果たして、皆さんは覚えておられるだろうか? ダイゴウジ・ガイ・セカンの名を。
 
 そう、ディアとの模擬戦勝負に敗北した結果、魂の名「ダイゴウジ・ガイ」を封印され、それ以後本名「ヤマダ・ジロウ」の使用を余儀なくされていたかのゲキガンフリークが、逆に本名の方を変えるという非常手段に打って出た、その時の名である。
 
 (もっとも、それ以前から彼をガイと呼ぶ人など殆どいなかった、という説もあるが、それはひとまずおく。)
 
 但し、彼の目算では華々しく行われるはずだった改名披露式は、ご存知のとおり全くの尻すぼみに終わってしまっていた。そして「セカン」の名も結局、終戦に至るまで皆に認知されることはなかったのである。
 
 何よりも、その時点ではまだ役所に改名申請を出しただけの、仮初めの名前でしかないということも大きかった。
 
 ……しかし、空白の2年間が過ぎた後、結局彼の名が「ヤマダ・ジロウ」のまま変化がなかったことは、皆さん既にご存知の通りだ。これについては、あるAIの暗躍がナデシコクルーの間で囁かれているが、実はそれは事実に反しており、この件についてディアの手は白かった。
 
 「ダイゴウジ・ガイ・セカン」の名が究極的に葬り去られてしまうまでには、彼らの想像を遙かに超えた、暑く激しい漢の闘いがあったのである。
 
 その経緯については、遂に刊行されることなく終わった『我が闘争 〜ダイゴウジ・ガイ・セカン、その誕生までの軌跡〜』(著 ヤマダ・ジロウ改めダイゴウジ・ガイ・セカン)が詳しい。
 
 以下に、その一部を抜粋したので、それを見ていただくことで説明に替えることにしよう。

 
 
 
 
 
極秘

 
「空白の2年間」補完計画
 
 
Action最高幹部会
 
 
第2次中間報告
 
 
 
 
「空白の2年間」補完委員会
 
 
Action暦3年度業務計画概要
 
 
総括編

 
 
 
 
 
□月○日(金曜日) 晴れ 
 
 今日、村役場に行った。理由は言うまでもない、改名の手続きをするためだ。
 
 親父を説得するのには随分苦労したが、お袋が仲裁に入った隙をつき、水月と人中に5発ずつゴム弾をお見舞いしてやったら、漸く黙って頷いてくれた。「……気絶して、前のめりに倒れただけなんじゃないの?」と、たまたま遊びに来ていたヒカルの奴が茶々を入れたが、気にしないことにしよう。
 
 
 
「おい、おっさん。戸籍の係はここか?」
 
「はい。確かにここ、住民課が戸籍を担当してますが、どういった御用件ですか? 抄本でもお求めで?」
 
「いや、そんな大したことじゃない。ちょっと改名したいんで、その旨届けに来ただけだ」
 
「……は?」
 
「俺は、今までの戸籍上の名『ヤマダ・ジロウ』を永久に抹消して、今日から新たに『ダイゴウジ・ガイ・セカン』と名乗ることにした。
 まあそういうわけだから、ちょいちょいと戸籍に線引いて、書きかえといてくれ。じゃあな」
 
「……ちょっと、ヤマダさん?」
 
「違うっ! 俺の名はダイゴウジ・ガイ・セカンだ! 今さっきそう言ったばかりだろうが!」
 
「(頭大丈夫か? この人)だから、そういうわけにはいかないんですよヤマダさん。改名っていうのは、いろいろと手続きが必要でして。
 芸能人が芸名を変えるのと、同じように考えられちゃ困るんです」
 
「なぜだ!? 俺が俺本人の名を自由にできないなんて! 民主主義に反しているぞ!」
 
「何と言われても駄目です! 仕事の邪魔になりますからもう帰ってください!」
 
 
 
 ……役場の奴は、どうにも頭が固くていかん。制圧用の散弾銃を持参してこなかったのが、つくづく悔やまれる。
 
 だが、俺は決してあきらめん! 俺はダイゴウジ・ガイ・セカン! 必ずやその名を、俺の真の名として世間に認めさせるのだ!
 
 
 
 
 
 
○月○日(火曜日) 晴れ時々曇り
 
 ナデシコから降りて実家に戻る時、ウクレレ弾き女が改名手続きについてアドバイスをしてくれた。先日の役場での顛末を、ヒカルから聞いたのだという。
 
 役場(こういう場合、正式には「行政庁」というのだそうだ)のすることに文句がある場合には、その旨書面にして、不服申し立てをすればいいらしい。
 
 早速書面の様式を教えてもらい、今日異議申し立てというやつを行ってきた。ふふふ。これで村役場の奴らも、俺の言うことを無視できまい。
 
 しかしあの女、漫才師の娘のくせに何でこんなことに詳しいのか? 見かけ同様、謎の多い女だ……。

 

 
 
 
○月△日(土曜日) 雨
 
 役場から封書が届いた。改名手続きが終わったとの通知に違いない。喜んで、早速封を切る。
 
 
 
「――先日、貴殿が行った異議申し立てについては、これを不適法であると認め、却下と決定します。――」
 
 
 
 ……なぜだ!? なぜ奴らは俺の改名の邪魔をする?
 
 はっ、ひょっとして……。村役場に、キョアック星人のスパイが入り込んでいるのではなかろうか? そのために、ヒーローたる俺の改名を妨害しているのだな!
 
 ……ふっふふ。そうか、そういうことか。(渚カヲル風)
 
 おもしろい、それならなおのこと退くわけにはいかんっ! 最後まで、断固戦い抜くのみだ!
 
 
 
 
 
 
○月□日(月曜日) 晴れ 
 
 今日県庁まで出向き、先日の異議申し立て却下の決定に対する審査請求を行った。これも、ヒカルを通じての漫才師女の入れ知恵によるものだ。
 
 くっくっく、役場に巣くうキョアック星人のエージェントどもめ。さすがに上級行政庁に命じられれば、それ以上は抵抗できまい!
 
 いかなる妨害があろうとも、必ずや、俺は宿願をかなえて見せる!
 
 
 
 
 
 
△月○日(木曜日) 曇り後雨
 
 県庁から俺宛に封書が来た。今度こそ、改名OKの通知に違いない。或いはそれを村役場に命じたという知らせか? 
 
 今日も遊びに来ていたヒカルの奴が興味津々といった顔で見守る中、封を切って中を見る。
 
 
 
「――先日貴殿が行った審査請求については、これを不適法であると認め、却下の裁決を下します。――」
 
 
 
 なんということだ! 役場ばかりか県庁内部にまで、キョアック星人の魔の手が伸びていたとは!
 
 くうっ。こうなったらもう、残る手段は実力行使しかないではないか!
 
 ……だがその時、短機関銃を小脇に抱えて飛び出そうとした俺の髪を、誰かががっちりと掴んだ。
 
 言うまでもない。ヒカルの奴だ。
 
 そのまま無言で俺を床に捻り倒すと、ヒカルはコミュニケでウクレレ弾き女を呼び出した。……どうでもいいが、かなり痛かったぞ。
 
「……つーわけなのよイズミ。なんとかなんない?」
 
「……フッ(ボロロン♪)」
 
 彼女は、相変わらず理解不可能な格好でヒカルの説明を聞いていたが、それでも求めに応じて、俺にアドバイスをしてくれた。なんでも、まだ再審査請求という道が残されているそうである。
 
 仏の顔も3度までというし、まあ仕方がない。ヒカルに免じて、もう1度だけトライしてみることにしよう。
 
 ……だからなヒカル、いい加減俺を逆さ蓑虫にして窓から吊すのは、やめてくれないか。
 
 
 
 
 
 
△月□日(木曜日) 雨時々曇り
 
 再び県庁から封書が届いた。すぐにも封を切って中身を見てみたいところだが、内容によっては、その後平静でいられる自信がないのも確かだ。
 
 で、ヒカルと万葉の2人を家に呼び、一緒に開けることにした。……なぜか今日は、ヒカルの奴にウクレレ弾きがついてきていたが。
 
 
 
「――先日貴殿が行った再審査請求については、これを不適法であると認め、却下の裁決を下します。――」
 
 
 
 ……既に、このことあるを半ば予期していた俺は無言のまま、予め入手しておいた多連装ロケット砲を押し入れから取り出すと、そのまま組み立て始めた。ヒカルと万葉の2人は、呆れたような目で俺を眺めているだけだ。
 
 今度こそ止めても無駄だぞ。義を見てせざるは勇なきなり。漢には、勃たねば立たねばならん時があるのだっ!
 
 だがその時、書類を丹念に読んでいた漫才師女が、不意に俺に呼びかけた。
 
「ヤマダ君、改名や改氏には、家裁の許可が要るってここに書いてあるわよ。戸籍法っていう法律で、そう決まってるんだって。先に、ちゃんと家裁に行ってみた?」
 
「……いや、そんなのは初耳だ」
 
「……やっぱりねー。道理で何遍申し立てても、相手にしてもらえないわけだよー(笑)。
 駄目だよーヤマダ君。もらった書類は、最後までちゃんと読まなきゃあ」
 
 ヒカルが笑いながら、そう言って俺をからかった。しかし、そう言うおまえだってこの間、俺と一緒に書類を見ていながら気づかなかったじゃないか。人のこと言えるのか?
 
 ……とはいえ、万葉の前でそれを言うのは、なんとなくヤバそうな予感がする。口に出すのはやめておこう。
 
 それはともかく、繰り返し改名が却下された理由が分かった。役場にも県庁にも、キョアック星人のスリーパー・エージェントがいたわけではなかったらしい。
 
 そうか、カサイの許可があれば改名できるのか。そうと分かれば早速明日にでも、カサイとやらへ行ってみることにしよう。
 
 
 
 ……ところで、カサイって何だ?
 
 
 
 
 
 
△月◎日(金曜日) 曇り時々晴れ
 
 今日、家裁へ行った。初めて行く所だが、そこら中にやたら沢山花が植えてある。初め、公園か植物園かと思ったくらいだ。
 
 花壇の中で土いじりをしている、作業服に眼鏡のおっさんがいた。とりあえず、どこに行けばいいか聞いてみることにする。
 
 
 
「おい、改名の許可をもらいに来たんだが、どこに行ったらいいか、あんた知ってるか?」
 
 すると、そのおっさんは腰を伸ばして立ち上がり、俺の方にその馬面を向けた。
 
「改名ですか? 確かに、ここではその許可を出すこともありますが……。あなたはどういう名を、どう変えたいんですか?」
 
「俺の旧名は『ヤマダ・ジロウ』だが、これを『ダイゴウジ・ガイ・セカン』と改めたいんだ」
 
「……改名だけでなく、同時に改氏もしたいわけですね。
 戸籍法第107条では、『やむを得ない事由』がある場合に改氏を、『正当な事由』がある場合に改名を、それぞれ許可できると定められています。
 それにしても、あなたはどんな理由があって、先祖から受け継いだ氏と、親から与えられた名とを変えなければならないのですか?」
 
「ふっ、決まっている。それはだな……。ヒーローらしく名乗りを挙げるには、カッコいい名前が必要不可欠だからだ!」
 
「……」
 
 
 
 それきりおっさんは沈黙してしまった。まあ、いつまでもこんなことをしていてもしようがない。突っ立ったまま硬直しているおっさんを尻目に、俺は家裁の建物の中へ入って改名許可申請の手続きをした。
 
 結果は、後日通知してくれるということだ。
 
 
 
 
 
 
△月◇日(木曜日) 晴れ
 
 なぜか、家裁から呼び出しがあったので行ってみた。
 
 なんでも特別に、ハンジとかいう偉い人が俺に直接結果を教えてくれるらしい。ふっ、やはり正義のヒーローは、それにふさわしい扱いを受けるということだな。
 
 
 
 しかし、意気揚々と指定された部屋に入った俺を待ちかまえていたのは、先日花壇で会った、あの馬面に眼鏡のおっさんの姿だった……。
 
 
 
 
 
 
◎月○日(火曜日) 晴れ
 
 ……俺は改名を一時凍結、いや延期することにした。
 
 違うっ! 決して諦めたのではない。ダイゴウジ・ガイ・セカンは、しばらくは前と同じく魂の名ということにするだけだ!
 
 なんで考えを変えたんだって? 聞くな、思い出したくもない(涙)。
 
 
 
 ……ナデシコに乗り組んでいた時、乗員の中でも1、2を争う不死身ぶりを誇り、お仕置きだろうと被包囲戦だろうと人体実験だろうと、ことごとく耐え抜いてきたこの俺ではあるが、脳細胞まで不死身なわけじゃなかった。
 
 3日3晩ぶっ続けで、マンツーマンの法律講座を受け続けさせられたりすれば、どんな人間だって脳死寸前になるに決まってるじゃないか! そう、たとえアキトの奴であっても耐えられないだろう。
 
 ……俺が生きてあそこから逃げ出すことができたのは、まさしく奇跡だったと言うしかない。
 
 
 
 あの家裁は見かけこそ公園みたいだが、中身は伏魔殿そのものだ。以後、半径100m以内には決して立ち入らんぞ!
 
 ……少なくとも、あの馬面眼鏡が転任していなくなる、その日まではな(涙)。
 
 
 
 
 
 
(とりあえず終わり)

 

 



(後書き)

 どうも、李章正です。

 「空白の2年間」補完シリーズ、第2段です。

 『時の流れに』序章第24話その2で、改名手続きを行ったはずの彼が、第2章第2話その2にあるように、いまだに前の名で呼ばれているのはなぜか? 単に新しい名が定着していないだけという可能性もありますが、ホントのところは違うんじゃないのかな。 

 その辺の謎を解明(笑)しようと思い、この話を書きました。

 文中にあるように、戸籍上の名を変えるというのは不可能ではないですが、それほど簡単でもありません(少なくとも日本では)。その昔、今太閤にあやかろうと、子に「カクエイ」と名付けた親が、ロッキード事件後、改名させたのが新聞沙汰になったこともあります。

 それって単に、親が馬鹿だっただけという気もしますけどね。子供の名くらい、もうちょっと考えてつけろよな……。

 それはともかく、なんで200年前の日本の戸籍法がそのまま適用されているんだ? という突っ込みは勿論不可ですので!(笑)

 それではまた。

 

 

代理人の感想

 

1、2を争うって、あんな人外の存在が他に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一人いたか。

 

まあそれはさておき(笑)。

「彼の葬式〜」「対木連〜」に続く李さんの投稿第三弾な訳ですが、今回も非常にいい感じでツボであります。

ネタがこう、痒い所に手が届くと言うか、「こんな切り口もあったか!」という感じで。

そ〜か、こうしてガイは改名を凍結・・・もとい延期したんだな(^^;

もっとも、本編でのアカツキとの会話を見る限り諦めたわけではなさそうですが。

「時の流れに」が終るまでに改名は成功するのかな〜(笑)?