機動戦艦ナデシコ

The Triple Impact


第十四話 火星脱出、そして…



「ウ、ウソ…!? 艦長が……!!?」

予想外の結果にうろたえるミナト。しかし、ルチルはそれ以上に狼狽していた。

「だい…じょうぶ、です。生命、反応はまだ…あります。とにかく、すぐに、急いで救出を…早くしなければ……」

文法が少しおかしいことに、自分で気付いていないようだ。

(落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!! 透真が戦場に出た時から、こうなる可能性があるのは分かっていた!! だったら起こった事態の状況を冷静に分析して、それに対処しろ、ルチル オニキス!!!)

顔に手を当てながら、必死に自分に言い聞かせるルチル。

「…ゴールドサレナの――って言っても残骸だけど、とにかく映像出すよ」

多少の焦りを含んだハーリーの声が耳に入る。その言葉の意味を理解したルチルは、正面ウインドウに目をやった。

ピッ

正面ウインドウに金色の残骸が映し出される。見るも無残な状態だ、ブスブスと煙も立ち上っている。

その機体の色をさておけば、戦場ではよく見かける光景ではある。…しかし、この映像を誰よりも凝視していたルチルだけは、その映像が普通とはただ一点だけ違う所があるのに気付いた。

(…煙が晴れていくスピードが早い?)

そう、まるで内側から風が吹いているようだった。

その煙が晴れていく残骸の中央付近で、ルチルは妙な物を見つけた。

「…? 金色に光って…?」

そう、金色に光っていた。残骸との大きさから算出するに、人間大の大きさの『何か』が。

「…拡大して!!」

「りょ、了解」

ピッ

ルチルの大声に驚きつつハーリーが拡大したウインドウの中には、金色に光りながら腕を顔の前で十字に交差させ、両足で愛機の残骸を踏みしめている石動 透真の姿があった。しかし、体中が血塗れである。

「な、何で艦長が金色に光ってるの!?」

「そんなことはどうでもいい!! とにかく早く透真を回収して!!」

ルチルの怒号がダイアンサスのブリッジに響く。そうこうしている間に、ウインドウの中の透真はグラリと体勢を崩して、

ドサッ…… ゴロリ……

と、その場に倒れこみ、ゴールドサレナの残骸の山から落ちていく。

ズシャッ

そして雪原の上に転がり落ちる。透真を中心にして白い大地に広がっていく紅が、妙に美しく感じられた。

「…!! とっとと移動しなさい!!」

「は、はいっ!!」

ルチルの指示により、取りあえずダイアンサスは透真を回収するべく移動を開始した。










プシュン!

医務室の前の通路。『面会謝絶』の張り紙が貼られたドアから、疲れ果てた顔でイネスが姿を現した。

「…どんな感じです?」

頭に包帯を巻いた海人がイネスに尋ねる。このような多少の怪我くらいならば自力で手当てする事も可能だったのだが、何故かイネスが直々に巻いてくれたものだ。

「重度の全身火傷、爆風によって飛ばされた機体の破片による傷、それに伴う出血多量、体中のあらゆる骨が複雑だったり粉砕だったり普通にだったりして骨折、その骨が内臓に突き刺さったり体を突き破ったりして……いちいち言うのも面倒ね。とにかく普通の人間ならとっくの昔に死んでるくらいの状態って所かしら」

「でも生きてるんでしょう?」

「ええ、信じられないけど。…しかも尋常じゃないスピードで傷が治っていっているわ。艦長の体内にある特殊なナノマシンが全力で傷の治療に取り組んでるせいでしょうね。…海人君、艦長の体には一体何があるの? あんなナノマシンが自然発生したり開発されたりするとは、とても思えないんだけど」

ワケが分からない、といった感じで海人に話すイネス。どうやら彼女が疲れているのは透真の治療に精を出したことによるものだけではなく、彼の異常な体質について考えたことによる疲労も含まれているらしい。

「…説明、必要ですか?」

何だか屈辱ね…。 じゃあ、お願いしようかしら」

少しだけ不機嫌そうなイネスに急かされ、海人は苦笑しつつ説明を開始した。

「透真の回復スピードが異常なのは、体内にあるナノマシンと『昂気』の相乗効果によるものでしょう。おそらくはナノマシンが…」

「ちょ、ちょっとストップ! その『昂気』って、一体何なの?」

いきなりよく分からない用語が出てきたので、慌ててイネスが質問する。

「う〜〜ん、何と説明するべきか…。ああ、透真がゴールドサレナの残骸から顔を出した時、金色の光に包まれてたでしょう? アレの事です」

「…? アレって目の錯覚じゃなかったの?」

「初めて見たら、普通はそうリアクションしますよね…」

海人はしみじみと呟き、『昂気』についての説明を再開した。

「存在そのものの有無についての議論はさておいて、性質について説明しましょうか。…第一に肉体の強化、これは実証済みですね。防御力だけじゃなくて、攻撃力も上がる優れものです。第二に体重を限りなくゼロに近づけることもできます、これによってスピードも上がるわけですね。具体的に言いますと、水の上に立ってみたら沈まないでそのまま浮いてしまう程度には軽くなります」

「………」

無言で海人の話に耳を傾けるイネス。普通ならばこのような話は何かの冗談としてしか受け取れないのだが、この男に真顔で順序立てして言われると何故か納得してしまうのが自分でも不思議だった。

「それと、『昂気』自体を飛ばしての攻撃もできます。…とは言え、威力は拳や脚で直接叩き込むのに比べると遥かに劣りますがね。…他にもまだあるかもしれませんが、今のところ判明しているのはこれくらいですか」

「それと傷の治りが早いのと、どういう関係があるのよ?」

「…おそらくはナノマシンが『昂気』の影響で活性化――あるいは、その性質を変化させたものと思われます。これは透真の傷の治りが早くなった時期と、IFSを持った時期とがほぼ一致することから推察されたものです」

海人からある程度の説明を受けたイネスはしばし黙考した後、

「その『昂気』とやらは、誰でも――例えば私でも出せるようになるのかしら?」

と、突拍子も無いことを聞いた。

「不可能…ではないと思いますが、可能性は限りなくゼロでしょうね。『昂気』と言うか『武羅威』は境地らしいですから。持って生まれた資質、精神力、飽くなき鍛錬、そして己の全てをぶつけられる相手――。この全てが揃っていないとムリでしょう」

「じゃあ、艦長はその『己の全てをぶつけられる相手』と戦ったことがあるの?」

「………」

海人の顔が一瞬曇る。しかしすぐに気を取り直し、

「まあ、無くは無いですね」

少し寂しそうに笑いながらそう言った。――この事を話す権利があるのは、透真自身だけだろう。自分がおいそれと話していい事ではあるまい。

(…? どういう事かしら? まあ、私も無理に知りたいとは思わないけど)

イネスは海人の発言について考えを巡らせるが、それほど追求していい話題でもなさそうなので早々に切り上げる。

「…で、イネスさんの見積もりでは全治どのくらいなんです?」

「そうね…。喋れるようになるのに一週間、それから歩けるようになるのに一週間、日常生活ができるようになるのにさらに一週間、パイロットに復帰できるようになるのにもう一週間…。プラスアルファで合計一ヶ月ってとこね。当分は絶対安静よ」

「…だ、そうですよ、通路の影からこちらを窺っているお嬢さん!」

海人が誰もいない通路に向かって言う。

直後、驚く気配と遠ざかっていく小さな足音が聞こえた。

「…全然気付かなかったわ…」

「そりゃそうでしょう。透真がルチルに教えている空迅流闘術は、気配の消し方がもの凄く巧いですからね。僕だってルチルが未熟じゃなければ――いえ、動揺してなければ気配を掴めたかどうか…」

苦笑しつつ、ついさっきまでルチルがいた方向を眺める海人。一方イネスは気配の掴み方自体が分からないため、どう返答していいものか困っていた。

そこでイネスは何か話題の材料になるものはないかと辺りを見回してみると、格好の材料が床に転がっているのを発見した。

「う〜〜ん…、どうだぁ…これがこの、ダイゴウジ ガイ様の…実力だぁ……」

医務室前の廊下に放り出されるようにして(事実、放り出されたのだが)寝かされている『話題の材料』。廊下に直接寝かされているというのに大したタマである。

「…いい夢を見てるみたいね」

「…帰るついでです、取りあえず部屋に放り込んでおきますよ」

そう言って『話題の材料』を軽々と肩に担ぎ、その足を自室へと至る道へ向ける海人。

『話題の材料』のくせに大して会話が膨らまなかったことに多少腹を立てつつ、慌ててイネスは海人に話しかける。

「あ、海人君、夕食一緒にどうかしら? あなたとは…そう、色々話したい事もあるし」

これは余程イネスと長く付き合っていないと分からないことだが、彼女の口調はわずかばかり緊張の色を孕んでいた。

「…かまいませんが」

「そう、じゃあ七時に食堂でね!」

これは別にイネスと長く付き合っていなくとも分かることだが、彼女の口調はえらく弾んでいた。

「了解しました。では、後ほど」

そう言うと海人は、寝言を口走る荷物を抱えつつ自室へと戻っていく。そしてその姿が完全に見えなくなるとイネスは、

「♪〜♪〜〜♪♪〜〜♪♪〜♪〜♪〜〜〜♪」

鼻歌を歌いつつ、『面会謝絶』の札が貼られた医務室へと入る。すぐそばに瀕死の重傷を負った人間がいるというのに、気楽なもんである。…ちなみに二人がどのような会話をしたかであるが、





「何だか不思議…。何だか、あなたの顔を見てるとすごく懐かしい気がする…」

「…はぁ」

(まあ、そりゃそうでしょうね)

こんな所で真相を言う訳にもいかないので、海人は取りあえず生返事を返す。

「懐かしいって言っても、私は八歳以前の記憶は無いんだけどね。八歳っていうのもそれぐらいってこと、火星の砂漠で拾われたらしいの」

「…奇遇ですね、僕も十歳以前の記憶はありませんよ」

『そんなことは、あなたに逢う三年前から知ってます』とは言えないため、自分の情報を出して場を濁すことにする海人。一方イネスは、

「あら、意外な共通点ね」

(よしっ! これで私と海人君は『科学者』だけでなく、『似たような境遇である』という共通点をお互いに認知したことになるわ! …今日はこれでひとまず終了ね。焦って一気に仲を進展させようとするとボロが出る可能性があるし、長期戦で確実に行かなくては…)

と、気長に計画について考えていた。そんなにゆっくり進めていって、気付いたときには海人の射程外にまで年をとってしまった、などということになったらどうするつもりなのだろうか。

…まあ、言わぬが花ってヤツかもしれない。





一方、ナデシコでは。

「ゴールドは爆発、ブルーはバラバラ、ブラックは使用不能…。う〜〜ん、厳しいなあ…」

ブリッジでユリカが頭を悩ませていた。

「たしかに。あのマシンナリーチルドレンとやらがもう一度襲来した場合、我々が生き残る確率は限りなくゼロでしょうな」

プロスがユリカの呟きに答えるようにして言う。

「…それもありますけど、火星を脱出してから後のことも心配です。これまでの戦闘は殆ど全部サレナシリーズに頼りっきりの感じがありましたし…」

往路があれば復路がある、これは当然のことだ。往路ではダイアンサスが先行していたため、ナデシコは大した戦闘もせずに火星までやって来れた。しかし、復路はおそらくダイアンサスと共に行くことになるだろう。…三機のサレナ抜きで。

「戦艦二隻が揃って行動するんですから、ちょっとやそっとのことじゃ大丈夫だと思うんですけど…」

「やはり切り札が無いというのは精神的にもキツイですからなぁ、私にも経験があります」

そう、あれは何年前のことだったか…。



自分がリーダーを務めるチームで『某所』に潜入したところ、メンバーの小さなミスが原因で自分以外のメンバーが全滅してしまった。

手持ちの銃弾も底を尽き、前と左右を敵に囲まれてしまう。後ろは壁だ。体に手酷い傷も負った。致命傷ではなかったが、それでも無視はできないレベルの負傷だ。

薄ら笑いを浮かべながらにじり寄ってくる『敵』。

その顔にハッキリと『油断』の色を読み取ったプロスは、一瞬の隙をついて――使う必要が無いだろうと思っていたが念のために持って来ていた――手榴弾を使い、『敵』が怯んでいる内に何とかその場を切り抜けたのである。

切り札というものは大事なのだな、と実感した事件であった。



「う〜〜ん、懐かしいですな。あの時は本当に命からがらで…」

「…命?」

遠い目をしつつ何やらよく分からないことを口走るプロスを怪訝に思い、ユリカがプロスのセリフを一部反芻する。

「ああ、いやいや、何でもありません。お気になさらずに」

誤魔化すプロス。…それほど重要な話題でもなさそうなので、ユリカは話を進めていく。

「取りあえず、差し当たっての問題はナデシコの修理ですね。ルリちゃん、状況はどうなってるの?」

ユリカがルリに尋ねる。自分の名前が後方から聞こえてきたルリは振り返り、

「あ、はい。…えーと、何の状況ですか?」

と、間の抜けた返答をした。

「…ナデシコの修理状況だよ。私とプロスさんの話、聞こえてなかったの?」

「オモイカネとお話していたので…。いますぐ調べます」

少々慌てて修理状況をチェックするルリ。

…三秒後。

「現在、ダイアンサスの整備班と協力して相転移エンジンを修理中。…二、三日中には完全に直るそうです。エンジンのサンプルがネルガルの研究所にあったのが大きいですね。順調と言って差し支えないんじゃないですか?」

「二、三日ですか…。その間にまたヤツらが来たらどうしますかな…」

「その辺は、来ないことを神様にでも祈るしかないんじゃないですか?」

「神……ですか。私は無神論者なんですが」

ユリカの台詞を聞いて、呆れたようにプロスが口を開く。

「私だって基本的には信じてませんけど、それでも人間にはすがる物は必要だと思いますよ?」

「戦争中にすがる物と言えば、『神』の他には…、『信念』とか『英雄』とかですかな」

「『英雄』…。私たちもなれるでしょうか?」

「さあ? しかし『英雄』なんて、なっても面白いものではないでしょう。要するに体のいい人身御供のようなものですからな」

「え、そうなんですか?」

「そうなんですよ。下手に名前が売れたりすると、その陣営の象徴になったり、士気高揚のためのカンフル剤になったり、活躍しすぎると飼い殺しにされたり…、色々と大変なんです。本人の理想としては、死んだことにしておいてイザという時だけ動くというのが――」

「あ、あの、プロスさん?」

プロスの話が違った方向に飛躍していきつつあるため、ユリカがブレーキをかける。

「おお、これは私としたことが…。艦長、今の話についてはお気になさらないように」

「は、はあ…」

(プロスさんって、一体…?)

様々な不安を抱きつつも、ナデシコは傷を癒すためダイアンサスと共にその場に留まり続けるのであった。









火星極冠遺跡。

三年程前――透真たちが来た時には、その周辺にあるものは大量のCCのみで(そのCCは透真たちが殆んど持って行ってしまったが)、ボソンジャンプの演算ユニットの他にはこれといって目立つものは無かったはずであった。

だが、現在は中央にあるボソンジャンプの演算ユニットを中心にビッシリと妙な――マシンセルと呼ばれる物質で埋め尽くされており、何より遺跡周辺の広さ自体が三年前のざっと二十倍ほどになっていた。

さらにボソンジャンプの演算ユニットであるが、これも三年前とは形状が異なっていた。

『記録』で透真と海人が見たミスマル ユリカが取り込まれている状態に近いが、その中央にいる人物は遺跡と融合しているわけでもなければ意識が無いわけでもなく、玉座のようなものに腰かけている。

その腰かけている人物の前に、小柄な人影が三つ。

リグレット、カルマ、グラッジ――三人のマシンナリーチルドレンである。

「報告は以上です、マスター」

リグレットがナデシコ及びダイアンサスに付いての報告を終える。

「…なるほど、機動戦艦ダイアンサスか」

影に覆われているため、リグレットたちの位置からではマスターの顔は見えない。

「はい。彼らの目的は不明ですが、間違いなく我々の行動の妨げになると思われます」

「今後の僕たちの活動を円滑に進めるためには、なるべく早急に彼らを片付ける必要があるでしょうねぇ…」

カルマがリグレットの言葉に付け加える。さらにグラッジがそれを受け、

「そうだ…。ヤツらは僕たちの予定に無いイレギュラーなんだ…。だから消去する! これ以上余計な行動をする前に! 壊れたデータをデリートするようにね!! アハハハハ!!」

理論を展開しながら異常なほど興奮する。

「…グラッジ、感情制御に乱れが生じているぞ。調整したばかりで、また調整が必要か?」

「…申し訳ありません、ニュートラルに戻します」

マスターに釘を刺され、ひとまず落ち着くグラッジ。

「ダイアンサスの主力機――三機のサレナは現在、使い物にならない状態です。…叩くのならば今でしょう」

マスターはリグレットの言葉を聞き、しばし黙考した後、

「…構わん、捨て置け」

そう結論を出した。

「!? 何故です、マスター!!?」

グラッジが食い下がる。それを見たマスターは彼に向かって説明を開始した。

「今の我々にはイレギュラーの排除よりも先にやることがある。…それに、お前たちに最初に下した命令は『火星に来たナデシコの確認』であって、『ナデシコへの攻撃』ではない。本来ならば然るべき罰を与えている所を、イレギュラーどもの情報を持ってきたことに免じて許してやっているのだぞ」

「…も、申し訳ありません、マスター。ですが…」

「言い訳はいらん。お前の性格パターンを考慮していなかったのもミスだがな…」

萎縮するグラッジ。そこへカルマが口を挟む。

「正しい選択かもしれませんねぇ。地球も木星も最終目的はこの遺跡…。どうせだったら奴らと木星の連中で潰し合ってから叩いた方が楽だ」

「…それも理由の一つではある」

そんな会話を切り上げるようにして、リグレットはマスターに話しかける。

「マスター、それで僕たちは今後はどう活動すれば?」

「…そうだな。リグレット、お前はシルフィウムの量産に当たれ」

「はっ…」

「カルマは三機のサレナ及びダイアンサスの分析を」

「はっ…」

「グラッジはボソンジャンプのテストをしろ」

「はっ…」

「…では、それぞれの作業に取りかかれ」

「「「了解しました、マスター」」」

解散し、自らの任務を遂行していくマシンナリーチルドレンたち。そんな様子を横目に、マスターは物思いに耽っていた。

(…ダイアンサスか。歴史の修正力が働いて対抗する力を生み出したのか? だが止まるわけにはいかない…。いや、『もう止められない』の方が正しいか。全てを滅ぼすと誓ったあの日から、もう止まることはできなくなってしまったんだからな…)

「…場合によってはお前の手を煩わせるかもしれんな、エンプティネス」

そう呟くマスター。そして視線を下に移すと、いつの間に現れたのかそこには一人の男がマスターの前にひざまづいていた。










それから二日後。

ダイアンサスのブリッジでは、海人が透真の代理として艦の指揮を取っていた。

「では、ナデシコの修理は終わったんですね?」

ダイアンサスの格納庫に戻ってきたばかりのウリバタケに海人が尋ねる。

『おう、修理だけってのは少し物足りなかったがな。今のナデシコは一〇〇%完全な状態だよ。…ダイアンサスの方はどうなんだ? そっちはお前が修理の指揮を取ったんだろ?』

「…この僕を誰だと思ってるんです? 艦及びディモルの整備は言うまでも無いでしょう。…それと、あなたが前に僕に見せてくれた『アレ』、作っておきましたよ」

『…『アレ』って、まさか『アレ』か? 二日で作ったのか!?』

「取りあえず二つほど、ね」

『ったく、とんでもねえ野郎だな』

「…この僕を誰だと思ってるんです」

『ああ、そうかい…。ったく、俺はもう寝るぞ。それでなくてもナデシコの修理でロクに寝てねえってのに、今のお前のセリフでやる気が一気に無くなっちまったからな』

「それは申し訳ないことをしましたね」

『これだから天才ってのは…。『ウリバタケさん、助けて下さ〜い』とかいうセリフの一つや二つ言えば、多少は可愛げがあるってのに…』

「本当にヤバくなれば飽きるほど言ってあげますよ」

『できることなら、そんな事態にはなってほしくねえがな。…じゃあ、俺は部屋で寝てるぞ』

「おやすみなさーい」

ピッ

「なんか大変ですね、技術者っていうのも…」

海人とウリバタケの会話を聞いていたハーリーが感想を漏らす。

「技術者たる者、二日や三日くらいの徹夜はやったことがあって当然ですよ。…まあ、こればっかりは実際に現場に出て作業しない限り分からないですけど」

「…健康に悪そう」

ポツリと呟くラピス。

「確かに、小さいお子様にはお勧めできませんね。…さて、こういうのはガラじゃないんですが…。各員、チェックお願いします」

何となく気恥ずかしそうに、海人がブリッジクルーに発進前の点検を命じる。

「相転移エンジン、出力異常無し」

「各箇所に異常は見られず」

「アルファ、イクス、ダッシュ――三つとも、これでもかってくらい好調だよ」

「乗組員も、出航した時から一人の欠員も無い」

「ナデシコの方はどうです?」

「今、通信繋げます――」

ピッ

『あ、ダイアンサスの副長の…確か、天宮さん。どうしたんですか?』

開いたウインドウの中では、ナデシコのブリッジクルーがそれぞれ何かの作業をしているようだった。その中でユリカが代表して海人と会話する。

「ダイアンサスの発進準備は整いました。ナデシコはどうですか?」

『たった今、各箇所を点検してる所です。…みんな、どうなってる?』

『相転移エンジンに異常は無えよ』

『艦内警戒態勢、パターンBへ』

『それぞれのブロックの人たちも、準備OKだそうです』

『ってわけで、いつでも発進可能です!』

それを聞いた海人は軽く微笑み、すぐさま顔つきを真面目なものへと変えて発進の号令をかける。

「では、機動戦艦ダイアンサス!」

ユリカも同じく号令をかける。

『同じく、機動戦艦ナデシコ!』

「『地球へ向けて発進!!』」

そして、二つの戦艦は無事に火星を飛び立ったのであった。










ダイアンサスとナデシコが共に地球への帰路についている頃…。

木連では、北斗が東 舞歌の執政室に遊びに来ていた。もちろん、零夜も同行している。

「…お前は確か座敷牢にいたんじゃなかったか、影護 北斗?」

舞歌の横にいる男が、静かな声で北斗に尋ねる。

「細かいことは気にするな。…えーと、誰だっけ?」

「氷室だ! 氷室 京也!! 舞歌様の副官の!!」

ゼイゼイと肩で息をしつつ絶叫する氷室。何だか必死である。

「ああ、そう言えばいたか、そんなの」

「…北ちゃん、一応氷室さんって偉いんだよ。そんな影が薄いとか、存在感が無いとか、言われて初めて気付くとか言っちゃ失礼だよ」

「貴様の方が失礼だぞ紫苑 零夜ああぁぁぁ!!!」

「…氷室君、五月蝿いわよ」

「も、申し訳ありません、舞歌様…」

氷室が舞歌にジト目で言われて消沈する。

「それに、この二人は私が呼んだんだから、文句があるならまず私に言いなさい」

「どうして呼んだんです?」

「……暇つぶし、かな?」

しれっと答える舞歌。

「…舞歌様、暇つぶしに執政室へ他人を呼ばないでください。これでも、やらなきゃいけない仕事とか結構あるんですよ?」

げんなりしながら舞歌にそう告げる氷室だったが、

「いいじゃない、頼りになる副官もいることだし」

と返される。どうやら舞歌の方が一枚どころか三枚ほど上手のようだ。

「こんな時だけ頼りにしないでくださいよ…」

ガクッと肩を落とす氷室だったが、そこへ北斗が口を挟んできた。

「…部下を信頼するのは大事だが、何事も任せきりはいかんぞ」

こういう風に正論をいわれると、人間かえって機嫌が悪くなるものである。

「…いいのよ。部下に経験を積ませるのも上司の務めなんだから」

「屁理屈を…」

呆れた視線で舞歌を見る北斗。だが舞歌に一睨みされ、取りあえず視線をそらす。そこで溜息を一つだけつき、

「それにしても、ただ零夜や舞歌と話すのも退屈だな。…透真かアキトがいれば、俺的にはいい暇つぶしになるんだが…」

「アキト? ああ、北辰の隠し玉だっけ? ホントにあなたと互角の実力を持ってるの?」

「まあな。ったく、もう三年も経つんだから早く帰ればいいものを…」

「…私は透真さんに帰ってきてほしいなぁ…」

「ん? 何か言ったか、零夜?」

「べ、別に何にも…」

赤くなりながらうつむく零夜。そんな零夜を見て舞歌がやれやれと呟いた後、北斗に質問した。

「どうも想像できないんだけど…。ホントに石動君ってあなたより強いの?」

「強い。八歳…いや、七歳だったか。それから八年間、一回も勝ったことが無いからな。透真に勝つことは、アキトと決着を付ける以上の俺の目標だ」

少し遠い目をしながら、それでも瞳に炎を灯して言う。そんな戦闘モードに移行しつつある北斗を眺めながら、

「…にわかには信じられん話だな」

氷室が話の信憑性を疑って首をかしげ、

「うーん…、あの昼行灯がねぇ…。士官学校の成績も中の下の中くらいだったし、木連式柔の実習も氷室君より弱かったんだけど…」

舞歌も訳が分からない、といった顔で呟く。

「そう言えば、舞歌さんは士官学校で透真さんと同学年でしたっけ。でも舞歌さんは二十四歳で透真さんは今は二十三歳のはずだし、計算が…。あ、そっか。透真さん二月生まれだったっけ」

思いついたように零夜が舞歌に言う。

「ええ。それで私や氷室君と同級生。でも決して優秀とは言えなかったはずよ。本当にあなたたちの言っているくらいの実力があれば、もっと注目されてもおかしくないわよねぇ…」

「透真さん、目立つの好きじゃありませんでしたから。それに…」

「それに、何だ?」

北斗が零夜に尋ねる。確か透真に聞いた実力を発揮しない理由は『目立ちたくないから』だけだったはずだが…。

「『さすが石動 沙耶香の弟だ』とか言われて、沙耶香さんを思い出したくないって…」

「優秀な肉親へのコンプレックスか…。まあ、気持ちは分からないでもないけどね…。でも、石動君はそんなに姉の…沙耶香さんのことを思い出したくないの?」

「『忘れたいわけじゃないが、自分から進んで思い出したくもない』って言ってました」

「…かなり重症ね。私だってたまに兄さんのことを思い出すことくらいはあるのに…」

「まあ、そんなわけで俺たちの間じゃ、沙耶香の話題はタブーなんだ。…ところで零夜」

「何、北ちゃん?」

北斗が唐突に零夜に質問を投げかける。

「何でお前、俺が知らない透真の情報を知ってるんだ?」

「え? そ、それは、透真さんに直接聞いたことだし…」

「だったら、何で俺はそのことを聞いてないんだ」

「ほ、北ちゃん、座敷牢にいたし…」

「そう言えばお前、俺と座敷牢にいるとき以外は頻繁に透真の家に行ってたみたいだな? その時に聞いたのか?」

「う、うん。だって透真さん、沙耶香さんが死んでからロクなもの口に入れてないみたいだったし、せっかくだから…」

「…せっかくだから、自分が作って食べさせようと?」

舞歌が会話に割り込んできた。

「う、ううう…。で、でも、家で食べ物が余ってたし、そのまま捨てるのも勿体ないかなって思って、それで…」

「舞歌、数年前の木連ってそんなに食糧が余ってたか?」

「いいえ、数年前だろうが五十年前だろうが今だろうが、食糧問題は木連の抱える深刻な問題の一つよ」

「あうう…」

見事なコンビネーションで零夜を追い詰めていく北斗と舞歌(北斗の方はコンビネーションを展開していること自体気付いていないだろうが)。そこへ、救いの神――と言うには少々違う気がするが、とにかく話題を転換するためのきっかけが現れた。

プシュン!

「入るぞ」

「ほ、北辰さん!?」

(た、助かった…)

零夜は生まれて初めて北辰に感謝した。

(…チッ、あと少しだったのに…)

からかいの手を止めなければならないことに、内心で舌打ちする舞歌。いいオモチャだったのだが…、まあいい。またチャンスは巡ってくるだろう。

「…何の用だ」

殺気のこもった目で父親を睨む北斗。一瞬また『仕事』かとも思ったが、それだったら問答無用で『笛』を使って『変えて』から言うだろう。つまり、今回は北斗個人に用があるということだ。

「山崎が話があるそうだ、ついて来い」

「話? そんなもの、向こうから来ればいいだろう」

「さて、な。お前にしか出来んことなのだそうだ」

「…フン、いいだろう。つまらん用事だったら即座に殺してやる」

「貴様には無理だな」

そう言って北辰は懐から『笛』を取り出す。それを見て北斗はチッと舌打ちし、渋々北辰について行った。零夜と舞歌もそれに続く。

「…舞歌様? どこに行くんですか?」

それを見た氷室が、慌てて舞歌を引き止めた。

「え? だって、何か面白そうだし…」

「『面白そうだし』で仕事を放棄しないでください! まだ書類が3cmくらい残ってるんですよ!!」

「…氷室君、ファ〜イト!」

プシュン!

舞歌のその言葉と共に、執政室の扉が閉まる。

「あっ、ちょっと舞歌様!? ちょ、ちょちょっとちょっとちょっとちょーーーーっ!! …って、扉が開かない!? まさか外側からロックしたのか!?」

扉の横の制御パネルを操作しても全く反応しないため、そう判断した氷室。

「ひ、酷いです舞歌様…」

氷室はその場にガックリと膝をつき、数分間そうしていたが、そのまま何もしないのも虚しいのでノロノロと仕事に取りかかった。

「フッ、石動…。お前は今頃、何やってんだろうな…」

ついさっき話題に上った士官学校時代の友人を思いつつ、一人寂しく書類相手に四苦八苦する氷室であった。





「…そう言えば、アキトは今一体どうしている? 何の連絡も無いのか?」

「えっ!? う、うむ。ま、まあ、便りが無いのは元気な証拠と言うではないか」

北斗から質問されて、露骨に動揺する北辰。

(い、言えぬ…。三年前、火星に大気圏突入する時にトラブルが発生して、全員死亡したなど…。いや、北斗に言うだけなら多分問題ないだろうが、枝織は北斗の時の記憶もあるし…。『アキトが死んだ』と言った瞬間、我が死んでしまうかもしれん…)

流石にまだ彼は死にたくないらしい。そんな北辰の様子を疑問に思いながらも、北斗と零夜と舞歌はそれぞれの考えを巡らせる。

(…あのバカ共め、連絡の一つもできんのか)

(透真さんのことだから、『面倒だから』とかいう理由だったりして…)

(…北辰は一体何を隠してるのかしら? いくら何でも、三年も音信不通なんて普通は有り得ないのに…)

北斗、零夜、舞歌の順に少しずつ真実に近づいていっているのだが、それでも判断材料が少なすぎるため、彼女たちは明確な答えを出すことはなかった。

「お、おお、そうだ。火星に地球の連中が作った戦艦が現れたそうだぞ。どうやら相転移炉式の戦艦らしい」

これ以上アキトについての話題を続けると、いつ自分でボロを出すか分からないので北辰は少々強引に話題を変える。…実は、その話題こそがアキトの話題なのだが。

「…その情報なら、もう私にも伝わってきてるわよ。二隻現れたそうね」

「ほう、なかなか興味深いな」

「北ちゃん、興味を抱いてる場合じゃないよ。地球側が相転移炉式の戦艦を作ったってことは、私たちの戦略的優位が危なくなっちゃうんだから」

三者三様の反応である。それを見た北辰は話題転換が成功と見て、安堵の溜息を誰にも聞こえない大きさでつく。

「よし、着いたぞ」

山崎の研究所に到着する。そこで北辰はパネルにいくつかのキーを打ち込み、さらに二、三の言葉を喋ると、電子制御式の扉が開いた。

プシュン!

「やあ北辰さん、北斗君を連れてきてくれたんだね。…あれ? 何で余計なオマケがついてるの?」

「…余計なオマケで悪かったわね」

不機嫌そうに舞歌が言う。

「…ま、いいんだけどさ。それじゃあ、すぐに連れて来るから、ここで待ってて。暇つぶしに虫型が持ってきた地球側の兵器の映像でも見ててよ」

そう言って、研究所の奥へと戻っていく山崎。

(…連れて来る? 一体誰を?)

そんなことを考えながら、北辰も一緒に四人揃って待合室のイスに座る。そして、正面のモニターに映像が映し出された。

ピッ

その映像は、最初に透真たちがマシンナリーチルドレンと戦った時のものだった。

「…? 何、この白と青と緑の機体は? 地球側の機動兵器に似ていると言えば似ているけど…」

「さあな。我にも分からぬ。だが、どうやら我らの敵だということは間違い無いらしい」

「でも六機ともすごい実力ですね。スマートな方が正体不明で、ゴツゴツした方が地球の機動兵器なんですよね?」

「ふむ、この金色の機体は接近戦が主体で、青い機体は遠距離戦が主体か。…ん?」

モニターを凝視していた北斗が、何かに気付いたように声を上げる。

「どうしたの、北ちゃん?」

「いや、この黒い機体だが…。どうも操縦の癖がアキトに似ているような気がしてな。黒はアキトが好んで使っていた色だし…」

「そんな訳ないでしょ、北ちゃん。それに、もしその機体がアキト君として、どうしてアキト君が私たちに敵対するの? どっちかって言うとアキト君は透真さんや海人さんと一緒に、私たちの味方に回るのが当然じゃない」

「…それもそうか」

どこか腑に落ちないものを感じながらも、取りあえず納得する北斗。そこへ山崎が戻ってきた。

「お待たせ。用意できたよ」

「…何の用意だ? いや、それ以前に何故俺を呼び出した?」

イラついた様子で北斗が山崎に問いかける。

「うーん…、結論から言うと、君にある人物の戦闘訓練を担当してほしいんだよ」

「はあ? 何で俺なんだ」

「だって君、アキト君に格闘教えてたんだろ? それでアキト君があそこまで強くなったんだから、君に任せるのが適任じゃないか」

「ああ、そう言えばそうだったな…」

(アキトに格闘教えたのは俺じゃなくて透真なんだが…。話がややこしくなるから俺が教えたってことにしたんだっけ。しかし…)

あんな嘘つかなけりゃよかった、と後悔しつつ、北斗はさらに山崎に質問する。

「それで、一体誰を訓練するんだ? 貴様がそこまで言うくらいだ、只者じゃないんだろう?」

「おや、意外だね。てっきり断ると思ったのに」

「…気まぐれだ。それより早く言え、俺の気が変わらないうちにな」

北斗が山崎の提案を受け入れたのは、かつて透真が姉である沙耶香に『人にものを教えることで、つかめるものもある』と言われたことがあるからだった。そのステップをクリアすることによって、自分もレベルアップできれば…と考えたのである。

「そう慌てなくてもいいじゃないか。まあ、話せば長いんだけどね。ある人物のクローンなんだよ」

「…クローン? 木連式柔の創設者か何かか?」

「そんな古いDNAが残ってるわけないでしょ。もっと最近…って言っても、七、八年くらい前だったかな? あの人が死んじゃったのは。いやー、苦労したよ。何せ遺伝子レベルで凄い病気があったからね、長くても三十年生きられないくらいの。それを何とかするのに八体も犠牲にしちゃった。ハハハ」

「…ハハハって、それじゃそのクローンとやらは生まれたてなのか?」

「いや、もう十年位前に生まれて、色々薬を使って今は肉体年齢が十五歳くらいかな。これ以上投薬しちゃうと無理が出ちゃうから、もうしないけど。かなり早い時点からそのクローンのオリジナルの人は注目されててね。それで、十二年前からクローニングを始めて二年かかってようやく成功したってワケ」

非常に軽い口調でとんでもないことをベラベラと喋る山崎。彼の話は続く。

「いやー、肉体構造を変化させずに病気の部分だけ何とかするって難しかったよ。まあ、DNAをいじって人間を作るのは初めてじゃなかったし、今回は何種類ものDNAを組み合わせるんじゃなくて、一つのDNAの欠点を直すだけだったから比較的楽だったんだけどね。おかげでオリジナルとは10%ほどDNAパターンが違っちゃって瞳の色が変わっちゃったけど、安定したからよしとしようってことで」

「お前は自分の腕のよさを自慢したいのか? これ以上下らん話をするようなら帰るぞ」

「まあ、そう言わないでよ。僕ってそんなに人付き合いが多い方じゃないしさ、こういう風に自分の能力を自慢できる機会ってそんなに無いんだよ。それより…」

まだまだ話は続くらしい。零夜はまだ話を聞いているが、北辰と舞歌はすでに全然話を聞いていないようだ。北斗ももう帰ろうか、と思ったその時、

プシュン!

「…ったく、ドクター、私はいつまで待ってりゃいいのよ」

「あ、エス、まだ出て来ちゃダメじゃないか。これからがいい所だったのに…」

奥の扉が開き、そこから一人の人物が現れた。

四人はその新たに現れた人物に目をやり、

「何っ!!?」

「ウ、ウソ!!?」

「…ほう!」

「…? 何でみんな驚いてるの?」

舞歌以外の全ての人間が驚きの声を上げた。なぜなら、その人物とは――。










さらに同時刻、地球・ネルガル本社ビル。

会長室にて、アカツキとエリナが話していた。

「やあ、今日も綺麗だね、エリナ君」

軟派な口調で秘書に話しかける会長だったが、秘書はそれをアッサリと無視して報告を開始する。

「…ナデシコがダイアンサスと共に火星を発ったようです」

「…通常の手段で、かい?」

エリナからの報告を受け、アカツキがその顔つきを変える。

「はい。現地にあったネルガルの施設を利用して修理…、その後は互いに協力し合う予定だそうです」

「ふーん…。てっきり両方ともチューリップを利用して火星を去ると思ってたんだけどねぇ」

さすがにノアほどではないが、ネルガルでもボソンジャンプについての研究は進んでいた。それによるとボソンジャンプには時間移動の性質もあるらしく、さらに高出力のディストーションフィールドがあれば耐えられる可能性がある、とのことだった(これらは、ほとんでイネスのレポートを元に導き出した結論であったが)。

言うまでもないが、火星は激戦区である。そこで戦闘を重ねればナデシコもダイアンサスも無傷では済むまい。撃沈はしないまでも、きっと手痛いダメージを受けるはずだ。相転移エンジンにも損傷が発生するだろう。ならばディストーションフィールドを持つ両艦のこと、きっとチューリップを利用して火星を脱出するに違いない。

そうなったら、いつ、どこで、どのように両艦が現れるのか分からないが、とにかく当分は出てこないだろう。あるいは二度と出てこないかもしれない。

その間に会長不在のノアを乗っ取り、ネルガルのシェアを拡大してウハウハ――と、予定ではこうなるはずだったのだが、世の中うまくいかないもんである。

「…で、ナデシコの戦果はどうだったんだい?」

「ハッキリ言って思わしくありませんね。ダイアンサス所属の機動兵器『サレナ』――ノアの会長と副会長自らが乗り込んでいるようですが――とにかく、それの活躍によって火星から無事に帰還できたようなものです」

「へえ、やるなあ石動君も。こいつは僕も負けてられないかもね」

「やっぱり、そうなるのね…。…それともう一つ、火星でナデシコとダイアンサスが謎の軍勢に遭遇したと報告がありましたが…」

何だか妙にノア会長に対抗意識を燃やすネルガル会長を見て呆れつつ、エリナは報告を続ける。

「謎の軍勢? 木星のヤツらじゃないのかい?」

「はい。共に行動していない点と、彼ら自身の発言からそうだと判断できたそうです」

エリナからそう聞いて、アカツキは「うーん」と数秒ほど考えると、

「…ま、そいつらの事は放っといてもいいんじゃない? 時が来れば自ずと正体も見えてくるだろうさ」

そう結論を出した。

「アバウトねえ…。でも、案外それが一番いいかもしれないわね」

「そうそう、放っとくのが最良の手段って場合もあるさ」

アカツキは回転式のイスをクルリと一回転させるとエリナに向き直り、

「…さて、それじゃ石動君が帰ってきた時のために交渉の準備でもしようか。プロス君がいれば楽なんだろうけど」

軽い口調で――しかし、しっかりとした意思を秘めつつ、そう言った。







あとがき



ラヒミス「よしっ! 40k台で収まりました!」

アカツキ「随分と容量を削ることに力を注いでるね、君は」

ラヒミス「だって、前話が60k台でしたし」

アカツキ「…まあ、いたずらに長くなるよりはマシってことかね?」

ラヒミス「『長い文章でも、読んでて疲れたりダレたりせずに』というのが理想なんですが」

アカツキ「理想は理想、ってことか…」

ラヒミス「でも、理想に近づけるように努力はしていきたいですね。…では、今回の反省です」

アカツキ「石動君、重傷…。ルチル君がえらくうろたえてるね?」

ラヒミス「ええ。何だかんだ言っても、ルチルはまだ九歳ですからね」

アカツキ「うろたえ方が全然九歳っぽくないけどね」

ラヒミス「…基本的な精神年齢が高いですし」

アカツキ「その辺がルチル君のルチル君たる所以ゆえんってワケだね。…さて、次の話題に行こうか」

ラヒミス「この回で海人が『昂気』や『特殊なナノマシン』について偉そうに解説していますが、これはあくまで私個人の勝手な解釈です。…蛇足かもしれませんが、あしからず」

アカツキ「時ナデの戦闘シーン読みまくって、何とか性質をまとめたんだよね。…でもさ、その補足って別にいらないんじゃないの?」

ラヒミス「私が気になったんですよ。気になるものを気にしたままでいると、ストレスが溜まって胃にも悪いですし」

アカツキ「何だい、『胃』って?」

ラヒミス「…フッ、こう見えても僕は高一の冬から卒業するまでに胃カメラ五回、大学に入って二ヶ月も経たずにバリウム一回飲んだ男ですよ。…十二指腸潰瘍でね!!」

アカツキ「ふ、ふーん」

ラヒミス「畜生、あの医者…。『君の場合はピロリ菌じゃなくてストレスだね』とか笑いながら言いやがって…」

アカツキ「…君、キャラ変わってるよ?」

ラヒミス「え? ああ、すいません。つい地が出ちゃって…」

アカツキ「…この話題はもう止めようか」

ラヒミス「そうですね、何だか私の個人的なグチになっちゃいましたし。では次、マシンナリーチルドレン達についてですが…」

アカツキ「どうでもいいけど、彼らにも組織名とか付けた方がいいんじゃないかい? 言いづらいだろう、『マシンナリーチルドレン達』とかさ?」

ラヒミス「だって、いいアイディアが浮かばないんですもん。下手な名前を付けるとマスターの正体がバレちゃいますし…」

アカツキ「勘のいい人なら、もう気付いてるんじゃない? …ま、約一名の人には、もう正体をバラしちゃってるけどね」

ラヒミス「ううう、これも下手に言っちゃうとマスターの正体がバレちゃうかもしれないんで名前は言えませんが、某氏さん、ありがとうございました! この場を借りてお礼を申し上げます!!」

アカツキ「…確か皐月さんにもアイディア借りてなかったっけ、君? 借り物ばっかりだね、この作品は」

ラヒミス「き、気にしてることを…。ちゃんと両氏の了承は得てますよ。それにアイディアは言わば材料であって、それをどう料理するかが肝心なんです」

アカツキ「そりゃそうだけど…。ああ、正体と言えば『エス』だっけ? あれは…」

ラヒミス「あれは、わざとバレバレにしました。『彼女』と透真が出会ったらどうなるか…。楽しみですねぇ、ずっと先のことですけど」

アカツキ「…悪趣味だね、君」

ラヒミス「でも、透真の精神を揺さぶるには効果的でしょう? 透真絡みでは、もう一つ二つ策を考えてますが、それは後のお楽しみ、と言うことで。…これは、別に精神を揺さぶったりはしないと思いますけどね。もちろん、海人やアキトについても同様に策は考えています」

アカツキ「そう言えば、今回は天宮君が目立ったねぇ」

ラヒミス「これまで透真が目立ちすぎましたからね。少し予告すると、次回はアキト――と、ルリにもちょっとだけスポットを当てる予定です」

アカツキ「ちょっとだけ、かい? 不憫だね、彼女も」

ラヒミス「では彼女にスポットを当てる意味で、次回はルリをここに呼ぶことにしましょうか」

アカツキ「ここに呼ばれたキャラって、ほとんどその回の中でスポットが当たってるよね。僕にも久しぶりにスポットが当たったし」

ラヒミス「一部例外はありますが…。そういう方向性で行こうとは思ってます。でもこの方法って、話数が進むほどやりづらくなっていくような気が…」

アカツキ「その辺は、腕の見せどころってヤツじゃないかい?」

ラヒミス「そこまで腕に自身はありませんが…、努力はしていきましょうか」

アカツキ「そうそう、人間努力を忘れちゃお終いだからね」





代理人の感想

? 舞歌って彼女の顔を知らなかったのかな?

もっともクローンの人が「彼女」だとしてのことですが。

 

後、謎の人が二人ほど登場。

エンプティネス(虚ろ、とでも訳すべきでしょうか?)と仮名メイガス氏。

まぁ、メイガス(仮名)はぶっちゃけどうでもいいんですが(核爆)、

エンプティネスの乗る機動兵器には大いに興味があります。

私はス○ードゲルミルが大好きなもんで。

ドリル! 

ロケットパンチ! 

そして手持ち武器は豪剣・斬艦刀のみっ! 

あれぞ男の浪漫ッ! 

・・・・・・・・・・出ますよねェ?

 

追伸

ところで天宮君って誰でしたっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、海人のことか。