ところでお主、降下直後の我等親子が、どのようにして移動しておったかは……知っておるか。ならばよい。
 華音小隊は西欧を走り回る遊撃部隊でな。特定の基地を持たず機体の整備は全て整備用車両で行っていた。出立先に天蓋を張ってはそこに寝泊りしておったのだ。
 その張り巡らし方にも逐一決まりがあってな。北斗一人ならともかく、我にとっては移動のたびに世話になった勝手知ったる場所であった。
 天蓋という天蓋が、汚物まみれ、落書きすら多々、見受けられた。魔女のでっち上げを真に受けた、連合軍や住民の嫌がらせの結果だと、後で聞いた。
 司令部まで行けば、内部の気配をうかがうまでもなく、空気が張り詰めているとわかった。あれならば、素人でも内部の空気が理解できたであろう、それほどに、司令部天蓋は重苦しい空気に包まれておった。
 小柄で穴を開けて、内部を覗き込んだが、誰にも気付かれなんだ。守護者くらいは気付いてもよさそうなものだがな。
 離れた場所に一人座る守護者と、距離を置いておろおろする九人の愚物。そして、その九人に冷たいまなざしを向ける隊員達。すべてが重苦しかった。
 我等に気付き、こっそり抜け出したホクセンから聞いたのだが……華音隊で、守護者に疑いをかけるものは一人もいなかったらしい。隊員の憎悪は、むしろその取り巻きである九人に向けられたのだ……重苦しかったのは、自らの罪を認めぬ九人に対する非難の視線よ。

 

 我らはホクセンの親戚を名乗って、堂々と天蓋で待つ事にした。我等親子、元来周りの空気に流されぬ性質なのでな……己でいうのもなんだが、かなり厚かましい客であったと思う。茶を所望して、目を丸くされた事しか覚えておらぬが。
 ……驚いたのは、ホクセンが明らかに緊張しておった事だ。相沢祐一が更迭された瞬間、ホクセンは我等の傘下に戻り魔女の暗殺に向かう。が、今までであ奴が仕事の前に緊張した事などありはしなかった。
 我が首をかしげておると、北斗の奴がこんな事を口にした。

 

『そんなにここを離れたくないのか? セン』

 

 セン、というのは北斗がつけたホクセンの略称だ。北斗は、ホクセンの緊張がこの場を惜しむ感情からきたのだと思ったらしくてな。
 ホクセンは苦笑を浮かべて、こう言った。

 

『まあ、居心地のよかった場所だから』
『俺達の家より、か?』
『故郷とは違う。渡り鳥の咥える枝葉みたいなものさ』

 

 ホクセンは多くを語らなかった。が、その意味を我は解する事ができた。
 わかるか、高杉。故郷ではないが、なくてはならないもの……華音隊とはそういう場所だったのだとあ奴自身が認めたのだ。

 

 そうして待つうちに、相沢祐一が更迭される時が来た。
 司令天蓋に集まっておった全員が外に出て、連行される守護者を見つめ……中には、敬礼しておるものもいたな。ホクセンはただ無言で、その後姿を眺めておった。
 我等親子はただ無言で、なんの感慨もなく人間観察……守護者を更迭する者達を見ておった。我等としては守護者と接触して、勧誘する事のほうが重要だったのだ。九人の女たちも、どうやって守護者を助け出すか考え、目を血走らせておったわ。
 更迭する側はする側で、魔女から入れ知恵をされていたらしくてな。いかに女たちからの追撃をかわすかに闘志をたぎらせておった。
 そんな大勢の目論見を、守護者はたった一言でぶち壊してしまいおった……

 

『一寸待ってくれ』

 

 あの時のことは、一字一句はっきりと覚えておる。守護者が、自分の肩を掴む軍人に視線を投げかけたのだ。力づくで進ませようとしていたその軍人は、大きな体を震わせて後ずさった。無理もない。
 熾烈な目線と、鬼氣であったよ。一般人なら腰を抜かしたであろう。木連暗部でも、あの視線にうろたえずにいられるのは我と北斗、ホクセン、六人衆ぐらいのものであろう。
 守護者はその視線をそのまま滑らせて、ホクセンを捕らえてのたまいおった。

 

『最後に……北川と、模擬戦をやらせてくれないか?
 いいだろう? トカゲのおっさん。あんたの親戚、借りるぜ』

 

 あの時は肝が冷えた。
 確かに、我の顔はトカゲに似ておるよ。似ておるが……あの時の守護者は、明らかに違う意味合いで我をトカゲと呼んだのだ。
 木星蜥蜴という意味でな……あ奴は、ホクセンの実力どころか、その身の上まで気付いておったのだよ。
 クリムゾンと繋がり、戦神とも繋がっておった守護者が、我等木連の正体を知らぬはずがない。そして、如何に昼行灯を演じていようと、ホクセンという男の本質は阿修羅よ。同類である守護者が気付かぬはずはない。
 我はその言葉を聴いて、歓喜したよ。ホクセンの昼行灯に欺かれず、その向こうに潜む闇を見出した守護者の実力は、我が思っていた以上のものであったのだ。 だが、周りの人間はホクセンの実力など露ほども知らず、目を丸くし、何故ホクセンを相手に選んだのかといぶかしんでおった。
 それだけに、それを受けたホクセンに対する風当たりは強く、多くの隊員が命知らずめ、と止めようとしていた。
 九人の愚物などは、あからさまに嘲笑したものよ。中には、それが守護者の脱出作戦だと思ったものもいてな。精々派手にやられてきて、と口に出したものもいた。

 

 肝心のホクセンは、そんな罵倒の嵐を涼しい顔で受け流し、我にこう言い放った。

 

『おじさん。『金色夜叉』、出せますか?』

 

 正直、我はそういわれるまで自覚がなかった。守護者とホクセンの戦いの重要さに対して、精々通過儀礼程度の価値しか見出しておらなんだ。だが、『金色夜叉』を使うという事は、持てる力を搾り出す意思表示……この時初めて、我はこの戦争最大の激戦を目前にしているのだと自覚し、体の芯から震え上がった。
 武者震い、という奴よ。
 相沢祐一を更迭する軍人達は、二人の気迫に気おされて何も言う事が出来なんだ。

 

 それから戦いにいたるまでは、早かったな……我等は解散直後に動かせるように備えておったし、守護者の機体も九人の愚物が脱出でもさせるつもりだったのか、いつでも動かせるようにしてあったようでな。
 30分もせぬうちに、演習場に二機の機体が出揃った。
 『陽光』と『金色夜叉』……奇しくも、双方ヤマサキ印の遺失技術兵器よ。

 

 さて、戦いの詳しい内容そのものは……省かせてもらおうか。
 なんと言うことはない。我があの戦いを表現しようとすれば、時間がたらぬのだ。あの空のフォボスが堕ち、そして再び昇るほどの時が必要であろう。

 

 基本的な流れは、高速移動で翻弄する『陽光』を、『金色夜叉』が動きを捉え攻撃し、関節を狙う『陽光』の一撃を、『金色夜叉』が絶妙の間合いで外す。これらの行動が、超高速で繰り返された。

 

 戦いが進むにつれて、見物に回っておった者達も、自分の思い違いに気付いたのであろう。段々と言葉を無くしていきおった。
 その時我等が何処にいたのか、だと?
 ……この戦い、何故かオペレーターも後方に配置されてな。我等はホクセン側のオペレーターとしてそこに座っておったのだ。なにやら、アドバイスを送るのが仕事らしいが……我等があのホクセンに向けられるアドバイスなど、ありはせぬ。

 

 ここで言及するべきは……戦いの間に奴が放った言葉であるな。
 二度は言わぬ。ようく聞くがよい。

 

『俺は英雄になりたい! けど、なれなかったんだ! 陥れられたとか周りの人間が悪かったとかはもう関係ない! 俺は英雄になれなかった……かつて偽の英雄であった抜け殻でしかない!
 俺に本当に英雄としての価値があるのかどうか、お前との戦いで試させてもらう!』

 

 何故だ守護者。
 我は、思わず口に出してつぶやいておった。北斗が我に向ける、奇異の視線にすら気付かずに、呆然としたものよ。
 何ゆえ戦うのだ守護者。貴様は所詮偽りの英雄。身の程をわきまえ、名前から逃げ出さず背負い続けるがいい。何ゆえ、自分に汚名以上のものを求むるのだ!

 

 あやつは、既に英雄ではないのだ。愚かな魔女によって濡れ衣をかぶせられた、元英雄でしかないと、自ら認めているのだ。なのに、あ奴は自ら認めた称号を引き剥がし、己というものを戦いの中で問いかけた。
 我は、そんな守護者の思いを理解できなんだ。いや、理解するのが怖かったのだ。悪し様な称号から逃げ出さず己の真価を問うた『守護者』――これを認めてしまったら、全てが壊れると思うた。
 言ってみれば、この守護者と我 等の思考は対極に位置する。自らの悪し様な称号に誇りすら抱き、全てを称号のためと吼えてきた我等とは、全く別の生き物よ。あれを認めてしまったら、我等にも同じことが出来るという事になる。
 我にも――外道の子孫という名前から逃げ出さず、己だけを変えることが出来る、という事になる。我は、さな子を殺めずとも済んだということになる。それは、我という人間を突き崩すことに斉しい。
 己の愚かしさを認められるほど、当時の我は強くなかったのだ。
 その言葉を聴いてから、我は守護者とホクセンの激戦を見ながら、常に問いかけ続けた。
 何故だ、守護者……とな。

 

 『金色夜叉』が放った袈裟斬りの一刀が、『陽光』の左肩に食い込み、コックピットを切り裂いた。今でも、まぶたを閉じただけで思い出せる、凄まじい幕引きであったよ。二体は交差するように一撃を放ったのだが、『陽光』の手にした歪曲場中和槍が、『金色夜叉』のコックピットを切り飛ばしておったのだからな……後一寸動かせば、ホクセンの頭蓋を割れる位置に、槍は突き刺さっておった。
 残像すら残らない超高速戦闘の最中の事だ。余りに唐突過ぎて、我ら以外は誰も目の前で起きた事象を認識しておらなんだ。
 それにしても、驚嘆すべきは『守護者』。
 ホクセンの一撃で、体を真っ二つに切り裂かれながら、『陽光』の推進装置を操り、落下を防いだのだからな。
 『陽光』と『金色夜叉』の二機が、そこだけ時間の概念が消えうせたかのように静止ていたその光景は、なんとも幻想的であった。

 

『なあ……北川、でいいのか?』

 

 二人の会話が通信機から聞こえたのは、その時であったな。死に関して玄人である我にはわかったよ。声の主の、命が。その炎が、消える寸前の激しさで持って、守護者を突き動かしているのが。
 ホクセンもそれがわかったのであろう。
 二人とも、世間話をするような口調で、末期の別れを惜しんでおったな……その時我は悟った。九人の女達や、ホクセンの実力に気付かなんだ愚物どもなど知らぬ。だが、『守護者』と『ホクセン』は間違いなく戦友同士であり……親友であったのだと。

 

『本名はホクセンなんだが……まあ、北川でいいさ』
『そう、か……なあ北川。』
『ん?』
『俺は、英雄になれたか?』
『馬鹿言え。お前さん以外に、英雄の名がふさわしい男がいるかよ』
『うれしいねえ……そう言って貰えると。
 ……なあ北川』
『ん??』
『俺は、どこで間違えた? 何が、彼女達を壊した??』
『そうさなあ……
 多分、英雄が人殺しだって思い至らなかったあたりじゃないか?』
『なんだよ……それじゃあ、最初っから間違いだらけじゃねえか』

 

 自嘲をこめてつぶやいたその瞬間こそ、『守護者』の命が燃え尽きる瞬間であった。

 

『次に生まれ変わったら……間違えないようにしなきゃな』

 

 だが、その声はどこまでも満足げであった。
 何故だかわかるか? 高杉よ。
 その通りだ……『守護者』は我が甘んじた妥協の鎧を内側から木っ端微塵に砕きおった。英雄でも、偽りの英雄でもない、己が出来うる限りのことを悟った。死によって生き方を見出したのだ。矛盾ではあるが、我には衝撃的であった。
 それはすなわち、我の生き方も似たように変容できるという事なのだからな。

 

 その後の事は何も言わぬ。説明したくも無いわ。
 発狂した九人の愚物が、あらん限りの重火器で半死半生の『金色夜叉』を攻撃しおったのだ。そのうちの何発かがコックピットに達し、ホクセンを傷つけたのを、我等は確かに見た。
 我も怒りに流され愚物共を殺戮しようとしたのだが……北斗に先を越されて、何もできずじまいよ。我も、北斗がかくも怒り狂う姿を見て、少々肝が冷えたわ。

 

 結局、重傷を負ったホクセンは北斗と共にヤマサキラボに運び込まれ、全ては元の木阿弥よ。我も白鳥と共に地球に残ったが、この貧弱な戦力では成せる事など何一つありはせぬ。
 万が一あったとしても、当時の我では何一つなしえなかったであろうが。
 『守護者』の最期と、奴が叫んだ言葉が、我が心を束縛し、解放してくれぬのだ。
 ――己の弱さがさな子を殺した。己の愚昧さが北斗を畜生道に突き落とした。
 我は弱かった。そう、弱かったのだよ……向かい合うべき真実から逃げ回るほどに。傍目にはわからなかったであろうが……犬畜生やあの魔女すらをも下回る最低の存在に、その時の我は成り下がっておったのだ。誇り有る外道など、名乗る気力すらおきなんだ。
 いっその事、このまま腑抜けて六人衆に討たれようか、その様な馬鹿馬鹿しい事を考えた時期すらあったのだ。
 その様な考えに取り付かれておったせいかもしれぬが……『守護者』の一件から大豪寺凱との和平会談に至るまでが、我の記憶からごっそり抜け落ちているのだ。何かをやった事は覚えておるぞ……ただ、細かい事は雲の如くあいまいで、つかみどころが無い。寝る間も惜しみ、己を責めておった。

 

 そんな我に活を入れたのは……閣下であったな。
 いや、閣下にその様な意志は無かったのかも知れぬ。ただ、己の疑問を口にしただけなのやも知れぬ。
 ウリバタケ達三人を誘拐した直後であった。我らとホクセンの八人が、通例通り音も無く閣下の部屋に入り、報告を行おうとして……全員が全員、度肝を抜かれた。
 角刈りであった閣下の頭部が、野球男児と見まごう程の坊主頭にされておったのだからな。閣下の変貌に、幼いころから付き合いのある我の受けた衝撃は、特に大きかった。閣下がもっていた角刈りという髪型への異常なこだわりを、我はようく知っておった。
 絶句する我らに、閣下は苦笑して報告を促し……我にその言葉が投げられたのは、報告も終わり六人衆とホクセンを下がらせた、その時であった。

 

『辰』

 

 閣下が草壁家を受け継がれる前……我と閣下が、お互いを親友同士だと認識しておったころの呼び名で、我は呼ばれた。親友であり続けるには、我らの間に立ちふさがる垣根は大きすぎたのよ。
 閣下がこのように話しかけてくるときは、同じように返す……それが、我らの暗黙の了解であった。

 

『お前が我をそう呼んだのは、五年ぶりだな……どうした春樹?』
『いや、部下としてではなく、友としての意見が聞きたかったのだ』

 

 そう前置きしてから、春樹はつぶやくように言いおった。草壁家という重すぎる家門を背負い、弱みを見せる事のかなわぬ立場に春樹はあった。どうしても弱音を吐きたいとき……我らが親友同時に戻るのは、きまってそういう時であったから、語気が弱い事に驚きはせなんだ。
 ただ、弱すぎる事に驚いた。

 

 

 

『……正義とは、何だと思う?』

 

 

 

 短いが、血と臓物を吐き出すような痛みを伴う問いであった。
 正直、その問いを聞いたとき、我は無作法にも思考すら星雲のかなたへと投げ捨てておった。
 わかるであろう。高杉……いや、あえてマキビ・ハリと呼ぼう。
 うぬがおった未来で、草壁春樹は何をした? そして、その行動の根底にあったものは何だ?
 そう、正義だ。我は未だかつて、あれほど己の正義に愚直だった男は見た事も聞いた事もない。なにせ、己の正義のために悪であるという自覚を持ちながらも、火星住民を虐殺してのけたほどの信念の男だ。

 

 他ならぬ春樹が、未来の己の行動を分析した事が有る。我しか知らぬ話だが――未来の春樹が火星の後継者として決起し、A級ジャンパーを拉致したのは、ボソンジャンプを管理すると同時に、『魔女』の再来を防ぐためだろう、という話だ。
 ふむ。うぬは春樹のこの物言いが、訪れてもいないものを再来と呼ぶ感覚が、疑問ではないようだな。

 

 そう、未来の春樹は魔女のように歴史を操る者を出さぬために、歴史を操る可能性の有る者や要素を潰しにかかったのだ。跳躍石のみで跳躍できるA級ジャンパーの抹殺。ランダムジャンプをなくすために遺跡を人の手で操作する……全ては、時の流れを守るためであろうと、今の春樹が言っておったよ。
 未来の春樹が何ゆえその様な決意をしたかは、わからぬらしい。だが、そう考えれば辻褄は合うのだ。いくら春樹に独善的なところがあるとはいっても、いきなり成功する当ても無い人体実験を行うほど冷血ではない。

 

 少数の不幸で多数を救う、権力者の論理よな。愚昧な政治屋ならば、後世の評価を気にしてとてもとれなんだ方策であろう。あるいは、それが正しいのやもしれぬ。
 だが、己の正義に愚直で、その為なら如何様な悪名も覚悟するあの男の事、その程度の汚名は平然と背負うであろうな。それが、己の正義である限り。
 それ故に他人を裏切り、卑劣漢とののしられようとも、前以外は向かぬであろう。そんなあ奴の姿勢に心底ほれたからこそ、我はあ奴の親友となったのだ。

 

 そのような草壁春樹という人間を知るものにとって、その問いは驚天動地のものであった。我の信念云々……うすうす間違いだと感付けるような疑問に、いつまでも囚われるような悩みとは比べ物にならんよ。草壁春樹にとって正義とは自分自身であり、それを否定する事は、己を完全否定するに等しい。
 言わば、あの魔女は春樹が産み落としたも同然なのだからな。我は奴がどのようにしてその様な考えに至ったのか、手に取るようにわかるわ。
 己の信じていた正義が、『記録』に残る純真な少女を残虐な魔女へと変貌させた……しかも、間接的ではなく、より直接的に、魔女が変貌するきっかけを作ったのだから。
 その結果まで見て、己の正義に疑問を持たぬほど、あ奴は厚顔無恥ではないよ。

 

 春樹も我と同じく、己の過去を見つめなおす視点に立っている……そう悟った我は、実にすんなりとその問いに答えたよ。
 その答えこそが春樹が求め……そして、我自身が求める答えであったのだから。

 

『『過去』の我等や『未来』の我等の抱いていたものでないのは、確かであろうな』
『――今の私達は、どうなのだろうな』
『それこそ、未来にならねばわからぬよ。過去の我らが悟れなんだように』

 

 そう、人などという無知蒙昧な生き物は、今の自分が間違っているなどと思いえぬのだ。過去の我や未来の春樹がそうであったようにな……否、絶対的に間違っているもの、絶対的に正しいものなど、ありはせぬ。
 有る意味究極に過去を馬鹿にした言葉であった。我自身、他人の口から聞いたなら即座にそやつを殺しておるだろう。しかし、それを敢えて口にする事でようやく、我は呪縛から解放されたのよ。
 真に愚かなのは、我なのだと。恐怖を、悔恨を抱きながらそれを鎧で覆い隠し、心の弱さは守ろうともがいた愚か者なのだと。そして……今からでも償う事は出来るのだと。ようやく、己の心に言い聞かせる事が出来た。

 

 地球側との和平交渉は成功し、その翌日に魔女からの布告が発せられた。
 何? それを聞いたときの感想だと?
 ……高杉。うぬは曇り空から雨が降ってきたときに、どのような思いを抱くというのだ?
 当たり前すぎて、ことさら語る事など塵芥ほどもありはせぬ。この頃になると未来の歴史とやらも信じざるをえなんだからな。
 魔女にとって我はまさしく外道……いや、畜生にも劣ると思うておったのだろう。ついぞその機会は無かったが、魔女と相対する機会があったならば、ぜひとも言いたかった言葉があるのだ。

 

 『元気そうだなご同類』……さて、あの魔女がどのような顔をするのか、ぜひとも拝顔してみたかった。

 

 おお、今思い出したのだが……その時、本人である我よりもはるかに取り乱したものがおった。まあ、今までの話を聞いておれば安易に予想できるであろうがな……
 ホクセンという獣が、己の運命をもてあそび、あまつさえ居場所さえ奪おうとする魔女に、何を感じたかは想像に難くない。『理解者』一人をけなされただけで暴走した男が、居場所全てを根こそぎ奪われそうになった時、どのような感情を抱くか、若輩にはわかるまい。
 共におった者達は、その時の奴を見て……本気で死を覚悟したそうだ。無関係の者達すら怯懦に染める、燃え盛る怒気が燃え立っておったわ。

 

 その後に行われた会議に、我は出席せなんだ。影ながら護衛するのみよ……ん? 跳躍能力者虐殺について?
 ……おお、あの光景か。よく覚えておるよ。

 

 岩塊が火星の大地を穿ち……抉り取って至った冥界の最果て……今、我らのいる大地。
 我はその様な光景を見て……暗い歓喜に満たされた。所詮外道よ。知らぬ者が死のうが感傷など湧くはずもなかろう。
 ただ、こう思ったわ。
 おお――ここにも外道が在る。
 閣下のために粉骨砕身し、言い訳で己を固めた我らよりも下等な、独善と己可愛さに狂った真の外道が、悪事に身を晒しておるわ。
 我は笑った。笑わずにいられようか。
 狂って狂って狂いぬき……すべからく歪んで見える心を得た邪悪な妖精こそが、我の未来の姿であり、我の恩人だと気付いたのだ。その時に。
 妖精がなくば、我はさな子の死を見つめることなく、同等の邪悪に堕ちておっただろう。我なくば、妖精は何事も無く戦神と暮らし、己の中の邪悪に気づく事もなかったかもしれぬ。
 我らはお互いがお互いを作り出した……言わば道化同士だったのだ。

 

 その後、ホクセンと六人衆を置いて、里帰りをさせてもらった。
 ふっ……うぬのような若輩に動機を見透かされるとは、『外道奉天』も老いた。
 その通り。我が火急の事態にもかかわらず里へと戻り、閣下が認可してくださった理由は……さな子の、墓参りよ。戦神と見えるであろう激戦を前に、遣り残す事がなきようにと思うてな。
 我が愚かさが……危うく、さな子を亡霊にするところであった、その事についての詫びもあった。
 初めての墓参りであった。あの優しい女子をあやめた我が、どの面下げて墓参りなど出来ようか……臆病だった我は、さな子の眠る霊園に、近づく事すら出来なんだ。

 

 初めての墓参りに、我は黒百合の花を持っていった……さな子が好きだったその華を。不吉な花言葉など知らぬ。我は怨まれて当然であったし、さな子は我を象徴するような華が好きだと言ってくれた。ほかに選択肢など、あろうはずがない。

 

 黒い花束を持って墓を徘徊する怪しい男。
 いやはや、傍から見たら、死者の霊を穢しに来たのかと思われるであろうな。
 その上、勝手のわからぬ墓のつくりに難儀して、愛妻の墓を見失うなどという戯けた真似をしでかしてしまってな……あの時は、本当に散々だった。警官に職務質問されたのは、北斗の育児を放棄して以来であったなあ。

 

 東 舞歌と出会ったのは、花を供えた前であったか後であったか……はて、判然とせぬな。そう心配するな。これは老人のボケではない、本当にあった事よ。偶然すれ違っただけだというのに、我が脳裏にはその時の奴の姿が鮮明に刻み込まれておる。
 さな子の眠る霊園には、あ奴の兄八雲も共に眠っておるのだ……あれは、その墓参りの帰りだったのであろうな
 兎も角、我に向かい会うようにして喪服姿の東 舞歌が歩いてきたのだ。墓の中を凛然と歩いて行くその姿は、女性らしさよりも武人の凛々しさを感じさせるものがあったな。
 あ奴は本当に大したものよ。死してから褒め称えるというのもおかしな話ではあるが、実にそう思う。あれは、有能すぎた兄の名におぼれる事も潰される事もなく、己の力で名声と信望を勝ち取ったのだからな。
 一度、書房に有る木連優人書棚を見てみるが良い。
 東 舞歌の名を冠した書物に比べ、兄の書物のなんと少なき事よ。現世における名声で兄を越えておる事が、あ奴の偉業を指し示している。尤も、その様な名声など、兄を神の如く敬った舞歌からすれば、疎ましさを越えて怒りしか感じぬだろうて。

 

 だが、その毅然たる姿を見、おかしいと我は思うた。隠密たる我等とは異なり、あやつのように作戦立案の主軸を担う者が、この時期に木連へ戻れる道理がない。
 我は、その事について声をかけようとしたのだが、不覚にも声をあげられなんだ。

 

 ――それほど、あ奴が我を見る目が強かったのだ。暗い憤怒と激情でもって、あれは我をにらみつけてきおった。
 その強さは、墓に参ったとき以外前後の事があやふやにもかかわらず、はっきりと情景がまぶたに浮かぶほどに、衝撃的であった。
 後から聞いた話なのだが……あの時、舞歌は兄の死の真相を耳にしていたそうだ。他ならぬ、閣下ご自身の口からな。すなわち、我はあやつにとって……とと、またいらぬ事で口を滑らせたか。忘れるがいい。

 

 最終決戦……か。
 やはり、語る事になるか。一度語りだせば、きりが無いのだがな……見たまま、体感したままを全て話せば、時の砂が金剛石よりも貴重になる。
 ……高杉、うぬは何か勘違いしておるようだな。我はあの戦いにおいて、あくまで端役ぞ。白鳥がどう認識したかは知らぬが、戦神を倒したのは三色の覇王の功績よ。元より、我の存在など邪魔以外の何者でもなかった。
 つくづく惨めな話よ……妻に恥を晒し、覚悟を決めてまでその命を投じた戦場で、やった事といえばただ傍観。
 語る以外に、何が出来ようか。

 

 ウリバタケが涎をたらして吼えていた『精鋭艦隊』の威容は、我は目にしておらぬ。我ら『戦神討伐部隊』、特に我とホクセン、北斗の三人は閣下のかぐらづきの隠匿区画にて息を潜めておったからな。
 出撃した後も、とてもではないがそれどころではなかったわ。艦隊はフォボスを攻め、我らは戦神を斃す……お互い以外に気をやれば目の前に死が迫る、張り詰めた世界。細い細い一本の糸に立つが如く、微細な均衡であったな。

 

 戦闘が始まった瞬間は良く覚えておるよ。虚空に輝く銀の塊が、漆黒の破壊を吐き出すあの禍々しい姿は、早々忘れ去れるものではなかろう。アレは、さながら漆黒の壁の如く我らの前をふさいでおった。
 その闇の中に艦艇が突撃するさなか、我らは戦神を探した。我らの役目は、あ奴を釘付けにし、あわよくば斃す事……すなわち、主力である艦隊を守り抜く事こそが、我らの至上だった。
 後付になるが、作戦の概要はこうだ。実に単純なもので、艦艇を使いフォボスを攻め落とす事に主眼を置いておる。圧倒的な数の無人兵器という状況から、錯覚する愚か者が多いのも事実。だが、実際に物量で有利なのは我らのほうなのだ。何故かわかるか高杉。
 そう。無人兵器は細工で停止させる事が出来る。魔女はあくまで一人で、要塞を操り、幾万という敵を相手にせねばならぬ。これがどれほどの疲労を呼ぶのか、我にはわからぬよ。どんな力を持とうが、所詮は一人。持久戦では到底かなわぬ。
 すなわち、魔女はその狂気ゆえに孤独を呼び込み、己の弱みを消しきれなかった……未熟よなぁ。

 

 我らの役目は、その持久戦を打ち崩すもの……圧倒的な戦闘力で戦線をかき乱す戦神を戦場に引きずり出す事にあった。我らが単独で行動するという事は、魔女にとって恐怖以外の何者でもないからな。個人の突出した実力がもたらす破壊力は、魔女自身が戦神の傍らに在る事で理解しておったゆえに。しかも、戦神級が――魔女がこれを認めておったかはわからぬが――三人、それより遅れをとるも、十二分に人外である者が我を含め四人。野球で言うところの『オールスターズ』だ。間違いなく、当時でも最強の集団であった。
 特に、三色の覇王の『三色百合』やホクセンの『金剛阿修羅』ならば、動かぬ砲台からの攻撃など、弾きながら外壁に取り付き、内部に侵入できるからな。あの二機は、戦神の愛馬に対抗して異常な防御力と、それを応用した攻撃力を誇っておる。即興で取り付けた武装など、物の数ではないわ。

 

 我らは、フォボスを攻撃する艦隊の後ろで待機し、艦隊を襲うであろう戦神を待ち受けた。
 そのうち、艦隊だけではフォボスを攻め崩せず、北斗とホクセンが戦線から離脱し、艦隊に加勢した……思えば、奴はその瞬間を焦がれておったのだ。我らの中で最も厄介な三人が、いなくなるのを……三色の覇王だけになった今ならば、好機と見切ったのだ。
 後は、白鳥辺りから聞き及んでおるだろう。
 まず白鳥がDFSによって無力化され、次に月臣と秋山が殺られた。我も危うく胴と下半身が泣き別れするところであったわ! 鮮やかな奇襲であったな。そして、数を減らしたところへ得意の接近戦よ……我も外道として、暗殺術には自信が在ったが……あの二人は互いに武羅威を体得するまでに己を高めた化物。我の如き凡庸な外道が介入できる戦いではなかった。我のした事と言えば、相手の攻撃に横から錫杖を打ち込み、そらす事くらいよ。それとて、半日にわたる激闘の中で、2、3回出来たくらいだ。

 

 それ以外の時は見とれておったよ。恥とも思わぬし、不謹慎とも思わぬ。
 我とて外道に落ちたとはいえ武人。あの疾くも激しい戦いを見て血の湧かぬ者等、武人を名乗る資格もあるまい。白鳥のように、友を失ったのならば別としてな。
 舞と表現するには語弊がある……あれは、全く新しい形態の乱舞としか言いようが無い。手足を大きく動かし、それらを相手の急所に叩きつけ、防ぐ……よもや、機動兵器戦闘であのような真似が出来ようとは。生身のそれならば北斗とホクセンのそれで見覚えがあった。だが、人形を操る戦いとなれば話は別――
 双方、相転移炉を搭載しているのをいいことに、不止の運動を続けておった……半日もだ! 奴らは一瞬たりとも止まる事無く、戦い続けた。

 

 『真紅の羅刹』『金色の阿修羅』『三色の覇王』『漆黒の戦神』『日出処の守護者』……このような、化物たちのいる時代に生れ落ちた事と、彼奴等と我をめぐり合わせてくれた事を。『阿修羅』と『羅刹』、『阿修羅』と『守護者』、そして『戦神』と『覇王』……この死闘の目撃者たる資格を与えてくれた事を。
 我は歓喜し、生まれて初めて神に感謝した。

 

 決着も聞き及んでおるか。
 そう、経過があれほどの激闘であったのに対し、余りにもあっけない幕切れよ。ホクセンの文字通りの横槍――歪曲場中和槍による一突きで、あっけなく終わってしまった。
 白鳥も感じた事だが……我もこの幕切れには違和感を抱いた。戦神が、やられたふりをして何かを仕掛けてくると思い期待も抱いた。
 結果は双方を裏切ってくれたがな。

 

 その後の事で、特に語る事もあるまい。半日に及ぶ死闘の間に、フォボス攻略艦隊は半減し、我らも満身創痍であった。同じように、フォボスの砲塔も全て沈黙し、後は突入のみという状況に至っておった。
 我とホクセンの二人が内部突入の指揮を執ることになったのは、必然であろう。
 任された部隊は、軍の特殊部隊……確かに有能ではあるが、暗部には今半歩ほど及ばぬ者たちよ。実力も覚悟も伴わぬ相手など、足手まといにしかならぬ。常時ならば忌避していたであろうが、わがままを言えるような状況ではない。
 実力のあるものは――あるいは疲弊し、あるいは黄泉路へと旅立ち、援護に徹した上半ば傍観者と化していた我と、機体の特性ゆえ怪我らしい怪我もせず、栄養剤一本で気力を取り戻したホクセンのみだ。
 閣下も木連式柔においては最強位……それこそ我や白鳥と同等の実力を持っておられるが……まさか、総大将自らが乗り込まれるわけにも行くまい。それに、閣下も相当疲弊なさっておいでだった。

 

 そのような背景から、我らはフォボスの内部に突入したのだ。
 漠然とした予感は、足を踏み入れた瞬間からあった。
 静か過ぎたのだ。我らが侵入したことなど、理解できぬ妖精ではあるまいに……残酷に聞こえるかもしれぬが、我は引き連れておる特殊部隊を捨て駒程度にしか認識していなかった。それ故に、奴らを先頭に突入させ、罠の有無を確かめながら進んだのだが……拍子抜けするほど何も無い。
 結局。
 我らは、魔女のいる司令室まで抵抗らしい抵抗も受けずに進んだ。ホクセンなど、あくびをかみ殺しておったわ。

 

 さて……ここから先は選ぶがいい。
 気付いておるだろう。魔女が自殺したという情報、あれは偽りだ。ああまでして戦神を独占しようとした狂人が、高々一度の敗北で自殺などするものか。捕らえられた戦神を取り戻すため、一旦引くくらいの事は考えるであろう。
 その死の真相を求めるか否かを、主に託す。

 

 ……聞きたいか。そうか。
 言うまでもなかろうが、これは他言無用ぞ
 魔女を殺めたのは、魔女自身ではない。他ならぬ我が息子――ホクセンだ。

 

 我は心のどこかでその可能性――ホクセンが魔女を暗殺する可能性を確信しておった。感付くではない、確実にそうなるであろうという確信だ。
 ……ホクセンの異常性を知るならば、当然であろう。
 その上で、我はホクセンを連れて行ったのだ。
 あやつに敵をとらせてやりたかった故に。親友であり戦友であり宿敵であり……我に一番大切なことを気付かせてくれた、『日出処の守護者』の復讐を。

 

 簡潔に言おう。
 司令室に至る道程で、我らは司令室占拠の打ち合わせを終わらせていた。まずはホクセンが室内の気配をうかがい、敵の数と配置を把握する。その後に特殊部隊が飛び込んで想定される抵抗力を無力化する、というものだ。
 我は司令室前に付くと部下に配置に着くよう命じ、ホクセンに目配せした――その刹那であった。
 奴は打ち合わせを全て無視し、単独で司令室に飛び込んだ。ご丁寧に、開いた扉をロックしてな。余りに堂々とした逸脱行為に、さしもの我もあっけにとられてしまい、反応が遅れた。

 

 ――慌てて扉をこじ開け、司令室に飛び込んだときは後の祭りよ。
 魔女は一刀の元に両断されておった……そう、両断だ。
 一振りの刀で、頭蓋骨、頚骨……正中線になぞって左右に両断されておったわ。

 

 ……高杉よ。おぬしの心は強いな。
 焦がれた者の罵詈雑言を聞かされようと、節を曲げぬか。妖精の過ちを弁護せぬか。罪と情は別と割り切るか。
 アララギとは全く違うな……将来が楽しみだ。

 

 ふむ。妖精教についてか。
 今も言ったように、下らぬ。愚か。無知蒙昧……さて、我の脳裏に、あれを表す単語は存在せぬわ。引退する前にあの宗教が始まっておったら……われは、問答無用でアララギを誅しておっただろうな。
 木連軍人の恥さらしめが。

 

 魔女を斃し、その死体を閣下に確認していただき、ナパームで原子に返し……全てが終わってようやく、我は息をつく事が出来た。
 思えば、さな子を殺して以来、我は走り続けてきた。立ち止まり、後ろを振り返り、さな子の死を直視するのが辛過ぎたが故に、逃げ続けたのだ。
 そんな我が、ようやく立ち止まって休む事が出来た。六人衆に後から聞いた話によれば、帰還途中の我はフクベと同齢にみえたそうだ。

 

 地球に帰ってからの事は省くぞ……閣下を初めとした士官一同が倒れた戦争の後始末に、我等は参加しておらぬ。『後始末そのもの』にはな。
 何、聡いうぬならば理解しておろう。

 

 一番の大仕事は……バールなる小物の討伐か。
 これは余り知られておらぬだろう。何せ、肝心の戦闘に関わった者が皆暗部だ。
 あの愚物め、己の危険を知って内乱まがいの騒ぎまで起こしおってな。クリムゾンの特殊部隊『真紅の牙』やブーステッドマンを抱き込んで抵抗しおった。如何に人ならざる者といえど、ホクセンと北斗の夫婦の前には赤子同然……軽く鎮圧されたがな。
 死んだのは『真紅の牙』隊長とその情婦の二人のみ。後は軒並み捕縛だ。殺し合いで死者二人という事が、どれほどの事か、うぬにならわかろう。

 

 ところでこの捕縛騒ぎだが、愉快な後日譚があるのだ。
 後の調べで、バールが閣下の暗殺計画を練っていた事が明らかになってな。
 逆に閣下のお命を狙うなど……笑止千万よ。その上、そこから地木連を掌握しようとしていたらしい。さすがの我も、この現実感の無い愚考には言葉も無かったわ。
 処刑されたのはバール一人よ。『真紅の牙』は全員『煉獄』に投獄され、『生きる意味』を奪われ……自殺したそうだ。

 

 己らの体のことで脅迫されておったブーステッドマン達は、ホクセンの温情もあって恩赦が与えられた。
 ……と、本題に入る前に、地木連暗部亡き後のホクセンが如何に生計を立てておるか、話しておこう。

 

 魔女対策のために考案された『デカルト計画』。己を疑う事で真実を求めた男から命名されたこの計画で、情報伝達の形は大きく変わった。早い話が、郵送によって情報がやり取りされるようになったのだ。局に過ぎなかった郵便組織が『郵便省』となり、大規模な郵送が行われておる事は、周知の通り。

 

 重要な情報を、企業の依頼で迅速にかつ護衛もかねて運ぶのがあ奴の仕事なのだ。一般に、『運び屋』と言われる職業であるな。
 身内びいきではないが、かなりの腕利きよ。閣下は無論の事、アカツキ・ナガレもあ奴の得意先であるし、運び屋の間では『最強の運び屋といえば『金色の阿修羅』か『ヤガミ・ナオ』か』とささやかれるほどでな。

 

 話を戻そう。愉快な話というのはここの事だ。
 あのブーステッドマン達は、全員ホクセンに恩を感じたらしくてな。全員ホクセンの部下になって働いておるのだよ。

 

 我が引退したのは、戦争が終わって五年してからだな。地木連設立と同時に木連暗部は解体され、我らは新しい戸籍と自由を得た。全員が口封じもされることなく解放されたのは、閣下の温情以外になにがあろうか。
 そして、それから十年はただの人として……外道ではない人間として暮らした。
 語りたい事は山ほど有る。
 娘との完全な和解、孫の生誕……私事における我の幸福は、九割がたこの十年に集中しておるのだからな……それは汝の聞きたい事ではあるまい。

 

 何? 一つだけ聞きたい事がある?
 ……ほ、ホクセンと北斗の結婚だと?
 我の答えは沈黙、ただそれだけだ。
 あのときの事は一生の恥よ……閣下から呆れた目で見られるのは、あれで最後にしたいものだ。しかし、あの時は娘をもつ身として……

 

以降、一時間程愚痴

 

 ――北斗と枝織は矛盾した人格同士でただでさえ不安定だというのに――

 

さらに、二時間程愚痴

 

 む? いつの間にやら空が黄色く……
 どうやら、夜通し語り合う事になってしまったようだな。

 

 ――最後の質問だと?
 ほう、戦神について何を思うかとな。
 話の初めにも語ったが、我と戦神の道は一切交わることなく終わった。いまさら何をしたり顔で語るのやら……
 抱く感情を率直に言うのならば、無様だな。
 己の娘の教育に失敗し、娘の手によって破滅し……奴の身に降りた不幸は全て己の責任なのだ。それゆえに無様だと、我は思う。

 

 ――ほう。
 時に高杉。うぬは霊の存在を信じるか?
 我は信じておるよ。意外に思うかもしれぬが……死後地獄に落ち、己が焼かれる姿を思い浮かべる事は悪い気はせぬ。地獄を味合わせてしまったさな子が、天国で幸せにしておると信じるのは逃げではあるがやめようとは思わぬ。
 ほう? 信じるどころか遭ったことがある? ヤマサキのところで獲り憑かれただと!?
 それは災難であったな……しかし、信じておるか。
 ならば、それを見よ。
 ウリバタケの杯を――

 

 飲み干されておるだろう?
 蒸発したとも思えぬ、我らが飲んだわけでもない。では何ゆえ酒は消えた?
 来たのだよ。ここに。ウリバタケが。
 ひょっとしたら……愛妻も共におったのかもな。
 だとしたら、悪い事をした……あ奴の酒量では、一杯で満足など出来まいて。

 

 さて……朝日も昇り、闇も失せた事だ。奴の葬式も、終わりにするぞ。
 我はいま少し頭を冷やしてから、息子の迎えを待つが……貴様はどうする? 望むのならば、共にくるか?
 む。そうか、ここまで車で来たか……ならば仕方あるまい。
 しばし酒が抜けるまで寝ておるがいい。
 さらばだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

 目を覚ましたら、星空が空を覆いつくしていた。
「――!!?」
 わけがわからず起き上がり、辺りを見回すこと数度。
 腕をまくり、時間を確認し……数分ほどあたふたしたところでようやく、己の大失態に気付いた。

 

 

 

何故美しい純真な妖精は邪悪な魔女へと姿を変えたか
何故魔女は己と戦神以外許容できずに世界すら否定したのか

 

 

 

 自分は老人と別れた後、酒を抜くために横たわり……そのまま、眠ってしまったのだ。
「ま、丸一日寝てたのか僕は……」
 自分自身に呆れるやら情けないやら。
 肩を落とす彼の脳裏に、追い討ちをかけるような事実が浮かぶ。

 

 

 

  戦いが終わっても、辺りの雑音はその答えをくれない
 魔女は邪悪だった。魔女は悪党だった。
その原因を考えようともしない思考停止に、少年は甘んじなかった。

 

 

 

「――って、わ゛ーーーーーーっ!!!?」
 飛び上がるように立ち上がり、少年は走り出した。
 ……ここに来る時、彼は近くのコロニーに宿を取り、そこにあるものを置いてきたのだ。
 そのある者とは……自分と同じ道を歩む少女。留守番しているんだよといいかけたときの、むくれた愛らしい顔が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

  『艦長……あなたは』
だけど、雑音はやまず想い人をけなし続ける。悪なのだと。

 

 

 

「怒ってる怒ってる怒ってるよ〜〜〜〜!」
 当たり前だ。すぐ戻るという約束で出てきたというのに、朝帰りどころか夜帰り。
 仏様が如き良妻賢母や白鳥ミナトでも、これは怒るにきまってる。
 あの、愛らしくも嫉妬深く、寂しがりやの少女ならば言わずもがな。

 

 

 

  反論など出来ようはずも無い
少年自身が、想い人の過ちの重さを理解していたから
歯を食いしばって耐えるしかないのはわかっている。だけど――
自分の敬愛した人がただの狂人であるなど、受け入れられるはずも無い。

 

 

 

 バギーに飛び乗りすぐさまアクセル。盗まれてなかったのは幸運か。
「は、早く帰らないと――!」
 待っているのは、好きな人が悲しみと怒りというダブルパンチ。彼女を真に大切に思う男にとって、これほど辛い事はない。
 幸い、酒気は全くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女は魔女でしかない
その憎しみは無価値悲しみも無価値……愛に至っては有害でしかない
殺戮者。偽善者。最悪の逆行者。魔物……
彼女を彩る言葉の中に、いいものはひとつもなく
ただ、不平等な感情の本流でしかない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の焦りを原動力に、バギーは走り出す。
 帰ったらどうやってなだめようかと頭を悩ませ、青年はアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂人であるという言葉に満足し、追求しようとしない学者達
その姿がもどかしく、歯がゆく思えて、少年は決意する
他人が当てにならないのならば己が動く
己自身の手で、『魔女』の『魔女』以外の側面を見出してみせる
罪は消えずとも、せめて自分が納得できるだけの事は知りたいと
他ならぬ己自身のけじめのため、少年は過去を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逆行者の前途に幸を、過去に足跡のあらん事を――

 

 

 

あとがき
 引越しその他でひーはーひーはー。気が付けば半年程ご無沙汰の♪♪♪です。
 北辰の口調と単語に四苦八苦したので、とんだ難産になりました。ブランクも手伝って、書き上げるのにかなりの時間が……
 さて、一読されていくつか気付かれた点もございましょう。
 まず一点。白鳥夫妻について。
 そうです。彼らが地球当時から交際を持っていたと流布しているのは、この蜥蜴男です(爆)。悪意なく言いふらすから、余計に広がって行くという。
 第二に、心の弱さ云々。
 はい。劇場版のあの台詞とかけました(笑)。北辰話は、これが目的だったりもします。
 第三点。ホクセンが瑠璃を斬るのに使った刀。あれは、司令室に飾られていたものをホクセンが借用したものです。  元ネタを提供してくださったEINGRAD様、再三にわたる催促に応え誤字指摘および意見を下さったEffandross様、六人衆の名前と背景を提供してくださった上名前の誤字を許してくださったラクーンドッグ様……まことにありがとうございました。
 これからも、よろしくお願いいたします。



感想代理人プロフィール

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代理人の感想

むー、面白かった。
練っただけあって読み応えがありました。
まだまだ続きがありそうですし、実に楽しみですね。
・・・・感想に芸が無くてすいません(爆)。

なお、北辰の口調に関しては文法的にやや妙に感じられるところもあったので適当に修正させていただきました。
それと明らかに意図したものでは無いと思われる句点の欠如が4つほどありました(修正済み)のでお気をつけを。
なお、原案?であるEINGRADさんから♪♪♪さんへ、この話に出てきたエプロン北辰の挿絵を頂いてますので興味のある方はそちらもどうぞ(笑)。