第30話 悪夢
赤い大地、大半の人類が滅びた惑星、か。モリ シゲオ中尉は双眼鏡を構えながらふと思った。
「小隊長!」
背後から年の頃18歳くらいの少年が自動小銃を肩に掛けこなれた動きで寄ってきた。
「どしたの?サージ?」
「96マルチのエンジン治ったってさ、移動するから集れってオオイソさん言ってるぞ」
「了解。・・・つぅーか小隊長ってやめよーぜ。おかげでいらない誤解受けてるじゃないか」
若干老成しているせいなのか、目の前の少年と同じように学徒動員兵でしかないのに、よく民間人に職業軍人と間違えられた。
「だったら俺のサージもやめろよ。俺はゴウダだぞ?何処をどういじったらサージになるんだよ!」
「ふっ!愚問だな。大宇宙の聖典にはお主の魂の名前はサージと書いてあるぞ」
本当は体格がよく何となく軍曹とよんでそれが変化してサージになったのだが、モリもゴウダもそれについては全く考えていなかった。
「聖典かよ!」
「おう、その者青き衣を纏いて金色の野に降り立つ、と書いてあるのだ」
「パクリかよ!」
「違う、二次創作だ!」
「いや原典そのままだぞ?」
「ふっ、問題ない」
「それもパクリだ!」
「うぐぅ・・・?ん?」
「気持ち悪っ!って・・・どした?」
モリは何も無い空を見上げる。つられるようにゴウダも空を見上げた。
「いや・・・なんか声が聞こえたんだ」
「こんどは神にあったか?」
「うぐぅ」
「だから気持ち悪いって!」
ゴウダは笑ってモリの肩を軽くこずいた。
「―――モリ!おいモリ!?」
「―――ウリバタケさん?一体大佐に何が?この映像は何なんですか?」
「―――タチバナ中尉!落ち着いて」
「―――イネスさんそんな―――」
「―――大佐、御免なさい。僕がしっかり―――」
装甲車まえに広げた机の前に今や総勢8人の中隊が集結して作戦会議を開いていた。
「さっき秘匿回線で命令が届いた」
オオイソ大尉は全員の顔を見回す。
「壱、捕虜にした敵兵と第113学生大隊を回収するために特務艇を派遣する」
全員の顔に生き延びる事の出来る喜びが表れた。
「弐、集合地点はX112Y223地点とする。参、特務艇の待機時間は0400時から0420時とする。以上だ」
「直ちに準備しましょう。移動地点までは此処から1時間です。これで全員生きて帰れますね」
モリは喜びに満ち溢れた顔でオオイソを見て、ふと気がついた。
「・・・大尉?何か問題でも?」
「あぁ。実は、カザマさん達が乗れるだけの余裕が無い・・・」
「冗談!イッちゃん達を見捨てるのかよ」
「此処まできてそりゃね〜ぜ、オオイソさん!」
「キムとジャグジーの言うとおりです。・・・何とかなら無いんですか?」
モリ達の悲痛な言葉にオオイソは暫し考えるといった。
「・・・木連の人たちを解放して1人が非常座席で我慢すれば全員乗れる」
「命令を無視するんですか?」
「命令よりイッちゃん達の方が大事だぜ、小隊長」
「イチムラ!それじゃあ死んだ皆に顔向けできないよ!」
モリはイチムラに掴みかからんばかりに迫る。
「俺も小隊長と同じ意見だ。・・・・・・死んで言った仲間に顔向けできない」
「ジャクジー、死者は死者だ。戦争分からない連中の為にカザマさん達を見殺しにしていいのか?」
ジョナサンの言葉にジャグジーことユアサの目に危険な光が宿る。
「皆それまでだ!!・・・・・・移動する。全員乗車!モリ君、少し残ってくれ」
全員が96多目的装甲車に乗るのを見届けてオオイソは言った。
「私は・・・彼らを開放しようと思う」
「オオイソさん?」
モリは思わず我耳を疑った。
「・・・・・・命令に反するのは分かっている。君達の誓いを破る事も。だが、やはり皆で帰りたい」
「納得できません」
「分かってる。だが・・・私は生きたい。生きて帰って妻と子供に会いたい。その為だったら命令違反だってする」
ふざけてる!今更になって怖気づいたのか!潔癖なモリは怒りに身を振るわせる。
「命令なんですよ、大尉」
「分かっている。・・・それでも私は生きたいんだ。カザマさんたちだってそうだろう」
オオイソはモリの肩に手を乗せて微笑んだ。
「おそらくこの映像は大佐の記憶ね」
「記憶?・・・なんでそれがモニターに?」
「IFS を通じて大佐の記憶にアクセス。その中から一番辛い記憶を持ち出して再現する事によって抵抗力を奪うつもりなんじゃない?」
「だったら力ずくでも大佐を引き剥がさないと!」
IFSのコントローラーからモリを引き剥がそうとするミサにウリバタケが慌てて割ってはいる。
「ウリバタケさんどいてください!」
「いま引き剥がしたらモリが戻って来れないかもしれないんだ!下手したら植物人間になりかねない!」
「そんな・・・」
「・・・・・・今は賭けるしかないんだ、モリの強さに」
雨か・・・珍しいな。久しぶりに降る雨にモリは何故か不吉な予感を覚えた。
「・・・おい。オオイソさん達が出かけたぞ?」
隣で双眼鏡を構えたサージが言った。
「やっぱり連れてるのか?」
「あぁ・・・。オオイソさん、本気らしい」
サージはやりきれない思いを溜息にして言った。
「どうする?小隊長」
キムがモリの表情をうかがう。
「やるさ。・・・俺はあの誓いを破りたくない」
モリははっきりと言った。
「私達を・・・どこに連れて行くつもりかね?」
初老の男はオオイソに問いかけた。
「・・・・・・少し離れた頃にです。シラトリ博士」
「ふむ・・・・」
シラトリは周りを見回す。隣には一緒にボソンジャンプの実験でとんで来たサトウ博士がおり、周りには2人の少年達が
自動小銃を構えてあたりを警戒していた。
「シラトリ博士。思えば我々も奇妙な出会いをしたものですね」
「そうだな。・・・そしていろいろな体験もした」
学徒動員兵達との出会い。虫型機動兵器との戦闘。多くの亡骸を放置しての逃走。
「・・・・・・あなた方が我々を憎むのは分かります。ですが私はこれ以上犠牲を出したくない」
オオイソはシラトリに向き直ると何かを秘めた表情で言った。
「我々は・・・ここであなた方を解放します。今までのご協力感謝します。そしてもし叶うなら、あなた方に和平の礎になって頂きたい」
「・・・・・・・・正気かね、オオイソ大尉」
「そこに可能性があるのなら・・・私はそれにかけたい」
シラトリはオオイソの目を真っ直ぐに見つめた。オオイソの瞳に何の曇りも見られなかった。
「・・・そうだな。それも―――」
「オオイソ大尉!」
ここに居るはずの無い声にオオイソは振り返る。
「中尉、どういうことだ」
岩の向こう側にモリ達が立っていた。合流ポイントで待機を命じていたはずなのに。
「大尉。命令違反をなさるおつもりですか?」
「違う!冷静になるんだモリ君!彼らを捕虜にしたところでなんになる?彼らの存在を抹殺しさらに戦いを続けるだけだとは思わないのかい?」
「命令を破るつもりですか?」
モリは泣きそうな表情で言った。
「そんな命令に何の意味がある?命令を遂行して何が生まれる?冷静に考えるんだ?」
「自分は!僕達はあの旗の下に誓った!何時いかなるときも命令を守りその銃を持って戦うと!!」
「状況が変わったんだ!もうその誓いの必要性は無い!!」
「状況は変わってない!代わるはずが無いんだ!総員構え!!」
モリの叫びにキムとサージとジャグジーが小銃を構える。反射的ににジョナサンとイチムラも小銃を構えた。
「やめるんだ!!イチムラ君、ジョナサン君銃を下ろすんだ」
「ならば命令に従ってください!!」
「中尉!やめるんだ!!モリ中尉!そんなことをしてどうする!?」
「大尉こそやめてください!なんで、なんでそいつらの味方なんてするんですか!」
モリは泣いた。言いようの無い怒り、裏切られたという悲しみ、それらが一体となって激情の涙を流させる。
「味方とか敵とかじゃない!私は戦いを止めたいだけだ!これ以上戦ってどうする?みんなで帰ろう?」
「オオイソ大尉!司令部の命令はそいつら捕獲です!命令が出てるんです!!大尉!」
「そんな命令を聞いてどうする。彼らは和平の為の、戦争を止めるための最後の希望なんだそ!」
「命令なんです!どんな命令でも聞かないといけないんです!!・・・それが軍人なんでしょ!?」
「中尉!」
「そうじゃなきゃ!そうじゃなきゃ、みんな何の為に死んだんですか!?命令を守ってみんな死んだんじゃないですか!いまさら破るなんて卑怯ですよ大尉!!」
そう、彼をそういう風にしてしまったのは俺だった。オオイソは愕然とした。
一体俺は、彼らになんと言えばいい。彼らに何を伝えればいいのだ。
物音一つしない、気がおかしくなりそうな緊張感が全員間をただよう。
「あぁ・・・神様・・・!」
ジョナサンは思わず胸元のロザリオをまさぐろうとして手を伸ばす。そして手を滑らしロザリオが落ちた。
甲高い金属音は、ギリギリのバランスで保たれたいた緊張感を破るのには十分な音だった。
そして・・・モリ達は発砲し、呼応してイチムラ達は発砲しようとし、発砲するまえにクラスメイトの銃弾に倒れた。
「う・・・打ち方やめ!やめろ!」
我に返ったモリがそう叫んだときには、モリ達4人以外誰も生きていなかった。
「あ・・・・あぁ・・・・ああぁ!!!」
モリは頭の中が真っ白になった。
「――――大佐!モリ大佐!!」
重いまぶたを開けると、泣きはらしたミサが居た。
「・・・ここは?」
「医務室です。精神的ショックで大佐は意識を失われたんです」
「そう・・・」
余りに淡白なモリの態度にミサは不信感を覚えた。
「大佐?」
「・・・僕は・・・オオイソさんを、ジョナサンをイチムラを・・・殺した」
「大佐。それはオモイカネの見せた幻影で―――」
「幻影なんかじゃない!僕は!僕はオオイソさんを!ジョナサンを!イチムラを!この手で殺した!!殺してしたんだ!!」
モリは頭を抱え爪を自分のこめかみにつきたてる。こめかみからは鮮血が滴り落ちた。
「大佐!落ち着いて!終わったんです!もう終わったんです!」
「終わってない!終わりなんて無いんだ!!終わるはずが無い!終わっちゃいけないんだ!」
モリは絶叫した。そしてさらに何かを叫ぼうとして、イネスが突きたてたスタンガンで気絶した。
「ひどすぎる・・・こんなのって、ひどすぎますよ」
「・・・・・・あれが、大佐の持つ心の傷。誰も知る事の無かった、治る事の無い傷なの」
イネスは悲しそうに言った。
「ミサちゃん。彼は強迫観念によって突き動かされてるわ。命令を守る、その為に仲間を殺した。
だからどんな命令でも命を賭けて守らなけれならない。それだけが、彼を戦いに駆り立てるの」
苦悶に満ちたモリの表情にイネスはどうしようもない憤りを覚えた。
「私は・・・私じゃ、どうする事も出来ないんですか?大佐?」
ミサはただモリの寝顔を眺めるしかなかった。
あとがき
モリが何故あそこまで軍人たりえるのか?そしてモリと木連との関係は?
作者とモリだけの秘密がついに完全公開されたお話です。
従来の形と趣が違うのは、アキト達をウイルスに例えたらオモイカネの抵抗って余りに弱くないかな〜。
と思いこんな感じになりました。話のおおまかな流れは最初の構成から決めていた内容です。
この当時はまだミサのミの字も挙がってません。ただ精神汚染されてモリがますます壊れる話だったのです。
が、ミサやらナオやら、ハーリーやらのおかげで思ったほどモリは追い込まれていません。
あぁ、すでに作者の手からキャラが独立したんだな〜と思う今日この頃です。
(本当のモリはもっと暗くてナデシコの中で浮きまくりだったんですが・・・)
敬句
代理人の感想
木蓮ちゃいまっせ、木連でっせー。
それはさておき、あの時ゲキガンガー以外の抵抗が無かったのはアキト達がウイルスではなかったからではないでしょうか?
正式の端末でないとは言え、administratorでログインしてるわけですから(笑)
だから、通常のファイヤーウォールは無効だったんですよ。
(つーか、そうでなきゃ軍だって書き換えは行えないでしょうしね)
でも記憶ネタは麻雀まで取っておくと思ったんですが・・・ちょっと意外。