普通の方は、この出会いの時点で私とミナトが結ばれたと思っているようですが、そうはならなかった。私は故郷に婚約者のいる身、いくら魅力的な女性であろうと手を出すわけには行かない。
 良くも悪くも、『ナナコ・アクアマリン法』が骨の髄まで浸透しているんですね。私は。いくら出会いそのものが漫画のような展開でも、そう都合よく全ては運ばないのですよ。
 私は怯える彼女をなだめすかして、彼女が毛布を使って、私が寝袋で寝た。それだけですよ。

 

 さて、当時の私の格好は何処からどう見ても『旅人』でした。我等の無人兵器で街を焼け出されて、住む場所を探す人間は意外と多いので、紛れ込むには好都合でしたね。
 優人部隊の制服で街を歩いたら、今度は警察のご厄介になってしまいますし、服装の選定は意外と大変でした……ホクセン殿が進言してくれなかったら、どうなっていた事か。

 

 私は、目を覚ましてから、体を縮こまらせて寝る彼女の姿を見て、思いました。
 この人を、何とか木連に連れて帰れないか、とね。ジャンパー処理をしていない女性に跳躍門をくぐるのは無理としても、何らかの方法で安全な場所に連れて行くことは出来ないものかと。
 通信は禁止されていますので、もう完全に『待ち』の体制に入るしかありません。その時点で私が彼女のために出来る事は……旅の同行者になってもらう事でした。

 

 私とミナトが当時既に『関係』をもっていたという連中は、この旅姿の事を証拠に上げますね。まあ、気持ちはわからないでも在りませんよ?
 『ハニー』『ダーリン』って呼び合うわバイクには二人乗りだわその時には体を密着させるわ。今思うと無茶苦茶をやったものです。
 お互い狙われている……この時は、木連のことは話さずに、自分もナデシコ搭乗予定のパイロットを名乗りました。ともかく、同じ境遇であり、全く接点が無かった者が同士が逃げ回るには……その、カップルを装うのが一番いいと、ミナトが提案したので。
 ただ、これだけは断言できます。
 当時のミナトは私を恋愛対象としては見ていなかった。
 いちゃつくたびに耳まで赤くなる私で遊んでいただけです。本人からも証言は得ました……本当に大変でしたよあの時は。意外と性格が悪いところがあるんですよ、ミナトには。
 ホクセン殿にからかわれる元一朗も、あんな気持ちだったのかもしれませんね。

 

 肝心のナデシコ狩りの指導者が捕まったのは私とミナトが合流地点に到着する三日前ですね。
 警察関係者だったそうですね。木連で警察がこんな事をすれば、一発で人権剥奪された上に戸籍そのものが抹消されます。どんな動機かは知りませんが、弱者をいたぶる論理がろくなものであるはずがありません。
 唾棄すべき男だと思いますよ。警察官になるべきではなかった。

 

 私は合流地点に一番乗りをしました。
 西欧のあるホテルの一室なのですが……私達はそこに、カップルを装って部屋を取りました。……ここでまたミナトの悪い癖が発動しまして。
 からかわれましたよ力の限り。目の前で服は脱ぎだす、シャワーにはこれみよがしに入る……一々真っ赤になっていた私も私ですが。
 彼女が鼻歌交じりにシャワーを浴びる音に赤面しながら、私はある決心をしたんです。
 ミナトさんに正直な話をぶちまける決心を。彼女に拒絶されるかもしれませんが、隠し続けるよりはいいですし……隠し続ける事も出来ません。
 何より、今ここでミナトさんと別れたら彼女は危ない。何せ相手は戦神に接触する女性を片端から殺している魔女……今思えば杞憂だったのですが、私は彼女が殺される可能性を本気で信じていた。

 

 結果ですか?
 合流してきた北辰殿や北斗殿、ホクセン殿のご協力もあって、何とか信じていただけました。……ただ、ホシノルリが魔女だという意見は否定された。

 

『なんでルリルリがそんな事をしなきゃならないのよ!』と。

 

 未来の映像でも、ミナトは魔女を可愛がっていましたから……信じられないのでしょう。あんな幼い少女がそんな非道を行うなど……しかし、私は彼女を何とか説き伏せようとした。
 未来から来た三郎太君。彼の憎しみの篭った視線を、叫びを、形相を……私は肉眼で確認したのです。確かに、私の知る三郎太君とは別人かもしれませんが、下は同じなのです。実直な彼をあそこまで豹変させる憎しみを、魔女は植えつけた。
 もう、物凄い気合で言い合いました。ホクセン殿が『離婚寸前の夫婦のようだ』などと言うくらいに、私達は加熱していました。

 

 ……論争の結果は言うなれば私の勝ちです。
 ミナトは魔女のやった凶行を認め……その原因を知るために、私たちに同行を願い出ました。
 これが、私が妻と社交界を出歩かない理由でもあります。ミナトは、今でも魔女が絶対悪ではないと思っていますから、魔女の悪口がとびかう宴に行かせるなんて、とても出来ません。

 

 さて、今思えばこの瞬間が『三色の覇王』こと大豪寺 鎧との出会いの発端です。
 北辰殿とホクセン殿は、ミナトを使ってある作戦を考え出しました。
 単純な話です。北辰殿が手勢を率いて魔女の宿舎を襲撃し、その他大勢の護衛を相手取る。
 北斗殿が戦神の足を止めている間に、ホクセン殿が魔女を暗殺する……私はミナトにつなぎを取ってもらい鎧と接触し、引き離す役目を与えられました。
 当時の私たちからすれば、豪華ラインナップ、という奴ですよ。何せ、木連最強の羅刹と阿修羅、暗部の頭領を豪快に使った大作戦なのですから。

 

 勿論、表向きはただのゲキガンガーマニアとして、鎧と接触するのです。つまり、マニア同士の会合というわけですな。ミナト殿がナデシコクルーであった事、鎧が重度のゲキガンマニアだったことの二つがなければ、この作戦は成り立たなかった。
 ミナトが生贄代わりに使われる可能性ですか?
 北辰殿一人ならば、私もそれを危惧したでしょう。ですが、ホクセン殿がそのようなマネをなさるはずがありません。その点は信用していましたよ。

 

 ミナトに『知り合いのゲキガンマニアがあなたと話がしたいんですって』と約束を取り付けてもらったのは……私がミナトと泊まった西欧のホテルの一室でした。緊張しましたね。下手な手を打って相手が帰ってしまったら、作戦は水の泡になる。
 何せ、当時の鎧は不死身の肉体に戦神並みの戦闘力を併せ持つ男として、木連にも勇名が聞こえてくるほどの人材なのですから。肉弾戦がどれ程の腕前かはわかっていませんでしたが、それだけでも十分脅威でした。
 相手との会話ひとつにも、提示するゲキガンガーグッズにも細心の注意を払って、私は待ちました。
 私が本国から送ってもらった『ゲキガングッズ』を並べ、感無量の涙を流しましたよ。私のような地位のものでは絶対に手に入れられないレアグッズの数々がそこに並んでいたのですから。
 ですが、緊張は解けませんでした。当たり前です……私たちにとっての価値が相手の価値になるとは限らないのですから。地球に着てからカルチャーショックを受けっぱなしだった私は、その点が不安でならなかった。
 結局、そんな心配は杞憂だったわけですが。

 

 ミナトにつれられてやってきた鎧を見た時、私は目を丸くしましたよ。鏡を目の前にしているような錯覚……というのを生まれて始めて味わった。世界には三人そっくりな人間がいるといいますが……まさか、それが敵方の英雄だとは思いませんでした。
 彼も同じ感情を抱いたのでしょう。しばらく硬直した後……私がベッドに並べていたグッズを見て、叫びました。

 

『――な、なんとぉっ!! プレミア付超合金DXドラゴンガンガーだとぉっ!!!!?』

 

 そう! あの人は無数に並べられたゲキガングッズの中から、最も希少価値の高いものを一目で見抜いたのです!
 同時に、私は鎧が胸元につけているバッジを見て、叫びました。

 

『そ、それは! 現存数が少ないゲキガンガーラメバッヂ!!』

 

 そうして、私達は魂を通い合わせました。
 『親友』……否! 一生涯の『心友』と私は出会ったのです。そこに国家間の壁などは皆無といってよく、私達はゲキガンガーについて熱く語り合いました!
 ……私たちを見るミナトの目が白かったのには、最後まで気付きませんでしたけどね。

 

 結果だけを先に言えば、暗殺は失敗に終わりました。ホクセン様と同じ部隊にいるという相沢祐一という男が、たまたま戦神と一緒の宿舎にいたために、防衛力が予想を上回るほどに強化されていたのです。
 片や世界単位で英雄と呼ばれる『漆黒の戦神』、片や激戦区といわれる西欧で名を馳せた『日出処の守護者』……軍隊でもVIP中のVIPです。警備の物々しさは、想像を絶するものがあった。
 魔女と守護者の取り巻きが、彼等に過保護だったというのも原因の一つです。
 しかし得るものはあった。

 

『また、どこかで会いましょう!』
『ああ! 妹さんによろしくな九十九!』
『ええ! 次に会う時は、元一朗と源八郎をつれてきますよ!』

 

 私が鎧と硬い握手を結んで別れようとした時……今思えば、非常にタイミングよく、ホクセン殿が合流してきたのです。

 

 ……いや、あれを合流といっていいものでしょうか。
 戦神と戦いあい、お互い物凄い量の昂気を撒き散らしながら飛び出してきたんですよ。壁をぶち破ってね。

 

『草壁の犬がぁっ!!』
『ほざけやぁぁぁぁっ!!』

 

 そんな台詞を叫びあいながら、目にも留まらぬ戦いを繰り広げていました。
 昂気……武羅威とも呼ばれる、木連式の奥義。長き木連式柔の歴史において、習得したものは片手でも多いほど。
 それを……まあ、ホクセン殿が使えるのはいいのです。私たち三羽烏が入院したのは、ホクセン殿の武羅威の影響なのですから。
 しかし、テンカワアキトが使える事実には驚きました。同時にテンカワアキトが、ホクセン殿にそこまでさせる男なのだという現実が衝撃的でしたね。
 ホクセン殿の格好も、テンカワアキトの実力を証明していました。ホクセン殿は当初、あの怪しさ抜群の格好で戦いに向かわれたのですが……傘は失われ、頭巾と遮光眼鏡と覆面でなんとか顔を隠している状態にあったのです。蒼銀と黄金のぶつかり合う様は幻想的で、危険な美しさに満ちていました。
 私程度では、到底介入できる戦いではなかった。北斗殿がいないのを、戦神にやられたのかと錯覚してしまいましたが……北斗殿はこの時、相沢祐一とクリムゾンのブーステッドマンを相手にして戦っていたそうです。

 

『!? ガイ! なんでここにいる!? それに――』
『アキト! そいつは――!?』

 

 二人が会話を交わした一瞬の隙をついて、ホクセン殿は私に視線を投げてきました。
 私も優人部隊の一員です。あっけにとられるような事はなく、すぐにミナトさんを連れて逃げ出す算段をとりましたよ。私が加入してどうにかなる戦いではなかった。つまらないプライドで足手まといになるよりも、ミナトさんを保護する方が優先事項でしたから。
 そして、任務の事も忘れなかった。鎧に撤退するように呼びかけ――あわよくば、この場から引き離したかった。

 

『鎧! 君も早く逃げ――』
『ガイ! そいつは木連の人間だ!』

 

 私が鎧に声をかけるより早く、戦神の叫びがあたりに響き渡った。
 ぎょっとしましたね。あの時ほど驚いた経験は、私にもホクセン殿にもなかったでしょう。
 ようく考えたら当たり前のことなんですよね。テンカワアキトは未来で私を見ているのですから……気付いて当たり前です。前後の状況……ゲキガンマニアに呼び出されて、大きな戦力が減らされた事と、敵が木連の人間である事を考えれば、自明の理でしょう。

 

『余所見厳禁ッ!!!!』
『ぐあっ!?』

 

 我等のいる場所に意識を向けた一瞬の隙を、ホクセン殿は見逃しませんでした。戦神はとび蹴りをまともに受けて、道路を跳び越して向かいの建物に頭から突っ込んでいきました。

 

 そしてその隙に――私は、拳銃を抜き放ち、鎧に向かって突きつけました。タッチの差で反応の遅れた鎧は拳銃を抜きかけた姿勢のまま固まる事になったのです。
 ――ああ、今おもえば命知らずなことをしでかしたものですね。あいつは、あの時点でテンカワアキトと同じく武羅威が使えたというのに。

 

『もくれん……!? お前がか! 九十九!』
『銃を下ろしてくれ! 私はお前を撃ちたくはない!』

 

 鎧は、この時点で我等木連の存在を知っていたのだそうです。おそらくは、戦神に教えられたのでしょう。私は必死で出来たばかりの友を説得するために言葉を吐き出しました……必死すぎて口に出した内容は覚えてません。

 

 私の説得が鎧にどういう風に受け取られたのかはわかりません。ただ……説得の最中に、手傷を負った北斗殿と北辰殿の二人が現れて、叫びました。
 撤退だ、とね。
 私達はその言葉に従ってその場から逃げ出しました。
 今考えると、暗殺に逃亡、卑怯な囮……木連男児にあるまじき作戦ですね。けど、この作戦を反対する人間は、木連上層部にはいなかった。
 それだけ、木連の人間は魔女を危険視していたのです。

 

 その後、私達は2年ほど地球に滞在しました。
 木連の敵である『金眼銀髪の魔女』を殺すチャンスをうかがうためにね。単純に、帰還が不可能だというのもありますが……もう、それは数え切れないほどの策謀をめぐらせましたよ。
 ですが、どの作戦も失敗。魔女を倒すにはいたらなかった。そして、魔女には私たちを放置しておく理由などありませんから……指名手配されなかっただけマシ、というだけで、暗殺者はひっきりなしに送りつけられてきましたよ。影護親子と共に行動していなければ、私もミナトも死んでいたでしょうね。
 ホクセン殿は、KANON隊と共に行動を続けていました。さっき話したように、相沢祐一とテンカワアキトの両名は頻繁に接触していましたから、『なぜ』相沢祐一と接触するのかを調べる必要が合ったのです。

 

 相沢祐一をご存じない!? 二つ名もですか!
 ……成る程。そうか!
 こんなところにまで手を回すのか! あの魔女は!
 ……あ、申し訳ありません。いえ、なんというか……相沢祐一はもう死亡していまして、その原因が魔女にあるのですよ。

 

 何故味方を殺すのかって?
 簡単ですよ……戦神と相沢祐一は、協力しあっていたわけではない。相沢祐一を味方に引き入れるために、彼と戦神が接触するように魔女が仕向けたのですよ。
 しかし、それは不可能だった。戦神は純粋に和平を欲し、戦いを疎んでいたと鎧から聞きました。しかし、『日出処の守護者』は平和のために戦っていたわけではなく……潜在的な英雄願望が動機にあったのです。勿論、ヒーローになりたいという思いは、男児ならば誰もが抱く想いです。
 逆に、テンカワアキトの平和願望のほうが、軍では珍しかった。
 鎧から、戦神が話してくれたのを又聞きしたのですが……相沢祐一は、テンカワアキトから和平の話を聞かされたとき、こう答えたそうです。

 

『俺はヒーローになりたいんだ。
 子供の頃からの夢がそれで、軍隊に入ったのだってそういう理由さ。今は軍人という意識も若干あるが……
 俺は協力しながらあんたを押しのける形で和平を進める……つまり競争になるぞ? それでもいいなら協力しよう』

 

 テンカワアキトはこれに乗った。彼からすれば、自分が英雄である必要はなかったし、鎧の話では、英雄の名前を肩代わりしてくれることを、喜んですらいたそうです。
 彼は、テンカワアキトは良くも悪くも英雄らしからぬ男だった……一般人になることを望んだのですね。今なら、彼の気持ちが良くわかりますよ。
 ですが、魔女はそうではなかった。英雄はテンカワアキトで、それ以外の人間は『その他大勢』でなければならなかった。
 本当に、あの女はテンカワアキトに何を求めていたのでしょうね。お人形のように飾り立てて遊んでいたのでしょうか……どちらにしろ、胸の悪くなるような感情しか抱けませんよ。

 

 魔女による粛清……通称『逆魔女狩り』の最初のターゲットに、相沢祐一が選ばれたのは当然の結果かもしれません。
 『逆魔女狩り』のプロセスはこうです。魔女は巧妙なハッキングを繰り返して醜聞を探し回り……いえ、この醜聞は当人でなくてもいい。基地内部の人間一人でも不正を働いていたら、そこから無理やり目標につなげてしまうんです。不正が見つからなければ不正をでっち上げる。
 そうして狩られていった軍人は……わかっているだけでも1000人を越え、うち54名は完全な濡れ衣です。一番有名なのがグラシス・ファー・ハーテッド中将ですね。

 

 相沢祐一は、そういう意味では隙が多かった。いえ、多かったのは彼の周りにいる女性たちですね。
 えっと、確かツキミヤ・アユ、ミナセ・ナユキ、ミサカ・カオリ、クラタ・サユリ……ああ、これ以上は思い出せそうにない。とにかく、彼は九人もの女性士官をはべらしていたわけですが、この女性達が皆『極小魔女』とでも言うべき娘たちでしてね。
 相沢祐一に対する独占欲の暴走で、無数の問題を起こしていたのですよ。特に酷いのが、『日出処の守護者』に対するえこひいきでして。彼の生存率を上げるためなら他のパイロットを平気で見捨てるのです。
 そして戦術。彼女達は、自分達が戦術の一切を取り仕切っているのをいい事に、好き放題やっていたのですよ。味方がピンチになるまで出撃しないとか、とにかく相沢祐一の戦果を大きく見せるためなら何でもやった。
 味方がピンチになるまで、なんて指揮官がやっていいはずがありません。それは、味方の死を意味しているのですから。
 そして、魔女と同じように相沢祐一に近づく女性の抹殺。
 先述したグラシス中将……その孫娘も彼女達の犠牲になりました。交通事故と銘打たれていますが、捜査が僅か一ヶ月で打ち切られたことを考えれば、どういう内容かわかるでしょう? クラタ・サユリが、父親の権力を乱用したのですよ。

 

 魔女はその汚点を見つけて、KANON隊をどんな気分で処分したのでしょうね。
 自分の同志を見つけたと喜んだのでしょうか? それとも、近親憎悪でも抱いたのでしょうか? 今となってはわかりませんがね。
 ともかく、KANON隊はそれらのスキャンダルを暴き立てられた上に、全ての責任が相沢祐一にあるように偽装された。軍法会議の後、KANON隊の解散と相沢祐一の更迭が決定しましたよ。
 相沢祐一は、彼女達がやっていた事を全く知りませんでしたから……呆然としたそうですよ、真相を知った瞬間。

 

 ホクセン殿がその時どうなったか?
 ……確かに、私達は解散の時ホクセン殿を迎えに駐屯地の近くまでいましたよ。
 ただ、ミナトとホテルで待機していましたから、直接見聞きした内容ではありません。後から北辰殿と北斗殿に聞いた話しかできませんよ? それも概要……それでもいいのなら。

 

 相沢祐一は、解散され逮捕されるその日、最後にこう申し出たそうです。
 『北川と模擬戦をやらせてくれ』……そして、ホクセン殿はその申し出を受けた。
 相沢祐一は、ひょっとしたらホクセン殿の真の実力を知っていたのではないのでしょうか? 偽りの英雄にされようとしている自分が、本当に英雄の資格を持っているのか、それを知りたくてホクセン殿をものさしに選んだ。

 

 だとしたら、正しい判断ですね。
 木連の資料では、彼に尊敬と畏怖をこめて『相沢祐一』と漢字表記で記しています。それは全て、この最後の戦いの凄まじさがもたらしたのですよ……その戦いを影から見ていた北辰殿も北斗殿も、口をそろえて『あの男は強かった』と明言しましたから。

 

 周りの人間は、特に九人の女性たちはホクセン殿をあざ笑ったそうですよ。
 『なんて無謀な』という嘲笑です……昼行灯に徹していたホクセン殿の評価など、その程度のものでしかなった。それを見抜いた『日出処の守護者』が異常なのですよ。
 迎えに来た軍の人間は、おそらくクラタの息がかかった者たちだったのでしょう。あっさりと許可が下りて、二人は対峙する事になった。

 

 相沢祐一が使用するのは、『日出処の守護者』の名にふさわしい、鎧武者のような外観を持ったクリムゾン製先行試作機『サンライトハート(太陽の心)』。
 後で知ったことなのですが、これは木連とひそかに結びついていたクリムゾンが技術提携の上で作り上げた最新鋭の機体だったのです……魔女からの経済攻撃で傾きかけていたクリムゾンが、クラタのコネに押されて提供したのですよ。

 

 だが、ホクセン殿の機体も負けてはいない。
 ホクセン殿がクリムゾン製量産機を使って戦うと思っていた連中は、ドギモを抜かれたことでしょう。彼が持ってきたのは、脱隊後に使わせる予定でヤマサキ博士が送ってきた機体……魔女との最終決戦で使用されることとなったかの有名な『金剛阿修羅』、そのプロトタイプ『金色夜叉』だったのです。

 

 双方、能力を上げすぎてじゃじゃ馬になり、使えるものがいなかったという曰くつきの機体なのです。
 北辰殿が『三色の覇王と漆黒の戦神の最終決戦と比べても、なんら遜色のない戦いだった』と評価するほどの戦い。ぜひとも見てみたかった。
 あの二人が夢中になりすぎて映像に残すのを忘れたほどです。凄まじかったのでしょう。

 

 ……そんな凄まじい戦いで、死人が出ないわけがない。
 この戦いの結果、相沢祐一は『サンライトハート』と共に散って行ったそうです。

 

 問題はその後ですよ。件の女性達が、ものの見事に全てを台無しにしてくれた。
 狂乱した九人の女性たちは半死半生状態の『金色夜叉』を攻撃し、ホクセン殿は重症を負った。その後、怒り狂った北斗殿の手で基地は壊滅させられたと聞きます。
 近くにヤマサキ博士の研究所への帰還ルートが確保されていなかったら、ホクセン殿が英雄になる事はなかったでしょうな。私も、帰還寸前に運び込まれていくホクセン殿を見送りましたが……よくあの怪我で跳躍に耐えられたものです。
 つまりは、それほどの重傷を負われた。再会したとき、片目は義眼になっていましたよ。

 

 女性達がどうなったか、ですか?
 ……北斗殿の手でホクセン殿と共にヤマサキラボに運び込まれて、その後は不明です。どういう末路をたどったかは、想像に難くありませんな。

 

『武人同士の戦いの結果に横槍を入れたんだ。自業自得だ』

 

 北斗殿の言葉ですよ。これは。ヤマサキ博士など、もっとぞっとするような台詞を口にしていた。女性をモルモットにしたのかと私が詰問すると、

 

『モルモット? 馬鹿言わないでよ。なんであんな連中を科学の発展に貢献させて上げなくちゃならないのさ』

 

 寒気がしましたね。あの人達は、ホクセン殿を理不尽に傷つけられて堪忍袋の尾が切れたのかもしれません。

 

 ヤマサキ博士が切れる理由ですか?
 ああ、言っていませんでしたか……理由は誰も知らないのですが、ホクセン殿とヤマサキ博士はお互いを無二の親友と呼び合っていたのですよ。人情を感じさせないヤマサキ博士も、ホクセン殿と一緒にいる時は少年のような顔をしたものです。ホクセン殿が高いコストでジャンパー処理を受けたのも、ヤマサキ博士の独断だったといいます。

 

 こんな逸話があります。今でこそ罪を償っているヤマサキ博士ですが、戦争当時はそれこそ外道の所業に手を染めていました。人体実験が基本なのですから、当然といえば当然なのですが……木連上層部の受けはよかったものの、軍人からは蛇蝎の如く忌み嫌われていました。私もその一人でしたよ、当時は。
 そんな軍人の一人が、ヤマサキ博士を面罵したのです。そして偶然、そこにホクセン殿が居合わせた。
 その軍人は今頃、病院のベッドで自分の発言を後悔しているでしょう。北辰殿が止めなかったら、冥土に行っていたかもしれない。

 

 私は、その逸話を知って一度だけ問いかけたことがあるのです。何故、ヤマサキ博士を庇うのかと。
 あの人は笑って、

 

『俺はヨシオの親友だし、ヨシオは俺の親友だ。それ以上になんの理由が要るんだ?』

 

 根っからゲキガンガーなんですねあの人は。だから、当時のヤマサキ博士でも受け入れられる……本当に器が広い人です。
 ヤマサキ博士が改心して刑に服したのは、ホクセン殿の影響でしょう。

 

 ホクセン殿を失った私たちに帰還命令が出されたのは、ある意味では当然のことでしょう。暗殺という分野で比類ない人材を完璧に配置してすら魔女は討ち取れないのに、ホクセン殿という大きな柱を失ったとあっては成功する確率など零に近かった。
 私はこのまま撤退するのは余りに悔しかった。何より、ミナトを置いていくわけには行かなかった……その時点で北斗殿はホクセン殿と一緒に木星に帰っていましたから、三人しかいなかった。
 この面子で全て成功すると思うほど、私は馬鹿ではありません。ですが、逃げ帰るのだけはいやだったのです……そして、最低最悪の作戦を立てた。
 ジンタイプで魔女のそばにボソンジャンプして、自爆する戦法ですよ。和平を結ぼうにも何をするにも、魔女を排除しない限りなし得ないのですから。失脚させようにも情報を支配する魔女相手に、どうやって世論を味方につけろというのでしょうか。

 

 私がひそかにその作戦を決意して、ジンタイプ輸送を要請したのは……2199年2月13日の夜でした。
 歴史の教科書片手にこの話を聞いていたら、いかに馬鹿げた話かわかるでしょう?
 私は『オペレーション・ジークフリート・ルオップ・ブレイク』が始まる前日にその決意を固めていたんですよ。(笑)
 勿論、翌日にニュースを見た時は腰を抜かしてしまいましたよ。様々な意味合いでね。横で『バレンタインになんて事を』と怒り狂うミナトがいたのにすら、気付きませんでしたね。

 

 その後はもうてんてこ舞いでしたよ。
 なにせ、未来歴史での功績をたたえて……とかで和平大使に任命されてしまったのですから。
 本国に連絡を入れて指示を受けて指示をこなしてまた連絡を入れて……魔女が失脚した事によって、出来ることやらねばならないことが一気に増えましたから、やることは山積みでした。ニュースはおろか寝る暇すら無くて、食事しながら任務をこなして……地球側に正式な連絡が入れられたのは、ゲキガンバリス破壊、魔女脱走などの騒乱が一時終わってからでした。

 

 ですが、和平を結ぼうという段階になって問題が発生したんです。
 地球側が、この後に及んで木連を抹殺しようとした……わけではありません。単純に、木連に対する姿勢を決める政府議会が完全に麻痺していたんです。和平に関しては、後日鎧を力技で和平大使に仕立て上げることで何とかなりましたが、問題は地球の状態だった。
 魔女の置き土産と攻撃で、大半の政治家が絶命あるいは政界から放逐されていましたから……政府そのものがまともに機能していなかった。軍もそうです。
 木連の存在を明るみに出しても、全く反応が無い……それほどのものだったのです。
 こうなったら見ていられないのが我々木連です。弱者の救済を旨とする木連が、無政府状態で混乱する民を見逃せるはずがありません……チューリップから大量の無人兵器を放出し、『民を護った』。
 とんでもなく皮肉な話だと思いませんか?

 

 その当時になると、優人部隊の跳躍処理は一通り終わっていましたから、木連も大量の人員を割くことが出来ます。全世界に木連の存在を知らしめ、無政府状態の市街地を統治して……警察機構の復活から食糧の配給まで、もぉ、やる事は山ほどあったはずです。
 私ですか? 以前の忙しさの報酬であるように、楽なものでしたよ。出来もしない和平の準備をすれば終わりですから。代わりに元一朗や源八郎、舞歌様が大忙しで倒れそうになっていました。

 

 『魔女失脚』から六ヶ月後、2199年9月1日に、前述した『力尽く』での和平条約締結がなされました。寝ている鎧を誘拐して、旗艦に連れて行ってその場で締結……無理やりすぎますが、こうでもしないと条約の結びようが無かった。当時の地球はそれほど混乱していたのですよ。
 そして、締結された条約に逆らう力が、彼等には欠けていました。ですから、平等な……私たちからすれば相当譲歩した条約はすんなりと受け入れられました。
 現在木連が地球を統治しているという事実に、『不平等条約だった』という人もいますが……それは一重に、この時期の無政府状態に原因があるのですよ。地球の人々は、いざというときに何もしなかった無能な政府よりも、何処からともなく現れて救済の手を差し伸べてくれた木連政府、引いてはその責任者の草壁中将を支持したのです。魔女が極冠遺跡で見つけた無人兵器生産プラント……そこから無尽蔵に作られる兵器を相手にしたのは、我等木連でしたし、地球連合軍はいいようにやられていた。
 不平等条約とは濡れ衣もはなはだしい。

 

 フォボスに逃げた魔女からの不遜極まる『命令』が全世界に発信されたのは、条約締結の翌日です。
 あの魔女は、通信の波に乗せて自分達が未来から来た事、未来の歴史を垂れ流しました。木連の人間が生きる価値も無い悪党で、地球人も愚か者で……自己正当化と自己讃美の嵐にしか聞こえませんでしたよ。
 私達優人部隊はその日、地球で雑務に追われていたのですが……その放送を聴いたときには、もう、怒りを感じすぎてどういう反応をしていいかがわからなかった。
 続く命令も理不尽極まりない。
 『草壁、北辰、ヤマサキの三名をA級戦犯として処刑せよ。木連は全住民をコロニーに収容した後、生命維持装置を切って消滅せよ。地球連合政府は速やかに我等の軍門に下れ。ヤマダ・ジロウとその家族を引き渡せ。支配者同士の結婚を、新たな王朝の確立を祝福せよ』
 何様ですか。あの魔女は。しかも、それが行われなければ核攻撃……子供のわがままですね。

 

 すぐさま軍部の将校が収集され、『対魔女会議』が開催されました……これも、その後の木連による地球支配の原因なのですが。
 参加していた将校の中で、地球人は鎧と、今は私の義弟であるアオイ・ジュン、フクベ・ジン……そして、アカツキ・ナガレの四人だけでした。つまり、魔女討伐に地球連合軍は全くと言っていいほどに動かなかったのですよ。

 

 大半が木連将校の会議の中で、怖気づかずにまず意見を述べたのは……アカツキ・ナガレでした。A級戦犯である身の上だというのに、実に堂々としたものでした……人格がどれ程のものか私は知りません。ですが、彼は臆病者では絶対になかった。

 

『僕のほうで対マシンチャイルド用のワームウイルスを作ってみたんだ。こいつがあれば、魔女の警備網はほぼ無効化できる』

 

 一番の問題だった警戒網。ひっかかればすぐさま核ミサイルのボソンジャンプが行われる難関を封じる一手を、アカツキ・ナガレは提示してくれたのです。私達はどよめいて彼に視線を集中させました。
 後の作戦……ジャンパーであるテンカワ・アキトをおびき出して叩くという作戦は、すぐに決まりましたよ。

 

 火星へのマスドライバー攻撃が行われたのは、この会議の最中です。
 覚えていますよ。作戦を煮詰めていく最中に、ノックも何もせずに会議室に目を血走らせた三郎太君が飛び込んできて、叱咤する源八郎の言葉すら無視したのです。

 

『火星が! 火星が……あの魔女がぁっ!』

 

 言葉に出来ないくらいに動転していましたよ、彼は。
 あの魔女が火星で何かしでかした……それだけしか三郎太君の叫びからはわからない。私達はそれを確認するために三郎太君を落ち着かせようとしました。
 けど、すぐに三郎太君が何を言いたかったのかはわかった。その映像は、隠されることすらなく全宇宙に垂れ流されていたのですから。

 

 火星に向かって打ち込まれる無数の隕石、爆発する大地、潰れるシェルター……マッサカ将軍でもためらうくらいに念入りな、マスドライバーの一斉射撃。A級ジャンパー虐殺といわれる事件です。
 大型モニターに写った悪夢のような光景を、会議に参加していた全員が目撃した。しかも、それは録画で……既に我々が何をしようと手遅れだった。知ったからといって何ができたというわけではありませんが、その場にいる全員が、無力感に打ちのめされた。
 鎧などは、その映像を見てひざをついてうなだれてしまいましたよ……あいつは、元々は火星に駐屯していた連合軍の所属だったそうです。そこで、試作型エステバリスのテストパイロットをしていた。ナデシコに乗った理由は、火星においてきた仲間の行方を確かめるためだったといいます。
 仲間が生き残っているかもしれない。僅かな可能性でしたが、可能性としては残っていた。鎧の僅かな希望を、あの魔女は無惨にも潰したのですよ。文字通り大質量の岩塊を使ってね。

 

 そんな理由がありましてね。作戦が決まり会議が終わって、私は鎧に話しかけようとしました。ですが……到底話しかけられる雰囲気ではなかった。
 元一朗と源八郎、二人の友人を紹介はまたにしよう、今話しかける必要はない……あの時の判断が、今でも悔やまれる。落ち込んでいる鎧を、無理やり奮い立たせるためにも、二人と引き合わせるべきだったのかもしれない。
 結局、鎧はあの二人と話せなかった。

 

 私達は魔女にこの作戦を気取られないために、細心の注意を払いました。
 ウイルスの開放は作戦ギリギリまで待ち、作戦の概要は書類の手渡し、あるいは点字、消えるペン……軍用犬や伝書鳩まで使って連絡網を作った。
 確かに魔女は電脳世界において無敵かもしれない。ですが、現実の世界では何のスキルも持たない小娘でしかなかった。その隙を突いた連絡方法です。
 そうして万全の準備を整えた私達は、ウイルスを解き放つと同時に魔女を倒すために発進した。

 

 最終決戦……火星フォボス戦役の事は、覚えていますよ。
 ええ、私は出撃寸前に婚約者である各務千沙に婚約指輪を渡し、帰ったら結婚しようと約束し……源八郎、元一朗の二人も、それぞれの婚約者と同じことを約束した。
 この戦いに勝ったら、六人で一緒に結婚式を挙げよう! ……そう言った時の千沙の笑顔は今でも忘れられません。ええ、忘れませんとも。
 あれが、最後の邂逅になったのですから。

 

 火星全体を、土星の輪のように無数の無人兵器で覆い尽くし、絶対の警戒網を敷いた。自分の能力を信じていた魔女は、いともあっさり現れた我等の艦隊を見て、どんな思いを抱いていたのでしょうね。
 私達は魔女の考えになど頓着せずに、すぐに攻撃に移った。魔女が要塞に改造したフォボス、『漆黒の戦神』テンカワアキトの愛馬『ブローディア』を叩き潰すために、私達は持てる最高の戦力をそろえました。
 理想的な少数精鋭です。未来のナデシコで十分戦えた、一流パイロットのアカツキ・ナガレが戦力外通告を受けたといえば、どれ程ハードルが高かったかお分かりになりますか。優人部隊からの参加も三羽烏だけという有様です……人外級と言っても差し支えのないメンバーでしたよ。
 地球側からは『三色の覇王』大豪寺 鎧ただ一人。
 木連側からは『真紅の羅刹』影護 北斗殿、『金色の阿修羅』ホクセン殿、北辰殿、我等三羽烏……それぞれがヤマサキ博士が過労で倒れるまで改造してくれた機体に乗り、『漆黒の戦神』を倒すためだけに揃ったのです。

 

 フォボス潰しのメンバーもそうそうたる物でした。
 優人部隊、優華部隊は一流どころをそろえ、草壁閣下自らが指揮なされておいででした。
 地球側からは無人状態になったナデシコをフクベ・ジン提督が指揮し、機動兵器部隊を率いるのは高杉三郎太……負けるはずがない、圧勝しないとおかしいメンバーです。
 それでも、魔女と戦神は簡単に勝たせてくれなかった。

 

 あの瞬間は覚えています。まぶたに焼き付いて離れません。優華、優人部隊の艦艇を補足した瞬間、無数のグラビティブラストを発射した……フォボスの防衛システムは過剰なほどの攻撃力を持って艦隊を攻撃したのです。余りの弾幕の多さに、我等『対戦神部隊』にも援護要請があったほどでして。北斗殿とホクセン殿がそちらに向かいました。
 私はそこまでしか見ていなかった。千沙の死の瞬間も、舞歌さまの遺言も聞くことなく、我等は戦神と戦闘を開始したのです。

 

 え? 戦神自らが攻撃艦隊を全滅させたのでは?
 違いますよ。いくら戦神が圧倒的でも、前述した顔ぶれを前に艦隊を相手にするなど不可能です。ウリバタケ博士がそういっていたのですか? ……まあ、戦闘結果だけを見て、北辰殿の評価を聞けばそう錯覚しても無理はありませんね。

 

 ともかく、私達は戦神と接触し、戦闘を開始して……お恥ずかしい話ですが、一番最初に撃墜されたのは私なのです。
 疾風のようでしたよ。あの動きは。
 私はフルチューンのダイテツジンに乗っていたのですが、モニターに敵が映った! と、身構えた次の瞬間に、衝撃に襲われた。
 どどーんとコックピットが揺れて、次の瞬間には赤い警報の嵐ですよ。もう、何がなんだかわからないうちに無力化されていた。
 後から聞いた話では、遠距離からDFSの刃で一刀両断されていたそうです。モニタに写る元一朗と源八郎の機体は、脱出装置もかねたコックピット……頭部を完全に破壊されていた。私は元一朗や源八郎が殺されていく中、何も出来ずにいた。モニター以外が死んでしまったコックピットでね。
 嫌なものですね。自分が何も出来ないところで戦友が散っていくのは。もう、恐怖といっても差し支えないくらいに、悔しくて悔しくてたまらなかった……悔しさの余り、私はがたがた震えていました。

 

 多勢に無勢を一瞬で見切り、遠距離から数を減らした上で一騎打ち……薬で廃人にされた男の判断とはとても思えない。
 三羽烏を一瞬で葬った戦神は、北辰殿の『夜天光』と鎧の『三色百合』……木連ではこう呼称しています。この二機を相手取って凄まじい戦いを繰り広げていました。
 あれぞ、まさに戦う神の姿……途中で北辰殿の機体が破壊されて、一対一になってからはもう私の理解できるレベルではなかった。
 中距離で必殺技を放とうとする『ブローディア』に、格闘戦に縺れ込もうとする『三色百合』が接近し……言ってしまえばいたちごっこなわけですが、乗る人間が異なるだけで凄まじいやり取りになる。
 始めてみましたよ。DFSをただのけん制に使うような戦い方は。破壊力なんて無意味、相手が殺せる最低限の威力があればいい。そういう戦い方だ……これは、この戦いの映像を見た、ホクセン殿の評価です。

 

 決着はあっさりしたものですよ。拍子抜けするくらいに。
 フォボスの砲塔をいち早く全滅させ、無効化に成功したホクセン殿が、私たちに合流して……二人の戦いに割り込んだ。自分のいた部隊を全滅させられ、暗殺者として完璧だった自分に初めての失敗を味合わせた魔女に、一矢報いたかったのでしょうな。
 フィールド同士を真っ向からぶつけて、にらみ合っていたテンカワアキトと鎧に、横槍を入れたのですが……フィールドランサーでスラスターを突き刺された。たったそれだけで動きを止めてしまった。
 北辰殿と同じ感想を抱いたそうですが、私もこれにはおかしいと思いましたよ。
 けど、ボロ雑巾のようになったテンカワアキトを私は見ていません。
 相手が無効化した時点で、緊張の糸と失ったものの大きさに打ちのめされて……気を失ってしまったのです。
 無様な話ですね。これが木連三羽烏の生き残りになった男の戦闘で行った全てなんです。いきなり撃墜されて、親友が、許嫁が死ぬところを見ているしかなかった臆病者ですよ。
 それが、『一羽烏』などともてはやされている、白鳥九十九中将の正体です。

 

 次に私が目を覚ましたのは、全てが終わった後でしたよ。フォボスに臨時で設けられた医療施設で寝かされていた。
 その時に枕元にいたのが、鎧でした。地球で魔女暗殺を企てた……あの時以来の再会です。あいつは、そのことは何も言わずに私を許してくれました。
 戦いの末路を聞かせてくれたのもあいつです。他の人間だったら躊躇したであろう結果を、あいつはためらわずに包み隠さず教えてくれた……感謝してますよ。この時のことは。
 魔女が自ら死を選び、テンカワアキトは無意識のボソンジャンプを行い行方不明。
 フォボス攻撃艦隊の損害は、優人部隊全滅、優華部隊は紫苑零夜を残して全滅。地球側は名将フクベ・ジンがアオイ・ジュン以下クルーを逃がした後に艦ごと特攻し……これら全てを、私は鎧から聞かされた。
 災厄の魔女は、現世に深い爪痕を残すだけに飽き足らず、未来を支える貴重な人材まで根こそぎ奪い取ったのです。
 それほど、人的損害は計り知れないものでした。
 2199年10月12日……この日は、終戦の日でもあると同時に、有為の人材の命日でもあるのです。

 

 失意の状態で地球に戻った私たちを待っていたのは、人々の喝采でした。魔女が死んで平和が訪れたというニュースは、既に世界中を駆け巡っていたのです。
 世界中の人が私達を歓迎してくれましたよ……私達が落ち込んでいるのを置いてけぼりにしてね。
 大騒ぎも大騒ぎ……そんな中で、私と鎧は協力して凱旋パレードの予定をキャンセルしました。鎧は恋人……今の奥方の下へ行くために。私は、木連に帰って、『殴られる』ために。勿論、草壁閣下には無断ですよ。
 当たり前でしょう。私は千沙を護りきれなかった臆病者……最悪、彼女の両親に殺される覚悟すらしていました。
 それでどうなったか……ですか。
 ミナトと結婚した今も、各務家の人々とは交流があります。千沙の弟である千里君は、私の部下としてよく働いてくれていますよ。

 

 ミナトは、戦後ふさぎ込みがちな私をよく励ましてくれた……その時の縁で結婚しました。本当にいい妻です。私のような臆病者にはもったいないくらいのね。
 これが歴史どおりだと知ったのは結婚した後のことなのですが……奇妙な感慨がありました。

 

 さて、木連から草壁閣下の下に帰った私を待っていたのは、罰則ではなく雑務の山でした。これが罰だといわんばかりに、私に雑務を押し付けた閣下の笑顔は忘れられません……ええ、初めて閣下の顔を殴りたいと思った瞬間ですから。(笑)
 閣下は閣下で多忙を極めておいででしたよ。生き残った地球側の官僚との会談や、重要な会合は全てあの方が一人でこなした。木連の人的損害も凄まじいものがありましたから、残った高級官僚は過重労働を強いられる。私など、和平大使と閣下の補佐を同時進行させていました。
 地球の政財界では、過労で倒れる人間など一人もいないそうですね。当時の木連官僚は、三日に一人の割合で倒れていましたよ。ヤマサキ印の栄養剤……普段なら怖くて飲まないようなものを、愛飲したくらいですからねえ。それでも人数が足りなくて、戦犯のアカツキ・ナガレに経済復興を、科学者のヤマサキ博士に倒壊した建築物の建て直しを担当させる始末でした。
 ちなみに私は、状況が安定するまでの六ヶ月で合計12回倒れました。閣下など21回も倒れられましたよ……最高記録は体力の少ないヤマサキ博士で、なんと63回(汗)
 え? 鎧は何をしていたか?
 あいつは和平大使と『逆魔女狩り』の被害者の罪状洗い直しを、私と同じように兼任していました……普段使わない頭を使っていたのに、一回も倒れませんでしたね。そういえば。
 やはり、体力が違うのでしょうな。(笑)

 

 戦犯の処刑もこの時に行われましたね。結局、戦犯として裁かれたのは、クラタ・トウキチロウただ一人でした。アカツキ・ナガレには作戦に対する貢献により恩赦が与えられ、それ以外の戦犯は魔女によって排除されていましたからね。

 

 人が倒れるほどに職務に精励した我々を、地球連合の国民達は歓迎しました……が、利権政治家連中は少々現実感覚に欠けていたようです。多くの政治家が木連の支配に抵抗しようとして……ホクセン殿の手でヤマサキ博士の元に届けられました。
 思えば、この政治家連中が博士の最後の人体実験であったのですね。

 

 しかし、15年ですか……
 いやいや、時間の流れという奴は、忙しくしているとあっという間ですね。色々在りましたよ……終戦直後からは。
 ウリバタケ博士は隠居してしまいましたし、ヤマサキ博士は研究所を自主解体して刑務所で罪を償い、政治の全権は草壁閣下の手にゆだねられた……
 一番大きな騒ぎは、ホクセン殿と北斗殿のご結婚ですね。いえ、知り合い内で、という意味での騒ぎなのですが。
 この結婚がいわゆる『既成事実結婚』という奴でして。
 勿論、北辰殿は怒り狂って反対しました。(汗) 封印された『夜天光』まで持ち出して。閣下が説得しなければ取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 

 最後の質問ですか。
 いいですよ。軍機に触れない限りは何なりと。
 ……テンカワアキトをどう思っているか、ですか。
 悲劇の英雄だと思いますよ。魔女に取り付かれ、全てを奪いつくされた男。木連では魔女を憎む人間が大半ですが、『漆黒の戦神』を憎む人間は少ない。魔女がいなければ、彼こそが英雄として、鎧と共に地球の代表者となっていたでしょう。
 『妖精教』については、アララギ君も何を考えているのか……確かに、魔女の行動が恒久的平和に繋がったのは事実ですが、あんな風に宗教にする事はないでしょう。
 他の連中のように、悪党扱いするつもりはありませんが、褒められたものではありませんな。

 

 ……おや、もう夜中ですか。
 いやいや、すっかり話に夢中になってしまいましたね。ミナトもずっとすねて部屋から出てこないし……
 木星コロニーの夜は、ミナトに言わせれば不気味なのだそうです……人造の月の光に風情がないのは確かにその通りなのですが。
 どうです? 妻を呼んできますので、一杯やりませんか?
 木連の酒は美味しいですよ……あ、スクーターで来られたのですか。それは残念ですね……酒気帯び運転に対する法律は、木連では地球よりも厳しいですから。
 なら、一本包みましょうか? いい酒があるんですよ。
 木連最高級酒の一本、至高の日本酒と言われる『天空』です。
 嫌な事なんて全て吹き飛ばして忘れさせてくれる、いいお酒ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

「うわぁ……本当に美味しい」
 一口。
 その液体を含んだ青年の口から、感嘆の声が漏れる。
 青年にとって、酒など存在自体が嫌悪の対象だったのだが、目の前にある液体は違った。青年の中にあった先入観を吹き飛ばすほどに、味わい深く、体に染み渡っていく。
 木連の酒を含んだ人間は、地球の酒を飲めないというが……どうやら、本当の話らしい。

 

 

 

距離を置いた少年は、本当にこれでよかったのかと自問自答を繰り返した。
 ただ、無力な自分に歯噛みして、自分の嘘を後悔する。

 

 

 

「これで僕も、地球のお酒は飲めないなあ」
 この味を知ってしまったら、地球の酒など馬糞を水に溶かしたとしか感じられないだろう。余りに美味しくて、一度に飲むのがもったいない。
 早速ビンに栓をして、後日にとっておく。

 

 

 

だが、妖精は変わらず戦果を挙げ続け、有名になっていく。
自分の力などこの人には不要なのか? さびしくなると同時にうれしくもあった。

 

 

 

「三郎太さんがお酒飲まなかったのって、こういう理由なのかな」
 思い出せる元木連軍人の兄貴分は、染めた髪に軽い態度で世の中を渡っていたが……一度もお酒は飲まなかった気がする。火星の後継者を討伐した後のパーティで、一口も酒を含まなかったその姿が脳裏によみがえった。

 

 

 

『ルリさんはやっぱ凄いやぁ!』
何も知らずにその戦渦をはしゃいでいた時代があった。
その裏に渦巻く思い人の歪みすら知らずに。

 

 

 

 脳裏をよぎるのは、二度と会えない人々の顔。
 白鳥宅を辞する時、見送ってくれた婦人は、自分の知る女性ではないのである。髪の色も化粧も変わっていないのに、年齢を感じさせない若さを持っているのに、中身は別人。自分に『甘えた分だけ男になれよ♪』と言ってくれた女性は世界にいないのだ。
 唯一自分が知る『心』の持ち主が、高杉三郎太……自分が名前を借りている青年だった。
 彼にももう会えない。

 

 

 

少年ははしゃいで少女を応援した。
歪みをもって悪をなそうとする少女を。
何一つ知らぬ、無知であるが故の賛美だった。

 

 

 

「に、しても……」
 ほろ酔い加減の青年は、その時の事を思い出して頬を引きつらせた。
「『次は遊びにきなさいよハーリー君』ってミナトさん……なんで僕の事知ってるんだろう。
 草壁さん、ひょっとして皆に僕の正体知らせてるんじゃ……?」
 ――それとも僕が若すぎるんですかねえ。三郎太さん。
 記憶の中でしか生きていない青年に語りかける。
 彼がこういうときに語りかける相手は、たいていが兄貴分か……憧れた魔女と呼ばれる少女だった。
 ホテルの窓から見える風景は、ささやかな人の営み、その灯りに満ち溢れる。人の笑顔がそこにはあって、温かみもそこにはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女が自分をかなぐり捨てて、全てを奪いつくそうとした時。
少年はその後姿に憧れた。
彼女がどんな顔で笑っているのかも知らず。その手をどんな風に汚しているのかも知らず。
自分の憧れる少女を妄信した。
図らずも、それは彼が慕った兄貴分が、かつて支配者に注いでいたのと同じ感情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな光景を網膜一杯に眺めながら、マキビ・ハリは双眸を閉じる。
 かつて憧れた人がなくそうとした光景、その屍の上に立つ光景を脳裏に焼き付けて、彼は布団に横になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、兄貴分と同じ喪失感を、少女の裏切りを味わった時。
彼は思ったのだ――『自分が隣にいれば』と。
止められたかもしれない。狂いを正せたかもしれない。
ある意味で傲慢な思いにとらわれた少年は、後悔の海を漂って生きてきた。
だから知りたいのだ。
あの時、自分が隣にいれば彼女を止められたのかどうかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りの園は、逆行者にも優しくその門戸を開け放っていた――

 

 

 

 あとがき
 どうも、記号野郎♪♪♪です。
 火星戦神伝 2、白鳥九十九編ここに謹んでお送りいたします。
 ホクセンが大分目立っています。ですが、こいつがいないとヤマサキが改心しないというか……かなり重要なキャラクターですので、お見逃しください。
 その理由は次回、『ヤマサキ・ヨシオ編』で解明されます。
 後、KANON隊の面々には元ネタが存在します……バレバレかもしれませんが(笑)

 

 

 

 

代理人の感想

むはー。面白かった。

KANONネタが気にはなりますが・・・まぁ、これはお茶目の範囲内ですか。

 

後気になるといえば誤字。

よく間違えられるのですが、月臣君の名前は元一朗です。秋山源八郎と混同して源一朗だの元一朗だのよく入り混じってますが・・・。

月臣の名前は男を意味する「郎」ではなく、「ほがらか」の「朗」なんでお気をつけて。

他にもかなり修正してますが・・・・誤字誤用誤変換が割と多いほうですので、書いた後でよく読み返したほうがいいですよ・・・と、老婆心ながら忠告しておきます。

話は面白いんですから、こんなケアレスミスで僅かとは言え失速するのは実に勿体無い。

では、また。