Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT8 〔忘れ難き記憶〕
カイト編「EGO」


 物事が滞ったり、面倒に頭を抱える羽目になった時……漢なら、熱い湯に浸かって一旦全てを忘れ去るのが一番だ。
 鼻歌でも歌いつつ、ぼんやりと湯気を眺め、先のことよりも風呂上りのコーヒー牛乳に思いをはせ……って。


「バーチャルデータじゃどうあっても疲れは取れんがな」

「ごめんね……」


 
 二人っきりで浸かっているこの湯船、実はVRルームの技術を応用した仮想現実だ。
 立派な富士が壁に描かれ、獅子の口からだばだばと湯が出ているが……幻だ。
 現実の風呂、ナデシコ健康ランドは今の時間帯女性陣でごった返している。
 元々混浴な訳では無いのだが……どうも班長を始めとした無謀なる人間が、度々アタックを仕掛けるので遂に時間総入れ替え制になってしまった。
 班長、事風呂に関しては全く信用が置かれていないようだ……大体厳重なオモイカネのガードを掻い潜って、未だ桃源郷(本人談)を諦め切れていないようでは……。
 曰くこれは“男の子として生まれた運命(SADAME)だそうだが……俺はそんな運命やだ。
 まあ……イザとなればシャワーだけで終わらせるし、何より同席している彼は此処でしか洗えない。


「いいさ。それより背中を流してやる。少しでもさっぱりせんとな」

「うん」


 しっかりと石鹸を泡立てて、優しく小さな背中を擦ってやる。
 華奢で白っぽい身体に似合わず、汚れが酷い。髪だってほつれてる。
 たっぷりの湯を使い、爪を立てずに髪を揉み……エトセトラエトセトラ。
 他人の身体を洗う事がこれほど大変だとは。ふざけてガイやアカツキさんの頭をゲキガンガー風にするのとは訳が違う。
 ……暫く苦闘する事数分、ようやく目に見える汚れを全て取り除く事が出来た。


「“覚えたな”? これである程度は出来る筈だ」

「うー……全部自分であるのはしんどいよお」

「自立しろ。お前は何処のおぼっちゃまだ」


 莫大な資金と労力を費やしていると言う点では、この表現がぴったりだ。
 気難しくて我儘で……という部分も。
 ただ……親に一時的に放置扱いにされてしまった為、今では全部自分でやらねばならない。
 早すぎるからといって悪い事は無い……だが良くも無いだろう。


「ブロス、今度は整理整頓(デフラグ)の仕方を教えよう。10数えたら外に出て……」


“ガラッ”


「……誰か入室して来た?」

「大丈夫だろ」


 此処にアクセスできる人間は限られている。
 侵入する事はそりゃ可能だろうが、生憎そんな乱暴者に幟をくぐらせる訳にも行かない。
 それが出来る相手も、それどころでは無いだろうし。


「後は代わります」

「ハーリー? オモイカネは?」

「沈黙しました」 


“ゴーン”


 大きな銅鐸上に『フリーズ』の文字。
 ……一体どんな無理難題ふっかけた、あの二人。


「……言わんとする事は山ほど有るが、取り合えず後はリアルでな」

「あ、はい」

「じゃあね〜」


 まるでチャットから抜ける程度の気軽さだが、やっている事は大規模だったりする。
 かつてのオモイカネ暴走の際使用したシステムの流用とはいえ、オモイカネクラスのAIであるブロスの、調整作業なんて……。





 何故こんな事になってしまったのだろう。
 ……和平への道はまたしても遠ざかっている。
 アクア=クリムゾンの暗殺未遂、シャロン=ウィードリンへの襲撃……それに加え真紅の羅刹の来訪によりアクア派、シャロン派両陣営共、極めて甚大な被害を受けている。
 それに反してナデシコ側の被害が少な過ぎる。俺や副長の負傷等数えるうちには入らなかった。
 募る疑惑。疑われる資質……それらはアフリカ方面軍司令官代行が殺害された事で最高潮に達し、意見統合等夢のまた夢の話となった。
 数的にはこちらが相変わらず有利だ。むしろ、抗戦派に寄っていたアフリカ方面軍を、和平派に引き戻すきっかけにもなったが……それが余計に疑いをもたれる結果を生んでいる。


「気苦労が多い現状では、止むを得ない処置だとしてもだ……普通、自分の子供達をほったらかしにするか? 信じられんよ」

 これはブロスが命令逸脱をした制裁では無いかとも、俺は見ている。
 大人気無い事この上ない。

「彼らは自己メンテナンスシステムがありますから、それほど掛かりっきりの必要は……それに、彼らはプログラムですし」

「俺からすれば入れ物が違うだけで、彼らは最早同じ人間さ」


 今度こそリアルで汗を流し、俺はハーリーと共に一服している。
 俺は牛乳、彼は林檎ジュース。
 背が伸びたいと常日頃から言っていたのだから、と牛乳を薦めたのだが……ハーリーはこれに拘りがあるらしい。
 


「大体、外面だけ整って中身はガキな人間は幾らでもいる……逆もいるしな」


「そ、そこで何故僕を見るんです? 僕はそんな立派な……」

「果たしている責任と義務を考えれば、そうなる」


 照れるハーリー……彼がやっている事は褒められてもいいのだが……周囲は、ミナトさん以外“褒められようと”躍起だ。
 大の大人が情けない。プロスさんも副長も提督も……ついでにゴートさんも大変だろうに。
 ただ彼らはしっかりしている。自ら鬱憤の晴らし方を心得ているので放置していても問題無い(プロスさんと副長は仕事に逃げ、提督はカズシさんをしごいて。ゴートさんは……最早語るまい)。
 が、ハーリーはどうする?
 汗を流してストレス発散はある意味健康的で実に有意義だが、泣いて喚いているようじゃ失敗だ。
 俺に何が出来ると言う訳ではないが、せめて励ましと風呂に付き合うぐらいはしてやりたい。


「大体、今回の寄港も任務あってこそだと言うのに、何を勘違いしたのかお祭り騒ぎ……この切羽詰った状況下でよくそんな判断が下せるものだ」

「色々とルリさん達もストレス溜まる見たいですし、それは……まあナデシコらしいと言う事で……納得してくれません?」

「その“ナデシコらしさ”の価値が問われている現状で、悠長な事を言ってられない」

「だ、駄目ですか、そうですか……」


 ピースランドへ俺達が来訪中、残されたナデシコは鬱憤晴らしか憂いを払う為か、周囲一帯の新型跳躍門、通称モノリスを粉砕している。
 で、注意がそちらに向いている間にクリムゾンの特殊艦と大型戦闘機が強襲をかけ、連合の包囲網を突破。高杉副長らの連絡艇を回収してまんまと脱出してしまった。
 こちら側で回収できるようにしておけば、どれほど楽だったか……しかも、これが原因でピースランド城での火災への対応が遅れた事も批判されている。 


「まあ……カリカリしている状況で何をやっても上手くはいかないか。一番星コンテスト……やってみる価値はあるのかもな」


 ナデシコは現在日本に戻っている。
 建前としては連合軍の会議に提督が出席する予定があるからなのだが……実は、違う。
 その一番の目的はコンテストの資材確保だったりする。
 プロスさんが提案した一番星コンテスト……単純に言えば艦内の女性の中で一番輝いている人を選出するものらしい。
 人によって他者に対する評価が千差万別な以上、多数決でそんなものを決めた所で全く意味をなさない筈なのだが……現在、艦内はかつて無い程盛り上がっている。
 艦長に問うた所、プロスさんが“凄い景品”を用意しているので張り切っているそうだ。
 嗜好判断がかなり高度な艦長すら動くのだ。相当素晴らしいものなのだろう……。男である俺には参加資格は無いので蚊帳の外だ。景品の内容が気になる所だが……まあいい。


「カイトさんは?」

「俺? 俺はリョーコさん達と哨戒任務のローテーションを組んでいる。リョーコさんらはともかく、俺は行かないさ」





 ところがである。


「ペアを辞める?」

「……ああ」


 出発直前、こうリョーコさんに告げられてしまった。
  


「一人で行く。お前は……楽しんで来いよ」 
   
「貴女一人働かせて、のうのうと楽しむ事等無理です!」


 俺が一人で行けと言うのならば話は解る。
 彼女はヒカルさんらに引きずられる様な形で、コンテストへの参加が決まっていたのだから。
 ……それすらも蹴ると言うのだ! コンテストが終わるまでの全てのシフトをやるという……設定はされていたが、すっぽかす事は黙認されていたと言うのに!


「いいじゃねえか、別に。そういう時もあるんだよ!」

「この微妙な時期に何を……周囲一帯木連の勢力が駆逐された今だからこそ、警戒しないといけないんです! 特に極東は先の横須賀戦以来、本格的な掃討戦が行われましたが、そのせいで全体的に警戒意識が甘くなっている。ここを木連が逃す訳が……」

「あーもう、お為ごかしはいいから! 少し、一人にさせてくれ!」

「一人じゃ危険だから言ってるんじゃないですか! 貴女に何かあったら、俺は……」


 だが、次のリョーコさんの言葉は予想だにしなかったものだった。


「……俺じゃなくても、そう言うんだろう?」


「え」

「俺以外の誰かが、お前を求めても行くんだろう?」


「そ、そりゃあ……」


「……だろうな。お前、優しいから」


 何も言い返せないまま、俺は立ち呆けた。
 あの笑顔の意味は何だ? 心の奥底から来る、爽快ではないモヤモヤとした気持ちを、俺に生んだ……。





「カイト君!!」


 気持ちの悪い状態のまま、俺はヒカルさんに呼ばれてしまった。
 ああ、振り返りたくない。表情の維持が出来ないでいるのに……。


「あの様子だと、やっぱり引き止めるには至らなかったようね」

「イズミさん?」

「だから駄目だって言ったじゃない〜!」
  


 何やら必死だ。
 それにイズミさんも、捕らえ所の無い表情の中にも微かに……焦りが見える。


「もー、リョーコはウブなんだから、あんなもの見たら……」

「あんなもの?」

「……これよ」


“ヴン”


 コミュニケを通じて映された映像は……はい?


「ブロスとの調整作業とハーリーとの意見交換の場面? これに、リョーコさんをああする原因があったと?! 一体何処だ?! 何処で俺はミスを犯した?」


 目を皿にするように必死で画面を追うが……駄目だちっとも解らん。
 これといって危険な行動は無いし、彼女の気に障る単語も一句たりとも……そもそも、話題には出していなかった筈だが彼女の事は?


「う〜やっぱりカイト君には解らないかぁ。あのね、こう言う風に年下の男の子といるのって……その……誤解を生むんだよ?」

「……教育と称した制裁を加えているのではないかと? 成る程、地球では若人の自主性を養い、先人の影響に囚われない自由な発想を重視しているのですね! 失策でした……ブロスやハーリーの発展を俺が阻害していたとは!?」


「ちっがーう!」

“すぱぁん!”


 ……何処からともなく現われたハリセンが俺の後頭部を凪いだ。


「ほら! こことかこことか! ヤバイでしょ?! 不自然に密着していると思われても……」

「いや、ヒカルさんらも互いを洗う時これぐらい接近するでしょう? 班長が提供してくれた画像ではそうでしたし……」


“ズバァム!!”


 ……さっきの1.5倍近いスピードだぞ、今のは。
 同じ獲物でも、スピードが増せば単純な物理的破壊力は向上するのだ。竹光で殴られたかと思った……。


「ウリピー後で殺す……」

「はいはいご随意に……ヒカルの説明じゃどうも要領を得ない様だから、私が端的に言ってあげる」


 一気に空気が引き締まった。
 イズミさん、普段力を抜いている分、イザって時はとてつもない集中力を誇る。
 基本的に勝負時を見極めている人なのだが……それを、今俺なんぞの為に?!
 何を言われるのだ、俺は……。


「女ってのはね。誰からも一番でありたいって言う願望が強いのよ。今回の一番星コンテストで、みんな必死になっているのもそのせい」


 コンテストに向けたアリサさんやホウメイガールズのみんなの、涙ぐましい努力が思い浮かぶ。
 何せ今回の“攻略目標”は能力・容姿・年齢……そんなものはお構い無し。
 最も重要視されるのはその意気込み……執念。
 そしてそれらは拮抗している。戦闘時と違い、得手不得意等無い。
 力の渦の中で俺は、心底身を縮めた事もあったぐらいだ。


「結論から言えばリョーコはカイト君を気にかけている。自分を一番星として見てくれるかもしれない……と」

「……!」

「でもカイト君はそんなリョーコをほったらかしに、誰にでも優しく振舞う……だから自分の想いにも、いい加減迷いが出て来たのよ」

「誰かに優しくする事が、罪なのですか?!」
    
「時と場合によってはね……結局最後は一人に絞る必要があるんだから、割り振る想いも考えないと」


 誰かを蔑ろにしてまでも、リョーコさんに……駄目だ、そんな事をして、リョーコさんが良い顔をする筈が無い!
 それにこの船は……軍規で縛られてはいない!
 人の想いで柔らかに……それでいて網状に、がっしりと編み上がった絆で包まれている!
 それを俺如きが乱して良い筈が無い!


「貴方の想い一つで維持出来なくなる程、ここの絆は弱くは無い」

「……?!」

「後悔しないよう、好き勝手やる事も受け止めるわ……例えそれでナデシコが沈んでもね」

「!! それは?!」

「これは覚悟の問題よ。それに……例えナデシコが無事でも、リョーコに何かあったら貴方は自分を許せる?」
 


 そうは言うが、何処かイズミさんの表情は嬉しげに見えた。
 期待しているのだ。俺が……リョーコさんに全てを賭ける事に。
 そして同時にこうも感じた。
 何だかテンカワさんに似ているのだ、この表情。自らが手に出来なかったものを、他人が得るのを微笑ましく見つめる、暖かな目が。





「ならばそれに応えよう……考えうる、可能な限りの全ての行動をもって!」


 可能な限り……そうは言うものの、取れる手段は限られている。
 取り合えずアルストロメリアで出撃し、後を追う……まずはそれぐらいしか出来ない。
 大体、それすら問題の根本的解決への糸口にもならない。
 どうやって知ってもらえばいい……この、気持ちを。
 こればかりは誰かに教えられる訳には行かない、俺の気持ちなのだ。誰かの答えは使えない。


“ピッ”

〈カイト兄ぃ!〉


「止めるな、ブロス」

〈いや寧ろ急いで出て欲しいんだ!!〉

「何?」

〈リョーコさんのエステのシグナルが……消えたんだ!〉


「何だとおっ!!」

“ゴッ!”


 アルストロメリアと同時にブロスも飛び出してきた。
 これはいい。アルストロメリアの行動半径はそれ程広くないのだから。
 彼のお陰でグッと彼女を探しやすくなった……探すという生易しいものではなく、捜索になってしまったが。


〈今から約30秒前に突然……電波障害の可能性があったから確認が遅れたって……〉

「それを逃すほど耄碌していないだろうオモイカネやダッシュは! 一体何やってたんだ!!」

〈コンテストで使われる立体映像とかに、二人共容量喰われちゃって動きが遅れたんだよ!〉

 使い手も使い手だが何て体たらく!
 よりにもよってこんな時に……。


〈間違いなくコンテストは中止だよ! アキト兄には伝えてあるし……〉

「……だが戦闘配備にはなっていない。となると……」


 嫌々文句を言いながらも、まんざらそうでない様子でコンテスト様の衣装を吟味する、あの人の顔が浮かぶ。
 厨房で楽しげに聞こえる鼻歌……煌びやかな衣装をもって右往左往するイネスさん……。
 ヤケクソ気味に叫んでいる副長……皆、今日この日を心待ちにしていたのだ。


「……俺達が……割を喰えば良いだけだ!」

〈カイト兄ぃ?!〉


「大体、これが誤認だったら俺もお前も間違いなく引き裂かれるぞ? それは嫌だろう?」


 明るく振舞ったつもりだが、ブロスには見抜かれた。


〈……そうである可能性が限りなく少ないから、僕はここにいるんだよ〉

「まあ、な。しかし俺一人で片が付かないとなると、今更ジタバタしても手遅れだとも思うがね」


 相手はリョーコさんを一撃で行動不能に持ち込む事が出来た。
 それが物理的、電子的であれ極めて脅威である事に変わりは無い……これほどまでに接近された後では全てが遅すぎるのだ。
 ならば……先手を打ってこちらから仕掛ける他無いだろう。
 大規模な戦力を動かすのではなく、少数精鋭で……。


「だからテンカワさんもお前を寄越した……そうだろう?」


 それに答える代わりに、ブロスは機体を急加速させた。
 





 最後に信号が途切れたのは海上……だが、近辺に存在する群島に塗膜と強化プラスティック片が散乱している事から、水没と言う最悪の事態だけは免れた様だ。
 ただ……。


〈……ねえ、これどう見たって……〉

「引きずられているな」


 その周囲の砂が不自然に盛り上がっている……最悪ではないにせよ、最低の状況である。
 ……どうやら敵は、相当な戦力をこちらに持ってきていた事は確かだ。


〈……何かさ、最悪のシナリオが組みあがってるんだけど……〉


 ブロスがそう思うには根拠がある。
 まず、破損した装甲には弾痕が見当たらない。代わりにあるのは、何か棒状の物で貫通されたような凹み。
 今更ナデシコ側に虫型を投入しても無意味だと、木連側も知っている筈……何せ最新鋭のダイ級でも歯が立たないのだ。
 順調に回復しつつある戦力を、たかが自己満足で潰させるほど、東舞歌や草壁春樹は無能ではない。
 だがそれなりの根拠がありさえすれば、どんな戦力でもつぎ込んでくる筈だ。
 ナナフシや北辰、そして北斗。
 それに類する存在が、ここに……あるいは本人か?
 


「……万が一の時は、二人で何処かに逃げたとでも言ってくれ」

〈!!〉

「少なく共戦後までは隠し通すんだ……このタイミングでジンクスが崩れれば、致命打になる」


 誰も死なせなかった事が、ナデシコの奇跡的なまでの士気を支えている。
 そこに訃報が、しかもこうまで浮かれている時に入ったら逆効果……一気にどん底へと突き落とされる。
 今まで通り等土台無理。彼女はナデシコの、いや……俺達の要。
 そして俺の……。


〈……! 音紋関知!! データはある……!〉

「皆まで言うな。お前は離脱開始!」


 態々足跡を立てるぐらいなのだから、余程の馬鹿かそれとも玄人か。
 数的に余裕があるのか、技量的に引き離しているのか……さて。


“バキ……バキバキバキ……”


「……行かせたの、間違いだったな」


 銀色の夜天光部隊は、その全てに当てはまる。
 こんな癖のある機体のみで部隊編成を行うなど、どうかしている……それを扱いこなせるだけの技能を、持ち合わせて居る事も!


「……」


 その数……五機か。
 二体一組で二つのチームを作り、それを統轄する一機という編成なのだろう。
 ……先頭に立つ機体も、“いかにも隊長機”と言った風に頭部が特別仕様だ。
 虫型やジンシリーズとも違う、単眼の大型レンズには、こちらの黒い機体が良く映える。


「……」


 夜天光はダリアといった特機を別にすれば、現行の機体では最高の能力を持つ。
 同時に最大のコストもかかる筈だ……パーツが量産化を前提としていない上に、生産数が極端に少ない為に一向にコストダウンが図れない。
 殆ど小型戦艦であるダイ系とどっこいどっこいの手間をかけて、それを遥かに上回る性能を持っているのだから恐ろしい。


「……」


 ……何が目的なのだろうか?
 偵察にしては余りに過ぎた戦力であり、目的が見えな……。


“バキ、バキバキ……”

「って待て待て待て! 無視か!!」


 何事も無かったかの様に踵を返していく夜天光部隊に俺は思わず怒鳴っていた。
 雉も鳴かずば……とは言うが、これだけの部隊、放置は出来ない。







〈黙秘コードでも受けているのかと思ったが……喋れるなら挨拶ぐらいしようじゃないか、兄弟」
 


 モニターに映った男は若い。
 青みのかかった美しい黒髪を、無骨な銀色のヘルメットに収めている。
 ……多分、“俺が髪を染めたらこうなる”。
 俺がアルストロメリアに乗っている事には、頓着していないな。
 この様子だと、幾らかエステバリス系の機動兵器はコピーされているのかもしれないな。


「……ロットナンバーは」

〈第三世代型……そちらの方が古いが、最高位のプロテクトがかかっている様だが……〉

「……黙秘コードに引っかかる」

〈そうかい〉


 人造人間同士の奇妙な会話……。
 俺は、生まれてこの方人間として扱われてきたが、奴らは違う。
 人造人間は互いを兄弟と呼ぶ。そして互いが蓄積する戦闘データをやり取りし、その問題点や注目点を議論し、更に機能を向上させる事に喜びを感じる。
 只それは純粋な戦略戦術を問わず、同部隊内の通常人員に関する詳細な観察にも及び、開示データだけでは解らない隊員の評価を試みる。
 要するに、世話話を良くするのだ俺達は。只それが好きでやっているか、ABCに組み込まれたプログラムかの、大きな違いが有るが……。  
 
      


〈……所で、そっちの任務は何だ? 兄弟〉

「……とある人物を探している。胸囲、胴囲……」


 と、班長とアカツキさんがいつぞや提示してくれたデータを言う俺。
 服ぐらいなら彼女の好みで選べばいいと思い、無意味かと思ったが……いやはや、どんな所で役に立つかわからない物だ。



「どうだ。該当する人物に心当たりは」

〈俺達の任務と重複しているな〉


 あっさりと答えが返って来た。
 夜天光の列が割れ、その先には……。


「!!」


 その名を叫びそうになったが、止した。
 ここで動いたら全てが水の泡である。


〈俺達の任務は撫子への強行偵察。予想進路上で待ち伏せしていたが、可笑しな事に大幅に進行速度を落としていてな。諦め様かと思った時に、こいつが来た〉

「……それで撃墜し、捕縛したと」


 両足を吹き飛ばされている状態で、両腕をそれぞれ捕まれている。
 何か捕まった灰色の生物の様な状態だが、無事なことは無事なのでほっとした。
 一応、ピットは無傷のようだが……この機体はもう駄目だな。
 動力部やモーターのみを的確に破壊している。人間で言えば体中の間接を全て折られているような状態だ……。


「……俺の目的は中身だけだ。他は要らない」

〈困るな。可能ならば撫子構成員の“試料”が欲しいとも、こちらは言われている〉


「……!!山崎の命令か?!」

〈ああ、ラボ送りだ。簡単には覆せない〉

「ああじゃない!! そんな非人道的な命令を、よくもお前ら……」



〈……人間みたいな事を言うんだな、兄弟〉


 人間、みたい……?
 この一言を聞いて、俺は目の前の同族が、ひょっとしたら全く違う存在では無いかと疑う様になった。
 人造人間は、能力の向上を図るために一番に手本とするのが、人間そのもの。
 彼らに対し、ともすれば行き過ぎともいえる敬意を払って、接するのが普通だ。
 しかし何だこの冷ややかな態度は?!


〈極めて非論理的で、乱数要素が多過ぎる存在だろう? やれる筈の事を出来なかったり、やれない事をやろうとして、失敗する……俺達にとっては、彼らは“反省材料”であってそれ以上の何でもない〉

「その彼らが! 俺達を創ったんだぞ?!」

〈それも乱数要素の末の、偶然によるものに過ぎない。お陰で最初はこっちまでその割を食った……兄弟みたいに〉


“ザッ”


 俺がクローを展開したのと、相手側が錫杖を構えたのはほぼ同時。
 ……最初から判っていて探っていたのか?! 何の為に!!



〈だが兄弟、俺はお前の事まで一緒くたにする気はない……偉大なる先駆者として、尊敬すらしている〉

「先駆者……?」

〈人が、俺達に敢えて与えなかった唯一の概念……“社会”を知る者として〉



 
  
 
 

 

その2に続く