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連合機密
平成206年(耶蘇教暦2194年)4月1日 3部中の2部
文書2015・対「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星国家間反地球共同連合体」(以下「木連」と呼称) 基本政策
1 概要
以下のレポートは、我々、地球連合諸大陸調整委員会 外宇宙小委員会による対木連基本政策案の概要である。本格的な提案は、本レポートに対する各大陸政、軍の意見・提案が明らかになった後、提出されるであろう。
2 人類圏(木連領域を除く)の現状に対する認識
このレポートを読む者には既に周知のことだが敢えて繰り返せば、これまで地球系と火星系からのみ成る
と信じられていた人類圏が、実は木星系にまで拡がっていた事実が最近判明した。
但し、木星系の人類は、その歴史的経緯(これについては別資料『文書666 第1次月独立運動の顛末』を参照のこと)から、
我が地球連合の主権を認めていない。従って、人類圏は地球連合成立以来初めて、再び複数の政治勢力に分かれたことになる。
しかしそれでもなお、地球圏における100億以上の人口が生み出すパワーは、太陽系宇宙において圧倒的な存在感を持っている
ことは明らかである。我々は、我々こそが太陽系の主人であるということに、何らの疑問も感じていない。
3 木連の有する力に対する認識
一部の人々がなお主張するような、木連が非人類による、所謂異星人勢力である可能性は現時点ではほぼ消滅している。
彼らが、その主張通り約100年前の火星植民者たちの子孫であることは疑いない。従って、彼らもまた我々の同胞である。
しかしその場合、以下のような理解し難い点が出てくることも事実である。
約100年前火星を離れ、彼らが称するところの「長征八億粁(キロ)」を経て木星系へ辿り着いた人々が、
そこで生存のための苛酷な闘いを強いられたことは想像に難くない。当時の木星系には無論、改造なしで人類が居住できるような
可住星は皆無であり、彼らは太陽から遠く離れた酷寒の宇宙で、厳しい耐乏生活を送らねばならなかったはずだ。
係る状況では、本来ほんの僅かな人数が生き延びるだけで精一杯だった筈である。言い換えるなら、僅か100年という時間で、
彼らが国家を建てるレベルに達するなど到底あり得ないことであり、寧ろ早々に死に絶えてしまっていても不思議はなかったのだ。
しかし現在、木連が存在していることは厳然たる事実である。では彼らはいかにして、自らを維持するだけでなく、
その拡大発展を可能にするだけの物資やエネルギーを入手し得たのであろうか。
上気の疑問に対する仮説として、木星系の主要衛星、所謂「ガリレオ衛星」の1つである、イオの地熱を利用したのではないかと
いうことが挙げられる。
イオは、木星の潮汐力による火山活動が活発なことで古くから知られていた星である。
従ってその地表に地熱発電プラントを幾つか設ければ、そこそこの需要を賄う程度のエネルギーを得ることは十分可能なように
思われる。しかしこの推論に対しては、以下のような反論がなされた。
まず、イオのような不安定な地盤を有する星に、地熱発電所のような巨大プラントを設けることは、費用対効果の点で甚だ問題が
あるということである。我々の試算では、イオ上に発電所を設置する場合、建設に少なくとも5年を要するのに対し、
建設中及び建設後1年以内に地震、火山の噴火等の影響でプラントが使えなくなる確率が、平均して9割以上に達するとの結果が出た。
加うるに、木連の正式名称からは「イオ」の名前が除外されている。
このことから見て、彼らにとってもイオは、利用価値が皆無であるか、或いは無視し得るほど小さいのだと考えるのが自然である。
よって我々は、木連がその主要エネルギー源をイオの地熱に頼っていることはまず考えられないとの結論に達した。
その他の可能性として、木星系に存する水素やヘリウムを利用した核融合プラントが考えられた。
これも、もし十分な燃料が得られるなら、大変有望なエネルギー源たり得るのは言うまでもない。
しかしこの場合にも以下のような反論が出された。即ち、木星の水素は確かに無尽蔵だが、反面その重力があまりにも強いため、
仮に彼らが我々と同水準の核パルスエンジンを保有していたとしても、木星から水素を汲み出してエネルギー源とするには、あまりに
も効率が悪すぎるのである。
例えるなら、地球で鉄資源を求めて、マントルを掘り抜きコアまで坑道を伸ばそうとするようなものと言えようか。
同様に、太陽から木星までの距離から考えて木星系の諸衛星には、月の表面にあるような規模の、太陽風の蓄積によるヘリウム3
はまず存在し得ないと考えられる。
従って、彼ら木連が我々同様核融合を利用しているとしても、燃料入手の関係上、その規模はそう大がかりなものではあり得ないと
結論づけざるを得ないのである。
にも関わらず、彼らはそれなりに大きな力を所有しているようだ。これは、最初に彼らから送りつけられてきた文書の内容を見
ても明らかである。
文面は、100億以上の人口を有する地球連合と自らを、控えめに言っても対等に位置づけており、一部の人が放言したように
、「放蕩息子が帰還を嘆願してきた」のだとは到底思えない。では、彼らの自信の裏付けになっているのは、一体なんであろうか。
ここで我々は、火星の極冠遺跡のことを想起せざるを得ない。この、史上初めて発見された人類以外の文明の手になる遺跡について
は、その存在自体が機密扱いとされ、極秘に研究が進められているためその全容解明は遅々として進んでいないのが現状だが、
それでもその技術の中に、画期的な新エネルギー源の存在があるらしいことが分かっている。
100年前火星を離れた人々は、或いは木星系でそれと同種のものを発見し、利用することに成功したとも考えられる。
もしそうだとすれば、彼らの力には侮り難いものがあるかもしれない。
4 対木連の基本政策について
このことについては、現時点で決定するにはあまりにも情報が乏しいというのが我々の認識である。
従って、もう少し彼らに関する情報を集めてから再度検討を行うとして、現時点で考えられる案としては、以下のようなものがある。
甲 木連の要求を概ね受け入れ、100年前の事件について遺憾の意を表すとともに、彼らの存在を一般に公表し、
人類圏に迎え入れる。
メリット:衝突を回避でき、犠牲を出さずに統合された人類圏を拡大できる。
デメリット:100年前の事件に関する責任問題が再燃し、連合内部に不協和音を生む可能性が極めて高い。
また、月や火星の分離運動が再び高まる恐れも多分にある。もしそれが内戦に発展するようなことがあれば、
結局は多くの犠牲を生むことになる。
乙 木連の要求を黙殺し、彼らを存在しないものとみなす。
メリット:彼らがそれ以上の動きを見せない限り、現状を維持できる。
デメリット:もし秘密が漏れた場合、市民の連合上層部への不信感が一気に高まり、収拾がつかなくなる恐れがある。
また、外宇宙への道を自ら閉ざさねばならなくなるわけで、根本的な解決を先送りにするだけとも言える。
丙 木連と一戦を交え、これを征服(若しくは殲滅)する。
メリット:連合の威信は増大し、人類の領宙が拡大される。また遺跡の研究も進むかもしれない。
まさにいいことずくめの、「最終的解決」である。
デメリット:推定される国力の差から考えて最終的な勝利は疑い得ないとしても、それまでに一体どれほどの犠牲者を生む
ことになるか、想像がつかない。
(我々は、戦争に勝つことの難しさについて、参謀本部のそれと正反対の認識を持っている。)
我々は、木連の有する力が未知数である以上、現状では彼らを刺激することは避けた方が賢明であると考える。
従って、本委員会は甲案が望ましいと考えているが、取りあえず乙案を採り、時間稼ぎを行いつつ木連についてより詳しい情報を
収集し、その後の判断に委ねるという方策もあり得るだろう。
また、彼らの要求通り、とりあえず「対等な外交関係」を結んでも問題はあるまい。後述するような、推定される彼我の力関係から
考えて、いずれは吸収併合という形に落ち着くのは間違いないからである。
付け加えるならば、万一やむを得ず丙案を採用する場合でも、先に彼らに手を出させるべきであるのは言うまでもない。
道義上のアドバンテージは、現在の所彼らの側にあるからである。
5 追加 ―木連の現状に関する推論―
先にも述べたように、現時点で我々は木連について、それほど詳しい知識を有しているわけではない。以下は、現在知られてい
る事実、及びそれらによる推論を用いて組み立てた、木連の仮の姿である。
彼らの自称する正式な国名から考えて、木連の本拠は、ガニメデに存在していると思われる。恐らくは、ガニメデその他木星系の
諸衛星の上に、重力制御システムを備えた地下都市――ドーム都市に比べ、発見されにくい利点を持つ――をいくつか建設し、
そこに人々が居住しているのではないか。
衛星の資源を用いてコロニーを建造し、そこに住んでいる可能性もないではないが、後述するように、推定される彼らの総人口から
考えても主要なものではあるまい。同じ理由で、衛星全体を地球化(テラフォーミング)している可能性も殆どない。
それは、以下のような理由による。
人口の増加率を年平均2.5%と設定した場合、100年後には人口は約12倍に増加する。同じく3%の場合でも20倍弱である。
――因みにこれらの増加率は、20世紀末中部アフリカ大陸で見られたものであり、マルサスの罠に陥るぎりぎりの極めて危険な数
字でもある。
つまり、これ以上の人口増加率は、事実上あり得ないということである。
さて100年前、火星を脱出した人々がどれほどいたかは現在のところ全く不明だが、当時の状況から考えて、多く見積もって数万
というところだったのではないか。それ以上では、何もない酷寒の宇宙に半ば身一つで逃れ出た彼らが、共倒れになるのを防ぐの
は極めて難しかっただろう。
一方、ごく僅かしかいなかったと考えることもできるが、その場合は逆に人口を維持、及び増加させるのがかなり困難になる。
かつて地球で氷河期が終わった後、オーストラリア大陸から切り離されたタスマニア島及びフリンダーズ島において、住民が辿った運命
がそれを暗示している。
前者では、4000人ほどの住民が辛うじて存続し続けることはできたものの、それ以前に持っていた技術や文化を退化させた挙げ
句、結局は英国の手によって絶滅させられてしまった。
また後者に至っては、僅か500人ほどの住民が自らを維持することさえできず、自然に死滅してしまっているのである。
これらの例から見て、脱出者があまりに少なかったとするのもやはり現実的ではない。1〜2万人前後だったとみるのが妥当なと
ころであろう。
そうなると木連の人口は、多く見積もっても12万〜40万人前後。つまり、僅々地球の1小都市分くらいではないかと推定されるので
ある。この人口のために、莫大な費用のかかるコロニー建設を行ったり、まして星1つ丸ごと改造したりしていると考えるのは、
極めて不合理であることは言うまでもない。
まとめるならば、木連とは、
・総人口40万(或いはその半分以下)の住民が、
・ガニメデ(上の1都市)を中心とし、
・木星系の諸衛星上にぽつぽつと分かれ住んで建てた地下都市群から成る、
・都市連合的存在
なのではないだろうか。
これらの推論が正しいか否か、更に詳しい情報が待たれるところである。
地球連合諸大陸調整委員会外宇宙小委員会 文書2015
連合機密
* 以上の内容は関係者のみ閲覧を許される。
(後書き)
ども、李章正です。
言うまでもないことですが、これは報告書の体裁をとった単なるSSです。言わばジョークですので、本気にしないで下さいね(笑)。
また、木連の人口などは推論という形を採っているので、実際の人口数千万人?(『時の流れに』第24話の
6を参照)とは当然ながら食い違いを見せています。地球連合が戦争に踏み切った理由の1つに、相手の実力の読み違えがあった、
と考えるのは無理があるかな?
ところで、文中の人口増加率の下りについてですが、実のところ1990年代にアフリカはコンゴで、約6%という数字を記録した事実も
あり、必ずしも3%が上限というわけではありません。
但し、そんな数字を100年間コンスタントに維持しうるかといえば、それは甚だ疑問でしょう。仮に生活物資が等比級数的に
増えたとしても、ねえ。(因みに、3万人の人間集団が年増加率6%で増えた場合、100年後になんとか1千万人に達します。)
できればどなたかに、木連が数千万の人口を有するに至った経緯とか、考えていただければ嬉しいですね。
(やっぱり、最初に100万人以上エクソダスしただけかな?)
それではまた。
李章正さんからの投稿です!!
あははははは・・・痛いところつきますね(汗)
そうか、そんな科学的根拠を求めますか(汗)
う〜ん、それこそ私が教えて欲しいです(爆)
何時もながら意外な視点からのSS、お見事ですね!!
もう感服しました〜
では李章正さん、投稿有り難う御座いました!!
次の投稿を楽しみに待ってますね!!
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