起動戦艦ナデシコ
MARS ERBE
第3話
―ナデシコ 通信室―
トウヤはアカツキと話していた。佐世保での艦長の遅刻についてである。
『困ったものだねえ。早速やらかしたか』
アカツキはやっぱりね、という顔をする。
「?どういう意味だ?」
『まさかとは思ってたけど・・・・ね』
「・・・そう思ってたんなら、なんで彼女を艦長にしたんだ?」
『ナデシコクルーのコンセプト、プロス君から聞かなかったのかい?』
「『性格はともかく能力は一流』、か?」
これを聞いたとき、俺も性格はともかくなのか?とトウヤは思った。褒められているのかけなされているのかよく分からない。
『そういうこと。士官学校戦略シミュレーションで主席で卒業だからね、彼女は。能力のみに注目して選んだってわけ』
「・・・すこしは人格も気にしとけ。艦長ってのは戦いで指揮することだけが仕事じゃないぞ?」
『分かってるさ。今回のことについては僕の油断だったよ』
見事に期待を裏切ってくれたよと苦笑しながら続ける。
「どうするんだ、このまま保留か?俺としては別にこのままでもかまわんが・・・あの艦長が信頼を取り戻す、というより信頼を得るのは時間がかかるかもしれんぞ?」
なにせ初っ端からあの大遅刻である。クルーにとっては、なんなんだあの艦長はってやつだろう。
『いや、そこは大丈夫さ』
にやりと笑う。
「?どういうことだ?」
『それは後のお楽しみ。じゃあトウヤ君頑張ってくれたまえ。『いろいろ』とね』
そう言ってアカツキは気になる言葉を残しつつ、含み笑いをしたまま通信を切ってしまった。
「おい、ナガレ!・・・・・っとになんだというんだ?」
妙にあの含み笑いが気になった。
現在ナデシコは太平洋上を航行中。佐世保での木星トカゲとの戦闘後、数度木星トカゲとの戦闘があったが小規模な部隊だったので、ナデシコの主砲により一瞬で殲滅された。
これにはクルー全体が驚愕した。連合軍がてこずっている木星トカゲを一瞬で殲滅したのだ、無理もないことだろう。そのおかげで艦長ミスマル・ユリカへの不信感は多少拭われた。
概ね順調、順風満帆である。
サファイアもトウヤの心配とは裏腹にすぐにナデシコに溶け込んでいった。・・・相変わらずゴートは苦手だったが。サファイアに知り合いが増えることはトウヤにとって嬉しいことだった。
―ナデシコ プロスの部屋―
「・・・・ということなんだが」
トウヤは先ほどのアカツキとの通信をプロスに話していた。部屋にはトウヤとプロスしかいない。いつもトウヤにくっついているサファイアはブリッジでルリと遊んでいる。
「どうしてあいつはこう・・・もったいぶるんだ?」
いちいちもったいぶらなくても、とっとと話してくれたらいいのだ。
「・・・それがあの方の楽しみみたいなものなのですよ」
苦笑しながら言うプロス。そう言いながらも書類をかたづけている。まったく多忙な男である。
「そんなもんか」
「ええ。特に最近は会長室に缶詰ですからな。能がないんですよ」
「つき合わされるほうはたまらんぞ。だいたい缶詰にされているのは自業自得だろうが」
アカツキはなかなか仕事をしないのでエリナによって会長室に半軟禁状態なのである。
「まあ、なにか考えがおありなのでしょう。あの方はあれでいろいろやっていますからな」
「たしかにそれについては認めるが・・・・そういう秘密主義は俺は好かん」
その言葉にプロスは作業の手をとめ、トウヤを見据えた。
「トラウマ、ですか?」
「・・・そんな大層なものじゃない。ただ、『先代』は戦い方くらいしか教えてくれなかったからな・・・」
「・・・・・」
「さて・・・飯でも食いに行くか」
トウヤが部屋を出て行った。プロスは全ての書類を片付け、しばしうつむいていた。
「『先代』・・・・・あなたがいないことが本当に悔やまれますよ」
―ナデシコ 食堂―
トウヤがちょうど食事を終え、テーブルで茶を飲んでいるところに1人の女性が来た。
「あれ、今日はサファイアちゃんいないんですか?」
「ああ。ブリッジにいるよ」
テラユキ・サユリ。初めてトウヤがサファイアを食堂に連れてきたとき以来、サファイアのことをとても可愛がっている。トウヤは子供が好きなんだなと思っているがそれだけではない。
サファイアについてはトウヤは自らの養子だということにしてある。届出されていないので正式な養子ではないが。
「そいつは珍しいねえ。あんたにくっついていないなんてさ」
厨房からコックであるリュウ・ホウメイが出てきた。
「まあ、あの子もいつまでもあんたにべったり、ってわけにはいかないだろうからね」
そう言い苦笑する。
「俺としてはその方が安心だよ。いつも俺が傍にいてやれるとは限らないからな」
「フフフ、父親は大変ですね♪」
「・・・まったくだ」
本当に大変である。特にサファイアを預かった当初が大変だった。外の世界に初めてふれるサファイアにとって唯一安心できる存在がトウヤだった。おかげで当初はつきっきりだったのだ。戦闘が少ない極東とはいえ、まったくないわけではない。戦闘に出なければならないときなど特に大変だった。
「まああの子が友達を見つけたように、あんたもあんたで誰か見つけりゃいいのさ」
これはトウヤにも同じように友達を見つけろと言っているのではない。無論トウヤもそれには気づいている。
トウヤはため息をついた。
「あのな・・・・俺はしばらくは誰かと付き合うなんてことはない。ただでさえ木星トカゲと戦わなければならないってときに・・・・。なにより、俺のことを好きになってくれるような奴がそうそういてくれるかどうかが問題だな」
「あら、じゃあ立候補しようかしら」
後ろからそう言いながら寄ってきたのはハルカ・ミナト。
「なによりあのサファイアちゃんの義母親になれるわけだし♪」
「おいおい・・・」
トウヤは頭をかかえた。
「フフ、冗談よ、冗談」
楽しそうに笑っているが、トウヤは最近こういったことが多くなってきているのでシャレにならないのだ。
「でもトウヤ君、探せばすぐに見つかるんじゃない?」
「今はこの航海が無事に終わることを願うだけで精一杯だ」
「じゃあ、女の子が寄ってくるのを待つわけ?自信過剰ねえ」
「・・・もうどうとでも言ってくれ」
そう言ってトウヤは脱力し、テーブルにつっぷした。
「サユリ、あんたはどうなんだい?」
ホウメイが笑いながら冗談半分でサユリに言った。しかしそれは冗談ではすまなかった。
「えっ!?わっ、私は・・・」
顔を真っ赤にさせ、口をぱくぱくさせている。言葉がみつからないようだ。
「あっ、私、厨房にいますね!」
そう言って厨房の奥にひっこんでいった。それを見てホウメイは苦笑し、ミナトは面白くなったというような顔をしている。
「おやおや、若いってのはいいねえ」
「面白くなりそうね、これは・・・・ねえ、トウヤ君」
「はあ?なにが?」
トウヤは今だに脱力し、テーブルに突っ伏していた。先ほどサユリが赤面していたのも見ていないようである。それにミナトはため息をついた。
「・・・・もう、タイミング悪いわねえ」
―ナデシコ 通路―
あの後トウヤとミナトはブリッジに向かっていた。プロスから重大発表があるのでブリッジに集合してもらいたいと連絡があったのだ。
「なんで俺までいなきゃならないんだ、俺は一介のパイロットなのに」
「まあ、いいんじゃない?どうせなにもすることないんでしょ?」
文句をいいながらもブリッジに歩いていたが、途中で妙な空気を感じた。それはトウヤを警戒させるに十分だった。
「・・・・・ミナトさん、悪いがプロスに俺は欠席すると言っといてくれ」
「えっ、どうして?」
「ちょっと急用ができた。プロスには適当に言っといてくれ」
そう言ってトウヤは走り出した。
「あっ、ちょっとトウヤ君!」
―ナデシコ ブリッジ―
ミナトがブリッジに入った。
「おや、ミナトさん。トウヤさんはどうしたのですか?」
プロスが聞くが、ミナトは首をふる。
「なにか急用ができたって言ってたわよ。真剣な顔して」
ミナトの言葉にプロスは考え込んだが、
「そうですか。ではトウヤさん抜きで始めましょう」
そう言って重大発表を始めた。
(すみません、トウヤさん。そちらはお任せします)
―ナデシコ 倉庫―
あまり広くはない倉庫の中にに10人近い軍人が集まっていた。手に手に銃をもっており、一様に厳しい雰囲気をかもし出している。
その中のリーダーらしき男が口を開いた。
「いいか、諸君。これから極東本部からの命令どおり、このナデシコを接収する」
軍人達がうなずく。
「応援として極東第二艦隊の一部がくることになっている。それまでに一気に制圧するぞ」
「では各自散開「しなくていい」
リーダーらしき男が各自に命令する声にかぶるように別の声が倉庫の外からした。
扉が開く。そこにいたのはトウヤだった。
「ナ、ナカヤマ大尉!?」
「まったく面倒なことをしやがって・・・」
頭をかきながらトウヤは倉庫の中に入った。
「悪いな・・・・しばらく眠っていろ」
数分後
倉庫の中に立っているのはトウヤだけだった。軍人達は一様に倒れふしている。
トウヤは無傷である。軍人達は銃をかまえていたが、それを使おうとはしなかった。銃で脅そうとする勇気はあっても、それを同じ人間に向かって撃つ勇気はなかったということだ。まして今の時代は無人兵器との戦いである。
「しかし極東本部からの命令か・・・・おそらく極東本部の独断だな」
ナデシコをネルガルが私的に運用することは連合軍総司令部から許可が出ている。それを一地域軍が覆せるとは思えない。
トウヤは軍人達を縛り上げ、ブリッジに向かった。
―ナデシコ ブリッジ―
「そんな!では地球の抱える木星トカゲからの侵略はどうするのですか!?」
ジュンが声を荒げた。先ほどプロスが火星に向かう旨を言ったところだった。
「確かに地球は木星トカゲの脅威にさらされています。しかし火星に残されている人々はどうなったのでしょう?」
「どうせ死んでんでしょ」
ルリが辛辣に言った。横にはサファイアがどこから持ってきたのか椅子に座っている。
「それを確かめるために火星に行くのです。では艦長ご命令を・・・」
「はい!それでは機動戦艦ナデシコ、火星に向けて出「ちょっと待った」・・・・うう、出番ないよ〜(涙)」
待ったをかけたのはちょうどブリッジに入ってきたトウヤだった。
「悪いが地球においていかなきゃならないものがある」
「なにそれ?」
「すぐに分かる。・・・・・ほら、来たぞ」
トウヤが前方に広がる海面に目を向けた。つられてブリッジクルー全員がそちらに顔を向ける。
するとちょうど海面から戦艦が浮上した。
「え、なになに?」
「あれは・・・・トビウメ?」
ナデシコを囲むように3隻の戦艦が浮上した。トビウメ、パンジー、クロッカスである。
「前方の戦艦より通信です」
ブリッジに大きくウィンドウが現れた。ガイゼル髭の軍人である。
「ユゥゥリィィカァァァァ!!!」
「おとうさまぁぁぁ!!??」
ブリッジに響いたのは歌手もびっくりの大音声だった。
「なんつー声を・・・・」
トウヤは耳を押さえていた。他の人も一様に耳を押さえている。
ミスマル・コウイチロウ中将。極東第2艦隊の提督であり、極東軍のナンバー2である。
「おお〜〜、ユリカ〜〜〜、久しぶりだなあ。少し痩せたんじゃないのか?」
「嫌ですわ、お父様。まだお別れして一週間もたっていないじゃありませんか」
「おお、そうだったか?」
すっかり親子の会話を展開している。ミスマル提督の顔は完璧にゆるんでおり、普段の厳然とした雰囲気はまったくなかった。
「あの、艦長。親子の会話はそこらへんで・・・・」
プロスがみかねて、止めにはいった。
「あ、はい。お父様、どうしてここに?」
「うむ、ナデシコに告げる。直ちに停船し、武装解除せよ!ナデシコは我々連合軍が預かる!」
先ほどの情けない顔を打ち消すように言った。あのほのぼのとした親子の会話の後だったので、いまいちしまらなかったが。
「困りますな〜、ナデシコを私的に運用することはすでに軍とは折り合いがついているはずですが・・・」
「その軍が言っておるのだ。連合軍が必要としているのは木星トカゲと戦える戦艦だ。それをみすみす民間で運用させるなど出来ん!」
その後の話でプロスとユリカがトビウメに行き、交渉することになった。マスターキーはユリカに抜かれ、ナデシコは動力を失い、海面に着水した。
「こら」
トウヤはブリッジを出て行こうとするジュンの服の襟をつかんだ。
「ぐっ、なにするんですかトウヤさん」
ジュンは振り返って抗議の声をあげた。
「なにするんですか、じゃない。どこに行く気だ」
「当然、ユリカに・・・」
「艦長がいないときに副長までいなくなってどうするんだ。艦長がいないときに指揮をするのはお前の役目だろうが」
するとジュンははっと気づいたような顔をした。
「・・・そうですね。すいません」
「マスターキーがないといっても指揮をする人間は必要だ。お前は居残り」
トウヤはフクベたちに先ほどの軍人達のことを話した。
「なるほど。保険をきかせていたってわけね」
ムネタケが嘲るかのように言った。
「おおかた極東本部のタナカ司令だろう。総司令部がそのような命令を出すとは思えん」
「俺もそう思います。気づいたからよかったものの、軍人が民間人に銃を向けるなんて・・・」
民間の船を制圧しようなど横暴もいいところだ。
「まあ、軍人達は交渉後にあちらにつれて帰ってもらえばいいじゃろう」
「分かりました。しかしこの交渉・・・どうなるんですか?」
このまま軍に編入されることはないと思うのだが・・・。しかし極東軍がなりふりかまわず強硬に出れば
どうなるかわかったものではない。
「大丈夫だ。あちらは本気なのだろうが・・・・・所詮は茶番だよ。それはプロス君もよく分かっているだろうがな」
―トビウメ 応接室―
「さあ〜、ユリカ。たくさんお食べ」
ユリカの前にはたくさんのケーキが並べられていた。それを見るだけでプロスはおなかがいっぱいになりそうだった。
「はい、お父様。いただきます」
そうしてユリカはケーキを食べ始めた。
プロスは早速交渉を始めようとしたが、ミスマル提督に通信が入ってしまい、ブリッジに行ってしまった。
(まあ、交渉をしようがしまいが同じことですがね)
―トビウメ ブリッジ―
「なっ、なんだと!?」
ミスマル提督は通信の内容に激高していた。内容は直ちにナデシコを解放し、極東本部に帰還せよとのことだった。それもミスマル・ユリカを連れて・・・。
「ミスマル中将、これは極東本部の独断なのだ。総司令部はナデシコが火星に向かうことを依然許可している。極東本部のタナカ司令にはおって軍法会議への召喚があるだろう」
通信の相手はスキンヘッドの黒人の男、総司令部のウォーレン・ベイティ中将であった。
「しかし連合軍にナデシコは必要なはずだ!それに娘も連れて帰れなど、総司令部はどういうつもりなのだ、やはり佐世保の件なのか?」
「ミスマル・ユリカの解任は『佐世保の件だけが原因ではない』、とだけ言っておこう」
「どういうことだ?」
「それを君が知る必要はない。ともかくこれは総司令部からの命令だ」
「くっ・・・・分かった。ただちにナデシコを解放しよう」
ミスマル提督は悔しそうに歯噛みして、通信を切った。
―トビウメ 応接室―
ミスマル提督は先ほどの通信の内容を2人に伝えた
「ほぉ〜、左様ですか。では私はナデシコにもどらせていただきます」
「納得いきません!!お父様、どうして私がナデシコから降ろされるのですか!?」
プロスは笑ってナデシコに帰ろうとしたが、ユリカには容認できるものではない。
「我慢してくれ、ユリカ。これは総司令部からの命令なのだ」
「でも・・・・・」
そこに爆発音が響いた。
「なっ、なんだ!?」
―ナデシコ ブリッジ―
「海底よりチューリップが浮上。連合軍戦艦パンジーが撃破されました」
ナデシコからはチューリップが次にクロッカスに向かっているのが見えた。
「なぜチューリップが接近していることに軍は気づかなかったのだ!?」
「このチューリップは地球に落下して以来、まったく機能していなかったものです。そのためあちらは警戒していなかったようです」
「まずいな。マスターキーがない以上、ナデシコは丸裸だ」
『アオイさん』
プロスからだ。ヘリの中のようである。
『今、マスターキーをもって帰ります。それまでの時間を稼いでください』
ジュンはユリカの姿が見えないことが気にかかった。
「ユリカは?」
『それについては後でお話します。今はチューリップが先決』
そう言ってプロスはコミュニケを切った。
「・・・・確かに、今はチューリップだ。トウヤさん、エステで・・・ってトウヤさんは?」
ブリッジにトウヤの姿はなかった。
「トウヤなら格納庫に行くって」
「いつの間に・・・」
―ナデシコ 格納庫―
トウヤが全力疾走で格納庫に入ってきた。
「ウリバタケ、エステは!?」
「おお、空戦フレームに換装済みだ!すぐに出れるぞ!」
「あの軍人達は?」
「頼まれたとおりコンテナにつめといた。しかしいいのか?あんなことして」
「かまわん。それが一番早いだろう?」
軍人達はコンテナに詰め込んである。まだ気絶していたしのでその作業は容易なことだった。
トウヤは急いでエステに乗り込んだ。
エステを起動させ、カタパルトに移動する。そこで思い出した。
「しまった。マスターキーがないからカタパルトも使えないんだ」
『トウヤ!走って発進だ〜!』
ウリバタケはすこし嬉しそうに言っている。
「走ってか、気が進まんがな。低空発進すれば・・・・」
『いいからやれ〜!走って発進は基本だ〜!』
なんの基本なのかトウヤには分からなかったが、勢いに押されたので走って出撃することにした。
『では僭越ながら私が発進の合図を・・・』
今度はルリが現れた。横にはサファイアの顔半分がうつっている。
『ルリお姉ちゃん、私がやりたい』
『駄目ですよ、サファイア。これだけは譲れません』
『残念』
『よ〜〜い・・・・ドン』
いまいち気合の入らない合図だったがともかくエステを走らせ、外に飛び出した。
外では異様な光景が広がっていた。
上空へ逃れようとするクロッカスをチューリップが引き寄せている。クロッカスは徐々にチューリップに引き寄せられていき、最後にはチューリップの吸い込まれてしまった。
「おいおい・・・。出てくるだけじゃなくて、入ることも出来るのかよ・・・」
呆然と見つめていたが、そこにジュンから通信が入る。
『トウヤさん、プロスさんがナデシコに到着するまでの間、囮をお願いします』
「分かった」
チューリップに接近する。チューリップの触手が迫ってきたが、たいした速さではない。軽々と回避し、チューリップの上を飛び回る。チューリップにとってはまとわりつく虫みたいなものだろう。
しばらく触手をからかっていたが、そこでチューリップはプロスの乗るヘリに気づいたようだった。
「あっ、こら!お前の相手は俺だろうが!!」
チューリップの触手がトウヤにかまわず、プロスのヘリに向かった。
「やばい!間に合わない「ゲキガン!!フレアァーー!!!」
ヘリにあと数メートルと迫ったところで青いエステバリスが体当たりで触手を断ち切った。
「なっ、その声はヤマダか!!?」
『ダイゴウジ・ガイだ!!・・・・待たせたな、トウヤ!!俺が来たからにはもう大丈夫だ!!』
こんなときでも主張は忘れてない。
「お前怪我は!?それになんでエステが青いんだ、ピンクだろ?」
出撃するときはすぐに自分のエステに乗り込んだので気にしなかったが。
『ふっ、怪我など気合で治した!それに熱き男の迸りはピンクでは表現できんのだ!!』
だったら赤のほうがいいんじゃないかと思ったがあえて言わなかった。
言っている間に触手が迫ってきた。
「おっと・・・」
間一髪回避する。
『トウヤ、ゲキガンフレアを使え!!』
またしてもウリバタケだ。
「そりゃさっきのヤマダ『ダイゴウジ・ガイだ!!』がやったやつか?」
『そうだ、ディストーションフィールドを利用した高速移動攻撃だ!』
「・・・やってみるか」
触手と距離をとり、一気にエステを加速させる。
『叫べ、トウヤ〜!ゲキガンフレアだ!!』
「ゲキガ・・・って叫ぶか!」
あやうくまた叫ばされるところだった。ディストーションフィールドを纏って触手を次々に断ち切っていく。
『トウヤさん、プロスさんがブリッジに到着しました。グラヴィティブラストを使うので退避してください』
ジュンから通信が入る。ナデシコは動力を取り戻し、海面から浮上していた。
「了解。ヤマダ、退避するぞ」
『ダイゴウジ・ガイだ!』
急いで退避する。
「グラヴィティブラスト、発射!!」
「了解。グラヴィティブラスト発射します」
ナデシコから黒い奔流がはなたれた。チューリップはそれに飲み込まれ、爆発した。
「・・・凄いな。チューリップさえ破壊するか」
トウヤはその威力に驚嘆していた。
『おい、トウヤ。あのコンテナどうするんだ?』
「ああ、そうだったそうだった」
ナデシコに戻り、軍人が入っているコンテナをトビウメの方向に放り投げた。海に落下したが、きっとコンテナの中は凄いことになっているだろう。
その後、エステを回収し、ナデシコはその空域から離れた。
―ナデシコ ブリッジ―
プロスがトビウメでのことを話した。それに半分は驚き、半分はやはりという顔をした。
「なぜ?なぜユリカが?」
「それは私にもわかりかねます。なにせ総司令部からの命令だそうですから」
「ネルガルはいいんですか?」
「かまいません。これはネルガルの意思でもありますからな」
ネルガルも艦長を解任しようとしていたということである。どっちにしろ艦長は解任される予定だったということだ。
「何故です?」
「それは・・・言わずともお分かりだと思いますが?」
佐世保での遅刻の件である。軍人たるもの戦場で遅刻が許されようはずがない。戦場は刻一刻と変化し、その遅刻がたくさんの死を生み出しかねないのだ。
「さて、では当面の艦長を決めましょうか」
プロスは早速、次の艦長の選任に入る。
「副艦長がやればいいんじゃない?」
さきほどまでのやりとりを黙った見ていたムネタケが言った。ブリッジクルー全員の目がジュンに向く。
「そんな!僕には荷が重いですよ!」
ジュンは激しく首をふり、拒絶する。
「提督や副提督こそ適任です!」
こんどはフクベやムネタケに皆の視線がうつる。
「いやよ。艦長なんてめんどくさいし、なにより私は戦艦の指揮なんてやったことないもの」
「わしもこの老いぼれの身で艦長を務めるのはきついわい」
「それは困りましたな〜。艦長がいないのでは格好がつきませんが・・・」
「ではこの俺が「お前は黙ってろ!」
ヤマダが名乗りを上げようとしたが、トウヤが有無を言わさず殴り倒す。足を骨折しているがエステで出撃しても平気だったのだ、多少殴られても大丈夫だろう。
「トウヤがいい」
「へ・・・?」
サファイアがぽつりと言った。その言葉に全員の視線がトウヤに集中する。
「おお、なるほど。トウヤさんですか」
「そうねえ・・・。いいんじゃないかしら」
「適任って感じですね」
「うむ。トウヤならば・・・」
賛同の声が続々と上がり始める。
「いや、ちょっと待て!!俺はパイロットなんだぞ!?それに俺だって戦艦の指揮なんてやったことないし!」
中隊の指揮はしたことがあるが、戦艦の指揮などやったことがあろうはずもない。
「ではこうしましょう。普段はトウヤさんに艦長をやってもらい、戦闘時には副艦長であるアオイさんに指揮権をうつすということで。そうすれば戦艦での指揮をしたことがないトウヤさんでも問題ありませんし、トウヤさんはパイロットに専念できます。雑務についてもアオイさんと私で分担することにしましょう。そうすればトウヤさんの負担は最小限ですみます」
プロスがこれは名案とばかりに妥協案を言うが、トウヤにとっては妥協案にはならない。
「問題あるに決まってるだろ!だいたいそんなことをアオイは認めるのか!?」
ジュンに目を向けるが、
「いい考えですね。そもそも高度にコンピュータ化されたこの時代では本質的な意味での艦長はほとんど必要ありませんからね。艦の乗組員が信頼できる人が艦長になるのが一番いいと思います。僕では乗組員の信頼を集めるには力不足だと思いますから」
あっさりと認めている。
「・・・・ということです、トウヤさん」
「なにがということです、だ!そもそも皆はそれでいいのか!?」
「往生際が悪いですな。仕方ありません、ここは民主的に多数決といきましょう。トウヤさんが艦長をすることに賛成だと言う方は手を上げてください」
プロスが全員に聞く。
全員の手が挙がった。オモイカネまで文字で「賛成」「大賛成」と表す始末だ。
「・・・・ということです、トウヤさん」
「二回も言うな!!・・・それにこれはブリッジクルーだけでの話だ!他の乗組員の意思はどうなる!?」
『あたしゃ賛成だよ』
『俺も賛成だ』
『私も賛成です!頑張ってくださいトウヤさん!』
ホウメイ、ウリバタケ、サユリなど次々と艦内の乗組員の面々が賛成を伝えてくる。
「な!どうして皆がいきなり!?」
「すいません、トウヤさん。ブリッジの様子はさきほどからずっと艦内全体に中継されていました。艦長の選任ですから乗組員も知っている必要があると思いまして」
ルリが淡々とこの状況の説明をした。
「・・・・ということです、トウヤさん」
「三度も繰り返すな!!・・・・・・う、うう」
トウヤはほぼ外堀が埋められたのを感じた。しかしそこで気づく。あるところの賛成がなければならないのだ。
「・・・・そうだ、ネルガルの承認がいるだろう!?それがなかったら・・・」
「あっ、それについても問題ありません。すでに後任の艦長について私に一任するとの連絡が会長からありましたから」
トウヤはしばし呆然とした。
そして数秒後、彼は悟った。もはやあがきようがないことに・・・。
アカツキの含み笑いがトウヤの頭に浮かんだ。
(ナガレめ〜、あの通信はそういうことか!)
「トウヤ、頑張って」
サファイアはトウヤの苦悩を知ってか知らずか、実に暖かく応援した。
「・・・・ええ〜い、分かった!やろう、やってやろうじゃないか!」
「決定、ですな。ではよろしくお願いしますよ、新艦長?」
皆が拍手しはじめた。サファイアも嬉しいそうに拍手している。
(うう、サファイア〜。親の心子知らずとはこのことだぞ〜)
トウヤは心の中で嘆いた。
こうして皆に歓迎される中でトウヤは艦長就任が決まった。
トウヤは実に周到に用意していたアカツキに、どうやって意趣返ししてくれようかと考えていた。
なにはともあれ、いよいよナデシコは宇宙へ出る。
つづく
あとがき
・・・・・やっちまった。
ユリカ更迭です。
ユリカはアキトがいないんで書くのが難しいんですな。無論、それだけではありませんが・・・・。
あ〜、大変遺憾なことであります。
このことを真摯に受け止め、これからも粛々と続きを書きたい所存であります。
以上、朧雲の灰色的な言い訳でした。
ではでは
代理人の感想
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