機動戦艦ナデシコ

The Triple Impact


第十八話 “空虚”の名を持つ者 Aパート



「えーっと、クスクス工業地帯だったっけ?」

「…そんな笑い声みたいな地名じゃないですよ。“クルスク”です、ク・ル・ス・ク」

間抜けな事を呟く透真に、海人が呆れつつ言う。

「おお、そうだった。…んで、どうして俺達がそんな所に行かなきゃならないんだ?」

リンの煎れてくれた紅茶を片手に訊く透真。

「それはですね……」





「クルスク工業地帯……。アタシ達の生まれるずっと前は軍需産業――取り分け陸戦兵器の開発で盛り上がってた土地よ」

いつになく(比較的)真面目な声で喋るムネタケ。

「このクルスク工業地帯を木星トカゲが占拠したわ。その上、ヤツらったら今までどの戦線でも使われた事の無い新型兵器を配備したの」

「その新兵器の破壊が今度の任務というわけですね、提督」

ユリカが確認の意味を込めてムネタケに訊く。

「そうよ。司令部ではナナフシと呼んでいるわ。今まで軍の特殊部隊が破壊に向かったわ……三回とも全滅したけど」

「何と不経済な…」

プロスがピピピッと何かの計算をする。……しかし、軍の損失などを彼が計算して、一体何の得があるのであろうか。

「そこでナデシコの登場! グラビティブラストで決まり!」

「そうか、遠距離射撃か!」

にこやかに提案されたユリカの策に得心がいったと言う感じのジュン。

「その通り!!」

自信満々な様子のユリカ。今回の作戦は、九割九分九厘これで成功すると思っているのだろう。

「安全策、かな…」

どのような理由か定かではないが、憂鬱そうな声のトーンでエリナが呟く。

「経済的側面からも賛同しますよ」

やはりピピピッと何かの計算をしているプロス。

「この前は北極海で、今度はロシアの山奥か。ダイアンサスは南の島に行ったらしいし……。どうも地球のあっちこっちを飛び回ってる気がするなあ」

誰に言うでもなく、ボソッと呟くカミヤマ。それを聞いたルリが、

「…どうやら、軍内部では『厄介事はダイアンサスかナデシコに回しておけ』という考えが定着しつつあるようですからね。極地や強敵を任せられるのは仕方ないでしょう」

と、カミヤマの呟きに答える。

「…ルリちゃん、何でそんな事知ってんだ?」

「ワケあって色々な所の情報を収集してますから。……もっとも、本命の情報は掴めていませんけどね」

セリフの後半部分で、若干声のトーンを落とすルリ。

「ふ、ふーん」

(…何か、知れば知るほど余計に分からなくなっていく子だなぁ…)

相変わらず謎の多いルリに戸惑うカミヤマだったが『まあ深く考えても仕方ないか』と、それ以上ルリについて悩むのを止めた。

「…では、ただちに作戦を開始します!!」

そしてユリカの号令により、ナデシコによるナナフシ攻略作戦が開始されたのだった。





「……で?」

「後はあなたもご存知の通り、ナデシコがグラビティブラストを撃とうと思ったら、ナナフシが迎撃して“ドゴーーン”ってワケです」

「なるほど」

透真は艦長席で頬杖をつきつつ、気だるげに海人の話を聞いていた。

「それで、どうして私達にナナフシ退治が押し付けられるんですか?」

透真の横にいたリンが訊く。

「軍の方でも、失敗しかけたナデシコ一隻に任せるよりは保険としてダイアンサスも使った方がいいって考えたんだろうな。多分『ロシア方面の警戒をせよ』とか言って俺達をこの辺で泳がせてたのも、ナデシコがヤバくなった場合の予備に使うつもりだったんだろ」

クイッ

透真はリンの問いに答えると紅茶を飲み干し、

「…まあ、これも仕事だ。ダイアンサス、クルスク工業地帯へ発進!」

ナナフシを撃つべく、ダイアンサスをクルスク工業地帯へと向かわせた。





約三十分後。

「う〜〜ん、やっぱりグラビティブラストは無理かぁ」

ブリッジ正面の大型ウインドウを眺めながらハーリーが呟く。

その正面ウインドウには、クルスク工業地帯周辺の地図の上にナナフシがいると思われる地点と、先の三回のナナフシ討伐隊(ナデシコ含む)が撃墜された地点、現在ナデシコがいる地点、そして現在ダイアンサスがいる地点が表示されている。

「仕方ないでしょ。ナナフシの方が射程が長いんだから」

ルチルがナナフシのデータをまとめつつ、ハーリーの呟きに言葉を返す。

「でも同じ重力兵器なのに、どうしてこう差が出るんだろう?」

「ホースから出る水だって、ただ出すよりはホースの口をつまんだ方が勢いがあるでしょ? つまり、そういう事よ。点に強くなった分、面には弱くなったみたいだけどね」

「でも、次弾を撃つまでに十二時間はかかるんだろ? だったらその間にダイアンサスのグラビティブラストで…」

「ところがどっこい、むこうも考えてるみたいなのよ、コレが」

「どういう事?」

「ラピス、データB−3を出してくれない?」

「分かった」

ピッ

ラピスの操作により、クルスク工業地帯の現在の状況図の横に新たなデータが表示される。

「これって…」





「…つまり、ダイアンサスがナナフシをグラビティブラストの有効射程圏内に捉えると…」

何も無い場所より敵の存在する場所の方が多いナナフシ周辺地図を眺めつつ、アキトが呟く。

「即座に真下にいる戦車やら、この辺一帯から呼んだ無人兵器やらに攻撃されるワケだ」

アキトが言いかけたセリフを透真が締めくくる。

「ディストーションフィールドは光学兵器や重力兵器はともかく、実体弾だと効果が薄いですからね。フィールド対策はバッチリみたいです」

「それに、兵器製造のプラントを乗っ取って自分の戦力を生み出すってのも、いいアイディアだ。おまけに周辺からバッタやジョロを呼ぶ念の入れよう……。八十点って所だな」

「冷静に分析や感心してる場合じゃねぇだろ! どうやってナナフシを倒すんだよ!!」

のん気にナナフシの採った戦法を評価する海人と透真に、リョーコが活を入れる。

透真はそれを聞き、ナナフシ対策用のプランを話し始めた。

「ミスマル ユリカと相談した結果、いくつか案が出た。まず一つ目は“陸戦部隊を編成して、じっくりゆっくりナナフシに向かって進む”」

「でも、それだと最悪の場合ナナフシに到着するまで時間がかかりすぎちゃって、次の弾を撃たれちゃうんじゃない?」

ヒカルが出したばかりの案の問題点を指摘する。

「うむ、俺もそう思う。そこで二つ目、“エステ隊を一時的にダイアンサスに預けて、ディモル隊と共同でダイアンサスを守りながら、ダイアンサスがグラビティブラストを撃つ”」

ヒカルの意見に賛同しつつ、次の案を示す透真。

「…妥当な案だが、パイロットの身の安全を考えると賛同しかねるな。この敵の数だと、俺達三人が出たとしてもカバーしきれるかどうか微妙だ」

バイザーに隠れているため表情が読みづらいが、おそらくは難しい顔をしながらアキトが言う。

「まあな。この場合、ダイアンサス組、ナデシコ組の二つの小隊と俺達三人でダイアンサスの護衛に当たらせるか、それとも全員バラバラにダイアンサスを護衛するかの二つのケースがあるが…。前者の場合は突発的な事態が生じたらカバーしきれない可能性が大だし、後者の場合はパイロット個々人の危険度が高すぎる」

「? 突発的な事態って何だよ?」

「…マシンナリーチルドレンとか、新たに大量の援軍が出て来た場合だよ」

透真がヤマダの質問に答える。

「それに、今回はロシア周辺の木星トカゲが少なくとも二割は集まってるようだからね。下手にスタンドプレイに走ったりしちゃうと、孤立して永遠にサヨナラって事になりかねないし」

深刻な事を軽い口調で口走るアカツキ。

「二割ぃ? 少ねぇじゃねーかよ」

「…君、ロシアの面積がどれくらいあるか知ってるかい? それに、もしかしたら周辺のアジアや西欧からも来るかもしれないんだよ」

“二割”という言葉が“少ない”という意味だと判断したのかヤマダが楽観的な意見を口にするが、すぐにアカツキがヤマダの間違いを指摘する。

「そう、つまり迂闊に近づけば一大決戦になっちまう可能性があるって事だな。んで、長びけば問答無用で“ボーン”ってワケだ」

『ボーン』という言葉と共に、握った手を開く透真。

「う〜ん、“ボーン”は嫌だな〜〜」

頬をポリポリと掻きながらヒカルが呟く。

「受けた恩を忘れる事……それは忘恩ぼうおん……ボゥオォ〜ン……」

「また難しい単語を…。“防音”の方が分かりやすくない?」

イズミが何かを言って、ヒカルがそれについて何かコメントしたようであるが、深い追求は止めておこう。

「…で、どうすんだよ? 一つ目の案で行くのか? それとも二つ目の案か?」

イズミの言葉を聞いたからか、げんなりとした顔をしながらリョーコが透真に尋ねる。

「そんなもん、決まってるだろうが」

透真がまるで“答えはこれしかない”といった感じで喋る。

「どっちなんだ?」

どっちにしろ自分の身がかなりの危険にさらされる事に変わりは無いだろうが、それでも方向性さえ決まっていればそれなりに戦術の立て様はある。

ディモルフォセカ隊のメンバーは、緊張の面持ちでどちらの作戦が採用されるのか待っている。

そして、透真は作戦の決定案を語るべく口を開いた。

「…どっちもダメだ」

「「「「「はぁ???」」」」」





「第三の選択、ね…」

ブラックサレナのアサルトピットの中でアキトが呟く。

『不服ですか、アキト?』

海人がウインドウ通信でアキトに聞く。ウインドウの中では、海人がブルーサレナのアサルトピットに腰かけていた。

「いや、むしろ望む所だがな…。しかし思い切った事を考えるヤツだな、まったく」

『透真の“思い切った事”は今に始まったワケでもないでしょう? それに、この方法なら他の皆さんに危険が及ぶ可能性が少ないですしね』

「……まあな」

海人と会話をするためのウインドウの横には、透真がウリバタケと何かを話し込んでいる様子を映し出すもう一つのウインドウがある。

そちらに視線を移しながら、アキトは透真の考えた“第三の案”について思いを巡らせ始めた。

……サレナ三機を高機動形態で突撃させ、一気にナナフシを破壊する。

言葉にすると、実に簡単な作戦である。

しかも高機動形態のスピードは半端な物ではないため、戦車や無人兵器は――それどころか並以上の技量を持つパイロットでも――照準を合わせる間も無く、超高速で過ぎ去って行くのを眺めるだけだろう。

しかし危険な事には変わり無い。

いくら万全の装備で向かうとはいえ、何が起こるか分からないのが戦場だ。

その事は透真も十分承知しているだろう。だから“三人”で向かうのだ。

「まあ、なるようにしか――ん、通信?」

達観したセリフを吐こうとする途中で、外部から通信が入った事に気付いた。

ピッ

『アキト!』

「…なんだ、ユリカか」

てっきり重要な連絡でも入るのかと思ったので、拍子抜けした感じにリアクションをするアキト。

「何の用だ? 俺は間もなく作戦行動に入らねばならんのだが」

アキトは出社前に子供の相手をする父親の気分が、少しだけ理解できた気がした。

『あ、あの……こうやってお話しするのって、何か久し振りな気がするよね』

「? まあ、確かに最近はナデシコと一緒の任務が少なかったからな。仕方ないんじゃないのか?」

『うん、そうなんだけど…』

(ううう、やっぱり相手にされてないかも…。…でも!)

ユリカはアキトの言葉を聞いて少しうつむき気味になるが、一念発起して起死回生の一撃を放つべく顔を上げ、その口を開いた。

『あ、あのねアキト! この作戦が終わったら――』

……が、しかし、

ピッ!

『アキト、そろそろ作戦開始時刻だから準備しておいて』

いきなり通信に割り込んできたラピスによって、言おうとした言葉は中断されてしまう。

『えっ!?』

突然の乱入者にビックリ仰天のユリカ。

「む、そろそろそんな時間か。…悪いなユリカ、その話はまたの機会にしてくれ」

『えぇっ!!?』

そして無慈悲にも告げられる会話終了の宣言。

『……部外者との通信はこれで終了』

『ええぇっ!!? ちょ、ちょっ――』

ピッ

かくして、ミスマル ユリカとテンカワ アキトの短い会話は終了したのであった。

「…何が言いたかったんだ、アイツは? 必死な感じが伝わって来たような気がするんだが」

『さあ? よく分かんない』

「そりゃそうか」

ラピスはユリカではないのだから、分からなくて当然である。

『…それより、アキト』

「どうした、ラピス?」

不安げにアキトを見つめるラピスに、アキトは優しく微笑みを向ける。……ユリカに対する扱いとはえらい差である。

『…無事に、帰って来てね』

アキトはラピスの言葉を聞いて一瞬だけ目を丸くするが、すぐにその顔を柔和な物に変え、

「…俺はこれから戦場に行くからな、約束はできない。だが、最大限の努力はするさ」

と、自分の心構えをラピスに語った。

『…うん』

アキトの返事を聞き、ラピスは嬉しそうに頷く。

それから作戦開始までのほんの少しの間、アキトとラピスは会話を楽しんだのであった。





……アキトと会話をしているラピスのすぐ横では、他のブリッジクルーが話をしていた。

「…ラピスも結構やるわね。アキトとナデシコの艦長の会話が次のステップに進むと見るや、間髪入れずに通信に割り込んで自分がアキトと会話するなんて」

呆れたような、感心したような口調で呟くルチル。

「『やるわね』って…。褒めてどうするのよ、ルチルちゃん」

こちらは完全に呆れた様子のミナト。

「いえ、私としても参考になります。…でも、私にはラピスちゃんみたいな特殊な能力は無いし…。でも、上手い具合に応用は効くかも…」

リンはラピスの行動を“良い手本”と受け取ったようである。

「…ま、まあ、何にせよやり過ぎはしないようにね、リンちゃん」

ルチルだけではなく、リンの言動にも呆れるミナト。…気苦労の多い女性である。

『…フッ、いつの間にかアキトに完全に忘れられてしまいましたよ…』

「そっちはまだマシですよ。僕なんて周りが全部女性ですから、もう“姦しい”なんてレベルじゃ…」

ハーリーはというと、ユリカから通信が入ってきたあたりから完全に話題の外へと放り出されてしまった海人と、傷を舐め合っていたりしていた。

一人でいる時の寂しさは辛い物があるが、集団の中で感じる孤独感も結構キツいのだ。

「せめて、もう一人くらい男の人がいてくれればマシなんでしょうけど…」

『まあ、これも試練だと思って耐える事です。いずれ、この経験が何かに活かせるかもしれませんよ?』

「……他人事だと思って面白がってるでしょ、海人さん」

『いえいえ。可愛い助手がこんなにも苦しんでいる姿を目の当たりにして、僕の心は張り裂けんばかりに痛みを訴えていますよ』

「………よ〜〜く分かりましたよ、海人さんがどう思ってるか」

『そうですか? それは何よりです』

そんな感じに二人で話をしながら、ハーリーは艦内の、海人はサレナのチェックを進めていった。





時間は多少前後して、ナデシコのブリッジ。

「ちょ、ちょっと待ってぇ!!」

ピッ

ユリカの叫びも虚しく、ウインドウは無情にも閉じてしまった。

「あ、ああぁ……」

ガックリとその場にうなだれるユリカ。

(ううう、『この作戦が終わったら、二人でゆっくりお話しようね』って言いたかったのに…。どうしてこうなるの…?)

最近、アキトと全くと言っていい程まともに会話をしていないため、良い機会だからその旨をアキトに伝えたかったのだが。

せっかくだから、今まで謎のベールに包まれていたアキトの過去も訊きたかったのに。

…実を言うと、彼女がアキトと接触する事が困難なのはラピスの尽力によるものが大きいのだが、神ならぬ身のユリカにはそのような事は知りようが無かった。

「………フッ、何かもう、どうでもよくなってきたなぁ………」

何処か遠くの方を見つめながら呟くジュン。…全体的にすすけた感じである。

「ハァ…。ったく、この非常時によくこんなノリでいられるわね」

「まあまあ、それはナデシコに限った事でもないでしょうし」

「…ダイアンサスを引き合いに出しても、参考にならないわよ」

どことなく苛立つエリナと、それをなだめるプロス。

「ふわあぁ〜〜〜……。相転移エンジンがやられちまったから、操舵士はやる事が無いなぁ」

艦を動かすのが操舵士の仕事なのだから、その船が動けなければ操舵士はいる意味が無い。

「…オペレータも似たようなものです。オモイカネとお話するって手もありますけど」

オペレータの仕事は艦の管理と周囲及び戦闘状況のチェックなので、全然状況が動く気配が無く、艦自体の修復が当分先なこの状況では仕事らしい仕事が無い。……まあ、ダイアンサスの作戦が始まれば、その状況確認で忙しくなるのだろうが。

「………通信士は結構忙しいんですけど?」

先程から引っ切り無しに繋がってくる軍からの嫌味を躱し、その合間を縫ってダイアンサスとやり取りをしているメグミにとって、ルリとカミヤマの会話はストレス増大の一助に他ならなかった。

「おーおー、羨ましいね、まったく。充実してて」

軽い口調で、さらにメグミの神経を逆撫でするカミヤマ。

「〜〜〜〜っ。…じゃ、じゃあ、代わってくれませんかねえ?」

微妙に引きつった口調でそう提案するメグミだったが、

「俺、通信機の使い方なんて知らねーもん」

と返される。

「………ああ、そうですかっ!!」

メグミはストレスを吐き出すようにして叫ぶと、通信機のスイッチをバンバンと叩きつけるようにして操作する。

「ん〜〜……。良いヒマ潰しだな」

メグミには聞こえない程度の声量でそう呟くカミヤマ。

確かに、怒りで周りの事に注意が回らなくなり、さらに距離的な問題もあるためメグミの耳にはその呟きは届かなかったが、

「………馬鹿ばっか」

ほとんど平常心で位置もカミヤマのすぐ隣(正面から見ると、ナデシコ下段三人組は左からカミヤマ、ルリ、メグミとなる)であったルリの耳にはしっかりと届いており、カミヤマの呟きを聞いてさらに自分が呟いたのであった。

…この呟きは、呟いた本人以外の誰の耳にも届かなかったのだが。





一方、透真はウリバタケと話し込んでいた。

「…まあ、高機動形態の説め――いや、解説はこんなトコだな。何か質問はあるか?」

うっかり“説明”と言いかけてしまい、慌てて言い直すウリバタケ。出撃前の時間が無い時に“彼女”が出て来てしまっては、タイムスケジュールが大幅に狂ってしまいかねない。

「いや、特には無いです。…しかし、シミュレータで何度か使ったとはいえ、実際に高機動形態を使うとは思わなかったなぁ」

普段の見慣れている姿とは異なる姿となった愛機を眺めながら透真が呟く。

…実を言うと、ゴールドサレナが高機動形態となったのはこれが初めてである。

ブルーやブラックはともかくゴールドが高機動形態になってしまうと、まともな武器が(ブルーやブラックと比べて若干弱めの)ハンドカノンしか無くなってしまい、他の攻撃と言えばディストーションフィールドを纏っての体当たり程度しか出来なくなってしまう。

透真はハッキリ言って射撃が苦手である。並のパイロット以下と言ってもいい程に、だ。

それでなくともゴールドサレナは高出力で扱いが難しい。それが高機動形態ともなれば、気分はまさにロデオ状態。体当たりオンリーで戦闘を仕掛けようとしても、細かい動きを行う事は不可能に近い(もう少し長い時間をかけて訓練をすれば何とかなるかもしれないが、そんな時間は今の彼らには無い)。

透真はまず前者の理由をもって高機動形態の使用を好まず、後者の理由をもって『どうせ使ってもなぁ』と、その存在を忘れてしまう程に高機動形態の事を敬遠していた。…『シミュレータで何度か』と言っても、片手の指で数えたら指が幾つか余ってしまうくらいに少ない。

そんな事を言っていると、この有様である。世の中、何が起こるか分からないものだ。

「なに言ってやがる、お前が作戦を立てたんだろうが」

「ま、そうなんですけどね」

透真はそこまで話してから腕を組み、“この作戦”を立てた――いや、立てざるを得なかった理由を考え始める。

(…しかし、“記録”ではここまでシビアな状況にはなっていなかったハズだ。…どうやら本格的に“記録”とズレが生じてきたらしいな、歴史の修正力――いや、そこまで大した物じゃないか。“色々ムリをした分のしわ寄せ”ってトコか?)

この分では“記録”もどこまで役に立つか怪しいな――などと考えるが、そんな先の事を気にしていても仕方あるまい。

「それじゃ、そろそろ行って来ます」

「おう、しっかりやって来いよ」

ウリバタケに挨拶をすると、透真はゴールドサレナに乗り込むべくその歩みを進めた。

……いつもと形態が違うので、アサルトピットの乗り込み口がどこにあるのか分からず、『教えてくれ〜』とアキトと海人に頼んで二人に呆れられたのは、ここだけの話である。





バシュウン!! バシュウン!! バシュウン!!

巨大な怪鳥を思わせるフォルムの三機の機動兵器が、敵地に向かって飛び立つ。

「こうして見ると、なんか特攻に行くみたいね」

「…ルチルちゃん、冗談でもそういう事を言うのは止めなさいね」

ミナトが小さめの声――だが、しっかりとした口調――で、ルチルに注意をする。…と言うか、この状況でこの言葉は結構シャレになっていない。

「はぁい、分かりました。…ラピス、周辺の状況はどんな感じ?」

ミナトの注意を素直に聞きつつ、ルチルはラピスに状況確認をさせる。

「今の所は何も……って、あれ?」

「どうしたの?」

ラピスのセリフから疑問符が出たので、改めて問い直すルチル。

「…周りの敵の動きが、変」

「変って、何が?」

「ダイアンサスに集まってるみたい」

「は!?」

ピッ!

ラピスの操作により、正面ウインドウに現在の状況図が表示される。

それによると、敵を示す赤い光点――と言っても敵の数が多すぎて、もはや“赤い領域”と言った方が正解かもしれない――が、ジリジリとダイアンサスに迫って来ていた。

「な、何で!? どーして!?」

ミナトが素っ頓狂な声で叫ぶ。…まあ、この作戦はサレナパイロット以外のダイアンサスクルーの危険度は極端に低いハズだったのだから、無理もあるまいが。

「……まさか……」

「な、何か心当たりでもあるの、ルチル?」

予想だにしなかった展開に焦りつつも、ハーリーがルチルに訊く。

「…私達、サレナをナナフシに向かわせたじゃない?」

「うん、まあ」

うなずくハーリー。

「…それって、ナナフシを攻撃したって事よね?」

「うーん。一応、そうなるのかしら」

間違いではない、という意味を含ませて言葉を返すミナト。

「…その“攻撃”を敵側がキャッチして、サレナが出て来た方向から私達の位置を割り出せば…」

「……と、当然、次の行動は……」

恐る恐る、言葉を絞り出すように喋るリン。

「…………反撃、よね」

「…普通なら、そうする」

冷静に言うラピス。

…そして、ダイアンサスブリッジは沈黙に支配された。

「………」

「………」

「………」

「………」

「………はっ! 呆けてる場合じゃなかったわ!! ハーリー、ダイアンサスを第一種戦闘配備! ラピス、ディモルフォセカ隊を大至急スタンバイ! ミナトさん、取りあえずこの場から後退して! リン、ナデシコに救援要請! 『エステでもダイアンサスのエネルギーウェーブは受けられるから心配するな』って伝えて! あと、『救援しなかったら終わった後でそれなりの報復をする』とでも言っときゃ完璧よ!!」

「「「「りょ、了解ぃ!!!」」」」

五人の中でいち早く我に返ったルチルが矢継ぎ早に指示を出し、他の四人も慌ててそれに従う。

「ったく…! 透真達がいない時にコレなんて…!!」

文句を言ってどうにかなるワケでもないだろうが、つい文句を言ってしまう。…唯一の希望は、“ナナフシを撃破すると同時に他の敵も停止・あるいは撤退する”という可能性が僅かながらでも存在することだが…。

(あんまり期待できそうにないわね……。でも、イザとなったら……)

“奥の手”の存在が頭をよぎる。

(…身体、持つかしら…)

正直言って、使いたくはない。しかし……、

(…ええい、そんな心配は使う時に考えればいいわ!)

今は一刻を争う事態だという事を思い出し、思考を切り替えるルチル。

「さあみんな、気合入れて行くわよ! これから冗談抜きに、死ぬほど疲れる戦いが始まるんだから!!」










ゴオオォォォォーーーッ!!!

クルスク工業地帯を突き進む三色の塊。

その三つの塊に向かって戦車やバッタ、戦艦などの無人兵器が攻撃を放つが、そのあまりにもはや過ぎるスピード故に狙いを付ける事も適わない。

やむを得ずガムシャラに発砲するが、それで片がつく相手であれば最初からこんな作戦は決行するまい。

そんな感じで三機のサレナは順調に進み、二十分が経過した頃。

「…そろそろナナフシのいる辺りです。オプションパーツのパージの準備をしておいて下さいよ」

「了解。しっかし、なーんか味気無い作戦だなぁ」

海人からの通信を受けた透真が返事をしつつ、ボソッと呟く。

「簡単に終わるに越した事はあるまい。…それとも、死ぬ程辛い方が良いか?」

「う〜〜ん……、時と場合によるな」

アキトの極端な例え話に軽く答える透真。…などとやっていると、ナナフシが視認出来る距離まで近づいて来た。

「よし、オプションパーツ・パージ! その直後、速攻でカタをつけるぞ!!」

「「了解!!」

バシュバシュバシュバシュッッ!!

高機動形態から通常の戦闘形態へと変形する際、高機動形態になるために使用されていたオプションパーツは使い捨てとなる。

…しかしこのパーツ、実は結構高価であり、サレナ二機を高機動形態にするためにはディモル約一機分の費用がかかる程の費用がかかる。

何気にこれがサレナ高機動形態が敬遠される理由の一助になっていたりするのだが、それをここで論じても仕方あるまい。

とにかく黒と青と金のサレナはオプションパーツを切り離し、ゆっくりと標的に向かって降下を始めた。

ヒュウウゥゥゥゥ……ンン

(…よくよく考えてみれば、三機もいらなかった様な気がするなぁ…)

今更、そんなことを思う透真。

いくら万一があるかも知れないとは言え、二機くらいで十分だったのではないだろうか。

何故、自分は『三機で行く』などと考えたのだろう?

(妙な胸騒ぎがしたんだが……この分だと何事も無く終わりそうだな、俺の勘も鈍ったか?)

“四捨五入すれば三十歳”へのカウントダウンが始まっているくらいだから、年のせいだろうか。

(…ま、いっか。とっとと片付けて、とっとと帰ろう)

………だが、彼のこの“勘”は間違いどころか大正解であると言う事は、間もなく――そう、本当に間もなく証明される。

ガシャン、ガシャン、ガシャン……

カラフルな小隊がナナフシの前に着地する。

そして透真がナナフシ破壊の指示を出そうとしたその瞬間、

「よし、これよりナナフシ破壊に――」

「!? ボース粒子の増大反応!! 四つです!!」

海人によって異変が告げられた。

「何っ!?」

ブウウゥゥゥゥゥンン……!

青色に輝く光が四つ――その内の一つは他の三つよりも明らかに大きい――、ナナフシを取り囲むように出現する。

そして光が消えた後には、四機の機動兵器があった。

ゥゥゥウウン――シュパァン!!

「なっ、お前達は…! それに、アイツ……!!?」

現れた四機の内の三機は火星で嫌というほど見覚えがある機体だ、おそらく乗っているのは“彼ら”だろう。それは間違いあるまい。

…しかし、見覚えの無い四機目の機体には、誰が乗っているのかサッパリ分からなかった。

真っ赤なカラーリングで、かなりガッシリした体躯。その大きさは明らかに15メートル――ディモルやエステの二倍――はありそうである。背中に背負っている二つの筒のような物はブースターであろうか。…それにしては先端が妙に尖っている気がするが。

その四機の機動兵器は透真達の三機のサレナを見ると、彼らに通信を繋げてきた。

『…サレナと言う事はイレギュラーか。……石動 透真とか言ったな。生きていたのか』

意外そうな声で呟くリグレット。

「…生憎、しぶといのが取り得なんでね」

透真は驚きを隠せない様子でリグレットへ言葉を返す。

『久しぶりだねぇ、天宮 海人…』

「…できる事なら、もう二度と会いたくはなかったんですがね」

相変わらず妙なやり取りをする海人とカルマ。

『ブラックサレナ――テンカワ アキトか!!』

「…またお前か」

激昂するグラッジと、それにクールに対応するアキト。

三組がそれぞれ独特の緊張感を形成して行く途中で、残りの一機から通信が入った。

『…リグレット、カルマ、グラッジ。我々がこの場に来た目的を忘れるな』

マシンナリーチルドレン達に比べると、かなり低い声である。どうやらチルドレン――子供ではないらしい。

『分かっている、エンプティネス。…イレギュラーは任せたぞ』

『…承知した』

エンプティネスと呼ばれた男は、その紅い機体を透真達へ向ける。

「エンプティネス? …お前もマシンナリーチルドレンか?」

透真がエンプティネスへと尋ねる。

『違う――と言えば違うが、そうだと言えばそうだ』

「何だそりゃ。…それにしても“エンプティネス”ね。どういうネーミングセンスしてやがるんだ、“マスター”ってのは」

「? “エンプティネス”って、どういう意味なんだ?」

アキトが透真に質問する。子供の頃は殆んど戦闘訓練に費やしたため、英単語などはよく分からないのだ。

「“空虚”とか“からっぽ”とか“無意味”とか、そういう意味だ」

「ほう……」

「単語の勉強はその辺で終わりにしておきなさい。…このエンプティネスという方、会話しながら戦って無事で済む相手ではなさそうですよ」

海人が二人をたしなめる。

…しかし、言われなくてもそんな事は二人にも分かっていた。

三対一。数の上ではこちらが優位なのだが、どうも“優位”な気がしない。

向こうは何の武器も――少なくとも今の所は――持っていないのだが、『迂闊に仕掛けてはいけない』と三人の中の何かが揃って告げている。

そんな感じで彼らが睨み合っていると、マシンナリーチルドレン達がナナフシを囲んで何か行動を始めた。

『…ロクに制御もできない破壊兵器をただ放置するだけとは…。木連の連中も救いようが無いな』

冷めた様子でリグレットが言う。

『しかし、そのおかげで僕達の目的が達し易くなるんだからね。“物は使いよう”と言うやつさ』

チャージを続けるナナフシを見つめながら呟くカルマ。

『ククク…、やはり殺すしかない…! 地球も、火星も、木星も……全ての人間を…!!』

グラッジは相変わらず極端な思考なようだ。

『…落ち着け、グラッジ。そのために僕達はここに来たんだ』

リグレットはグラッジに釘を刺すと、集中しつつナナフシを見る。

『マイクロブラックホール生成率、54.2%……。なかなか厳しい数字だねぇ、下手をすると僕達まで被害を受けるかもしれないよ』

カルマが楽しむような口調で言う。

『その被害を少なくするためにも、迅速に“制御”を行う必要がある。…いいな、お前達……マシンセルを使うぞ』

『分かっているよ、リグレット』

『僕達の――マスターの目的のために…』

ブウウゥゥゥォォォォオオオオオンン……!!

グラッジの言葉が終わると同時に、ナナフシを取り囲んだ三機のシルフィウムがそれぞれの機体の色の光を放ち始める。

ボオオオオオオォォォォォォォオオオォォォォォオオォォォォォオ……!!

そしてその光はナナフシを飲み込むように伸びて行き、やがてナナフシは三色の光にスッポリと覆われてしまった。

「…何をするつもりなんだ、ヤツら?」

エンプティネスと睨み合ったままで、透真が当然の疑問を口にする。

「分かりません。…ですが、僕達にとってプラスになるとは思えませんね。――自律型自己修復金属細胞マシンセルに秘められた能力の一端は垣間見れそうですが」

「期待してる場合か。……チッ、あの赤い機体……。イチかバチか飛び込んでみるか?」

このままではどうにもならない、とアキトが攻撃を提案する。

「…確かに。何もしないで失敗するよりは行動して失敗した方が納得できますからね」

「よし、なら決まりだ。俺、アキト、海人の順で行くぞ」

「「了解」」

透真達三人が行動する事を決定し、実行に移そうとした瞬間、

――ブン!

対峙していた赤い機体のカメラアイが鈍く輝き、そちらも行動を開始した。

『…このラナンキュラスに向かって来るか…。ならば!!』

「むっ?」

グォォオン! ――ガシャン!!

ラナンキュラスという名称らしい機体が、背中に背負っていた二つの筒らしき物をグルリと半回転させ、まるでブルーサレナがグラビティ・キャノンを構えるような形になった。

…両筒の先端部が尖っているのが気になる。

「? キャノン――いや、ミサイルか?」

「…待て、まだ続きがあるようだぞ」

ジャキッ! ジャキィン!!

両腕を十字に交差させると、両筒の先端部――いや、二つの筒そのものを両腕に装着し、その両腕を腰の辺りにまで持って来るラナンキュラス。

グオン!!

そしてパーツを装着した両腕をまるでアッパーカットのように上げ、

…ギュィィイイイイイイィィイイイィイイインンン!!

その両腕の“尖った先端部”を盛大に回転させ始める。

「げっ!!? お、おい、ちょっとそれは――!!」

“それ”がどういう武器なのか察した透真が何かを言いかけるが、その間にも、

バチッ! バチバチッ!!

両腕の先端部から放電が起こり、

『――ドリルブレイクフィスト!!!』


そして、

ズドドォォォォオオォォォォオオンン!!!

問答無用で発射された。

ギュォォォオオオオンン!!

回転しながら向かって来るドリル付きの右腕と左腕。その標的は、三体の中で多少突出していた黄金と漆黒である。

「チィッ!!」

バッ!

ゴールドサレナはとっさに腰に装備されているDFSを抜き、真紅に輝く刃を発生させ、

ギイィン……ッ!!

「ぐぉ…っ!」

それを盾代わりにして、火花を散らせつつ何とか横に捌く。……真正面から受け止めていたら、パワー負けはしないまでも受け流すより疲れていた事は間違い無いだろう。

一方、ブラックサレナは、

「くっ!!」

ブオォン!!

両肩のスラスター――月攻略戦の際に取り付けた――を起動させ、

ギュウゥン!

クルクルと風車のように素早く横に回転し、迫り来る危険物を回避した。

――このブラックサレナが行った一連の動作が、“傀儡舞”の基本である。

“風車のように素早く回転”する動作を一方向にだけではなく上下左右前後あらゆる方向に向けて、そしてそれを連続して小刻みに使用する事により単に攻撃を回避するだけではなく、相手を撹乱する効果を狙う。

……元は北辰が考案した技法であるが、それに関してはまた別の機会に触れよう。

「くそっ! 滅茶苦茶な攻撃を…!!」

透真が体勢を立て直しつつ文句を吐く。

「……何故、ドリルなんだろうな?」

ボソッと呟くアキト。それを聞いた海人がいち早く反応し、

「やれやれ、浪漫を理解できない人間はこれだから困りますねぇ」

と、どこか馬鹿にしたような口調でアキトに言った。

「何だ、そりゃ」

「分からない人は無理して付いて来なくてもいいって事です。……しかし、なかなか怖い武器ですね、アレ」

「…ああ、DFSでも捌くのがやっととはな…」

透真の頬を、汗が一筋ほど流れる。

ヒュウゥー……ン ガシャンッ

三人が会話をしている間に、ラナンキュラスの腕があるべき位置へと返って来た。

バシュッ

そしてドリルを両腕に取り付けた動作とは逆の動作を行い、ドリルを両肩へと戻す。

『……傀儡舞、か……。どうやら本格的に狂い始めてきた様だな、この世界も』

呟くエンプティネス。

その言葉にアキトが反応した。

「何? 貴様、なぜ傀儡舞の事を知っている?」

この動きを実戦で使うのは、これが最初のはずである。まさか、シミュレータにハッキングをしたとでも言うのだろうか。

『…それを貴様等に教える義理は無い』

厳格な口調でそう答えるエンプティネス。一方の海人と透真は、

(まあ、あちらは少なくとも僕達と同程度には“記録”の事を知ってるでしょうからね…)

(“あっち”のアキトの宿敵が使ってた技を知ってても不思議は無いよなぁ。…俺達も知ってたし)

と、推理していた。

「チッ、だったら死なない程度に痛めつけてから聞き出すまで――?」

アキトがセリフの途中で異変に気付き、その発音が妙なものに変わる。

「どうしたアキト、発音が変だぞ」

「訛りか何かですか?」

「違う、ナナフシを見てみろ!」

ピントのずれた二人の意見をサラッと流し、ナナフシへと注意を促すアキト。

「?」

「一体、何が……」

そうして三人揃ってナナフシを見ると、

バチッ! バチィッ! バチバチバチバチッ!!

「? 何だありゃ?」

そこには少しずつエネルギーを放出しているナナフシの様子が見て取れた。…しかも、どうやら時間が経つに連れてエネルギーの放出量が増大しているようである。

バチバチッ!! バチッ! バチッ! バチバチィッ!!

瞬く間に、洒落にならない量まで放出量が増大した。

その周囲には、三機のシルフィウムがナナフシを取り囲むように位置している。

「おい、海人! アレは…!?」

こういう科学的な現象は専門家に尋ねるのが一番、という事で、海人に尋ねる透真。

「…おそらく、生成中のマイクロブラックホールのエネルギーでしょう。あくまで推測の域を出ませんが、彼ら三人はマシンセルを大量にナナフシに散布――注入と言うべきでしょうかね――する事により、ナナフシの制御を可能にしたんでしょうね」

「ならば、何故エネルギーを吐き出す必要がある? そのままエネルギーを溜めて撃ち出せば――」

海人の仮説を聞き、アキトが疑問を投げかけるが、確かにそうするのが普通である。…そんな事をやられると、非常に困るのだが。

「一度、全てを吐き出した方が制御しやすいからでしょう。分解して内部構造を調べるにしても、中に生成中のマイクロブラックホールが存在していれば持ち運ぶ事すら困難ですしね」

バチッ!! バチバチッ! バチィッ……

ほどなくして、ナナフシのエネルギー放出は停止する。

『ハァ、ハァ……。やれやれ…ようやく、止まったか…』

『さすがに、マシンセルを全体の三割も使用すると、堪えるねぇ…』

『クッ、ククッ、クッ……。…だが、これでナナフシは僕達の制御下に置く事ができた…。後は、これを……』

息切れをしつつも、ある種の達成感を感じさせる会話を行うマシンナリーチルドレン。そして、

ボオォォォ……

通常のものより若干光量は少ないが、ボソンジャンプ時に発生するものと同質の光が三機のシルフィウムとナナフシを包み込む。

「おいおい、ロクに話もしない内に帰る気かよ?」

『…生憎、いちいち貴様等に構っていられるほど我々も暇ではないのでな』

リグレットと大した戦闘もせずに終わってしまう事に、心のどこかで落胆する透真。…本来ならば喜ぶべき事態なのだろうが、どうも素直に喜べない。

『クク…、心配しなくても、君達の始末はエンプティネスが付けてくれるさ…。…ドリルブレイクフィストだけがラナンキュラスの武器だとは思わないことだねぇ…』

「ご忠告どうも。…で、あなた達はナナフシを一体何に使うつもりなんですか?」

『おや、言ってなかったかい? 僕達の最大の目的――人類を滅ぼす事。そのためには利用できる物は全て利用し、いかなる犠牲も厭わない…』

(? …確かにナナフシは強力な兵器ですが、いくら何でも人類を滅ぼすほどでは…?)

海人はカルマの言葉を聞き、思考を巡らせる。…しかしヒントが断片的過ぎるため、結論に辿り着くには程遠いようだ。

『…死ぬなよ、テンカワ アキト』

「………何?」

グラッジの口から出たセリフに、自分の耳を疑うアキト。

『お前を殺すのは、僕の役目だからな…』

「………なるほど」

納得できるような、できないような。微妙というか複雑というか、とにかく妙な気分のアキトだった。

『…では、さらばだ、イレギュラー』

『次に会ったその時には――』

『――決着を付けよう』

ボオオオォォォォォ………シュン!

そして、ナナフシと共にボソンジャンプで消えるマシンナリーチルドレン達。

「…で? お前は撤退しないのか?」

透真は残されたエンプティネスにそう尋ねる。

『…マシンナリーチルドレンは任務を果たし、そして帰還しただけだ。そして、私はまだ任務を果たしていない』

「任務だと?」

『そう、任務だ。よって――』

アキトの言葉に答えると、エンプティネスはラナンキュラスを操作して何かの構えをとらせた。

右手を突き出しているがその手は握られておらず、目に見えない何かを掴むような手の形になっている。

「――っ」

「………」

「チッ!」

その動作に何か得体の知れない物を感じ取った透真、海人、アキトの三人が、何が起きても良いようにこちらも機体を構えさせる。

『――任務を遂行する』

バチンッ!

エンプティネスの言葉と共に、ラナンキュラスの左肩に付いていたパーツが火花を散らして外れる(透真達はただの装飾だと思っていたので驚いたが)。

バッ! バリバリッ! バリッ!

そして突き出した右腕から赤いプラズマのような物を放出して肩パーツに当てさせたかと思うと、まるで赤いプラズマに導かれるようにして肩パーツがラナンキュラスの眼前へと移動した。

…よく見ると移動する過程で肩パーツの形が変わっているのだが、さすがにその事に気付く者はいなかった。

ブゥゥン……

突き出した右手の少し上で停止する肩パーツ。そのまま一瞬静止したかと思うと、

ジャキィンッ!!

いきなり肩パーツから長い棒――いや、柄と言うべきか――が飛び出し、肩パーツはまるで三又の槍のように変わる。

ガッ!

その柄を掴むエンプティネス。

「…どうやら、あの槍で攻撃をするようですね」

呟く海人。…と言うか、アレを攻撃に使う事は誰にでも分かりそうであるが。

「槍、ねぇ…。手に持つ部分が少し刃に近すぎる気がするような…」

透真が怪訝な顔でラナンキュラスの持つ武器を観察するが、

「自分からリーチを短くしてくれるんだ、別に構わんだろう」

「まあ、な」

アキトの意見を聞いて取りあえず納得する。

「…よし、毎度毎度受けに回ってちゃ勝てる物も勝てん。先手必勝って事でとにかく攻撃してみよう。前衛は俺で行く。二人共バックアップを頼むぞ」

「「了解」」

バシュンッ!

飛び出すゴールドサレナ。今度は生半可な事では止まりそうにはない。

「はぁっ!」

ヴン!!

金の機体の右手に持つDFSに、真紅の刃が生じる。

『………行くぞ!!』

ブゥオン!!

一方のラナンキュラスも右手に持つ武器を振り回して構え、

『ぬぅうおおおぉぉおおおおおぉぉぉぉ!!!』

グォォォオオオオ!!

雄叫びと共に、その機体を加速させる。

と、同時に、ラナンキュラスの武器に異変が生じた。

ギュウゥゥゥウウウウゥゥンンン!!

槍だと思われていた部分から突如としてエネルギーの奔流が起こり、それが徐々に形を成していく。

ウゥウゥゥゥンン……!

エネルギーの放出が静まると、そこには“あるモノ”が存在していた。

「うげっ!!?」

「はあ!!?」

「…何だ!!?」

(…アレって“槍”じゃなくて“柄”だったのかよ!! だが、いくらなんでも――)

そこにあったのは、刀。いや、諸刃だから剣だろうか。…しかし剣にしても刀にしても、その刃が大きい。大きすぎる。先程まで槍だと思っていた物(柄)よりも大きい。

柄も含めると、その武器の全長は柄も含めてラナンキュラスの約三倍はある。

ラナンキュラスのサイズがディモルの約二倍という事からも、その質量の膨大さが窺えよう。

少なくとも、“槍”ではないことは明白である。

『おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおお!!! 一刀ぉ!!!』

ブン!!

「くそっ!!」

巨大な武器を振りかぶるラナンキュラスを見て、一瞬、透真の脳裏に“後退”という考えがよぎったが、ここまで接近してしまった状態で下手に回避行動を取ってしまうと逆にやられてしまう可能性が大きい。よって、

(…攻撃は最大の防御、か!)

「出力最大ぃ!!!」

ギュゥゥゥゥゥンン!!

その刃の輝きを増大させ、迫り来る脅威を迎え撃つ事を決心する透真。…バーストモードを使っている時間が無いため、出力を最大にして補う事にしたようだ。

『両おおぉ断ん!!!!』

「斬!!!」

――そして、刃と刃が激突する。

ドガガガガアアアアアアァァァアアアンンン!!!!!

「うわっ!!?」

「くうぅっ!!」

激突の際に生じた衝撃波に巻き込まれる形となったブルーサレナとブラックサレナは慌てて姿勢制御を行い、その場から弾き飛ばされないように耐える。

その一方で衝撃波の中心にいる二つの機体は、

ガガガガガガガガ!!!

「ぐうううぅぅぅ!!」

『おおおおおぉぉぉぉ!!』

すでに機動兵器のレベルを遥かに超えた量のエネルギーをぶつけ合っていた。

ピピッ

「くっ!?」

『警告。現在の出力をこれ以上継続すると、機体が損壊する危険性があります』

親切にもウインドウが警告してくれたが、“現在の出力”よりも下げてしまうと損壊どころか全壊してしまう危険性があるのだ。

しかし………、

――ピシィッ!

「何っ!!?」

轟音が轟く中で、何かがひび割れる音が透真の耳に入った。嫌な音だ。

機体が衝撃に耐え切れなくなってしまったか、と思ったが、機体自体はまだ大丈夫なようだ。と、すると――、

ピシッ、ピシィィッ!!

「耐え切れなくなったのは“こっちの方”かよ、クソッ!!」

バチイィッ!!

過負荷によって至る所が損傷したDFSが、火花を放って悲鳴を上げる。

この状態で武器の耐久度がゼロになってしまうと、即、死に繋がってしまう。

そこへ追い討ちをかけるように、ラナンキュラスがパワーを上げた。

『はあぁっ!!』

ドオオオォォンンッ!!

「ぐわぁっ!!?」

もはや完全に“防御”の立場に立たされてしまったゴールドサレナ。このままでは押し切られてしまうのは時間の問題である。ヤバい。マズい。何とかしなくては。

……だが、どうやって?

「ぐうぅっ…!」

ここ数年無かった“弱気な考え”が透真の脳裏を掠めた。その瞬間、

『我が斬艦刀に断てぬもの……無し!!! ぬおおおおぉぉぉぉおおお!!!!』

(くっ、イチかバチか!!)

とっさに――本当にとっさに考え付いたアイディアだが、実行しないで死ぬよりは実行して死んだ方が幾分かマシだろう。

バッ!!

ゴールドサレナはまずDFSを――刃を出したままで――手放し、

ギュオォン!!

ブースターを限界まで酷使してその場から離脱する。

透真の考え付いたアイディアとは、それだけだった。

ズドオオォォンン!!!!!

そしてラナンキュラスの持つ巨大な剣――斬艦刀が振り下ろされ、轟音と爆炎、そして土煙が周囲の空間を包み込む。

「なっ、透真!? …おい、海人!!」

その様子をただ見ている事しか出来なかったアキトが、焦った様子で海人を呼ぶ。…ブルーサレナは長距離戦用の機体のため、索敵や探索能力が高いのだ。

「少し待ってください! 今、捜してます!!」

海人も必死な様子でゴールドサレナの反応を捜す。…しかし、いない。

見つけられない。

(くっ! どこに…!?)

DFSと斬艦刀がぶつかり合った時に生じたエネルギーの放出の影響か、とにかくレーダーの調子が悪い。これでは透真どころかラナンキュラスですら捕捉出来るかどうか……。

などと海人が考えていると、

『………浅かった、か』

と、エンプティネスの呟きが通信機越しに聞こえてきた。

この状況で『浅い』などというセリフを吐くという事は、つまり――。

「…地面をこれだけ盛大に抉っておいて『浅い』は無えだろ、ったく」

海人とアキトの通信機に響く、相変わらずの軽い口調。

「透真! 無事だったか!!」

アキトが安堵と驚きの入り混じった声でその声の主に呼びかける。

「…それほど無事ってワケでもなくてね。サレナの左腕が丸々無くなっちまった」

土煙が晴れ、完全に視界が開けるようになったその空間には、地の底まで続いているのではないかと言う程深い亀裂、長大な剣を持った紅蓮の機体、そして片腕を失い至る所に傷を負いつつも、辛うじて亀裂の外側に存在する黄金の機体だった。

「……とにかく、合流するぞ」

「お、おう」

「了解です」

バシュッ

ゴールドサレナは多少よろめきつつもその場から飛翔し、黒と青のサレナも移動を開始する。…無論、ラナンキュラスへ多大な注意を払いながら。

しかしその間、ラナンキュラスは大した行動も起こさず、ただ斬艦刀を構え直すだけに留まった。

「? どうしてヤツは攻撃しないんだ? 絶好のチャンスだろうに」

アキトが疑問を口にするが、その疑問に透真が即座に答えた。

「多分、観察してるんだろう、俺達を」

「観察? どういう事です?」

「マシンナリーチルドレン共の任務は『ナナフシの回収』…。それだけだったら、別に無理してアイツが出て来る必要は無いんだよ。他にも俺達を足止めするための策はいくらでもあるだろうからな。おそらくエンプティネスに課せられた任務は『俺達の戦力分析・及びどの程度まで脅威となり得るか判断する』っトコか。だから、じっくりゆっくり吟味する必要があるって事なんだろ」

「…吟味している最中に噛み砕かれてしまっては、たまりませんがね」

透真の推論に感心しつつ、冷汗を流す海人。

「砕かれないためにも、取りあえずは作戦を立てる必要があるな。…で、さっきの激突で分かった事はあるか?」

透真が海人に訊く。

「ええ。DFSと斬艦刀のつばぜり合いを観察して、斬艦刀について分かった事が二つあります。まず、斬艦刀は十中八九、超高密度のディストーションフィールドに覆われていますね。でなければDFSを受け止める事の説明が付きません。第二に、あの武器の構成物質はマシンセルである、という事。あの巨大な刃が出現する時のエネルギーの放出はマシンセルが急激に増殖する際の余剰エネルギーである、と推察されます」

「弱点はあるのか?」

最も知りたい事をアキトが尋ねる。

「見当たりませんね。マシンセルで構成された剣をフィールドで包む――単純ですが、それだけに穴が無い。DFSですら打ち負けてしまったんですから、普通に破壊するためにはかなりの根気が必要となるでしょう」

「…長々と解説してもらって悪いんだが、敵の強大さを再確認しただけなんじゃないのか?」

こめかみに人差し指を当て、顔面の筋肉をヒクつかせながらアキトがどことなく震えた声で訊く。

「ああ、そうとも言えますね」

サラッと答える海人。

「アホか、貴様は!! 攻略法が分からなかったら観察した意味が無いだろうが!!」

その海人の言葉にアキトが激昂するが、

「…観察もせずに、ただ“成り行きを見守るだけ”だった人に言われたくないですねぇ」

「うっ…」

海人の言葉によって一気に消沈してしまう。何も出来なかったことに、多少なりとも責任を感じているのだろうか。

「……ま、それはともかく、どうします?」

海人が透真に問いかける。このような時に作戦を立てるのは主に透真の仕事だ。

「…お前の話を総合するに、あの斬艦刀とやらは、ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしないって事になるな」

「ええ、まあ」

「だったら“ちょっとやそっと”以上の攻撃をすればいい。それだけの事だ」

「…結局は力押しか」

呆れた口調で言うアキトだったが、その顔はどことなく微笑んでいるようにも見える。

「単純な武器には単純な手で、な。…さて、今回はお前らにも働いてもらうぞ」







あとがき(簡易版)



…この話ではパート分けする予定は無かったんですけどねぇ…。

書いてる内に書きたい事が次々と湧き上がってくるなんて……不思議な事もあるもんです。

ちなみにコレだけは言っておきますが、私は“参式”より“ス○ードゲ○ミル”の方がカッコ良いと思います。





…一番はダイ○ミッ○・ゼネ○ル・ガー○ィア○ですが。





 

代理人の感想

ああ、やっぱり(笑)。

しかし「ラナンキュラス」というネーミングはねぇ・・・・マシュランボーのラスボスみたいだ(爆)。

 

それにしても相変わらずナデシコは活躍しないこと。