「そうなのよ、待っているだけじゃ駄目なんだわ。メグミさんを見習わないと!」
ことの発端は、厨房の前を歩いていた時偶然耳にした、ユリカさんの一言でした。
化学兵器は乙女の愛情 〜機動戦艦ナデシコTV本編 第10話外伝〜
By 李章正
廊下から、そっと中を覗き込んでみるわたし。そこにはフライパンを手に、何か料理に取り組んでいるらしい、艦長の後ろ姿がありました。
「こ〜んな風に、彼のためにお夜食とか作ってあげて♪」
! ユリカさんの目論見が判明しました。――このまま手を拱いていては拙いかも。さて、一体どうしたものでしょう?
そう思うわたしの視線の先で、突然真っ黒な煙がもくもくと立ち上りました。
「きゃあーっ! やだ、何、なんなの〜!?」
――どうやら、特に妨害の必要はないみたいです。
寧ろ放っておいた方がいいかもしれませんね。このままなら、勝手に自爆する可能性が極めて高いですから。――彼には、些か酷なことになりますが。
ごめんなさいアキトさん。今のうちに謝っておきますね。
その時、わたしはふと思いました。あの料理(?)を無理に食べさせられたりしたら、アキトさんは、きっと水を欲しがるんじゃないでしょうか。
なら、コップに水を汲んで、艦長の後について行けば――。そうすれば彼女は大減点。一方、わたしは労せずして得点できること間違いなしです。
うん、こんなチャンスを逃す手はありませんよね。
「――テンカワも災難だねえ」
そうわたしが決意した時、滅茶苦茶になった料理(?)を前にうろたえる艦長の背中を眺めながら、ホウメイさんが苦笑気味にそう呟きました。
ホント。あんな物を食べたら、思いきり健康を害してしまいそう。アキトさんの体が心配になっちゃいます。
――そうだ! どうせなら水じゃなくて、健康に良いスタミナジュースを持って行ってあげたらどうでしょうか?
そうすれば、ユリカさんの減点とわたしの得点に加えて彼の健康にもプラス。正に一石三鳥ですね♪
わたしはホウメイさんに近づくと、小さく声を掛けました。
――今、わたしの目の前に並んでいるのは、ホウメイさんにお願いして分けてもらった果物や野菜、茶葉や調味料の数々。
世界中から集められた色とりどりの食材です。ほんと、ホウメイさんが凝り性なおかげで助かりました。
さあ、では早速腕によりをかけて、栄養満点、愛情たっぷりのスタミナジュースを作ることにしましょうか。まずはミキサーの中に、ベースとなる栄養ドリンクを注ぎ込んで、と。
「ま、この本を参考にやってみな。最初から、あまり奇を衒わない方がいいよ」
ホウメイさんはそう言って、いろんな果物ジュースや野菜ジュースのレシピが載った本をわたしに貸してくれました。
でもどうせなら、わたしらしく、とことん個性的な物を作りたいですよね。――御好意は有り難いですけど、ごめんなさい。使わないことにします。
わたしは本を脇に置くと、とりあえず材料を物色し始めました。
レタス。セロリ。トマト。ピーマン。人参―― う〜ん、どれも些かありきたり。何か斬新で、かつ栄養価抜群な食べ物ってないかしら?
その時、わたしの目にふと留まった物がありました。
「これは――、ドクダミ茶?」
ドクダミという植物の葉を乾燥させ、煎じて飲む物らしいです。試しにコミュニケで調べてみたところ――、これは驚き!
「利尿、解熱、排膿、解毒の作用があるため、腫れ物、高血圧症、肺壊疽、肺結核、感冒、蓄膿症、痔、便秘等の治療に用いる。別名『医者要らず』。」とあるではありませんか。これほどスーパーな効き目を持つ食材を、使わない手はありません。
わたしはミキサーの中に、ドクダミ茶を一袋丸ごと入れました。こういう時は、吝嗇っては駄目ですからね。
さあ、これで材料選びの基準は決まりました。体に良い材料を、どんどん入れていきましょう。
山椒。「健胃、整腸、駆虫、解毒の作用があるため、腹部の冷痛、下痢などの治療や、脱臭、食欲増進に用いる」
ぴったりです! ユリカさんの料理(?)は、きっとアキトさんの消化器系に、酷いダメージを与えるに違いありませんから。景気良く、ミキサーに投入します。
椎茸。「ビタミンDを多量に含み、血中コレステロールや血圧を低下させる」んだとか。
う〜ん、アキトさんは若くて健康ですから、いまいち関係ないような気もしますけど――。まあ5,6個入れておきましょう。
牛蒡。これはわたしも知ってます。食物繊維が豊富で、えっと、お通じを良くするんですよね。
彼女の料理(?)を速やかに体外へ出してしまうためにも、入れておいた方がいいかもしれません。10本ほど、まとめて投入することにします。
蓮根。糖質やビタミンDを多量に含んでいるそうです。ビタミンDなら椎茸で十分ですけど、糖質ですか――。
甘みのある方が飲みやすいに決まってますが、まさか砂糖を入れるわけにもいきませんからね。丁度良いです。採用しましょう。
――さて、結構色々な物がミキサーの中に入りましたが、考えてみれば、どれも皆固形の食品ばかり。
幾ら栄養ドリンクをベースにしているとは言え、このままでは飲み物と言うより、どろどろの流動食みたいになってしまうかもしれません。
他にも、水気たっぷりな物を入れておいた方がいいような気がします。ちょっと探してみましょうか。
アロエ――、駄目。キャビア――、駄目。イワシの丸干し――、駄目。う〜ん、こうしてみると、水気の豊富な食物って、なかなか見つからないですね。
――と思っていたら、ありました! 正しく水気そのものの食材が。
「スッポンの生き血」です。何と言っても液体ですからね。この場合にはぴったりです。
どぼどぼと、ミキサーの中に1瓶全部入れました。もう少し足りない感じかな? 隣にあったマムシの生き血も、一緒に入れておきましょう。
さて、これで概ねOKかしら。今入れたスッポンやマムシの生き血は、補血剤や強精剤として用いるそうですから、きっとアキトさんの元気の素になってくれるでしょうし。
だけど強精剤というのは、まだ(少しだけ)早かったかな? でも、彼が求めてくるなら、わたし――
はっ! いけないいけない、ぼうっとしていたようです。うっかりして、マムシの生き血を2瓶も入れてしまいました。てへ。
仕方ありません。スッポンの生き血をもう1瓶入れて、バランスを取っておきましょう。
さて、これで準備完了ですね。では、ちゃっちゃっと済ませてしまいましょうか。
わたしはミキサーの蓋を閉め、始動スイッチに指をかけました。
――ところが、丁度その瞬間でした。テーブルに積み上げてあった食材の山ががらりと崩れ、そのうちの幾つかが、ぼたぼたっと床に落ちてしまったんです。
わたしは舌打ちして、先にそちらの片付けにかかりました。とりあえず、床に散らばった食材をせっせと拾い集めます。
その時わたしの手に、牛の肝が触れました。そう言えば、これもほんとに栄養満点なんですよね。
試しに説明書きを見ると、「タンパク質、ビタミンA、同B1、同B2、鉄を豊富に含み、造血剤として用いる」とあります。――幸い、生のままでごく軟らかいですし、これくらいなら、加えても大丈夫なのでは。
ミキサーを回す直前にわたしの目に留まったのも、そういう運命だったからかもしれません。
わたしはレバーを掴み上げると、ミキサーの蓋を開けてどぽんと中に入れました。
――グルングルンと5分ばかりミキサーが回転すると、わたしの選んだ様々な食材は中で綺麗に混じり合い、とろりとした液体に仕上がりました。蓋の隙間からぷくぷくと、いい感じの泡が外に漏れ出してきています。
わたしは、テーブルの上に大きめのグラスを置くと、慎重にミキサーの中身を注ぎ込みました。――うん、完璧。
その時です。
「ぎはあああああああああっ」
凡そ、この世の物とも思えないような叫び声が響き渡り、それと共に、ナデシコが一瞬ぐらっと震動しました。
あれは、正しく彼の声。大変! とうとう、艦長の料理(?)を食べさせられたのに違いありません。
待ってて下さいアキトさん! 今、貴方のメグミが、宇宙にたった1つしかない特製のスタミナジュースを持って駆け付けますからね。
わたしは、グラスを両手で大事に捧げ持ちながら、彼の部屋目がけて走り出しました。
(終わり)
(後書き)
明けましておめでとうございます。李章正です。
さて今回の話は、表題にもあるとおり「メグミ・レイナード特製スタミナジュース」誕生の裏話です。
アキト君が、ユリカちゃんの料理(?)を口にしてひっくり返った直後、タイミング良く件の飲み物を持って駆け付けてきた彼女。
同時に作っていたのでない限り間に合うわけがないんですが、ユリカちゃんは例のジュースに何が入っていたか知らなかったんですから、一緒に作っていたということも有り得ませんね。……で、まあ舞台裏ではこんな風に進行していたのではないかなぁと。
久々に、李の芸風であるところの、所謂裏話を作ってみました。ちょっと短めですが、お楽しみ頂ければ幸甚です。
因みに、TV本編では「スタミナドリンク」ではなく「スタミナジュース」が正しいんですよ。高野直子さんがちゃんとそう仰っています。
その辺も、時ナデで設定が微妙に変わった点ですね(笑)。
代理人の個人的な感想
うわははははははははははははははははははははは。(爆笑)
いやー、製作過程を読むだけで笑える料理など、そうそうあるものではありませんね(爆)。
ちなみに、レバーのくだりの「どぽんと」がツーベースヒットです(笑)。