この作品は、EINGRAD様の許可を得て執筆した
『逆行の時』、『逆行者の余波』の三次創作です。
ご一読される前に、前二作をご一読になられる事をお勧めします。
そして、この作品はダーク作品であり、ルリの扱いが最悪です。
上記が受け入れられない方は、御読みになられない方がいいでしょう。
プロローグ
『お姉ちゃんはだぁれ?』
この一言が、一人の少年の運命をわけた。
クレーターがいくつも重複し、元の地形をとどめない火星の大地。
果てのない大地の上を、一台のバギーが疾走していく。
運転する青年は、遥か遠くを眺めながら、その景色の凄まじさに絶句していた。
忌まわしい、ある歴史の足跡をたどる為、青年は旅を始める。
イヴ・ゴーヤラッカーの証言
おいおい。いつまでも扉開けっ放しにしてねえでくれよ。ここの冷房は効きが悪ぃんだからな。
――あーっ! ったく、日差しが強いったらねえなぁお客さん。ただでさえ効きが悪ぃ冷房が殆ど役に立たなくなっちまう!
あんたも大変だっただろ? こんなクソ暑い中何もない荒野を延々バギーで走り続けて……ほれ水だ。飲みな!
……何遠慮してんだよ! あんたのいたコロニーじゃどうかしらねえが、少なくともここら辺じゃあ、水の分け合いなんざ普通にやってることだ。
俺様特製自立機動型冷蔵庫、『リリーちゃんMk−24』でギンギンに冷えた水だからな。うめえぞ?
さて、前置きが長くなっちまったな……なんにする? このイヴ・ゴーヤラッカー様のジャンク屋に無い物はねえぞ!
……あん? 余計なお世話だよ! 俺はどうせイヴって顔してねえさ!
とと、話がそれちまったな。ミサイル弾頭から、『佐世保壊滅』を引き起こした殺戮戦艦ナデシコのグラヴティ・ブラストまで、マニアがよだれ垂れ流して喜ぶ品が山ほどあるぜ!
……何? 飾りの兵器が目的じゃねえって? お前さんあれかい? 『魔女』が死ぬ前に流した情報信じて、草壁さんの政府転覆ってか?
それじゃあ帰ぇんな。うちは草壁さんには恩が……なんだよ、ソレも違うのか。
それじゃあ――ははぁっ! 成る程成る程。お前さんも、ゲキ・ガンガーのオリジナル画像手に入れに来た口かい!
あいにくだが、あれはまだ入荷してねえぞ……あん? ソレも違うだと?
ND-1ナデシコ??
おいおい、あんた俺があの『殺戮戦艦』について何か知ってると――
うりばたけ? 俺はゴーヤラッカーであってそんなへんちんくりんな名前じゃねえよ。
しつこいなあんた! 俺はあの殺戮戦艦とは関係ねえ!
……どうやら何を言っても無駄見てえだな。
悪ぃが、ここで死んでもらうぜ。
……俺の平和な暮らしを荒らしまわるんじゃねえ!
ああ? 危害を加えるつもりはねえだと?
ふーん。あんた佐世保に身内がいたってわけじゃねえのか……おおっと! 動くなよ! 俺はまだお前を信用しちゃいねえ。このブラスターを下ろすのは、まだ先だ。旧式に見えるかも知れねえが、中身は時代の先を行く代物だ。戦艦の装甲だってぶち抜くぜ。
……ブラスター突きつけられて、物怖じしねえってのは立派だな。だがよ、あんたが今はやりの『妖精教』の信者だったり、興味本位で話聞きに来た馬鹿なら――打ち抜くぜ。
こういう事は初めてじゃねえんでな。狙いにゃ自信がある。
……何目を丸くしてんだい。佐世保が消えてからはその縁者、妖精の悪事がばれてからは恨みのとばっちりで、荒事に巻き込まれっぱなしなんだぜ、こちとら。全部の殺人がばれたら、確実に黄泉……地獄行きだろうな。北辰の旦那じゃねえが、殺した数は2、3じゃねえんだ。
それだけ、てめえみたいな馬鹿が多いんだよ……ここまでバギーでやってきた根性に免じて、死体は一等地に埋めて墓石も置いてやる。日当たりの悪い場所だが、湿気とは無縁の涼しい場所さ。
馬鹿な真似はよせってお前……ここでお前を見逃すほうが馬鹿な真似だろうが。
あん? 名詞だぁ?
名刺入れだけよこせ。変なマネはするなよ。
――って、あんた木連の軍人さんかい! 高杉針太郎(タカスギシンタロウ)、統合優人部隊所属の少佐……
いや、すまねえな……どうも、木連の軍人にゃ見えなかったんでな。
しかし、時代も変わるもんだねえ。あんたみたいななよなよした奴が、木連軍人になるとは……俺も老眼になるわけだ! ハハッ!
ブラスター下ろしていいのかって、お前さんも、おかしな事聞くねえ……木連の軍人相手に銃口向けるようなやつは、今日日何処にもいやしねえよ。
統合優人部隊っつったら、シンジョウさんの部隊だろ。あの人が興味本位でこの件に首突っ込むような馬鹿を育てるとは思えねえしな。
ブラスター向けられた時点で、興味本位の馬鹿は逃げ出すよ。俺のこれまでの実体験だし、断言していいね。そうやって逃げた馬鹿を後ろから撃つのが、俺が今までやってきた199(憲法199条)侵犯だ。
……あ! そういや……そうか! あんたが草壁の旦那が手紙で……こりゃ、失礼な事したな。
あんたがそうだとは思わなかった。
てっきり、軍用車で格式ばった奴が来ると思ってたからよ……草壁の旦那が、やったら格式ばったお人だからな。その人に『偉大なる真実究明の士がそちらに行く、協力願う』なんて念を押されたんで、先入観が固まっちまった。
さてと。
誤解も解けたし、まま、とりあえずかけてくれや。
木星で出す新聞に載せる記事書くんだろ? 俺みたいな奴が話せることなら何でも話すぜ?
自己紹介ぃ?? 必要ねえだろいまさら。
格式です……はははははっ! そりゃ嫌味かい。
ま、出会い頭にブラスター突きつけたの、オフレコにしてくれるんなら、自己紹介くらい100回でもやってやるが。
イヴ・ゴーヤラッカー。今はこう名乗っちゃいるが、昔はウリバタケセイヤって名乗ってた男さ。
そう。かの有名な殺戮戦艦に乗ってたメカニック兼整備士だよ。
機動戦艦ナデシコIF
火星戦神伝 1
第一項・イヴ・ゴーヤラッカー改めウリバタケセイヤの証言
♪♪♪
テンカワ・アキト? あんた、あいつの事が聞きてえのか?
いや、すまねえな。俺はてっきり、ホシノルリ……『金眼銀髪の魔女』について聞かれるのかと思ってたんで、意外だったんだよ。
しかし、テンカワ・アキト……確かに、改めて考えてみりゃ、ナデシコを語るのにあいつ以上の人材はいねえわな。魔女が狂う原因になった奴だ。
俺があいつについて知ってることなんざ無ぇぞ? 結局、佐世保で退艦してからそれっきりだったからな。
それでもいいなら、話してやるよ。
俺にナデシコ乗艦の依頼が来たのは……忘れちまったな。
リリーちゃんの実験中に顔出した二人組の姿は覚えてる。ただ、年代や季節を聞かれると痛いな……知っての通り、ナデシコ退艦後が酷かったから、それ以前の記憶があいまいでよ。
ああ、駄目だ。やっぱり思い出せねえ。
契約した動機ははっきり覚えてるぜ。あんないい女房から離れたいなんて、俺も馬鹿な事考えたもんだ――
過去に戻れるなら、殴ってやりたいか、だって?
……おい兄ちゃん。これからも取材は続けるんだろ?
だったら覚えとけ。『元』ナデシコクルーや魔女に虐げられた人間の前では、『過去に戻りたいか』なんて馬鹿な発言は金輪際控えろ!
俺達ゃ、過去に戻ってきた狂人に人生狂わされたんだからな!
話がそれちまったな――俺は、俺の趣味を理解してくれねえ女房から離れるために、その話に二つ返事で乗った。その場で契約もした。
今考えたら、ただ単に距離をおきたかったんだろうなぁ。馬鹿な事したもんだよ重ね重ね。距離を置くのはともかく、その方法が最低最悪の結果を生み出したんだからな。
乗艦した日の事ははっきり覚えてんだから、現金だよな。
ガキが真っ白な雪に足跡つけて楽しんでるの、見た事ねえか? あの時の俺は、餓鬼臭く暴走しちまって、他の整備員殴り倒して、ハンガーに一番乗り!って飛び込んだもんだよ。
馬鹿みたいだって思うかい? 俺もそう思うが――当時の技術屋としちゃ、当然の反応だろ。
今でこそ旧式になっちまったが、このナデシコ、エステバリスってのは当時の最新技術の塊でな。ディストーションフィールドにグラヴィティ・ブラスト、相転移エンジン……今の戦艦に標準装備されてるもんは全部揃ってた。
もし今もナデシコの船体が健在だったら――装甲の欠片だけで、プレミアが付くだろうな。世間様一般の評価とは違っちまうが、マニアの間じゃ結構もてはやされてるんだぜ、ナデシコは。
まあ、そのおかげで俺はこうやって生きてられるんだがな。
テンカワ・アキトに会ったのは……ああそうだ、思い出した。
間違いねえ。プロスの旦那と連れ立ってるのを見たのが最初だ。2195年のナデシコ出航の日……そして、忘れもしねえ殺戮が行われた日だな。
虫の知らせ、ってのを俺は生まれてこのかた受け取った事が無くてね。俺はその日に起こる事も知らずに、鼻歌交じりでエステバリスの整備をやってた。最新技術を改造できるのがうれしくってな……もっとも、トラブルはあったが。
ヤマダ・ジロウって知ってるか? 今は正真正銘大豪寺 鎧なんて名乗ってるが……
そう。戦神を倒した英雄、『三色(サンジキ)の覇王』様さ。
そいつがな。エステバリス勝手に持ち出して踊ってやがったんだよ。
……どした? 固まっちまって。
ははーん。お前もあれか! そうなんだろ!
『三色の覇王』って名前聞いて、あいつが天才的な英雄だと思ってるやつ、意外と多いんだよなー。確かに、戦術、戦略、戦闘、エステバリスで行う三つの戦闘行為に関して、ヤマダは天才だよ。それこそ、覇王の名前に相応しいくらいにな。
けど、それ以外の行動パターンは『馬鹿』『アホ』『ガキ』の三拍子揃ってんだぞあいつは。『三色の馬鹿』ってわけだな。
エステバリスライダーになった動機だって、『ゲキガンガーに乗りたかった』からだし、俺の事をゲキガンガー風に『博士』とかって呼びやがる。フレームも全部〜ガンガーって呼んでやがった。結局奴とは長い付き合いになったが――アニメで言うならギャグキャラで終わるような奴だぞあいつ。知ってるか? 『三色の覇王』の『三色』の由来。
ゲキガンガーのトリコロールカラーの事だぞ(笑)
ま、だからこそ親しみももてるんだがな。
話がまたそれちまった……ええっと、ヤマダがエステバリスに乗ってた時のことだな。あの馬鹿、無駄に体力高いから、止めようとする整備員突っ切って……俺が気がついた時には、もうエステバリスに飛び乗ってやがった。
せっかく整備したエステちゃんが傷ものにされようとしてんだ、俺は怒鳴り散らして止めようとしたよ。
ま、止めるまでも無く自爆しやがったがな。テンカワ・アキトがプロスさんに連れられてやってくる直前――直後だったかもしれねえけど、大差はねえ。ともかく、奴はその直後にアッパーカットなんぞやりやがって、バランス崩してぶっ倒れちまいやがった。
そのせいで右足骨折だよあいつは。左足だったかな? ……右足で合ってたはずなんだが。
ま、んな事はどうだっていい。その後、ヤマダが担架で運ばれていって、テンカワとは……あんまり話さなかったな。
ぱっと見は、根暗そーな何処にでもいる若者、って感じだったがな。
今思ったら、あのテンカワは『逆行』前だったのかもしれねえな。なんていうか、復讐の王子様って空気じゃなかったし。
ヤマダに頼まれたあいつが、エステバリスのコックピットに乗って……それが最後だったな。俺が『漆黒の戦神』に会ったのは……これが最初で最後さ。
あの直後の戦闘……佐世保の殺戮が終わった後は、呆然となっちまってな。整備員にあるまじきことだが、着艦してくるエステバリスの事をすっかり忘れて呆けてた。
佐世保の殺戮、か。
緊張しながら外からの映像みてたら……いきなり佐世保の町が吹っ飛んだよ。それしか言えねえ。
出港準備に大忙しで、戦闘経過見てる余裕はなかったしな。
だから、その映像見た時は――こりゃ、何の冗談だと思ったよ。映画の撮影か何かか、さもなくばグラフィック……そう思ったね。ブリッジにいる連中はもう一寸衝撃があったのかも知れねえが、ハンガーでコミュニケ越しに見てた俺達には、現実感が無くてね。
……戦闘してるって認識を、俺の部下達はしてなかった気がするな。人の生き死にに関わってる意識が薄かったんだな。だから、あいつらはその映像見て、『笑えるジョークだ』なんて言ってたが。
その笑いも、佐世保に寄港したら止まっちまった。
あれが冗談じゃなくて、本気で行われたことなんだって、気付いたんだな。あいつらも、自分達が整備した武器が、殺戮に使われたなんて思いもしなかっただろうよ。
いや、思いたくなかったんだろうな。実際は。
その後……俺達は軍に召喚されて裁判にかけられた。まあ、俺達ゃ戦場の指示には無関係だから、簡単な質問をされるだけで解放されたよ。
佐世保に帰って軍事裁判にかけられるまでの事は、あんまり話したくねえな。俺も部下も、艦内全体がノイローゼ気味だったから。
……ええい! わかったよ!
簡単でよければ、話してやる。
事の原因である艦長を責めることで鬱憤を晴らそうとする奴もいたにはいたさ。
けど、罪の意識でやつれた艦長を見て、それでも糾弾するような奴はいなかったな。今考えると、艦長はあの瞬間から死を望んでたのかも知れねえ。
知ってるだろ? ミスマルユリカが、銃殺される直前に目隠しをはずしてもらったのは。銃殺される人間が相手を見るなんて、出来ることじゃねえよな。
他の元ナデシコクルーは、艦長を『魔女』と同じくらいに憎んでるが……俺は違うよ。
『魔女』は憎いが、艦長は憎くない。確かに臆病者だったかもしれねえが、立派な艦長になれる素質はあったし、事実最後は立派だった。
俺は尊敬してるよ、ミスマルユリカって小娘を。
窓の外を見てみな。
……ははっ、お前さん火星は初めてだろ。よーく見とけよ。今日日の世の中で、360度全部クレーターの風景なんて、火星以外にありゃしねえさ。
まったいらなもんだぜ。『魔女』が最後の作戦で使ったマス・ドライバーのせいで、火星の大地はみんなこんな感じさ。クレーターの無い場所を探す方が難しい。
あの時の佐世保もこんな感じだったな。山はあったし海もあったが……生き物の気配がこれっぽっちも無くなったって点では同じだよ。
あの後、佐世保が復興したって話しも聞いたが……行った事はねえよ。あの街を潰した俺達が、どのツラ下げて行けるってんだ。
佐世保についてからのクルーの行動は……大半が部屋に閉じこもってたな。皆が現実から逃げる中でヤマダの野郎とホウメイさんは……思うところがあったんだろうな。二人で表にテント張って、そこで寝泊りしてたよ。
飽きることなくその風景を眺めて、何か考え込んでた。
軍から召喚される時は、軍事用のステルス飛行機で迎えが来たんだが……連れて行かれるクルーの大半が、辺りの光景から目をそらしてたな。
俺もその一人さ。自分が大量虐殺者の仲間だって信じたくなくて、目をそらしてた。
飛行場から裁判所へは、特殊な装甲車を使って裏口から入った。事が事だし、秘密裏に終わらせようとする軍の考え方は理解できたよ。
けど、帰りまで装甲車使ったときはなんでだと思ったね。
思慮が浅かったんだよなあ。装甲車の装甲越しに聞こえる声を聞くまで、事の重要性に気付かなかったんだから。
今でも耳に張り付いて離れねえよ。
『ナデシコを許すな!』『クルーを全員牢獄にぶち込め!』
こういうのは良かった。一番痛かったのは『父を返せ』『母を返せ』『息子を返せ』――佐世保に身内がいた人間の叫びだな。通信士のメグミちゃんなんて、ショックで気を失っちまったくらいさ。
その裁判は極秘裏になんて行われてなかった。カメラこそ回ってなかったが、その経過は世界中が注目してたんだ。装甲車を使ったのは機密保持のためなんかじゃない、俺達の身の安全を護るためだったのさ。
そこで始めて俺は、自分が大量虐殺者扱いされてると知ったんだ。蒼くなったね。なんてったって、俺には家族が……妻子がいるんだからな。
すぐに、運転席にいた軍人に頼み込んだよ。頼むから、オリエとキョウカ達を避難させてやってくれ、ってな――そのまま家にいたら、多分、俺の家族は口にするのも憚られる目にあっちまう。俺は冗談抜きでそう考えた。
そしたら、なんて返ってきたと思う?
『安心しろ。ナデシコクルーの家族は全員保護済みだ』ってな。
俺が艦長を尊敬するもう一つの理由さ。あの人は、天然みたいな顔して、しっかりクルーとその家族の身の安全まで考慮して、手を回してたのさ。
あの人は自分が助かる事も出来たんだ。ミスマル提督の娘という権力を行使すれば、無期懲役に落ち着く事も出来た……だが、あの人はそうしなかった。自分のために使われるはずだった権力を、クルーの安全のために使っちまったんだ。
その事を知ってんのは、俺だけさ。だから、艦長を艦長として尊敬してんのは――俺とヤマダ、後はジュンだけだ。
その後に、俺達はナデシコに乗り続けるか――軍人になるかならないかの選択を迫られた。普通ならクルーは全部変えるんだろうが、軍も、ネルガルが集めた人材を無駄にはしたくなかったんだろ。
もちろん、俺は断ったよ。当時は今ほど冷静になれなかったから、ネルガルと関わるのは金輪際御免だって退職金ももらわずに辞めちまった。
その時に、かなりのクルーが辞めて――結局、残ったのは『漆黒の戦神』テンカワアキトと『三色の覇王』ヤマダ・ジロウ。『金眼銀髪の魔女』ホシノルリの三人だけだ。ヤマダの奴は元々軍のエースパイロットで、ホシノルリはマシンチャイルド。テンカワアキトは、ホシノルリの記録改竄で未曾有の英雄みたいな戦果の持ち主にされた。
その後、軍に挑発されたナデシコが『無敵艦』の異名をとるようになったのは、良くも悪くもこの三人の手柄だ。翌年には三人とも地球上に顔を知らぬ者のいない英雄様になっちまった。
軍部が一番欲しかった三人が残ったんだから、俺たちが強く足止めされる事もなかった。
俺達は権力でえた安全を抱えて、軍が避難させた家族の下へ帰ったわけだ。
そこで俺は、早速ジャンク屋を始めるために、準備を始めた。何もかも忘れて、1からやり直しってのも悪くないってな。
オリエは何も言わずに俺の後ろに立ってくれた……本当に、いい女房だったよ。
もっとも、そのクルーの安全も、一週間後に立ち消えちまったんだが。
ちょいと図書館行って、当時の新聞調べてみな。一面飾ってるからすぐ見つかるはずだ。
『ミスマルコウイチロウ、乱心!』ってな。
あの人の親馬鹿は当時から有名だったんだが……まさか、あんな馬鹿な真似やらかすとはなあ。
俺だって人の親だ。死んだ娘が馬鹿に――それこそ、血に飢えた殺人鬼みたいに扱われたら、どんな気持ちになるかはわかるさ。ましてやそれが、娘のことを何も知らない、自分の粗を探すことしか能の無い連中。ジャーナリストとは名ばかりの、社会の寄生虫から聞かされたんじゃあ、殺意も抱くだろうよ。
だからってあれはいけねえよな。軍人がカメラの前でキレて、ニュースキャスター射殺しちまって。
映像ライヴラリ探し回れば、まだ残ってんじゃねえのか? あの時の映像。人間が何人も生で撃ち殺される映像だ。血を見るのが好きな連中は文字通り血眼で欲しがるだろうよ。
俺はその映像を、軍が用意してくれたマンションで見てた。
で、すぐに家族を連れて、持つ物も持たずに逃げ出したね。近所に――ってーより、そのマンション丸ごと、ナデシコクルーの避難場所だったんだが。ともかく近所に住んでたほかのクルーに、今すぐ逃げるように叫んで回ったよ。そこからはもう大混乱。荷物まとめた奴から我先にと逃げ出した。
権力の大元だったミスマルコウイチロウが失脚したんだ。ここも長くない――実際、俺の読みは当たってたんだ。
翌日、逃げ出した先でとったホテルでニュースを見た時は肝を冷やしたね。
俺達が住んでたマンションが、放火されたってんだから……逃げ遅れた何人かのクルーは焼け死んだか、放火した連中に殺された。
勿論、犯人の目星はついてたさ。佐世保で死んだ人間の身内が、感情に任せてやったんだよ。だけど、警察は動かなかった。
理由は簡単だよ――警察の中に、佐世保の関係者がいたのさ。しかも、かなり上の地位にな。そして、その権力で証拠を揉み消しちまった。
これがどういう意味だか、あんたら分かるかい? この瞬間から始まってその警察幹部様が不正で逮捕されるまで、ナデシコクルーは『被害者』じゃなくなった。
人権が無いのと同じだぜこれじゃあ。
こうして始まったのが――かの有名な、『ナデシコクルー狩り』さ。
嘘みたいな話だが、実話だぜこれは。
佐世保で家族を失った奴は、ナデシコクルーを探し回った。そんでもって、見つけ出したら蛸殴りよ。
殴られる側は訴えても取り合ってもらえない。殴る側は殴っても罪にならない……どころか、殺しても揉み消してくれる奴がいる。もう、完全な弱いものいじめさ。人間、自分より弱い奴には無制限に強くなるから、やる事はどんどんエスカレートしていった。木星蜥蜴に好き放題やられてた鬱憤、ってのもあるんだろう。
これが、男性クルーの大体の末路さ。女性クルーはもっと悲惨だぜ――強姦された挙句に、人身売買組織に売られちまった娘もいるらしい。
操舵士のハルカ・ミナト――ああ、今は白鳥ミナトだったな。あいつは運がいいほうさ。なんせ、逃げ回ってる時に偶然木星の軍人に保護されたんだからな。
対照的に通信士のメグミちゃんは悲惨だった……下手に顔を知られてるだけに、手を出そうとする奴は多くてな。しかも、かの『魔女』から敵視されてたせいで、物騒な奴等にまで目をつけられちまった……けどまあ、元マネージャーに甲斐性があってよかったよホントに。彼女が貞操を護りきれたのは、マネージャーが身を挺して庇ったからさ。
多分、惚れてたんだろうな。あの兄ちゃんは。結局、二人とも暴徒に殴り殺されちまったが……『魔女』はそれじゃ納得しなかった。
今でも裏で出回ってるらしいぜ。彼女が強姦されてるところを編集したビデオが……後からその映像が『魔女』の合成CGだったってわかったんだが、当時は皆がそれを信じたから、彼女の尊厳はズタボロにされた。
胸糞が悪くなる話じゃねえか。そう思わねぇか?
かく言う俺自身は、知り合いのジャンク屋を頼って全国各地を転々とした。木星の無人機のせいで、海外にはいけなかったからな。
ジャンク屋とか趣味人とかってのは、変人扱いされてるのが殆どさ。だから、ナデシコクルーに対する差別意識もない。知り合いの所に顔出したら、俺より先に別のクルーがいた所もあった。俺が部下に、俺の知り合いを口頭で伝えてたから起きた現象だな。
一つの場所に止まらなかったのは……単純に、その知り合いに迷惑はかけられなかったからだな。あいつらにだって家族がいるんだ、その位の礼節は護るべきだろう。
幸い、俺が避難先を教えた連中は、全員気が回る奴だったから……いい感じで避難場所がローテーションして、俺達はしばらく、平和とは行かないが血の匂いからは離れられたな。
オリエが死んだのは――さっき言った警察関係者が捕まる直前だな。
無理してたんだよあいつは。旅で疲れた体を引き摺って日本中飛び回って……いや、飛行機にも乗れなかったから、大半は歩きで逃げ回ってた。
で、その無理が祟って倒れたんだよ……場所は北海道の五稜郭だった。
近所でジャンク屋やってる知り合いに勧められていったんだな。半分観光気分で辺りを見回してたら、いきなり背後でどさりって音がして、ツヨシの悲鳴が聞こえて……後はもう何が何やら。記憶があいまいで。
気がついたら、オリエを病院に担ぎ込んでたよ。診断結果は極度の過労だった。
それで終わってくれりゃあ良かったんだが……そこから足がついちまって、気がついたら、奴等が病院のすぐ近くまで迫ってたんだ。
知り合いからその事を知らされた俺は慌てたね。
今オリエは動けるような状態じゃねえんだ。点滴打って、麻酔施して……処置施しちまった後だったから、動かしたら危ねえ。救急車に乗せて運ぶって手段もあるが、運悪くみんな出払ってて、もう八方塞さ。
人間ってのは不思議なもんでな。もう逃げられねえとわかると、逃げる気すら失せちまう。俺は知り合いのジャンク屋と一緒に、そこらの医療器具改造して武器を作った。
いざとなったら、コイツを片手に家族を護るつもりだった。もう、後先考えねえ、短慮極まる行動よ。
考えてみりゃ、それも悪くなかったな。俺があの連中止めてその間にオリエたちが逃げ出して……それで三人が幸せになってくれりゃあそれでよかった。
けどな、当人のオリエがいきり立つ俺達を止めやがったんだ。麻酔で動かねえ口を必死で動かしてな。
『――逃げて』
ってな、言ったんだ。
冗談言うんじゃねえ、それじゃあお前はどうなるんだ! 俺は怒鳴り散らしたよ。オリエと喧嘩したことは一度や二度じゃなかったが、ああやって真剣に怒鳴りつけたのはあれが初めてだった気がするな。
その後はもう、何を話したのかさえ覚えてねえよ。俺はオリエに死んでほしくない一心で、必死にあいつを説得した。最後は泣きながらすがりついた。後から知り合いに聞いた話じゃ、怒鳴り散らすは泣き喚くわで大変だったらしい。
結局、俺の方が折れちまった。折れちまったんだよ。
あいつはな、こう言ったんだ。
『力の弱いあたしが生き残るよりも、あんたが行った方が子供を護れる』
……あいつは出来た女房だった。俺が相手の事しか考えてないときに、あいつは自分勝手な男との子供を護りたい一心で自分を盾にしようとしてたんだぜ。
自己犠牲ってのはやられるほうが迷惑だ、って話を聞いたことがあるよ。
俺はそうは思わない。オリエのそれは迷惑じゃなかった……逆に、その後も俺を支えてくれたよ。
挫けそうになるたびに、あいつの声が頭に響くのさ『子供達を護りなさい!』ってな。分かるかい? この意味が。
俺はあいつを見捨てた瞬間に、二度と倒れられなくなっちまったのさ。けどそれで本望だよ。それで、ツヨシやキョウカが護れるんならそれで十分さ。
……すまねえな。最近、妙に涙もろくなっちまって。
後はもう、言葉は無かったね。いらないってんじゃなくて、純粋に何話していいかわからなくなっちまったのさ。でもって、やっと交わした言葉が、
『じゃ、子供達を頼んだよ、あんた』
『おう。任せろ』
お互いの心配はしなかったな。俺はオリエが死ぬのはわかってたし、オリエは自分の死が俺を追い詰めることはわかってたから、いまさら言葉にする必要もなかったのさ。
俺はその日のうちに病院から抜け出した。2197年の1月7日の事だ。
翌日には、その病院で暴徒が引き起こした殺人事件が、でかでかと報道されていたよ。
オリエの死体は、ドラム缶で焼かれた挙句に生ゴミと一緒に捨てられた。あいつの墓には遺骨すら入ってねえんだ。
この一件が奴の首を絞めた。病院で事件が起こっても出動しない警察を、世間がいぶかしんで、一部のジャーナリストが調べた結果……黒幕の正体が割れたんだ。
その警察官の存在を知ったのはその時が初めてで、他のナデシコクルーは烈火みたいに怒り狂ってたが……俺はそんな気にはなれなかった。
最初は確かに恨んだよ。殺意も持った。俺はその男が護送される日程を調べて、先回りした。もちろん、殺すつもりで行ったさ。子供達はオリエの実家に預けて、もうあわない覚悟を決めてな。
けど、けどな。携帯ラジオでニュースを聞いてたら、一気に脱力しちまった。
ああ、俺はコイツを殺せない、って思ったよ。
そいつは、ニュースキャスターに囲まれてこう言ったのさ。
『私は妻の仇を取れただけで本望だ』ってな。
多くを語る必要はねえし、俺も語りたくねえよ。そいつは今も獄中で罪をつぐなっているが……どんな思いでいるのかなんて知りたくねえ。
そいつを殺すために作ったハンドメイドのボウガンは、帰り道に偶然たまたまあったどぶ川に捨てちまったよ。
ともかく、一連のクルー狩りでナデシコクルーは十分の一まで減っちまったんだが……苦難はそれじゃ終わらなかったんだよな。なんせ、民間人射殺して更迭されたミスマル一族に縁深く、かつ特定の相手からとんでもない憎悪の的にされてんだ。
周囲はナデシコクルーを避けた。忠臣蔵に参加しなかった赤穂浪士のその後程じゃないが、ナデシコクルーってばれたら周りの人間は生ゴミでも見る目で、俺達を見た。
俺は運が良かったな。そういう意味じゃ――ナデシコクルーだって知っててかくまってくれる知り合いがごまんといたからな。
今生き残ってるナデシコクルーの大半が整備員なのは、俺が避難先を紹介してたからだろうな。
ツヨシとキョウカ? ああ。その後も一緒に日本中を歩き回ったよ。実家に預けたままじゃあ、オリエに顔向けできねえや。
ツヨシは終戦後、『魔女』の悲劇を繰り返さないためとか言って軍に入って、一年後には所帯ももった。キョウカは、いい旦那さんを見つけて嫁に行った。
両方とも、相手の親がナデシコクルーだって知ってて結婚してくれる、いい相手を見つけたもんさ……ようやく、あの時になってようやく俺の肩の荷も降りたし、オリエも報われたよ。
ここからは話す必要もねえ、か。俺は名前を捨てて二人の前から姿を消して、火星のこの場所でジャンク屋を開いた……勿論、草壁の旦那の口利きでな。そうでなきゃ、こんな僻地に店なんか出せねえよ。
あの人もあれだな。確かに昔は軍国主義者だったし、ほめられもしなかっただろうが……やっぱ、魔女が提示した未来のおかげで、思うところがあったんだろうな。
何処にでもいる、普通の熱血漢。俺は草壁の旦那を見た時、そうとしか思えなかったぜ。人間は変わる……『魔女』が狂っちまったように、草壁の旦那もまともになった。
今のこの世界をあの『魔女』が見たらどう思うかね。
自分を反面教師にして、まともになった元独裁者が治める世界……俺だったら笑うしかねえな。
ヤマダの野郎が俺のところに顔を出した時期か?
……間違いねえ。しっかり覚えてるぜ。2197年の12月31日だ。漆黒の戦神テンカワアキトと『魔女』……当時は電子の妖精なんて呼ばれてた、ホシノルリの婚約で世間が賑わってた頃だ。
間違いねえ。その日の夕方にあの馬鹿は、俺が世話になってるジャンク屋にひょっこり顔を出しやがった。
ツヨシ達と一緒に、門松の飾りつけ手伝ってたから良く覚えてるよ。さっき話しに出てきた、五稜郭の近くに開いてる奴の家の前でな……名前はいわねえぞ。そいつの迷惑になる。
俺はその家の子供とわいわい騒ぎながら門松を飾る、ツヨシ達の姿を見てた。三人の子供が深雪を踏んで喜ぶ声を聞いていた。途中で屋根の上の雪がツヨシの上に落ちて、大騒ぎになって……ああ、こういう事は全部覚えてるんだよなあ。俺は。
俺自身は、ふさぎこんでた二人が元気になったことを喜びながら、にへらにへら笑っていたっけ。
そうしたらいきなり、『博士、なんか危ねえ人みたいだぞ』って声が背後からかかったのさ。
びっくりして振り向いてみたら……重ねて驚いたね。そこに立ってたのは、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いで名声を上げてる軍のエースパイロット様だったんだ。
『魔女』の見事な情報操作で、世間は『軍のナデシコ』と『民間のナデシコ』を分けて認識してた。はっきり言えば、当時ナデシコに乗ってた人間は英雄で、昔ナデシコに乗ってた人間は罪人扱いよ。
そんな俺達からすりゃ、ヤマダの野郎は裏切り者もいい所だ。俺もそう思ってた。
俺はヤマダに殴りかかるつもりで襟首を掴んだ……けどな、そこで止まっちまった。
あの野郎、襟首掴まれてるってのに微動だにしねえんだ。半端じゃねえ位体を鍛え上げてるのが、素人の俺にもわかった。それになんていうかな……殴るなら殴れって目してたんだよ。罰を待つ罪人の目をな。
で、その目がかさなっちまったんだな。
俺達を助けようとしてくれた、あのミスマルユリカの目によ。整備員が押しかけた時にあいつが向けた憔悴しきった目に、そっくりな目をしてたんだ。ああなんだ、コイツは何かやったんだって思ったとたん、すっと恨みとか嫉みとかが抜け落ちちまって。
肩に手を回して家に招きいれながら、我ながら現金なもんだと自分を笑ったさ。
それで肝心のヤマダだが……俺と知り合いのジャンク屋とヤマダ、三人きりになった時を見計らって、とんでもない事実を口にしたんだよ。
『アキトはこの時代の人間じゃない』
ってな。
その時だったな。テンカワアキトが未来から逆行してきた人間だって事を知ったのは。
俺達二人はその話を……ヤマダの野郎が話した推論を信じた。厳密に言えば、奴はその証拠を固めるために俺達のところに来たのさ。
その証拠ってのが、『魔女』が戦神のために造ったっていう機動兵器の設計図だ。奴はこれが未来の設計図だって証拠をえたかったらしいが……あれは間違いねえ、俺の考えていたシステムそのものだった。
俺と知り合いの専門家なら一発でわかること請け合いの設計図だよ。何せ、若い頃に思いついて未だに達成できないアイデアだってんで、俺は出会った全てのエンジニアに質問ぶつけたんだ。この設計図、完成させるにはどうしたらいいってな。間違いねえ。
まず間違いなく、あれを作ったのは未来の俺だ。設計図の部分が、細かい書き込みまでそのまんまなんだからな。
提示した証拠が確実なものだとわかって、ヤマダの野郎はうなだれちまったよ。
あいつ自身は、この推論を信じたくなかったんだろうな。
俺も信じたくなかったさ。これが本当なら……『魔女』や『戦神』は全部わかってて佐世保を見捨てた事になるんだからな。
けど、事態はもっと深刻だったんだ。
俺の知り合いは、戦術にも多少の造詣があるんだが……そいつが気付いちまったんだよ。
サセボシティを見捨てることで得るメリットは何なのか、って事にな。
よくよく考えりゃ、得るものなんて何もありゃしねえんだ。それよか、過去に来た人間が、わざわざ悲劇を誘発させる必然性がねえ。第一、ヤマダの話じゃテンカワはいまだにサセボの事件を引き摺ってるらしいって話を聞いたら、いよいよ本格的におかしくなってきた。
未来じゃあこの現象は起きなかった、この推論が妥当だろう、って話がまとまったが、後には新しい疑問が残った。
一体、サセボを破滅させて得られる得ってのはなんなのか、ってな。
そこで俺はふっと思い出しちまったんだよ。今思や、俺がこれを思い出したせいで、ヤマダは『漆黒の戦神』と『金眼銀髪の魔女』を討伐する決意を固めちまったんだ。自惚れでもなんでもなく、俺の言葉が歴史を変えちまった。
ヤマダ、って呼ばれても訂正しないそいつに向けた質問は何気なかったんだよ。
『なあヤマダよぉ。ひとつ聞いていいか?』
『……なんだよ博士』
『ブリッジにいたメグミちゃんがバッタに撃たれそうになったって話は本当か?』
『ああ。直前でアキトが助けたけどな』
『――ひょっとして、テンカワに近づく女を始末するためなんじゃねえのか?』
――自分で言っちまって、ぞっとしたよ。
これが本当なら、サセボの人間やオリエ、犠牲になった連中は、一人の女の狂った独占欲のために、失わなくていい命を失った事になるんだからな。
そこから俺達は調べたよ。その推論を証明するためじゃなく、否定するための証拠をな。不幸な事故で死んだと思ってた人達が、本当は人の手で殺されてたなんて、許容できなかったんだよ俺達は。
『魔女』が『ラピス・ラズリ』っつー、実在しない人間を探そうと躍起になってる時期をついて、俺と知り合い、ヤマダの三人は駆けずり回った。
ヤマダがその信条を押し殺してスパイまがいの真似をやってくれたおかげで、セキュリティーなんてあってないが如しだった。
『魔女』の油断も俺達を助けてくれた。当時の俺達は知らなかったが、『魔女』は自分達と敵対する存在は詮索する時間すら与えず物理的あるいは社会的に『処分』し終わったところで、敵が全くいなかった。セキュリティーに対するチェックがどうしても甘くなっちまって、ヤマダや俺達の作業に気付かなかったのさ。
そうして知ったホシノルリの正体は、魔女なんかじゃなかった。
……そんな上等なもんじゃねえ。あれじゃあまるで獣だ。嫉妬に狂った獣だよあの女は。
『オモイカネ』の残骸に存在した情報で、奴等の元いた世界の歴史を知る。そして現在とつりあわせる……それだけで十分、『魔女』のいかれ具合が伺えちまった。
そう、俺の言うとおり……あの女は、ミスマルユリカを、自分の愛情の障害を始末するためだけに、サセボシティを壊滅させたのさ!
それだけじゃねえ、メグミちゃんが死んだのはあの魔女が情報を流したせいだし、ネルガルの会長秘書が巻き込まれたテロはあいつが仕組んでたんだ! パイロットになる予定だったスバル・リョーコは宇宙戦闘中に生命維持装置を切られて死んじまったんだぞ! まだテンカワと知り合ってない人間や知り合いになる可能性の低い人間を、障害になる『かも』って理由でな!
……悪い。少し興奮しちまった。
あん? 『オモイカネ』の残骸の事?
『オモイカネ』も『魔女』達と一緒にボソンジャンプしてきたんだが……『魔女』がやろうとしてる事に意見したのが運のつきでね。
戦闘経験とデータ以外の部分。人間で言う『自我』『人格』を容赦なくデリートされちまったのさ。本人自身が『家族』って認識してるはずのオモイカネを容赦なく消したんだぜ?
いかれてるって言わないでなんていうよ。
しかも、新しく入力したのはオモイカネとは名ばかりの、人形みたいな奴でね。言われたことしか遂行できない、正真正銘のマシーンって奴さ。言われたことは忠実に実行するが、言われないこと……柔軟な対応が出来ない。『外部端末から侵入してくる人間がいたら報告しろ』って命令は実行できても、『ヤマダジロウの端末でデータを荒らしまわる奴がいたら報告しろ』なんて命令は実行できなかったのさ。
ま、それは兄弟同然に育ったオモイカネを殺した自業自得――って奴だな。
俺達は得た情報で確信を持ったよ。
『ホシノルリは魔女だ。テンカワアキトと添い遂げるために何万人でも殺す狂人だ』ってな。この手の奴は、自分がやってることに一欠けらの疑問も抱かねえからいけねえ。未来の草壁春樹……草壁の旦那と区別するためにこう呼ぶぜ。あの人だって、狂信的に罪を犯しながら自問自答を繰り返してたと思うぜ。その結果が降伏した時のあの言葉さ。
『部下の安全は保障してもらいたい』ってな。普通の独裁者は、味方が0になるまで戦うだろ。ま、こいつは今の草壁の旦那に恩を感じる、ウリバタケセイヤの色眼鏡なのかも知れねえな。
そして、全てを知ってから一ヵ月後――ヤマダは決断したよ。
『ホシノルリを殺す』ってな。
世界のためとかそういうんじゃねえ。ぶっちゃけ、地球の平和のためには『魔女』には『妖精』のままでいてもらうのが一番だったんだからな。
俺はオリエの復讐のために、ヤマダ専用のエステバリスを設計したし、知り合いは安っぽい正義感で協力した。
ヤマダはヤマダで、親友の意思を完全に無視して『物』扱いする『魔女』が許せなかった。自分達の時代を良いように弄んでる未来からの侵略者に、対抗したかったのかも知れねえ。
そんなもんだぜ、英雄の裏側ってのは。
俺達は念入りに準備を重ねて……『魔女』が行った悪事の証拠の取得と、『魔女』の権力をもぎ取るための工作を行った。
慎重すぎるくらいに慎重に事を進めたぜ。なにせ、少しでも噂が流れて電脳世界に広がったら、その時点で俺達ゃ終わりだ……全ての情報を、全く同じタイミングで一気に市場に氾濫させて、『魔女』がどうあがこうと抵抗できない状態にまで追い詰める。
俺達はその情報公開の日を2月14日に定めたんだ。ホシノルリが、テンカワアキトにチョコレートを作るんで、その日は情報規制の目が緩んでたのさ。そういう理由でバレンタインデーを作戦決行日にしたわけだが……ヤマダの野郎、この作戦のせいで女性人気が低いんだよな(笑)
そう。これがかの有名な『三色の覇王』の大暴露作戦『オペレーション・ジークフリート・ルオップ・ブレイク』さ。
名前の由来? あー、そういやこないだTV特集でやってたな。『三色の覇王の大作戦、その名の由来を探す!』って特集。
異星人の呪文だなんていわれてるが、なんて事はねえ、1900年代に実在した男の名前さ。妻を狂愛する故に殺そうとした男だ。狂愛を打ち砕くのに、これほど適した名前はねえだろ?
ナデシコのコンピューター端末から一気にあふれ出した『情報』は瞬く間に世界中を駆け巡った。サセボ消滅の真相から『魔女』の本性に至るまで全てが白日の下にさらされて……奴が未来から来たって事以外の真実は全部な。目論見どおり、奴は全ての権力を失う事になった。
証拠が揃ってたのもある。だがな、この情報が世間様の信頼を得られた大きな原因は、利権政治屋さ。そう、『魔女』によって権力の座から追い落とされた連中は、喜んでこのエサに飛びついたんだ!
全ての通信回線が、魔女の悪事を暴きたてその本性を語るんだ。TVの前で俺達は祈ってた! ヤマダの奴なんかは、声に出して祈ってたよ。
『信じてくれ! 頼む!』
ってな。
翌日、ニュースの内容が『魔女』の弾劾一色に染まって、事が成ったって自覚した瞬間、俺達は無言で肩を叩きあった……俺は天国のオリエに向かって叫びたかった! お前の敵は討ったぞってな!
そこで俺達は満足しちまったんだ……これが、その後の大惨事を引き起こす事になっちまった。
『金眼銀髪の魔女』の烙印をめでたく押されたホシノルリは、そのまま逃げ出すようなことをしなかった。自分を追い詰めにかかってくるヤマダの『ゲキガンバリス』を何とか大破させて、使えないようにしてから地下にもぐったんだ。
けど、あの『魔女』の味方につこうって奴は誰もいなかった。
だってそうだろう? 草壁春樹は『体制』のために戦争を起こした。テンカワアキトは『和平』のために戦い始めた。歴史上大軍を動かした人間は、誰一人として個人のために戦う事はしなかった。
だけどこいつは、『魔女』は自分さえ良ければ他はどうでもいいんだぜ? いつか切り捨てられるとわかってて味方する奴なんているはずがねえよ。
そう。いるはずが無かったんだ。
婚約者である『漆黒の戦神』テンカワアキト以外はな。当時はこいつの事情なんか誰も知らなかったから、『漆黒の戦神は魔女の使い魔に過ぎない』ってささやかれてたんだが……あの時何が大変だったかって、ヤマダの野郎を抑えることさ。
ぶち切れて噂の大本叩こうとしたのは、一回や二回じゃねえ。あいつにとって、テンカワアキトは間違いなく親友で、戦友だったんだからな。
『魔女』は『戦神』を伴って地球を脱出、火星の衛星フォボスに『あらかじめ』作っておいた基地に立てこもった。あの『魔女』はてめえが負ける事を予想してたのさ。後はそこから行われる無人兵器の絨毯爆撃で、地球の戦力はがんがん削られていった。
木連からの正式な和平の使者が来たのもこの頃だったが……こいつについては、言う必要もねえだろ。あんた自身も良く知ってるだろうし、ぶっちゃけ、俺や知り合いはそれどころじゃなかったからな。
一日中室内に閉じこもって、逃げた『魔女』を討伐するのに必要な武器を作ってたんだ。『戦神』の『ブローディア』をモデルにした機体を、短い期間で完成させなきゃならねえんだ。ブローディアのパーツや設計図があったとはいえ、これは一苦労だったぜ。
おお!? びびってるな兄ちゃん!
そうだよ。この時作ってたのが『三色の覇王』の愛機にして永久封印を施された魔性の機体、『ドライファルベリリーエ(三色の百合)』だ! このウリバタケセイヤ渾身の一作さ!
まあ、詳しいスペックは俺が説明するより、博物館の資料のほうが詳しく書いてあるが……超小型の相転移エンジンと超圧縮DFを装備した、ブローディアを超える機体として作り出された代物だ。こいつとブローディアを超える機体は、あれから15年経った今でも登場してねえ。
木星と地球連合は和平を結ぶ事になった。最初、俺達はその理由がわからずに目を丸くして、草壁の旦那が悪巧みしているに違いないって思った。実際に裏で嗅ぎまわったりもしたんだ。
けどな、調べてわかったのは不正の事実じゃなかった。木星にも『魔女』の手が伸びてたって現実だけだったよ。
その詳しい経過を調べていくうちに、俺達は驚くよりも怒るよりもまず先に『呆れた』ね。あの『魔女』肝心なことを計算に入れてなかったのさ。ここからは半分くらいはヤマダと俺、知り合いが三人で頭つき合わせて作った推論さ。現実に行われた事はともかく、三郎太の動機についてはかなりあいまいだぜ?
自分の部下だった高杉三郎太って軍人。そいつが自分を完っ全に見限っちまった事も忘れ去って、都合よく利用するために連絡を取ったってんだ、あの魔女は。
勿論、ルリを見捨てた高杉はその事を――自分が未来から来たという事も含めて上官……草壁の旦那に報告した。
なんで未来で自分を裏切った旦那に報告したのか、俺達にはわからねえよ。情緒不安定だったんだろうな。ナデシコBには婚約者だったスバル・リョーコも乗ってたし、信頼していた艦長の豹変にも立ち会った。もうどうにでもなってくれ、ってのが正直な気持ちだったんだろう。
証拠はボソンジャンプでこっち側に飛ばされてきた、ナデシコBさ。それが木連に回収された事を知った高杉は、クルーしか知りえない情報を明言することで、自分が未来から来た証拠としたんだ。
ヤマサキ印の嘘発見器にも進んでかかったらしい。脳みそに針打ち込んで脳波を調べる、下手すりゃ廃人のとんでもない代物さ。そうまでして信じてもらいたかったんだろう。
草壁の旦那はこの情報を信じて……ホシノルリを第一攻撃目標とした。同じように逆行し、能力すら受け継いでるんなら、潰さねえと木星側がやべえ。第一、魔女からすりゃあ、自分たちは未来でその人生を踏みにじった大悪党だ。
サセボを潰したように、木星もぶっ潰してのけるに決まっている……ってーのが当時の木連首脳部の見解だった。前々から地球に潜ませてた、『ホクセン』っていう北辰の旦那の部下に、暗殺命令を下して、優人部隊から増援まで出して……結局失敗しちまったんだが、得るものはあったさ。
ところで兄ちゃん、なんで俺が木連暗部構成員の名前を知ってるか気にならねえかい? 情報ソースはな……実はヤマダの野郎なんだよ。
これが『暗殺命令』が得たものさ。地球人と繋がり……木星人の木連優人部隊所属白鳥九十九と、ヤマダジロウの接触さ。
詳しい事は俺も知らねえよ。本人が言うには、『男と男の固い絆』がその時結ばれたんだそーな……大方、ゲキガンガーがらみだろうがな。
その時に、ヤマダはホクセンって男と会ってるんだよ。余談だが、ヤマダがルリを疑い始めたのはこの時らしい。この時にヤマダは敵が地球人であること、木連が何故か『魔女』を狙ってる事を知ったんだが――相手から、まるで『魔女』が木連を敵視してるから殺す、見たいな事を言われて、疑問を抱いたんだな。
なんで知りもしない相手を敵視する必要があるのか――そこで芽生えた小さな疑念が、魔女の秘密を解き明かす鍵になったそうだ。
それにしても暗くなってきたな……電気つけるぜ。
今からじゃあ、外にフォボスは見えねえよ。いくら外覗き込んでも無駄だ。
話がそれちまったが――俺達みたいな素人が、いくら魔女相手に手馴れてたとはいえ、ばれずにはいられなかった。国家相手に裏嗅ぎまわったんだ、ばれて当然だよ……俺達はマシンチャイルドじゃねえんだから。
気がついたら、俺達は木連軍旗艦かぐらづきにご招待されてたのさ。ぐーすか布団で寝てたはずが、いつの間にか見た事もねえ和室に寝転がされてたんだ。あせったね。後で聞いた話だと、寝てるところに睡眠薬打たれて輸送中ずーっと、一週間ばかり眠ってたんだそうだ。
宇宙に上がって無人兵器に対応してるはずのヤマダまで、そこに寝てた。
目覚めた俺達は、銃を持った兵士に連れられてある場所に連れて行かれた。俺達が寝ていた場所とは比べ物にならないくらい広いその場所には、一人の男が待ってたよ。
俺達には、オモイカネから得ちまった未来の記憶がある。だから、その男が誰かは一発でわかった。
同時に、覚悟を決めたよ。
『殺せるもんなら殺して見やがれ!』
ヤマダがそう叫んだんだ……北辰の旦那にな。相手がそれを見て愉快気に笑ったのが見えて……ああ、俺達はここで死ぬと思ったね。魔女が集めた北辰の旦那の情報は、外道犯罪の見本市だったからな。生きたまま腑分けされると思ったよ。
ここで死んだらオリエにあわせる顔がねえなあ。怒られるだろうなあ……そんなことばかり考えてたよ。それだけに、北辰の旦那が隣の士官にささやいた内容にはあっけに取られたね。
『草壁閣下。こやつ等既に未来を知っておるようです』
……俺はてっきり、北辰の旦那の横にいるのはただの士官だと思ってたんだよ。だってあれだ、そこにいたのは……草壁春樹とは似ても似つかない、丸坊主の男だったんだから。
草壁の旦那は、人のいい笑顔を見せたよ。間違っても、独裁者草壁春樹の笑顔じゃなかった。
『楽にしてください、大豪寺鎧殿。貴方の事は、白鳥から報告を受けている』
記録によれば、魔女はかつては普通の少女だったんだそうだ。少し感情表現が下手なだけのな……未来の俺が親しげに『ルリルリ』って呼ぶ女の子が、忌々しい『魔女』になったように、独善的な独裁者だった草壁春樹は、広い視野を持つ政治家になっちまった。
草壁の旦那と同じように、北辰の旦那も丸くなってたさ……裏の人間特有の荒んだ空気は隠しようが無かったが、それでも性格は大分丸くなってたぜ……
記録で旦那の事を知ったときは、まさか娘婿のことで意気投合する事になろうとは思わなかったね。
あのヤマサキ――俺達に吐き気すら覚えさせた外道すら、改心して研究所閉めちまった。今じゃあ無期懲役でムショの中さ。どころか木連全体が変わってたんだ。
地球との和平も、木連全体の総意だったんだから。
何が原因でどういう葛藤があったのかは、戦争が終わってからも聞かなかったね。それが最低限の礼儀ってもんだろ?
あん? 『ドライファルベリリーエ(三色の百合)』の制作費だと?
駄目だ駄目だ……それは極秘事項だ! こればっかりは、いくら旦那が認めた人間でも、教えられねえよ。ヤマダの奴、ただでさえ元地球連合の連中から疎まれてんだから、木連から資金提供があったなんて言われたら……とと、口が滑ったなオフレコだオフレコ。
『ドライファルベリリーエ(三色の百合)』の制作費は大半が出所不明! それでいいじゃねえか! 後世の歴史家にでも任せとけよ後は!
……しつけえなあ、あんたも。
え? 雑誌にするわけじゃねえのか? これ。
……未来への資料、ね。
じゃあ大まけにまけて、ヒントだけやるよ。
『三色の百合花は、ゼウスの加護の下に生まれ草の力で育った』だ。
ともかく、肝心の用件――ヤマダジロウを和平大使にした、対等な和平交渉はすぐに終わった。
『魔女』が失脚前にやってた工作や無人兵器の襲撃でぼろぼろになってた地球連邦に、それを撥ね退ける力も、阻止する手立てもねえ……何より、魔女に対抗する軍事力が欲しかったんだな、地球連邦は。
軍事基地は魔女側の無人兵器でボロボロ。まともに動く戦艦なんて数える程度だ。
ヤマダが勝手に結んだ和平条約を突きつけられても、文句一つ言わずに従ったよ……木連から大幅な譲歩したようなもんだろ? これって。
魔女……『ホシノルリ』から全世界に向かって通信が放たれたのはその直後だったよ。
内容は、自分が未来から来たという証拠、未来の情報、そして地球連合政府および木連に対する『脅迫』だ。歴史の教科書のほうが、ここら辺のことはよっぽど詳しく書いてあるぜ。俺から聞くより、そこから抜粋したほうがいいんじゃねえか?
早い話が、『木連滅べ草壁北辰ヤマサキ死ね連合従属しろ裏切ったヤマダの人権なくせ私とアキトの結婚を祝福しろ』これが要求で、それがかなわないならボソンジャンプで地球に核爆弾を落とす……無茶苦茶だよ。
あの魔女、自分とテンカワさえいれば世界はどうだっていいって本音を、派手にぶちまけたんだ! しかもその時に、テンカワ以外のA級ジャンパーを消すために、火星に向かって、マスドライバーぶち込みやがった!
……ヤマダは流石というかなんと言うか。魔女の心理を冷静に分析してたぜ。日常生活では馬鹿でも、こういう時は頼りになる奴だからな。
なんでも、『未来の知識を半端に持ってるから世界は自分の思い通りにならないと気がすまない。しかも、マシンチャイルドという身の上が幼少の頃注がれるべき愛情の欠如をもたらしたため、他人への優しさを持たない子供になってしまった……』その結果が、ガキのわがままになるってわけだ。
相手にだって勝算はあるんだろうが……そんなものはこっちにだってあった。かくして、俺達は木連の首脳部と額をつき合わせて、最高傑作『ドライファルベリリーエ(三色の百合)』が戦える状況を作り出したわけだ。
……ま、最高傑作とか言ってても、俺は肝心のその戦いぶりを見ていねえんだが。
俺は肝心の最終決戦のとき、地球にいたんだよ。なんて事ぁねえ。転んで足折っちまって……ヤマダの馬鹿と同じ轍踏んじまったのさ。専属整備士としては知り合いが参加したよ。
俺は悔しかったね。なんでって、世紀の大決戦を行うであろう、超兵器たちを肉眼で見る機会を逃しちまったんだ。
『魔女』を相手にする事を大前提とした、木連、地球連合の精鋭を結集した討伐軍……さぞかし壮大だったんだろうなあ。大半が戻ってこなくて、戦闘の映像すら残ってねえ有様だから、一度見てみたかった。
戦いの経過ね。確かに、あの戦闘は極秘中の極秘扱いで、内容知ってる奴は一握りだよな。
作戦については大雑把な内容しか知らねえよ。お得意のハッキングも警戒網も、全部ウイルスに封じられた『魔女』は、フォボスに接近してきた艦隊を前に『戦神』を頼るしかなかった。ボソンジャンプのナビゲーターを戦闘に引きずり出すのが、作戦の主眼だったのさ。
結果だけを言おう。出撃してきた『ブローディア』を相手にした統合軍艦隊は、大半が撃墜されちまって、高杉三郎太、月臣元一朗、秋山源八郎、優華部隊司令官東舞歌……とんでもない数の奴等が殺されたんだってよ。草壁の旦那と一回酒酌み交わしたことがあるんだが――この戦闘の事思い出して、泣くんだよ、あの旦那が。惜しい人材達をなくしたってな。
でもって、結局最後は『戦神』と『ドライファルベリリーエ(三色の百合)』を駆る『三色の覇王』の一騎打ちだった……戦神は統合軍の艦隊全滅させたばっかりだってのに、まるで何事も無かったかのようにヤマダの奴の相手をしたそうだ。北辰の旦那の話じゃあ、凄まじい戦いだったらしい。
ヤマダが弱いなんて事はねえ。あいつは未来を知ってから、それこそ未来のテンカワ、プリンスオブダークネス並の特訓を重ねて更に強くなったんだ。
つまりは、それだけ戦神が強かったのさ。
ゆがんだ強さだったけどな。
戦いの結果は万人が知る通りヤマダの勝ちさ。北辰の娘婿……ホクセンが戦いに乱入して、一気に決着がついちまった。戦神の肉体も限界に近かったから、凄まじい経過に反比例した、実にあっけない最後だったそうだ。
……北辰さんは、この時点でおかしいと思ったらしい。あっさりしたやられ方は何らかのマシントラブルで説明がつく。ただ、倒された後も抵抗一つしないのはどういうことだ……ってな。
その答えはすぐに出た。ヤマダがテンカワを助けるためにコックピットをこじ開けて、薬漬けにされて、ボロ雑巾みたいになった奴を見つけたのさ。
多分、ああなっちまった魔女を受け入れられずに、否定したんだろうな。
それで、自分の思い通りになるテンカワを『作る』ために、薬でぶっ壊した。
もしくは、魔女を作っちまった責任を感じて、自分に薬うって限界まで戦う道を選んだのか……あいつがなんでああなったかは、いまだに賛否両論なのさ。あの戦場にいた人間の間じゃあな。
テンカワアキトが行方不明になった今じゃあ、その理由は誰にもわからねえ。
その後……魔女がどうなったか、具体的な話か?
あんまり聞いて気持ちがいいもんじゃねえぞ? あいつは……戦神が負けた瞬間に、フォボスの自分の部屋で頭うちぬいて自殺したのさ。
ここら辺の事は、俺よりも北辰の旦那とか、ホクセンとか、突入部隊にいた奴から話を聞くといい。なんなら、推薦状書くぜ。
ホクセンとは面識がねえが、北辰の旦那とは、娘婿の事で愚痴りあう仲だからな。
魔女が死んだって聞いたとき、俺は呆然としてたらしい。
らしいっていうのはな、記憶にねえから、人の話を参考にしたんだよ。俺はその時、ただ話しかけてたんだ……脳裏に刻み込まれたオリエの顔にな。
やったぞオリエ。お前を殺した奴は地獄に落ちたぞ。これからは、俺も子育てに専念する。安心して逝ってくれ……はなしかけた言葉なんて覚えてねえよ。多すぎてな。
俺はようやく、あの瞬間にオリエの死を乗り越えられたんだ。
その分、オリエの名前には囚われちまったな……さてさて、何度名前を言いながら泣いたか。
ツヨシがひとり立ちするとき、キョウカが一人暮らしを始めるとき、結婚、ジャンク屋の開業……何かあったときは必ず、俺はオリエの名前を呼んだ。そんで泣いた。
軍への仕官の話も何度も来た。実際、北辰の旦那もここに愚痴りに来るときは絶対にそう勧めてくる。けど俺は金輪際兵器に関わるのはやめたんだ……オリエが死んだ原因を考えると、とても関わる気にはなれねえよ。
ツヨシの野郎は、俺の血を継いだせいかその分野で天才って呼ばれてるみたいだが、あいつが俺に兵器の事で質問してきた事は一度もねえ。
あいつはわかってくれてるんだよなあ。俺が兵器に関わりたくないって事。
あ、魔女といえば……死んだだけじゃ終わらなかったんだよなあの後!
あんたも知ってるだろ?
公開された未来の資料の中に、おれが魔女と親しげにしている姿があるんだが……それが世間に流出しちまって、ナデシコクルー狩りがまた始まっちまったんだ。
えらい目にあったぜあの時は。草壁の旦那が動いてくれなかったら、俺は今でも逃げ回ってただろうぜ。
もっとも……今でもいるがな。魔女の恨みをぶつけてくる奴とか、サセボの恨み晴らす奴とかは。そういった野郎に殺される筋合いは俺にはねえ……だから、そういう奴は容赦なくぶっ殺した。
あんたに銃口向けたのはそういう理由さ。
最後の質問、ね。
どーんと聞いてくれ! 極秘事項じゃなけりゃあ、いくらでも答えてやるぜ!
……火星のこの場所にジャンク屋を開店した理由か。
息子達に俺みたいなヤクザな親がいるってばらさないためと……この場所からならフォボスが見えるから、かね?
最終決戦に参加できなかった弱みって言うかね……こうやってフォボスを見上げて、静かな夜をすごしてると、平和になったって実感がある。
何より、一人暮らしってのは気楽でいい。いつくたばろうと気楽なもんさ。
この小屋の各所には、クレーターの小さな奴を一個増やせるくらいの爆薬が取り付けられてる。そんで、俺の心臓が止まったら爆発するんだ。
俺の死体を木っ端微塵に吹っ飛ばしてな。オリエが墓に入れねえのに、俺みたいなのが墓に入っていい道理はねえだろ?
そういやあ、ずっと気になってる事があるんだよ。俺には。逆に聞いていいか?
未来でランダムジャンプした連中……高杉三郎太とホシノルリ、テンカワアキト以外の連中は、一体どうなったんだ? いや、あんたに聞いてもわからねえだろうが……やっぱ、ボソンジャンプのミスでどこかをさまよってんのかねえ。
ラピス・ラズリがこの世にいないのは確かだし、マキビ・ハリは行方不明……他の連中もあらかた死亡扱いだよ。
魔女が自分以外の逆行者を殺して回ったって説もあるが……
マキビ・ハリなんてのは辛いだろうな。慕ってた相手に裏切られた挙句切り捨てられたんだ。切ない話だよ本当に……
おい兄ちゃん……火星の夜だ。名物が外から見えるぞ。
おーおー。餓鬼みたいにはしゃいじまってまー。
そうだよ、あれがフォボスだ。ホシノルリがギンギラギンに改造しちまったからな……月みてえだろ?
俺も北辰の旦那も……たまに息抜きに来る草壁の旦那も、こいつを肴に酒を飲む。邪悪な魔女の居城も、15年経った今じゃあ、火星の観光名物になっちまったよ。
……どうする兄ちゃん。これから、フォボスをみながらドライビングとしゃれ込むかい? そんな顔してるぜ?
それがいいなら、すぐに土産を用意するよ……
ん? イヴ・ゴーヤラッカーの偽名のつけ方?
はん。単純な話しさ。
イヴは聖夜ともじって、ゴーヤは瓜じゃそのまますぎるから、ラッカーは独語の畑をもじった……全部つなげりゃセイヤ・ウリバタケってな。あんたも参考にしてみるか?
土産は何がいい? 今なら特製小型冷蔵庫『リリーちゃんMk−29』をお付けするぜ?
気にしねえで受け取れよ。
今夜の俺は気分がいいんだからな!
エピローグ
火星の大地が、青く照らされている。
白銀の装甲に包まれた、衛星フォボスが放つ幻想的な光が、青年の視界を常に一定に保っていた。元々赤かった大地に青い光。矛盾を内包する風景を前に、青年はバギーを止めた。
少し風景を楽しもうと空を見上げる。手元には、ウリバタケから手渡された『手土産』が鈍い光を放っていた。
「艦長、艦長が。ルリさんが…ルリさんがぁ」
少年は跳躍の瞬間、思い人の暗黒を垣間見て。
「――ブラスターなんてどうしろって言うんだろ、あの人」
苦笑しながら、青年は自分に向けられていたブラスターをその手でもてあそぶ。
15年前とは比べ物にならないくらいに成長した手に、すっぽりと収まる銃身……まるで、彼のためにあつらえたかのような銃だった。
こう思ったのだ。
この人とはいったん距離をおきたいと。
だから、跳躍してきた直後に連絡してきたルリに、こう問いかけた。
「それにしてもなあ……」
ブラスターを包んでいた厚紙……その表面に書かれたメッセージを見て、青年は嘆息した。夜の火星に出てから、実に五回目のため息である。
「僕ってやっぱり若いんですかね? 艦長」
『お姉ちゃんはだぁれ?』
この一言が、一人の少年の運命をわけた。
あっさり正体を見破られてしまった自分を嘆き、年下になってしまった少女に問いかける青年。
「やっぱり……高杉『針』太郎なんてそのまんますぎるかなあ」
グチグチつぶやきながら空を見上げる。
そんな彼の横……永遠に埋まる事は無いであろう助手席の上で、厚紙が風に揺られて飛ばされそうになっている。
そこには、たった一言のメッセージが記されているだけだった。
『頑張れよハーリー君』
自分のやることのために何でもやると決意した少女にとって
同じ逆行者は邪魔なだけの存在
だから、同じ逆行者……地球にいる人間は一人残らず消されていた
たった一言嘘をついた少年だけが生き残れた
それは、少女にとって少年がどうでもいい存在だったという証。
逆行者かもしれない、その可能性を無視してしまうくらい、
どうでもいい存在という事。
「さ、行くかぁ」
エンジンを入れて、少年はアクセルを踏み込む。飛ぶように加速したバギーが、火星の大地に新たな轍を刻み込んだ。
だからなのか。
少年は追い求める。
火星で散った英雄の足跡を。
自分のあこがれた『魔女』の本当の姿を。
自分がその目で見れなかった英雄の姿を、その耳と足でかき集めるために。
走り出す。
青年――マキビ・ハリの旅はまだ始まったばかり。
あとがき
はい。初投稿いたしました私の名前は♪♪♪と申します。
アイングラッド様の『逆行の時』、『逆行者の余波』に刺激されて、思わず筆を執ってしまいました。
よそのページでのノウハウが多少あるとはいえ、基本やHTMLが素人の私が……連載投稿。無謀です
そして、微妙ですねえ。しかも、ルリファンに喧嘩売るような内容ですし。ルリファンの反応が怖い(汗)
この後、ハーリーはルリの歴史を知るために旅を続けます……どうか、気長にお付き合いくださいませ
代理人の感想
うーむ。
ダークですが、面白かった。
連載とのことですが、形式が連作短編というのもいいですね。
何せどこで終わっても切り良く終わる(爆)。
ともあれ望続編。