今、諸君の目の前にあるのは、「空白の2年間」という名のジグソーパズル。
それを形作っているのは、「漆黒の戦神」が不在の間に発生した、数多くのエピソード。
このSSは、パズルを構成している色とりどりのピース、単にその1つというに過ぎない。
……これからおいおいと、他の欠片も作りだされ見つけだされていく筈である。
ピースが作られる発見されるごとに、「空白の2年間」に纏わる謎もまた、解明されていくことになるのであろう。
例えば。
「何故『彼女たち』は、『彼』が死んだことになってしまうのを黙認したのだろうか?」
……これは、そんなどうでもいい素朴な疑問に答えるお話である。
極秘
「空白の2年間」補完計画
Action最高幹部会
第1次中間報告
「空白の2年間」補完委員会
Action暦3年度業務計画概要
総括編
地球と木星、2つの星に分かれ住む人類の間で戦われていた不毛な戦争は、始まりから凡そ2年にして、とりあえず終わりを告げた。
その実現が、1人の英雄の比類なき貢献によるものであったことは、誰1人として知らぬ者のない事実である。
しかし、帰還したならば人々の歓呼に迎えられたであろうコック志望の英雄は、休戦成立の直前、突然のアクシデントによりこの宇宙から、文字通り消滅してしまったのだ。
このことは、数多くの人々――因みに、その大半は女性であった――を哀しみのどん底に突き落としたが、それと同時に、生ける英雄の存在を望まぬ一部の人々を、狂喜乱舞させることにもなった。
もっとも、彼ら――因みに、女性は1人も含まれていなかった――が表向きは謹直な仮面を被って内心を覆い隠しつつ、彼を死せる英雄として祭り上げたのは言うまでもない。
そして帰らぬ人となった青年に、もし彼が消えなかったならば決して与えることのなかった、彗星シャワーの如き賞賛の嵐を浴びせかけたのである。
その結果、全人類社会――和平派が政権を握った木連でもまた、敵方の人物であったとは言え和平の実現に力を尽くした彼に対し、人々は挙げて弔意を示していたのだった――が挙って亡き英雄を褒め称え、その偉業を偲ぶことになった。
英雄個人の葬儀は無論、この上なく壮大かつ厳粛に営まれ、葬儀当日からおよそ1週間というもの、地上からベートーヴェンの交響曲第3番の演奏が絶えることがなかったのは言うまでもない。
また、後に地球で行われた戦没者合同慰霊祭においても、数多くの無名の英霊たちのいわば代表格として、その在りし日の姿が偲ばれたものである。
彼のあまりにも凄まじい戦いぶりは、それを直接見た人々に対して頼もしさと共に、少なからず不気味な印象を与えてもいたのだが、今やそれらは彼らの記憶からことごとく拭い去られ、代わりにその飾らない人柄や、穏やかな物腰ばかりが懐かしく思い出されていた。
まして、英雄と直接面識を得ることのなかった大多数の人々の間では、彼はほぼ神格化されてしまったと言っても過言ではない。
一連の騒ぎの極めつけとなったのは、広大な戦没者墓地の真ん中に、他の全てを圧するようにして建てられた、巨大な黒曜石の墓標であった。
陽光を浴びて燦然と光り輝くそれは、既に荘厳というレベルを遙かに通り越し、周囲を埋め尽くさんばかりの献花の山のおかげで、辛うじて俗悪化半歩手前のところに踏みとどまっている。
……このように、凡そ1ヶ月近くも続いた、服喪というには些か浮ついた空気の日々――なんといっても、待望の平和が訪れたのだから、無理もないことではあったが――が過ぎ去った後、漸く社会は常態へと復帰した。
それまでの間、戦いで失われた何百万リットルもの鮮血をこれで購いたいとでも言うように、全人類圏で流星雨の如く大量の涙が流され、未だ乾ききらぬ墓地の表土を再び潤したが、無論、誰1人黄泉の国から帰ってくることがなかったのは言うまでもない。
……やがて、人々は泣き疲れ、深々とため息をつき、涙の滴を睫毛から拭った後、生き残った者の義務を果たすべく、表面上は淡々として再び日常の生活へと戻っていったのであった。
……しかし、物事には何でも例外というものがある。
今回の場合にも無論、それは存在していた。
具体的に言えばそれは、先の戦いで地球側に属し、地球軍最強を謳われた機動戦艦ナデシコ、その女性クルーの一部から成る集団である。
回りくどい言い方をせずとも、某同盟と言えば分かる人には分かるであろう。
このグループが、人類社会の稀少な例外となった理由には、彼女たちが英雄の消失を至近で目の当たりにし、その最後の言葉を耳にしていたから――彼が厳密に言えば死んだわけではなく、再び戻ってくる可能性が皆無ではないことを知っているから――と言うことも無論ある。
しかし本当の理由は、寧ろ彼女たちが、自らを例外たらしめんと画策したことに起因していたのであった。
「これより、同盟定例会を始めます」
地球連合と木連新政権との間で、一時停戦と兵力引き離しについて合意がなされてから数日後。
月周辺宙域に浮かぶナデシコ艦内の某所において、瑠璃色の髪の少女が、13人の構成員たちを前に重々しく告げた。
仲間内で欠けているのは、カグヤ・オニキリマルとエリナ・キンジョウ・ウォンの2人だけである。
彼女らは、一時停戦を休戦、そして正式な終戦にまで持っていくための交渉の下準備を行うために、先に地球へと戻っていたのだった。
……その代わりとして、会員資格の与奪に関わらない案件についての委任状を提出していたのは言うまでもない。
さて、自分たちの守護神が突然消失してしまった後、一時自失に陥りかけた彼女たちであったが、彼の願い――和平の実現――を守り抜くべく、すぐさま立ち直るや凄まじい勢いで仕事に励んでいた。
その働きぶりは、艦に座乗していた某提督――本人の希望により、敢えて名を秘す――をして「鬼気迫るものがあった」と言わしめたほどである。
その甲斐あって、戦神の消滅による和平への悪影響は、予想外に小さな程度で食い止められていたのであった。
結果、兵力引き離しは恙なく行われ、現在戦闘行為は完全に止み、宇宙は久方ぶりの静けさを取り戻している。
そういうわけで漸く、彼女たちは暫く業務を離れ、集会を持つ暇を見いだしていたのであった。
……最初に開会を宣言した、金色の瞳を持つ少女によれば、「この会を一刻も早く開くために、徹夜で働いたのです!」ということである。
「本日の議題は2つです。まずはアキトさん……わたしたちの生きる希望をいかにして取り戻すか、その具体的方策についての検討ですが……。
前回議決したとおり、みなさんこのことについて、あれから色々と考えられたことと思います。
ついては、何か有効な手立てかアイデアを、思いつかれた方はいらっしゃいませんか?」
金色の瞳に縋るような色を浮かべつつ、彼女はそう言って皆の顔を順番に見渡した。
しかし、誰1人として口を開くこともないまま、力無く項垂れるだけである。
やがて、皆の視線が一縷の希望を込めてその中の1人――白衣を着た金髪の女性――に集中したが、彼女もまた無言のまま、首を横に振るだけであった。
その時、食堂に勤める娘たちの中で最も童顔の女性が、おずおずと口を開く。
「わたし……何も思いつかなかったから……いくら考えても……何も出てこなかったから……お祈りするしかなかった……アキトさん、早く帰ってきてくださいって……いつものように『ただいま』って、優しく微笑んでくださいって……。
……なんにもならないかもしれないけど……でも、わたし……それしかできなかったから……」
ついにこらえきれなくなったのか、小さく肩を揺らしながら嗚咽し始めた彼女の傍らに、いつの間にか艦長服を纏った女性が立っていた。
彼女は、小刻みに震えるその背を優しくなでながら、
「泣かないで……、みんな一緒だよ。
なんとかしたくてたまらなくって、でも、力が足りなくて。
アキトは、こんな思いをずっとしてきたんだね……。
でもアキトは諦めなかった。
最後まで挫けなかった。
だから、わたしたちも涙を拭こう。
何もできなくても、アキトを信じることだけはできるよ。
アキトは必ず帰ってくる、そう信じて、みんなで祈ろう。
その日が1日でも早く来ますようにって。
ね、だからもう泣かないで」
銀髪の少女が、やはり目を赤くしながら彼女に和した。
「わたしも同感です、艦……『天真爛漫』さん。
アキトさんは帰ってきますよ、必ず。
今までいつもそうだったんですから。
今度は少し帰りが遅くなるかもしれないけど、少しだけです。
……アキトさんが帰ってきたときに、笑顔で迎えなくちゃなりませんもんね」
その言葉に、やはり涙を零しながらも他の女性達が一斉に頷いたところで、議長役の少女も涙を拭い、再び口を開いた。
「それでは……、第1議題については、引き続き検討課題とすることにします。
続いて第2の議題です。
これは、今日入ってきた情報なのですが……。
地球連合各政府、及び軍上層部が結託して、アキトさんの葬儀を大々的に執り行う準備を始めているらしいのです。
このことについて、わたしたちはどう対処すべきか決めたいと思うのですが」
彼女の発言が終わって暫くの間、静寂が辺りを包んだ。
しかし、その言葉の意味が皆の胸に落ちるや、それまでの湿っぽい空気が、一瞬にして砂漠の熱風へと変身を遂げる。
……どのような高性能エアコンをもってしても、ここまで素早く室内の空気を入れ換えることはできなかったであろう。
「そ、葬儀ですってー!?」
「そんな! 酷い、酷すぎますっ!」
「アキト、死んだわけじゃないのに、なんでそんなことするの!?」
「決まってるじゃない! 彼らには生きた英雄は必要ないの! アキトさんを物言わぬ軍神にするためよ!」
「実験よっ! そんなことを考える輩は、まとめて新薬の人体実験に協力してもらうわ!」
「そんなんで足りるかっ! これからすぐ連合本部に殴り込みだ!」
注射器やおたま、消火器にスパナに日本刀などを振り回しながら騒ぎ立てる彼女たちを代表するように、艦長服の女性が、殊更に感情を殺した声で口を開いた。
「……アキトの葬儀を企てるなどという、不敬罪を敢えて犯した人たちを、わたしたちは許しておくわけにいきません。
本艦は、これより直ちに地球連合首都へ向かって進撃!
連合本部を制圧して、かかる暴挙を食い止めたいと思います。
……みなさん、異議ありませんね?」
「「「「異議なし!」」」」
「「「「わたしも!」」」」
「「「「当然よっ!」」」」
その頃艦橋にいた髭眼鏡のおじさんが聞いたら、間違いなく失神しそうな結論であったが、その場にいた女性のほぼ全員が、即座に彼女の言葉に賛同した。
もし、事態がそのまま推移していたならば、その後の人類史がかなりの修正を余儀なくされていたことはまず間違いない。
しかし、同じく艦橋にいた大男が厚く信奉している神が、その信心に免じて救いの手を差し伸べでもしてくれたのであろうか。
事態は、再び急展開を遂げることになった。
「異議あり!」
他の女性たち全ての発言を圧し、朗々と良く通る声で決然とそう唱えたのは、黒い髪を三つ編みにし、通信士の制服を纏った女性であった。
「ちょ、ちょっとメグちゃ……じゃなくって『三つ編み』ちゃん?」
「どういうことだよおい! なんで反対するんだ?」
「そうですよ! アキトさんのお葬式なんて、そんな口にするのもおぞましいことが、実行されてもいいって言うんですか?」
他の女性たちが口々に非難の声を上げたが、彼女はそれらを軽くいなすと、すかさず切り返した。
「確かに、アキトさんのお葬式なんて、考えるのさえ嫌なことです。
でも、冷静に考えてみてください。
わたしたちは、アキトさんが実際には死んでいないことを知っています。
どれほど大がかりな葬儀が行われたところで、そんなもの、所詮まやかしじゃないですか?
それよりも、その茶番を実行させることで、得られる利益を計算してみてほしいんです!」
その言葉に、室内の喧噪は瞬く間に静まった。
議長役の少女は無言を保ったまま、視線で彼女に話の続きを促す。
そばかすの女性は1つ頷いて、
「まず第1に、わたしたちと敵対している、某組織のことが挙げられます。
わたしたちと某組織とを比較するに、情報戦能力や1人当たりの戦力では、こちらが断然優位にあるにも関わらず、わたしたちはこれまで彼らを根絶できないできました。
その理由はただ1つ! あまりにも彼らの人数が多すぎたからです。
わたしたちは、この部屋にいるだけでほとんど全員なのに、彼らはナデシコにいる、いわゆる原初会員だけでも百人以上。
一般会員まで含めれば、世界中に数百万人は確実にいるでしょう。
そのため、我々には取り得ない人海戦術が、彼らには可能だったのです。
これはわたしたちに、これ以上ライバル仲間を増やすことができないという制約がある以上、彼らにとって絶対的なアドバンテージでした。
しかし今ここで、アキトさんの葬儀が行われればどうでしょう?
彼らの大半は、アキトさんがどうなったかの真相を知りません。
某組織の抹殺対象たるアキトさんがいなくなったとなれば、かの組織は存在意義を失うわけですから、必然的に、急速に自壊してしまうのは間違いないでしょう。
無論ナデシコ内にいる人たちは別ですが、僅々百名ばかりになってしまえば、後は恐れるに足らないのは言うまでもないですね。
これが第1の理由です。
が、理由はこれだけではありません。
これから述べる第2の理由こそ真の理由、最も重要な理由なのです!」
その時、理解できたという表情を浮かべながら、双子姉妹の姉の方が、三つ編みの女性の言葉を引き継いだ。
「わたしにも分かったわ、第2の理由……。
『彼女たち』を、この際、一気に排除するのね!」
その言葉を聞いて、他の面々もはっと胸を突かれたような表情を浮かべた。
そばかすの少女は、金髪の通信士ににっこりと微笑んで見せてから、話を続ける。
「サ……『金の糸』さんの言われたとおりです。
アキトさんは西欧への出向期間を初めとして、これまで世界中、ありとあらゆるところで女性たちを落としまくっています。
直接落としただけで、最低でも百人以上。
面識はないけど、アキトさんの熱狂的ファンだという女性まで含めれば、恐らく地球圏だけで、その1万倍は軽く超えるでしょう。
……これまでの場合、いつ何時彼女たちの誰かがわたしたちの中に割り込み、アキトさん争奪戦に本格的に参戦してくるか、分かりませんでした。
しかし、ここでアキトさんの葬儀を行い、その死を公式に宣言してしまったらどうでしょうか?
彼女たちの想いは行く先を失い、結局は新たな方向へ向かわざるを得なくなるでしょう。
結論を言うならば、アキトさんの葬儀をただ黙認するだけで、わたしたちは数百万の潜在的競争者を、労せず排除することができるのです!」
いつの間にか彼女は立ち上がり、チャップリンの如く拳を振り上げながら、聞き惚れる聴衆を前に熱弁を振るっていた。
そして、遂に演説が終わる。
一瞬の静寂。
と、忽ち室内は熱狂的な拍手と賞賛の嵐に包まれた。
「凄いよメグちゃ……『三つ編み』ちゃん! そんなこと、わたし思いつきもしなかったよ!」
「極めて明解で説得力に富む議論ね! 全面的に賛同するわ!」
他の女性たちもまた、興奮に顔を赤く染めながら、口々に彼女の智謀を褒めそやした。
そばかすの通信士は、差し出された水を飲んで渇いた喉を潤しつつ、次々と求められる握手に応えている。
そして再び、議長役の少女が口を開き、その日の総括を行った。
「では、『三つ編み』さんの意見に基づいて、アキトさんの葬儀に関してはこれを黙認し、一切の妨害行為を行わないこととします。
……付け加えるならば、それに便乗する形でアキトさん神格化キャンペーンを行い、人々の間に残る、『黒い戦鬼』のマイナスイメージを払拭することで、アキトさんが帰って来た時の花道づくりをしておきたいと思うのですが、どうでしょうか?」
「「「「「「「「「「「「「異議なし!」」」」」」」」」」」」」
今度は全員が唱和した。
かくして、稀代の英雄は沈黙せる軍神となるにとどまらず、いにしえの皇帝たちに倣い、文字通り神々の列へ加わることになったのである。
――それから、凡そ2年の月日が流れた。
未だ、軍神は神々の座から降りてきていないが、「彼女たち」が彼の帰還を微塵も疑っていないのは言うまでもない。
そう言うわけで、あの女誑し漆黒の戦神がこの宇宙に再臨した時、一体何が起こるか――極めて興味深いことではある。
が、それはまた別な場所で、別な人物によって語られるべき物語であろう。
(終わり)
(後書き)
初めまして。李章正といいます。
実は、李は最近このHPを見つけたクチでして。
本編が既に25話まで進み、最終回間近と思いこんでいたため、今更割り込むこともあるまいと思って観客席に座り続けていたんです。
が、みなさんご存知のように、終わったのは「序章」だということで遂にがまんできなくなり、舞台に躍り上がってしまいました(笑)
どうか寛大なお心で、お仲間の端っこにでも加えてやってくださいませ。
李章正さんからの初投稿です!!
あ、あはははは・・・
女性って強いですよね〜(汗)
まさか、こんな裏があったとは!!(お前作者やろ?)
しかし、メグ・・・ゴホンゴホン!!
『三つ編み』嬢の知略には脱帽モノですね。
さすが、議長の崇拝するお方だ。
では李章正さん、投稿有り難う御座いました!!
次の投稿を楽しみに待ってますね!!
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