ナデシコ2次小説

ユーチャリス漂流記




プルルルルル・・・
プルルルルル・・・


深夜2時。

とても常識では考えられないこの時間に、
とあるアパートの一室の電話が鳴り出した。



「ふぁ・・・。なんなのこんな時間に・・」



ガチャ。

この部屋の主人の留守を守っている"とある女性"は
不機嫌そーな顔をして布団からはいだすと、受話器を取った。
元々寝起きは良くないのに、
よりによってこんな時間にモーニングコールをかまされた彼女の眉間には、
ピキピキマークがいくつか浮び上がっていた。

「もしもし・・・どなたか知らないですけどこんな時間に・・・」

とはいえ怒っていても眠くて力が入らないため口調は弱い。
・・いや、弱”かった”。相手の声を聞くまでは。


『ユリカ・・・俺だ・・・』


がたーーーん。
ム〜っとしていた彼女の表情がボーぜんとなり、
手から受話器が離れ床に落ちた。

『おい・・聞いてるか・・ユリカ・・』
今床に転がっている受話器からは
よぉっく聞き覚えのある声が自分の名を呼んでいるのを確認できる。

しばしぼーっとしていたユリカの目が急にツリ上がり、
急いで受話器を拾うと先程とは考えられない大声で
相手に向かって怒鳴りつけた。


「アキト!!アキトなんでしょう!!
 今まで何やってたのよ、連絡もしないで!!バカ!!」


・・・前記してあるが、今は夜中の2時。
夫が夫なら妻も妻である。近所迷惑も甚だしかろう。
遠くから「うるせーぞ!」と声をかけられてるが、
今の彼女には届いていなかった。


『すまないが・・・俺達・・・』


「何!?まさか『俺達もう終わりにしよう』なんて言いだすんじゃ
 ないでしょうねぇ!?そんな事許さないわよ!!
 私がどんな気持ちで毎日毎日過ごしているか(以下5千行略)!!!」


40分間早口で5千行分、言いたい事を言ったユリカは
受話器片手にぜ〜は〜ぜ〜は〜と息を切らしている。
その間電話の向こうで何度も「違う」と言われていたようだが
そんな物が彼女の耳に入るはずもなく、結局全部言い終わってしまった。


『違う、そうじゃない』
「な・・何がちが・・ごほっごほっ・・」

さらに追求しようと思ったが息が切れて、しばらく話せそうもない。
これぞチャンスとアキトが口をきいて来た。


『実はな・・・』


−−

時は半日程前に溯る。


アキトの戦艦ユーチャリスは、今日も元気に(?)ルリのナデシコCと
砲を交えていた。


『アキトさん!もう帰ってきて下さい!!』
「すまないが、それはできない。俺の居場所はここだけだから」
『そんなの格好つけてるだけです!!』

ルリのその言葉と共に放たれたナデシコのグラビティブラストは、
ユーチャリスのディストーションフィールドに掘削されながらも
ブリッジやエンジンは外した物の”ある”部分を直撃した。

振動がブリッジに響きわたる。


「アキト!被弾・・!」
オペレーターシートでラピスの悲鳴が上がった。
「ちぃ、ラピス!!
 ディストーションフィールドの出力は!?」
「どんどん下がってる・・54・・32・・」

ナデシコ級戦艦の防御力は現在ほぼディストーションフィールドに頼り、
本体の装甲はほとんど肉付けされていない。
オマケにユーチャリスには
ディストーションブロックも装備していない為、
直撃すればかなりもろい。

次はエンジン部を狙われるだろう。
エンジンをやられれば捕獲は確実。

ここは撤退が望ましい。


『アキトさん!次で決めますよ!!』

ルリの得意気な表情が巨大モニターに映し出される。
被弾し動きののろくなったユーチャリスの後方にナデシコがついた。


「く!ユリカもよけいな力を与えてやった物だ!
 ラピス、撤退だ、跳ぶぞ!」
「でも・・」
「いいから跳ぶ!!
 チューリップクリスタル大量散布!ボソンジャンプフィールド形成!!」
「り・・了解・・。ボース粒子反応増大・・・。フィールド形成確認」
「ジャンプ!!!」


しぶるラピスを押し切ったアキトはボソンジャンプフィールドを形成し、 
ユーチャリスと共にこの宙域を離脱した。

後に残されたナデシコCのブリッジでは、
ルリがじだんだを踏んでいたらしい。


−−

「ラピス、ここは?」
焦っていたためか正確なイメージを元に跳ばなかったため、
アキトはラピスに場所を確認する。

「火星−月の間。ほらここ」
モニターに映し出された地図に矢印が出現。
現在地がすぐに分かった。


「ふむ。ちょうど真ん中あたりか。
 よし、月へ帰ろう。ラピス、エンジン点火」
「無理」

ラピスのキッパリとしたその答えにアキトは凍りつく。
今までこのような事は無かったのだ。

「何故だ?エンジンはやられなかったハズだが」

ブゥンと、再度アキトのそばにモニターが出現。
「なになに、先程の攻撃でユーチャリスは貯水タンク及び食糧庫を全損。
 よってエンジン冷却用水確保不可。
 ディストーションフィールドの出力低下の原因はこれによる確率99%。
 現在は相転移エンジン完全停止、フィールド出力0%。
 主砲並びに重力波ビームも発射不可・・・?」


アキトの顔色が変わる。
事は思った以上に深刻そうだ。

「なら再度ジャンプで月へ出る。
 チューリップクリスタルの散布を・・」
「無理」


またまたアキトのそばにモニターが。
「何だと!?クリスタル在庫切れ!?
 相次ぐナデシコとの連戦で使用量が倍増した事が原因・・・か」
「さっきのが最後。
 だから無闇に使うの止めたのに・・」

「・・・すまん」
ラピスの一言にアキトはぺこっと頭を下げた。


「マントのジャンプフィールド発生機は?」
「それは壊れちまったんだよなぁ・・。荒く使いすぎた」
下を向いたままアキトは首を横に振る。


「ん?まてよ」
何かに気付いたようにアキトは頭をあげる。

「するってーと、ユーチャリスは動けないって事じゃないか?」
「うん」
「しかも食糧、水、何も無いワケだ」
「・・・(こくこく)」
ラピスは黙って頷いた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
やがてお互い目を合わせながら物を言わなくなる二人。
事は思った以上遥かに、とんでも無い事になってるらしい。




思ってみると昔の航海はホント命懸けだった。

海上で孤立すれば空腹・脱水により死亡。
嵐に会えば船が転覆し死亡。
海賊に襲われれば剣でさされ、死亡。
病気がはやればヘタすりゃ乗組員全員死亡。

今の二人はちょうどこんな感じである。

いくら最新鋭の戦艦とはいえ、
宇宙と言うだだっ広い大海の中、
食糧・水はなく、大砲・バリアは使用不能、
雉すらとれやしない上、切り札ボゾンジャンプもできない。
ブラックサレナでも目的地が遠すぎる。

・・・はっきり言ってこれは絶望的である。
上の危険課目のうち最低2つは目と鼻の先にあるのだから。


二人はただ沈黙している。
そんな状態が数分程続いた後、静寂をポン!と言う手を叩く音が破った。

「通信!通信ならできるはず!!」

ナイスアキト。
相転移エンジン停止時に備えた自家発電装置によって
生命維持装置・照明に加えて通信装置は数日間なら使用可能なのだ。

「そうだ!昔と違ってこいつがある!
 ラピス!月のエリナにつなげ!」

意気盛んになるアキトだったが一つ肝心な事を忘れている。
その事に気付かぬまま、通信は月のエリナにつながった。

『あらアキト君どうしたの?』
事の次第を知らないエリナは呑気そうに言った。
「エリナ、至急食糧と水、CCを物資補給船で送ってくれ!!
 食糧庫と貯水タンクがやられちまった」
『いいわよ。場所は?』
「ここだ」

アキトは先程のデータを月に送信する。

『ふむふむ』
エリナはこくこく頷くと言った。
『オッケー。6日後にはそっちに着くわ』

「・・はい?」
またまた固まるアキト。
”6日”。
そう、いくら通信がつながっても、どれだけデータが送れても、
肝心の物資は月からはるばる長旅を航海しないとここまでこれないのである!!

ちなみに人間の身体が水無しでそれだけ持つとは考えにくい。
片や幼い子供である。
空腹にも耐え兼ねるだろう。



「アキト・・、大切な事忘れてたね・・。私達死ぬの・・?」

ぐさぁ!!
ラピスの涙声がアキトに突き刺さった。

「だ、大丈夫!!大丈夫だラピス!!ははははは!!」



ラピスを元気づけようとするが
ラピスだって全然大丈夫じゃない事くらい分かっている。
はっきし言うと、めちゃんこヤヴァいのだ!

水の大切さはこうなった時初めて痛感する物!!(←違)
ドント・ウェイスト・ウォータ〜〜。
水は大切にしましょうね。


『で、アキト君どうするの?』
「どうって・・2日以内には無理か?」
『当たり前でしょ!飛ばして6日よ!』

「なんてこった・・・・」
頭を抱え、唸るアキト。

『まったく世話のやける王子様ね。
 補給船つくまでお腹へったり喉かわいたら、店屋物でも取る?』
呆れたエリナが呟いたその言葉にアキトはムっとなる。

「からかってんのかお前!こっちは真剣なんだぞ!!」
『分かってるわよ。だから電話すればいいじゃない。店屋物頼みに』
「バカか!?何処にこんな宇宙で漂流してる戦艦に運ぶ店があんだよ!
 第一、月からも6日かかるんだろーが!」
『残念ね。一軒だけあったのに』
「どこだよそりゃ。言ってみろ」

明らかに信じていないと分かる口調でエリナに言う。
まぁ信じる奴の方が珍しいか。

しかしエリナは自信たっぷりに口を開いた。



『えーと、”天河”。・・へぇ、佐世保のラーメン屋台ねぇ。TELは・・』



どててててん!!!
アキトはキャプテンシートから転げ落ちる。

そんな様子おかまいなしにエリナは
最も聞き慣れた電話番号をご丁寧に市外局番まで入れてのべていく。


「エリナ・・・。俺にそこに電話しろ・・と?」
アキトの顔はひくひくと引きつっている。
『普段は配達サービスやってないみたいだけど
 その気になれば何処でもす〜ぐ来れるらしいわよ。
 火星の裏からお隣さんまで。
 魔法みたいな力でも持ってるのかしらね?
 ためしに頼んでみれば?
 食糧や飲料水が確保できないなら・・ね』

そう言うとプツンと回線を切る。
つーー、つーー、つーー。


「・・・・。ヤツめ・・」

アキトはぽつりと呟いた。

せっかく見栄を張って格好つけて家族と別れ海賊やっていると言うのに、
いきなり自宅に電話して「腹減ったから差し入れくれ」なんて言おう物なら
面子がつぶれる所か笑い者である。


しかしそれ以外に方法あるだろうか?
イネスは何処か行ってるらしくて連絡が通じていない。


「(どうする!?男の面子を守り通して潔く死ぬか・・?
  いや、俺だけならともかくラピスまで死なせるわけには・・。)」

アキトはまた頭を抱えてぶんぶん首を振る。


その悩みで数時間消費した頃、
ラピスがわめきだした。

「アキト〜、お腹減った。喉乾いたよ〜。何か食べたいよ〜〜」

ラピスのお腹はぐーぐー言っている。
マシンチャイルドはナノマシンの影響でエネルギー消費量が激しい。
しかもラピスは成長期。たくさん食べたい時期なのだ。

元コックのアキトにとって、
空腹で嘆き悲しんでいるかよわい少女(しかも自分が連れ出した)など、
とても見るに耐えない物である。


「・・・ラピスのためだ。仕方ないよな・・」
アキトは通信機を電話モードに切り換え、
電話番号を惑星ナンバーから入れ始めた。


−−


「へぇ・・・それで”仕方なく”電話してきたんだ・・・」

ぴき・・ぴきぴき・・。
声の治ったユリカの震える声に混じり、受話器のひび割れる音も聞こえる。


『そ、それでさぁ・・。俺ももう腹減り限界で・・・。
 悪いんだけど出前・・・。水も欲しいかなぁ・・なんて・・』


ユリカの声に怯えながらもアキトはおそるおそる用件を述べる。


「・・・ウチ、出前はやってないよ。知ってるでしょうけど」
さりげないその言葉にはとてつもない程の怒りのオーラが感じられる。

『そこをどーにかしてよユリカちゃん・・・』

「今日はもう営業終わってるし」

『頼む・・お願い・・。なんとかして・・。
 今まで放ったらかしにしてた事は深くわびるから・・!』

「ウチ、今生活苦しいんだよね〜〜。
 詫びられても良くなるわけじゃないしねぇ。
 やっぱ一家の働き手がいないとつらいなぁ」

『(ブチ)・・お前!!こっちの弱み握ったのをいい事に俺を連れ戻す気か!?
 きたねぇぞ!!!』
ユリカのイヤミな言動に逆切れするアキト。
しかしユリカも負けじと言い返す。

「きたないのはどっちよ!!
 私が苦しい時には姿すら見せず、孤独な騎士様気取って知らんぷり!
 そんで自分がピンチになったらペコペコ頭下げて助けてくれだぁ!?
 都合良すぎんじゃないの!?
 ふざけんじゃないわよ、この馬鹿旦那がぁ!!」

所詮旦那は口では奥さんに勝てないのだろうか。
この言葉の前に急に小さくなった。

『ふ・・ふざけてなんていないぞ。
 マジでやばいんだ・・・半日でこれなら6日なんてとても・・』

「帰ってきてくれる?(にこり)」

急に口調が優しくなる。

『なんでそうなるんだよ。こっちにも面子ってもんがあるんだ』
「アキトの面子なんてここに電話した時から崩壊してるよ。
 それとも何?養女諸共飢え死にする気?コックさんが?」
『そ・・そりゃそうだけど・・。帰宅が条件ってのは・・。
 せめて一週間一回の面会とかで手を打ってほしいな〜なんて』

「バイバイ。お骨は拾ってあげる。天国でラピちゃんとお幸せに」

また怒った口調に戻ったユリカは、受話器を耳から離す。
バキ。受話器の外部のプラスチックが一部はがれた。

『待て!!・・分かったよ。分かりましたよ。
 ラピスの命は面子なんかにゃ変えられんよ・・』


とうとうアキトは折れた。
今になってウリバタケがナデシコに乗りたかった理由が分かったようだ。
奥さんと化した女性は恋人時代よりはるかに旦那より強い事を痛感する。


「やったー!もう約束したかんね。
 あ、せっかくだからご飯は家で食べよう!
 ユリカ作るのうまくなったんだから〜〜。
 ルリちゃんもおいしいって言ってくれるの。
 アキトやラピちゃんにも食べさせてあげたいなぁ〜〜わくわく」

ユリカの口調がまた変わる。これほどコロコロ変わる女も珍しかろう。

『はいはい・・・。じゃあ迎えに来て下さい』
「うん!あ、その船、ポイ捨てしちゃダメだよ。
 ルリちゃんに回収させるから、直して家族旅行に使おうね(はぁと)」
『・・・もう好きにして・・(涙)』

がっくりと肩を落とすアキト。
もう”復讐の王子”の面影は無く、
すっかり”尻に敷かれる亭主”が板についてしまっている。



その後深夜にもかかわらず
アパートの部屋は久々ににぎやかさを取り戻していたと言う。

−−−


一方、ナデシコCのブリッジ。

ハーリーがキャプテンシートのルリに紙切れを渡す。

「艦長、御自宅から電報です」

「え?ユリカさんから?」

「はい。<シュジンハ サキホド キタクセリ。
 ユーチャリスヲ カイシュウシシダイ サセボヘ キカンスベシ。>との事です。
 アキトさん、ジャンプで帰ったんですよ」

「どうなっているんでしょうね?あれほど嫌がっていたのに」

「さぁ?艦長の説得が通じたんじゃないですかね?」

「そうとは思えませんけどねぇ」

首をかしげる2人であった。


−−−
あとがき

結局何が書きたかったかは謎ですが。
航海って今も過去も未来でも、危険な物と思うんですよねぇ。

ユーチャリスのアキト君はかなり恵まれているのでは。
あんだけ緊急事態に備えて手段がありますからねぇ。
でも結局奥さんだより(爆)。
どんな備えがあっても何が起こるか分からない。それが航海です!


「海がある限り航海に100%安全な旅は無い。byペス」
って海の無い県に住んどきながら言ってみる私。



 

 

代理人の感想

くわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

またやってくれましたねぇ。

 

この意外性!

この発想の斜め287度位の転換!

 

こう言うのが読んでて面白い作品なんですよ。