戦神の「消滅」、そして地球・木星間の和平締結から凡そ1ヶ月後。
 
 ナデシコのクルーたちも漸く戎装を解くことが許され、艦を降りてそれぞれの居場所へ散ることになった。
 
 大抵の者は普通に実家へと戻っていったが、無論それに当てはまらない者も幾人かいる。
 
 その殆どは、実家と呼べるものを持たないパイロットら若干名であったが、他にも、入籍も済まないうちから旧敵国人の想い人の元へ、宇宙を股に掛けた通い妻を始めてしまった元操舵士のような、いかにもナデシコっぽい実例も存在していた。
 
 因みに李は、看護婦に対して看護士という言い方があるのだから、逆に某機動戦艦のような場合は、通信婦とか操舵婦とか呼んだ方がいいのかなどという、どうでもいい素朴な疑問を持っていたりするが、それについての考察は別な人に任せよう。
 
 それはともかく、やはり特筆すべきは3人のオペレータの処遇であった。古今にその例をみない民間の戦闘艦ということもあってか、乗員の未成年比率がやたらに高いことでも知られていたこの艦の中にあっても、彼女らの若さ――というより幼さ――は際だっていたからである。
 
 ……よく、人道問題にならなかったもんだ。いくら、貴重なマシンチャイルドの護衛に戦艦1隻つけるのと同じという建前があったとは言え(笑)。
 
 そのためであろうか、3人の身の振り方も、一種独特なものにならざるを得なかったのであった。

 
 
極秘
 
 
「空白の2年間」補完計画
 
 
Action最高幹部会
 
 
第3次中間報告
 
 
 
 
「空白の2年間」補完委員会
 
 
Action暦3年度業務計画概要
 
 
総括編
 
 

 まず最初に、彼女らの中では最年長で、従ってリーダー格でもあったホシノ・ルリである。
 
 彼女には、欧州はピースランドに、控え目に言っても立派な――なにしろ、小なりとは言え国丸ごと1つである――実家が存在しており、そこに住む両親からも、再三に渡って帰還を促されていた。
 
 にも関わらず、彼女はナデシコがモスボールされることになった日本に留まることを望んだのである。2年近くに渡りクルーたちの家であった、あの想い出多き艦から少しでも離れたくないという彼女の心情を皆も理解し、一緒に両親を説得してくれた。
 
 誤解のないように一応付け加えておくが、説得とは言葉通りの意味である。……決して、某同盟や某木連猛女部隊が、戦神や仲間に対してしばしば行っていたそれと同じではない。
 
 その結果、彼女は艦長であった女性の実家に下宿することで、周囲の了解を得ることに成功したのであった。
 

 

 

 

 次にラピス・ラズリであるが、彼女には逆に、人類圏のどこを探しても実家が――名目的にそう呼べるものさえも――存在しなかった。
 
 かつて住んでいた? 研究所は、例の事件の際綺麗さっぱり吹き飛んだまま、結局再建もされず廃墟と化していたが、仮にそれが現存していたとしても、彼女がそこに帰ったりするわけがないのは言うまでもないことだろう。
 
 また、法的に彼女の保護者であった青年が表向き死亡――したことになった経緯については『第1次中間報告』を参照のこと――している以上、見かけ上僅か8歳の子供を1人で放り出すわけにはいかないのも、当然のことだった。
 
 ここで容易く予想がつくように、ナデシコのクルーたちが我も我もと彼女の引き取り手に名乗りを挙げたのだが、結局はルリと同じく、ミスマル家に落ち着くことで一件落着したのである。
 
 その際、大岡裁きが行われたりしたかどうかについては、今のところ不明だ。李としては、そのうち誰かがその辺の事情を書いて発掘してくれるんではないかと大いに期待している。

 

 

 


 で最後の1人、マキビ・ハリ少年――通称ハーリー君――だが、彼の身の振り方は一見平凡そのものだった。ナデシコに乗り組む前に住んでいた、養父母の元へ帰っただけである。
 
 ただちょっと他人と変わっていたのは、少年が退艦前に両親の勤務先に手を回し、彼らをミスマル邸のある町へ予め転勤させておいたという、その一事くらいであろう(笑)。
 
 因みに、この一件は事前に他の2人には察知されていた。しかし、利害の外とみなされたらしく、特に妨害や制裁は受けなかったようである。

 

 

 


 このようにして、3人の子供たちの処遇は決定したのであった。更にその後――少女達の場合は一悶着の末ではあったが(笑)――小、中学校への編入学も決まり、彼女たちにとっては生まれて初めての、年齢相応の生活というものが始まったのである。
 
 元々、例の事件のせいで精神年齢が5歳上というだけでなく、機動戦艦に乗り組み、周囲の大人たち――それも一癖も二癖もある(笑)――に揉まれながら、数々の激戦をくぐり抜けるという、大人でさえ稀な経験をしている彼女らである。見かけも中身も文字通りのお子様たちに交じって生活するのに、全く懸念がなかったとは言い切れない。
 
 しかし3人は、そこは子供らしい適応能力を発揮し、結局はそれぞれのやり方で新しい環境に馴染むことに成功したのだった。瑠璃色の髪の少女は、守るべき所は守りつつ、周りに合わせることを楽しむという方法で。薄桃色の髪の女の子は、自らの特殊な趣味をエンジン全開でアッピールすることで(笑)。
 
 それらに比して3人目の少年の場合、特にこれといった方法はなかったようだ。しかし、彼の精神的強さに反比例した肉体的耐久力については、ナデシコの艦医だった女性の折り紙付きであったから、少年の打たれ強さを知らない養父母以外は、誰も心配しなかった。
 
 そして、事実そのとおりになったのである(笑)。
 
 従って、彼が意外感を旧クルーたちに抱かせることになったのは、それから暫く経ってからのこと。
 
 全く違う事柄に関してであった。

 

 

 


「ほらほら、みんな静かにして。転校生を紹介するわよ。
 今日からこのクラスで一緒に勉強することになった、マキビ・ハリ君とラピス・ラズリちゃんよ。みんな、仲良くしてあげてね。
 じゃ、2人ともご挨拶して」
 
「あ、えーと。マキビ・ハリです。これから、どうぞよろしくお願いします」
 
「……ラピス・ラズリ。よろしく」
 
「よろしくうぅーっ♪」
 
 可愛らしい合唱が、2人の少年少女を歓迎してくれた。
 
 ……さて、いくら見かけ上8歳とは言え、中身はしっかり13歳のこの2人。大人ならともかく子供の頃というのは、例え1歳の年齢差でも決して小さいものではない。
 
 増してや、5歳も年が離れているのだ。時々新聞に載ったりするが、大学に入った老人などが似たような違和感を覚えるのだろうか?
 
 ……待てよ? つーことはルリちゃん、「空白の2年間」が過ぎた時点で、実質20代に突入するわけか。……良かったね、これで君も、年増の仲間入りロリの人たちの守備範囲外だよ(笑)。
 
 閑話休題。
 
 時は、授業開始直前である。
 
 指定された席につき、きょときょとと周囲を窺っているハーリー君。既に周囲の子供達は、2人のことなど忘れたように騒ぎまくっている。
 
 ラピスの方も、初日とあって緊張しているのか普段の快活さは影を潜め、全くの無表情になっていた。……おお、まるで劇場版のようじゃないか(笑)。
 
 リーダー格の少女による編入前の配慮(操作ともいう)により、彼らのクラスは一緒になっていたのだが、さすがに席まで近くというわけにはいかなかったようで、2人は教室の端と端に、離れて座っている。
 
 そんな時、落ち着かない様子の少年に近づく1つの人影があった。
 
「ねえねえ。ハーリー君とラピスちゃんって、今どこに住んでいるの?」
 
「え? ぼ、僕は両親と一緒にネルガルの社宅に。ラピスは、あのミスマル屋敷に住んでるんだけど。……ところで、君は? なんで僕の通称を知ってるの?」
 
「ああ、まだ自己紹介してなかったね。あたしはキョウカ。ウリバタケ・キョウカだよ。よろしくね♪」
 
「キョウカさんか……。って、ウリバタケ? じゃあひょっとして、セイヤさんの?」
 
「セイヤはパパだよ。ハーリー君たちがおんなじ学校になるから、仲良くしてあげなさいって言われたんだ。でも、クラスまで一緒になるなんて、すっごい偶然だね」
 
「……はは、そうだね」
 
 うん、それは李もそう思う。ハーリー君もラピスも、わざわざそんなことに手を回したりはしないと思うし。だけど、本編の設定がそうなってるんだから仕方がないのだよ。
 
「後で、学校の中案内してあげるね。だーいじょうぶ、こう見えてもあたし、この学校古いんだから」
 
 ……キョウカちゃん。君だって、まだまだ低学年の筈では? そりゃまあ、転入初日の2人に比べれば、古いには違いないんだけどね。
 
 さて、一見和気藹々とおしゃべりしている2人。ハーリー君にしてみれば、話し相手が遙かに年下という今までにない状況なので、見かけほど気楽に話しているわけでもないのだが、大人が見れば、微笑ましいカップルに思えたかもしれない。
 
 ……ということは、他の子供が見た場合、ちょっかいを出したくなったりもするわけで(笑)。
 
「へーえ、何だよウリカ。もう転校生に目ぇつけたのか?」
 
「そんなんじゃないわよ! 第一あたしの名前はウリカじゃないっ! ウリバタケ・キョウカっていう立派な名前があるんだから(怒)」
 
「だってよう。そんなん長くて言いづらいじゃん? だから約めて、ウ・リ・カ。それで十分だろ(笑)」
 
「なあんですってぇ!」
 
 その時、困った顔をして2人の言い争いを眺めていたハーリー君が口を挟む。
 
「ねえ、もうそろそろやめにしない? 先生来ちゃうよ」
 
 すると、さっきまでキョウカちゃんに絡んでいた少年が、鉾先をハーリー君に向けた。李にも経験があるが、現実というのは、大抵の場合陳腐な展開を見せるものである。
 
「何だよ、文句あんのか。やるんなら相手になるぜ」
 
 ……少年、ひょっとして最初から狙いはハーリー君の方? 彼がキョウカちゃんと親しげに話してるのが気にくわなかっただけとか? あらら、そういうことだったのね(笑)。
 
 一方、喧嘩を売られた形のハーリー君。さすがに当事者故か、そこまで冷静な状況判断もできないようだ。ひたすら、対応に苦慮するだけである。
 
(……どうしよう? 8歳の子供相手に喧嘩なんて大人げないよね。そりゃ、負けるとは思わないけどさ。一応僕は、あのナデシコの生き残りなんだし)
 
 それは確かにそうだが……。でもあの機動戦艦の場合、戦死者って言ったら確かキノコ提督1人だけだったと思うんだけど? タカバ氏の場合は、戦死というより暗殺だろうし。
 
(うっとうしいから、この際いっそ殺っちゃおうかな? あ、けどルリさんに知られたら絶対まずい! 一体どうしたら? ……そうだ!)
 
 ハーリー君は不意に立ち上がった。喧嘩を売った少年は「お、やるか?」と、キョウカちゃんの制止を無視して、ハーリー君より一回り大きい肩を聳やかしてみせる。
 
 もっとも、ちょっと腰が引けちゃってるのはやはりお子様ゆえか? いつの間にか周囲も静まりかえり、どうなることかと固唾をのんで3人を見守っている。
 
 しかし、黒髪の少年が口にしたのは、彼ら全てにとって予想外の一言だった。
 
「いや、喧嘩は嫌いだからやらない。代わりに、好きなだけ僕を殴ってよ、休まずに。僕がまいっちゃうのと、君が音を上げるのと、どっちが先かで勝負だ」
 
 ……ハーリー君、君はヤマダ・ジロウの父親と同姓同名の、某高校球児ですか?
 
 それはともかく、彼のこの非常識極まる提案に、まずキョウカちゃんが悲鳴を上げた。まあ、当然だよね。
 
「そんなの無茶だよハーリー君! やめてよ、死んじゃうよ!」
 
 一方、こちらは喧嘩を売った少年。馬鹿にされたと思ったのか(ま、そりゃ思うわな)表情が険しくなっている。
 
 そして、ハーリー君がなんの緊張感もない顔をして突っ立っているのを見て、僅かな自制心も蒸発したらしい。いきなり、物も言わず拳を振るい始めた。
 
 ハーリー君の方はと言えば、なんの構えも見せずにただ立ったまま。おいおい、せめて防御の姿勢くらい取ったらどうだい?
 
「いえ、大丈夫ですこのくらい。ナデシコで受けたお仕置きの数々に比べれば、こんなもの、春のそよ風同然ですよ」
 
 いや、そりゃ君にとってはそうだろうけど……。殴ってる方のプライドってものもあるし。
 
「……さすがに、自分を一方的に殴ってる相手の自尊心まで、考慮したくはないです」
 
 ふむ。ま、そりゃそうか(笑)。
 
「……ハーリー君? さっきからぶつぶつと、誰としゃべってるの?」

 

 それはともかく、確かに素人の8歳児がいくら拳を振るったところで、大した威力などあるはずもない。
 
 殴られるのが同じようなお子様ならまだしも、ナデシコでずっとお仕置きという名の虐待、もとい様々な試練を受け続け、ついに耐え抜いた彼にとり、その程度の拳撃などまるで応えなくても当然だった。
 
 災難だったのは、寧ろ喧嘩を売った少年の方だろう。なにしろ、ずっとを殴ってるようなものだったんだから(笑)。
 
 ……ついに彼が疲労困憊し、その場にしゃがみ込んで息を切らしたとき、対面にはハーリー君が、全くの無傷で立っていた。さすがはあのヤマダ・ジロウと、不死身ぶりでタメを張っただけのことはある(笑)。
 
「俺の名は、ダイゴウジ・ガイ・セカンだあぁぁっ!」
 
 五月蠅い! 今回は君の話じゃないの、すっこんでなさい!
 
「……もう終わり? じゃ、僕の勝ちだね」
 
 よかった、これなら例えルリさんに知られても問題にはならないな。うまくその場を切り抜けることができたと確信し、安堵のため息を漏らすハーリー君。
 
 ……が、人生というのは往々にして、ピンチを脱出したと思って気を抜いた時にこそ、真の災厄に見舞われるものなのだ(笑)。
 
 まあキョウカちゃんが立ってた所、丁度彼の斜め後ろだったしね。見えなくっても無理ないか? 彼女の双眸が、うるうると潤み始めていたことなんか(笑)。
 
「大丈夫ハーリー君!? 怪我はない? かわいそう、こんなに腫れて」
 
 念のため、一応繰り返しておく。彼は無傷だ。
 
「ハーリー君、すぐに保健室へ行きましょ。あたしが優しく手当てをしてあげる!」
 
「い、いや。大丈夫だよキョウカさん。別に、どこも痛くないから。あ、ほらほら、先生来たよ(やっとか? おっそいよー!)」
 
 そのままずるずると、ハーリー君を引きずっていく勢いだったキョウカちゃんだが、流石に先生の姿を目にしては手を離さざるを得なかった。代わりに残念そうな顔をして、彼の方に向き直る。
 
「うー。じゃ、じゃあ次の休み時間ねっ。保健室で、バンソーコーとか貼ってあげるから。約束だよっ」
 
 ……いや、ホントに手当てが必要なら、今すぐにしないと意味がないだろうに(笑)。
 
 大体、ハーリー君が無傷であることは、ちょっと見れば分かることなのだが。つまり彼女は、単に彼の世話を焼きたいだけらしい。
 
 どちらかと言えば、いまだ立ち上がれずにいるさっきの少年の方こそ手当てが要りそうなんだけど。彼女をはじめ、誰1人気にも留めないようだ。……報われないね(笑)。
 
 一方、教室の反対側に陣取って、これらの一部始終をじっと観察していた少女がいた。言うまでもない、ラピスだ(笑)。
 
(ふっふっふ。これは面白くなりそうね。早速ルリに報告を入れなくちゃ。……あ、ついでに、ウリバタケにも教えといてやろ♪)
 
 その日初めて感情を表に現し、にっこりと微笑む薄桃色の髪の少女。でもその表情を見て、周囲の子供達が一斉に引いちゃったのは秘密だ(笑)。
 
 なお、ラピスの報告――一般にはチクリともいう――により、その後ハーリー君を中心に、キョウカちゃんを初めとする彼のクラスメート(主に女子)、果てはウリバタケ父子をも巻き込んだ大騒動が展開することになるのだが……。
 
 それはまた、別な物語である。
 
 
 
 
 
 
 
 
(……っていうか、別にさせてください)
 
 
 
 
 
 
 
 




 
(後書き)
 
 ども、李章正です。
 
 「空白の2年間」補完シリーズ、第3段です。
 
 小学校ではもてもてらしい? ハーリー君。特に、某元整備班長御令嬢との仲が噂されているようで……(笑)。で、2人の馴れ初めとして、こんなんもありかなと思い書き上げたのがこのSSです。
 
 本編や多くの外伝では、「人間の形をした不幸」とでもいうべき扱いを受けている彼(笑)。李としても、無論本編に準拠していくつもりなので、彼には不幸になってもらいます。……幸せな不幸路線だけど(笑)。

 

代理人の感想

 

シリーズ三作目・・・う〜む、こう来ましたか(笑)!

ナデシコではさほどにも思えなかった彼の不死身ぶりも、

こう、一般人に混じるとその異常さが際立ちますね〜(笑)。

・・・・もっとも、それをゆーたら大半のクルーはそうでしょうが。

 

しかしハーリー君を殴った少年・・・・気の毒になぁ(^^;