第15話 老兵の最後

 自室で謹慎している俺のもとにタチバナ少尉から偵察隊の報告結果をもらった。

半ば予想はしていたが、チューリップが5基・・・突破は無理だろう。

 此処まで何とかやってきたクルーにもあきらめ色が見えてきているらしく小さないざござが起こっているらしい。

何とか脱出する手段はないのだろうか?



  モリの日記より




『中尉!やめるんだ!!モリ中尉!そんなことをしてどうする!?』

『大尉こそやめてください!なんで、なんでそいつらの味方なんてするんですか!』

 オオイソ大尉・・・。ということは夢なのか?

『味方とか敵とかじゃない!私は戦いを止めたいだけだ!これ以上戦ってどうする?みんなで帰ろう?』

          

『オオイソ大尉!司令部の命令はそいつら捕獲です!命令が出てるんです!!大尉!』

 やめろ、目を覚ませ!目を覚ますんだ!俺!!

『そんな命令を聞いてどうする。彼らは和平の為の、戦争を止めるための最後の希望なんだそ!』

『命令なんです!どんな命令でも聞かないといけないんです!!・・・それが軍人なんでしょ!?』

『中尉!』

『そうじゃなきゃ!そうじゃなきゃ、みんな何の為に死んだんですか!?命令を守ってみんな死んだんじゃないですか!いまさら破るなんて卑怯ですよ大尉!!』

 唐突に見慣れた天井が目の前に現れた。息は荒く全身に張り付く脂汗が気持ち悪かった。

「・・・・・・最近は見なくなったのにな」

 とりあえず肌に張り付いた汗が気持ち悪かったのでシャワーのコックをひねった。いきなり冷水が飛び出て体が震えたがコックを捻り直すのも面倒だったのでそのまま浴びる。

「俺の選択は正しい・・・はずだよな・・・」

 体が冷えてきたのだろう、冷たいはずのシャワーが程よく温かい気がした。このまま浴び続けるのもの良かったのだが風邪を引くのも馬鹿らしいので

水を止めてそこら辺に引っ掛けてあるタオルで全身を荒々しくこする。すべてが億劫で髪をふく気にもなれずシャワー室から出て下着を身に付け始める。

「―――少佐殿、タチバナです。入りますよ!・・・・あ!?」

 茫洋とした目でドアのほうを見る。何故か顔を真っ赤にしたミサが突っ立っていた。

「少佐、あの・・・いやこれはですね・・・」

 そうか、パンツ一丁だっけ・・・セクハラかな、これ?モリはどことなくずれた感想を浮かべるとシャツに頭を通す。

「とりあえず・・・出るなる入るなりしたらどうだ?」

 部屋着の黒のスラックスを拾いながらモリは言った。

「いえ、と、とりあえずブリッジにお越しください」

 ミサは上ずった声で言うと駆け足で去っていた。

「俺は謹慎中なのに・・・いいのか?」

 そういいながらもクローゼットへとモリは歩き出した。

 久々に袖を通した第3種略装にどことなく満足感を覚えならがモリはブリッジに入った。

「あぁ、少佐。突然及びだして申し訳ありません」

 プロスペクターは申し訳なさそうにモリに言った。その向こう側にかなり不機嫌そうなアキトがたっていた。

「・・・いえ、お構いなく。それで一体何が?」

「これから私とフレサンジュ博士、それにテンカワ君と少佐でクロッカスの探索を行う。・・・いいかね?」

 フクベの言うクロッカスという言葉がしばらく分からなかったが、この間見かけた護衛艦であることをモリは思い出した。

           

「何せクロッカスは長いこと人が入っていないので何が起こるかわからないので。そこで、実戦経験豊富な少佐に参加していただきたいわけなのです、ハイ」

 無反応だったモリにプロスペクターがあわてて付け加えた。

「要するに、トカゲがいたら叩き潰してクロッカスが使えるかどうか知りたい?そういうことなんですよね?」

 普段とは違うモリの言葉遣いにブリッジの全員が眉をひそめた。

「では探索開始は30分後に開始しましょう。テンカワ君は陸戦フレームでスタンバイ、フクベ閣下、フレサンジュ博士も念のため宇宙服着用の上で後部デッキにお越しください」

モリは手早くプランを立てると自室へと去っていった。

「少佐、どうしたんでしょうね?」

 ブリッジ全員の思いを代表するかのようにメグミが言った。

「なんか心此処に非ずって感じよね」

 ミナトは意味深の言葉を言いながらちらりと頬が赤いミサを見る。

「ちがうんです、ちがうんですよ!」

 ミサは顔を真っ赤にして言った。

 薄暗いクロッカスの中を歩きながらアキトは先頭を進むモリに注意しながらナデシコを出る時言われたことを反芻していた。

「いいかテンカワ。どんなことがあってもイネス博士から離れるな。トカゲに襲われたら博士だけ連れて逃げ出せ。

たとえ俺や提督が死に掛けても、助けてくれと叫んでも無視しろ。俺や提督が死んでも換えが効くがあの人だけは効かない」

 不快感も露に跳ね除けようとするアキトの肩を捕まえてモリはそう言った。

「なんなんだよ、軍人ってやつは」

 誰にも聞こえないような小さな声でアキトはぼやいた。

「―――此処までは大丈夫みたいですね。まぁ、最低ブリッジが大丈夫なら後は何とかなるはずですが・・・」

 モリがイネスとなにやら細かいことを話している。話の内容が理解できないことは分かりきってるので、アキトは物珍しそうに辺りを見回す。不意にモリの頭上に赤い光がともる。

「少佐!」 

アキトはモリに飛びつくのとモリのいた場所に虫型のロボットが飛び降りるのが同時だった。そしてロボットが次の行動を起こそうとした瞬間、モリの放ったライフル弾で穴だらけになって動かなくなった。

「ありがとう、助かったよ」

「・・・体が勝手に動いただけだ」

 アキトの子供のような態度にイネスが小さく笑った。

「航行システム、ダメコン問題なし。生命維持装置は・・・大丈夫だな。イネスさんどうですかそっちは?」

 モリは反対側で同じそうにチェックをしてるイネスに声をかける。

「火器管制システム、通信システム問題なし。ただ戦闘記録装置に異常が見られるわね」

 まぁ、とりあえず飛べばいいんだから問題はないということか。モリは自分のチェックとイネスのチェックを元にそう判断した。

「では、メインエンジンを起動しよう。・・・うん?噴射口に氷が詰まってるな。テンカワ君、フレサンジュ博士とともにとってきてくれないか?」

 フクベの言葉にイネスが不審げにフクベを見る。

「イネスさん、お願いします。テンカワ君、イネスさんを頼む」

 イネスは何か言おうとしたがモリの有無も言わさずの視線に押し黙った。

「それと・・・持っていくといい、結構な防弾性能があるぞ」

 そう言って着ていた野戦服の上着をアキトに放り投げる。アキトはモリのいきなりの行動に目を丸くする。

「それではお願いします」

 なかば追い出すようにして2人をモリはブリッジの出口まで見送った。

「――――何故あんな嘘を?」

 ブリッジのロックを確認した後、モリは言った。

「少佐・・・君も降り給え。君は――――」

「答えになってませんよ、提督」

 モリは強い口調でフクベの言葉をさえぎった。

「自決なさるおつもりですね」

 それは質問の形をとった確認だった。

「少佐、分かってくれ。・・・私はもう疲れた」

「駄目ですよ提督。・・・貴方がどんなに疲れようともどんなに嫌だろうとも、第一次火星会戦の英雄フクベ・ジンを貴方は演じなければならない。」

「・・・・・・」

「貴方は彼ら―――木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・および他衛星国家間反地球共同連合体でしたっけ―――彼らの事を知ってしまった。

そして気がついた、自分の守った物は国家と軍の名誉だけだった。本来守るべきもの守りたいものを見誤って」

 モリの言葉にフクベの顔色は青くなりついには土気色に変わった。

「それなのに自分は英雄と周囲から見られている。そして次第に耐えられなくなった・・・」

 モリはポケットから取り出した小さい金属製のプレートに視線を落とす。

「・・・だが我々は与えられた物語を真実として演じなければならない。それがあの戦場で生き残った当事者の義務だ

我々には逃げる自由などない。ただ与えられた物語を忠実に実行するだけ・・・」

 そこまで言ったモリの表情には様々な感情が入り混じっていた。

「少佐・・・君は若い。まだやり直せる。そんな事にとらわれるべきではない」

 フクベは諭すようにモリに語りかけた。だがその言葉にモリの態度は激変した。

「そんな事だと?ふざけるのも大概にしろ・・・!俺達を戦いに駆り出したのは誰だ?俺達を使い潰したのは誰だ?

俺達にあんなとこをやらせたのは誰だ!?―――もう俺には、やり直しも何もないんだよ!!」

 激発したモリの姿にフクベは唐突に理解した。この少年は自分以外の何かのために生きているのではないか?

彼は未来のためではなく過去の為のみに生きているのではないか、と。

 言うべき事を失った2人の間に唐突に警報音が鳴り響いた。ほとんど条件反射でモリはレーダースコープに飛びつくと呻いた。

「敵襲!?・・・数が多すぎる、逃げ切れるのか?」

 フクベはアキト達が船外に出ているのを確認するとクロッカスを浮上させた。フクベの突然の行動にモリは眉をひそめる。

「君なら、彼らのことを知っている君ならわかるはずだ。今から私がしようとしていることを」

「!?・・・チューリップですか!?・・・確かにアレなら此処からは脱出できますが・・・」

 リスクが大きすぎる、連中は俺達の前に現れたこと自体事故だと言った。だとすればナデシコが第2のクロッカスになってもおかしくはない。

「ならば実行したまえ、少佐。・・・君は軍人なのだ、最後まであきらめてはならない」

モリの迷いを見て取ったのだろう。フクベは断固とした態度で言った。その態度からは微塵の不安も感じられなかった。

これが名提督といわれた往年の姿なのか。モリは初めてフクベに畏敬の念を覚えた。

「チューリップ直前で回頭180、ナデシコがチューリップに向かい次第本艦はナデシコの盾となって敵の追撃を防ぐ」

 弾かれた様にモリはデーターをあわただしく入力していく。火器管制――主砲――任意照準セット。航行プログラム・・・セットOK。

「自動航行プログラム入力よし!提督!退艦しましょう!!」

 不必要と思われる自動小銃、弾薬、暗視スコープなどを放り投げるとモリは言った。

「・・・私は残る」

「お供します」

 反射的にモリは言った。今なら死んでも後悔しないような気がした。

「君はナデシコに戻りたまえ。・・・死ぬのはこの老人1人で十分だ」

「提督!」

「命令。モリ少佐はナデシコに帰還。軍事顧問としての任務を代行せよ。・・・君は軍人だ、最後まで戦う義務がある」

 数秒間モリはフクベをにらみつけた。そして恨めしそうな表情をしていった。

「提督・・・卑怯ですよ」

 モリはフクベに最敬礼をすると駆け出した。

「クロッカス浮上。テンカワ機帰還しました。現在敵艦隊はこちらの砲撃を警戒して射程外で陣形を編成しています」

「ルリちゃん、エステバリス隊出撃準備。全員臨戦態勢、全隔壁閉鎖」

 ルリの報告を聞きながらユリカは必死に脱出策を練る。このままでは確実に沈められる。上昇して相転移エンジンの出力を上げないと。

でもそれでは360方向から敵の攻撃にさらされる。それにクロッカスを置き去りには・・・。

「クロッカスより通信」

 メグミの声とともにフクベの姿が浮かび上がる。

「ナデシコはチューリップに向かえ。本艦が援護する。あとモリ少佐がそちらに向かっている、回収してくれ」

「了解しました。ミナトさん、進路をクロッカスへ」

「ユリカ!クロッカス艦内を見ただろう!」

「自分も副長の意見に賛成です。リスクが大きすぎます!」

 ジュンとミサが常識的な意見を口にする。それに反論するようにコミュケのモニターが開きイネスが言った。

『そうとも限らないわ。ナデシコにはディストーションフィールドがある』

『信じられるか!あんな男!あいつは俺達のときのように囮にして逃げるつもりなんだ!』

 つられるようにアキトのコミュケまで現れてブリッジは混乱の度合いを深めていく。

「ミナトさん・・・進路このままでお願いします」

「それは認められませんな。艦長あなたはネルガルの不利益になることを行おうとしています。これは重大な契約違反でして―――」

「御自分の選ばれた提督が信用できないんですか!!」

 普段のユリカからは考えられないような鋭い一喝にプロスペクターも黙り込んだ。

「クロッカス反転しました。―――クロッカスに敵攻撃が集中、炎上しています」

 ルリの声にそれまで討論することに熱中していたクルーが一斉にモニターに振り返る。ルリの言葉どおりにクロッカスは黒煙を上げていた。

「少佐、提督・・・」

 ミサが呆然と呟く。

「自爆してチューリップを破壊してしまえば、敵はナデシコを追ってこれない」

 ルリはポツリと言ってそれが真実であるような気がした。

「フクベ提督!モリ少佐!応答してください!」

 メグミが必死に呼びかけを行う。ミサはその姿をただ見る事しか出来なかった。

『フクベ提督!モリ少佐!応答してください!』

 聞きなじみのある声にモリはうっすら目を開けた。何故倒れている?たしか爆発があって・・・気を失っていたのか。モリは動こうとしてわき腹に激痛を覚えた。

畜生、親切心出して上着貸さなきゃ良かった。手のひらサイズほどの破片を引き抜くと辛うじて無事な内火艇に乗り込む。座席はたちまち血でぬれた。

「こちらモリ、脱出する・・・」

『モリ少佐!応答してください!!少佐!!』

 今度はミサの声が聞こえた。受信は出来るが送信できないらしい。くそったれ。死んでたまるか!モリはもうろうろした意識の中必死にスイッチを操作する。

「・・・くそったれが」

 ナデシコへの航路を入力すると、モリは最後の気力を振り絞って起動ボタンを叩いた。

 内火艇の発進がモニターに表示される。すでにブリッジ内にも煙が回っているが何とかそれをフクベは確認することが出来た。

卑怯か・・・確かに私は卑怯だろうな。モリが最後に言った言葉を思い出してフクベは自嘲した。

よくよく考えてみれば個人的理由で、ただ死に場所を探してナデシコに乗り込んだ気がする。せめて彼らの前では軍人らしく、英雄フクベ・ジンとして死のう。フクベはそう思った。

「貴艦の航海の安全を祈る」

 チューリップへと姿を消すナデシコにフクベは敬礼を送った。数秒後ブリッジを激しい火炎が襲った。





あとがき


 フクベ提督の英霊に敬礼!−−>

ついにここまできてしましました。

実はフクベ提督にお約束の言葉を述べてもらうかどうか悩んだんですが・・・結局やめました。

理由は、自分でも良く分かりません。ただ長々といえるほどクロッカス持たないだろうなと思ったからです。

 さて、いよいよモリ少佐の秘密がいろいろとでてきました。多分勘のいい方なら彼がなにやらかしたか分かるのでは?(苦笑

これにて第一部進撃編(?)はおわりです。これからもお見捨てのなきよう。

                                             

 敬句 


管理人の感想

大森都路楼さんからの投稿です。

あー、やっぱり逝っちゃうんですね・・・フクベ提督

TV版では生き残っていましたが、火の海状態のブリッジでは流石に、ねぇ?(汗)

そろそろ、素性が明らかになりつつモリ少佐。

さてさて、正体が暴かれる日は近い?