きちんと整頓され、窓から差し込む白い柔らかな光に満ちた、気持ちの良い部屋の中。

 

 そこに、20歳くらいの青年が1人座り、静かに読書に耽っていた。

 

 優しげに整った風貌に、理知的な輝きを放つ黒い瞳。目の前に大きくウィンドウを立ち上げ、時折おさまりの悪い銀色の髪をくしゃくしゃとかき回しつつ、次々と表示される文章にじっと見入っている。

 

 その時、読書に集中している彼の背後に抜き足差し足で接近してくる、1つの小柄な人影があった。

 

 気配を殺して近づいてきたその人影 ――燃えるような紅い髪を三つ編みにした、14〜5歳くらいの少女だ―― は、いまだ相手が気づいていない様子に成功を確信したのか、金色の瞳を輝かせ、僅かにそばかすの残る顔ににんまりと笑みを浮かべる。

 

 しかし。

 

「わっ!♪」

 

「うわっ! ……ああびっくりした。なんだ突然?」

 

「えっ? きゃ、きゃああああああっ!!」

 

 

 

 


 

 あれから100年経ちました(笑)

 

    〜注:これは☆界SSではありません、……多分(笑)〜

 

By 李章正

 


 

 

 

 

「もうっ! 脅かさないでよ、お兄ちゃん!(怒)」

 

「……人の背後にこっそり近づいて、いきなり飛びついてきた奴の台詞とも思えんが(笑)」

 

「だからって、そんなお面被って振り返るなんて反則だよっ!

 心臓が、口から飛び出るかと思っちゃったじゃない!」

 

 そんなに? 一体、どんなお面だったの?

 

「そう言うなって(苦笑)。……このお面のモデルになった人だって、一応、俺達の御先祖様であることに変わりはないんだぞ」

 

 ……あ、なんとなく分かっちゃった。誰のお面か(笑)。

 

「うーっ、それは分かってるけどさ。それでも、と言うかそれだからイヤッ!

 

「……やれやれ(苦笑)」

 

 

 

 

『……この時、アーヴ帝国と戦端を開いた3カ国連合の主力である人類統合体では、緒戦の奇襲による電撃作戦失敗の責任を問われ、それまでの政府が退陣を余儀なくされることになった。

 

 さて、その後を継いだ政権は、対アーヴ戦略に大幅な変更を加えた。一言で言うならば、何よりも物量を重視し、専ら防戦に努める方針をとったのである。正にこれが帝国をして、その後の泥沼的戦いに足を踏み込ませることになった原因であり……』

 

 

 

 

「で、一体何してたのお兄ちゃん。お勉強?」

 

「ああ、並行世界史をちょっとな。曾々祖父さんの伝記を書くとなれば、やはり異世界逃亡時代は1つ、独立した章を立てねばならないからね」

 

「アハハッ♪ 曾々おじいちゃんと、曾々おばあちゃんの追いかけっこに巻き込まれて、随分沢山の世界が被害影響を被ったそうだもんね……。全部調べるの、結構大変でしょ?」

 

「うん。なにしろ、未発見の資料が後から後から書かれて発掘されてくるからなあ……(汗)。

 まあ、干渉の影響が個人レベルに留まっていることも多いから、そういう場合は、基本的に曾々祖母さんたちの日記とかを当たるだけで済むんだけどね。

 ここの世界みたく、銀河大戦の戦局をねじ曲げちゃってるような場合は、資料がやたら多くて。……ホント参っちゃうよ(苦笑)」

 

「第5世界なんか、特に無茶苦茶だよね。なにせ、天文地図を書き変えちゃってるんだもん(笑)」

 

「ああ、ハーリー大叔父さんが『黒い月』を押しつけられたって言う、あれだな(笑)」

 

 

 

 

『……人類統合体では、それまで人種としてのアーヴを所謂「亜人間」とみなし、専らこれを侮蔑、排斥するプロパガンダを行っていた。

 

 これが、統合体の人々をして屡々帝国を侮らしめ、結果として、皮肉にも彼らに再三にわたり敗北を味わわせてきたものであったのだが、統合体の新たなる政府は、アーヴの宇宙空間における能力の高さを率直に認め、これに対抗するには数をもってするのが最も容易かつ確実との判断のもとに、戦時大軍拡政策を採ったのである。……』

 

 

 

 

「で、これ何のご本?」

 

「ああ、これはとある世界で、曾々祖父さんたちの干渉から60年ほど後に書かれた、『銀河系史C アーヴ帝国の時代』(アウグスト・V・ゴールデンバウム著)だよ。この前、漸く手に入ったんだ。

 『干渉』直前の、この世界の情勢を知るのには、最適な資料だと思ってね」

 

「ふうん。ねえ、一緒に読んでも良い?」

 

「勿論。勉強するのはいいことさ」

 

 

 

 

『……本来、過大な軍備は国家を衰退させる重大な要因の1つであることは論を待たない。

 

 統合体もまた、納税者の反発、仮想敵国たるアーヴ帝国のリアクション等を考慮すれば、あまりにも大きな兵力を平時から整備しておくというわけにはいかず、開戦時の戦力はアーヴと似たり寄ったりという状況であった。なんといっても、防衛のための軍備という建前もある。

 

 しかし、既に戦端が開かれた以上は、そのような遠慮もしくは逡巡は完全に無用の物となり、全ては戦勝を目指して動き出すことになる。特にアーヴ帝国の、他の星間国家に対する戦後処理の苛烈さについては夙に知られていたから、尚更であった。

 

 具体的に言えば、統合体はその全人口の1%、約60億人の動員を目標に、兵力を増強する政策を発表し、着々と総力戦態勢を敷いたのである。更には……』

 

 

 

 

「……しっかし。どこの世界でも、人間って同じようなことばっかりやってるんだねえ(汗)」

 

「まあな。俺達の世界より桁が2つばかり大きいが、結局それだけのことだ。本質は変わらん。

 ……それが人間ってものなのかもしれないな」

 

 

 

 

『……このような大軍拡は通常の場合、それを行う国を疲弊させ、その意図する所とは逆に国家を衰退させるというのが、歴史上屡々見られる事象である。当初、統合体の敵手たるアーヴ帝国もそう考え、自らが十分と信じる程度の戦力増強を行っただけで、それ以上の対策を採ることはしなかった。後述するように、真似をしたくてもできなかったという事情もある。

 

 当時の帝国政府(ラクファカール)が、歴史に学ばぬ敵が自ら重荷を背負った挙げ句勝手に自滅するのを、高見の見物するつもりであったとしても、強ち誤った態度だったとは言えないであろう。

 

 しかし当時の統合体政府は、彼らが考えていた以上に歴史に学んでいたようである。抑も、全人口の1%の兵力というのは、歴史上種々の国家が、平時に有していた常備軍の規模程度のものであった。

 

 つまり、この時代においては忘れられがちであったことだが、それは本来国家にとって決して過重とはいえない負担だったのだ。歴史上においては、交戦国全人口の1%どころか、1割以上をも動員して戦われた戦争さえ屡々あったほどなのであり、……』

 

 

 

 

「……確かにそれは言えるよね。曾々おじいちゃんが戦っていた当時の木星連合なんか、戦費負担が過重になるわ、中学生が戦場に駆り出されるわで、戦争末期には国家が破綻する寸前だったって聞いてるもん」

 

「まあな。戦争ってのは貪欲な怪物だ。人もカネも際限なく食らって、留まるところを知らない。

 犠牲になるのは、いつも弱い民衆というわけだ。

 だから曾々祖父さんは戦ったんだ、少しでも早く戦いを終わらせるために。

 

 ……皮肉と言うか、逆説的な話なのは百も承知の上でな」

 

 

 

 

『……統合体は更に、実際の戦場においても数の優位を徹底的に利用する戦術を採った。

 

 重要度の低い辺境星系を、あっさり敵に委ねてアーヴ帝国の戦線を過度に広げさせる一方で、彼我の兵力が同数程度の場合は交戦を許さずに撤退を命じ、敵の2倍程度の兵力があってもなお防戦に専念させ、3倍以上の兵力をもってはじめて積極的攻勢に転じるのを許すという、非常に手堅い作戦を用いたのである。

 

 現在ですら、やや安全策に過ぎはしないかと思えるこの戦術は、当然ながら当時にあっては激しい非難の的となった。敵手たるアーヴ帝国からは言うに及ばず、味方からさえ「史上最低の臆病者」「守銭奴的戦術」「歴史に残る恥さらし」といった批判を浴びたが、統合体政府はこれを意に介さず、逆に……』

 

 

 

 

「うっわー! 何これ? すんごい卑っ怯ー! 信じらんなーいっ!?」

 

「そう言うな(苦笑)。戦法としては至極まともだぞ、物量で押し潰すってのは。

 昔から『大兵に戦略無し』と言ってな。指揮官の能力に左右されることもないし、これが一番確実なんだ。

 ……というより戦争というのは抑も、予め相手より少しでも多くの兵力を整え、補給を完璧にし、有利な態勢を作っておいて、誰がやっても勝てるように準備するまでが、本当の戦いということなんだよな。

 それに比べれば、実際の戦場での戦いというのは、単なる作業に過ぎないとさえ言える」

 

「そういうもんなの?」

 

「そういうもんだよ」

 

 

 

 

『……結果的に、統合体のこの方針は、アーヴ軍をして深刻な問題に直面させることとなった。兵力差が自軍に有利か同数程度の時は、敵はさっさと逃げてしまい、全く相手をしてくれないのだ。

 

 そして戦闘といえば、自軍の倍以上の敵が守りを固めているところに、効果の薄い突撃を繰り返すか、3倍以上の敵が嵩にかかって攻めてくるのを、なかなか来ない援軍を待ちつつ死にもの狂いで支えるか、どちらかしかなくなったのである。

 

 更には、この戦術が効果をあげているのを見て、他の2国もこれを模倣したため、帝国と3カ国連合との兵力比は、およそ1対9乃至10にまで広がることになってしまった。その上……』

 

 

 

 

「……ま、そりゃそうだよねえ(笑)。そんなに戦力差があっちゃ、誰だってお手上げだよぅ」

 

「統合体は、敵の弱点を巧妙に突いたということだな。

 アーヴ帝国の国制は、平時とか、小規模な軍事衝突しかない時代なら多分最善に近いものだったんだろうけど、自分と同等の勢力を相手に総力戦を演じるには、致命的な欠陥があったんだ」

 

 

 

 

『……ここでラクファカールは、自らが重大な挑戦を受けていることに気づかざるを得なかった。

 

 当時の銀河宇宙における全人口の、ほぼ半数に当たる9000億もの人々をその勢力下においていたとはいえ、その圧倒的大多数は、恒星間航行技術の保持を禁じられた領民階級であり、帝国の軍事力をなすアーヴ、及び国民階級は併せても10億強、せいぜい大星系1個分の人口に匹敵する程度に過ぎなかったのである……』

 

 

 

 

「……本来の味方の数が過少なのに、うっかり増やすこともできないってわけかぁ」

 

「そのとおり。それまでアーヴ帝国では支配階級が、支配者でありながら被支配者を搾取するどころか、実質的には統治さえしてなかったわけだが、それは彼らが極めて数少ない存在だったからこそ、可能なことだったんだからね。

 敵に対抗し得る大兵力を建設しようと思えば、それに要する人もカネも、文字通り桁違いな数字になる。

 ……とてもじゃあないが、星間交易の上がりだけで賄えるようなものではなかったんだ」

 

 

 

 

『……この結果彼らは、深刻な二者択一を迫られることになった。このまま戦争を続けるか、それともやめるか。現状のままでは、10倍の兵力を誇る敵を掃滅し得る見込みは薄く、講和を行うのが賢明な選択であったが、それはアーヴ帝国の国是である「アーヴによる宇宙空間の独占」「完全勝利による戦争終結」に抵触する。

 

 さりとて、戦争に勝つためには兵力を大増強するしかないが、その人的資源は、帝国人口のほぼ全てを占める領民階級に求めざるを得ず、これもまた「地上人は地上において、その平和を享受すべし」という、彼らのもう一つの国是に真っ向から反するのである。

 

 帝国の中枢が、この問題について大分裂を起こし、相互に対立することになったのは自然の成り行きであった。そうしている間にも、アーヴ軍は広がり過ぎた戦線のあちこちで、圧倒的多数の敵を前に、先の見えない戦いを強いられていたのである……』

 

 

 

 

「……このままなら、この戦争は百年戦争にならざるを得なかっただろうな。それこそ、100年や200年で終わったかどうか? 怪しいもんだ」

 

「でも、この直後に曾々おじいちゃんと、それを追っかけてきた曾々おばあちゃんが乱入してきて、両軍の戦線を滅茶苦茶にしちゃったんだよね(笑)。で、いきなり休戦になっちゃったと」

 

「ああ(笑)。なにしろこの時点で既に、曽々祖父さん率いる『自由への脱出』の戦力は、ほぼMAXに達していたと見ていいからな。

 まして、それを追いかける曾々祖母さんたちの軍事力は、マジで洒落にならないレヴェルになっていた筈だし(笑)。

 ……そんなのが、神出鬼没で暴れ回った日には、そりゃあ帝国も統合体も、白旗揚げるしかなかっただろうよ。

 数でなんとかなるような相手じゃあないんだから(笑)」

 

 

 

 

 ……迷惑劇場の拡大版ってオチかよ(汗)。

 

 

 

 

 

 

(テケテンテンテン♪ お後の用意がよろしいようで……)

 

 

 

 

 

 


 

(後書き)

 

 好! 最近Action法務担当三席を名乗ることを許された♪ 李章正です。

 

 先日掲示板で話題になっていた「☆界」絡みのSS。些か変化球気味(笑)ですが、李が1つものしてみました。

 

 BA−2さん作のいわゆる『漆黒の戦神アナザー 異世界逃亡シリーズ』のあふたあ(笑)です。

 

 李の趣味で、ちょっと某スペースオペラ風になってますが(笑)。……『銀河系史』著者の名前でばればれですね(汗)。

 

 因みに、著者名にあれを選んだのは、原作でその名前が些か不名誉な役回りを背負っているので、ちょっとでも名誉を回復してあげたいと考えたからでして。他意はありません。

 

 また、『銀河系史』の中で、「アーヴ軍」「アーヴ帝国」という用語を使っているのはわざとです。歴史書では、当時の正式な自称を用いることはあまりなく、今風の便宜的な用語で記すことも多いですから。例えば、関ヶ原の戦いで、徳川家康が自軍を「東軍」と称していた筈はないですもんね。

 

 ところで、この2人はホントの兄妹という設定ではありません。かといって他人でもない。同世代の親族を、親しみを込めてそう呼んでいると考えていただければ。

 ……戦神さんの玄孫の代ともなれば、彼らの中には、曾々祖母さんを何人も共通にしている場合もあるかと思いまして(笑)。

 

 ……「某同盟」の彼女達の血を重複して引くテンカワ・チルドレン。なんか凄そう(笑)。

 

 それではまた。

 

 

代理人の感想

 

いや、いつも通りのネタと話の運びもさることながらですが

なんと言っても今回のビッグインパクトは

 

被害者総数・数十兆人の迷惑劇場!

 

これに尽きるでしょう!

いやあ、壮大な物語ですねぇ(爆)。

余りのスケールに圧倒されそうです(爆笑)。

 

 

ところでお兄ちゃん、読書の最中に何故あんな仮面を被っていたのか

理由を聞かせてもらえるかな(笑)?