第3幕(承前)

 

 

 

第1場 ナデシコの調理室

 

 

 

 銀色に輝く厨房の中。クマさんエプロンを身につけた北辰が包丁を片手に、慣れた手つきで調理を行っている。

 傍らの鍋からは青ざめた色の湯気。後方の焼き網からは、真っ黄色な煙がもくもくと立ち上っている。

 

北辰 ふふふ。初めて西沢に話を聞いた時には、質の悪い冗談と思ったが。

  まさか本当に我が、ナデシコで料理をすることになろうとはな。思いも寄らなかったぞ。(笑う)

  だが、こうしていると若き日々を思い出す。これも、なかなか悪くないものだ。

 

 上機嫌で手を動かす北辰。まな板の上で刻み終わった物体を、ざらざらと鍋の中に入れる。

 すると、それまで蒼かった湯気が、突如血のように真っ赤に変わる。

 

北辰 ふむ、後はこうして灰汁を取ってと。(鍋の中から、お玉で灰汁を掬い出す)よし、完成だ。(火を消す)

  あちらの焼き加減も頃合いか。まだ時間があるようなら、次なる料理の準備にかかってもよいな。

 

 北辰は鍋を下ろし、網上の物体を皿に盛りつける。そこへサユリとエリが登場。

 サユリは一応普通のウエイトレス姿だが、エリはその上に、消防士が着けるような面体を装着している。

 更にその後ろから護衛として、肩に荷電粒子ライフルを吊ったアキトが現れる。

 

サユリ (抑揚のない声で)客員料理長殿。次の料理ができていましたら持っていきますが、いかがですか。

  それと、もしよろしければ、これから宴会場の方においでいただけないかと。

  もう、これ以上毒物を作ってほしくな……ゴホンゴホン、失礼しました。

  今日の献立について、色々解説してもらえないかという要望が出ているものですから。

  (傍白)話を聞けるほど元気のある人なんか、ホントは残ってないんだけど。

  ……でも、そうでも言わないとやめてくれそうにないもんね、この人。

北辰 うむ、了解した。(機嫌良く頷く)

 

 エリが、料理から顔を背けつつ、運搬用の台車に先程の鍋と皿を乗せて運び去る。(退場)

 

北辰 ……ところで、客人達の評判はいかがかな? 無論、我も力の及ぶ限り腕を振るわせてはもらったのだが。

サユリ (一瞬動揺を見せるが、すぐに愛想良く笑ってみせる)ええ、それはもう。

  料理を一目見ただけで涙にむせぶ人。口にした途端、感極まって失神する人。会場は大変な有様です。

  イネスさんなんか「この驚くべき味覚の秘密を、科学的に解明したい」と言って、

  自分のお皿を手に研究室へ逃げ、もとい駆け込んじゃったんですよ。

北辰 ふふふ、そうだろうそうだろう。(満足そうに頷く)

  なんといっても今日の献立は、我の自信作ばかりだからな。

  ところで、最後のデザートだが。この日のため、マスクメロンを辛口のカレーで煮込んでから冷やし固めた、

  その名も「メロンの黄金時代」を考案してきたのだ。これはどうであろうか?

サユリ (傍白)く、くぉのクソオヤヂがあッ! もういい加減にしやがれっつうの!

  ……そうですね。常人の味覚を遙かに超える、極めて斬新なアイデアだと思いますわ。(にっこりと笑う)

  でも、そろそろパーティの方もお開きに近くなってますから。新たなデザートの準備までは不必要かと。

北辰 (少し残念そうに)うむ、相わかった。

  ならば、予め準備した見本を冷蔵庫に入れてあるから、それだけ持っていくとしよう。

 

 北辰は氷温冷蔵庫に歩み寄り「メロンの黄金時代」を取り出す。止めることもかなわず見守るサユリ。

 やがて、アキトの方へ縋るような視線を投げるが、彼はサユリの肩に手を置き、諦めたように首を横に振る。

 

サユリ (アキトに向けて傍白)何も、何もできないんですかアキトさん?

   ……ただ見守るしかないんですか、私たちは。

アキト (サユリに向けて傍白)悔しいが、そうだ。俺たちには何もできない。

   ……奴が「料理」をしているだけの現状ではな。

サユリ (アキトに向けて傍白)? ……アキトさん、なんだか嬉しそうな顔に見えるんですけど。

  これって気のせいですか?

アキト (サユリに向けて傍白)なっ、何を言うんだサユリちゃん!?

  そんなこと、あるわけないじゃないかっ!

 

 サユリに見つめられ、あたふたとするアキト。一方北辰は「メロンの黄金時代」を盆に乗せて右手に捧げる。

 

北辰 では、案内頼む。

サユリ (再び棒読みに戻り)はい、わかりました。こちらへどうぞ。……会場へ御案内いたします。

 

 観念して、サユリは先導のため北辰の前に立って歩き出す。盆を片手に、その後に続く北辰。

 最後にアキトが、北辰の背中にさりげなく銃口を向けながら歩いていく。(揃って退場)

 

 

 

第2場 ナデシコ艦内、廊下

 

 

 

 人気のない廊下。一方からルリ、反対側からエリナが登場する。

 

エリナ 艦橋の方はどう? スムーズにいってる?

ルリ ええ、ラピスがちゃんとやってくれています。……で、念のため再度確認してみたんですけど、

  北辰の動きには、やはり、何等不審な点は見つからないそうです。

  「創造」り出す料理が、揃いも揃って不審物であるというだけで。

エリナ そう、やっぱりね……。(溜息をつく)

ルリ (恐る恐る)ところで、どうですか? 会場の方は。

エリナ (肩をすくめて)惨憺たる有様よ。

  ……整備班と保安部は5分で潰滅。それ以外の出席者も軒並みダウンか、さもなくば敵前逃亡しちゃったわ。

  (首を力無く左右に振る)

ルリ でしょうねぇ。(頷く)

  ただの料理で人を入院させるなんて、うちの艦長たちでもない限りあり得ないと思いこんでましたけど……。

  宇宙は広いですね。

エリナ 症状が特に重篤な人以外は、会場から運び出して自室で療養させているわ。

  とてもじゃないけど、医務室に入り切らないのよ。

  ……艦長が強権を発動して、乗員の半分を持ち場に就かせておいたからまだよかったものの、

  そうでなければ今頃、ナデシコの機能が完全に麻痺していたところだわ。

ルリ そうですね。「……クリスマス・パーティ中に仕事かよっ!?」って不満たらたらだった人たちも、

  今頃は、自らの幸運を噛み締めていることでしょう。(笑う)

エリナ (頷いて)まったくよ。今回ばかりは艦長の判断に救われたわ。

  ……ほーんと、これだから侮れないのよねぇ、あの娘。(呆れたように首を振る)

ルリ (にっこりと笑う)士官学校首席卒業は、伊達じゃないってことですね。

  それにしても、聞くだけで背筋の凍りそうな話ですけど……。

  何だか、怖い物見たさで見てみたいような気もします。

エリナ (悪戯っぽく笑いながら)なんなら、今から会場に行ってみる? 百聞は一見に如かずとも言うわよ。

ルリ (頷き)ええ、行きます。

 

 ルリの返事を聞き驚いた表情になるエリナ。一方、ルリはにっこりと微笑む。

 

ルリ ……そんなに驚かなくてもいいですよ。別に自殺したいわけじゃないですから。

  今更料理を食べにいく気はありません。ただ、敵の意図がはっきりした以上、反撃の必要がありますよね。

 

 一旦言葉を切るルリ。無言で頷くエリナ。

 

ルリ そのための策を思いついたので、早速手を打って置こうと思うんです。

  残念ながら、敵の「攻撃」を未然に防ぐことはできませんでしたが、

  「反撃」を行うには、まだ手遅れじゃない筈ですから。(エリナとルリ、連れ立って退場)

 

 

 

第3場 宴会場(ナデシコ食堂)

 

 

 

 パーティがお開きになった後の会場。灯りが切られて薄暗く、宴の後のいささか淋しい雰囲気が漂っている。

 部屋の飾り付けもいまだ片づけられぬまま所々はげ落ち、萎れた花が、一層深く侘びしさを醸し出している。

 不意に舞台中央にスポットライトが当たり、そこにうずくまる一群の人々を照らし出す。

 

ハリ (弱々しい声で)……い、生きてますか? ヤマダさん?

ヤマダ (同じく、息も絶え絶えに)……お、俺の名前は、ダ、ダイゴウジ・ガフッ!

  ゲボッ! ガホッ! ゴボッ!(まずゲップ。次いで激しく咳き込み、呼吸困難になってのたうち回る)

ハリ (絶望したような声で)駄目だこりゃ……。(首を反対側に回して)ゴートさん? ゴートさん!

ゴート (ハリの呼びかけには一切答えず、独り言のように)これも試練なのですか? 我が神よ……。

  だとすればあまりにも辛すぎます。我が命の灯火は、今にも消えそうな有様だといいますのに。

  主よ、主よ。なにゆえ、わたくしをお見捨てになったのです……。

  (胎児のように体を丸め、ぶつぶつと神への祈りらしきものを口の中で呟き続ける)

ハリ こっちもか……。(溜息をつく)やれやれ、いつまでこうやって放っとかれているんだろう?

  大体、多少人より丈夫だからって、あんな物食べられるわけないじゃないか。ホント、毒殺されるかと思った。

  ルリさんの頼みでなけりゃ、絶対に口になんかしなかったとこだよ。

  (嬉しそうに)……まあいいや。代わりに、ルリさんに手づから介護してもらえるんだから。

  早く迎えに来てくれないかなぁ。

(幕)

 

 

 

 幕が降り、照明が絞られて薄暗くなった劇場に、不意に声だけが響き始める。

 

ルリ(声のみ) ……はて、そう言えば。何か忘れてるような気がしますけど。う〜ん、何でしたっけ?

  (しばし沈黙)思い出せませんね。ということは、多分気のせいでしょう。……じゃ、おやすみなさい。

 

 

 

(第4幕に続く)

 

 

 


(中書き)

 すいません! 間が空きました!

 

 ども、李章正です。

 いやあ、やっぱり続けて書くのは難しいですね。連載をされてる人たちって凄いです。

 

 それではまた。

 

 

他人事ではない代理人の

 

グサッ!

 

ザクッ!

 

ビシュ!

 

ドス!

 

ズガガガガガガガガガガガッ!

 

 

 

 

 

・・・・・・死して屍、拾うものなし!