機動戦艦ナデシコ
The Triple Impact
第十三話 激戦の行方
「ゴールドサレナ、出るぞ!!」
「ブルーサレナ、出ます」
「…ディモルフォセカ、出る!」
「ヒカル、イズミ! 行くぞ!!」
「エステバリス隊、発進!!」
それぞれの戦艦から現れる、色とりどりの機動兵器たち。…誰かを忘れている気がするが、おそらく気のせいであろう。
「それにしても……副長」
「なんです?」
リョーコが何となく言いづらそうに海人に話しかける。
「いくらなんでも、ちょっと重武装すぎねぇか、それ?」
「そうですかね?」
言われて改めて機体の状況を確認する。
ブルーサレナは機体そのものは全く変わっていないのだが、いわゆる追加武装によってほとんど別の機体と言っていいほどにその印象を変化させていた。
まず、大きなキャノン砲が左右の肩に一門ずつ上向きに取り付けられていた。普通の機体だったらアンバランスで不恰好なのだろうが、サレナタイプ特有の大きな肩アーマーのおかげか不思議と馴染んで見える。
次に、そのキャノンよりもさらに一回り大きいバズーカ砲を右手に携えていた。これもまた、えらく重そうで扱いづらそうなのだが、サレナのフォルムが武骨なために結構似合っている。
さらにお馴染みのスナイパーライフルを、引き金を中心とした部分と砲身を中心とした部分の二つに分けて背中に携帯。この二つの連結はかなり簡単に行えるように設計しているため、このように持ち運ぶことも可能なのだ。
まさに完全武装。砲戦フレームなんぞ問題にならない重武装である。接近戦に極端に弱いような気もするが、この際それには目をつぶっておこう。もともとブルーサレナは後方支援型なのだ。
ちなみに透真が考えたサレナ三機による基本的な戦闘パターンは、まずブルーが遠距離攻撃をして敵がひるんだ隙に、ブラックで撹乱や牽制ついでに目標を痛めつけ、そこにゴールドが止めを刺すというものだった。しかしダイアンサス出航の前にシュミレーターで試してみた所、それぞれの機体の性能が当初の予定よりも高くなりすぎてしまったため、最初のブルーの遠距離攻撃の段階で敵がやられてしまうケースが続出してしまった。
辛うじてブルーの攻撃を生き延びた幸運な艦隊(あくまでシュミレーターだが)も、続いて襲い掛かってくるブラックの容赦ない攻撃の前に沈黙。これでは自分はやることがない、と透真が不満を漏らしたために、サレナタイプは基本的にバラバラに行動することになったのである。
「いいじゃないですか、僕って戦闘じゃそんなに目立ってないし」
「いや、十分目立ってると思うけど…」
「いえいえ、八面六臂の大活躍には程遠いですよ」
「…何事もやりすぎはよくないぞ」
アキトががリョーコと海人の会話に割り込んでくる。
「あなたにだけは言われたくないですね。虎牙連弾なんて大技を使ったくせに」
「ああしなければ俺がやられていたからな、妥当な判断だったと思うが?」
「そのせいでブラックサレナを使えなくなったんだから、世話ないですね」
「そうだな。設計者がバーストモードをもっと完璧に仕上げていてくれれば、俺のディモルフォセカは今頃サレナユニットを取り付けていたかもしれん」
「おやおや、ロクにテストもしていない機能をぶっつけ本番で使って、機体に負担をかけまくる技をためらいなく使った人が言うセリフですか?」
「…あのマシンナリーチルドレンどもが撤退していったのは誰のおかげだったかな? たしか青い機体に乗った誰かさんは、相手に大したダメージを与えられずに終わったような気がするな」
「そう言えば黒い機体に乗った誰かさんは、機体が使えなくなるほど出力を上げた状態で大技を使ったのに、相手を仕留め損なったんでしたっけ?」
険悪な雰囲気が二人の間を徐々に満たしていく。そして限界まで膨らんだ風船が破裂するように、二人の感情も破裂した。
「何だとマッドサイエンティスト!!」
「マッドサイエンティストとは何ですか!! 研究熱心と言ってください!!」
「ロクに食事も睡眠もとらずに部屋に閉じこもって延々と研究を続ける人間がマッドじゃなければ何だ? 是非教えてほしいね!」
「戦うことと料理することしか能のない人に言われたくないですね!!」
「ハッ! 生活能力ゼロの男が何を言う!? 卵を割ることもできないくせに!!」
「卵を割れる割れないで人間の価値を決めてほしくないですねぇ! それに僕はナイフの扱いには少々自信がありますよ!?」
「お前のナイフの使い道は人間相手に投げるか刺すか斬るかだろうが! この記憶喪失野郎!!」
「何ですって!? この黒いマントに黒バイザーが普段着の悪趣味男が!!」
もはや売り言葉に買い言葉状態である。
こういう口喧嘩は基本的にお互いの傷口を広げ合うだけなのだが、それに気付く人間はそんなにいない。と言うか、喧嘩するような精神状態でそんなことを気にする人間はいないのである。
「お前がそんなんだからハーリーの性格が捻くれるんだよ!!」
「それはこっちのセリフです! あーあ、ラピスも可哀想ですね、こんな男に育てられたせいで社交的とは程遠い性格になってしまって!!」
「ふざけるな!! ラピスの世話を俺に任せたのはお前だろうが!!」
「その提案を引き受けたのはあなたでしょう!! 責任転嫁も大概にしてほしいですね!!」
「あーだ!!」
「こーだ!!」
「そーだ!!」
「どーだ!!」
不毛な言い争いは続く。しかし、ここ最近の不機嫌に加えて段々と低レベル化していく親友同士の口喧嘩に堪忍袋の緒がブチ切れ寸前――いや、すでに切れている男が遂に口を開いた。
「いい加減にしろ!! ガキか、貴様ら!!!?」
「「うっ…」」
突然の透真の怒鳴り声に、萎縮してしまう二人。さながら喧嘩を大人に止められた子供のようだ。
「これから戦闘だってのに下らんことで言い争ってるんじゃねぇ!! 鬱憤だったら戦闘で晴らしやがれ!!!」
「い、いや、別に鬱憤が溜まって言い争ったわけでもないのだが…」
「そ、そうですよ。お互いに言いあった結果、引っ込みがつかなくなっただけで…」
「大して変わらんわ!! いや、どっちかと言うとお前らの方がタチが悪いくらいだ!!」
体のあちこちから黄金の光を発しながら、透真が二人を叱り飛ばす。このまま順調にいったら、アサルトピットは粉々に粉砕されてしまうであろう。
ちなみに機動兵器のウインドウ通信は主に顔の部分のみを映している為、ウインドウを見ている他のメンバーは透真から立ち上る『昂気』を、目の錯覚かウインドウの不調程度にしか思っていなかった。――約一名を除いて。
「大人気ないわね、『昂気』まで使って怒るなんて」
「…ルチルちゃん、『こうき』って何?」
「ん? …あー、そうですね。言っても多分信じないだろうから、言うのやめときます」
「そう言われると、かえって気になるわねぇ…」
ルチルは教えてくれそうにないのでハーリーに聞き直そうとするミナトだったが、そこでハーリーの様子がおかしいのに気付いた。いや、よく見てみるとラピスの様子も変だ。
「ど、どうしたの、ハリラピ?」
「…フフフ、アキトさんが僕のことをどう思ってるのかがよーく分かりましたよ…。アルファ、アキトさんの部屋にあるレシピのデータを手の込んでる順から十個ほど消去して。…いいんだよ、ちょぉーーっとお灸を据えてあげるだけだから」
「ダッシュ、海人の部屋にある設計図のデータを七割抹消。…将来的に戦力が低下する可能性がある? …そんなの無視。三割も残してやるんだから、むしろ感謝して。…防御プログラムを崩すのが面倒くさい? 五月蝿い。私がやれって言ったらやるの」
マシンチャイルド流のやり方で嫌がらせをするハリラピ。非情に陰険に見えなくもないが、彼らはこのような間接的な方法によるささやかな方法でしか仕返しできないのだ。
「ガキねえ、二人とも。ま、六歳なんだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど」
「…ルチルちゃんって何歳だっけ?」
「九歳ですけど?」
「あ、そう…。ところで、なんで副長もアキト君もあんなにビクビクしてるの?」
「ああ、それは透真を怒らせるとシャレにならない事態になるからですよ」
「シャレにならないって、具体的にどういう…?」
「私も実際に見たことはないから詳しくは知らないんですけど、アキトと海人から聞いた話によると、生身で機動兵器分隊を上回る実力を発揮するとか、バッタを十機くらいまとめてバラバラにしたことがある、とか」
「それって、人間の限界を軽く上回っちゃってるんじゃ…?」
「私もそう思います。でもそんな化物に武術を教わってる私も、どうかと思いますけどね」
信じられない、といった様子をしているミナトに、ルチルはこれまたとんでもないことを口走る。
「え? ルチルちゃん、艦長に武術なんて教わってるの?」
「ええ。『暇つぶしだ』とか何とか言ってましたけど、結構熱入ってましたね。でも案外面白いですよ? だんだんと強くなっていく実感って言うか何て言うか」
(うーん…つまり、師匠と弟子ってこと? つまり…)
――ミナトの想像 その一――
「ルチル!! この馬鹿弟子がああぁぁぁぁ!!!」
「師匠おおぉぉぉぉ!!!」
「…ミナトさん、今もの凄く失礼なこと考えませんでした?」
「え? や、やだなぁルチルちゃん。何を根拠にそんな荒唐無稽なことを…」
「…苦笑いしながら透真が映ってるウインドウと私を見比べてましたけど?」
「き、気のせいよ、気のせい。あ、そうだ、ハリラピは副長とアキト君に何か教わってないの?」
図星を指されているだけに、少々強引に話題の方向を変えるミナト。ルチルはそんなミナトの様子を不服に思いつつも、彼女の質問に答え始めた。
「ハーリーは確か…ナイフでしたっけ」
「な、ナイフ?」
(ちょっと想像しづら…くもないかな、この様子を見ると)
不気味に笑いながらアキトのレシピを消去していくハーリーを見て、そう結論づけるミナト。
「ええ、ダーツの要領で。それでラピスは…」
「あ、わかった、料理でしょう。さっきも副長がアキト君に『戦うことと料理することしか能がない』とか言ってたし。どう、正解でしょ?」
「いや、料理じゃなくてもう一つの方です」
「…え? つまり戦いの方ってこと?と、すると…」
――ミナトの想像 その二――
「アキト!!!」
「ラピス!! 明鏡止水の心だ、忘れるな!!!」
「さ、さすがにコレはちょっとムリがある気が…」
「…なに考えてるのか知りませんけど、格闘系じゃないですよ」
「そ、そうなの? じゃあ一体何を…」
「銃です。ラピスは力が無いから反動が少ない小型のタイプを使ってたけど、それでもやっぱり体にかかる負荷は大きいらしくて電気銃にしたらしいですけど」
「…ちょ、ちょっとヤバくない? それ…」
「そうですかね? ラピスから聞いた話によると――」
射撃練習場で、アキトの隣でラピスが銃を両手で握っている。そして十メートルほど離れた的に向かって、発砲。
パン!
小型と言っても、やはり六歳の子供には銃の反動は大きい。ラピスの両腕は発砲の反動によって、さながら万歳をしているようになってしまった。そして円が描かれた長方形の紙の端にラピスが放った弾丸が一つだけ当たり、紙の一部を抉る。
「当たった…」
「…そういうセリフは、せめて円の中に当ててから言え。それに、アレは『当たった』と言うよりも『掠った』だ」
呆れたようにアキトが自分の銃を構え、片手で発砲する。
ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
アキトの放った弾丸は円の中央近くに全弾命中し、六つの小さな穴が集まって一つの大きな穴となった。
「…全弾命中させろとは言わんが、連発はできるようにしろ。『数撃ちゃ当たる』とも言うしな」
「どうやったら連発できるようになるの?」
「腕に力をつけるのが一番手っ取り早いんだが…。お前の年齢じゃ無理なトレーニングはかえって体を痛める危険があるからな。俺も銃を扱う訓練は十歳になる少し前くらいからだったし…」
考え込むアキト。本当は銃の扱いなどラピスに教えたくはないのだが、涙目で『教えて』と乞われて一旦それを引き受けてしまった以上、ラピスが納得いくまで教えなくてはならない。辛い所である。
「そうだな…、実弾である以上反動が出るのはどうしようもないし…。そうだ、反動が限りなくゼロに近い電気銃でも海人に作ってもらうか。それならお前の体にかかる負担も少なくて済む」
「…私、ホントはアキトと同じ銃を使いたいのに」
「無茶言うな。俺が使ってる銃をお前が使ったら脱臼どころか、最悪の場合は骨が砕ける可能性があるんだぞ。俺はお前に怪我をしてほしくない」
「…なら我慢する。でも、体が今より大きくなって、丈夫になったら…」
「ああ。その時はお前にちゃんと実弾の銃の撃ち方を教えてやるよ」
「うん、約束…」
保護者と被保護者がする約束ではないような気がするが、とにかくラピスはこれ以後、海人作成の電気銃を愛用するようになった。
「というわけで、ラピスはアキトに銃の使い方を教わってるんです」
「……」
絶句するミナト。この話から察するに、ラピスはアキトにベッタリで、アキトはラピスの懇願に非常に弱く、かつラピスのことを大切に思っていることは理解できた。だが、いくらなんでも銃の撃ち方を教えることはないのでは…。
(護身術にしてもちょっとやりすぎなような気がするし…。よし、決めた! ラピスちゃんの情操教育のためにも、私がラピスちゃんの面倒を見なくちゃ! この戦闘が終わったら、このことをアキト君に相談して…)
なにやら勝手に決意を固めるミナト。そうと決まると、ラピスに着せる服のことなどであれこれと空想したりする。
(うーん、ラピスちゃんにはやっぱりハデなのより落ち着いた感じの方が似合うかな? この際だから、いっそのこと髪形を変えてみるってのも手よね。あー、楽しみだわー!)
「…ミナトさん、どうかした?」
「え? な、何でもないわよ、ラピスちゃん」
海人への報復を終えたラピスが、自分のことをじぃっと見つめる視線に気付いてミナトの方を見る。それに慌てたミナトは、慌てて話題の方向転換を試みた。
「そ、そう言えば副長って記憶喪失なの?アキト君がそんなこと言ってたけど」
ピッ
『それは私も興味があるわね』
いきなりウインドウが現れて、イネスが会話に割り込んできた。
「な、なんでイネスさんが? って言うか、さっきまでの話を聞いてたんですか?」
ミナトがいきなりの出現に驚いて質問する。
『…女は多少の謎があった方が魅力的でしょ?』
「はあ…」
『そんなことより、海人君が記憶喪失って本当?』
「海人のことについては、透真とアキト以外ではハーリーが一番詳しいですよ。ハーリー、聞いてた?」
「一応はね」
ルチルに言われて、ハーリーが顔を上げた。
『で、詳しい話を聞きたいんだけど?』
「詳しい話って言っても、せいぜい『十歳以前の記憶がない』ってことと、『十歳って言うのも見かけそのくらいだったからそう決められた』ってことくらいしか知りませんよ」
『ふーん…中々興味深いわね…。ありがとう、参考になったわ』
ピッ
何だかよくわからないが、イネスは納得してくれたらしい。
「…何の参考?」
「さあ?」
「…そのことはひとまず置いとくとして、そろそろ透真たちが敵の交戦圏内に入るわよ。透真がいない状態では、一応私がこの艦の指揮をとるということをお忘れなく」
「了解、了解。では、気を引き締めて行きましょうか」
その割には会話に緊張感が感じられない。
しかし、ミナトは操舵、ハーリーは艦全体の管理、ラピスはディモルフォセカ隊及び(一応)ナデシコとエステバリス隊のチェック、ルチルは敵の情報の分析に索敵、加えて艦の指揮と、会話の軽さとは裏腹にかなり多忙だったりするのだ。
「…とにかく! これから戦闘だからこれ以上口うるさいことは言わんが、以後こういうことがあったらそれ相応の罰を受けてもらうからな!!」
「ば、罰って具体的に何だ?」
恐る恐るアキトが尋ねる。
「…お前の場合は、三日間の銃の使用禁止」
「何い!? そ、そんな殺生な!! 三日間も銃を使わなかったら、勘を取り戻すのに十日くらいかかるんだぞ!! 知らんのか!!?」
「知ってるから罰にするんだろうが。で、海人の場合は同じく三日間の研究禁止だ」
「なっ!? その三日間の間に素晴らしいアイデアが浮かんだらどうするんです!!? 大幅な戦力ダウンになってしまいますよ!!?」
「それはあくまで『将来的に』であって、現在の戦力がダウンするわけじゃないからな」
「この外道がぁ!!」
「…外道に育てられた奴に言われたくないぞ」
「人でなし! あなたには血も涙も無いんですか!!?」
「…何故たかが三日間の禁止でそこまで言われねばならんのだ?」
このままいくと何時間でも続きそうな勢いである。他のパイロットたちは例外なく呆気にとられているし、少なくとも機動兵器の操縦席で行うべき会話ではあるまい。しかしそんな会話の中に、果敢にも乱入者が現れた。
『ハイハイ。もうすぐ戦闘なんだから、そこまでにしときなさい。戦闘が終わったら議論なり口喧嘩なり好きにやっていいけど、士気にかかわるから今は控えてね』
その乱入者は黒髪金目の少女であった。
「しかしなルチル、艦長としてこういうことはキチンとしとかないと…」
『いい、透真?』
「な、何だ、いきなり改まって」
『罰とかお仕置きってのはね、それが実行されるまでは何なのか分からないから恐いの。初めから手の内を明かしたんじゃ、恐怖も半減するわ。この場合の最良の手段は、アキトに『罰って具体的に何だ?』と聞かれた時にバカ正直に答えるのではなく、『フッ、さあな』とでも言って恐怖心を煽るのがベストだったのよ。わかった?』
「…なるほど!」
「ルチル、指摘するポイントが違うぞ!」
『うっさいわね。元はと言えばアキト、あんたが海人とリョーコの会話に口を出したのがいけないんじゃない』
「いや、そういうことを言いたいんじゃなくて…」
「えーい、この話題はこれで終わり! とっとと戦闘を始めるぞ! 各自散開!!」
「「「「「「「りょ、りょうかーーい!」」」」」」」
透真がえらく強引に話題を終わらせる。その号令を聞いた他のパイロットたちは、『やっと終わったか』とか『あー面白かった』とか、様々な感想を抱きつつ、戦場へと向かっていった。
「…納得いかん」
「まったくです」
さっきまで喧嘩してたはずの二人も、ぶつくさ言いながら一緒に行動する。
「よし、行くか!!」
黄金の機体は最も遅れて戦闘体制に移行したにもかかわらず、合計九機の機体を次々と追い抜いて敵の真っ只中へと突撃していく。
ダイアンサスとナデシコ、二度目の共同作戦が始まった。
「みなさん、僕の前に出ないでください! 巻き添えを食いますよ!!」
海人の言葉と共にブルーサレナがバズーカを両手で構え、二つのキャノンの口が揃って正面を向く。
「ね、ねえ、アレってどのくらいの威力なの?」
ヒカルが多少の怯えを含んだ声で尋ねる。
「知るかよ、そんなもん。とにかく避難するぞ!」
予想がつかないため、とにかく避難しようという考えのリョーコ。ある意味では正しい考えである。
「だから、具体的にどの辺まで下がればいいのかってことだよ」
いくらとんでもない威力になることが予想されるとはいえ、下がりすぎはいけない。ギリギリの範囲まで下がって、嵐が過ぎ去った後に奇襲をかけるのがこの場合の正しい戦法であろう。そこへ、
『威力は最低でもチューリップ一つは破壊できるくらいですね。これから皆さんに被害を受ける予想範囲を送ります。地図上で赤くなってるエリアには入らないでくださいよ、死んじゃいますから』
ハーリーが軽い口調でとんでもないことを言いつつ通信を入れる。送られてきた地図にはブルーサレナに赤い細めの扇形がくっついており、その扇形の中にはチューリップが二つほど入っていた。
「…おいおい、チューリップを二つ同時にぶっ壊すつもりかよ…」
「たしか、戦艦のグラビティブラストでもチューリップ一つがせいぜいじゃなかったっけ…。それで最低…?」
「リョーコ、ヒカル、呆けてないで下がりな!」
呆気にとられているリョーコとヒカルに、イズミから警告の声がかかる。
「え、でも私たちの位置ならギリギリ大丈夫だよ?」
「そうそう、副長の攻撃で敵がひるんだ隙に、一気に仕掛けるんじゃねぇか」
「バカ! 『最低でも戦艦のグラビティブラスト並の威力』って言ってるんだから、その余波だってきっと半端じゃないよ! あんたたちの位置なら死にはしないだろうけど、戦闘…いや、行動不能くらいにはなる!!」
「…マジか?」
「冗談だったら、もっと気の利いたこと言うわよ!」
「だったら、戦術的後退〜〜!!」
「お、同じく!!」
かなり真剣に警告するイズミの姿を見て、慌てて下がるリョーコとヒカル。
同じ頃、ブルーサレナに搭載された合計三つの重力兵器から、バチバチと放電現象が起こり出した。
「エネルギー出力八十%…八十五…九十…」
作った本人にも理論上での威力しか推察できないほどの威力を持った兵器が、今まさに火を吹こうとしている。
「さて、どれほどのモノかね…」
「……」
透真は興味深げにブルーサレナを眺め、アキトは何となく面白そうに口元を歪める。
「エネルギー充填完了!! グラビティ・バスター・キャノン、グラビティ・バズーカ、一斉発射!!!」
その言葉を合図に、ブルーサレナの前方の空間が一瞬――そう、言われてようやく気付くほど一瞬だけ歪み…、
ズガアアァアアアァァァァァァァアァアアアアンン!!!!!
巨大な黒い横向きの滝が生まれた。
ブルーサレナの一斉発射によって生まれた余波はダイアンサスやナデシコを揺るがし、特にナデシコの面々に戦慄を覚えさせた。
「ぐっ…、地球を出る時にデルフィニウムに体当たりしたときくらいの揺れだね。ルリちゃん、チューリップはどうなった!?」
「は、はい、大規模な重力兵器の使用の影響で状況がつかみにくくなっていますが、すぐに回復すると…。こ、これは!!?」
状況がハッキリするや否や、ルリが驚愕の声を上げる。
「どうしたの!? 正確に報告して!!」
「チュ、チューリップ、二つとも…消滅してます…」
状況を正確に把握したいユリカに、ルリは震える声で報告する。
「…消滅? 破壊じゃなくて?」
「ま、間違いありません…。映像出します」
ピッ
「ウ、ウソ…!?」
「おいおい、ジョークにしちゃ少しばかり悪趣味すぎるぞ…」
真っ先にメグミとカミヤマが絶句する。
「ね、ねえ、ジュン君…」
「…なんだい、ユリカ?」
「…『アレ』は、何?」
…何と表現すればいいだろうか。彫刻刀で抉ったような――気が遠くなるほど巨大な円筒を強い力で押し当てたような痕が、そこにあった。
「…多分、ダイアンサスの副長が乗ってた――ブルーサレナだっけ? それがあの『新兵器』とかいうのを使った結果だと思う…けど…」
ウインドウを凝視しながら、ジュンが呟く。
「そう、だよ…ね。これをやったのって、戦艦じゃなくて……たった一機の機動兵器なんだ…」
実際に起こった出来事なのに、言葉にしてみると現実感が希薄に感じられる。
「ここまでの威力とは…」
ゴートが冷や汗を流しつつ、眉間に皺をよせながら呟く。…決して『え、ゴートいたんだ?』とか言ってはいけない。
「ごめんジュン君、私なんだか目眩がしてきた…」
「…大丈夫、僕もそうだから」
青い顔をしながら呟き合う二人。だが、ユリカは突然顔を上げると、
パァン!!
両手で自分の頬を思いっきり叩き、キッと正面を見た。
「メグちゃん、全艦及びエステバリス隊に通信繋げて!」
「ハ、ハイ!」
「皆さん!ただいまの現象について、色々とご意見ご感想があるとは思います! ですが、これは五つあったチューリップの内の二つを撃破した、それだけのことです!! まだチューリップは三つも残っています! 今は目の前の敵を倒して、無事に火星を脱出することだけを考えましょう!!! …ルリちゃん、グラビティブラストチャージして!!」
「相転移エンジンの出力が四割のため、チャージに通常の二・五倍の時間がかかってしまいますが…」
「構わないからやって!」
「…了解。グラビティブラスト、チャージ開始」
「『五つある内の二つを撃破しただけ』か。まあ、言われてみりゃ確かにそうだな」
「…ですね。あの青い機体の議論は後で偉い人たちに任せて、私たち現場の人間は現場でできることをしましょう!」
「うん、僕たちが今するべきことは呆然と立ち尽くすことじゃなくて、戦うことだ!」
(こういうことは私には無理ですね…。さすがユリカさん、と言った所ですか)
励まされたり感心したりしながら、自分の仕事へと戻って行くブリッジクルーたち。
そして、常にユリカの後ろで控えていたフクベも、ユリカの言葉に感心していた一人であった。
(フム…。さすがだな、艦長。沈みかけていたクルーの気持ちを一気に元の――いや、それ以上の状態に持って行ったか。これができれば、もう一人前の指揮官と言ってもいいだろう。しかしこうなってくると、もう本格的に私にやることが無くなってしまったな…。まあ、私など元々ただのお飾りみたいなものだが)
第一次火星会戦の英雄、フクベ ジン――。彼は、最初の内はこの火星で死ぬつもりであった。だが、何の因果かそのチャンスもタイミングも掴むことができずに、こうしてのうのうと生きている。
(最後に戦うことも、死ぬこともできずに終わる…か。悔いが残ると言えば残るが、私にはこうやって、無様に生き恥をさらしながら生き続けるのが最大の贖罪なのかもしれん…)
ウインドウの中で繰り広げられている戦闘を眺めながら、フクベはさらに黙考する。
(私が現役の頃と比べると、もはや戦闘のスタイル自体が変わってきている…。…これが時代の流れか、年寄りには激しすぎてこの変化は少し付いていけんな。そろそろ潮時か…)
フクベは、無事に地球に帰り着いたらこの艦を降りることを密かに決意した。
一方、プロスペクターは真剣にブルーサレナのことについて思考をめぐらせていた。
(…あまりにも強力すぎる。今は味方についているから大丈夫でしょうが、もし彼らが我々に対して牙を向くようなことが…。考えたくもありませんな、クリムゾンや明日香など問題にならないほどの脅威です。ここは早急に手を組んだほうが得策ですか…。会長はともかくエリナさんは岩みたいに強情ですから、これは説得するのに骨が折れそうですねぇ…)
早くも地球に戻ってからの苦労を考え始めるプロス。彼はこの戦闘の間、ずっと『どうやってエリナを納得させる妥協案を考え出すか』について頭を悩ませることとなるのだが、それはまた、別の話。
「…さすがだな、ミスマル ユリカ。俺だったら、ああはいかんだろうなぁ…」
チューリップから無尽蔵に出現する敵戦艦を片っ端から潰しながら、透真が呟く。先程のナデシコ内でのやりとりは、全周囲で戦場に響き渡っていた。
「艦長としての資質はユリカの方が上、か?」
アキトがウジャウジャと襲いかかる無人兵器を蹴散らしつつ、透真と話す。
「かもしれん。ああいう奮い立たせ方は俺にはムリだ」
「お前には、お前のやり方があるだろうさ」
その言葉を聞いた透真が、ガックリと肩を落とす。
「…どうした、一体?」
「…いや、お前に励まされるようになっちゃ、お終いだなって…。俺ももう二十三だしなぁ、若くないし…。ヤキが回ったかね?」
そんなことを言いつつ、敵を掃討するのは忘れない。
「透真、お前イラついてるんじゃなかったか? それでよくそんな気の利いた言い回しができるな?」
「イラついてるからこそ、皮肉の一つも言いたくなるってもんさ」
「…始めて会ったときから思ってたんだが、その性格は直した方がいいぞ」
「直すつもりなんぞ、塵ほども無いのが現状だな」
「…やれやれ、俺はいい友人を持ったようだ」
「お褒めにあずかり、恐悦至極…」
ここが戦場であるということなど、思わず忘れてしまいそうな会話である。
そんな二人とは対照的に、他の面々は結構ハードな状態に陥っていた。
ズガガガガガガガァァン!!
「何であの二人はこんな状況で、あんな会話ができるんだあ!!?」
チュドドドオオオォォォン!!
「知らないよ、そんなのぉ!!」
ドグアアアァァァァァァン!!
「通信してる時に別の通信が混ざって混乱すること〜、それは混線〜〜♪ 今のこの状態は混戦〜〜♪」
「オメーはシリアスとギャグの差が激しすぎんだよ!!!」
「でも、常にシリアスなイズミちゃんも恐いかも…」
透真とアキトに比べると切羽詰まっているが、会話をしているくらいの余裕があれば心配はいらないだろう。
一方、エステバリス隊はと言うと、
「『エステバリス隊』って一くくりにするなああぁぁぁぁ!! 俺にはちゃんと『スドウ ハヤト』って立派な名前があるんじゃああああ!!!」
「ハヤト、誰に向かって喋ってるんだよ…?」
「気にするな、シンヤ!」
ナデシコを守りつつ、コツコツと敵を倒していく四機のエステバリス。
エステバリス隊のメンバーは総勢四人。その内の二人、謎の主張をしたのがリーダー的存在のスドウ ハヤトで、それにツッコんだのがアカイ シンヤである。
「…喋ってる暇があったら、目の前の敵に集中しろ」
「そ〜そ〜、気を抜いちゃったら、その瞬間に死んじゃうよ〜〜」
冷静に二人に話しかけたのがサクライ トオルで、『お前が一番気を抜いてるだろ』と思わず言いたくなってしまう発言をしたのがコウサカ イサオ。以上が、ナデシコの盾であり剣でもあるエステバリス隊のメンバーである。
グワアアアァァァァァァァン!!
ドゴゴゴゴゴゴゴオオォォォン!!
ズドン! ドン! ドン! ドン!
バババババババ…
カルマにアッサリとやられたとは言え、さすがにプロスにスカウトされただけのことはあり、機体の性能を抜きにすれば間違いなくリョーコたち並の実力だ。
そんな感じでディモルフォセカ隊とエステバリス隊が自分たちの戦艦の防衛に専念していると、突然、
『みんな、ダイアンサスの前からどいて! グラビティブラスト、発射ぁ!!』
カッ! ズドドドドドドドドドオオォォォォン…
ルチルの声と共に黒い閃光が戦場を貫き、残り三つあったチューリップの一つを破壊した。
「う〜ん、やっぱり、さっきの青い機体の一発と比べると見劣りするな〜〜」
ダイアンサスから発射されたグラビティブラストがチューリップを撃破する光景を眺めながら、間延びした口調でイサオが呟く。
「…アレの話は、少なくともこの戦闘の間はしないでくれ。気分が滅入る」
げんなりした様子でイサオに返すトオル。
「でもよ、ウチのグラビティブラストはまだなのか? いくらダイアンサスの方が性能が高いからって、そう明確に差があるワケじゃないんだろ?」
ダイアンサスからグラビティブラストが発射されたのを見て、思い出したかのようにハヤトが言う。
「ハヤト、ナデシコは相転移エンジンの具合が悪いから、グラビティブラストのチャージに時間がかかるって言ってただろ?」
「あ、そう言やそうだったっけ」
シンヤに言われて納得するハヤト。彼らはそんな会話をしつつも、多少は楽になった戦況の中でしっかりと敵を蹴散らし続けていた。
「よしっ。順調、順調。このまま行ったら勝利は確定、火星とはおさらばね」
ダイアンサスのブリッジの中で、ルチルは徐々に優勢になっていく様子を観察しながら余裕の言葉を吐く。
「ねえ、ハーリー君。どうして副長はあのすごい攻撃したあと、すぐに引っ込んじゃったの?」
ブルーサレナが戦線に出ていないことを疑問に思ったミナトが、ハーリーに聞く。
「オーバーヒートしたからってトコですかね。合計で三個も大砲を撃ったんですよ、機体にかかる負担もハンパじゃないです。まあ、しばらく休んでれば回復する程度ですけど。もうすぐ…後二十五秒くらいで再出撃できますよ」
「ふーん、じゃあ、副長がもう一発撃てば、この戦闘も終わりね」
「ですね」
「あああ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
ハーリーとミナトが和みかけていると、いきなりルチルの絶叫がブリッジに響いた。
「…いきなりどうしたんだよ、ルチル?」
「み、耳が…、耳がキーンと…」
「ラ、ラピスちゃん、大丈夫?」
多少の混乱に陥ったブリッジを無視して、ルチルはパイロットたちに通信を繋げ始める。
「パイロット各員に最大警告!! 一人足りないようだけど、ヤツらが来るわ!!」
「…ルチル、『ヤツら』ってまさか……ヤツら?」
「そうじゃなかったら、こんなに慌てないわよ…」
額に手を当てながら、憔悴した顔でルチルが呟く。
「でも、なんで一人足りないのかしら? けっこう仲良さそうだったのに」
「敵側の事情なんて知りたくも無いわよ。…ああ、海人が出撃したわね。これで取りあえず対等か…」
『ふむ、木連の無人兵器と交戦中か』
『僕らにとってはどちらも敵だけど…やはりダイアンサスを叩くべきだと思うね。ナデシコは本調子ではなさそうだし、いつでも破壊できる。それにダイアンサスには、あの三人がいる』
『しかし、こうなってくると数的に不利だな…。グラッジがいれば多少はマシなのだろうが。やはりシルフィウムの量産を早急に行うべきだな』
『いない奴のことや、まだ実行してもいない計画のことを話しても仕方がないさ。…ほらリグレット、お客様がお見えだよ?』
並んで議論をする二人の元へ、青と金のサレナが到着した。ちなみにアキトは置いてきている。
「一人いないな…あの緑色のやかましいヤツはどうした?」
こちらもブラックサレナが使えない状態なので助かるが、という言葉を飲み込んで透真が二人に聞く。
『緑色…グラッジのことかい?』
『テンカワ アキトにやられたのが余程悔しかったようでな……。感情のコントロールが上手くいかないので、今は調整中だ』
『激しい感情の乱れはミスを生む…特にグラッジは感情制御が下手だからねぇ、ニュートラルに戻してもすぐに乱れが生じてしまう。まあ、それが彼らしいと言えばそれまでだがね』
「…感情のコントロール? そんなことが可能なんですか?」
『できるさ、人間には到底不可能だろうけどね。それがマシンナリーチルドレンというものなんだよ』
サラリと『人間』をバカにするカルマ。透真はマシンナリーチルドレンは基本的に人間を見下しているということを十分に理解した上で、次の質問に移った。
「…ところで、何故再び俺たちの所へ来た? この間のリベンジか?」
『…グラッジならともかく、僕たちはそんなことには興味は無い』
『大体、君たちの方から近づいてきたんじゃないか』
「…はあ? バカ言うな、誰が自分から進んでお前らに近づかなきゃならねえんだよ」
透真が、いきなりワケの分からないことを言いだしたカルマに反論を始める。
「あの、透真?」
「何だ、海人?」
「…たった今…気が付いたんですけど…、僕たちってどこに向かって移動してたんでしたっけ?」
「…ネルガルの研究所だろ。お前まで何を言い出すんだ」
「その研究所って、どこにありましたっけ?」
「…北極冠だろ。…ん? 何か引っかかるな?」
『じゃあ、遺跡に帰ろうか…。シルフィウムにここまでのダメージを与えた彼に敬意を表してね…』
透真の頭の中で、去り際にカルマが残したセリフがリフレインする。このカルマのセリフに、何かヒントが隠されているような気がするのだ。
(…ネルガルの研究所は北極冠の辺りだよな? …あれ、北極冠? …極冠? つまり遺跡のすぐ近く…?)
「しまったああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『まさか、気付いてなかったのかい? 愚かだねぇ…』
『…僕たちはこんなヤツらと互角の戦いをしたのか。情けなくなってくるな』
二人揃って呆れるマシンナリーチルドレンたち。
「ええい、失敗は次回への反省として生かせばいいんだ! 大事なのは過去の過ちではなく、これから成功する可能性なんだよ!!」
「透真、言ってることは立派だと思いますが、単なる言い訳にしか聞こえませんよ」
「うるさい! …とにかく、そこのお前! リグレットとか言ったな、この前の決着をつけようぜ!!」
『いいだろう、どうせ貴様を倒さねばダイアンサスを沈めることはできんからな』
バシュン!! ギュオン!!
互いの意思の確認と共に、純白と黄金がその場から飛び立つ。
『こんなにも早くキミとまた遊べるとは、思ってもいなかったよ』
「僕もです。こうなると知っていたら、何が何でもこんな所には来なかったんですけどね」
『つれないねぇ…。僕たちほど戦い方が噛み合ってレベルが釣り合う相手なんて、地球にも木連にもおそらく存在しないよ?』
「あなたの相手って疲れるんですよ。こっちの身にもなってください」
『そうかい? 僕は楽しいがね。…では、疲れる時間の始まりといこうか』
「…あまり気は進みませんが」
グォン!! ドシュン!!
距離をとりつつ、二つの青が移動する。
透真とリグレット、そして海人とカルマが場所を変えたのは、ただ単に邪魔が入らないことを望んだからである。
そう、ただ戦いだけに集中するために…。
「俺もブラックサレナがあればな…」
「ぼやかない、ぼやかない!」
「アンタがこっちに来てくれたおかげで、ずいぶん楽になったからね〜、大助かりだよ〜〜」
「そうそう。テンカワがいるといないとじゃ大違いだからな!」
「んーー?
リョーコ、それってどーゆー意味ー?」
「なっ! べ、べつにこれはだな! そんなに深い意味はなくてだな…!!」
「…戦闘中に下らんことを話すな、気が散る」
「ったく、相変わらずカタいなぁ、トオル」
「そういう問題ではない。大体、お前たちは戦闘中だというのに緊張感が…」
「でもさ、心の余裕は必要じゃない?」
「…むう、それはそうだが…」
「そうそう。って言うかさ、お前も俺たちの会話に参加してる時点で、すでに緊張感がないんだよ」
「ハヤト、そんなミもフタも無いことを…」
「要するに今までの話を総合すると…、戦闘中の私語は控えよう、ということか?」
「テンカワさん、強引にまとめるね〜」
「聖なる宇宙、セント・宇宙、せんとうちゅう、戦闘中…。ククク…」
「…こっちの方が強引かな〜?」
合計で八人もパイロットがいるため、もう誰が誰やら分からない状態である。…いや、意外と分かるかもしれないが。
「グラビティブラスト、二発目!! いっけええぇぇぇぇぇ!!!!」
カッ! ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォォン…
ダイアンサスのグラビティブラストが直撃し、四つ目のチューリップが沈む。これで残りは、あと一つとなった。
「…フム、三人の中で俺だけ活躍しないというのもシャクだな…。…一気に行くか」
「え? 一気に行くって、どうするつもりなんだよ、テンカワ?」
突然やる気を出し始めたアキトに戸惑うリョーコ。
「みんな、援護を頼む。…バーストモード、スタート!!」
グオオォォォォォン!!
漆黒の機体が大きく震え、赤い輝きをまとっていく。そして…、
ドン!!
氷の大地を蹴って、一直線にチューリップへと向かうアキトのディモルフォセカ。
「あ、おい、テンカワ!!」
「…無茶をする男だな、まったく」
「い〜じゃないか。無茶なんて、できるうちが華だよ〜」
「…取りあえず援護しとくか?」
「頼まれちゃったしね。仕方ないよ」
「んじゃ、アキト君の援護にレッツゴー!」
七機の機動兵器が、漆黒の機体を追って真正面から敵にぶつかっていく。
その援護を受けつつ、漆黒のディモルフォセカは神業のような動きで敵の攻撃をかいくぐり、チューリップまで後少しという所まで到達した。
「…残り三分か、いけるな!」
ボオオォォォォォ…
チューリップへの突撃を続けるディモルフォセカの右手に、真紅の炎が集まりだした。
「必殺!!」
ディモルフォセカが構えをとり、今まさに一撃を繰り出そうとした瞬間、
グオオッ!
突然横から、一機のバッタが自爆覚悟で特攻気味にアキト機を目掛けて突っ込んできた。
「何っ! 伏兵だと!!?」
ディモルフォセカはすでに技のモーションに入っているため、回避行動はとれない。しかもこの技はディストーションフィールドを拳に集中して放つ技なので、事実上ディモルフォセカの防御力は限りなくゼロである。
他のメンバーが何とかそのバッタを撃墜しようと試みるが、アキト機のダッシュ力が速すぎたため、射程がギリギリ届かない。
(くそっ! こうなればチューリップだけでも…)
ラピスやリョーコたちの悲痛な叫び声が聞こえたような気がするが、今それに気を取られてしまうとチューリップが破壊できないため、無視することにする。
(…戦死か。俺らしい最後だ…)
死を覚悟した上で、なおも技を繰り出そうとするアキト。そして技の射程圏内にチューリップが入った瞬間、
カッ! ゴオオオオォォォォォォォン…
黒い閃光が、今まさにディモルフォセカに激突しようとしていた一機のバッタを消滅させた。
「!!?」
思わず後ろを振り向くアキト。その視線の先には…、
『アキト、大丈夫!?』
「…ユリカか」
ナデシコがあった。
『グラビティブラストを撃って、その成果がバッタ一機とは…。割に合いませんな』
『いいんじゃねえのか? エースパイロットが助かったんだしよ。…にしても、ディモルフォセカをグラビティブラストの効果範囲内に入れずに、バッタだけを範囲に入れる微調整を五秒でやるってのはキツイな』
『撃つタイミングも難しかったです。あと〇・二四秒遅かったらアウトでした』
『私も大変だったんですよ。パイロットのみんなに、『退避してください』って慌てて通信したんですから』
それぞれに自分が『いかに大変だったか』を語るナデシコの面々。そしてユリカが、
『とにかく、アキトが無事でよかった…』
と締めくくる。
「一応、礼を言っておこう。助かった」
『そんな、お礼なんていらないよ! 私とアキトの仲じゃない!』
「…どんな仲だ、それは。…おっと、残り時間が一分か。では、決めさせてもらうぞ!!」
改めて構えをとりなおすアキト機。そして、
「必殺!! 虎牙弾!!!」
ズガアアァァァァァァン!!!!
最後のチューリップが沈んだ。
ガッ! ガキィン! ズガガッ!
激突を繰り返すゴールドサレナと白いシルフィウム。白の機体のパイロットの様子は音声のみで通信しているためよく分からないが、金の機体のパイロットは、その顔に歓喜の表情を浮かべていた。
「いいぞ、リグレット! もっと俺と戦え!!」
『…どうやら君は、勝敗うんぬんよりも純粋に戦いを楽しんでいるようだな』
「悪いか?」
ビュゥン!! チッ!
ゴールドサレナの右拳が、シルフィウムの左肩を掠る。
『それ自体は別に悪くはない。…むしろ羨ましいとすら思う。僕たちには使命があるからな、感情の前にどうしても使命が優先されてしまう。そうプログラムされているんだ』
「使命だと?」
『そう、地球、火星、木星…。全ての人間を滅ぼすという使命がな』
ズガガガガァァン!! ギュオン!!
シルフィウムのライフルが火を吹くが、ゴールドサレナはその弾丸を紙一重で回避した。
「そんなことをして、お前たちに何のメリットがある?」
『メリットやデメリットの問題ではない。これはマスターの命令だ。造物主には従わなくてはならない…』
「…その使命とやらも、マスターに組み込まれたものか?」
『そうだ』
ウィィン…ジャキッ! ガガガガガガ!!
ヒュオン!
それを聞いた透真は、フウッと溜息をつきつつ、ゴールドサレナの左手だけをカノン砲に変えてシルフィウムを攻撃する。しかし一度見た戦法であるので、シルフィウムは苦もなくそれを避ける。
「…つまらんな」
『何?』
「つまらんと言ってるんだ。俺は今、お前を倒すことだけに集中してるんだぞ。なのにお前が俺を倒すことだけに集中してくれないというのは、つまらん」
『…お前の言うことは理解不能だ』
シュウゥゥゥン…
どのような仕組みかは分からないが、シルフィウムの手に持っていたライフルが見る見るうちに右手の中に消えていく。
ギュオオン!! ガッ!
ライフルが完全に消えるや否やリグレットはシルフィウムを急加速させ、ゴールドサレナに殴りかかった。しかしゴールドサレナはシルフィウムの拳撃をフリーの右腕で受け止める。
「まあ、いい。どうやらお前は他の二人に比べて感情の起伏が少ないようだが…」
『それはそうだ。マシンナリーチルドレンとしての完成度は、僕が最も高いのだからな。それがどうした?』
ギギギギギィ…
お互いに押し合う二機。
「…それでも感じるぞ、お前から伝わってくる昂ぶり――隠そうとしても隠せる物ではない、強い敵と戦うことへの歓喜が、な!」
ジャキン! ブォン!
言葉と共に左手を銃から元の状態に戻し、その左手でシルフィウムを殴る――が、それもあえなく回避されてしまった。
「…やるな」
『…僕は戦うこと自体が目的ではない。だから、戦いへの歓喜などは感じない…』
「それは、お前が気付いていないだけだ。願わくば、お前がこの戦いでそれに気付いてくれると嬉しいんだが…、贅沢は言うまい。せめて、俺が納得いくまで付き合ってもらうぞ!!」
『好き勝手な事を…! 消えろ、イレギュラー!!』
バシュン!!!
自分でも気付かない内に感情を表に出しているリグレット。それを聞いた透真はニヤリ、と笑いながら、純白の機体を迎え撃つべく気を引き締めた。
ドドン!! ドン!! ドドドドン!! ドドドン!!
『アハハハハハ! やはり君と遊ぶのは楽しいよ!!』
「一人で盛り上がらないでください…」
最初の戦いと同じく、遠距離からライフルの撃ち合いをする海人とカルマ。
ちなみに、動きが鈍るのでブルーサレナのキャノン砲は外してある。
ドドドドドドン!! ドドドン!! ドン!! ドドン!!
(しかし、このままでは終わりそうにありませんね…。またアキトに『大したダメージも与えられないで』とか言われるのもイヤですし…。勝負に出てみますか)
グオオッ!
『む?』
突然ブルーサレナがライフルを撃つ手を止め、カルマの操るシルフィウムへと加速する。
『このままでは埒が明かないと踏んでの突撃かい? …悪くはないと思うけど、この僕を相手にその戦法はどうだろうねぇ…』
ジャキッ
シルフィウムが、ライフルの銃口をブルーサレナへと向ける…が、
『…ほう』
シャッ! シャシャッ! シャッ! シャシャシャッ!
海人はブルーサレナを小刻みに動かし、狙いを定めさせないようにしながらシルフィウムに向かって進んでいく。
『さすがに考えるか…。だが、これならどうだい? S−チェイサー!!』
グググ…
カルマの言葉と共に青いシルフィウムの背中から、人間で言うならバスケットボールほどのサイズの突起物が二つせり出してきた。かと思うとそれはシルフィウムから完全に分離して、ブルーサレナに襲い掛かる。
「なっ!?」
ギュン! ギュン!!
「くうっ!」
ドシュウン!!
二方向から同時に攻撃してくるそれをかろうじて回避する海人だったが、
『…甘いね』
ギュギュウウウウウン!!
通り過ぎたかと思った二つの物体は、方向を転換して再びブルーサレナに向かってきた。
「…だから『追跡者』と言うわけですか! 意地の悪い武器ですね!!』
ヒュン! ヒュン!
執拗に狙ってくる二つのそれをかわしつつ、ブルーサレナは徐々にシルフィウムに近づいていく。
『ククク、頑張るねぇ、チェイサーを回避しつつも前進するとは…。そんな君にご褒美だよ、天宮 海人。僕はこの位置から少しも動かないでいてあげよう』
「…お心遣い感謝しますよ!」
『…ただし、このまま全く何もしないというのも暇だしね。僕自身の攻撃はさせてもらうよ』
ドン!! ドドン!! ドン!!
本来なら両手で持つはずのライフルを片手で持っているあたり、手加減というよりも遊びのレベルで撃っているようだが、それだけでも今の海人には十分すぎるほどの脅威だった。
「ぐうううっ!!」
ガッ! チュイン! ビシュンッ!
迫り来る三つの脅威に直撃こそしていないものの、少しずつブルーサレナは傷ついていく。
(…マズいですね、いくら何でもこのコンビネーションはキツすぎます。…多少の損害はやむを得ませんか)
バシュン!!
ブースターの出力を最大にして、まっすぐにシルフィウムへと突撃するブルーサレナ。
『玉砕ってヤツかい? 下らないねぇ、そんなことをしても君の寿命が何分か縮むだけだし、何よりその方法では僕を倒す確率は一兆分の一以下だよ』
「さあ、どうですかね!?」
そしてブルーサレナはシルフィウムに機体一機分ほどの距離にまで肉迫するが、
『…惜しかったねぇ、わずかな可能性に賭けるその姿勢には敬服するけど…。終わりだ』
左右から二つのチェイサー、正面からシルフィウムの銃口がブルーサレナを狙い、
「!!」
ズガッ!! バキィッ!! ドォン!!!
爆発が起こり、青い機体の破片が辺りに飛び散る。
ズズズ…
二つのチェイサーはシルフィウムの元へと戻り、そして機体の中へと沈んでいった。
『やれやれ、虚しいねぇ…。そうだ、彼の死体を回収してマシンセルを使ったクローンでも作ろうかな? 前例は今の所無いけど、DNAさえあれば何とかなるかも…』
そう思ってブルーサレナの残骸を確認する…が、そこでカルマは妙なことに気付いた。
(おかしい、残骸の量が少なすぎる…)
そのことについて考えを巡らせ始めるカルマ。そこへ、
「…遠慮しておきますよ、そんな事は!!」
『何っ!!?』
通信が入るはずの無い相手から通信が入り、思わず声を上げる。後ろを振り向いてみると、そこには左腕と右足が無い、ボロボロの青いディモルフォセカがあった。そしてその手には、大きな大砲のようなものが握られている。
『そうか! 装甲を自分から…!!』
「ご名答…、タイミングはギリギリでしたがね」
『小細工を…!!』
ライフルを構え、海人のディモルフォセカを完全に撃墜しようとするカルマだったが、それよりも速く、
「グラビティバズーカ、発射!!!」
ズドオオオォォォォォンン!!!!
ディモルフォセカはグラビティバズーカを撃ち、その反動で大きく機体のバランスを崩して氷の地面にあお向けに落下する。
ズズウゥゥン…
「ぐおぉっ…。落下の衝撃って、意外と…大きいんですね…。しかし、本当にギリギリでした…」
チェイサーとライフルが襲い掛かる直前にサレナユニットを排除し、サレナユニットによって起こされた爆発を目くらましにしてディモルフォセカを移動させ、スナイパーライフルの代わりに背中に収納していたグラビティバズーカを使用して攻撃するという戦法だった。
成功するかどうか不安だったが、どうやらうまく引っかかってくれたようだ。誰でも相手にとどめを刺した後は油断するという事だろう、自分も気をつけなくては。
教訓を胸に、取りあえず救難信号を発信しようと海人が思ったそのとき、
『ク、ククク…。やるねぇ、天宮 海人…、シルフィウムの下半身と…右腕がライフルごと吹き飛んでしまったよ…』
「…勘弁してください」
先程のカルマと同じく、通信が入るはずの無い相手から通信が入った。
海人のディモルフォセカは上空を見上げる形で倒れこんでいるので、真上に浮かんでいる相手の様子がよく分かる。
青いシルフィウムはカルマの言葉どおり、下半身と右腕が肘の先から無かった。しかし、その傷口をよく見てみると妙なヒモ状の物体がウネウネと蠢いているのが分かる。マシンセルとかいうモノが活動しているのだろうか、実に興味深い研究対象になりそうだ。
…この状況から生きて脱出できれば、の話だが。
『このまま君にとどめを刺したい所だが…。ここで君を倒しても、残りのエステバリスや……何と言ったかな、君の戦艦に搭載されている機動兵器…』
「ディモルフォセカですか?」
『そう、そのディモルフォセカを合わせた合計七機を一度に相手にするのは、この状態では無謀すぎるからねぇ…。どうやらリグレットは君の仲間との戦いに夢中のようだし、ここは退散させてもらうとしよう…』
ボオオオォォ…
青い光を発し、ボソンジャンプを行おうとするシルフィウム。
「…一つだけ質問してもいいですか?」
『何だい?』
「あなたたちに命令を下している『マスター』とは、一体何者です?」
この問いに対する明確な答えが返ってくるとは思わない。しかし、それでも何かのヒントくらいにはなるかもしれない、と考えての質問だった。
『それを言う訳にはいかないね…。と言いたい所だが、僕をここまで追い詰めた君に免じて、一つだけヒントをあげよう。マスターは、君たちのよく知っている人物だ』
「? それはどういう…」
『ヒントは一つだけ、と言っただろう? じゃあしばしのお別れだ、天宮 海人。またいつか遊ぼう…』
――シュン!
そして、上半身しかない片腕の青い機動兵器は、光と共にその場から消えた。
「…ま、今は謎解きよりも強敵を撃退できた幸運を感謝するとしますか…」
敵が去ったことにより緊張の糸が切れた海人は、アサルトピットのシートにその身を深く沈める。
ツーーーーッ
「…ん?」
何か液体が自分の顔を流れているのに気付く。汗か、と思って拭ってみるが、その手に付着した液体は汗にしては少々赤すぎた。
「着地した時にどこかにぶつけたんですかね…」
手に付いた液体を指と指でこすりながら、海人はそんなことを呟いた。
「うおおおおっ!!」
『はああああっ!!』
ドガガガガッ!! ガガガッ!! ガッ!! ガッ!! ガガガッ!!!
拳を連続してぶつけ合わせるゴールドサレナとシルフィウム。繰り広げられた戦闘の激しさを物語るかのように、両方ともその外見はかなりズタズタになっていた。シルフィウムはマシンセルとやらの働きによって損傷を回復できるはずなのだが、どうやら回復している暇も無いらしい。
『ハァ、ハァ…』
「フウゥゥゥ…」
呼吸を整える透真とリグレット。そして十数回目の激突をしようとリグレットが気を入れたとき、透真が口を開いた。
「おい、そろそろ決着をつけないか? このままじゃ終わる気配が見えんことだし」
『…いいだろう、これ以上ムダな体力を使うのも意味が無い』
「決まりだな…」
両者の間に緊張感が満ちる。
お互いに、いつ動き出してもおかしくはなかった。
だが、どちらも動かない。
動く気配が無いわけではない。ゴールドサレナとシルフィウムの間に漂う闘気がそれを証明している。
だが、どちらも動かない。
ヒュオオオォォォォ…
極冠近くを流れる冷たい風が、二体の機動兵器の体を撫でていった。
だが、どちらも動かない。
ズドオオォォォォ……ン
遠くで大きな音がした。海人のディモルフォセカがグラビティバズーカを撃った音だった。
だが、どちらも動かない。
カラ…
本当にそれがきっかけだったのか。それは分からない。もしかしたら、もっと別のものがきっかけだったのかも知れない。ただ、小さな――五センチほどの大きさの氷の欠片が、音を立てて転がり落ち、そして、その欠片が地面に衝突すると同時に、二人は動いた。それは事実だった。
―――カツン!
『出力最大!!』
「リミッター解除!!」
グオオオォォォォン!!
黄金と純白が震える。
透真が言った『リミッター解除』とは、もの凄く簡単に言うと機体の性能を上げることである。
バーストモードと一体どこが違うかと言うと、バーストモードは『機体に装備された機能』なのに対して、リミッター解除は『安全装置を外して機体の限界を無くす』ことにある。
ゴム風船があるとしよう。そのゴムの材質によって、当然空気の許容量は変わり、大きさの限界も変わる。
さらに、その種類が違うそれぞれの風船の気体の許容量の限界は分からないが、確実に『ここまでだったら入れても大丈夫』という空気の量が分かっているとする。
以上のことを踏まえた上で、『ゴム風船』を『機動兵器』、『ゴムの質』を『機体の性能』、『空気の許容量』を『機体の可動限界』、『風船の大きさ』を『機体の出力』に置き換えてみる。
つまり透真が行ったことは、『向こうが絶対に破裂しないギリギリのラインまで風船に空気を入れる』のに対抗して、『このまま空気を入れ続けたら確実に破裂するだろうけど、それでも構わないから入れ続ける』ということになるわけだ。
言うまでも無いと思うが、そんなことをすれば危険どころの話ではない。ましてや彼の乗るサレナタイプは、小型の相転移エンジンを搭載しているのだ。下手をすると――いや、運が良くないと機体が爆発するだろう。
ギュイイイイィィィィィン!!
彼らは自分が満足するレベルにまで機体の出力を高めると、眼前の敵に向けてそれぞれの愛機を加速させた。
グオオオッ!!!
そして、もうじき相手が自分の攻撃の射程距離に届くというところで拳を構え、技を放つ。
「狼爪弾!!!」
『J−ストライカー!!!』
ズドガガガガアアアアァァァァァンンン!!!!!
「ぐうううぅぅぅぅっ!!」
『うおおおぉぉぉぉぉっ!!』
青い光に包まれた右拳を放つ黄金の機体と、朱色のオーラを纏った右拳を突き出す純白の機体。お互いの技の威力が拮抗し、中間でくすぶる。そんな白熱した戦いの最中に、
――ボン!
「うげっ!? ヤバいかも…」
アサルトピットの中――透真から見て右後方で、小さな爆発が起こった。
ピッ ピピッ
各種の警告を表すウインドウまで開きはじめる。
おそらくリミッターを外した影響だろうと透真は推理するが、推理している余裕など今の彼には微塵も無かったはずだ。
『うおおぉぉぁぁあああああ!!』
「うおおっ!?」
ガシュウゥゥゥン!!
一瞬の隙をついてリグレットはシルフィウムの出力を一時的にだが最高点以上にまで上げ、ゴールドサレナにエネルギーの全てをぶつける。
「ぐおおぉぉぉっ!!」
一度バランスが崩れてしまった以上、それを覆すのは並大抵のことではできない。だがゴールドサレナにはもう、そこまでの力は残っていなかった。
ドオオオォォォォン!!
シルフィウムから発生したエネルギーの塊にゴールドサレナは直撃――しそうになるが、透真は慌ててゴールドサレナを横に移動させ、被害は右腕が丸ごと消滅させられる程度で済んだ。
「だああああっ!!」
ゴロゴロゴロゴロ…
横に跳んだのはいいが着地がうまくいかず、そのままゴロゴロと転がるゴールドサレナ。間抜けな姿である。
――ズシャアン!
氷山にぶつかって止まる。そして…、
ボボン! ボン!!
バチッ…! バチバチバチィッ…!!
「…おいおい、マジかよ?」
ゴールドサレナが、前回の戦闘でグラッジと戦った直後のブラックサレナよりも危険な状態になっていることになっていることに気付く透真。だが、時すでに遅し。
「えーい、くそぉっ!!!」
ドカアアアァァァァンン!!
ゴールドサレナは、爆発した。
それを見届けたリグレットは、ポツリポツリと呟きだす。
『…目標の破壊を確認…。…だが機体の損傷が激しいため、この場から撤退する…』
ボオォォォォ… シュン!!
ボソンジャンプで消えるシルフィウム。
後には、煙に包まれた金色のサレナユニットと金色のディモルフォセカの残骸だけが残された。
あとがき
ラヒミス「うわあああっ!! とうとう50kを超えてしまいましたあああっ!! それどころか60kを超えているうううっ!!」
カルマ「…別にどうでもいいと思うがねぇ」
ラヒミス「よくないです。『50k以内』が目標だったのに…」
カルマ「まあ、そう気を落とさずともいいじゃないか」
ラヒミス「ですね。『失敗は次回への反省として』です」
カルマ「切り替えが早いねぇ…。まあいい、今回の反省といこうか」
ラヒミス「海人とアキトの喧嘩。いいですね、『喧嘩するほど』っていうのは」
カルマ「下らないことで喧嘩するねぇ…」
ラヒミス「友達ってのはそんなもんです」
カルマ「そうかい? 僕たち三人は共同体みたいなものだから、よく分からないが…」
ラヒミス「無理に分かってくれなくてもいいですよ。次、グラビティ・バスター・キャノンとバズーカですか」
カルマ「強力だったねぇ。チューリップを二つほど消滅させるし、僕なんてバズーカだけで右腕と下半身を吹き飛ばされたし」
ラヒミス「海人は今の所、必殺技がありませんからね。ならば武器でカバーするしかないでしょう」
カルマ「武器と言えば、ブラックサレナにもグラビティブラストがあったけど、それの描写は無いような…」
ラヒミス「…いや、忘れてただけです」
カルマ「…君ねぇ、そういうのはちゃんとやっておくべきだよ?」
ラヒミス「え、えーと、じゃあ、ブラックサレナのグラビティブラストは片方だけのヴェズバーみたいな感じである、ということに…」
カルマ「いい加減だねぇ…。技で思い出したけど、僕たちには技があるっていうのに、天宮 海人だけ技が無いねぇ」
ラヒミス「…? あなたの場合、アレは『技』と言えるんですか?」
カルマ「いや、君が考えたんだろう?」
ラヒミス「S−チェイサーは技とは言えないような気が…」
カルマ「…まあ、いいか。それより気になったんだが、技(?)の名前にある『R』とか『S』とか『J』とかって一体何なんだい? ぜひ知りたいねぇ」
ラヒミス「…秘密ですよ、秘密」
カルマ「まさかとは思うけど、てきとバキィッ!!
―――しばらくお待ちください―――
ラヒミス「おや、どうしたんですカルマ君? 血だらけじゃないですか」
カルマ「そ、その手に持った赤い液体がしたたり落ちる鉄パイプは…」
ビュオン!!(鉄パイプを遠くに投げる) カラーーン…(鉄パイプ着地)
ラヒミス「何の話です? あ、マシンナリーチルドレンの血って赤いんですね。知りませんでしたよ」
カルマ「く、くそお…」
ラヒミス「よく分からない人ですね。それはさておき、次にいきましょうか」
カルマ「釈然としないけど…」
ラヒミス「黙ってなさい。次、アキトの独断先行によって生じるミスですけど…」
カルマ「自分の実力を過信するからこうなるのさ。これだから人間は…」
ラヒミス「この場合の論点はそこではなく、『ナデシコに助けられた』という点がカギになるんですよ」
カルマ「そうなのかい? よく分からないが…」
ラヒミス「ええ。これでアキトは二つほど成長できたわけです」
カルマ「どういう所が成長したんだい?」
ラヒミス「まず第一に『自分の実力を過信しすぎないこと』、そして『後ろにいる透真たち以外の仲間も信頼すること』ですね」
カルマ「…当たり前のことのような気もするけどね」
ラヒミス「当たり前のことほど大切なんです。特に主役三人組は浮いた存在ですからね、ここらで他のメンバーと協調していかないと」
カルマ「ふーん…。まあいいや、次は僕たちとの対決だね」
ラヒミス「…これは苦労しました」
カルマ「へえ、どの辺が?」
ラヒミス「擬音とか、言い回しとかです」
カルマ「何だい、それ?」
ラヒミス「例えばダッシュさせる時は、『グオオン』とか『ドシュン』としか、擬音のレパートリーは無いでしょう。同じく『――に向かって加速した』や『突撃した』とかも、そんなに表現の種類があるわけじゃないし」
カルマ「大変だねぇ」
ラヒミス「まあ、ウデ次第なんですけどね。ちょっとグチを言ってみたくなっただけですよ」
カルマ「作品の中でグチをこぼすのは、どうかと思うけど…」
ラヒミス「ですよね…。…取りあえず、頭を切り替えていきましょうか。次、ゴールドサレナの敗北です」
カルマ「これは意外と言うか、何と言うか…」
ラヒミス「これでサレナシリーズは事実上全滅ですね。愉快、愉快」
カルマ「よかったのかい、これ?」
ラヒミス「『主人公が負けてはならない』などと誰が決めました? って言うか、最近じゃ負けるのが流行りでしょう」
カルマ「しかし、思い切ったことをするねぇ」
ラヒミス「これくらいのイベントはあった方がいいでしょう?」
カルマ「…生きてるのかい、彼?」
ラヒミス「さあ、どうでしょうね? ちなみに時ナデのアキトの様に誰かとリンクはしていないので、とっさにジャンプして脱出はできませんよ」
カルマ「そう言えば、彼もA級ジャンパーだったねぇ」
ラヒミス「ええ、私も忘れかけてましたが」
カルマ「愚かだねぇ…、自分で考えた設定を自分で忘れてどうするんだい」
ラヒミス「いや、設定っていうのは、忘れた頃か困った時に役立つものなんですよ」
カルマ「まあ、とにかく今後の展開を楽しみに待つとしようか」
ラヒミス「ですね」
カルマ「そう言えば、君はマシンナリーチルドレンの中でも僕のことを気に入っているようだね?」
ラヒミス「ええ、『外伝』でもアン○ズが一番好きです。あの喋り方が…」
カルマ「喋り方? 『――だねぇ』とか、かい?」
ラヒミス「ええ。特に『愚かだねぇ…』っていうのが素敵なんですよ。この話でそれをあなたに言わせることができたから、もう感無量って感じで…」
カルマ「…それじゃ他の二人はどうするんだい」
ラヒミス「いや、ウ○ズもスリ○ズも好きですよ。あの三人の掛け合いが何とも…」
カルマ「…『萌え』かい?」
ラヒミス「いや、『燃え』ですかね。特にCV(キャラクターボイス)が!! もう最高ーー!!って感じで!!」
カルマ「…愚かだねぇ」
ラヒミス「個人の趣味にまでケチつけないでください。では、次回のゲストはアカツキ ナガレです」
カルマ「ほう、次回は彼が出てくるのかい」
ラヒミス「予定ではそうです。出ない可能性もありますけど、それでもここには出しますよ」
カルマ「それはそれで不憫だねぇ」
ラヒミス「それと、前回メールをくれた方。ちゃんと有言実行しますので、ご心配なく」
カルマ「次は何kになるのかねぇ?」
ラヒミス「うーーん…。理想としては40前後なんですが、どうも書いていく内に膨らんじゃうんですよね」
カルマ「せいぜい削る努力をすることだね。…ところで、非常にどうでもいいことなんだけど」
ラヒミス「何ですか?」
カルマ「『狼爪』って、確か犬の親指の爪のことじゃなかったかな?」
ラヒミス「……そういうことは、言わぬが花ってヤツですよ。『何となくカッコいいかな〜』とか思ってつけた名前だったのに、ネットで検索してみると出るわ、出るわ……。でも、これ以外に思いつかなかったから採用しちゃいましたけど」
カルマ「…まあ、君ごときが考えることなど、もうとっくの昔に誰かが考えてどこかで使っているということさ」
ラヒミス「…やっぱそうなんですかね」
代理人の感想
ん〜〜〜〜、ちょっと単調かなぁ。
ピンチはピンチなんだけど、読んでてそう言う感じがしないんですよね。
無論、アキト達がただ強いだけって言うのもありますけど心理描写があっさりし過ぎてるせいかなぁ。