第26話 指揮官




 考えてみれば軍艦とは快適な戦場だな。

予想状況を表示する端末ディスプレイを眺める以外する事のないモリはなんとなく思った。

空調は完璧で清潔な空間。寝床はふかふかでトイレ、バス付き。食事も暖かく、何よりも蚊も蝿もいない。

撃沈されない限りは大抵医務室は使えてちゃんとした手当てが受けられる。うん、全くもってすばらしい。

 モリは極論を玩ぶ事で自分の中の激情を押さえ込む。

「まもなく最終フェイズに突入。ミナトさんよろしく」

「おーけー。アップトリム10、グラビティブラストセーフティオフ!」

叶ならばナナフシを自分の手で叩き潰したいが流石に無理だよな。

頭では理解しても納得できない自分の心にモリは何ともいえない笑みを浮かべた。

「射撃ポイントまで後2分、ナナフシ動きません」

「アップトリム5、姿勢制御を照準システムと同調。微調整、右舷スラスター噴射3秒」

 作業状況を復唱するルリとミナトの声だけがブリッジに響く。

「エンジン出力最大。フィールド最大へ」

 低い振動とともに息を殺していたディスプレイたちが一斉に息を吹き返す。

「――――射界確保まで30秒。電子管制解除、照準システム3系統稼動」

「照準光学モード、光学調整よし、発射20秒前」

 誰かが、聞こえたわけではないが誰かが息を呑む音が聞こえた。

「!?ナナフシに高エネルギー反応」

 ルリの言葉にブリッジクルーが凍りつく。

「砲撃中止!面舵一杯!フィールド出力最大!」

「総員ショック対応姿勢!」

 ユリカとジュンの声がブリッジに響く。

「ナナフシ砲撃!」

 グラビティブラストよりさらに黒い漆黒の閃光がナデシコ左舷ブレードをかする。

「!?左舷ブレード被弾!電装系に異常、相転移エンジンスクラム!」

 数秒間何事もなかったかのようにナデシコは航行した後、重力の導くままに落下していく。

100m程墜落したところで自動制御システムが働き補助エンジンから絞りだせるだけの推力を搾り出す。

「このぉ!言うことをきけぇ〜!!」

 ミナトは左に傾いだ船体を徐々に持ち直させ辛うじて胴体着陸をきめる。

半瞬の無重力状態と続いて起こる衝撃。ミサは渾身の力で握っていた取っ手からあっさりと引き剥がされた。

 一秒を数十倍に引き伸ばしたらこんなにゆっくりとしてるのだろうか?

「中尉!!」

 遠くで、何故か遠くでモリの声が聞こえた。

何故か長く感じる浮遊感の後ミサはやわらかい感触の床に叩きつけられた。

「ぅ・・・!?・・・状況報告を」

 モリはおそらく折れたであろう肋骨の痛みに耐えつつ半身を起こす。

「・・・中尉、無事か?」

 自分の腕の中に納まっている人物に声をかける。すっぽりと収まったな、モリは頭の片隅で思った。

「なんとか・・・・・・・あの、中佐?」

 ふと気がつくとミサが上目遣いにモリは思った。あぁそうか、中尉を抱いたままだから上目使いになるんだ。

え・・・抱いてる、俺が中尉を?頬が火照るのを自覚する。同時にミサの背中に回していた手を離していた。

「ご・・・ごめん!大丈夫?怪我ない?」

 経験の無い事態にパニックを起こしている。モリのどこか冷静な部分が酷評した。

「中佐?」

 ミサがクスリと笑う。その笑いにモリの心臓が跳ね上がる。

「なんでしょう?」

 自分でも上ずった声、ダメだもっと冷静じゃないと!落ち着け俺!パニックのあまりモリは殆ど我を失っていた。

「ネクタイ緩んでますよ?」

「あ・・・ありがとう」

 ネクタイをきっちり戻される。心地よくくすぐったい暖かさにモリは何とも言えない幸福感を覚えた。

「ユリカ!!」

 ジュンの悲鳴でモリとミサは目が覚めた。よろよろと立ち上がる。

 悲鳴のしたほうに振り返ると鼻から血を流したユリカが力なく横たわっていた。

「艦長負傷、アオイ副長、指揮を取りたまえ」

 あえて感情を殺した声で指示を出すと引き出しから、使い捨ての密着式注入機を取り出す。

機械的な動作で腕に押し当てて注入、同じ動作をもう一度する。見覚えのある注入機の色にミサが息を呑む。

「ちょっと!艦長が大怪我しているのに心配のひとつもしないの!?」

 淡々としたモリの姿にミナトの柳眉が逆立つ。

「心配するのと任務を遂行するのは別ですよ。・・・ミナトさんとメグミさんは艦長を医務室へ」

軽いショック状況なのだろう。ジュンは青い顔のまま座り込んでいた。モリは襟首を締め上げて立たせると言った。

「復唱はどうした?」

 怒りの為か徐々にジュンの顔色が紅潮する。モリはそれを完全に無視して言った。

「これが戦いだ、弱ければ死ぬ、頭が悪かったら死ぬ。運が悪かったら死ぬ、何もしなかったら死ぬ。最後まで諦めないやつしか生きられないんだぞ?」

「・・・・・・」

「あなたは何もしないでただ待つだけか?あんたの事情で全員を殺すのか?・・・・・・君は何のためにここにいるんだ?」

 怒鳴るでもなく諦めるでもなくモリはただジュンに語りかけた。ジュンは緩められたモリの手から離れると言った。

「・・・機関部を最優先で状況把握を。エステバリス隊はその場で待機。負傷者以外は戦闘配備を維持!」

やるべきことを思い出したクルーは久方ぶりに動き出した古時計のように徐々にその本来の動きを取り戻していく。

 それを見届けてモリは何気ない動作を装って近くの席に座る。薬で痛みは抑えるがやはり痛いものは痛かった。

「中佐・・・!どういうつもりですか!?」

「君もミナトさんと同じくちか?我々は戦争を―――」

「違います・・!どこか怪我してるんでしょ?医務室に―――」

「必要ない。どこも悪くない」

 罪悪感とかすかな喜びを感じつつ、泣きそうな表情のミサの言葉をさえぎる。

「こんな劇薬を2回もうつ必要があるのにですか?このままじゃ・・・死んじゃいますよ・・・!」

 ミサが突きつけた空のアンプル中には重傷者に使用する鎮痛、精神高揚、栄養補給等を強制的に行うための劇薬が入っていた。

「・・・バカなことをしてるのは分かってる。けど・・・この戦いだけは譲れないんだ」

 皆の敵をとり奴等をぶっ潰す。それが今も生きてる理由・・・。モリは心の中で呟くと制帽を目深に被り目を閉じた。

それからモリが呼吸を整えている間に状況報告が各部署から上がり少し送れてイネスからの敵の説明が行われた。

「重傷者12名、負傷者多数、食堂の陶器類は全滅で左舷エンジンは駄目。現在は航行不能でフィールドも張れない。・・・しんどいな、これは」

 そう言うとモリは端末を1人で操作する。それからメインクルーとエステバリスのパイロットにコミュケをつなぐ。

「状況は見てのとおりだ。ナナフシの攻撃は6時間はおそらく攻撃不能。普通はこの時点でゲームセットだが

問題がでた。航空隊が別の任務で損害を出して当初の3分の1しか作戦に投入できない。航空隊だけで撃破出来るかどうか微妙だ。」

 多少ぎこちない手つきながらモリがディスプレイに情報を出していく。

「エステバリス隊で敵を牽制。同時に航空隊が超低空亜音速で忍び寄ってレーザー誘導弾の固めうち。

航空隊の機数は少ないが全機が確実に投弾出来れば何とかなるはずだ。エステバリス隊は航空隊の援護だ」 

 モリはあえて弾道ミサイルのことには触れず話をくくる。

「エステバリスは制空権の確保に専念。航空隊の誘導はホシノ君が行う、何か質問は?・・・よろしい直ちにかかれ」

やや声を強めに発するだけで胸から何ともいえない感触が伝わる。

「・・・・・・・・・・さすがにやばいか」

 モリは他人事のように言うことで意識の外にその事を追いやると目を閉じた。






あとがき


 予定通りナデシコは大破着地しました。エステバリス隊はナナフシに攻撃にいきません。

これは軍と連携しているからです。(エステバリスより航空機のほうが攻撃力はある)

本編との最大の違いは防衛戦がある事です。本編ではナデシコ防衛がかなり薄かったです。普通止めを刺すために

わんさかトカゲがやってくるはずなのに・・・。そこら辺がずっと納得いかなかったので書くことにしました。

 さて今回を境にモリの隠し事がどんどんばれていくことになります。

あとモリ中佐はタイガー戦車とドンパチしません。・・・なんかモリ中佐が戦闘=生身で陸戦というイメージがあるので。

                                             

 敬句 


管理人の感想

大森都路楼さんからの投稿です。

まれに見る大ダメージをナナフシから貰っちゃいましたねぇ、ナデシコ。

何より、ユリカが負傷するのは初めてのような気がします。

狼狽するジュンに戦争の厳しさを諭すモリ中佐が良かったですね。