Scene1
大きなコドモはドコのダレ?
(ここは…………どこだろう。周りは何もない草原だ。俺はシェルターにいたはずなんだ。アイちゃんは……みんなは?)
見回したアキトの目に飛び込んできたのは夜景だった。火星でも月でもなく、地球の夜景……。
火星や月、宇宙にあるコロニーの夜景のどれとも違う独特の景色。
さっきまで火星にいたアキトには見ることが出来ない風景のはずだった。
こんなところにいてもしょうがない、とにかく街に行こうと思ってアキトは立ち上がった。
いや、立ち上がろうとした……だ。
アキトは何かに服をつかまれて立ち上がれなかった。アキトの服をつかんでいたのは人の手。
よく見ると隣には黒い服をきて、バイザーをつけた男が寝ていた。
しかも今アキトが立とうとした衝撃で目が覚めたようだ。
……………………
……………………
黒い服の男は起き上がったが、いまだアキトの服から手を離そうとしない。
……………………
「あの〜手を離してもらえませんか?」
アキトは何も言わない黒服に対して言った。
だが男はまったく反応しない。
「あの〜……」
「…………ア−ー」
??
初めて反応が帰ってきたのはいいが、アキトは男が何を言ってるかまったくわからない。
地球と火星って一応同じ言葉しゃべってたよな?などと思ったが地球独特の言葉など聴いたことがない。
何とか意思疎通を試そうとしたが相手がしゃべる言葉は、先ほどと同じく要領を得ない。
しかたがなくさっさと街に行こうとしたが、黒服の男はまだ手を離さない。
「俺はあんたなんか知らないんだ。離してくれよ」
「アハハハハ」
(こいつ頭がおかしいじゃないか?)
さっさと引き離して街に行こうとしたが、思いのほかこの男の力は強くなかなか引き剥がせない。
「はぁー、このままでいいや」
(どこかの病院から抜け出してきたんだろう)
そう思い、アキトはこの男を近くの病院に連れて行くことにした。
たいして時間もかからず街につき、病院も見つけることが出来た。
しかしここからがアキトにとって大変だった。病院に着いたといってもこのまま男を置いていくわけにもいかず、
結局自分が付き添いとして、医者に見てもらうことになった。
「で、どうしたの?」
医者は大してアキトを見もせず型どうりに尋ねた。
「なんかこの人変なんですよ。どっかの病院から抜け出してきたんじゃないかと」
アキトも面倒そうに答えた。
話題の中心人物である黒服の男は、「我関せず」といった感じでのんきに診察室を見回している。
「じゃあ遺伝子データを取って病院に送り届けりゃすむか」
そういって医師は黒服の男の腕から遺伝子データを取った。しかしこの場にいる誰もがその結果を予測しえなかった。
その結果は…………
…………該当なし…………
「ん?おかしいな機械が壊れたかな?」
遺伝子データは地球、月、火星と、人類全ての情報をくまなく入力されている。そこから漏れる人間がいるなど物理的にありえない。
医者もその事を知っているため機械の故障だと思ったのだ。
しかし別の機械を持ってきても「該当なし」の表示は変わらなかった。
しかたなく医師は本格的な検査をしなくてはならず、黒服の男のバイザーを取った。
その顔はアキトにとって驚きもあったが、ある意味見慣れた顔であった。
医師はその顔を見るとアキトにこういった。
「検査が終わったらちゃんとつれて帰ってくださいよ。うちの病室は今満室なんだから」
バイザーをとった顔。それはアキト自身の顔。多少アキトよりもやつれている印象はあるが、誰に聞いても
全員が「アキトの親戚か兄弟」と答えるであろう顔。
医師は、アキトが自分の手に余る家族をこの病院に入院させるために連れ込んだと思ったようだ。
医師から言われたアキトは呆然としたままだった。
自分はなぜ地球にいるのかすらわかっていないのだ。そこに自分と同じ顔の男。「驚くな」と言うほうが無理だ。
そしてアキトが呆然としているうちに検査は終わった。
「君のお兄さんねぇ、どうやら酸素欠乏症みたいだね。それにナノマシンが体内に異常にあって…………」
医師は病状の説明をしていたがアキトの耳にはほとんど入っていない
「…………で目が見えなくなってるんだ。わかったかい?」
「……………………えっ、あ、はい。」
「それでこの人はどうすれば……」
「君の家族だろう!ちゃんとつれて帰ってくれ!」
どうやら医者の頭の中で黒服の男は「アキトの兄」として認識されてしまったようだ。
アキトと黒服の男は病院から追い出されるように外に出た。
「結局アンタ誰なんだよ!」
アキトとしては病院に送り届けておしまいであったはずなのだ。
それが結局医者から、なんだかんだ言われて外に出されてしまったのだ。
まったくとんでもない厄介者を拾ってしまった。
「はぁ〜……」
ため息のひとつもつきたくなる。
そんなため息の原因の黒服の男は、相変わらず何を考えているのか空をずっと見ている。
バイザーによってサポートされたその目で、ただずっと空を見ていた。
一ヵ月後
「今日までの給料分だ」
「クビっすか……」
「このご時世に臆病者のパイロット雇ってるって噂立てられちゃあな……」
「だからこれは違うって……」
「他人はそうは思っちゃくれねぇって」
「……お世話になりました」
まぁ、今回は長く持ったほうだろうな。アキトは今まで世話になっていた店を出ながら思った。
アキトと黒服の男が地球にきてから一ヶ月。さまざまな店を渡り歩きながらその日その日を食いつないできた。
さいわいアキトは火星にいたときからコックを目指しており、未熟ながらも調理補助くらいはできたため働くところはすぐ見つかった。
しかしアキトの腕についたIFSは地球では軍のパイロットしかつけておらず、
そのためアキトは軍を脱走した兵士と思われてしまっていた。
そして木星トカゲが襲来すると決まって彼は震えだすのだ。
そしてそれ以上に厄介だったのが黒服の男だった。
彼は木星トカゲの戦闘の音を聞くと顔に光る線がでてくる。そして不意に笑い出すのだ。
その笑いはいつもの無邪気な笑いではなく、乾いた笑い。まるで自らを笑うようなさめついた笑いだった。
結局この事があだとなり、バイト先でいつも首になってきたのだ。
「どうしようか、これから……」
返ってくる答えはない。それはこの一ヶ月でわかっている。
しかしわかっていてもアキトは聞かずにはいられなかった。
この一ヶ月、二人は共に生活してきた。
最初はわずらわしかったアキトも、結局は持ち前の優柔不断さでズルズルと生活を続けているうちに、何も思わなくなってしまった。
なぜ自分が地球にいるのか、どうしてこの男は酸素欠乏症などという珍しい病気になっているのか、
どうして自分と同じ顔をしているのか等、考えることはたくさんあったが結局は生活に追われて考える暇もなかった。
思わず地面に向かってため息をつく。
そしてその横を一台の車が通り過ぎる。車のトランクは荷物でいっぱいになっておりきわどいバランスをとっていたが
それも今崩れ去った。
まるでアキトのため息がそのバランスを崩したかのような絶妙なタイミング。
そのケースは自分のバランスを崩した、ため息をはいた男に一直線に向かっていく。
下を向いているアキトには気づきようもない。
結果、ため息をおえ顔をあげたアキトが見たのは目の前にまで迫った大きなケースだった。
「!」
星が見える夜空でのとろけるようなあついキス……
ここで問題なのは見える星が頭でチカチカする星で、とろけるようなあつい物はアキトの頭からの出血、
そしてキスの相手が製作会社が自慢する「象が踏まない限り壊れない」というアタッシュケースだということだ。
「象が踏まない限り壊れない」ということは、象が踏めば壊れるわけだが今回の相手はただの人間。
その製作会社の自慢どおりケースにはたいした傷もなく横たわっている。
そしてアキトも寄り添うように倒れている。もちろん出血しながら……
「あの〜大丈夫ですか?」
無邪気な女の声が聞こえたと思ったが、アキトの意識はそこで途切れた。
「ユリカ、大変だよこの人。意識がない……」
「じゃあ、いっしょにつれてっちゃおうよジュン君」
「だめだよユリカ。これから僕たちが行くところは……」
「だいじょーぶ!だいじょーぶ!ユリカは艦長さんだから偉いんだよ♪一人や二人関係ない人が入っても問題なんて全然ないない♪」
「二人ってどういうこと?」
「だってけが人さんの隣にお知り合いさんがもう一人いるじゃない。その人も連れて行かないとね♪」
「でもユリカ〜……」
「ほら、はやくはやく♪」
結局アキトと黒服の男はユリカに車に押し込められた。
これからユリカ達が行くところは正確に言えば、軍のドックを間借りしているだけの所でユリカの権限などほとんど無いに等しいのだが
ユリカに押し切られるように……いや、ユリカに押し切られてジュンは納得した……いや、納得させられた。
そして彼らを乗せ車は向かっていく。軍の保有する佐世保ドックへと。
「あきとはわたしがだいすき!だいだいだいだ〜〜〜いすき!!」
「くっつくなよ〜」
「てれることないよ、あきととわたしは<りょうしんこーにん>のおつきあいなんだよ♪」
「そんなこといいからとにかくどいてよ〜」
「てれることないよあきと。あきととわたしは……」
「とにかくはなれろよ〜」
「だから、わたしとあきとは〜……」
「ぼくのいうこときけ〜」
「…………ここはどこだ……」
アキトの目が覚めるとそこは医務室のような所だった。
「おや?気がつかれましたな。いや〜、このたびはわが社の社員がご迷惑をおかけしたようでまことに申し訳ございません。
つきましてはわたくしがこの事故の保障担当となりました、プロスぺクターというものです。よろしくお願いいたします。」
「は、はぁ……」
「ではさっそく慰謝料のことについて交渉いたしましょうか。今回はこちらの不手際ということで過失は…………」
「ちょ、ちょっと待ってください。あの〜俺どうなったんですか?」
「はい、あなたはわが社の社員と…まぁ軽い事故ですかな、そのような物を起こされまして。
軽い脳震盪と出血をなさっていたようなので、こちらの医務室に運び込まれたわけです。」
「あのー、あいつはどこにいますか?」
「あいつ?……ああ!あの黒服の方ですね。あの方は現在わが社の施設を見学なされているはずです。お呼びいたしましょうか?」
「ええ、お願いします。」
「わかりました。しばらくお待ちください。」
(ふむ、交渉に当たって状況を見ていた第三者を呼んで自分の正当性をしっかりアピールさせようという事ですかな。
なかなかしっかりしていらっしゃる。これは気をつけて事にあたらないといけないようですなぁ。)
(あいつどこにいったんだろう。余計な人に迷惑かけてなきゃいいけど。)
プロスペクターが部屋の電話でどこかに電話をかけているとき、アキトは夢のことを思い出していた。
(しかしユリカの夢なんて久しぶりに見たけど、やっぱりいい夢じゃないよなぁ)
アキトにとってユリカとはあまりいい思い出のない存在なのだ。
追いかけられて、追いかけられて、追いかけられた。ただそれだけの印象しか今は思い出せない。
(刑事とかになったらあいつに追いかけられる犯人ってやだろうなぁ)
などと、まったく脈絡のないことを考えていた。
「あ、そうそう。あなたの服多少汚れていましたので、とりあえず別の服をご用意いたしました。それに着替えてください。」
今のアキトの服は病院で手術を受けるような人の服だった。アキトは自分の服が変わっていたことに少し驚いたが、
それだけ混乱していたということだろうと納得した。
「しかしこの服は……なんというか、めずらしいですね。」
アキトに用意された服は全体が黄色っぽい服で、どこかの制服みたいなものだった。
「ああ、それはわが社のまあいうなれば社員服でして。今現在あなたに合う物がそれしかなかったのですよ。どうか我慢してください。」
「あ、別にもんくじゃないっスよ。ただ珍しいデザインだなって。」
「そうでしょうなぁ。そのデザインは今回のプロジェクトのために特別にデザインされたものですから。それよりも珍しいといえば
あなたの経歴のほうが珍しい。検査のときに遺伝子データを取らせていただきましたが、火星の生き残りの方とは。」
「あ、それよりも俺の服は……」
「おや、これは失礼。現在あなたの服はわが社のものが洗濯しております。先ほど電話で確認いたしましたが、どうやらあなたの
お連れ様もその近くにおいでのようで。しばらくお待ちいただければ、わたくしがお連れ様と共に服をお持ちいたしますが。」
「あ、いいっスよ。俺もついていきます、どうせ暇ですから。」
「そうですか、検査の結果も問題ないと聞いておりますし、それでは行きましょうか。」
ただの病院にしてはやけに長い廊下を歩きながら、ただ歩いているのは味気ないと思ったのかプロスペクターはアキトに話しかけた。
「いや〜、こんなところで火星出身の方とめぐり合うのは大変珍しいですな。私も一時期我が社の火星支社に
赴任していた時期がございまして。火星が全滅してしまった今となってはお互いさびしい限りですな。」
「全滅……火星が……」
「おや?ごぞんじなかったですかな?軍の発表ではすでに全滅扱いになっておりますが……」
「いや、俺実は地球に来てまだ……」
ズズン……
それはアキトにとって聞きなれた音だった。木星トカゲの攻撃音……。火星のシェルターの中から何度も聞いた音だった。
「おや、失礼。私急用ができてしまいまして。しばらくお待ちいただけますか。いずれ係の者があなたをお迎えに参りますから。」
そういうとプロスペクターは返事も待たずスタスタと早足で歩き去っていった。
アキトはプロスペクターに言われたとおり、しばらく待っていたのだが<係の者>とやらは一向にこない。
痺れを切らして適当に走り出した。木星トカゲの攻撃はいまだ続いている。しかも激しくなる一方だ。
(いやだ、俺はこんなところで死にたくない!どこだ出口は!)
無茶苦茶に走っているとひとつの通路にでた。そこには自分のと同じ色違いの制服を着た男がいた。
「まだいたのか!早く入れ、お前で最後だ!」
男はアキトを押し込めると脇のパネルを操作し隔壁を閉じた。
「ふぅ〜やれやれ、お前も早く持ち場に着いたほうがいいぞ」
「いや、俺は……」
男はスタスタと先に行ってしまった。
(ここはどうやらシェルターとは違うみたいだ。)
一人取り残されたアキトが周りを歩きながらそう思った。
アキトが歩く先から音が聞こえ始めた。いや、音というより機械が動く騒音といった感じだ。
「おら〜、さっさと後始末しろ〜!さっきのバカがエステでコケたおかげで仕事は山ほどあるんだぞ〜!!」
「班長、陸戦の準備終わりましたけどパイロットはどうするんすかぁ!」
「んなモン俺が知るかァ!こっちはいつでも万全な状態で出撃させられるように準備させとくんだよぉ!」
班長と呼ばれた男がメガホン片手に指示を飛ばしている。
ある意味見慣れた光景だった。昼時の厨房によく似た光景、それがここにもあった。
「あの〜すみません。」
「おっ、あんたがパイロットか!さぁ、こっちだ!」
「えっ?俺はただ……」
「なぁに、礼はいらねぇよ。こっちはいつでも万全の体勢で送り出してやるのが整備士魂ってモンだからなぁ。」
男はアキトの腕をつかんでどんどん歩いていく。一方のアキトは何がなんだかわからない。自分はただシェルターの場所を聞きたかった
だけなのに、男にただ引っ張られていく。しかもどうやらこの男が連れて行ってくれる先は、シェルターではないらしいことぐらいは
さすがにアキトにもわかった。
「作戦はリフトの途中でゴートの旦那から通信が入ることになってる。ま、気楽にやれや!」
結局アキトがつれていかれたのは、人型兵器のコックピット。しかもどうやら自分はこいつで出撃させられることになっているらしい。
状況を理解したのはよかったが、考えがまとまるころにはハッチが閉ざされ、あまつさえリフトが動き始めてしまっていた。
「君が軍からの臨時パイロットだな。それではこれより作戦を伝える。現在ナデシコは主エンジンの起動に手間取っている。
その間君には地上に出てもらって囮となってもらう。作戦時間は五分、作戦終了後ハッチに帰還し次第グラビティーブラストを
発射する手はずとなっている。以上健闘を祈る」
コックピットのモニターにいかつい顔の男が現れたかと思うと、どんどんしゃべって勝手に切ってしまった。
(どうなってんだよいったい……)
ガン
軽い衝撃と共にリフトが止まった。
「……………………………………………………!!!!」
周りを見回したとたんにアキトは凍りついた。
火星にいるとき何度も見たやつ。赤いジョロに黄色いバッタ。自分の周りにものすごい数がいる。
(なんだよ、これ……、どうなってんだよ。……囮?こんなのってありかよ……。できるわけねぇよ……)
木製トカゲのエステバリスを見つめる目は、それを『敵』としてロックした…………
あとがき
どうもパコパコです。ようやく本編開始です。
さすがにまだ痛くはありません。ですがだんだんと切なくなってくるかもしれませんね。
黒アキトの「酸素欠乏症」ですが基本的に、カ○ーユ君と状態と同じです。
「大きな星がついたり消えたり〜〜〜」というセリフを入れようかと最後まで悩みましたが、とりあえず今回は削除しました。
これ以降も小さなものから大きなものまで、メジャーなものからマイナーなものまで、
いたるところの文章に登場させたいと思っていますので、元ネタ探しが好きな人は探してみてください。
ちなみにヒロインはルリではなく、ユリカかミナトになると思われます(エリナもからんでくるかも)。
それでは今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
代理人の感想
うわ悲惨(爆)。
あのプロローグからは確かに自然な流れですけど、よりによって酸素欠乏症と来ましたか。
しかも黄色アキトはTV版以上に優柔不断だし(爆死)。
ちなみにカミーユ君のアレですが、あれはニュータイプ能力の暴走による精神疾患で、
酸素欠乏症と言うわけではありません。
パコパコさんが仰ってるのは「症状が酷似している」と言うことですので念の為。
更に蛇足ですが、ガンダムシリーズの作中で酸素欠乏症にかかった人と言うと
有名な所ではテム・レイ(アムロの父親でガンダムの設計者、「テム・レイ回路」の製作者(爆))がいます。