人間の才能には、発信性のものと受信性のものがあるそうだ。むかし読んだ本に、確かそう書いてあった。
その時はただ、そういうものかなと思っただけだったけど。――そう、彼女の輝きをこの目で見るまでは。
月の独白
By 李章正
小さい頃には、劣等感を感じたことなんて一度もなかった。
勉強でもスポーツでも、何だって人並み以上にできたから。
芸術的な才能こそなかったけど、それは僕ならずとも、ほとんどの人にとって同じこと。
最初から違う世界の話だと思っていたから、全然気にならなかった。
真面目一方な両親の間に生まれた僕は、幼い時から、努力の尊さをしつけられて育った。
だから、友達よりたくさん努力することに、それほど苦痛を感じたことがない。
むしろ、がんばりに比例して良い成績がおさめられることに、快感を覚えることが多かった。
自分は、このまま目の前の道をまっすぐ歩いていくだけでいい。その頃は、心からそう思っていた。
士官学校に入ったその日から、すべては始まった。
総代抜きの入学式。開校以来、前代未聞の椿事と後で聞かされた。まあ、それはそうだろうと思う。
そして、ざわつく僕ら新入生を前に教官たちが目を白黒させていた頃、その犯人はといえば。
寝坊して、遅刻して。おまけに学校の中で迷子になっていたのだった。
入学してきたこと自体、何かの間違いとしか思えなかった彼女。
可愛い顔立ちだとは思ったけれど、なにぶん最初が最初だったから、第一印象はどちらかと言えば悪かった。
学校生活が始まってからも、皆の予測に違わず、天然丸出しと言うしかない大ボケの数々。
有力な将官の愛娘だから手心を加えられたんだという陰口を、だから僕も疑っていなかった。
◆ ◆
彼女への評価が変わったのは、入学後、最初の試験の時だった。
いつもの天然ボケにまるで似合わず、全ての科目で好成績をあげて見せた彼女。
しょっちゅうドジを踏んではいても、伊達に総代に選ばれたのじゃないことはよくわかった。けれど。
本当に衝撃を受けたのは、戦略シミュレーションで彼女に叩きのめされた時だった。
そもそも、戦略シミュレーションを苦手にしていたわけでは断じてない。
過去の名将たちの戦い方も自分なりに研究していたし、だからそこそこ自信もあった。
事実、他の同期生たち相手なら、おおむね互角以上の戦果をあげることができていたんだし。
それなのに彼女を相手にした時だけは、常に敗北を喫してしまうのだ。
大攻勢を掛ければ、弱点を突かれて戦線をずたずたに寸断された後、各個に撃滅された。
防御に徹すれば、拠点に封じ込められた挙げ句、なすすべなく包囲され、殲滅された。
攻守を織り交ぜて戦えば、たちまちパターンを読まれ、結局一方的に戦力をすり潰された。
僕がいくら頭を絞り、夜を徹して作戦を練っても、彼女はいつも軽々とその上を飛び越えていった。
ここまでくると僕も、否応なしに気づかざるを得なかった。
彼女は僕と、いや、他の誰とも違っている。良くも悪くも、まさしく平凡の対極にいる人なのだ。
だが、理性によって理解はできても、感情が納得したわけではなかった。
僕に才能が無いのはしかたない。でも、なんで、よりにもよって彼女なんだ?
◆ ◆
造物主を呪い、運命の理不尽を嘆き、半ば意地になって挑み続ける僕に、彼女は尋ねた。
なにゆえ、そこまで懸命に打ちかかって来るのかと。本当に、心の底から不思議そうに。
子供のように純真なその瞳がどれほど僕の心をえぐったか、全く知りもしないで。
持てる者は持たざる者の気持ちを、決して理解することはない。
大きすぎる力は、時として災いをもたらすことがある。
灼熱する本心を仮面の下に隠し、僕は無愛想にそう答えた。
その力は持ち主の意思に反し、周囲をも自分をも傷つけてしまいかねない諸刃の剣(つるぎ)。
そうさせないためには、力が無敵ではないと、掣肘され得るものだと、示す必要があるのだ。
我ながら見え透いた屁理屈だった。これで誤魔化される奴など、余程の莫迦に違いない。
もちろん、それを口にした僕は、相手に輪を掛けた能なしというわけだが。
ほら、彼女が大きく目を見開いた。まるで、嬉しくてしようがないと言わんばかりのその表情。
僕の心を奥底まで見透かしてしまったから、後は遠慮なく嗤うだけということなんだろうさ。
ところが彼女は、突然僕の手を取り、そしてこう言った。
自分の側にいて、ずっと助けてくれることに心からの感謝を。あなたは自分にとって、一番大事なお友達だ。
ちょっと待て、僕はそんなこと言った覚えはないぞ。だが彼女が人の話を聞かないのも今に始まったことではなく。
サラブレッドに競走を挑んでいるつもりだった僕は、いつの間にか、馬の手綱を握らされていたのだった。
◆ ◆
幼い頃、TVの中で活躍するヒーローに憧れていた。
彼らの持つ超能力をいつか自分も手にし、正義のために戦いたいと心から望んだ。
大人になるにつれ、架空の力に対する思いは徐々に薄れ、やがて消え失せてしまったけれど。
代わりに真の力を求めて、軍人への道を歩むことにしたのだった。
そこで僕は初めて、超人的な力というものがこの世に本当に存在するのを知った。
でもその才を持っていたのは、ほかの部分は穴だらけの、チーズのような女の子。
それがどうしても気に入らなくて、子供のように突っかかり続けていた筈だったのに。
気がついてみれば僕は、彼女の「大事なお友達」というポジションにはまり込んでいたのだった。
いささか奇妙ないきさつではあったが、僕は「力」を手に入れたとも言えるわけで。
もちろんそれは、かつて望んでいたのとは全く違うものではあったけど。
人間に翼が生えることは決してない。でも飛行機に乗りさえすれば、ちゃんと空は飛べる。
彼女のそばにいれば、僕はヒーローになることだってできるんだ。
それから、僕と彼女の関係は180度変わった。
相変わらず、普段の彼女は天然そのもの。彼女を1人にしていては、折角の天才も台無しだ。
そこで僕の出番。彼女を支え、導き、力を存分に発揮できる舞台を整える。金魚の糞と嗤われたって一向に構わない。
彼女の才を引き出し、光り輝かせること。それこそが僕の、僕だけの「力」なのだから。
(終わり)
「ねえジュン君。わざわざ連合軍辞めて付き合ってくれて、本当に良かったの?」
「……ユ、ユリカ1人じゃ、心配だから」
「さっすがジュン君♪ 最高の友達だね」
(後書き)
好! 李章正です。
さて、今回は「彼」の話です。
TVとか見た限りでは、単に惚れた弱みでくっついてるだけにしか見えなかった「彼」。
でもそれではSSを書こうにも、文字どおりお話になりません。――というわけで、左斜め45度から光を当ててみた次第。
天才の傍らに立つ凡才の内面宇宙、というわけですが……。ありふれてますかね、やっぱり(苦笑)。
いくらなんでも曲解が過ぎないか? と我ながら思わないでもないですが、まあこういう「彼」もまた1つの可能性ということで。
それではまた。
代理人の感想
ん、余分な感想つけるのも野暮でしょう。
楽しませていただきました。