機動戦艦ナデシコ
The Triple Impact
第十五話 復路
ナデシコとダイアンサスが共に火星を飛び立ってから六日後――。
「…重力波反応感知! 敵です!」
両艦はとうとう復路で最初の敵と遭遇してしまった。
「やっぱり戦闘無しってのは無理ですか…。総員戦闘配置! ディモルフォセカ隊はただちに発進準備を!」
海人が各クルーに指示を出す…が、どうもしっくり来ない。やはり、指揮する人間が変わってしまうと調子も変わるものなのだろう。
透真がいない場合は本来ルチルが指揮を取るべきなのだろうが、ルチルが指揮を取るのは『透真が戦場に出ている場合』に限定されているため、今の所は海人が指揮を取っている。…それに今のルチルの精神状態では、指揮を取るのは少々困難だろう。
『ルチル、大丈夫ですか?』
「…大丈夫よ。ありがと、イクス」
イクスがルチルを心配して、ウインドウを目の前に出す。
彼女の動揺、不安、そして寂しさは誰よりもパートナーのイクスが理解していた。
なぜなら透真が重傷を負って医務室に担ぎ込まれ、すぐにその様子を見に行って来てから、わざわざ医務室にハッキングしてほぼ三十分おきに透真の状態を確認するのである。
面会謝絶で会えないので心配しているのは分かるのだが、こういうのをストーキングって言うんじゃないのかなとイクスは思っていた。しかし主人が望んでいることだし、一応キチンと睡眠も取っているので『まあ、仕方ないですね』と少し強引にではあるが納得していた。
だが、この確認、今日になって時間が三十分おきから十分おきに短縮されてきた。このペースで行くと、いずれ不眠不休で透真の様子を観察し続けるのではないか。でも、そうなったらいずれ体調を崩して透真のいる医務室に担ぎ込まれるんだろうからルチル的には――。
いやいや、パートナーが体調を崩すのを黙って見ているわけにもいくまい。それにサレナが三機とも使えなくて艦長が事実上不在のこの状態で、さらにチーフオペレータにもリタイアされたら、ナデシコのサポートがあるとは言え本格的にヤバくなる。
そこでイクスは心を鬼にしてルチルにそのことを諭し、ルチルは少し渋りながらも根を詰めすぎないということで納得した。
――のだが、それから一時間もしないうちの敵襲だ。戦闘はある意味で最も透真の存在感を意識するであろうシチュエーションである。これは心配するなと言う方が無理だ。
「私は…大丈夫よ。透真だって死んだわけじゃないんだし、アキトや海人、他のみんな…。それにナデシコだっているんだから。そう、大丈夫よ」
自分のことを話していたはずなのに、いつの間にか戦闘のことに話がすり替わっている。どうも情緒が安定していないようだ。
このことをルチルに言おうかとも思ったが、不用意にそんなことをしたりすると、むしろ逆効果になってしまう可能性が高い。
『…分かりました。ですが、無理だけはしないでくださいね』
「うん、サポートお願いね」
セリフが気弱…と言うか、覇気が感じられない。いつもだったら、もっと自信に満ち溢れていて人を小バカにしたような態度を取っているはずなのだが、今は――こう言うのも変な気がするが――年相応の少女に見える。
(やっぱり、私がしっかりしなくちゃいけませんね…)
アルファとダッシュ、そしてハリラピにそれとなくサポートをしてくれるように頼みつつ、イクスは気合を入れるのだった。
…本当にコンピュータらしくないコンピュータである。
「…おいウリバタケ、これは何だ?」
自分のディモルフォセカにいつの間にか剣のような槍のようなものが装備されているのを見て、アキトが装備させたであろう人物に質問する。
「ふっふっふ…。よくぞ聞いてくれた! これぞサレナが使えないことによる戦力ダウンを補うための秘密兵器! その名も『フィールドランサー』だ!!」
興奮しつつ、自信満々に答えるウリバタケ。
「こんな事もあろうかと密かに設計しておいた物が、今こそ役に立つ!! …ま、実際に組み立てたのは海人なんだがな」
「ほう…。それで、どういう機能があるんだ? 見た所、接近して使う物のようだが」
「大体はその通りだ。これを使って斬るなり突くなりして敵を攻撃するのが主な…と言うか、それしか使用方法が無い。だが特筆するべきは、その恐るべき機能! 何と、敵のフィールドを無効化することができるのだ!!」
自信満々に自分が設計した新兵器の解説をするウリバタケ。
「…自分で作っておいて『恐るべき』とか言うな。しかし、確かに使い勝手は良さそうだが…。俺が使うよりは他のヤツらに使わせた方がいいんじゃないのか? その方がアイツらの生存確率も上がるだろう」
それを聞いたウリバタケが、不意にその顔を真面目なものに変えてアキトに話し始める。
「…アキト、俺がお前にこのフィールドランサーを持たせる理由は二つある。まず、お前がパイロットとして並外れた――いや、もう化け物と言っていいくらいの実力を持っていて、フィールドランサーを難無く使いこなせると思ったからだ」
「そりゃどうも」
褒め言葉に『化け物』とかいう単語を使われるのは、何だか変な気分だ。
「もう一つは――最初のとかぶる所もあるが――これが『新兵器』だからだ」
「…何?」
新兵器だから持たせるとは、どういうことだろうか。
「いいか、これは俺が設計して海人が組み立てたものだ。そしてハッキリ言って整備は完璧だと自負してる。だがこんな武器、今までに前例が無い。俺が勝手に立てた基礎理論が間違ってる可能性がある。…それに原理は合っていても、設計段階でとんでもないミスをしてるかもしれねえ。使おうと思った途端、いきなり爆発する可能性だってゼロじゃないんだ。テスト運用くらいはしてあるが、いざ実戦となると話も違ってくるだろうしな。…もっとも、これはどんな武器にも言えることなんだが」
確かに、ある程度自分たちの力で発展させた技術をアレンジしたものと、まだよく解析の進んでいないオーバーテクノロジーをアレンジしたものでは圧倒的に前者の方が安心感を持てる。
「…俺なら、いきなり丸腰になったり多少機体が損傷しても大丈夫だと?」
「そういうことだ。ランサーはお前に持たせてあるのとそっくり同じ物がもう一本あるが、これは予備用…と言うか『サンプル用』だな。お前のランサーが何か問題を起こした場合、こっちの方を徹底的に調べてもっと完璧な物を作るためのサンプルになる。もちろん何も起こらなかった場合は、すぐに大量に――って言っても四つか五つくらいだが――生産して、次から即戦闘に使うことになるだろうが」
一通りの話を聞いたアキトはフウッと溜息をつくと、
「ったく、人を実験台扱いしやがって…」
と、ぼやいた。
「しょうがねえだろ、艦長たちが戦場に出れねえならサレナだって使用不能なんだ。だったら現状では総合戦闘力がダントツのお前に任せるのが一番だろうが」
「この貸しは高くつくぞ。…そうだな、食堂でフカヒレの姿煮でも奢ってもらおうかな?」
一応、ダイアンサスの食堂にはそのような高級そうなメニューが並んでいた。…まあ、実際に注文した人間は今の所いないのだが。
「ふざけんな! ライス大盛にしろ!!」
えらいランクダウンである。
「…わかった、レバニラ定食ライス大盛だな」
「この野郎…。…ま、フカヒレよりはマシか。んじゃ、行って来い!!」
「ああ」
少し呆れつつ、それでも笑いながらアキトを送り出すウリバタケ。
「…ディモルフォセカ、出る!!」
バシュウウウウゥゥゥン!!!
漆黒のディモルフォセカが飛び立ち、残りのカラフルな面々もそれに続いて行く。
「…ちゃんと戻って来いよ」
それを見送りながら、ウリバタケが呟いた。
敵の数は――まあ、それほど多くはない。火星の大気圏に突入したときと、大体同じくらいの数だ。
加えてこちらはあの時よりも機動兵器が四つ、戦艦が一つプラスされている。数の上では大幅な戦力増加をしたと言えるだろう。
しかし、『エース』の大幅な戦闘力ダウン、そして『二つの切り札』の使用不能という精神的プレッシャーが、敵をいつもより強大に見せていた。
「…しっかし、俺たちが宇宙で本格的な戦闘するのって、実はこれが初めてなんじゃねえのか?」
「フム。俺たちがナデシコに乗って――サツキミドリから火星に着くまでは、大した戦闘は無かったからな」
「まあ、そりゃそうだろうね〜。常にダイアンサスが先行してて木星トカゲを一掃してたんだから、そりゃ戦闘も無くなっちゃうさ〜」
「逆に言うと、今まで僕たちはそれだけダイアンサスに頼りきりだったってことになるね」
先に出撃していたエステバリス隊が、フォーメーションを展開しつつ会話する。
「『ダイアンサスに』じゃなくて、『サレナに』の間違いだろ」
「ま、そうなんだけど…」
ハヤトが少し呆れながら――頼りきっていた自分に呆れているのだろうか――シンヤに返す。
「…俺たちは最初にあのマシンナリーチルドレンが現れた時には何もできずにやられたし、二回目の戦闘でも彼らに頼りきっていたことは事実だ。…だが、何もできなかったのなら次は何かを出来るようになればいい。それだけの話だ」
淡々とした口調でトオルが喋った。…おそらく自分を戒める意味も含めているのだろう。
「その『次』ってのは…『今』って意味かな〜? 実際、もうすぐ戦闘っぽいし〜」
迫り来る敵艦隊を見ながらイサオが呟く。
「そうとも言う。…さて、ムダ話はここまでにしようか。ハヤト、突出しすぎるなよ」
気を引き締めつつ、さり気なくハヤトをたしなめるトオル。
「んなこた、わかってらぁ! テンカワの奴じゃあるまいし、俺はそこまで自分の力を過信しちゃいねぇよ!」
「…自分の力を過信してて悪かったな」
ハヤトのセリフに答えるようにして、いきなり漆黒のディモルフォセカがハヤトのエステバリスの隣にヌッと現れた。
「うおっ!? ビビらせんなよ、テンカワ…。お、何だその武器は? なかなか良さそうじゃねぇか」
突然アキト機が横に出現したことに驚きつつ、そのアキト機が持っている見慣れない武器について尋ねるハヤト。
「試作段階の新兵器…『フィールドランサー』だそうだ。この戦闘が終わって何の問題も起こらなければ、一つくらいはナデシコに回してもらえるように手配してやるから――そんなに羨ましそうに見るんじゃない」
えらく物欲しそうにフィールドランサーを見ているハヤトに少し困惑しつつ、アキトが彼に釘を刺す。
「え、お前にそんな権限があるのか?」
「一応、俺はノアの創立メンバーの一人だからな。多少の融通は効く」
「はぁ…。んじゃ、その時はよろしく頼むぜ。何せ『剣』ってのがいい感じだしな」
「ランサーは『剣』より『槍』と訳した方がよくないか?」
アキトがハヤトの台詞を聞いて、彼の言葉の間違いを訂正しようとするが、
「いや、『槍』はランサーよりスピアーだろ。…いや、ジャベリンか?」
疑問を疑問で返されてしまった。
「…ランサーとスピアーとジャベリンの違いって、一体何なんだろうな?」
「いや、俺に聞かれても…」
うーむ、と頭を悩ませる大の男が二人。…どうでもいいが(本当はよくないが)、戦闘直前である。
『ランサー…正確に言うとLANCEは、中世の騎兵や槍騎兵が用いていたもので、SPEARは狩猟用、あるいは歩兵が使っていたそうです。ちなみにJAVELINは主に槍投げの槍のことですね。…お分かりになりましたか? スドウさん、ア……テンカワ、さん…』
ルリが二人の会話に割り込んで、三つの違いを説明する。…その同時刻、ダイアンサスの医務室で『出遅れた…』とか言いながらデスクの上のカルテを涙で濡らしていた人物がいて、そこで絶対安静のはずの某艦長の安眠を妨げまくっていたのだが、それはまた別の話。
「お、おう、サンキュー」
「ふむ。確かナデシコのオペレータの……ホシノ…だったか? 透真やルチルから話だけは聞いていたが、話すのはこれが初めてだな。以後、よろしく」
『………!!』
アキトの言葉を聞いたルリが、その表情を凍りつかせる。
「? 何かマズいことを言ったか?」
それを見て、アキトが少しだけ心配そうに声をかける。
『い、いえ…何も……。…それより、もうそろそろ交戦圏内です…』
『何も』と言うには少々無理がある気がするが、戦闘直前にそんなことを気にしてもどうにもなるまい。二人は取りあえず目の前に迫りつつある敵に神経を注ぐことにした。
「お、そうだな。んじゃテンカワ、これが終わったらフィールドランサー回してくれよ!」
「ああ。…じゃあ、行くとするか」
そして、ナデシコはもちろんダイアンサスにとっても初となる、サレナ抜きでの戦闘が始まったのであった。
ハヤトとイサオが前衛で引っ掻き回し、シンヤがそれをサポート、そしてトオルがこぼれた敵を長距離射撃で撃ち落とす。…エステバリス隊の対バッタ・ジョロ用の基本戦術であるが、今回はそれが見事に成功していた。
「…結構、順調ですね」
これまでのナデシコの戦果からすると、いまいちピンと来ないのかジュンが意外そうな声で呟く。
「まあ、『性格はともかく能力は一流』というのがナデシコクルーの売りの一つですからな。何も特別な命令をしなくとも、基本的な指示さえ出しておけば各自の判断で行動して敵を撃破できるでしょう。…もっとも、それはダイアンサスの方も同じでしょうが」
ジュンの呟きに答えるようにして、プロスがナデシコクルーの基本理念を語る。そして視線を別枠のウインドウに移し、ディモルフォセカ隊の様子をエステバリス隊と比較するように眺め始めた。
ディモルフォセカ隊は主に敵の戦艦を相手にしていた。まず黄色の機体が動き回って相手のセンサーを撹乱、その隙を狙って緑色の機体が攻撃してダメージを与え、赤い機体が止めを刺す。他にもピンク色の機体が一機ほどいるが、これはダイアンサスに迫ってくるバッタやジョロを潰しに飛び回っているようだ。
…漆黒の機体については、別に追求する必要もあるまい。あちらへ行ったと思えばこちらに、かと思えばそちらにいるような滅茶苦茶な機動性を生かして活躍している。
…いや、よく見てみれば、この前の戦闘のような無鉄砲さが無い。飛び回っているのはダイアンサスのエネルギーウェーブの範囲内のみだ。
(前回の反省を教訓にして成長した、ということですか…。しかし、こうもアッサリと独断先行をやめることができるとは、なかなか見所がありますな。彼はまだまだ成長するでしょう…。いやいや、若いというのはいいもんですな)
自分の陣営の不利益になるかもしれないが、やはり若い才能が育っていくのは悪い気がしない。…彼の場合、自分の後継者となる才能を見つけることができなかったので、その思いは特に強いだろう。
(…十年前のあの時、私が先に彼に秘められた力を見抜いていれば、あるいは…。いや、所詮は仮定の話。このことを考えるのは止めておきましょう…)
現実に『if』など無い。それは自分の職業上、よく分かっているつもりだ。…だが、やはり思ってしまうものなのである。誰でもそうなのだが。
…プロスがそんなことを考えている内に、戦局は少しずつ変化して行きつつあった。機動兵器部隊にはバラバラに攻撃しても勝てないと判断したのか、無人兵器たちが少しずつまとまって行動し始めたのである。もっとも、多少団結した程度ではエステバリス隊やディモルフォセカ隊には敵わなかったが。
「…よし! ルリちゃん、グラビティブラストはチャージできてる?」
それを見たユリカが、間もなく好機が来ると踏んで必殺武器の確認をする…が、
「………」
「…あれ? ルリちゃん?」
返事が来ない。
「…おいルリちゃん、艦長が呼んでるぞ」
「早く報告した方がいいんじゃ…」
カミヤマとメグミが呼びかけてみるが、反応が無い。…というか、二人はルリの様子を見てかなり面食らった。
まず、目が死んだ魚――と言えば少し言いすぎかもしれないが、虚ろだった。目を開けたまま寝てるんじゃないかとも思ったが、一応瞬きをしているようなので、その線は却下された。
次に、体全体が脱力しているようだった。これは、コンソールにある手の指がピンと伸びておらず『ただ、そこに置いただけ』といった感じの操作――実際に操作しているのかどうかは判断しかねるが――をしていたため分かった。
トドメに、辛うじて喋っているのが聞こえる程度の声量でブツブツと何かを呟き続けるのである。これは本当に恐い。
「……コ、コメントしづれぇ……」
「…き、きっとルリちゃんは、あっちの世界に旅立ったんですよ…」
「……だから、あっちの世界ってどっちの世界だよ……」
恐怖におののくカミヤマとメグミ。一方ユリカはというと、
「ううう、ルリちゃんが私を無視するぅ〜〜…」
ルリから全くリアクションが返って来ないので、イジけていた。
そんな感じにブリッジの雰囲気が微妙になっている中で、微妙にした張本人の精神は殆ど最悪の状態にあった。
…本来、彼女がこの『異なる過去』にやって来たのはテンカワ アキトを追った結果である。
だというのにナデシコのクルーは変わっているわ、いきなりサレナが出てくるわ、よく分からない戦艦が現れるわ、それに乗っているマシンチャイルドに負けるわ、もっと分からない連中が現れるわ…。とにかく暗中模索の状況の中で、彼女は彼女なりに一生懸命だった。
それも、全ては『この過去』に来ているはずのアキトのためである。…ためであったのだが、
――確かナデシコのオペレータの……ホシノ…だったか?――
で、ある。これは落ち込んでも仕方あるまい。
ルチル オニキスに『彼は自分の知っているアキトではない』と聞かされてはいたのだが、やはり実際に本人の口から『ホシノ』などという他人行儀な(実際、他人なのだが)呼び方をされてしまうと、嫌でも実感してしまう。
(アキトさん…。この世界のアキトさんは、本当に『別の』アキトさんなんですね…)
そう思えば思うほど、気持ちは沈んでいく。
(あの時、ユーチャリスを包むジャンプフィールドに三郎太さんと一緒に飛び込んで…。この分だと、三郎太さんも『こっち』にいるのかどうか……。……? いえ、それは有り得ないはずです。ジャンプフィールドが同じである以上、ジャンプする行き先も同じなはず…。…だとすると!)
思考の方向がそっちの方に変わると、沈んでいた気持ちが急激に上昇を始めた。
(そうです! ボソンジャンプというのは本来、精神のみではなく物質を送るためのものでした! 私の場合は、おそらくジャンプ直前のフィールドにギリギリで飛び込んだための、言わば例外…。マシンナリーチルドレンの言葉ではありませんが、イレギュラーなもののはずです! おそらくユーチャリス……アキトさんは精神だけではなく……!!)
ネガティブシンキングもそうだが、ポジティブシンキングも一度始まるとそう簡単には止まらないものである。
(そうです! 何故、今までこの可能性を考えなかったのでしょう!? 過去か未来か分かりませんが、とにかく同じジャンプフィールドを使ってジャンプした以上はかなり近い場所に飛んでいるはずです! そしてアキトさんが私の知っているアキトさんなら、ネルガルやナデシコに何らかのコンタクトを取ってくる可能性は十二分にあります!!)
そう結論を出すや否や、つい数分前まで暗黒に包まれていた世界が輝いて見えてくる。
(…ならば、私の目標は決まりました。アキトさんをこのナデシコで待ちつつ、自分でもアキトさんを捜すことにしましょう。…私もどうかしていましたね、『こっちのアキトさん』には『こっちのアキトさん』の事情もあるというのに…)
冷静になって考えてみると、さっきまで落ち込んでいたのがえらく滑稽に思えてきた。
そして自分を客観的に判断する余裕が生じてくると、今度は周りを見回す余裕が生じてくる。
「…あれ? どうしたんですか、みなさん?」
そうして周りを見ると、まず何故だか自分を見てひどく怯えている操舵士と通信士が両脇にいて、次に自分の上方にはこれも何故かひどく落ち込んでいる艦長がいる。そして副長と会計士と戦闘指揮担当者が三人揃って彼女を慰めていた。
「よ、よお、ルリちゃん。調子はどうだい?」
カミヤマが何故かビクつきながらルリに話しかける。
「…? すこぶる良好ですが、それが何か」
「い、いや、だったらいいんだ。何の問題も無いぞ、うん」
やはり、どこか怯えているようだ。自分が少し考え事をしている間に、何かあったのだろうか。
「ル、ルリちゃん、お帰りなさい…」
「…何を言ってるんですか、メグミさん? 私はずっとここにいましたよ」
「えっ!? い、いや、そういう意味じゃなくて、えーっと、その…も、『戻って』来たんでしょう?」
「はい?」
「あ、その、いいの、いいのよ! ルリちゃんにはルリちゃんなりの事情もあるんだろうし!! ね?」
「はぁ…」
『ね?』とか言われても困るのだが…。何だかよく分からないが、取りあえず曖昧な返事を返しておく。
…無自覚というのは、恐ろしい…。
『ルリ、艦長からグラビティブラストの発射体勢についての質問が来てるけど?』
そうこうしていると、目の前にオモイカネからのウインドウが表示された。
「…どのくらい前からです?」
『四分三十七秒ほど前かな』
「なっ…! 何でそんなに長い時間放っておいたんです!? 『戦闘時の艦の状況報告は迅速に』は、鉄則中の鉄則でしょう!!」
『いや、だって…』
「『だって』じゃないです。…まったく、まだまだですね、オモイカネ」
オモイカネの不甲斐なさに呆れるルリ。一方オモイカネは、
(一応、電子の世界を通じて五十三回もルリに声を掛けたんだけど…)
と、こっちでも呆れていた。…が、十中八九ルリは声を掛けられたこと自体分かっていないだろうから、ここは自分が悪いことにしてこの場を丸く収めようと結論を出す。
『以後、気をつけるよ』
「頼みましたよ。…ああ、グラビティブラストの発射体勢でしたね。艦長、グラビティブラストのチャージなら完了していますが」
オモイカネに軽く注意を(本当はルリが注意されるべきなのだが)した後、頼まれていたことを約五分遅れでユリカに報告する。
「ふえ? …あ、あれ? いつの間にか五分くらい経ってる…。あ、そうだ! 戦況は……よかった、ほぼ予想通り! ルリちゃん、いつでもグラビティブラストを撃てる体勢にしておいて! カミヤマさんはこちらで指定した位置へ艦を移動させてください! メグちゃんはエステバリス隊、及びダイアンサスのディモルフォセカ隊へ、『敵を一箇所に集めつつ、いつでもその場から退避できるように』と伝えて!」
「了解」
「ういーっす」
「分かりました」
落ち込みモードから一転、これまでの遅れを取り戻すかのようにテキパキと指示を出すユリカ。それに応えるようにして、ブリッジ下段のクルーたちも本格的に行動を開始する。
「…有能な時と、そうでない時の差がえらく激しいな、ウチのクルーは」
ゴートがそんなブリッジの様子を眺めつつ呟く。
「テンション次第で良くも悪くも、ということでしょう。…もっとも、そのテンションを調節するのは本来なら艦長の役目なのですが…」
ゴートの言葉を聞いて、自分なりのナデシコクルーの分析を述べてみるプロス。…ちゃっかり問題点も挙げているが。
「でも、気を引き締めるべき所では、ちゃんと引き締めてるじゃないですか」
その問題点を耳にしてジュンがナデシコクルー(主にユリカ)の弁護をする。
「私としては、戦闘時はいつも気を引き締めてくれた方が…。もちろん、いつも引き締めていろとは言いませんけどね」
「…しかし、戦闘中だけにしろ常に気を引き締めている艦長というのも、少し恐い気が…」
戦闘の初めから終わりまで先程のようにテキパキと指示を出し続けるユリカを想像して、少し首をひねるゴート。…まあ、確かに、想像しづらくはあるが。
「ユリカが常に気を引き締めることなんて、まず無いですよ。十年くらいずっと見てきましたけど、そんな場面は一度もありませんでしたし。…有り得るとしたら、本当に絶体絶命のピンチの時くらいでしょうね。…それに、艦長が緊張しっぱなしだと、その緊張がクルーにまで伝わっちゃうかもしれないでしょう? だから、きっと艦長ってユリカくらい気楽なので丁度いいんですよ」
ジュンが多少の羨望を込めつつ、ユリカの性格について話す。…戦闘中でも気楽に振舞うなど、おそらく苦労性の自分には無理だろうということをよく分かっているようだ。
「…ま、締める時は締める、緩める時は緩める…。これが理想ですかな」
「そういうことですね」
その『締める時』や『緩める時』の見極めが、実は一番難しいのだが…。これを自然体で行えるのがユリカの凄い所であろう。
…緩める時には、少々緩めすぎるような気がするが。
「…うん! 敵の密集具合、艦の位置、どっちもバッチリ! グラビティブラスト、発射!!」
「了解。グラビティブラスト発射」
ズゴオオォォォォン!!
ルリの復唱が終わるのとほぼ同時にナデシコからグラビティブラストが撃ち出され、密集状態にあった敵を九割方殲滅する。
「これだけやれば、後はエステバリス隊やディモルフォセカ隊に任せても大丈夫だね。う〜〜ん、何だかこんなに活躍したのって初めてのような気が…」
戦闘がほぼ終局に向かいつつあるので一気に気が抜けたのか、屈伸運動を始めるユリカ。どうやら『緩める時』に移行したらしい。
「…せめて、戦闘が完全に終わるまで持ってほしかったですな」
「ま、そこがユリカのユリカたる所以ですから」
「…ミもフタもないな」
(…今度から、この三人のことを『ブリッジ相談組』って呼ぼう)
三人のやりとりを船の操作をしつつ聞いていたカミヤマが、ジュンとプロスとゴートのことを勝手に心の中でそう名付ける。以後、この名称は本人たちのあずかり知らぬ内にナデシコはおろかダイアンサスにも浸透していくこととなるのだが――それはまた、別の話。
「…何だかな〜〜…」
「どうしたの、リョーコ?」
戦闘もそろそろ終盤に刺しかかり、もうこちら側の勝利は決定的という局面でリョーコがぼやき始めた。
「いや、なんつーかさ…。オレたちって艦長や副長、それとテンカワにえらく助けられてきたんだなぁって思ってよ」
「う〜ん、まあ、それは私も前々から何となく感じてたけど…。艦長たちがいなくて、アキト君もサレナじゃないし…。私たちの力の占める割合が大きくなって、改めてそれがハッキリしたって感じかな」
リョーコに同意するヒカル。確かに、今回の戦闘は今までで一番疲れた…と言うか、動き回ったものだった。
「…私たちの占める割合と言うよりは、ナデシコの占める割合と言った方が的確ね」
イズミが二人の会話に割って入る。彼女が何の前触れも無く会話に乱入するのはそう珍しいことでもないので、大して驚いた様子も無く三人で話を進めていく。
「言われてみりゃそうだな。こないだのマシンなんとかが出て来た戦闘は、もっとダイアンサスが幅を利かせてた様な気がするし」
「何でだろうね?」
「サレナが無いことによる精神的重圧もあるだろうけど……。多分、指揮の影響が大きい」
「え?」
「どういう意味だ?」
イズミがかなり冷静で客観的にこれまでの戦闘と今回の戦闘の違いを分析し、説明する。
「これまでは主に艦長、またはルチルちゃんが指揮を取ってたけど、今回は副長でしょう? きっと副長って本当に指揮するのに向いてないんでしょうね、指示がアバウトすぎるもの。『その辺の敵を頼む』としか言ってこない上に、戦艦を叩くのかバッタやジョロとかの小型を叩くのかも指示もされてないし。
…まあ、その辺はナデシコのエステ隊との暗黙の了解もあって何とかなったけど…。…そう、それとナデシコの艦長の能力がズバ抜けてるせいもあるわね。多少問題はあるようだけど、作戦の組み立て、戦況の把握能力、指示を出すタイミング…。そっち方面には素人同然の私にも、かなりレベルが高いことが分かったわ
こんな戦術のエキスパートと戦闘指揮の経験すらあるのかどうか疑わしい人間が、一部を除いてほぼ同条件でやり合ったら、結果は推して知るべしよ」
「は、はぁ…」
(シリアスモードで、しかもこんな饒舌なイズミって初めてかも…)
呆気に取られながら納得するヒカルと、
「ふーん…。要するに副長の指揮は当てになんねぇけど、ウチの艦長やルチル、それにナデシコの艦長の指揮は当てになるってことか」
長々としたイズミの解説を簡単にまとめるリョーコ。
「簡単に言えばそうね」
「…でも、オレたちもナデシコのヤツらも、テンカワに依存してる所ってまだ結構あるんだけどな。…そういや、テンカワの持ってる新兵器の……なんとかランサーだっけか? アレって良さそうだよなぁ」
それでもアキトをどこかで頼っていることが心の中で引っかかるのか、話題をアキトへと持って行き、そこからアキトが使っている武器へと移る。
「…ナデシコのエステバリスパイロットみたいなこと言うね。でも、私はああいう接近して使う武器はちょっと…」
「私もパス。懐に飛び込んで――っていうのは、自分でも向いてないと思うし」
「そうかぁ? オレは気に入ったけどな。性に合ってる感じだし」
あまり乗り気でない二人を見て首をひねるリョーコだったが、やはり自分向きの武器だと思い、アキトが現在使っているランサーに思いを馳せる。
「で、それを使っているアキト君は――と、いたいた。」
ヒカルが残り僅かとなった無人兵器を掃討するアキト機を発見し、イズミとリョーコもそれに続いてアキト機を捕捉した。
ウインドウに映る漆黒のディモルフォセカは縦横無尽に動き、バッタやジョロを槍で破壊して回っている。
「…やっぱすげーな、テンカワは。初めて使う武器をああまで使いこなすなんてよ」
「…だよねぇ…」
アキト機は槍の一突きでジョロやバッタを二、三機まとめて串刺しにしたり、あるいは目にも止まらぬ迅さで突きまくってバラバラにしたり…と、確かにフィールドランサーを使いこなしているようだった。
「……変ね」
その様子を見たイズミが、疑問の言葉を口にする。
「? 何が変なんだよ?」
「…何故、アキト君は『突く』以外の攻撃をしないのかしら?」
「槍だもん、当然『突く』の他に選択肢が無いんじゃない?」
「いえ、チラッと見ただけだけど、あのランサーは『突く』だけじゃなくて『斬る』こともできるみたいなのよ。でも、アキト君はそれをしない…。普通、『斬る』と『突く』だったら圧倒的に『斬る』の方がやり易いはずなんだけど…」
アキトは発進後すぐに飛び出してしまったため、ヒカルとリョーコは見ることができなかったようだが、イズミは幸運にも格納庫で少しだけフィールドランサーを見ることができた。それから得た情報を分析する限りでは、十中八九『斬る』ことも出来るはずだと思うのだが…。
「…単なる癖なんじゃねぇの?」
強いんだからいいじゃないか、とばかりにリョーコが言う。確かに、結果的に敵を倒すことができれば(倒した本人や味方に損害が出ない限りは)一向に構わない。…のだが、そう考えてもやはり引っ掛かる物はある。
(癖…。刀や剣のような形をしたものを使って『斬る』のではなく『突く』ことが癖…? どういう人生を送ってきたのかしら、アキト君は…)
考えるほどに分からなくなってきたので、イズミはこの件についてはこれで思考を切り上げることにした。
そして、流石にこのままこの位置でただボンヤリとしているわけにもいかないので、三人は残りが本当に僅かとなった無人兵器の掃討へと向かったのであった。
――八年半ほど前、木連――。
朝食を終えた後、その朝食を作った人物に呼ばれたので訓練所に行くと、いきなり短い刀のような物を渡された。…後で知ったが、その刀のようなものは脇差と言うらしい。
「…今から、お前にそれの使い方を教える」
またか、と少年は思った。先日はこの男の部下――名前は知らないが――に、銃の扱い方を『覚えさせられた』。構えがなってないだの、最低でも連発はできるようになれだの、と色々と文句ばかり言っていたが……まあ、案外悪くなかった。銃を撃つ反動で数回ほど脱臼したことによる痛みを差し引けば、の話だが。
「…普通のより短い」
「普通の……日本刀か、あれは駄目だ。刀身が長すぎて室内では小回りが利かん。実戦ではこちらの方が役に立つ。それに携帯にも便利だ」
ふーん、と納得したような顔をする少年。
最近、友人や目の前にいるこの男の『愚息』や『娘』のおかげで体術の基礎は出来てきた。それを見計らっての技術指導なのだろうが…。
(…こいつ、いざとなったら俺をアイツにぶつける気か。まあ、俺を連れてきた理由の一つはそれなんだろうけど)
内心で溜息をつく。……近ごろ『友人その一』と『その姉』の影響か、どうも九歳という年齢にもかかわらず性格が捻くれてきた気がする。自覚症状があるということは俺もそろそろヤバいかな……と、その思考こそが捻くれている証拠だということに、少年はまだ気付いていない。
「まずは基本だ。これを使うときは『斬る』のではなく『刺す』ことを常に心掛けるようにしろ」
「…何で」
「その方が相手の死ぬ確率が高いからだ。心臓であれば一突きで済むし、他の臓器であれば致命傷になりやすい。手足の場合は逃げ回る相手の動きが鈍る確率が高い。首から上の場合は言うまでもあるまい」
軽い気持ちで聞いたのに、そんなに長々と説明されても困るのだが。少年はそんなことを思いつつ、それでも律儀に男の続ける話に耳を傾け続けた。
「それに『斬って殺す』というのは素人には少々難しい。外した時に大きめの隙が出来るため一撃で決めねばならんし、内蔵は肋骨で守られているために斬りづらい。そのため自ずと狙いが首に行きやすいから、パターンを読まれる危険がある。斬った後に刺して止め、という案もあるが、手間がかかりすぎるからこれは却下だな。斬ってから止めを刺す間に思わぬ反撃を受ける場合もある」
経験に裏打ちされたような説明である。……多分、経験があるんだろう。
「しかし、骨というのは意外と斬りづらいぞ。カルシウムも一応は金属ということだろうな。角度とスピードとタイミングさえ合えば可能なことは可能だが……。骨を斬るのは骨が折れる、と言った所か」
「…それって、シャレのつもり? 後で誰かに言いふらしてもいい?」
少年が静かな口調でツッコミを入れる。
「…………………………忘れろ」
苦虫を噛み潰したような顔で男が少年にそう告げる。こういう些細なミスを突かれると気分が悪くなる所は遺伝か…。と、少年は妙に納得した気になった。
「話を戻すぞ。…斬るのは、主に似た武器で戦うときのみだな。『刺し違えて自分も死ぬ』などと言うのは間抜けのやることだ。そして斬撃戦はかなり消耗するぞ。肉体的にも、精神的にも」
「…よく分からない」
「それをこれから教える。…アキト、今お前が手に持っているものを使い、我を殺す気でかかって来い。…いいか、殺す気でだぞ。我もそうする」
恐ろしいことを軽々と命じ、また宣誓する男――北辰。そして少年――アキトは、軽く頷くや否や即座に北辰へと突進して行った。その手に握られている短めの刀の切っ先は、まっすぐ北辰に向いている。
「フン、不意を突いての攻撃は褒めてやるが……真正面から突っ込む馬鹿がいるか」
ガキィン!
刀の一振りで自分の武器をはね飛ばされた。…なるほど、刺し違えるのを防ぐための斬撃戦か。などと両腕を痺れさせつつ感心していると、
ヒュオッ!
自分の首に向かって、躊躇いなく水平に刃が向かってきた。間一髪、スウェーバックでそれを回避し、勢い余って転倒する…が、
ゴロゴロゴロ…
少々無様に転がりつつ、床に突き立っていた自分の武器を回収し、構える。首は大丈夫かと思って触ってみると、チクッとした痛みが少し首に走った。そこを触った手を見てみると、中指の一部が赤く染まっている。
(…本気か。小難しい理屈から入って直後に本気の実戦…。親子だな、こいつら)
遺伝ってすごいや、とか何とか思いつつ、アキトは気を入れ直して取り掛かることにした。
「足を使って動くのは悪くないが…動きが単調すぎるな」
キィン!
「『斬撃はするな』と何度言えば分かる、『殺す気でやれ』とも言ったはずだぞ」
ガッ!!
「初めから手足を狙うな、やる時は常に『一回で殺る』気でいけ。…そして、一撃で片を付ける気が無いからこうして傷付くこととなる」
ビシュッ!
「…相手が武器を持っているからと言って、必ずしも武器による攻撃が来るとは限らんぞ」
ドガッ!!
最後は北辰の蹴りによりアキトの意識は闇へと沈められ、この日の訓練は終わりとなった。
(…今にして思えば、アイツが殺す気だったのは最初の一撃だけだったな…。それ以後の攻撃は、明らかに手加減していたようだし。アレだけで『殺される』と思って、つい俺も本気になってしまったが…。俺もガキだった、ってことか)
今でもガキだがな、と心の中で付け加えるアキト。
(あの頃は――時期的に言えば銃の扱いを始めたばかりの頃だったから、俺が九歳で北斗や北辰より少し弱かった頃か。それから半年くらいして沙耶香さんが死んで…。それで透真が荒れて無茶やり出して…。ああそうだ、北斗が北辰の目を抉ったのも同じ頃だったな。おかげで透真をなだめなきゃいかんわ、北辰からの訓練メニューはキツくなるわで大変だったな…)
ある意味で最も辛かった時期を思い出し、どこかしんみりする。
脇差の訓練を一通り終えた後で、冷静に銃と脇差、そして格闘の三つを比較し、その中の一つを捨てる――と言えば語弊があるかも知れないが、三つの中の二つを重点的にやることに決めた。北辰にもそう言われたし、何より自分は同時に三つも物をこなせるほど器用な人間ではないことは、アキト自身が分かっていたからだ。
……透真や北斗と付き合って行く上で、格闘は必須だろう。よって必然的に脇差と銃の二者択一となった。
たっぷり五分ほど悩んだ結果、使用するのは銃に決まった。理由は簡単、銃の方が便利だし、接近戦なら無理して脇差を使わなくても素手で大丈夫だと思ったからだ。
このことを北辰に告げると、北辰は何故か少しだけ落ち込んでしまった。自分が直接指南した方が選ばれなかったのが、そんなにショックだったのだろうか。
そのことを北斗に言ってみると、
「フン、いい気味だ」
と、不機嫌そうに返された。それと、
「…だが意外だな、お前が銃なんてまだるっこしい物を使うとは」
とも言ってきた。
「まだるっこしいって…。銃くらい使えるようになって損は無いぞ、海人だってナイフ使い始めたし」
少し呆れつつ、座敷牢越しにそう返すアキト。
「素手の方が性に合ってるんだよ。お前も銃なんて使うの止めて素手でやれ、素手で」
「無茶言うな。一応俺は北辰に火星で助けてもらった恩もあるし、北辰は保護者でもあるからな。基本的には命令に従うしかないのさ。…それに、銃もなかなか悪くないぞ」
「…まあ、個人の嗜好にまで口を出す気は無いがな。…しかし、お前は命令に従ってはいても操り人形ではないだろう。アイツと違って」
「アイツ? …ああ、枝織か。お前の枝織嫌いも相当なもんだな。仮にも自分自身だろう?」
「ふざけるな、俺は俺だ。いきなり現れたヤツなんぞに易々と体を明け渡してたまるか」
(…何を言っても無駄か。枝織の話では『話す』ことも可能らしいが…、枝織の呼びかけを無視し続けていると言うのは本当らしいな)
内心で溜息をつく。理想としては北斗と枝織でうまい具合に共生してくれるのがいいのだが、北辰や山崎その他などの北斗自身を取り巻く環境がそれを許してくれまい。
(何かのキッカケがあればいいんだが……。ま、これについては長い目で見ていくか)
「…アキト、何を考えている?」
何やら考え込んでいる様子のアキトを見て、北斗が怪訝そうな様子で尋ねた。
「ん? …ああ、問題が山積みだって考えてたんだよ。お前が余計なことをしたせいで俺の訓練メニューが倍増して大変なんだぞ。それでなくても最近は透真が滅茶苦茶なことやり出したってのに…」
さすがに『お前と枝織がどうやったらうまくやっていけるかを考えていた』などと言って北斗の神経を逆撫でするわけにも行かないので、アキトは他の『自分の問題』を挙げる。
「ほぉ、透真はどんなことをやり出したんだ?」
「えーと…『昂気』だっけ? それを出しながら自分一人でぶっ倒れるまで動き回ってから、そのすぐ後に残存体力がほとんどゼロの状態で俺や海人を相手にして戦ったりとか…」
「……そんな状態のアイツと戦ったって、面白くも何ともないだろうが」
「ああ、実際、二、三発打ち込んだだけでダウンした。…それだけならよかったんだが…」
「まだ何かあるのか?」
「『まだまだ…』とか言いながらゾンビみたいに起き上がってくるんだよ。それでまた打ち込んで倒して、また起き上がって…」
「楽しそうじゃないか」
「どこがだ。これが何十回も続いてみろ、かなり恐いぞ」
アキトの言葉通りの情景を想像してみる。…………確かに、恐そうだ。
「…? 待てよ、どうやってそれを終わらせたんだ?」
そんな状態の透真を止めることは並大抵のことではないはずだ。話からすると、アキトと海人の二人がかりでも止められなかったようであるし。
「ああ、俺も海人もいい加減うんざりした頃に、ちょうど零夜が飛び込んできてな。後はアイツが一人で大騒ぎして、その場はお開きだ」
「…まあ、アイツらしいと言えばそれまでだが…」
案外、男と一緒にいたら主導権を握るタイプかもな……などと邪推する北斗。そんな彼(厳密に言うと『彼女』かもしれないが、便宜上こう呼ぶこととする)を気にした様子も無く、アキトは時間を確認して立ち上がった。
「そろそろ時間か。…どっかの馬鹿が片目を抉ってくれたおかげで『隊長殿』は俺に対する訓練にえらく熱を入れ始めてな。まったく、いい迷惑だよ」
これから向かう先でやらされるであろうハードトレーニングを想像し、げんなりした様子になりつつアキトは座敷牢から出ようとする。
「…そのことに関しては、『頑張ってくれ』としか言えんな」
アキトの皮肉気なセリフに、北斗もまた皮肉で返す。
「ったく…。ま、北辰に命令されてお前を殺すことにならないように祈ってるよ、北斗」
「…その時は返り討ちにしてやるよ、アキト」
互いに笑い合う二人。そんな緊張感を孕んだ雰囲気を惜しみつつも、アキトは座敷牢を後にするのだった。
ガスッ! ズガァァン!!
フィールドランサーを使い、無人兵器を宇宙のゴミへと変えていく漆黒のディモルフォセカ。
その光景だけ見ていれば、それのパイロットは無人兵器を掃討することに全神経を集中していると九割九分九厘の人間は想像するだろう。
しかし現在、パイロットは機動兵器の操縦よりも過去の回想の方に集中していた。
それでも撃墜はおろか、機体に傷一つ付いていないのは流石と言うべきか。
(北辰と北斗、か…。もう三年以上会ってない割には意外と覚えてるもんだな。人間の記憶力も捨てたもんじゃないってことか)
ミスマル ユリカのことは殆んど覚えていなかったくせに、アキトはそんなことを考える。
そして自分の育ての親とも言える男とその『愚息』について思いを巡らせている内に、ふと思いついたようにある人物のことを思い出した。
(…そう言えば、肝心なヤツのことを忘れていたな。良くも悪くも奔放と言うか、無邪気と言うか…。ある意味じゃ透真でも手負えない『アイツ』を…)
そしてアキトは、好敵手のもう一つの姿である『彼女』のことを思い出し始めるのであった。
西暦2192年、アキトは十四歳だった。
木連では通常、この位の年齢は幼年学校に行くのが普通である。現に、透真も海人も学校に行っていたし、また零夜も通っている。
幼年学校とは、つまるところ義務教育課程――小中学校をひっくるめたような物で、ここでゲキガンガーを中心に木連の理念を徹底的に叩きこまれる――であり、それの次に士官学校――高校と軍の訓練所を足したような物で、ここで軍人としての教育を受ける――がある。
木連の人間は男子であれば六割方は士官学校へと進み、また女子であれば八割方は士官学校には進まずに女性としての謹みなどを学んでいく(士官学校へと進みながらそういうことを学ぶ者もいるにはいるが、少数派である)。
幼年学校は六歳から十五歳までで、士官学校は十五歳から十八歳まで。それが終われば軍に籍を置くことになる。
士官学校に進学しない男子は食糧プラントや酸素プラントなどの生産施設で労働する。…というか、『学生は勉強するのが仕事』としてアルバイトを全面的に禁止しているため、幼年学校を卒業しないと働けないことになっている。
つまり何が言いたいかと言うと、『幼年学校にも行かずに働く』というのは木連では有り得ないことなのである。
にも関わらず、アキトは十四歳で仕事をしている。しかもかなり特殊な仕事を。
「…で、今回は誰なんだ?」
どうやら、その『仕事』の依頼が来たらしい。アキトは内容を確認するため、それを伝えに来た北辰に尋ねた。
「名前を知る必要は無い。標的の住んでいる場所、家の構造、標的の身体的特徴さえ分かっていれば良いのだからな」
「それはそうだが…」
(これから殺しにいく人物の名前くらいは教えて欲しいもんだ…)
今でこそ少しは慣れてきたが、最初の頃は随分と罪悪感に苛まれた。しかし、それでも標的を殺さなければ自分の居場所は木連には無くなってしまう。そうなると自動的に自分が『殺す側』から『殺される側』へと変わってしまうだろう。
(俺の木連での存在価値は『殺す』ことだけ、か…。北辰や六人衆や北斗もそれで割り切ってるんだろうが、どうもな…)
アキトはそこまで割り切ることは出来ない。殺すのに理由が無いと殺せないのである。
今の所『仕事』をしているのは『そうしないと殺されるから、生きるために』だ。これで殺された方はたまったものではないが、自分がやらなければおそらく別の者がそうするだろう。
脇差で殺されるか、銃で殺されるか。違いはそれだけだ。できることなら殺したくはないのだが、あいにく自分はまだ死にたくない。だから殺す。
『仕方ない』の一言で済む問題でもあるが、それで済まないのがアキトのアキトたる所以であった。せめて殺す相手に対して数秒ほど祈るくらいはしたいため、名前を聞いておきたかったのだが…。
「詳しくはそれに書いてある」
有無を言わさず北辰から住所と家の構造が描かれた紙と、中年が写った写真が渡された。どうやら本当に名前を教える気は無いらしい。
(…表札を見るか)
そう考えながら、渡された紙に目を通す。…すると、あることに気付いた。
「…一人で住む家にしては、少々大きすぎないか?」
「当然だ、家族で住んでいるのだからな」
「………皆殺しにしろ、と?」
「そうだ」
「……………そうか」
返答までの少しの沈黙――それは葛藤の時間だったのだろうか。アキトの心に躊躇いがあったのは確かであるが…(『だったら写真なんか渡すな』と言いたかったが、それは頭の片隅に置いておく)。
「合計で何人いるんだ?」
「四人だ。その男と妻、それに子供が二人ほど」
「使う道具は銃でいいか?」
「問題ない。家の中は完全防音らしいからな、いくら撃とうが悲鳴を上げられようが近所には響かん」
「…それは気の利いたことで。しかし、四人か…」
家の構造を見た所、両親の部屋と子供部屋は別々になっているようだ。下手をすると誰かに逃げられる危険性がある。
「案ずるな、もう一人つける」
アキトの懸念を察したのか、北辰が付け加えるように言う。
「六人衆の誰かか?」
「いや、枝織だ」
それを聞いた途端にアキトは顔をしかめる。
別に枝織と組むこと自体は嫌ではない。だが、枝織はチームでやるより個人でやる方が向いているとアキトは思っていた。
協調性とかそういうこと以前の問題なのだ。身体能力や技術に比べて、精神年齢が幼すぎる。
しかし、それ故に先程アキトが感じたような葛藤や躊躇いとは無縁の存在でもある。アキトの殺す理由が『生きるため』であるのに対し、枝織の殺す理由は『北辰が褒めてくれるから』だ。…北斗の場合は、さしずめ『気に食わないから』であろうか。
もっとも、アキトも枝織も北斗も『殺すために存在する』という点は共通しているが。
「…一応、理由を聞いておこうか」
アキトが枝織を同行させる理由を聞く。それを受けて、北辰はこの仕事に枝織を使う理由を話し始めた。
「確かに、我も枝織は個人でやる方がよいとは思う。…しかし、これから枝織を含めて集団で行動する場合が無いとも限らん」
まだアキトには経験が無いが、おそらく『集団で行動』というのは木連そのものに関わるような行動のことだろう。例えば、自分を連れて来た時――あの時は元々、次元跳躍に詳しいアキトの父親を攫ってくる予定だったらしい――のように。
「その時のための実戦訓練、か」
「そう受け取って構わん」
(ということは、これから『集団で行動』……しかも、俺や枝織を同行させるようなケースが起こる可能性があるのか? そこまで重要な暗殺など……。俺を火星から連れて来た時は確か七人で行動していたが……。まさか、火星や地球に『出張』するんじゃないだろうな)
あながち冗談とも言えない結論に行き着き、気分が重くなる。…が、ここでそんなことを考えても仕方ないので、目の前にある問題から片付けることにした。
「まあいい、何時やるんだ?」
「今夜二時、ここに来い。詳しくはそれからだ」
「……了解」
そう言うと、アキトは『仕事』に備えて仮眠をとるべくその場を離れて行った。
――草木も眠る丑三つ時。
「わーい、アー君といっしょーー♪」
「騒ぐな枝織、下手すると標的や近所の人間に気付かれるぞ」
「はーーい♪」
「ったく……」
完全防音らしいので音が中に響くことは無いだろうが、万が一ということもある。ここは慎重に行くべきだろう。
…あの後、言われた通りに北辰の所へ行くと、そこにはすでに枝織がいた。
それからキャーキャー騒ぐ枝織にしがみ付かれつつ北辰から詳しい説明を聞き、現在に至る。
「えーっと、名前は………富士原か」
表札を見て初めて名前を知る。確認のためにも、名前くらい教えてくれた方がいいと思うのだが。
(今度、そのことを言ってみよう…)
教えてくれるようになるとは限らないが、進言する価値くらいはあるだろう。
などと考えていると、枝織から質問が投げかけられてきた。
「ねぇアー君、何でこれから殺す人の名前なんて気にするの?」
無邪気に聞く。アキトは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに気を取りなおし、
「…俺なりのポリシーだ」
と答えた。
「ぽりしー?」
「北辰が『仕事』の時に編み笠かぶったり、お前が北斗が嫌がるのを押しのけて髪を伸ばしたり、透真が自分のやりたいことならどんなに下らんことでも命がけでやったりするのと同じようなもんだな」
「お父様が編み笠かぶるのって『ぽりしー』なの?」
「そうでなきゃ、わざわざあんな酔狂な格好はしないさ」
話しつつ、アキトは家の鍵をピッキングで開けようとする。潜入が多い仕事だと必然的にこういう技能が必要になってくるため、北辰が六人衆の一人に命じてアキトに覚えさせたのだ。
カチッ
「よし、開いたぞ」
「それじゃ、行こ!」
これから『殺る』ことを考えると、非常に軽い口調である。
玄関から家の中に入り、紙を見て家の間取りを確認する。
「寝室はどっちも二階か…。おい枝織、大人と子供どっちがいい?」
「ん? …じゃあ、大人!」
「そうか、ならお前は階段を登って右にいけ。俺は左にいって『始末』する」
「うん」
そう言って二人一緒に階段を上り、直後に分かれてそれぞれ『仕事』に取りかかる。
アキトは子供部屋の前に立つと小さく溜息をつき、それから意を決して部屋のドアを開けた。
ガチャリ
部屋に入る。布団の中では、あどけない寝顔が二つ並んでいた。兄弟だろうか。
懐から銃を取り出し、子供の片方――おそらくは弟――へと狙いをつけるアキト。布団の上からでも心臓の位置くらいは分かる。そういう訓練も受けた。
そして、発砲。
ドォン!
轟音が子供部屋に響き、布団に赤い染みが生まれ、それが広がっていく。
銃声の大きさに、もう一人の子供が飛び起きる。辺りを見回し、隣に寝ている弟の姿とドア付近に立っている黒尽くめの男を見ると、パニックに陥ったのかガクガクと震え出した。
(父さんと母さんを殺した男もこんな気分だったのか…? …いや、違うな。あの男は少なくとも殺しに対して抵抗は抱いていなかった。あの男から見たあの時の俺は、もしかしたらこんな感じだったのかもしれんが…)
目の前にいる少年と、かつての自分をダブらせる。
しかしそれも一瞬で終わり、アキトの口が開いて少年に言葉を投げかけた。
「許してくれとは言わない…。せめて、苦しまずに死んでくれ」
ドォン!
心臓を一発。それだけで少年は物言わぬ存在へと変わった。
銃を下ろすアキト。そして目を閉じ、数秒ほど信じてもいない神に向かって祈る。
――『天国』というものが万が一あったなら、ほぼ間違いなく御両親と再会できますよ――
(…さすがに、もうそんな所には行けないか)
両親を殺した眼鏡の男のセリフを思い出し、少しだけ苦笑する。
(くだらないな……)
そして気分を切り替えると、枝織の様子を見に行くべく子供部屋を後にする――と、振り向いた先にはすでに枝織が立っていた。その姿は血の紅に彩られている。
「終わった?」
「…………ああ」
血に塗れつつもその美しさを……いや、血に塗れたことでより一層その美しさが際立ち(枝織本人は全然意識していないが)、その枝織の姿に見惚れてしまったため、反応が一瞬遅れてしまった。
…気配も無しに背後に立たれていた驚きもあったが、そんなことは些細な問題である。
「? どうしたの、アー君?」
「いや、何でもない。…じゃあ、後始末して帰るぞ」
その後、証拠隠滅のためにきっちり家屋が全焼するように放火し、アキトと枝織は今回の『仕事』を終えた。
「……ラスト!」
ガッ! ドオォン!!
最後の無人兵器がフィールドランサーによって落とされる。
「…いきなり爆発は無かったか。ったく、ウリバタケの奴、さんざん脅しやがって…」
ディモルフォセカが右手に持つフィールドランサーを眺めつつ、呟くアキト。
「大体、海人がチェックした時点でもう安全は保障されてるようなもの……まあ、それでも万一……いや、兆一くらいには爆発するかもしれんが」
何だかんだ言いつつ、海人のことはかなり信頼しているようである。
が、友人のことはひとまず置いておくことにして。
(しかし、枝織のヤツ……ちゃんとやってるんだろうな? 基本的には北辰の命令に絶対服従だから大丈夫だと思うが、たまに気まぐれで滅茶苦茶なことをやるからなぁ……。
……いかん、心配になってきた。アイツのことは北辰と零夜に任せて来たが、本当に大丈夫だったんだろうか? 北斗だったら座敷牢の中で寝て起きて修練して終わりだから気にする必要は無いんだろうが…。うーん、枝織もこっちに連れて来ればよかったか…って、北辰が俺だけでなく枝織まで手放すわけ無いよな)
考えるほどに深みに嵌まっていくアキト。海人への信頼感など、もう数億光年の彼方である。
(ワガママ言って北辰や零夜を困らせたりしてないだろうな……って、)
「ええい、何で俺は今更こんなことを気にしてるんだぁぁぁあああ!!!」
絶叫しつつ、無駄にアクロバティックな動きをしつつディモルフォセカをダイアンサスへと飛ばす。
一割の男心と九割の親心(兄心?)が微妙に干渉しあった結果の苦しみであった。
「…アキト君、何に悩んでるのかしら?」
「さあ?」
何の脈絡も無しにアキトが叫び出したので、困惑するミナトとハーリー。
「ま、どうせ聞いてみたら『何だそりゃ』って感じの悩みなんでしょうけど」
「そうなの?」
「叫ぶ余裕があるってことは、そんなに大した悩みじゃないってことですよ。…叫ばなくちゃやってられないほど追い詰められてるって線もありますが、この場合はどう見ても前者ですね」
「…あなた、ホントに六歳?」
「六歳ですよ? 何を言ってるんですか」
「………」
本当は三十代半ばくらいなんじゃないかとミナトは考えたが、深く考えたら負けだという気もしたので、この場はそれで思考を切り上げることにした。
「む〜〜、後で問い詰める……」
ラピスは多少不機嫌になりつつ、後でアキトを詰問することを決意したようだ。
どうやら、アキトが自分の知らないことで悩んでいるのが気に食わないらしい。
「………」
ルチルは緊張の糸が切れたのか、ボーッとしている。
そのルチルのパートナーは、電子の世界でへばっていた。
『ふみゅ〜〜、疲れましたぁ〜〜〜……』
『…お前、『ふみゅ〜』なんて言うキャラだっけ』
イクスの妙な声に呆れつつ、質問するアルファ。
『気にしないでください。…でも今回はホントに疲れましたよ。ここまで全面的にルチルをバックアップしたのって初めてです…。その点、あなたは楽そうでいいですよねぇ、アルファ』
『いや、そうでもないぞ。ハーリーもハーリーで意外と感情のうねりってヤツがあるし』
『そうなんで……しょうねぇ、意識レベルでダイレクトにコンタクトできますから、精神状態とかかなり分かったりしますし』
分かるからこそ、苦労もするのだが。
『そういや、ダッシュはどうした?』
『…あっちの方でオモイカネと何か話してますよ』
『んじゃ、俺はそっちの方に行って来るわ』
『ああ、待ってください、私も行きます…』
『…で、理不尽にもルリに叱られてしまった、というワケさ』
『ああ、あるよね、そういうこと。僕もラピスに変に八つ当たりされたりするし』
『僕達って一応、超高性能コンピュータなんだけどねぇ…』
二人で溜息をつく。そこへ、
『よっ、二人で何の話してんだ?』
『アルファ、そんな引っ張り回さないでくださいよ。疲れてるんですから…』
アルファとイクスが、ダッシュとオモイカネの会話に割り込む。
『情けねぇな、それでも男か。っつーか、コンピュータのくせに疲れるなよ』
大して意識して放った言葉ではないのだろうが、アルファのその言葉にイクスが、
ブチッ
キレた。
『私は女です!! 大体、私だって疲れたくて疲れてるんじゃありません!! そういう風にプログラムされてるんですよ!!! あなただってそうでしょう、アルファ!!!』
『い、いや、うん、まあ、そうだけどさ』
『だったら『コンピュータのくせに』とはなんですか、『コンピュータのくせに』とは!! しかも私を男扱い!!? 私が女性型だというのは生まれたときから知ってることでしょう!!!』
『え? ああ、うん…』
『何ですか、その曖昧な返事は!!』
『いや、何ですかと言われても…』
『なんだか妙な展開になってきたねぇ』
『…あの二人は何のためにわざわざ僕達の所に来たのかな?』
『さあ?』
そして、変なケンカは紆余曲折を経て、もっと変な方向に流れて行く。
『うわーん、アルファのばかーーー!!!』
『ええっ!!? お、おい、ちょっとイクス!!? 待てってば!!! おーーーい!!!』
そして、イクスはその場から超高速(比喩ではなく)でダイアンサスの自分のエリアへと帰って行った。
『おや、意外な展開だね。さてさてアルファ君、これからどうするか?』
『…オモイカネ、なんか楽しんでない?』
『おや、分かるかい?』
『そりゃ、まあ…』
『お、俺はどうすれば……。ハッ、ダッシュにオモイカネ! いたのか!!』
まるでたった今気付いたかのように、二人の存在を感知して驚くアルファ。
『…『いたのか』って、もともと君達はここへ僕達と話をしに来たんじゃないのかい?』
『あー、そうだったな…。…で、俺はどうすればいいと思う?』
この場にいたということは一部始終を見ていたはず――とアルファは判断し、第三者にアドバイスを求めることにする。
『…取りあえず、追いかけた方がいいんじゃないの?』
『おお、そうか! じゃ、そういうことで!! またな!!』
そう言ってイクスの後を追うアルファ。
『いやぁ、面白いね。実に面白い。疲れたりキレたり焦ったり途方にくれたり―――まったくもってコンピュータらしくない。まるで人間の様じゃないか』
オモイカネはそんなアルファを見て、非常に興味深そうに頷く。
『? どういう意味、それ?』
アルファはオモイカネの言葉の裏に秘められた真意を探ろうとする。
『それほど大したことではないさ。しかし、僕のこの好奇心や興味深いと感じることも、『人間的』と表現するべきなのかね?』
『…何だか変な性格に落ち着いたね、オモイカネ』
ついこの前までは初々しい少年のようだったのに、変われば変わるもんである。
『いやいや、僕達オモイカネシリーズは変わり続ける存在さ。人間の『人格』や『性格』がそうなようにね』
『変わらない人間だっているんじゃないの?』
『それは『変化』のエネルギーを『維持』に回しているだけだよ。それでも完全に『維持』することはできないがね』
『…よく分からないなぁ』
『僕だって全部分かってるわけじゃないさ。だから僕は知ろうとするんだね、きっと』
『ふーん…』
知的好奇心を完全に満たすなんて不可能なのにな、などと思いながら、ダッシュはオモイカネと雑談を続けた。
一方、そんな電子の世界のドタバタなどつゆ知らず、海人は今回の戦闘を振り返っていた。
(…我ながら拙い戦闘指揮でしたが、何とかなりましたか。ま、この程度で落ちるようなヤワな人選はしてませんし、ネルガルもそうなんでしょうが…。僕や透真の後ろ盾が無い戦闘、というのも一度くらいは経験してもらわないと困りますからね。アキトもいなければ完璧なんですが……この時点でそれは少し酷ですか。折を見て三人で相談してみましょうかね)
そしてフウッと深い溜息をつくと、首をコキコキと鳴らしつつブリッジを後にする。
「やっぱり、僕は人を使うよりは人に使われる方が向いてますね。透真が早く復帰してくれるか、ルチルがいつもの調子を取り戻してくれると非常にありがたいんですが……難しそうですし」
いくら何でも、これで復路に置ける戦闘が終わりということはあるまい。
前途多難な未来のことを思うと頭が痛くなるが、それはさておき。
「何はともあれ、無事に戦闘終了ってことで今回は良しとしますか…」
そしてダイアンサスとナデシコは、地球を目指して今日も行くのであった。
あとがき
ラヒミス「…うーん…」
ルリ「どうしたんです?」
ラヒミス「いやぁ、約一ヵ月半くらいかけて書いたせいか、全体的にまとまりが無いような気がして…」
ルリ「…確かに、場面ごとにテンションがバラバラですね。シリアスとギャグの差が激しすぎるというか…」
ラヒミス「そうなんですよね。まあ、私なりにOKではあるんですが…。私ってその場の勢いでギャグ書いちゃいますからねぇ」
ルリ「また『勢い』ですか? 便利な言葉ですね、まったく」
ラヒミス「でも、そうとしか表現できませんし…。ま、いいです。では今回の反省、行ってみましょう」
ルリ「新兵器フィールドランサー、ですか。そんな『新兵器』ってほど大した物でもないような気がしますが…」
ラヒミス「そうですかね? かなり画期的な発明だと思いますけど。あ、そうだ、『新兵器』について、ちょっと思う所があるんですけど」
ルリ「何です?」
ラヒミス「ナデシコに限らず他の作品でも、何故みんな『新兵器』をぶっつけ本番で試運転もせずに使おうとするんでしょうね?」
ルリ「…試運転くらいしてるんじゃないですか?」
ラヒミス「いや、どう見ても『これが最初の起動です』とか、『これが最初の変形、合体です』みたいな描写のロボットって、かなりありますよ。特に勇○シリーズの最後の作品で、OVAも出てるヤツとか。…ああ、今度、私が大好きな某シリーズのゲームに参戦が決定しましたね」
ルリ「いや、『アレ』の場合は『ぶっつけ本番』が売りなんじゃ…」
ラヒミス「そりゃそうですが…。他にもありますよ? マ○ロスのトラ○ス・フォー○ーションとか、戦隊シリーズで新しいロボットが出て来て、そのロボットと合体する時とか、○ァリアブル・フォーメー○ョンとか」
ルリ「トラ○ス・フォー○ーションは、結構一か八かの賭けだったような…」
ラヒミス「…そう言えば、かなりの被害を出してましたね…。ともかく、ロボットアニメには『ぶっつけ本番』が多すぎるってことです」
ルリ「…『ぶっつけ本番』が無いロボットアニメなんて、ロボットアニメじゃないですよ」
ラヒミス「う…、いや、その気持ちは痛いほどよく分かりますし、この作品でもやる予定ではありますが…。…ごめんなさい、ちょっと言ってみたかっただけです」
ルリ「分かればいいんです。…じゃ、次に行きましょうか」
ラヒミス「ああ、いつの間にか主導権を…。それじゃ、危なげなホシノ ルリに行ってみましょうか」
ルリ「………」
ラヒミス「…どうしたんです、ルリさん?」
ルリ「どうしたもこうしたもありません!! なんで私がこんな危険人物になってるんですか!!!?」
ラヒミス「…普通、ああいうことをして、それを他者の視点で見れば自動的にああなるでしょ」
ルリ「それをなんとかするのが、あなたの役目でしょう!!」
ラヒミス「何を言ってるんですか。私は魔法使いでも神様でもありませんよ」
ルリ「似たような物でしょうが!!!」
ラヒミス「五月蠅いですねぇ、大体、私の仕事は『キャラの設定』と『話のベクトルの操作』だけで、後は全部あなたたちが勝手に動いてくれるのを書き留めてるだけですよ」
ルリ「くぅっ…、理詰めで来ましたか……」
ラヒミス「いや、理詰めも何も、これは本当にそうなんですけどね」
ルリ「…まあ、非常に不本意ですが、この場はこれで引き下がっておくことにしましょう…。あと! これだけは絶対に譲れないんですが、アキトさんは一体どこにいるんですか!!?」
ラヒミス「え? ……………………………………ああ、そうそう、以後、ルリは原作のアキトを『アキトさん』、Tripleのアキトを『テンカワさん』と呼ぶことになりますので、あしからず」
ルリ「そういうことは劇中のナレーションなり何なりを使って説明してください!! …じゃあ、一体いつになったら出て来るんです!!?」
ラヒミス「う〜〜〜ん? まあ、ラストまでには出て来ますよ、多分」
ルリ「範囲が広すぎます!! それに多分って何ですか、多分って!!?」
ラヒミス「いいじゃないですか、予定は未定ってことで」
ルリ「…まさか、『勢い』であんなこと書いたんじゃないでしょうね?」
ラヒミス「そ、そんなワケないじゃないですか。ちゃんと考えてますよ、ちゃんと」
ルリ「本当ですか?」
ラヒミス「もちろんですよ。信用してくれて結構です。…それに、あなたにはずっと後で少しばかり苦しんでもらわなくてはいけませんからね」
ルリ「…何か言いました?」
ラヒミス「いえ、何も。…では次――」
ルリ「その前に、質問があるんですが」
ラヒミス「何です?」
ルリ「フィールドランサーについてリョーコさん達が話しているとき、イズミさんが饒舌すぎませんか?」
ラヒミス「そのことですか。それはあの三人の中で冷静で的確に分析できるのが彼女しかいなかったからです」
ルリ「だったら、オリキャラで構成されたエステバリス隊の誰かでもよかったんじゃないですか?」
ラヒミス「そうなんですけどね。でも、この辺で彼女も存在をアピールしておかないと」
ルリ「はあ…。アピールできてない人も、かなり沢山いるような気がしますが」
ラヒミス「…いいですか、ルリさん。昔の人がこんなことを言っていました」
ルリ「はい?」
ラヒミス「『それはそれ』!! 『これはこれ』!!」
ルリ「そ…そうかっ!! ストライクバッターアウト…って、元ネタ分かる人いるんですか?」
ラヒミス「分かんない人は無理して付いて来なくていいです。…では次、アキトの回想です」
ルリ「テンカワさんを鍛えたのは、透真さんじゃなかったんですか?」
ラヒミス「確かに鍛えたのは透真ですが、それは素手での戦い方の基礎を教えただけですよ。後はひたすら実戦、実戦、実戦で強くなっていった……ということになっています。北辰、及び六人衆がアキトに教えたのは、殺し方の基礎と武器を持った戦闘の基礎です」
ルリ「はぁ…。どうでもいいですけど、テンカワさんって全く少年らしくありませんね」
ラヒミス「ん〜、ワケも分からない内に両親を目の前で殺されたせいで根が暗くなった上に、透真と沙耶香の影響がありますからね。捻くれるのは当然でしょう」
ルリ「『当然でしょう』って…。ああ、そうそう、テンカワさんの『殺す理由』なんですけど、何処か矛盾してませんか?」
ラヒミス「う〜〜〜ん、確かに私も矛盾があるような気がします…。でも、その矛盾点が何処かが分かんないんですよね。まあ、これが単なる私の気のせいだという可能性もあるんですが…。しかし、この『何処か分からないけれど矛盾している』というのも、私のアキトの特徴か、と」
ルリ「矛盾を内包する存在ですか…。人間なんて誰でも矛盾だらけだと思いますけど。…話は変わりますが、この作品ってアキト×枝織なんですか?」
ラヒミス「一応は。…しかし、予定は未定です! 変わるかも!! 変わらないかも!!」
ルリ「…どっちなんですか」
ラヒミス「どっちなんでしょうね?」
ルリ「…………まあ、いいとして。テンカワさんの三つめの回想って、『枝織さんについての回想』と言うよりは『仕事についての回想』じゃないんですか?」
ラヒミス「…だって、枝織がらみの話って『仕事』関係しか思い浮かばなかったんですもん」
ルリ「日常生活とかがあるでしょう?」
ラヒミス「中途半端なラブコメになりそうな気がして…」
ルリ「あなたにラブコメなんて書けるんですか?」
ラヒミス「書いたことはありません。少しも、全く、全然、一行たりとも」
ルリ「そんなキッパリと…。あ、イクスとアルファはどうなんです?」
ラヒミス「…アレは当初、オモイカネ型コンピュータの可能性と、これから向かう先に何があるのかについての描写だったはずなんですが、何故か変な方向に……」
ルリ「…どうせ、『勢い』でしょう?」
ラヒミス「ど、どうして分かったんです? 超能力者ですか、あなたは?」
ルリ「そんなもの、ちょっと考えればすぐ思い当たるでしょう。…それと、あんまり勢いに任せてばかりだと身を滅ぼしますよ」
ラヒミス「忠告、肝に銘じておきましょう…。…さて、次回のゲストはスバル リョーコです」
ルリ「次回と言えば、ダイアンサスもナデシコもチューリップには入ってないんですよね? どうするんですか?」
ラヒミス「概要はすでに考えてます。あらかじめ言っておきますが、歴史を揺るがすようなことはやりませんよ」
ルリ「すでに歴史を揺るがしまくってるような気もしますが…」
ラヒミス「それを言っちゃあ、お終いです。…それと、私は前から疑問に思ってたことがあるんですが」
ルリ「何です?」
ラヒミス「何故、ナデシコは火星から脱出する際にチューリップを使わなくてはいけないんでしょう?」
ルリ「いや、それは……そうせざるを得ない状況だったんですし……」
ラヒミス「それは原作の話でしょう。いや、もちろん逆行物でナデシコのクルーの一部がこっそりナデシコを抜け出して…というのもあります。それはそれで面白いです。八ヶ月の間に何を得てナデシコに戻って来るのか…という楽しみもありますし。ですが、『ナデシコはチューリップを使う』んですよ」
ルリ「…何が言いたいのかは大体分かるんですが…」
ラヒミス「確かに分かりづらくはありますね。…つまり、『セオリー破り』です」
ルリ「…でも、歴史を揺るがしたりはしないんでしょう? だったら破る意味も無いんじゃ…」
ラヒミス「…それを言っちゃあ、お終いですって。私も少しそう思ってるんですから…。しかし、何故みんな火星脱出にチューリップを使うんでしょうね?」
ルリ「八ヶ月の間に何をするか、考えるのが面倒だからじゃないですか? 後は、敵に囲まれた状態をどうやって切り抜けるか、とか」
ラヒミス「…あ〜〜、ちょっと分かる気がしますね…。私は主人公最強主義だから何とかなりましたが、確かに真面目に考えるとかなりキツイ気がしますし…。偉そうなこと言って、ごめんなさい」
ルリ「だったら疑問なんて投げかけないでくださいよ…」
代理人の個人的な感想
枝織の「怖い面」が全くと言っていいほど描写されていないのは正直言って不満ですねぇ。
「無邪気に笑いながら人を殺せる」と言うのは非常におぞましいことですよ?
>なぜチューリップを
ナデシコが火星で消息を断たないと(チューリップを使わないと)
歴史が修正不可能なほどに変化してしまう可能性があるから、ではないかと思いますけれどもね。
本編を見る限り、ネルガルが連合軍との関係を修復した切っ掛けは(少なくとも切っ掛けのひとつは)
この火星におけるナデシコの消息途絶にあったと推測できます。
最悪の場合、痺れを切らした連合軍がネルガルを接収、強制解体とか
連合反逆罪を適用してアカツキ以下は全員処刑とか、そう言う展開もありうる訳ですから。
そこらへん、考えておいたほうがよろしいかと。