Miss フレサンジュ
by 李章正
ある日、機動戦艦ナデシコの艦内に、一軒の雑貨屋が開業した。
取り扱う商品は主にパーティ用具全般。店番をしているのは、オペレータの制服をまとい、真珠色の髪をツインテールにした十歳くらいの少女。
どうやら副業を始めた模様である……艦橋での任務は放っておいていいのだろうか。
まあ、それは本題には関係ないので置いとくとして。
お昼時を過ぎてかなり経った頃。専業主婦の皆さんが、そろそろ夕食の下ごしらえにとりかかるんじゃないかという時間帯。
どんどんどん、と扉をたたく音が、小さな店内に響いた。……自動ドアだけど。
「ちょっとええかなあ?」
「?」
店に入ってきたのは一人の女性。輝くような金髪に切れ長の青い瞳。白いタキシードにメリハリのある肉体を包み、やたらと派手な眼鏡をかけている。
「あんなあ、ちょぉっとパーティ行かなあかんねん」
ふむふむと頷く店番の少女……ホシノ・ルリ。対して、客の女性、イネス・フレサンジュ博士は続ける。
「パーティはパーティでも、ホームパーティなんやけど。そのな……、会場、艦長の家なんやけど結構なお屋敷やねん、これが。
やっぱ、粗相できんやろ? ……一応、その、好きな人も来るっちゅうことやし。ライバルの前で、差ぁつけたらなあかんやん?」
こっくりと頷くルリ。
「でな……うちが聞きたいのは……、パーティの三大条件って、What? ってことやねん」
いきなり話が飛び、金の瞳に驚きの色を浮かべるルリ。相変わらず一言も発しないが。
しかし、イネス博士は相手の反応にかまわず、左手を広げてどんどん話を進めていく。
「……おいしい料理と」
親指を折り、
「……楽しい遊びと」
人指し指を折り、
「きれいな衣装に決まってるやろうがっ!」
びくうっ
何の前触れも無く、いきなりキレるイネス博士。先ほどまでの笑顔が一転、急に爆発したイネスに、ルリは理由もわからず途方にくれるが、程なく博士はあっさり平静を取り戻した。
「うん。ま、そういうことやから。早よ持ってきて」
こくこく
彼女の急かしに頷いたルリは、小走りで店の裏に消えていった。残ったイネスは、「ほんまパーティ行かなあかんねん」「時間が無いねん」などと、独りぼやいている。
と、待つほどもなく戻ってきたルリは、早速注文の品をイネスに手渡した。
茶色い菅笠に、使い込まれた感じの黒い外套。白木の鞘をすらりと払えば、現れたのは冷たく光る刀身である。
「そうそうそう……。これな、こうやって着てな、大刀も持ってな……。ドンドットット、ドンドットット」
菅笠をかぶり、外套を羽織った彼女は、その場で不思議な歌を歌いながら踊り始めた。
「ドンドットット、ドンドットット……。マイソー♪ マイソー♪ 火星の後継者〜♪ (ちゃちゃちゃちゃっちゃ、ちゃちゃちゃちゃっちゃ)マイソー♪ マイソーマイソマイソー♪ ……って、何をさせとんねんっ!」
イネス博士は刀を力いっぱい床に叩きつけた。
「なんでこんなとこまで来て北辰の物真似せなあかんねん! こっちは時間無いゆうとんねん!」
「……」
「もうええもうええ、おまえに任せてられへん。こっちから指定させてもらうわ」
そう言いながら、イネスは形の良いあごに片手を当てて思案した。
「そやなあ……。服は任せられへんから、何かこう恋人と楽しめるグッズとか、そういうたぐいのもん何かある? ほら、好きな人も来ることやし。ただお話するだけっていうのも、なんかあれやん」
こくこくとツインテールを揺らすルリ。
「だからこう、好きな人とラブラブな感じになれるもん……、なんかそういうもんある? ああ、なら持ってきて! じゃあ頼むわ」
再び店の奥へ駆けていくルリ。イネスの視線はその背を追わず、壁にかけられている時計へと向けられた。長針が十二、短針が五を指しているのに気づき、眉間に小さくしわを寄せる。
だが、秒針が半周しただけで店の奥からルリが戻ってきたおかげで、彼女の眉は明るく開かれた。
持ってきたのはお風呂に入れる入浴剤。疲労回復に効果的。
「いやあぁん。これ、ほんま欲しかったのよぉー」
そう言いつつ箱を開けて中身を取り出し、さっさっと風呂桶に入れる仕草をする。その後、おもむろに浴槽に浸かり、両手を頭の上で組んでうーんとひと伸び。
「ああー、ほんま気持ちええわあ。やっぱりお風呂にはこれよねえ。この、一日の疲れがじんわり溶け出していく感じ……って、これ“バブ”やん!」
入浴剤を壁に叩きつけ、跳ね返ってきたところを両足で踏みにじる。
「うちが欲しいのは“ラブラブ”や! おまえが持ってきたの“花○のバブ”やん! ラブとバブ全然ちゃうやん! ラブとバブ全然ちゃうやん! 天丼とテポドン……、関係ないやん!」
「……」
「おまえラブラブってどーいうことか知らんのかい!? ラブっちゅうからにはいい雰囲気になるもんやろうが。入浴剤でどないして妖しくなるっちゅうねん阿呆っ! ええからラブなもん持ってこんかいっ、畑から白くてずんぐりしたもん掘ってきたり、未公開の紙切れとか持ってきたら張っ倒すぞ!」
詳しく説明を受けて、ああ、そうだったのかーというような表情を浮かべながらルリは三度店の奥へ走ってゆく。
さすがに二度も注文を間違われてしまったためか、イネス博士の眉は大きく逆立ち、なかなか元に戻らない。白いタキシードの襟元を整える手つきの荒々しさに、余裕のなさがにじみ出ていた。
「……」
程なくして、ルリが品物を手に戻ってくる。注文どおり、泥つきの白くてずんぐりしたものでも、ましてや沖縄の毒蛇とか、どっかの会社が発行した政治生命に関わるものでもない。
それを無言で客に差し出す。受け取ったイネスの表情からようやく険しさが消える。
「そうやねんなー。こういうふうに雰囲気のあるもんでないと、あかんのよー」
そう言いながら彼女はパンチパーマのヅラをかぶり、木こり風味のステージ衣装を着込むと、マイクを手に取った。
ひゅるりら〜♪ ひゅるりらら〜♪ ひゅるりらり〜ひゅるりららら〜♪ ひゅるりらら〜♪ (こーん)
いつの間にかルリがその傍らに立ち、横笛を吹き始める。どこからか、木を打つ音まで聞こえてきた。そして、イネスは渋く張りのある声で歌い始める。
与作は木を切る〜♪ (こーん) へいへいほー♪ (ヘイヘイホー♪) へいへいほー♪ (ヘイヘイホー♪)
「……」
「……」
「……っていうか、これ“ラブ”違うやん。これ“ラブ”じゃなくって……“サブ”やん?」
言葉と同時に顔を見合わせる二人。申し合わせたように互いの手のひらを重ねる。
あ、一,二,三,四。
「おーまーえー持ってきたー、サブサブグッズー♪」
六甲おろしのメロディにのせて、イネス博士は歌い始める。
「うーちーがほーしいのー、ラブラブグッズー♪ 呉れー呉れ呉れ呉れー♪ ……って、ええ加減にせえよっ!」
「!」
イネスは全力投球でマイクを投げ捨てた。店の壁に激突したそれは、壁にひびを入れた後床に転がる。今度こそ心底からブチキレた表情で、彼女はルリに食って掛かった。
「おまえはさっきから、ほんま腹立たしいなあ……改造すっぞ!? 麻酔打ってバッタ怪人に改造すっぞ!?」
ふるふるっ
ルリはイネスの脅しに、それでも無言のまま、必死にかぶりを振った。
この状況になっても、なお一言も言葉を発しようとしないのはひとえに元ネタのゆえである……もともとが無口キャラではあったけど。
「もうラブラブ要らんっ! もっと簡単なのに変えるわ! せめておまえんとこでもアレくらいはあるやろ……あのー、あれ……そう、CD!」
ツインテールをぶんぶん揺らしながら頷くルリ。
「もうCDでええわ、なんやかんやいうてもクラシックならどこでも通用するさかいな……。誰のがある? え、ショパンしかない? まあ、もうそれでええわ。早よせいよ!」
かくして、ついに三度目の商品交換とあいなった。
ここまで来てしまうともう、ルリに向かって悪態をつく気力もなくなっている。イネス博士の口から漏れるのは、ただただ重苦しいため息のみ。
しかし今度もまた、それほど待たされることはなかった。ほどなくルリが店の奥から目的の物を出して戻ってくる。
「……」
持って来たのは、付け髭ならぬ付け揉み上げとウエディングドレス。ルリは得意げな顔をして、揉み上げをイネスに差し出した。
イネスが揉み上げを付けると、彼女はその傍らで純白のドレスにすっぽりと身を包む。
そのまま、向かい合う二人。
イネス博士は、ルリの両肩にそっと手を置き、限りなく優しい声でこう語りかける。
「……馬鹿なこと言ってんじゃないよ、また闇ん中へ戻りたいのか? やっと、お日様の下へ出られたんじゃないか。
な、おまえさんの人生はこれから始まるんだぜ。……俺みたいに、薄汚れっちまっちゃいけないんだよ」
すると、ルリが今度はトレンチコートをイネスに差し出した。彼女は揉み上げを外してコートを羽織り、今度はやや離れたところに立つ。彼方に視線を据え、声音を渋く変えて、
「……いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。……あなたの、心です」
一瞬驚いたように目を見開き、すぐに笑顔で大きく頷くルリ。
どこからか、某お城映画のテーマソングが流れ始める。
幸せを訪ねて〜♪ わたしは行きたい〜♪ 茨の道を凍てつく夜を〜♪ 二人で渡って行きたい〜♪
……これって、“ショパン”やなくて、“ルパン”やーん。
「……やかましいわ阿呆っ! なんでパーティやのうて、地球の裏側行かなあかんねんっ!」
「……」
「もうええわボケェッ! 二度と来るか阿呆っ!」
トレンチコートを投げ捨てて揉み上げと一緒にガシガシと踏みにじり、踵を返すイネス博士。店を出る時も、ドアも壊れよとばかり怒りをこめて全力でばぁんと蹴りを入れていく。
そんな客の狂態を、しばし呆然とした表情で見送っていたルリだったが、やがて、またやっちゃた、という顔をして、独り真珠色の頭を掻くのであった。
そんな、ナデシコでのとある一日。
(END)
(後書き)
誤解してはいけない。このお話は、決して単なるお笑いなどではない。
そう。これは金髪と無口という属性の一致ゆえに否応なく嵌め込まれてしまった、紛れもないキャラクター悲劇なのだ。
――次に犠牲となるのは、あなたの萌える、あのキャラかもしれないのである。
実際珍しくないしねー、金髪も無口も(笑)。
代理人の感想
・・・・・・ま、負けたっ。
なんだか良くわからんがそれゆえに負けたっ!
orz