第14話 価値
敵の索敵を縫うようにしてナデシコはついに極冠付近にたどり着いた。
ここで修理の資材が手に入るといいのだが・・・。
そういえば最近フクベ中将の様子がおかしい、何も無ければいいのだが・・・・。
モリの日記より
自分はいつから囚人になったのだろう?モリはこの日何度目かのため息をついた。
「イネスさん・・・別にどこも悪くないんだが・・・」
「そうね。ただ疲労がかなり溜まっているから少し休息は必要よ。それにタチバナ少尉のお願いもあるし、諦めなさい」
イネスは振り向くことすらせずに言った。イネスが開放する気が無いということは緊急時以外はこの部屋から出れないということになる。
モリはそのことを考えて重いため息をひとつついた。
「ところで少佐・・・ひとつ聞きたい事があるんだけど?」
「・・・自分に答えられることでしたら」
椅子ごとこちらに振り返ったイネスにモリは居住まいを正した。
「・・・フクベ提督のこと、貴方はどう思ってるの?」
モリから人間としての何かが消えていくのをイネスは見た気がした。
「答えなければなりませんか」
モリの声からは感情が感じられなかった。
「答えてもらいたいわね・・・。気がついてる?たぶんナデシコの中で貴方精神的に一番重症よ?」
モリはイネスから視線をはずす。
「正直分からないわ。フクベ提督の行った行為は当時火星にいた人たちにとって、怒りを覚えさせて当然の行いよ。
それなのにあなたはフクベ提督に何の態度も見せようとしない・・・。それは何故?」
モリはため息をつくと言った。
「軍人だからです。それと・・・そうですね、フクベ中将は同じなんですよ」
イネスは立ち上がるとモリのそばまで歩み寄り両手でモリの顔を包み込む。
「貴方があの当時あの火星でどんな境遇だったかは知らないわ。けどこれだけは分かる。貴方は自分を殺してまで軍人という
鋳型に自分を押し込んでいる。それは本来貴方にあうはず無いものなのに・・・」
モリはイネスの手を振り解くこともせずただ目を細めた。
「医者として忠告します。自分をもう少し解放しなさい。このままでは貴方はどうかなってしまうわよ」
イネスの言葉にモリは何の反応もしるそうとはしなかった。
「脅しじゃないわよ。今の貴方は――――」
『少佐、ご休憩中にもうしわけ・・・あり・・・ませ・・・ん。・・・あの、お邪魔でしたか?』
モニターに映るミサはどこか不機嫌そうだった。
「いや別段問題は無いが・・・。どうした、少尉?」
イネスの両手から逃れるとモリは顔色一つ変えることなく言った。
『問題が発生しました。申し訳ありませんがブリッジまでお越しください。以上通信終わり!』
コミュケのモニターは荒々しく閉じられた。
「・・・いったいどうしたんだ?」
首をかしげるモリにイネスは疲労の混じったため息をついた。
「あれは・・・宇宙軍の護衛艦?」
火星の雪原にどっぷりとつかった黒い艦影を見て言った。
「艦名はクロッカス、ナデシコが大気圏離脱直前にチューリップに吸い込まれて消息不明になっています」
ルリの声とともにクロッカスの三面図の写ったモニターが浮き上がる。
「ナデシコより早く火星に到達したのか?」
「そんな!火星軍が地球に帰還するのに6ヶ月もかかったのに、通常動力艦がナデシコよりはやく着くはずありません!そうですよね!?提督!」
ゴートにジュンの言葉がかぶさる。大多数の人間が同じ思いだったらしく同意のうめきを漏らす。
「・・・アキト?どうしたの?」
それに最初に気がついたのはユリカだった。
「・・・提督・・・あんたが、あんたが指揮してたのか!」
アキトの突然の怒りの発露にブリッジの動きは見えない糸に絡みとられたのかのようにとまる。
「何言ってるのアキト?提督が第一次火星戦役でチューリップを落とした英雄だって言うことは子供だって知ってることだよ?」
「地球ではな・・・」
ブリッジの大半のものはアキトが何に対して怒っているのが分からなかった。だから次にアキトのとった行動に反応するのにかなりの間を必要とした。
「あんたが!・・・あんた達軍人が火星を見捨てたあの時!!俺達がどれくらい怖い思いをしたのかわかってるのか!守ってくれるはずの軍の連中に見捨てられた
火星の人たちの気持ちが!」
アキトの拳がフクベの肉体に鈍い音とともに食い込む。そのまま馬乗りになり顔面にさらに殴りかかる。
「あんたがチューリップを俺達のコロニーに落としたから!!何とか言えよ!・・・なんとか言えってんだよ!」
「テンカワ・・・言いたいことはそれだけか?」
モリの声に更なる怒りを覚えたアキトは振り返る。その刹那モリの革靴がアキトの顔面に食い込んだ。たまらず吹飛ぶアキト。
「テンカワ・・・お前いつから火星の代表者になった?そもそもお前・・・あの時火星の人たちのために何かしたか?」
もだえるアキトの髪を鷲掴みにして体を持ち上げるとモリは淡々と言った。誰もがその行動に呆然と立ち尽くした。
「少佐!」
いち早く立ち直ったゴートが後ろからモリを羽交い絞めにする。
「アキト!!少佐!何てことするんですか!!」
「アキトさん!大丈夫ですか!?アキトさん」
ユリカとメグミがアキトに駆け寄る。
「テンカワさん、モリ少佐。・・・しばらく自室で謹慎していただきます。よろしいですね」
ブロスは困惑げに言った。
自覚しているより精神的にきてるのか?自室のベットの上でモリはふと思った。正直なところやりすぎたという思いが無いでもない。
「少佐、タチバナです」
ドア越しにミサの声が聞こえる。モリは一挙動で立ち上がるとこれだけは治らない忍び足でドアまで歩くとドアを開けた。
「私は今謹慎中のはずだが、・・・イネスさん?」
ミサの後ろにはイネスが紙袋を携えて立っていた。
「医者として診断に来ました。少尉入りましょ」
モリが静止する前にイネスは応接セットの置かれた側の部屋の椅子に腰掛ける。そしてモリとミサに手招きをした。
「人の部屋にいきなり・・・いったい何の診断ですか?」
不快感も露にモリは椅子に腰掛ける。ミサはその対面、イネスの隣におずおずと腰掛けた。
「単刀直入に言うわ。――――何故アキト君を蹴り飛ばしたの?フクベ提督ではなく同胞であるはずのアキト君に?」
イネスの横でミサは体をこわばらせる。ミサの視線の先ではモリは口元に笑みを浮かべた。あらゆる物を嘲る様な絶対零度の冷笑を。
「同胞ですか・・・。ちょっと表現方法が違いますよ。この場合、彼は同胞だった、でしょ?」
イネスは嘲りに毒気のラッピングされた言葉の続きをただ待った。モリの目から視線をはずすことなく。
「・・・正直非はこちらにあるでしょうね。彼の言っていることは的を得てるし、確かに俺達は火星から逃げ出した・・・」
ミサはモリの淡々とした言葉に何か激しいものが押し込められていることに不意に気がついた。それこそ何もかも飲み込むような激しい何かが。
「でもね・・・所詮人間なんですよ、俺はね。理解できても感情は我慢できませんよ・・・!」
この艦に来てからずっと堪えていたものが漏れ出したのを、モリの冷めた部分が自覚した。奥歯がぎりぎりと異音をたてる。
「あの戦いで、あいつ等は何もしてないんですよ?・・・俺達がいやいや銃を持って戦っていた横であいつ等は逃げることしか考えていなかった」
「少佐!!それは軍人として考えてはいけないことです!」
あいつ等、その意味を理解した瞬間ミサは自分でも驚くぐらいの強い口調で言った。
「んな事は知ってるさ!けどな、戦いの合間の休憩中にどうしてもと考えちまうんだよ!俺達は何のために戦うのか?果たしてそれは守るだけの価値があるのか・・・!!」
それは何かを守る立場にある者共通の思いだった。自分達の戦う理由、守るべきものの価値。それははたして自分の命と等価値であるのか?
「・・・俺達だって民間人だったんだ。それなのになんでだよ、なんで軍人の肩書きを持った瞬間に民間人より命の値段が安くなる?好き好んでなったわけじゃないのに・・・」
イネスはどこか納得したようなそれでいて痛ましいものを見るかのような表情を浮かべた。
「少佐・・・」
呆然とテーブルを見やるモリの姿にミサは何も言うべき言葉が浮かばなかった。
あとがき
新年明けましておめでとうございます、昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします・・・
お菓子屋さんの一番忙しいクリスマスから正月明けまでの長く苦しい戦いが終わりやっと復帰できました。
社会人になってからなかなか自分の時間を見つけるのは難しいものです。
今回はキャラ(モリ少佐)が暴走してしまい事態の収拾にかなり苦労しました。本当は今回でフクベ提督は退場のはずだったんですが^^;
次回はかならずフクベ提督の自決を書きたいと思っています。次回もとうぜん時期不明!
敬句
代理人の個人的な感想
うわ、見事な逆ギレ(苦笑)。
八つ当たりされたアキトが気の毒になるくらいの無茶苦茶な論理展開です(爆)。
話は変わりますが、アキトがフクベに殴りかかるまでの展開が唐突だったと思います。
原作ではイネスさんからそこらへんの事情を聞いたアキト→作戦会議→アキト登場→詰問
と言う流れだったわけですが、今回の話を読む限りそこらへんがさっぱりわかりません。
なぜジュンのセリフだけで火星会戦の指揮を取っていたのがフクベ提督だとわかるのでしょうか?