人の世は、いくさをすることで成り立ってきた。
と、言い切れば、少し乱暴かもしれない。
だが、
人類の歴史が始まってよりこの方、世界に争いの絶え間がなかったのは、まず事実と言ってよいであろう。
ヒトとは、いくさを好む生き物なのだ。
そう、嘆息する人もいる。
その正否はともかく、世の争いの多くが、他人にはよく分からぬ理由で起こっているのも、また確かである。
玉子を割るのは、どちらの端からがよいか。
世界地図は、赤一色で塗られるべきか否か。
鯨は食ってもいいか食ってはいけないか。
もし、千年の未来から人がこれを見たならば、彼らは何故そんなことが争いの種になったのか、きっと首を捻るに違いない。
――もっとも千年後には、逆に今の我々にはよく分らぬ理由で、人々が諍っているであろうけれど。
少し、前置きが長くなった。
ナデシコである。
この、民間が運用する戦艦という風変わりなフネは、その頃地球と木星の間で戦われていた惑星間戦争に従軍している最中であった。
この戦争自体、傍から見れば思わず首を傾げたくなるような理由で起こっているのだが、とりあえず、本稿の趣旨はそれとは関係がない。
これから筆者が語ろうとしているのは、この機動戦艦の中で起こった、あるささやかな戦いについての物語である。
鬼謀の女(ひと)
〜または、『時の流れに』序章第16話その2補完SS〜
By 李章正
きっかけは、ごく些細なことであったという。
「――カズシさん、一緒に月へ行ってもらえませんか?」
戦神と呼ばれた男――。
彼は、その二つ名にふさわしく、いくさ場での活躍は文字通り群を抜いていた。
が、
何故かもう1つの異名には似ず、女性相手の戦いには、ひたすら連敗記録を更新し続けていたと伝えられている。
――もっとも、かの「連敗を重ねても歴戦は歴戦」という名言からすれば、その二つ名も、あながち間違いではなかったと言えるのかもしれないが。
話が逸れた。
漆黒の戦神、テンカワ・アキトである。
その日、彼は月へ赴くところであった。心臓を盗まれた彼の乗機に、大至急代わりのエンジンを与える必要があったためである。故に、当然技術者も1人同伴することになっていた。
普通なら、それだけのことである。
しかし。
折りも折り、その時ナデシコは、出航以来の危機を辛うじて切り抜けたばかりだったのだ。
――乗員の殺滅を目論んだ恐るべき侵入者達は、戦神の活躍により間一髪のところで退けられており、多数の負傷者こそ出したものの、奇跡的に死者の数は零で済んでいた。
が、
その事件は、クルーの1人の心に深刻な傷を与えていたのである。
薄桃色の髪に金の瞳を持つ、幼い女の子が被った精神的外傷。
傍目にも、相当に酷いものであったという。
それまでの快活さは全く影を潜め、完全に無表情のまま保護者たる黒髪の青年にぴたりとくっつき、まるで離れようとしない。
――そのため、戦神は彼女の心が癒えるまで、常にその傍らに付き添うことを決意していた。従って当然、月行きには彼女も同行することになっていたのだ。
しかし、そこで1つ問題が発生した。
彼女を片時も、1人にすることができないのだ。
そう、例え青年が厠に立つような、ほんの僅かな時間でさえも。
ナデシコ、
という船について考えようとすると、筆者はいつもその名の響き自体にどことなく、ほんわかとした感覚を覚えてしまうようだ。
これが、
エ○ァ
というような、聖書に出てくるような名前であったりすると、なんとなく居住まいを正し、背筋を伸ばして御説を拝聴せねばならないような心持ちになるのだが、ナデシコには、そういうことがまるでない。
この世界では、設定をどれほど緻密にしてみても、必ずどこかに抜けたところがある。 ――にも関わらず、それが瑕瑾とみなされるのではなく
(まあいいか、ナデシコだもんな)
で済んでしまうのである。そんな長閑な雰囲気が、この艦と、それを取り巻く世界には存在しているようだ。
が、これは余談である。
ナデシコの話に戻る。
幼き妖精のため、黒髪の戦神は更なる同行者の必要を感じた。
それは、いい。
シャトルの空席には、まだまだ十分な余裕があったのだから。
――問題は、彼がそれを口にした時と場所にあった。これと決めた相手に、他に聞く者のいない所で、手短かに依頼してしまうべきであったのだ。
テンカワ・アキトという男には、自らが持つ影響力 ――特に異性に対する―― について無配慮、若しくは無頓着なところがあり、これまでも、それがしばしば騒ぎの元となっていた。
そして今回もまた、そうなったのである。
――その騒ぎで彼自身が損害を被るのは自業自得としても、巻き込まれる周囲はいい迷惑であったろうと、筆者などは嘆息を禁じ得ない。
さて、その依頼である。
戦神は場所もあろうに、複数の女性クルーがすぐ側にいる艦橋で、件の台詞を放ったのであった。
一瞬にして、艦橋内に張り詰めた空気が漲る。
青年にしてみれば、「自分がトイレに立つ間の、ラピスのお守り」を頼む程度のつもりであり、従って、幼き妖精の馴染んだクルーであれば、誰でもよかったわけである。
それでも、頼む相手を女性にしなかったのは、無意識のうちに後難を避けようとしてのことだったのだろうが、 ――言うまでもなく、それは全く無意味な配慮に終わらざるを得なかったのであった。頼まれた相手こそ、いい面の皮であったろう。
補佐官は、戦神の依頼を快諾しようとしたが、一応上司の了解も得ておこうとそちらの方向にひょいと顔を向けた。そこで、副提督が意味ありげな目つきで自分を見ているのに気づき、慌てて周囲を見回す。
そして戦慄した。 ――艦橋内の女性達が、揃って彼にじっと視線を注いでいたからである。
塩の柱と化した長身の補佐官に向かい、徐に三つ編みの通信士が声をかけた。
「――お出かけですか? でしたらその前に、お茶でも飲んでいかれません? すぐ淹れて来ますけど」
「い、いや(汗)。 ――すまんアキト! ちょっと急用を思いついた! 悪いが、他の人に頼んでくれ」
その時には戦神も、自らの失策に気づいていた。
補佐官同様に表情を強張らせ、助けを求めるように周囲を見回すが、副提督はゆっくりと、眼鏡の中年は慌てて、それぞれ首を横に振る。
金の瞳の幼女を腰に抱きつかせたまま、真っ青になって立ち尽くす青年。その背後にいつの間にか、艦橋の女性たちが並び佇んでいた。
エリナ・キンジョウ・ウォン
サラ・ファー・ハーテッド
メグミ・レイナード
の3人である。
筆者の手元にある資料によれば、いわゆる「同盟」は、この時点で15人の女性から構成されていたそうだ。
但し、ラピス・ラズリはこの場合当然除外されるから、戦神の同行候補となり得るのは残りの14人ということになる。
――しかし。
この時、艦長と白衣の科学者は医務室で話しこんでいる最中であり、
食堂勤務の5人は、全員職場で仕事中。
パイロット2人組は、先の戦いで負傷したため自室で休んでおり、
整備士の女性は、操舵士の同僚と共に敵に拉致されていた。
そういうわけで、その時艦橋には、先の3人しかいなかったのである。
――もっとも「妖精」だけは、艦橋に不在だったのは確かだが、どこで何をしていたのかということになると、管理人氏が書いてくれてない詳しい資料が残っていないので、全く分らない。
容易に考えられることとしては、トイレ(席を空けていた時間からすると多分「大」)に行っていたことが挙げられる。 ――そうだとすると、電子の妖精は「便秘」だった可能性もあると筆者などには思われるのだが、実際のところはどうだったのであろうか。
閑話休題。
それはともかく、その時3人の女達が「我こそは」と意気込んでいたのは、容易く察してもらえるであろう。
――薄桃色の髪の少女という「おまけ」つきとは言え、愛する男と2人だけで行動できる、それは数少ない機会であったのだから。
だが、そのうちの1人は、あっさりと脱落せざるを得なかった。
「――まことに言いにくいんですが、エリナさんは駄目ですよ」
「ええーっ! どうしてよっ!?」
「副操舵士なんだから仕方ないだろう。貴女が艦橋にいてくれないと、ナデシコの舵を一体誰が取るんだ?」
――そう、正操舵士のハルカ・ミナトは、その時点で敵に拉致されていたのである。そうである以上、副操舵士の彼女が艦を離れることなど、到底許されるはずもない。
彼女は、黒いショートカットを振り乱しつつ抗議と嘆願を繰り返したが、ライバル2人を含め、誰も味方する者はいなかった。 ――例え彼女に同情する者がいたとしても、いざというときに艦が動かないかもしれないとあっては、口を噤まざるを得なかったであろう。
これでは、さすがの彼女も、それ以上食い下がることはできなかったのである。
――一方、残る2人はどちらも通信士であった。ということは正か副、どちらか1人艦に残っていれば、とりあえず間に合うわけである。
よって戦神と月へ同行する権利は、メグミ・レイナードとサラ・ファー・ハーテッド、2人の間で争われることになったのであった。
筆者が、初めて火星のユートピア市 ――かつてのユートピア・コロニーである―― を訪れたのは、まだ桜の蕾が固い候のことであった。
ナデシコが戦っていた当時、地球から火星へ行くには最新式の船でも優に1か月以上の船旅を必要としたが、ヒサゴ・プランに基づくボソンジャンプ網が全太陽系を覆っている現在、それは地球と火星から、それぞれの最寄のコロニーまでの飛行に要する数日の旅に過ぎない。にも関わらず、筆者にはこれまで火星を訪れる機会がなかった。
当時の交通事情において、火星は
辺境――
の2文字で容易に片付けられてしまう場所であったが、他の惑星、特に地球と数日で結ばれている今、人口も増大して昔日の面影はどこにもない。筆者の赴いたユートピア市もまた、往時を遙かに凌ぐ繁栄ぶりを見せていた。
駅から出てタクシーを拾う。人のよさそうな顔をした中年の運転手に、とりあえず戦神生誕記念館へやってくれるよう頼んだ。そこには、戦神の生まれ育った家や、幼少時に使っていた品々等が展示されている。 ――無論、全て復元品である。本物は、かつてのユートピア・コロニーと共に悉く吹き飛ばされているのだから。
だが、一応戦神に纏わる話を書く者として、そこは、1度は訪れておきたい場所であった。例え展示品はレプリカに過ぎなくても、戦神がこの地で生まれ育ったのは、紛れもない事実なのだから。
漸く宿願の1つを果たし、土産物店で買った戦神饅頭をつまみながら車窓の風景を眺めていた筆者に、タクシーの運転手が話しかけてきた。そして筆者の訪問目的を知ると、彼は俄かに多弁になった。
「是非、はっきり書いておいてほしい」
と彼は言う。
「戦神の正妻は、テンカワ・ユリカだったんです。これは、疑いようのない事実なのです! ――2人はここで幼い時から共に育った幼馴染であり、その頃から既に、将来を誓い合っていたんですから」
――実を言えば筆者は、この手の話を聞かされることは予め覚悟していた。既に地球において戦神の行跡を求めあちこち歩き回った先々で、同じようなことを言われ続けてきたからである。
例えば、ピースランドにあるテンカワ・ルリ・メモリアルを訪れた時、そこの館長は、
「戦神の正式な妻は、この国の王女だった女性ただ1人であり、他は全て『妾』に過ぎなかった」
と真顔で断言した。 ――とはいえ、他の地を訪問した時も、状況は似たり寄ったりだったのであるが。
筆者が取材に訪れたほどの町では、今や何処でも戦神は観光の目玉の1つとなっていた。 ――従って、町興しのためには「おらが町の娘こそ、戦神の真の妻」と、言い続けねばならぬ事情もあるのであろう。
ただ、火星の記念館で案内をしてくれた職員の説では、戦神の最も愛していた女性はカグヤ・テンカワの方であったのだという。その証拠として彼は、戦神が5歳の時、幼いカグヤ嬢に宛てて書いたというラヴレターを筆者に見せてくれた。 ――どのようにしてそれを復元したのかについては、とうとう説明してもらえなかったが。
このように、妻だった女性が姉妹など出身地が同じである場合には、誰を正妻とするかについて個人の好みが出てしまうのも、ままあることのようである。
以上、本筋とは関係がない。
さて、勝負である。
時間に余裕があれば、イベント好きが集っているこの艦のこと、さぞかし面白い見せ物になったに違いない―― が、先にも述べたとおり、戦神には一刻も早く月へ向かわねばならぬ事情があった。
また、別な理由から2人の女性も急いでいた。 ――他の「同盟」構成員達が事態に気づき、介入してくるより前に、決着をつけねばならなかったからである。
――そうでなければ、この場の勝負が一切の娯楽色を排し、古典的にジャンケンで決められるようなことには、恐らくならなかったであろう。
審判を務めるのは、髭に眼鏡の中年男である。
「よろしいですね? ルールは、宇宙ジャン拳連盟統一規約に基づく1回勝負とします。
中途での3回勝負への変更や、『泣きの1回』は一切認めませんから、そのつもりでやって下さい。
――では、両者構えて。ジャァン、ケェン、ポンッ!」
ここで、無駄ばなしをお許し願いたい。
ジャンケン。これを知らない者、或いは行ったことのない者は凡そこの世にいないと言っても、まず過言ではないであろう。
手を、握り拳の「石」、開いた形の「紙」、人差し指と中指を伸ばし、他の3指を折り曲げた「鋏」のどれかにし、
同時に場に出すことで勝敗を競うという、極めてシンプルなルールの遊び。それがジャンケンである。
この3つはいわゆる3すくみになっているため、確実に勝てるという手は存在せず、勝ちか負けか引き分け、必ずそのどれかになるわけだ。
――かといって、勝ち負け引き分けが、3分の1の確率で現れるというわけではない。
一見、偶然に勝敗が決まっているように見えながら、実はそこには、相手の心理を読み合う極めて微妙かつ複雑な、精神の闘いが存在するのである。 ――それが、ジャンケンという競技なのだ。
サイコロならば、どの目が出るかは純粋に確率の問題に過ぎない。 ――例えば1の目が出る割合は、サイコロを振る回数が増えていくほどに、限りなく6分の1に近づいていくであろう。
ジャンケンは、全く違う。
これは「石」、「紙」、「鋏」のいずれかを、競技者が、相手に勝ちたいという意図のもとに、
敵の出す手を、その表情、挙動、普段の癖、更には周囲の状況などありとあらゆる情報を総動員して推理し、
その時点で最も勝率が高くなるであろう手を、自らの意思によって、選択して出すのである。
――ジャンケン。そう、それは高度な心理の裏読み競技なのだ。
うら若き金髪の女性は悩んでいた。
(う〜ん、最初に何を出そうかしら? グーがいいかな、それともチョキ?
これが、艦長みたいなボケ子さんとか、ミカコちゃんのようなおっとりさん相手なら、いきなり気合を入れて奇襲攻撃をかけるんだけど――)
突如、大声を出して相手を圧倒し、やにわに勝負に及ぶのは「脅かし」と呼ばれる、立派なジャンケンの技の1つである。
気勢を呑まれた相手は、無意識のうちに防衛本能が働いて、思わず拳を握り締めてしまいやすい。若しくは、手を握ることもできず、開いたまま出してしまうのだ。
いずれにせよ、「鋏」の形というのは、咄嗟の場合にはなかなか出しにくいものである。
つまり、
それに対して「紙」を出せば、勝利か、悪くても引き分ける確率が高くなるのだ。これは子供相手などの場合には、かなり有効な技であると言えよう。
――しかし。
(相手が、よりにもよって、この人だもんね(汗)。 ――普通に「脅かし」を使っても、あっさり引っかかるわけないか。簡単に裏をかいてくるに決まってるわ)
彼女が倒さねばならぬ相手は、じっと瞑目したまま、精神統一を行っているようであった。当然ながら、内心何を考えているか、傍からは全く窺い知ることができない。
(この際やっぱり「脅かし」でいこうかしら? メグミさんは当然、そんな手には引っかからないからチョキを出してくる。そこでわたしがグーを出す、と彼女は考えてパーを出してくる、とわたしが読んでチョキを出すだろう、とメグミさんは考えてグーを出してくる。それに対してわたしはパーを出す、だろうと彼女は読んでチョキを出してくる。そこでわたしが――。
――駄目ね、これじゃ堂々巡りだわ。
でも、この戦いは言わば詰め将棋。最後まで読み切った方が勝つ! メグミさんが一体どこまで読んでくるか――、なんとしても見切らなくっちゃ。
とにかく、絶対に負けられない!)
一方、三つ編みの女性も、外見ほど平静でいたわけではない。
相手に心を読まれないよう、両目を閉じ、表情を消してはいたが、その頭脳はめまぐるしく回転中であった。
金髪の敵手と同様の思考を進めてはみるものの、読み合いに勝てるという確信がいま一つ持てず、 ――当然であろう。読みが足りなくても、逆に読み過ぎても、即敗北につながるのだから―― 勝負に打って出るのに、どうしても躊躇いを感じてしまうのだ。
その時、ふと彼女は薄目を開いた。
別段、相手の心を読もうとしてのことではない。目元にぱさりと髪がかかり、思わずそこに手をやった拍子に偶然、目が開いてしまっただけである。
だがその黒い瞳に、自分同様思考の無限軌道に落ち込んでいるらしいサラの姿が映った。「悩んでいるのはお互い様」であると知り、ふっと彼女の緊張が緩む。
――そしてその瞬間、天啓のように、そばかすの通信士は賭けに出る決意をしたのであった。
「じゃ、そろそろやりましょうかサラさん? あたし、パーを出しますね」
――これは、「撒き餌読み」と呼ばれる、ジャンケンの技の1つである。
予め、自らが何を出すか宣言しておく。但し、出し手は別にそれにとらわれる必要はない。
「パーを出す」と言ってチョキを出したとしても、ルール上は全く問題ないのだ。
――もっとも、いくらルール違反でないと言っても、やはり嘘を言うようなことはしたくない、しないだろうと考えるのが人情というものであろう。逆に、そう考えて裏をかくだろうと思わせておいて、更にその裏をかくのも、また1つの戦術なのである。
付け加えて言えば、相手に平常心を失わせ、緻密な読みを出来なくさせる狙いすら、この技には含まれている。 ――単純に見えて、結構高度な戦法なのだ。
そして、金髪の副通信士も正に平静を失った。
(パーを出す!? これは「撒き餌読み」! そう聞いたらあたしがチョキを出すだろうから、グーを出そうと考えているのかしら?
――いや、まさか。子供ならともかく「あの」メグミさんが、このあたしがそんな程度の読みしか出来ないとは、まさか考えたりしないはず。
ならば、メグミさんがグーを出すと考えて、あたしがパーを出すだろう。と読んで、チョキを出してくるつもりかしら?
それとも更に、そのチョキにあたしが対抗してグーを出すと読んで、結局パーを出してくる? ああっ! 一体どこまで読めばいいの? 分らない、分らないわ!)
再び思考の海に潜行しようとするサラ。その時、彼女を現実の岸辺に引き戻すかのように、髭眼鏡のおじさんが試合開始を宣言した。
「――では、両者構えて。ジャァン、ケェン」
(えっ、えっ! 待ってよ! もう勝負なの!?)
「――ポンッ!」
心に焦りを覚えた彼女が、思わずその場に出したのは「紙」。それに対して、三つ編みの女性の手も、予告どおり5本の指が大きく開かれていた。
引き分けである。
その意味を金髪の通信士が飲み込む暇もなく、「合い子で、しょっ!」の声がかかった。つい反射的に、先ほどの形のまま、手をその場に出してしまうサラ。
――その時、相手の手の形は、既に「鋏」に変わっていたのであった。
「勝負あり! 勝者、メグミ・レイナードさん!」
――人の世は、いくさで成り立ってきた。
それが、些か大げさな決め付けであるとしても、そんな言葉が生まれること自体、歴史上いかに争いが多かったかということを示している。
そして争いは、常に勝者と敗者とを同時に生み出してきた。
例えば、ナデシコ艦橋の通信士席に力無く座り込み、自慢の髪さえ白く見えてしまうほど、燃え尽きている副通信士。
彼女などは、さしずめ後者の代表例と言えようか。
――さりとて、勝者が必ずしも満腔の満足を得られるというものでもない。
現在シャトル上の人となっている三つ編みの女性の表情を見れば、それは一目瞭然である。 ――争いは結局のところ、どちらの側にも大した充足をもたらさないものなのだ。
しかし、それでもなお、人は争いを繰り返してしまう。 ――業、と一言で片付けてしまうには、それはあまりにも重い事実だ。
――筆者は、「人はなぜ相争うのか」という問いに答えを見つけたくて、常にその問いを自らに投げかけながら、この稿を書きつないできた。
書き終えた今、その答えは、ハレー彗星の軌道よりも更に遠くにあるような気がしている。
(終わり)
(後書き)
最初に一言。
「司○先生ファンの皆様、ゴメンナサイ!」
――というわけで。
最近、自分の書いてるモノが面白いのか、今ひとつ自信が持てない李章正です。
今回の話はいかがだったでしょうか? ――やっぱまずかったかなあ(汗)。
李には脇役好みなところがあって、最近変化球気味のSSが続いたんで、時には本来の外伝らしいのを、と今回の話を書いたのです。笑って許してください。
――因みに、じゃんけんの技に関する記述は、全部李の嘘八百 ですので、本気にしないようにしてくださいね(笑)。
(ま、そんな人いないとは思うけど、一応念のため)
代理人の感想
う〜む、荒木飛○彦(笑)。
じゃんけんと言うのは高度な状況判断と判断、そして心理戦であると言ったのは
福元伸行先生ですが(言ってないって)、
まさにそれを地で行くような高度な「読み」と「策」の戦いでした(爆)。
それにしても「鬼謀」ですか。
・・・・・・・・ぴったり(笑)。