――何時とも知れぬ刻。そして、何処とも知れぬ空間。
漆黒の暗闇の中、永遠の沈黙に包まれるだけと思われたその場所に、突如1体のモノリスが浮かび上がった。
「SOUND ONLY 01」の文字を表面に穿たれたそれは、微かに光を放ちつつ暫くその場に浮遊していたが、不意にその身を震わすようにして、音声を発し始める。
「――先の戦争終結後暫く経って、ナデシコクルー達に対する世間の興味や関心も、かなり薄れてきました」
それを合図にしたかのように、その場に次々と同じようなモノリスが出現した。10体近く浮かび上がったそれらは、丁度円をなすように、向かい合って宙空に浮かぶ。
「戦神の失踪が、主戦派に対する誘い――、欺瞞工作なのではないかという疑いにも、説得力がなくなってきたと見ていいでしょうな」
次いで「SOUND ONLY 03」のモノリスがそう発言した。それと同時に、他のモノリス達も次々と言葉を発し始める。
「歴史が本来の流れ方をするならば、そろそろ『後継ぎ』達が『材料』の収集に動き出す頃でしょう」
「一応全ての『材料』候補者には、匿名で警告を与えてあるわ。
『後継ぎ』達とて、資金や人材が無限な筈もなし。並みの工作員レヴェルでは、警戒している相手をそう簡単に拉致はできない筈よ。――なんと言っても彼らの強みは、その存在の秘密性にこそあったのだから」
「そう願いたいものだね。できれば彼ら全員にきちんと護衛をつけたいところだが、それだけのマンパワーがないのはこちらも同じことだし。――長期にわたるガードとなると、旧主要クルーに付けるので精一杯だ」
「そのとおりです。とりわけ『天真爛漫』さんに『科学者』さん、そしてマシン・チャイルドの皆さんは、敵から見ても垂涎の的の筈。――万が一に備えて、特に重点的にガードしておかねばなりませんからな」
「そのことなんですが――。今のような高レヴェルの護衛がいつまでも続くのは、やはり問題だと思います。
1日中、強面の男の人達に囲まれて暮らすというのは、私はともかく『幼き妖精』や『幼き不死者』にとっては、かなりストレスが溜まるようですから。――第一今のままでは、とても『普通の生活』とは言えませんし」
「うーん、確かにそういう問題はあるわね。でも、うっかり警護を緩めて万が一のことがあっては、それこそ取り返しがつかないのも確かだし。――何か、いい方法はないものかしら?」
その場を、再び沈黙が包む。――その時、それまで一言も発しようとせず模様眺めをしていた、最も大きな数字のモノリスが口(?)を開いた。
「そのことなんだがな。わざと隙を見せて敵を誘い込み、痛烈に『教訓』を与える。――うっかり手を出せば大火傷を負うってたっぷりと悟らせ、その上で警戒レヴェルを下げる、っていうのはどうだい?」
それに対し、「SOUND ONRY 04」のモノリスが異議を唱える。
「それは慎重にした方がいいわ。却ってその隙につけ込まれたら大変よ。――第一、相手が誘いに乗ってくるかどうかも分からないんだし」
「それについては俺に1案がある。――知ってのとおり、来月の『妖精』ちゃんの誕生日には、ピースランドでパーティが開かれるが、それには旧ナデシコクルーも大勢招待されることになってる。
『火星』の本拠たる日本を離れ、工作員の巣みたいなピースランドに、マシン・チャイルド達が自分から乗り込んでくるわけだ。――少なくとも『紅』の連中は、これをチャンスと考えるんじゃないか」
「それを逆手に取るわけですか。――やるからには完璧に、徹底的にやらねばなりませんな」
「ああ、敵さんが2度と手出しする気さえ起きないようにしてやるさ」
「――成算がありそうね。どうする気?」
「それはまだ秘密だ。一応、ここにいないもう1人の承諾も得ておかねばならないからな。
というわけで『妖精』ちゃん。ちょっと相談に乗ってほしいんだが、いいかな?」
「それについては、後から直接に話をしてくれないか。ぼちぼちジャミングの時間切れだしね。――では、今日はこれまでということで。
『サングラス』は次の会議までに、作戦案をきちんと立てておいてくれたまえ。じゃ、解散しよう」
「SOUND ONLY 05」のモノリスがそう言ったのをしおに、次々とモノリスが消えていく。そして、最後に1体だけが残った。
「切り札のないトランプ――、語義矛盾もいいとこですね。でも、この勝負は投げるわけにいかないのですから、がんばらなくては。――『トランプ』が私たちの所へ帰ってきてくれる、その日まで」
次の瞬間、そのモノリスもふっと姿を消し、辺りは再び漆黒の闇に還る。
極秘
「空白の2年間」補完計画
Action最高幹部会
第6次中間報告(前編)
「空白の2年間」補完委員会
Action暦3年度業務計画概要
総括編
VRの接続を切り、バイザー付きヘルメットを外すと、瑠璃色の髪の少女はふうと1つ息をついた。そこに、黒服を纏った痩身の男が音もなく姿を現す。
「というわけでルリちゃん、協力頼むよ。俺が考えた作戦には、ハーリーの協力が必要不可欠なんだ。――結構危ない目に遭うかもしれないんで、俺が頼んだだけじゃ不足かもしれないしな。口添えをお願いしたい」
「わかりました。でも、その前に作戦の内容を聞かせてくださいね。」
「ああ、勿論。
――ところで、話は変わるけど。このVRを使った遠隔会議システム、もうちょっとなんとかならないのかねぇ? 下手に集まって警戒されないよう、家にいながらにしてみんなと秘密に話し合えるのは、確かに重宝なんだけどさ。
妙ちくりんなコードネームを使わされるのはまあいいとしても、あのモノリスはちょっとなぁ(汗)。あまりに悪趣味過ぎないか? ――普通の会議室っていうシチュエーションで十分だと思うけど」
「ええ、それについては私も同感なんですが。――やはり、ソフト作りをラピスとダッシュに任せたのは失敗でしたね。
丁度他のことで忙しい時に、ラピスが『代わりにやっといてあげる♪』と言ったので渡りに船と任せたのですが――。もう少し慎重にするべきでした(汗)」
◆ ◆
――というような会話があってから数週間後。
煌びやかに光り輝くシャンデリア、ふかふかと踝まで沈む紅い絨毯、正装した数多くの紳士淑女――。ここは欧州、ピースランド王城の大広間「青い紅玉の間」である。
その日の夜、城はいつにも増して華やいだ雰囲気に包まれていた。――現国王プレミア夫妻の第1王女、ルリ・オブ・ピースランドが留学先の日本から久々に帰国し、彼女の14歳の誕生日を祝うパーティが盛大に催されていたからである。
そのパーティには、諸国から招かれた貴顕に交じり、旧ナデシコクルーも数多く招待されていた。――「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の生演奏が流れる中、彼らの殆どは、黄金色燦然とした大広間に思い思いに散らばって、ずらりと並べられた珍味佳肴の数々に舌鼓を打っている最中である。
――そんな中、誰かを捜しているかのようにうろうろと人々の間を歩き回る、8〜9歳くらいの少年の姿があった。
金色の瞳に、黒い髪を短めに刈りそろえた東洋系の顔立ち。慣れない正装がどことなくぎこちない印象を与えてはいるものの、人によっては可愛いと評するであろう容姿を有している。
――その一方、どことなくいじめられ慣れているような雰囲気も漂わせているのは、御愛嬌というものであろうか(笑)。
しかしこの日の彼は、自分では誇らしげに胸を張っているつもりであった。――何しろ、今日のこのパーティの招待状を、王女自らによって手渡されただけでなく、直接手を取られ、頼み事さえされたのだから。
少年はふと立ち止まり、その時の情景をうっとりと思い起こす。
「――というわけでハーリー君。アカツキさんやヤガミさん達からの情報によれば、敵は私の誕生パーティを狙って、何らかの行動を起こすつもりらしいのです。勿論、私や周囲の警護には万全を期すとのことですが、絶対安全だとは言い切れません。
――お願いです。私を、そしてパーティに出席する人たちを守るため、協力してください」
金色の大きな瞳にじっと見つめられ、感動に身を震わすハーリー。――本当のところ、敵味方の能動と受動が実は逆なのだが、黒髪の少年には無論知る由もない。彼はぐっと拳を握りしめ、胸を張って声も高らかに誓約する。
「わかりました艦ちょ――、いやルリさん! 僕は命に替えても、貴女を守って見せます!」
少年は知らない。自分が今、自らの死刑執行命令書にサインしたも同然であることを(笑)。
――もっとも、電子の妖精が自分の手にその白い指を絡ませ、にっこりと微笑みかけてくれているというこの状況下では、知っていても全然構わなかったかもしれないが(汗)。
「その言葉、確かに受け取りました。有り難うハーリー君。――それでは、作戦の具体的な手順については、後でヤガミさんと打ち合わせて下さい。健闘を祈ります――」
(見ていてくださいルリさん! 僕は必ず、敵の魔手から貴女を守り抜いてみせます!)
騎士道精神(?)に燃えながら、大広間の真ん中に立ち尽くして昂然と天井を見上げる金瞳の少年。――赤い布地に金の縁取りというお仕着せを着た、若い男が彼に声をかけたのは、丁度そんな時だった。
「失礼ですが、マキビ・ハリ様でいらっしゃいますでしょうか?」
「え? は、はい。そうですが」
「これをどうぞ。ルリ王女殿下からのお手紙でございます」
召使いの青年は、四つ折りにしたメモ用紙をハーリーに手渡すとそのまま去っていった。一旦部屋の隅に退き、そこに据えられた大理石像に背を預けながら手紙に目を落とすや、少年の顔はぼっと上気する。
(こ、これは!)
◆ ◆
――祝宴は滞りなく進みつつあった。
食事が一段落したところで、オーケストラは緩やかにメヌエットを奏で始めた。それを合図に、招待客たちは手に手を取り合い、大広間の中央で次々に踊り始める。――もっとも、まだ年端がいかないため誘ってくれる相手がおらず、抑もダンスの心得のないハーリーには関係がない。
(一体どうしたんだろ艦長、急に会いたいだなんて? ――ま、とにかく急がなくっちゃ。えーっと、どっちに行けばいいんだっけ?)
首を傾げながらも、とりあえずくるくると回る人々の間を縫って外への出口を目指す。――しかし、踊る大人たちを避けるのに注意し過ぎていたためであろう。少年は、どしんと同じ子供にぶつかってしまった。
「あ。ご、ごめんなさい。大丈夫?」
「は、はイ」
――彼がぶつかったのは、薄翠っぽい黒髪をボブカットにした、7〜8歳の女の子であった。真珠色に輝くドレスを纏った彼女は、その碧みがかった大きな黒い瞳を一杯に見開いて、少年を見つめ返してくる。――頭に銀色の小さな宝冠を乗せている所から見て、どこかの王族であるらしい。
ハーリーは躊躇いなく、尻餅をついている相手にさっと右手を差し出し、苦もなくひょいと引っ張り上げた。この辺り、高杉に師事して木連式柔を習っている成果が出てきているようだ。
――もっとも、怪しげな槍術を学ぶ薄桃色の髪の少女にはてんで歯が立たないため、本人にはあまり自覚がないのだが(笑)。
「それじゃ、急いでるからこれで。本当にごめんね」
一礼して、そのまま足早に立ち去るハーリー。――その後ろ姿を、先ほどの少女がずっと目で追いかけていたが、彼がそれに気づくことはなかった。
(早くルリさんの所に行かないと)
いつの間にか小走りになっている黒髪の少年。――彼は、何をそんなに急いでいるのであろう? あの手紙には、一体何が書かれていたというのか?
(くーっ。早く見たいなぁ、艦長がドレスアップした姿)
――そんな理由かい(怒)。
(でも艦長、わざわざお城の裏庭にある猟師小屋の側で会いたいだなんて――。人気のない場所で、ふ、2人っきり!?
こ、これはまさか! いやしかし、それはいくらなんでも!)
――いろいろと勝手な妄想を逞しくしつつ、早足で歩むハーリー。外見こそ8〜9歳のお子様である彼だが、実は思春期の入り口に差し掛かった少年なのだから無理もないとはいえ――。傍から見ると、結構異様な光景ではある(笑)。
――それはまあともかく。
程なく彼は、電子の妖精から渡された手紙に添えてあった地図通り、裏庭の猟師小屋へと辿り着いていた。流石にここまで来ると、あれほど明るい王城の光も殆ど届かないと見え、星明かりしかない辺りはぼんやりと薄暗い。
そのためもあってか、小屋の周辺はしんと静まりかえっており、人はおろか、動物のいる気配さえ全くなかった。
(ルリさんは――、中にはいないか。じゃあ、きっとこれから来るんだな。待ち遠しいなあ♪)
ぐるりと小屋の周りを一周し、窓から中を覗き込んだりしながら、浮き浮きと妖精の到来を待つ金瞳の少年。
――だが、そんな彼の前に現れたのは、妖精とは似ても似つかぬ、屈強そうな男達の一団であった。
(後編に続く)
(中書き)
ども、意表閃こと李章正です。
さて、今回の話は今のところシリアス? な展開ですが――、結局コメディになる予定です。(本当か?)
どこまでシリアスにギャグを語れるか――、乞う御期待!(笑)
――それと、ハーリー君がぶつかった少女については、後編で正体を明かしますので。待っててくださいね神威さん♪(って言ったらばればれ?)
代理人の感想
いや・・・こう言ったら失礼ですが
シリアスの薄皮一枚の下にふつふつとたぎるコメディの溶岩が潜んでいるというか、
シリアスの暗いお化け屋敷の中で今か今かと飛び出す時を待ち構えてるコメディお化けとか、
そういうイメージがむんむんと(笑)。
第一、ネタがハーリーくんと言う時点で
シリアスを期待するのがひどく難しい(核爆)
と言えるでしょう。
人間、普段の行ない(扱い)が大切です。