第三話 戦闘
現在ナデシコは高度2万メートルの成層圏を、戦闘配置のまま上昇を続けている。
どうやら艦長殿が地球連合に喧嘩を売ったらしい・・・。今までもテンカワアキトとの色恋沙汰をメインにして
さまざまなトラブルをおこしてくれたが、今回は極め付けだ。どうやら司令部もかなり頭にきたらしく、この艦を撃沈するつもりらしい。
当然この艦に乗っている何人かの軍人も一緒に撃沈されるわけで、事実を知ったムネタケ中佐は気絶してしまった。
ムネタケ中佐も俺もネルガルも、必死に攻撃中止と関係の修復を願っているが・・・かなり厳しい。
それなのにこの艦の連中ときたら全然危機感が無い。地球連合の攻撃が自分達以外にも及ぶことに気がついていないらしい。
ホシノ君ではないが、この艦のクルーはばかばっか・・・
モリの日記より
モリは時たま来るミサイル攻撃の衝撃にゆれる艦橋で、ウリバタケから借りた機械工学の専門書を読んでいた。
本当は艦政本部を通じで交渉を続けるべきなのだろうが、艦政本部からは「別名あるまで待機」というありがたい命令を頂いた。
現在はムネタケ中佐が交渉を続けているが、おそらく間に合わないというのがモリの読みだった。
「まもなく第3次防衛網に入ります。エステバリス各機は発進準備をしてください」
ルリの言葉で初めて専門書から目をあげる。モリの見る限りルリの表情からは恐怖も不安も感じられなかった。
いつもと同じく、淡々と仕事をこなしていた。この少女は死ぬのが怖くないのだろうか?それとも無事突破できると思っているのだろうか?
モリはふと聞いてみたくなった。彼のような専門教育を受けていない者でも、この戦いは圧倒的不利であることは分かった。
「あれ?モリ大尉、もしかしてルリルリの事が気になるの?」
凝視している時間が長かったのだろう。ミナトにそう揶揄される。
「!?モリさんって・・・もしかしてロリコンだったんですか?」
「メグミさん。人聞きが悪い事を言わないでいただけますか?自分の守備範囲は上下2つまでです」
「じゃぁ・・・私もメグちゃんも守備範囲内なのね」
「いや・・・・・・それは・・・」
ミナトの絶妙な反撃に、モリはあっさり追い込まれる。
「第3次防衛網に入ります。上方でデルフィニウムの発進を確認」
「!?・・・ブリッジよりエステバリス各機へ、順次発進されたし。―――あまり離れるな。武運を」
モリは生きるか死ぬかの瀬戸際という場面なのに、ナデシコ特有会話に乗ってしまった自分に幾分怒りを覚えた。
「皆さん!早いところ突破して一気に宇宙まで、そして火星までいっちゃいましょう!」
ユリカの声にブリッジに緊張がはしる。しかしそれは、戦闘というよりも大きな仕事を向かえた緊張感だった。
『発進!スペ〜ス・ガンガー!!』
本人曰く、ダイゴウジ・ガイことヤマダ・ジロウの発進光景を見ながらみてモリはふと思った。
腕がよくても性格に問題がありすぎると駄目な可能性があるのでは?、と。
正直な話、ユリカにはうまくいく自信があった。たしかにデルフィニウムは厄介だが、性能差を考えればエステバリス2機でも何とかなる。
よしんばディフェンスラインを突破されても少数のデルフィニウムがもつ火力では、ディストーションフィールドを破る事はできない。
そして臨界に達した相転移エンジンならビックバリアなど物の数ではない。たしかにユリカは戦術戦略の専門家としては超一流だった。そう、専門家としては・・・。
「テンカワ機被弾、パイロット負傷。―――通信系に損害があった模様」
それは戦闘中に起こったちょっとした出来事だった。デルフィニウムの攻撃を避け切れなかったアキトの機体にミサイルが命中した。
―――戦闘ではよくあるそして比較的運のいい出来事だった。普通の指揮官ならおそらくたいして動揺しなかっただろう。
あるいは被害がヤマダ機ならユリカも大して動揺しなかっただろう。
しかし被弾したのはユリカにとって「ユリカの王子様」だった。その衝撃はただの「女の子」でしかないユリカにはあまりに大きすぎた。
「アキト・・・!アキトは無事なの!―――ナデシコ緊急上昇、アキトを回収します」
「お言葉ですが艦長殿、それではデルフィニウムの接近を許してしまいます。テンカワ機は自力で帰艦させるべきです」
モリはあえて感情を含まない声でユリカに異議を唱える。
「でもアキトが!アキトが死んじゃう!!」
先ほどまで自信に満ち溢れていたユリカの突然の醜態にブリッジが動揺する。
「アオイ君、艦長に代わって指揮を執りたまえ。―――だれか艦長を医務室に」
素早く状況を判断したフクベは比較的落ち着いている次席指揮官―――アオイ副長に艦の指揮権を移譲させた。
「はなして!艦長命令です!離しなしなさい!!アキト!アキ―――」
モリは酷く冷めた眼でゴートに連れ出されるユリカを見送った。
「デルフィニウムが撤退を開始しました。?・・・右上空に敵艦反応、その数23」
ようやく落ち着きを取り戻したブリッジに珍しく動揺したルリの声が響く。
「23隻だって!どうしてそんな艦艇群が!」
ジュンは突然現れた――それも防衛ライン上には存在しない―――敵部隊に対し出来た行動は、ただ叫ぶだけだった。
「ナデシコ、か」
外周軌道艦隊トム・フィリップス准将は拡大投影された白亜の船体を眺めて何気なく呟く。
民間人の乗った船を撃沈する、正直なところあまり気が進まないな。それにあの艦は有効な戦力になるというのに。フィリップスは内心この行動に反対していたが表情にはそれをおくびにも出さない。
「艦長、レールキャノンの準備をしたまえ。全艦に打電、本艦の許可なく砲撃を行うことを禁ず。日ごろの訓練の成果を発揮せよ、以上だ」
「イエス、サー!レールキャノン用意!艦首口展開、電力充電はじめ!」
全幅42mに対し全長312mという流麗な船体がナデシコに艦首を向ける。
まったくもって神はミカサによほど数奇な運命をおあたえになるらしい。フィリップスは口をゆがめた。
ミカサは本来は宇宙軍の時期主力艦艇の1隻として建造されたのに途中で起こった建造費の高騰によってドックで未完成のまま放置さていた。
その後建造の中止された姉妹艦の部品をかき集めて辛うじてミカサだけは就航したが、その頃には新鋭のリアトリス級がすでに就航。完成と同時に旧式艦となっていた。
ただ見てくれだけはリアトリス級より良かったため宇宙軍旗艦を勤めることとなった。本来ならばそのまま一生を終えるはずの彼女だったが、戦争が彼女の運命を大きく変えた。
すなわち第一次火星会戦での現有ビーム兵器の威力不足は、軍と艦政本部に全長の長かったミカサに試作の大口径レールキャノンを搭載させることを決意させた。
これによりミカサは宇宙軍で唯一の遠距離狙撃艦として新たな道を歩みだす事となった。そして皮肉な事にミカサの初陣は最新鋭艦たるナデシコの阻止行動であった。
「艦長、何とかしてナデシコは無傷のまま手に入れたい。第一射はあの突き出たブレードの間に打ち込んでもらいたいのだが・・・」
フィリップスは自分でもなんと欲張りなことを言ってるのだろうと思った。だがそれでナデシコが降伏してくれれば民間人殺害の汚名をかぶらなくてもすむ。
「サー!自分達は全力を尽くす所存であります。砲術、頼むぞ!」
艦長も同じ思いらしく何処となく安堵を覚えた顔で言った。その言葉にうなずくとフィリップスは居住まいを正してふと呟いた。
「相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラビティブラスト・・・もっと早く実用化されていればこの艦もこんなに数奇な運命を歩まずに済んだものを・・・」
ミカサに搭載されたレールキャノンは維持費が当初の予想を大幅に上回る事がわかった。またレールキャノンの搭載によりその他の兵装が貧弱であり
ミカサ単艦の為に護衛艦艇が少なからず必要になる事も問題になり、軍令部はレールキャノンを主兵装とした艦艇の建造を行わないことを決意した。
「砲撃用意良し!カウント3で発射、3・2・1ファイヤー!」
砲術長の声とともにミカサの船体が大きく震えた。
「識別、出ました。―――宇宙軍軌道外周艦隊。旗艦ミカサを含む戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦8、護衛艦12です」
「が・・・外周艦隊!副長!降伏しなさい!早く!!」
ルリの報告にいち早く反応したのは―――ムネタケだった。
「しかし・・・。ディストーションフィールドなら何とかなるはずです・・・!」
「駄目だ!―――ミカサの砲撃には耐えられない」
モリが珍しく声を荒げる。
「敵艦の1隻に高エネルギー反応。・・・ヤマダ機敵艦隊に突撃をかけています」
ルリの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ナデシコは激しい衝撃に翻弄された。
「っ!・・・一体何が!」
「レールキャノンだ、それも44口径500センチの特注品だ。・・・本来は木星トカゲ用なんだがな」
激しく床にたたきつけられたジュンにモリがため息とともに言った。
「―――本艦フィールド消滅。ミカサにエネルギー反応。」
相変わらず冷めたルリの言葉はブリッジに重い沈黙をもたらした。
「ミカサより通信です!」
「・・・・・・つないでください」
ジュンは乱れた制服のすそを引っ張るとメグミに言った。
『此方は宇宙軍軌道外周艦隊司令トム フィリップス准将です』
「ナデシコ副長 アオイ ジュンです」
『早速ですが、これ以上の無益な戦いは此方も望みません。休戦を提案します』
「!?休戦ですか?」
『そうです。休戦を提案します』
圧倒的有利にある敵からの休戦の提案。それは辛うじて間に合ったネルガルと地球連合の交渉の成功の結果だった。
「休戦に合意します」
助かった。モリは正直に思った。おそらく火星行きはご破算になるだろうが、かまう事は無い。生き延びられただけでも幸運なんだ。
『それでは貴艦はこれより―――!?どうした』
ナデシコを揺さぶる鈍い衝撃。
「ヤマダ機が護衛艦を撃沈。――副長」
「そんな・・・!」
なんて間が悪いんだ!ジュンは顔を青くして言った。
「ナデシコ!どういうつもりだ・・・!」
畜生!あの艦だけでも100名近いクルーが乗ってるんだぞ!フィリップスは普段の紳士然とした態度をかなぐり捨ててモニターに叫んだ。
『パイロットの独断専行ですわ、少将閣下』
唐突にモニターに現れたムネタケ中佐が言った。その顔には突然の事態と撃沈されるかもしれないという恐怖に引きつっていた。
『ムネタケ提督・・・!』
『准将閣下。残念ながら通信もつながりません。自分もムネタケ中佐の意見に同意します』
次に発言した若い士官の顔をフィリップスは機密書類の中で見たことがあった。
『モリ大尉・・・?』
どうやらこの2人はどうすればナデシコを沈められずに、そして軍の面子を潰さずに気がついたらしい。フィリップスは荒くため息をつくと言った。
「そうか・・・。では遠慮なく撃墜させてもらう、敵対さえしなければ此方は其方に一切手出しはしない。以上だ」
それだけ言ってフィリップスは回線と閉じさせる。そして猛々しく叫んだ。
「全艦防空戦闘開始!あの蠅を叩き落せ!!」
「どう言うつもりですか!!ムネタケ提督!モリ大尉!」
ジュンの怒声とクルーの非難のまなざしが2人の軍人に突き刺さる。
「そ・・・そんな事言われたって、アナタ達死にたいの!」
ムネタケの耳障りな金切り声に眉をしかめつつモリは普段と変わらぬ声音で言った。
「副長、悲しいけどこれが戦争なんです」
そうさ!戦争に人道もへったくれもない、生きるか死ぬか。それだけさ・・・。モリはこのような場面でも自分の感情が動かないことに驚いた。
火炎を吹き上げながら落下していく護衛艦を見てヤマダは獰猛な笑みを浮かべた。
「見たかキョアック星人ども!」
危機に陥る母艦を守るために圧倒的な敵に立ち向かう自分。
「地球の平和はこのダイゴウジ ガイが守る!」
すべてが自分の思い通りになるような充実感。
「いくぜ!」
何故敵艦が対空砲火をあげないのか?という単純な疑問すら彼は浮かべなかった。
本能のままに、自分の理想とするゲキガンガーのように敵を倒す。ヤマダは今、人生で最高の時間にいた。
「ガイ!スーパーアッパー!!」
自分の必殺技の名前を叫びながら戦艦に突入する。その先にふと映ったナデシコをみてヤマダは思った。
何故ナデシコは動かないのだろうか?と。
――――それが、ヤマダ ジロウが行った最後の思考となった。
あとがき
お詫びさせていただきます。
やっぱりヤマダさんはお亡くなりになりました。
あと、フィリップス准将側の視点が加わりました。
この人物の大本のコンセプトは「イギリス海軍の気質を引き継いだ貴族提督」です。
名前のネタは、WWUの提督の名前をそのまま使用していとるおもいます。
敬句