幸福は望まない…………
幸福でなくなった時が恐ろしいから…………
絶望も望まない…………
いずれ幸せになるときが怖いから…………
自分との決別
「駄目だ、出力が足りない」
「しかしそんな事いってもこれ以上は無理だ!体にGがかかりすぎる。人が乗れる機体ではなくなるぞ!」
「俺が耐えればいいだけだ。あと2割上げてくれ」
「本気か!?そんな事が出来るわけ……」
「彼の言うとおりにしなさい」
アキトとネルガルの技術者との話を聞いていたエリナが口を挟む。
「この機体で商売をする気はないわ。搭乗者の事は一切無視して徹底的に性能を追及しなさい。」
エリナの言葉に感情はない。その言葉を発した表情は冷たい刃を思わせる。
ネルガル内では有名な『鉄の女』というあだ名を、技術者は垣間見た気がした。
「わかりましたよ……。おい!リミッターの解除作業をするぞ、集まってくれ!」
技術主任の言葉に開発者たちが集まってくる。
「テンカワ君、あなたは隣の部屋で待機していなさい。どうせ作業が終わるまでに貴方ができることはないわ」
「…………わかった」
本当は今すぐにでも飛び出して行きたい所だったが、あるものがそれを押しとどめた。
そして隣の部屋に歩いていった。
そこは開発者のための休憩室。ベッドもあればテレビもある普通の部屋だった。
アキトはその部屋に入って久しぶりのテレビをつけた。
テレビをつけるという行為自体、自分が救出されてから初めての行為だった。
それまでは体を鍛えることや、体を直すことに精一杯で、とても時間的余裕はなかったのだ。
テレビの中では別の世界が広がっていた。
今自分が居る世界とは全く違う世界…………。
照明や舞台のあるきらびやかな世界…………。
それは何のことはないただの歌番組だったのだが、アキトにとってはとても遠い世界だった。
アキトは歌を聴くというよりも、画面を見るといった感じだった。
かつてナデシコで行われた一番星コンテストのことを思い出していたのかもしれない。
そんなアキトを現実の世界に引き戻したのは、画面に出てきた人物の声だった。
「ええ、そうなんです。私ナデシコで働いてたんですよ」
「へぇ〜、やっぱり戦争って大変だった?」
司会者の男が隣のゲストに聞く。
そこに居たのはナデシコで一緒だったメグミ・レイナードだった。
「ええ、でも私は直接銃を取ってたわけじゃないし、あの戦争は誰にとってもつらい戦いだったと思います」
「ねぇねぇ、ナデシコの中でかっこいい人とかいなかった?やっぱり危ないところで恋に落ちると、長続きしないって本当?」
別の女性ゲストがメグミに聞く。彼女は戦争といった物より、そっちのほうが聞きたいのだろう。
身を乗り出すようにしてメグミに聞く。
「アハハ、それってあるかもしれないですねぇ。私も結構いいところまで行ったんだけどフラレちゃいました」
「え〜ッ?メグちゃんをふったひとってどんな人?かっこよかった?」
「う〜ん、かっこよかったというよりも、優しかったかなぁ。私を守ってくれる、みたいな。彼は優しいから戦いなんて望まない人だったんです。自分から好きで戦いが出来る人じゃなかったんですよ」
「へぇ〜、メグちゃんってそういうタイプに弱かったんだ。メグちゃんを狙ってる視聴者のみんな、メグちゃんの好きなタイプはわかったかなぁ?」
「もぉ〜、スミカさんったら!でもナデシコって不思議なところでしたね。色々な人達が居て、楽しい事もつらい事もあったけど、私にとってナデシコはかけがえのない……」
そこでアキトはテレビを消した。そしてほとんど同時にエリナが部屋に入ってきた。
「テレビでもつけていたの?音がしていたけど。」
「なんでもない……。それよりどうしたんだ、こんなところに来て。もう作業が終わったのか?」
「……さっきはあんな事言ったけどいいの?」
「なにが?」
アキトはエリナが何を言いたいのか分からなかった。
「すでに対G装置の限界を超えているわ。さっきは私も貴方の意見に賛成するようなことを言ったけど、このままだとあの機体に人は乗れなくなるわ。ユーチャリスやバッタの準備も整っているのよ。そこまで出力を無理に上げる必要は……」
「ユーチャリスは対艦戦闘に専念させたい。それにバッタは足止め用の兵器だ。ステルンクーゲルやエステバリスタイプには歯が立たない。俺がやるしかないんだ」
「でもこのままだと貴方の体が!」
「たいした問題じゃない。痛覚は働いていない……。用件はそれだけか?」
アキトはエリナをよけるようにして部屋を出て行こうとする。
だがアキトの背後からエリナが声を投げかける。
「貴方に人が殺せるの?」
「…………………………」
「コロニーには民間人のいる区画もあるのよ。確実に民間人にも死者が出るわ……」
アキトはその問いに答えず部屋を出た。
テンカワアキトは変わってしまった。あの時、ネルガルが救出してから……。
エリナは思い悩む。このまま彼を走らせていいのか。
その先に待っているものはいったい何なのか…………。
コクピットのモニターに技術主任の顔が浮かぶ。
「言われたとおりリミッターを解除しました。2割どころか3割近くアップしてますよ。」
確かに先程までと感覚が違う。レスポンスも早くなり、考えたとおりの機体になりつつある。
両腕につけたビームカノンも出力のアップに伴い、破壊力が増したようだ。
再びコクピットに通信が入る。
「いい、テンカワ君。一度戻ってきてちょうだい。貴方の体がGを受けてどうなってるかドクターに見てもらうわ」
エリナは先程会った時のアキトが忘れられなかった。
いつもと同じような雰囲気。復讐だけに取り付かれた彼の表情に、どこかいつもと違う感じがした。
ちょっとした違い。だがここ最近ずっとアキトを見てきたエリナにとって、その違いはすぐに気づいた。
(テンカワ君、私との受け答えにも感情が出ていた。……あせっている?いえ……いらついていたのね)
「テンカワ君、何をしているの。戻ってきて。」
追加装甲型エステバリスに変化の様子はない。
その時とんでもない返信がアキトから帰ってきた。
「…………追加テストを開始する」
近くに居た技術者がエリナに疑問の顔を投げかける。
だがエリナにも答えるすべはない。元々追加テストなど決めていないのだから……。
そして追加装甲型エステバリスはエリナたちの前からその姿を消した。
広大な宇宙空間の中にあるコロニー『タカマガ』
アキトは今最大望遠でそのコロニーを見つめている。
そして徐々にタカマガに近づいていく。先程から所属問い合わせの通信が入ってきていたが、アキトは無視し続けていた。このままでは防衛部隊が出動するだろう。
(撃てるのか…………俺に。民間人を……人を殺すことが…………。)
『貴方に人が殺せるの?』
『コロニーには民間人のいる区画もあるのよ。確実に民間人にも死者が出るわ……』
先程のエリナの言葉が頭に響く。
『彼は優しいから戦いなんて望まない人だったんです。自分から好きで戦いが出来る人じゃなかったんですよ』
テレビの中のメグミのセリフが頭にもたげる。
「そちらの機体の所属を問う。これ以上返答がない場合、当方は実力行使に移る」
そしてアキトは思い出した。
「アキトは私がだ〜〜〜い好き♪」
「うあああああああ!!」
追加装甲型エステバリスは再びボソンジャンプをすると、一気にタカマガのエンジンブロックの目前に姿を現した。そして両腕のビームカノンを容赦なく打ち込んでいく。
中で生活をしている人達にエネルギーを供給するためのエンジンは誘爆を起こし始め、タカマガは崩壊を始めた。
…………そして爆発。
あとに残ったものは大量の残骸と、アキトの機体だけだった。
無重力に漂う機体の中で、コックピットには丸い水滴が浮かんでいた。
あとがき
どうもパコパコです。なんとな〜く、短編ぽい気持ちがしたので、短編を書きました。
次回は長編ぽい気持ちがしているので、長編を書くでしょう。
さて今回のゲストキャラはテレビの中に出てきた「スミカ」です。
物語には何の関係もなく、何の印象にも残ってないはずです。
性格設定も何もなく、ただ単に出したかったから出しただけのキャラです。
ちなみにこのキャラは父親や母親に松茸のことでだまされてたり、どりるみるきぃパンチを放ったり、
街にはファミレス「すかいてんぷる」があったりします。
気づいた方はぜひ私にご一報を!
代理人の感想
いい感じですね。まとまってる短編というのは読んでいて気分がいいです。
後一つ贅沢を言うなら、ラストをもう少し印象深く出来たなら完璧であったかと。