ラーメン屋奮戦記(命の天秤)
by poti
「・・・んで、どうするつもりですか?」
俺はカグヤちゃん、もとい、オニキリマル大佐に尋ねた。
しがない工作員の俺とは違い、彼女は防衛大をスキップしまくって大佐にまで昇りつめたエリートだ。
俺の直属の上司ではないが、自然と口調が丁寧になる。
こんな会話を誰かに聞かれたら、すぐに俺が軍関係者だとばれるだろう。
そうならないように、格納庫の解体の現場に向かったプロスさんに追い出された彼女を、ナデシコに会議室として設けられたものの、一度も使われたことがないこの部屋に招いたのだ。
そんな部屋がこの艦にはいくつもある。
まあ、そんなんで火星の近くまでこれたんだから、民間人も馬鹿にはできないけどな。
俺は食堂から持ってきていたポットから、湯のみにお茶を注ぎ、それを向かい合うように座る彼女に差し出した。
「ありがとう。」
大佐は微笑み、湯のみを両手で包むように持つ。
軍役についているため、さすがにマニキュアはしていないが、形のいい爪に俺は視線をとめながら、
「軍だけじゃなく、明日香インダストリー(実家)からも、早く戻るように言われているんでしょう?」
「あら、心配してくれるの?」
う〜。そんな引き込まれそうな笑みを浮かべないで欲しい。
「あのですね・・・。」
くすくすくす。
大佐は上品に右手で口元を隠しながら、
「ごめんなさい。話を元に戻すわね。
あなたが言いたいのは、ナデシコに乗艦して、これからどうしたいか聞きたいのでしょう?」
「・・・はい。」
きりっと顔を引き締めた彼女に、俺も背筋を伸ばす。
こういった自然な会話のやりとりからも、彼女が油断のならない才女だというのがわかる。
ユリカにも少しは見習って欲しいが・・・。
大佐はその赤い唇から、
「軍は表面上はネルガルの行動を黙認しているけど、この先どう転ぶかはナデシコの奮闘にかかっているのよ。
軍としては木連のことを秘密にしたまま、ナデシコに彼らを殲滅してほしいでしょうね。
わたくしはミスマル・ユリカなんかにそんな大切なことを任せるほど豪胆ではありませんのよ?」
ずず〜
おいしそうにお茶を飲んで喉を湿らせる。
前半部分は本当だろうけど、後半のユリカ云々は嘘だろうなあ。
さすがに諜報部の俺に、素直に教えるはずがないか。
俺は苦笑しながら、
「ナデシコに木連を殲滅できるだけの能力があるようには思えませんが?」
俺は自分の湯のみからお茶をすすった。
戦艦としてのナデシコならば、その能力は今だ未知数であり、軍が影から俺のような工作員を使ってまで監視させているくらいの貴重な艦だが、それを操るクルーたちに問題があった。
なにせパイロットがひとり死んだくらいで、あの陽気さが嘘のように艦内は静まり返っている。
こんなことでは最前線に立ったときには、クルーを守るだけで手一杯となり、自ら窮地に踏み込みかねない。
おそらく、火星の人間を助けることができるのは自分達だけだという正義感と、戦艦らしくないナデシコの衣食住の高さ、また、民間の船なんだから安全だというイメージに騙されて戦艦なんかに乗りこんだのだろうが、自分が死ぬ可能性くらい考えて欲しい。
とはいえ戦争屋の軍人ではない、殺し合いの素人である民間人にそんなことを強制できないか。
最初から餅は餅屋に任せてくれれば、こんな目にはあわなかっただろうに。
たしか死んだパイロットのヤマダ・ジロウは、地球では自営業を営む普通の家庭の次男だったはずだ。
葬式はゲキガンガー式にしてくれとか遺書に書いていたんだろうなあ・・・。
・・・はあ。
俺はため息をついた。
同じことを考えたのか、大佐も同じくため息をつき、
「この戦艦のコンピューター『オモイカネ』の操作を、専属オペレーターの予備だったホシノ・ルリ、あの子がしているわけでしょう?
全能力を引き出すには、あなたの『妹』さんじゃなきゃ無理よ。
それこそ作戦部はそちら(諜報部)に『妹』さんを出させ、ネルガルに彼女をネタに使い、ナデシコを手に入れようなんて考えていたようだし。」
珍しく口を滑らせた彼女に、
「ラピスは・・・・ネルガルのいいようにはさせませんよ。」
大佐はびくりと体を硬直させた。
そうさせたのは、普段のにこやかなコックとしての笑顔を外した、素顔の俺を見たせいだろう。
俺はまっすぐに彼女の瞳を見た。
彼女は俺の視線から目を離すこともできない。
彼女の話は初耳だった。たぶん、そんな話をすれば、俺が暴走しかねないと諜報部では考えたんだろう。
それは正解だ。
「俺は子供のころ、ネルガルに殺されかけたんです。
あんな所に、ラピスを返す気はありません。」
俺は口の端だけで笑った。
大佐の瞳が、初めて聞かされた俺の過去に、大きく見開かれる。
幼いころのあの記憶。
肺を焼くあの熱さ。
真っ赤に染まった両親の姿を忘れるわけにはいかない。
事実を知る、そのためだったら自分が軍人になるのも、諜報部の人間として殺人を行うことも辛くはなかった。
だからと言って、自分を当てにしてくれるあの少女を、再び非人道的なネルガルなんかに渡す気はない。
ぽふ。
気が付けば、大佐の白い手が俺の左手に触れていた。
「お願い、自分をどんどん追い詰めないで、アキト様。」
彼女の声はかすれ、瞳にはうっすら涙が輝いていた。
ぎゅう。
俺の手に触れる指に力がこもる。
「わたくしがナデシコに残ったのは、あなたが心配だったからなの。
それでは・・・駄目?」
ほろり。
透明な雫が一滴、テーブルに散った。
「・・・・すみません。」
彼女を普通の女の子として配慮するのを忘れていた俺はうつむき、白衣のポケットからハンカチを取り出し、彼女に手渡した。
しばらく、どちらも話そうとはしなかった。
俺は大佐が落ち着くのを見計らってから、
「俺は・・・ラピスを自分の家族だと思っています。」
そっと彼女の手を握り返した。
白い指が、俺の無骨な指に蔦のようにしなやかに絡む。
「血の繋がりなんて関係ありません。
もう、俺の両親のように失う気はないんですよ。」
こくん。
彼女は小さくうなずいた。
格納庫ではゲキガンガーをほぼ五体に解体し、その接続部分の設計図を書き取ったり、映像として残すようにハンディカムを持った整備班が、砂糖に群がるアリのようにうごめいていた。
その中でも、頭部に当たる部位を調べていたウリバタケは、やや顔をしかめ、
「プロスの旦那、ちょっくらいいか?」
カグヤを追い出したネルガルの番頭を呼び出した。
「どうしました、ウリバタケさん?」
「あのな、この操縦系を調べていたんだが、これ、有人機だぞ。」
「・・・ほう?どうしてそう思うんですか?」
プロスのメガネがきらりと光る。
ただでさえ戦死者がでたことにショックを受けているクルーたちに、木星とかげが人間だったとは到底言えるものではないし、これまでのネルガルと軍の暗部に光を照らされては困る。
さあ、どうしましょうかねえ。
プロスの考えも知らないまま、ウリバタケはゲキガンガーの頭部を指差し、
「どうもこうも・・・シート部分にはゲキガンガーのクッションが敷いてあるし、救命道具がつまった箱やら携帯食品までしまってあるぞ?
操縦桿やら計器もあるし、どう考えても人間だろう?
無人機だったらそんなもの必要ないし。」
「・・・そのコクピット、中は無人だったんでしょう?」
「まあな。でも、抜け出して艦内をうろついているかもしれないぜ?」
「・・・・・・・・・あ。」
あちゃ〜。わたしとしたことがそんなことも考えられなかったとは・・・・。
テンカワさんとの話に夢中で、一番大切なことを忘れていました。
「わかりました。この件の捜索は整備班とわたしとゴートさん、それからアオイ副長だけで行いましょう。
他のクルーたちはヤマダさんのことでショックを受けていますし、更に不安をあおりたくはありません。」
「正論だな。班の野郎どもにもそう言っておくぜ。」
あとがき
ユリカの出番が作れない・・・・(汗)
代理人の感想
う〜む、なにやらきな臭い匂い。
ちょっぴりしたほのぼの。
さりげなく炸裂するボケ(爆)。
これでこその「ラーメン屋奮戦記」ですよね(?)。