出港

西暦2195年、地球連合宇宙軍は火星宙域において、正体不明の無人戦闘兵器群―――通称木星トカゲ―――と遭遇、火星駐留軍の

総力を持ってこれを迎撃した。(第一次火星会戦)

しかし艦艇の優劣の差はあまりに大きく火星駐留艦隊は壊滅的な打撃を受け敗走。火星宙域の制宙権は木星トカゲのものとなった。

その後、火星の全面撤退、月面宙域での激戦を経て、連合軍は圧倒的な物量により辛うじて木星トカゲの進攻を食い止めることに成功した。

 第一次火星会戦の戦訓より地球連合軍総司令部は、現有艦艇の劣勢を挽回する為に相転移エンジン搭載艦艇群の完成を持って

現在の攻勢防御から限定攻勢、全面攻勢にでるという基本戦略を決定した。

上記の実行のために、火星月面宙域での損傷艦艇の修理改装計画に、ようやくひと段落つけた宇宙軍艦政本部へ次のようなを命令が通達された。

 発:地球連合総司令部  宛:艦政本部

 宇宙軍次期主力艦艇開発の基礎設計を開始されたし。

なお次期主力艦艇の基礎設計については以下の点を重視されたし。

一. 現在交戦中の『木星トカゲ』と同等、ないしそれ以上の性能を持つこと。

二. 現有艦艇と同等のサイズとすること。

三. 少人数による使用を前提とすること。

四. 第一建造群の就役は2年前後を目処にすること。

ついては、次月就航予定のネルガル重工製新型戦艦に、艦政本部より人員を派遣しその新技術の実効性を確認されたし。

 上記の命令により、当時比較的余裕のあった艦政本部艦艇艤装室より1名の人員が派遣されることとなった。

「どうやら此処のようですね」

 プロスペクターは同じネルガル重工の社員のゴート・ホーリーとともに、軍より派遣される軍人を迎えるべく艦政本部の艦艇艤装室官舎前に車を付けた。

「ミスター、本当に此処なのか?」

 プロスペクターに続いて車から出るとゴートは巌のような厳しい顔にをさらに厳しくして言った。彼の視線の先には薄汚れた廃ビルしかなかった。

「軍の施設のすべてがすべて総合庁舎のように立派とはかぎませんよ」

ゴートの呟きにプロスペクターは言った。ふと時計を見ると約束の時間になっていた。しかし誰も入り口から現れない。

「失礼―――ネルガル重工の方ですね?」

 ゴートがあわてて振り向くとそこには1人の若い男が立っている。若い士官達の間で好かれているスーツタイプの第3種略装を纏っていた。

「はい。私はネルガルのプロスペクター、こちらはゴート・ホーリーです」

 プロスペクターはさりげなく相手の男を観察した。刈り込んだ茶色い髪に感情を感じさせない赤茶の瞳。背丈は170中盤でそれほど鍛えているようには見えない。

「宇宙軍モリ・シゲオ特務大尉です。以後よろしく」

 モリは瞳と同じように感情を感じさせない声で言った。

「・・・・・・ずいぶんと個性的な艦ですね」

 プロスペクターとともに地下ドックに降り立ったモリは開口一番にそういった。

「はっはっは、手厳しいですね」

「―――両舷側から突き出しているのは、ディストーションフィールドの発生ブレードです。これにより大気圏などの空力問題も解決されました」

ゴートは幾分の警戒感をにじませて言った。いまだに目の前にいる若い士官の正体をつかみかねてるようだ。

「なるほど・・・」

 モリはそれだけ言うとただ端然とナデシコを眺める。

「それでは、艦内の概要を説明しながらブリッジに参りましょう」

 ただ眺め続けるモリの態度にじれてきたのかプロスペクターは言った。モリはわずかに名残惜しげな顔をするとゆっくりと頷いた。

「ナデシコでは人件費削減の理由からさまざまな生活物資、飲食物から娯楽用品までを自動販売機で販売しております」

 ブリッジへの通路の途中の自動販売機コーナーでプロスペクターは立ち止まると誇らしげに言った。

「なお自動販売機の利用は有料でありまして、このように社員証を――あぁ、大尉殿には割引の効くゴールドカードを後ほどお渡しします。

その、カードを此処に通すと」

 ブロスペクターがカードを通そうとした瞬間、自動販売機はロボットに変形した。

「ミスター!大尉!ふせろ!!」

 半瞬動揺しながらもゴートはその巨体に不釣合いな敏捷さを発揮してプロスペクターの前に飛び出る。それと同時にロボットに銃痕が3つ一直線に表れた。

「―――本当に個性的な艦ですね」

 両腕で拳銃を真っ直ぐホールドした状態でモリは言った。その表情にはどことなく苦笑いが浮かんでいた。

「・・・・・・大尉」

 刹那と言っていい時間でこの大尉は此処まで正確な射撃をした、おそらく無意識の内に照準から発砲までを済ましたのだろう。よほど訓練をつんだ熟練の兵士らしい。

ゴートはそこまで考えて気がついた、大尉は技術士官ではないのか?

 案内が終わったらシークレットサービスに大尉の履歴を徹底的に探らせよう。・・・このままでは危険すぎる。

プロスペクターの後ろを歩きながらゴートは思った。

   出港当日、モリはナデシコのブリッジで軍人生活の中で始めての事態―――何もすることのない――に陥っていた。

どうも、艦長と副長の到着が遅れているらしくナデシコは出港時間を過ぎた今も地下ドックにその身を横たえていた。

普通だったらその時点で大問題なのだが、「民間戦艦」のナデシコでは特に大きな問題にはならないらしい。

民間戦艦ね、半端モンの俺にはお似合いらしい。モリは苦々しい思いに駆られ、かすかに頬と眉をしかめる。

そもそも俺はただの工科学校の3学年で、学費のために火星軍の工廠でアルバイトとして作業に従事していただけなのに、木星トカゲのおかげで

臨時徴兵されそのまま実戦参加、生き延びるために死力を尽くして、気がついたら士官になり特務大尉とやらになっていた。

人生は山あり谷ありというが、軍人になったのは山なのか谷なのか・・・・・・。あぁ、止めだ。こんなことは考えるだけ無駄だろうさ。

突然の軽い振動と警報が、思考の深みを漂い続けるモリを現実世界へと引き戻した。

「どうした?」

 モリは言ってから越権行為かもしれないと思ったが、取り立てて回りの人物は反応をしるさなかった。 「木星トカゲの奇襲です、現在地上の防衛部隊が迎撃に当たってる模様。戦局は不利みたいです」

オペレーターの少女、ホシノ・ルリは状況を淡々と口にした。

「直ちに出港よ!」

 モリとは別の理由―――オブザーバーとして乗船したフクベ退役中将の補佐と称して強引に乗船した――で乗船していた

ムネタケ・サダアキ中佐は金切り声を上げる。

「それは無理です」

 ムネタケの金切り声にルリの冷静な指摘が入る。

「艦長が来ていないので相転移エンジンが使えません。現在ナデシコは補助エンジンで最低限の機能を動かしているだけです」

 モリの受けた事前説明ではテロなどで艦をのっとられないようにするための機能らしい。が、その艦長が近くにいなければ

どうなるのかという説明はなかった。そして、困ったことに今はそういう状況だった。

「ならその艦長を早く連れてきなさい!一体何をやってるのよ、艦長とやらは!」

 こいつはダメだ。モリは断定した。敵襲という非常事態だというのに自分の感情を優先してやがる。

もしかしてこいつはまともな実戦経験がないんじゃないか?

モリは表情を変えないように気をつけながらムネタケの醜態をながめた。

「そういえば、艦長ってどんな人なんですか?かっこいい人だったらいいなぁ〜」

「無理無理、どうせわがままいっぱいのボンボンよ。だからブリッジの要員が全員女性じゃない?」

 モリと同じく、これといってする事の無い通信士のメグミ・レイナードの疑問に操舵士のハルカ・ミナトが答える。

「でも・・・ブリッジにはモリ大尉もいますよ?」

「・・・・・・意外にそっちの線もある人なのかもね」

 メグミとミナトの意味ありげな視線を受けて、モリの額から一筋の冷や汗が流れる。

「そんなことはどうでもいいわ!アタシはこんなところで死にたくないわよ!何とかしなさい!」

どうやら聞いていたらしいムネタケの金切り声が最高潮に達したとき、ブリッジの上段に人影が現れた。

「遅れました。艦長のミスマル・ユリカです、ぶい!」

「ぶい?」

 ブリッジの全員の冷たい視線が突き刺さる。どうやら敵襲のどさくさで、どうやら艦長が乗船したことも忘れられてたらしい。すぐさまマスターキーを投入。出港作業に取り掛かる。

「―――囮をだして敵を誘導、ナデシコは海底トンネルより海面にでます。囮によって集結した敵をグラビティブラストで一掃しちゃいましょう」

 士官学校の戦略シュミレーションで無敗を誇ったという逸材は、状況を確認するとそう作戦を立てた。

「しかし―――囮はどうするのですか?先ほど格納庫で事故があったらしく唯一のパイロットは骨折で出撃不能です」

モリは至極まっとうな疑問を口にした。民間企業らしく経費の面を考えて、後から合流する予定だったらしく、人型機動兵器エステバリスの

パイロットは、自発的に乗ってきて骨折した1名しか乗っていなかった。

「主砲頭上に向けて焼き払うのよ!」

「それって、非人道的だと思います」

「上にいる軍人さんたちはどうなるのよ?」

「お言葉ですが中佐殿。この艦の主砲は固定式で艦首方向しか砲撃できません」

ムネタケの提案はメグミ、ミナト、モリよって却下された。

「囮なら出てます」

 ルリの報告に全員の視線がメインモニターに写った青年に集中する。年のころは俺と同じくらい、やや線が細いか?モリはモニターに映るアキトをそう判断した。

「君は誰だね。氏名所属を答えたまえ」

 それまで一言も声を上げなかったフクベ提督が誰何を上げる。

『テンカワ・アキト。コックです』

 モニターの青年―――アキトは自分の境遇をまだ理解していないらしく、戸惑ってはいるが落ち着いていた。

「手短に言う。ナデシコが海面から浮上するまで時間を稼いでほしい。最終地点はここだ。健闘を祈る」

『え!?なんだよ!時間を稼ぐって何だよ!!』

ゴートが簡単な説明をする間にアキトのエステバリスは地上に出た。

周りにはバッタの群れ、アキトはその時点で始めて事態を把握したようだ。

『ちくしょう!何でこんなことに!?・・・俺は戦争から逃げたいんだ!!』

 半ば自棄なのだろうが、アキトはブリッジの予想を超える技能を披露してバッタの群れの中を駆け抜ける。

「へぇ、上手いじゃない」

「これはほりだしものですな〜」

 ブリッジではモニター観戦しながら発進準備を着々と整う。クルーの選定条件、性格はともかく腕は超一流というのはうなずけるような

手際のよさである。

 この段階でもすることの無いモリはしばらくモニターを見ていたが、徐々に追い込まれていくアキトを見て表情を険しくした。

 エステバリスを借りて俺も援護に出るか?いや、あのパイロットと俺の腕はどっこいどっこい、二次遭難が落ちか。モリの中で次々とプランだ浮かび消えていく。

外部の支援を当てにするしかないな、時間稼ぎなら砲撃の足止めでいける。だが、はたしてあのパイロットに軍の秘密回線を民間に暴露するだけの価値があるだろうか?

 モリはうなり声をひとつ上げると、軽くため息をついて通信席に歩み寄る。

「メグミさん、でしたっけ?突然で申し訳ないが今から言う周波帯につないでもらえないか?少しはあのパイロットの助けができるかもしれない」

 最初は警戒していたメグミも助けるという言葉を聞いて幾分警戒を解いた。

指定した周波帯に手早くつないで、レシーバーをモリに渡す。大部分はアキトのモニターに釘付けになっているので誰もとがめなかった。

ただ、近くに座るルリとミナトは何をするのだろうという顔をした。

「―――こちらは宇宙軍のモリ・シゲオ特務大尉です、現在統制射撃が可能な砲兵部隊は応答されたし、送レ」

 モニターを見るとアキトのエステバリスの右腕が吹き飛ぶ。艦はやっとドックの注水が終わったところだった。

「――こちら、第31砲兵小隊、キミジマ最先任兵曹長です、送レ」

 わずかなノイズとともにレシーバーに応答がある。電波状況からするとそう遠くない距離にいるらしい。

「先任、其方の火力は?それと現在の指揮官に変わってくれ、大至急だ、送レ」

 ルリがモリの正面にアキト機体が少しづつ包囲されている戦域図を表示する。気の利く子だ、モリはルリに軽く手を上げて感謝の意をあらわす。

「こちらは200o自走砲6両――現在の指揮官は自分であります、送レ」

 200mm、刹那の時間でモリ脳裏に各性能が現れる。

「了解した。現在友軍機が敵中にて孤立しつつあり。援護砲撃をしてもらいたい、送レ」

内ポケットからメモとペンを取り出して、『今の風向、風力、おねがい』と書きルリにしるす。

「――状況は了解。しかし援護砲撃は当陣地を敵に知らせることになり危険性が伴います、送レ」

 たった1機の機動兵器のために自陣を危なくするような真似はできないと暗に言っていた。

しかしモリの立場としては囮がやられれば地下のモリ達もやられるので引き下がるわけにはいかなかった。

「わかっている、そんなに多く撃てとはいわん。―――3斉射でかまわない、援護砲撃を要求する。これは命令だ、先任。送レ」

 ややあって、了解と短く返答があった。

「ブリッジからテンカワ機、ブリッジよりテンカワ機。これより脱出経路を伝える。死になくなかったらしたがってくれ」

 もう一つのレシーバーにアキトへの回線をつなぐと用件だけを一気に言った。

『わ、わかった』

「先任、以後此方を青1番、其方を赤1番とする。青1番より赤1番へ、榴弾3、破片調整弾3を装填終了しだい 座標x221y332へ砲撃されたし。風向北北西、風力3だ。友軍機に当てなければ細かい点は何も言わない、送レ」

 ルリから届いた情報を読み上げる。レシーバーの向こうで幾分感嘆の声が聞こえた。

「赤1番より青1番へ。20秒待たれたし、送レ」

ブリッジの大部分が自分とモニターの間で視線をさまよわせていることにモリは気がついていなかった。すでに艦は海中ゲートをへと移動している。

「テンカワ機、まもなく進行方向右の包囲網が薄くなるはずだ、薄くなり次第全力で海へ移動しろ。とにかく無事にたどり着くことだけを考えるんだ」

 わずかな間を置いて砲弾がアキトを包囲していたバッタの一角に降り注いだ。

「青1番より赤1番へ、破片調整弾で次のポイントにお願いしたい。座標x241y334、風向北北西、風力2、送レ」

それらナデシコが浮上しバッタの群れを殲滅するまでのあいだに、極めて効果的な砲弾がきっちり2回降り注いだ。

「青一号より赤一号へ、貴官らの協力感謝する。・・・以上交信終ワリ」

 ふと視線を感じて周囲を見回すと、ブリッジの要員がさまざまな表情でモリをみていた。

「何か?」

 視線に押される形でモリはやっとそれだけを口にした。

  あとがき

改訂版です

 文章の質がなんとなく薄い気がしたので細かい改定(主として描写)を行うことに相成りました

大きく変わることろは大きく変わりますが変わらないところは変わらない予定です。

 また「コンセプト」はまったく変わりません。

これからもお見捨てのなきようお願いいたします。

                    敬句