きちんと整頓され、窓から差し込んでくる白く柔らかな光に満ちた、気持ちの良い部屋の中。

 そこに、20歳過ぎくらいの青年が1人座り、静かに読書に耽っていた。

 

 ――なんだ、またあの話か? などと思ってはいけない。確かに書き出しは前と一緒だけど、今回は戦神さんも、某同盟のみんなもちゃんと出演するんだから―― チャンネルはそのまま、そのまま。

 

 さてその時、読書に集中している彼の背後にまたもや、1つの小柄な人影 ――そう、あの赤毛の少女だ―― が、足音を忍ばせて接近しつつあった。

 前回よりもさらに気配を殺して近づいてきた彼女は、いまだ気づいていない様子の青年を見て今度こそ成功を確信したらしい。黄金の瞳をキラリと輝かせ、口元ににんまりと大きく笑みを浮かべる。

 

 ――しかし。

 

「わっ!♪」

「うわっ! ……ああびっくりした。またかい? 全く」

「えっ? きゃ、きゃああああああっ!!」

 

 


 続・アーヴ帝国興亡史?

 戦神が悩んだ病気  (前編)

By 李章正


 

 

 その場にひっくり返り一時気を失っていた赤毛の少女は、やや暫くして意識を取り戻した。青年が差し出したグラスに口をつけ、ごくごくと水を飲んで気分を落ち着けると、今度はぶうぶう怒り始める。

「もうっ、あたしを殺す気!? 脅かさないでよっ、お兄ちゃん!」

 客観的に見れば身勝手極まりない、少女のこの物言いに、銀髪の青年も思わず苦笑した。

「だったらさ、人の背後にこっそり近づいていきなり飛びついて来るの、もう止めろよな。――そうすれば、俺も自衛権を行使しなくて済むってもんだ」

「そう言う問題じゃないよっ! ――大体お兄ちゃん、一体どっからそーいうお面調達してくるわけ!?

 今度こそホントーに、心臓が口から飛び出るかと思っちゃったよ!」

 黒い瞳の青年は、そばかすの少女の辛辣な物言いに再び笑いを浮かべた。

「相変わらずキツイなあ。ま、この『変装用セット・某同盟お仕置きバージョン』はうちの会社の自信作だから。――にしても、これのモデルになった人も俺達の御先祖様だっていうのになぁ。今頃、草場の陰で泣いてるんじゃないか?」

 

 ――コメント不能。と言うか、鳥居さんその他各女性キャラ親衛組織が怖いので、変装のモデルが誰であったか、敢えて特定しないことにする。悪しからず。

 

「うーっ、それは分かってるけどさ。それでも、――と言うかそれだから!」

「STOP! それ以上は言うなっ! ……あまりにも危険すぎる気がする。何故かはわからんが」

 銀髪の青年は、額に汗を浮かべて少女を制止した。

 

 

◆  ◆

 

 

 ひとしきり大声を出してエネルギーを放出したおかげで気分が晴れたらしい。金瞳の少女は一転してからりとした表情になると、青年の背後に無造作に積み上げられた書籍の山にふっと視線を投げかけた。

「ところでお兄ちゃん。何難しい顔してたの?」

「ん? ……ああ、また曽々祖父さんの伝記を書くための資料を読んでいたんだが、その中にどうしてもわからないところがあってね」

 青年は、おさまりの悪い銀色の頭をふるふると振ってそう答えた。

「へーえ、どんなこと?」

「それがねえ。合同結婚式後何年かして、曽々祖父さんが妙な病気に罹ったことが曾々祖母さん達の日記の1つに書いてあるんだけど、その病名が何だったのか、さっぱり不明なんだよ」

 青年の答えを耳にして、少女はそばかすの残る顔に幾つも疑問符を浮かべる。

「え、なんで? 記録が残ってないの?」

「うん。――どういうわけだか、病名とか詳しい病状なんかが全然書き残されてなくってね。

 わかっているのは、医者の勧めに従っていったん全快したけれど、その後もしばしば曽々祖父さんがその病気に悩まされたということだけ。

 ――詳細不明だからっていい加減なことは書けないし。この件についての記述は諦めるしかないかなあ? 残念ながら」

 腕を組みながら、溜息をついて天井を見上げる青年。――暫くその様子を見やっていた少女の顔が、急にぱっと綻んだ。

「ふうん――  それじゃあさ、直接行って確かめてみない?」

「? 行くってどこへ? 曾々祖父さんに関する資料なら、もう手に入る限りの物はとうに取り寄せ済みなんだぜ」

 苦笑して首を振る銀髪の青年。それに対し、赤毛の少女は悪戯っぽい笑みを顔中に浮かべて、

「もっちろん、曽々おじいちゃんたちの時代によ♪」

「ほう、曽々祖父さんたちの時代にね――。って、何言ってるんだおまえ? できるわけがないだろう? そんなこと」

 呆れたような声を出しながら少女を見る青年に、彼女は黄金の瞳をきらりと輝かせながら、

「へっへー、それが可能なんだなぁ―― 実はこの間、親切な青い狸さんに偶然会ってね。『逃亡中』とかで随分おなか空かせているみたいだったから、かわいそうになってドラ焼き百個食べさせてあげたのよ。

 そしたら、そのお礼だって言ってタイム・マシンを譲ってくれたんだ♪」

「青い狸? 銅鑼焼き百個?? タイム・マシン???」

 

 ――再びコメント不能。誰が何と言ってもコメント不能!

 

 

◆  ◆

 

 

 頭上の空間にぽっかりとあいた穴(原理不明)を指さして『タイム・マシン』だと主張するそばかすの少女に対し、一種の手品だと決めつけて頭から取り合おうとしない銀髪の青年。――まあ一般的に見て、極々当たり前の反応だと言えるだろう。

 業を煮やした彼女は台所へ降りて行くと、戸棚からカップラーメンを取り出した。熱湯を注ぐや部屋に持ち帰ってぽんとテーブルの上に置くと、真っ直ぐ青年の目を見つめる。

「いい、お兄ちゃん? これはホントなら完成まで3分かかるけど、あたしはこれから3分後の世界に行って、できた奴を持って帰ってくるわ。そしたら信じてよね!」

 そう言うと、少女はぱっと穴の中に飛び込んだ。一瞬穴が塞がったかと思うと、何もない空気中に再び穴(とにかく原理不明)がぽかっと開く。

 ――その中から、ほかほかと湯気を立て丁度食べ頃にできあがっているカップラーメンを右手に、彼女が再び姿を現した。

「ね、これでわかったでしょ?」

 テーブルに2つのカップラーメンを並べ、エッヘンと胸を張る赤い髪の少女。……しかし、青年はなおも信じようとしない。

「――手の込んだ奇術だとは思うがね。なんで、これが3分後から持ってきた物だって証明できるんだい?」

「もーっ、しつこいなあ。――いいわよ! 後2分もしたら、さっきのわたしがこの場に現れて、こっちのまだ出来てない方のカップラーメンをさらっていくから。それを見たら、いやでも信じるでしょ」

 

 

 ――その後どうなったかは、概ねみなさんの予想通りである。

 約2分後、彼らの目の前で再び空間に穴(とことん原理不明)が生じた。そこから、その場にいる少女とそっくり、というより全くそのままの姿をした少女がピョンと飛び出してくる。

 双子よりも似ている2人に目が点になっている青年の前で、穴から出てきた方の少女は、

「それじゃ、持ってくわよ」

と一声かけると、迷うことなくできたばかりの方のカップラーメンを右手に掴み、再び空中の穴へと消えたのであった。

 

 

◆  ◆

 

 

 ――次の日、青年と少女は再び空間の穴を前に額を寄せ合っていた。昨日のカップラーメンと、同時に眼前に存在した2人の少女を見てもなお半信半疑だった青年に対し、彼女はついに、次の日から「明日の新聞」をかっさらってきたのである。

 翌日になって、昨日見た新聞が今日家にやって来たそれと寸分違わぬ物であることを自分の目で確認した結果、漸く銀髪の青年もタイム・マシンの存在を信じる気になったというわけであった。

「――しかしなあ、やはり危なくないだろうか? 下手に過去へ行ったりすれば、歴史を滅茶苦茶に変えてしまうことさえ、ないとは言えないんだぞ?

 俺としては、例えそれがどれほど悲惨なものであったとしても、一切の干渉を廃した、『本来の時の流れ』を大事にしたい。

 みんなが得手勝手に過去に介入して歴史を改変したりすれば、そのつけが一体どんな形で未来に現れることになるか――、想像するだけで背筋が寒くなる」

 腕を組んだまま呻吟する銀髪の青年。しかし彼とのつき合いが長い赤毛の少女は、歴史好きの彼が過去への時間旅行というものに対して、抗い難い魅力を感じていることを敏感に察知していた。――なんのことはない、青年は誰かに説得されたがっているだけだったのである。

 少女が珍しくも彼を論破することに成功したのは、つまりはそういうわけであった。

「う〜ん、お兄ちゃんの言うこともわかるんだけどねぇ――。

 でも、そんなに心配しなくても大丈夫だって。別に歴史を変えようとか、そんな大それたこと考えてるわけじゃないでしょ、わたしたち。

 単に、曾々おじいちゃんが罹った病気のことがわかればそれでいいんだもんね」

 そこで少女はいったん言葉を切った。そして、自分の発言に心持ち青年の表情が緩んだのを認めると、駄目押しとばかりににっこりと笑いながら言葉をつなぐ。

「――例えばさ、川の流れに小石を1つ放り込んだところで、別にどうこうなったりはしないじゃない?

 それとおんなじで、歴史的大事件に関わるとか、よっぽどの重要人物に接触しでもしない限り、なんにも起きやしないわよ」

「うーん ――そうか、そうだな!」

 

 

◆  ◆

 

 

 さて、舞台は大きく変わって時は23世紀初頭。所は地球上の某市である。

 そこには燦々と降り注ぐ陽光の下、笑いさざめきながら路上を行き交う数多くの人々がいた。激しかった戦争の記憶も既に薄れ、街は平和と繁栄を謳歌しているようだ。――その中心部の一角に、1組の若い男女の姿があった。

 2人とも、どことなく服の着こなしがぎこちない。更には物珍しさを隠そうともせず、きょろきょろと周りを見回しながら歩いている。一見して、お上りさん丸出しのコンビであった。

「――これが百年前の世界か。何だか、ウズマサにいるような気分だな。道を歩く人たちの格好も、まるで時代劇を見るような感じだし。

 おおっ、よく見れば反重力モノレールがまだ走ってる! ――凄い、あっちには本物のチューリップ! この時代には、まだ郊外に残骸が残ったままなんだっ!」

すっぱーん!

 些か興奮気味になり、おかしなことを口走り始めた長身の青年を、隣りの少女が慌てて押し止めた。

「はいはい、あんまり大きな声でそんなこと言わないの! 街の見物は後回しにしましょうね。――私たちの目的は、まず曽々おじいちゃんを探すことでしょ?」 

 連れの少女に頭をスリッパで思い切りはたかれ、漸く青年も正気に戻る。

「あ? ああ、そうだったな。済まない、つい興奮してしまっ……た……」

 しかし、少女の突っ込みは些か遅きに失したようだった。何時の間にやら、彼らは周囲の人々から遠巻きにされ、奇異な視線の集中砲火を浴びている。

 ――結局、2人は額に冷や汗を浮かべ、にこにこと愛想笑いを振りまきながら、その場を最大戦速で離れるしかなかったのであった。

「はあ、はあ……。ここまで来れば大丈夫よね?」

 人込みを離れ、とりあえず近所の公園に辿り着いた2人。今度は用心して、周囲に人がいないのを確認してから打ち合わせを再開する。

「さ、さて日記に寄れば、この年のこの日、今から凡そ10分後に曽々祖父さんは、この先にある滞在先のホテルから不意に姿を消したそうだ。――その後3日間というもの、その足取りは完全に不明だったとも書いてある」

 青年が、左腕にはめた時計を見ながらそう言った。

「ただ、見つかった時にはもう元気になっていたそうだから、曽々祖父さんが姿を消す前に発見しないとな。――できれば、こちらに気づかれることなく病名とかを確かめたい」

「うん。この先の、ホテル・プラトンだったよね。じゃあ急ご?」

「ああ」

 

 

◆  ◆

 

 

 ――だが、青年と少女の目論見通りにことは運ばなかった。1世紀前の世界は、彼らに対して様々な違和感を与えていたのだが、一方それは2人の周囲にとってもお互い様だったからである。

 言い換えれば、2人が周りに抱いた奇妙な感覚を、周囲の人々もまた彼らに対して感じていたのだ。――そのため、彼と彼女はホテルを目の前にして、警官の職務質問を受けてしまったのであった。

 危険物の類は持ち合わせていなかったため連行こそ免れたものの、この時代の社会常識を知らない2人は質問に対して時折頓珍漢な返答をしてしまい、なかなか解放してもらえない。その結果、彼らが目的地のホテルに辿り着いたのは、戦神が失踪した時刻から30分以上過ぎた後のことだったのである。

 ――彼と彼女が、表情を硬くして次々とホテルを出て行く美女・美少女の集団を、ロビーの片隅から為す術もなく見送らざるを得なかったのは、つまりはそういうわけであった。

「――あれが、曾々祖母さんたちか」

「さっすが。私たちの御先祖様だけあって、みぃんな超美人揃いだね♪」

「ああ。――でも、どの人も凄い形相しているな。ちょっと、いや相当に怖いぞ」

(やはり作り物のお面じゃ、本物の迫力には到底及ばないか)と青年は心の中で思ったが、それを口に出すことはしなかった。賢明な態度である。

「好きな人のためならば、オンナはなりふり構わないもんなのよ」

「――そういうもんか?」

「そういうもんなの。それより、これからどうしようか? 私たちも曽々おじいちゃん探す?」

 自信満々に断言した後、そう尋ねた少女に長身の青年は

「――いや。資料によれば曽々祖父さんは、どうやら個人的な瞬間移動能力まで備えてたそうだからな。どこに跳んだかわからないんじゃ、探しようがないだろう。

 第一、俺達はここに土地勘もないしな。さっきの職務質問で懲りた」

 銀髪の青年は先程のことを思い出して苦笑いした。

「何より、探してる最中にうっかり曾々祖母さんたちに鉢合わせでもしたら極めてまずい。ここは、ひとまず元の時代に引き上げよう。――なに、また来ればいいさ。

 今度はもう少し余裕をもってな。歴史に干渉してしまう可能性を少しでも減らそうと思ってぎりぎりの時間に跳んできたのが、かえって仇になってしまったようだから」

 かくして、2人は一旦未来に戻るべく、人気のない場所を探して歩き始めた。――このことが、後に驚きべき事態を引き起こすことになる。

 

 

 

 

(後編に続く)

 

 

 

 


(中書き)

 

 前世紀の末、「米国でタイム・マシンが作られた!」との報道がありました。

 原爆の設計図を拵えた学生がいた国なだけに、一体どのようなモノであるか、興味を持って続報を待ちました。

 

 ――で、後に詳しく報道されたそれはというと。

「9割方は既に完成。外観や内装等細かい所にも気を配り、居住性・安全性は抜群!

 後は、研究中の時間移動駆動装置を組み込むだけ」

 

 

 ……やっぱりね(笑)。

 

 

 

代理人の感想

さすが、シャレがわかる国だ。(笑)

 

しかし、タイムパラドックスが今回のネタですか。

考えてみると、逆行物は数あれどタイムパラドックスにまで言及した作品はごくごく僅か。

これは興味を引かれますねぇ。

ま、李さんの作品ですし興味津々に続きを待たせていただきましょうか(笑)。

 

 

・・・・まさか腎虚ではなかろうし(核爆)。←お下品