシャロンは!!」

「へ? 何の事??」

「あなたがこうし……ふぐっ……!!」

「アクア! 傷……」


 視界が割れた。
 開いた傷口からどくどくと湧き出してくる赤い液体が、その継ぎ目を毛細効果で伝って行く。
 しかしそれは多分、私の幻ではなく……私の、血走った目が映っているのだ。


「……いいえ、違う」


「え……」


 何とかしなければならない。
 彼女を傷つける全ての要素を、排除せねばならない……。
 私は一番手っ取り早い方法を選ぶ事にした。
 ……どの道、シャロンが治療できる可能性は少ない。私は分の悪い賭けは好きでは無いのだ。
 自分の事ならともかく、これはアクアの為なのだ。
 そう……シャロンとアクアが姉妹として、平穏な時間を過ごす為の、必然的な行動だ。
 そしてアクアの平穏は木連の利ともなる。彼女が平常で無ければこの危うい平和は維持できないのだから……。
 何だ、何も問題は無いじゃない……。


「彼女達をこうしたのは……貴女のせいよ、枝織」


 これはアクアの為なのだ。
 木連の繁栄の為なのだ。
 決して私怨の為ではない、至極真っ当な“任務”の一環だ。


「責任取りなさい」


 嫌と言っても取らせるけどね……どの道。


 

 


「天道艦長これは一体?!」
 


 “彼”か。
 私の元部下だった人造人間だが、若干の後遺症が残った為に優人部隊に戻れず、代わりにクリムゾンSSに配属されたのだ。
 今も私が統轄できる最大数のSSと共に駆けつけて貰ったのだ。


「真紅の羅刹の暴走よ。よっぽど二人を仕留め損ねたのが気に食わなかったみたい」


 心刀の傷跡が生々しく残る集中治療室前。
 熱量に反応してスプリンクラーまで作動している。
 だがそれでも、アクアが流した涙と血を洗い流すには……到底足りん。
 それにしても奴が心刀を使えなかったのは僥倖だった。
 真紅の羅刹が使えるのだから……と、覚悟していたのだが。


「や……矢張り奴が……」

「舞歌司令が何か言ってきても今後無視するように。これは私達クリムゾンの問題として片をつける」


 彼にはまだ馴染みが無く、戸惑っている。
 だが他のメンバーはその表情を硬直させる。
 ここに残っているのはシャロン派の破格の待遇を蹴ってまで残った、忠誠心の高い連中ばかりだ。
 アクアの信頼の厚い私にも、異郷の人間であるにも関わらず上官として接してくれた。
 今までそれを傘に着た事は無いが、これはアクアの為……存分に利用させてもらう。


「応戦したけど、逃したわ。急いで全治安維持用の虫型を出動させて。所詮人間である以上行動半径は限られる。けど相対するのは私だけよ。貴方達が発見しても決して手出ししないで」


 これ以上犠牲を出しては元も子もない。 
 そして今後の犠牲を許す気も無い。
 ……動き出した以上、ここで全てに決着をつける。
 私自身の気持ちにも。


「それから、貴方は私と一緒に格納庫に。ステルンクーゲルの準備をするわ」

「あれは現在オーバーホール中で……」

「だから貴方に動けるようにしてもらうわ。どれぐらい要る?」

「……二時間は欲しい所です」

「一時間に縮めて。火器管制は無視して構わない」 


 本来なら半日かかるが、人造人間のサポートがあれば何とかなる。
 木連は人材が乏しい上にその質を向上させる事が難しい。
 画一的過ぎるからな。
 だがその一方で彼らは、途中までの教育プログラムは全く同じであるにも関わらず、起動から僅か数ヶ月で多用にわたる分岐を見せているのだ。
 この違いは一体何なのだろうな……。 
 





 それでも不十分だと思った私は、ドナヒューさんにも助けを求めようとした。
 例え市街戦になろうが、彼ほどの熟練者ならば最低限の損害だけで事を済ませられる筈、と思ったからだ。


「居ないわね……」


 超博士と言いドナヒューさんと言い……どうしてこう肝心な時に留守なのだろうか?
 それとも単に、私に人物運が無いだけか。


「優華部隊の御剣万葉隊員との、摸擬戦に出撃したそうです」

「遊びもせずによくもまあ……その真面目さが今回ばかりは疎ましいわ。アンダースン達はどうしたの」

「今現在この戦闘の記録をしているのは、彼らですよ?」


 つくづく良い出会いに乏しい一日だ。
 ……いや、これは私に一人で決着をつけさせようとする、捻くれた意志が働いているのかもしれない。
 となるとこれ以上誰を待っても無意味だな。


「今しお……真紅の羅刹はどうなっている?」

「不明です」

「不明?! 虫型は配置した筈なのにどうして……」

「バッタのセンサー感度では捉え切れ無い程の高速で、目標は移動しています。その痕跡と思われる物に、街灯の上や車の天井についた足跡、火星の氷塊で建造した人工湖を走る水しぶき……」

「もういいわ……」


 何と常識外れなのだろうか……。
 人間の限界ギリギリにでも挑戦しているのか?


「後、余りの高速で画像の精度が悪いのですが……とあるホテル内部に入った可能性があります」

「とあるホテル? 場所の特定できる?」


 アリス・スプリングはオーストラリアのヘソと呼ばれる事もある陸の孤島だ。
 クリムゾンが本格的に情報発信基地として機能を整えるまでは、それ程の規模の都市機能は持っていなかった。
 それでも電波送受信を考慮したのか、今も高層ビル等一件も建っていない。
 現在そびえる全ての建造物より高い物と言えば、艦首から墜落し、解体作業中の無人艦ぐらいだ。
 だからホテルも自然と小規模なものとなるのだが……観光客が期待できない今、殆どが開店休業中の筈。


「……できました。ですがここ、反乱分子の連絡所の可能性があるとの事でチェックが入っていますが……」


 全ての連合兵が逃げ出した訳では無い。
 最後まで抵抗を続けんと、潜伏の道を選んだ者達もいる。
 中にはドナヒューさんも一目置くような凄腕もいるらしい。
 ……まあ最も、将来性を見据えた連中はこんな所に拠点は設けない。
 精々住民を脅して食いつないでいる、犯罪者レベルだろう。


「丁度良いわ。そのテロリストもろとも片付けてやる。」
 


 これ以上時間をかけて、舞歌様から干渉が入ったら面倒だ。
 今のうちに自力で動いて……潰せるものならば潰してしまうか。
 そう考えた私はその場は任せ、指定されたポイントに赴いた。





 が、到着した時は全てが終わっていた。
 ほんの数室しか無いこじんまりとしたホテルは今は見る影も無くボロボロだ。
 壁にはヒビが縦横に広がり、窓ガラスは例外無く割れている。
 一つ一つ割ったのではない。建物に起こった振動と柱の崩壊によって、窓枠がずれてしまったのだ。


「う……」


 その理由は直に解った。
 内部の壁にはあちこちに華が咲いていたのだ。
 真っ赤な……鉄の匂いがする。


「酷い……高速で壁に叩きつけられたのね」


 壁と、拳を押し付けたであろう死体の腹が大きく陥没している。
 アバラは全部折れてるな、これは……。
 そんなオブジェが五つか六つもある。
 


「……こんなものを、本気で制御できると思っているのか?」


 惨劇を見て、私の頭は否応が為しに醒めて行く。
 コントロールが利かないようでは、いかなる力も悲劇しか生まない。
 核兵器でもナイフでも次元は同じ。知識と良心が欠如していれば、たちまちどちらも凶器となる。
 ……相手は凶器でありしかも自由意志を持っている。
 自らの意志で破壊と殺戮のみを続ける存在等、恐ろしくて想像もしたくない。
 軍人や殺し屋は命令が無い限りはそんな事はしない。
 だがあいつは……気まぐれだけでこれほどの事をやってのける。
 


「止めなければなるまい……“今度こそ”!!」


 あの赤い華を見たのは初めてではない。
 私がまだ少女だった頃、見た事がある。
 ……それは変わり果てた友の姿だった。
 私の様な特異な立場に居る人間にも隔てなく接する所を除けば、極普通の少女だった。
 みだらに人を傷つけたりも、嘘をつく事も無かった……良い子だったのに……。
 親が“機密(しってはならぬこと)”に触れたために、消されたのだ。
 両親共々、潰れた蛙の様な姿に変えられて。


「私はあの時とは違うぞ……今は少佐やアクアに授けられた力がある……」
 


 だが彼女の妹は生きていた。
 とは言っても、私が駆けつけた時は腹を捌かれ最早虫の息だった……。
 燃え盛る屋敷の熱にも関わらず、彼女の身体が徐々にひんやりしていくのを、私は感じた。
 私の腕の中で寒い、寒いとうわ言の様に繰り返し、唇に至るまでその身を寄せていたから。
 その身が重く、固くなっていく中……私はただひたすら怖かった。
 彼女に私の体温全てが奪われるのではないかと……。


「それを狂気を掃う為に使って何が悪い……」


 死と言う強烈な現実を、両親の死より更に深く体験した瞬間だった。
 同時に、私が立つ世界の理不尽な“正義”を、感じ取った日でもあった……。 
 こんな宗教じみた、危険な正義が本当の正義である筈が無い。
 だから私は……。


“グシャ!”


 先程から五月蝿く鳴る木連の通信機を、叩き潰した。
 止まっては、ならない。
 止まればもっと多くの犠牲がでるのだ。
 




 外に出て、他のクリムゾンSSと情報確認を行ったが、どうやらまだ見つからないらしい。
 少なく共、今私が居るホテルからそう遠くない距離に居る筈。
 そう思案している時、見慣れた人影を発見した。


「城戸君?」

「あ、天道さん」


 デジカメとレコーダー片手に、今日も彼は街を彷徨っていた様だ。
 現在公判中の大久保編集長の意志を継ぐと、意欲的に豪州の真実の姿を世界に発信しているのだ。
 やっている事はOREジャーナル時代と大して変わりなく、豪州各地の町を転々とし、他愛も無い日常を伝えている。
 しかしこれが効果絶大だった。
 未だネットワーク復旧が完全では無い豪州で、距離が離れた都市同士のコミュニティの役目を果たしただけでなく、連合政府の公表を完全に圧倒する情報量で、世論に少なからず影響を与えているのだ。
 まあ虚偽で塗り固められた数字だけの報告と、週一で映像込みの明るい話題ではインパクトに差がありすぎるし……そうだ、彼はどうだろうか。


「ねえ、ここに赤い髪の女の子が来なかった?」

「赤い髪?」

「長髪を三つ編みにした、水色のワンピースの」


 手持ちの資金は無かった筈だから、服装を変えたことは無いだろう。
 さっきのテロリストも全員あのままだったしな。


「……見ましたよ。さっき」

「本当?! 流石は……それでどこに!」

「でも今貴女に教えるのはちょっとね」


 彼らしからぬ、深刻な表情を向けられ私は戸惑った。


「ど、どういう事……何か見返りでもいるの?!」

「俺は情報(ソース)を記事としてしか売りません。そうじゃなくて、泣きべそをかいている子供相手に、一体何をやっているのか気になってるんすよ」


 べそ……?
 馬鹿な。どんな相手だろうと虫のように殺す奴が?
 見間違いでは無いのか?


「この場所は初めてなんでしょう。道も解らず、言葉も解らない状況でさ迷い歩くあの子の姿は……辛かったです。ですから俺がお菓子をあげて道も……」


「何を! あれはそれだけの仕打ちを受けて当然の存在なのよ?! いい!!」


 私が知りうる限りの、あの一族が犯した悪逆の限りを私は吐いた。
 あの姉妹が死んでから、私はずっと探っていたのだ。
 得体の知れぬ存在によって、私達の世界が……日常が狙われているのは、何故なのか。
 そうしたらあの北辰を始めとした、外道の姿が浮かび上がってきたのだ。
 ……最も、これほど深く知ったのは優人部隊に配属されてからだったし、知った所で何かを起こす気にはならなかった。
 悔しいが、私は自分がどれほど弱いか知っていた。自分の限界が解っていた。
 だから私は、彼らの様な人間を必要としない世の中を、自分達の手で築き上げるという、遠回りな手段を目指した。
 ……だけどもう我慢の限界だ!
  


「シャロンもあいつにやられた! 次はアクアかもしれないのよ?! そんな不安要素を抱えたままで豪州の平定は不可能だわ! だから私が……!!」 
 
「だーかーら、何子供相手に神経質になってるんすか」

「子供じゃない!」

「子供です!!」


 ……きっぱりと城戸は言った。
 私は全てを話したぞ……? それなのに何故、私の考えを否定できる?!
 誰が見てもあれは単なる殺人マシーンではないか!!


「人生の殆どを座敷牢で過ごして、何も知らないんですよ?! 流行も、同じ年頃の他人が何が好きで、何に夢中になるのかすら……あの子にあるのは、人を壊す技と、戦いの知識だけです……貴女みたいに、友達と過ごしたり、買い物、勉強とかとも、一生縁が無かった。時の流れが僕らとは全然違うんです」

「!!」


 だからあんなに未熟なのか……?
 外道が基準なので、善悪の判断もままならない?
 ……それを利用したと言うのか、周囲が!!
 手を汚す事を良しとせず、代わりに真っ白な 意志がまだ固まっていない彼女を生贄に……。


「……だったら、なおさら放ってはおけないわ」

「天道さん……」

「捕まえて、追求し、絞り上げて……取り合えず、それから始めてみる」

「あ、ありがとうございます! いやーよかったよかったあ」


 いや、まだ何も解決していないのだけれども?
 いつも早とちりが過ぎるぞ、城戸。
 やってはみるが駄目だったならば私は……。
 とにかく、真意を確かめなければ。


 
「彼女“達”はこの先の廃墟の方に向かいました。先日の戦闘で閉鎖された区画です」

「達?!」

「何か小さな子供を連れてましたね……」

 一体何処でそんなのを拾ったのだ?
 いやそれよりも……何故そんな行動に出たのだ、あの彼女が?
 人質を取るといった小細工をするとは思えないし……。
 

 

 

その2に続く