桜坂

第3話 寄木のコースター



年が明けた頃、大吾の元にアキト(12歳)が挨拶に来た。ミスマル家に引き取られるきっかけをつくった大吾に、 謝辞を述べに来た。気にすることは無いと、大吾は顔を下に向け頭を掻きながら答えた。

大吾が下を向いて応えたため、アキトは気が付かなかったが、 そのとき大吾の顔には、泣きそうなのか、苦しいのか、何とも言えない苦悶の表情が浮かんでいた。

その後、アキトと大吾は、大吾の部屋の6畳リビングでちゃぶ台越しに1時間位語り合った。

大吾はアキトに一つのコースターを見せた。菱形の寄木でできた六角形の手作りのコースターだ。 コースターの真ん中に、鉛筆で“大吾にいちゃんへ、天河アキト"とつたない字で書いてある。 アキトが6歳のときオリンポスコロニーに両親と 遊びに行った時に寄った寄木工房で創った品である。
大吾は、このコースターをとても気に入って使っていた。

これを見てある時、ふとアキトを思い出したんだと大吾がアキトに語る。
「手紙を書こうと思ったんだ」
大吾の野太い声が響いた。

あんな事(テロで両親が殺された事)があった後アキトがどうなったか知りたくて、 手紙でも出そうと思ったんだが、連絡を取る方法が無くて、放って置いても良かったんだが、 何かこう引っかかるものがあったため、ミスマルおじさんに連絡を取ったと語る。
後は、ミスマルおじさんがやってくれたことだ。 火星でのアキトの身元引受人の保険金不正取得を暴いたのもミスマルおじさんの力だよ。 いや、元を正せば、アキトがこのコースターを俺にくれたからかな。
アキトに聞かれたら答えようと思って考えていた理由を、大吾は語る。

「そうですが、でも、僕はとても感謝してます、大吾兄ちゃん」
アキトが応える。
学費等が打ち切られ、自分でアルバイトをしながら学校に通い始めて3ヶ月、 いい加減今の生活が嫌になって来た所に、ミスマルおじさんの使いの軍人さんや役人さんが来て、 どんどん生活が良くなってきたし、地球にも来られた。みんな、大吾兄ちゃんのおかげです。
ほんとに、うれしそうに、アキトは、大吾に話す。

アキトは、ミスマルおじさんはとても優しいし、周りにいる人はみんな良い人です、と大吾につげた。
朝から晩までユリカがまとわりつくのも何とかして欲しいとも。
ユリカの男友達で、ミスマル家とも親交のあるアオイ家のジュンって言う人がとても優しいお兄さんなんだと言う。 しかし、ジュンさんはユリカを好いてるみたいで、 たまに自分(アキト)を見る目が怖くなっていると、アキトが笑いながら言う。

学校で新しい友達もたくさんできたそうだ。
バイトをしなくて良くなったので、時間が余り、テニス部部長のジュンさんの誘いでテニス部に入り、 スジが良いと、コーチに褒められたと嬉しそうにアキトが言う。 もちろん、帰宅部だったユリカもテニス部に入ったとのこと。
学校がこんなに楽しいなんて思わなかったとアキトが、言う。

ユリカがあまりべったりなんで、かなり、友達からからかわれている事も伺えた。
内緒だが、ユリカを好いてるやつからの嫌がらせも何度か有ったらしいが、 なぜかジュンとともに、結構撃退しているらしい。

アキトは、12歳のやんちゃざかりの真直ぐな男の子、それそのもので有った。 暗い過去は、ユリカをはじめ周りの人たちの力で吹き飛んでいくだろう。 このまま、真直ぐさわやかな少年になり、優しく実直な青年に育つことが伺える。

別れ間際、遊んでばかりいないで勉強もしろよと大吾が言うと、 アキトはにんまり笑って答えた。前回の学年テストでは、ベスト10に入ったよと。
大人はみな、勉強しろよと言う小言を言うのを知っているアキトが最後まで、 勉強の事は話をせず、大吾から、その言を出るのをまっており、 最後の最後にやっぱりでたその言葉に、アキトの表情が1本とったと言う顔になる。
そういう事は、もっと早く言えとアキトを大吾は軽く小突く。 また、遊びに来るよと言ってアキトは帰っていた。


アキトがとても楽しく明るく今を過ごしている。 俺のもので無い記憶にあるアキトの学生時代と比べ苦い表情になる。
また、ユリカの事をちょっと迷惑がっているが、嫌がっていないアキトを見たとき、 大吾の心に、暖かいものと寂しいものが込上がっていた。
アキトとユリカが仲良くしている事に対しての暖かい感情、 そして、ユリカの隣にいるのが自分でない寂しさだろうか? 平和な時を一緒に過ごし二人はどうなるだろう? ユリカにライバルができるか? アキトにライバルができるか? それとも、どちらとともなく心変わりが来るだろうか?
どちらにしても、良い未来が二人に訪れることを大吾は願わずにいられなかった。
しかし、暗い記憶が良い未来に対して、水をさす。

そして、あのテロについてどう思っているか、大吾はアキトに最後まで聞くことができなかった。 忘れてくれれば、それでいい。ミスマルおじさんは、きっと自ら話すことは無いだろう。 知らなければ幸せなことも有る。
そして、アキトの胸に輝く、青い宝石をしたためたペンダントのことも、大吾は問うことは無かった。


昨年から、大吾はある知らせをずっと待っていた。待っていた知らせが入ったのは、桜の花が咲く頃であった。 そして、大吾は、以前からしたためていた、数通のメールを数瞬の迷いの後、送信ボタンをクリックした。
本当にこの行為は良いことなのかと迷いながらも、一通でも届いてくれと願いを込めて。

一週間後、新聞に大きな見出しが躍った。
「ピースランド国の王女(6歳)、ネルガル人材開発センターにて見つかる!」
新聞、週刊誌、テレビ等あらゆるメディアに、 記憶にある初めて会った時よりも更に幼い少女の顔が掲載されている。 緊張しているような、怯えているような顔が多い。
数日後、ルリの両親が来日した。
両親到着後、数日経つとメディアに載るルリの顔が、だんだん生気の宿った明るい顔になっていく。 もともと素材はピカ一のルリちゃんである。あっと言う間に大ブームになる。 以後、日本でピースランド(ルリちゃん?)ブームが起こる事が予感される。

大吾は、王女発見後の王女に係わる新聞の記事、テレビニュース等を、いつでも、誰よりも注意深く見ていた。 会社の同僚から、“ロリコンか?いや、ルリコンだな”と、寒い親父ギャグでからかわれもした。
いや、こんな可愛い娘が欲しいなーと思ったんだといつも答える。 大ちゃんは親馬鹿になりそうだねーと周りの連中に言われる。
そして、大吾は、俺の娘だったんだよと心でつぶやく。
大吾は、ルリにIFS処理がまだされていない事を確認できた時、安堵の息を吐いた。
これから、ルリちゃんは王族として、想像もつかないが、それは大変な人生を送るかもしれない。 でも、戦艦に乗り戦場にでる事はおそらくないだろう。 新聞を見ながら、大吾はルリの幸せを願った。

しかし、記憶にあるルリの行った火星制圧が大吾の心を襲う、 ルリが居なければコンピュータジャックはできないぞと、何度も何度も大吾を責める。
しかし、これでいいんだと大吾は、自分に言い聞かせた。これでいいのだと、

発信元はわからぬよう細心の注意を払って送ったメールであったが、 その後大吾の銀行口座にピースランド国王名義で多額謝礼が振り込まれた。


夏、かねてから思っていたことだが、思いがけず大金も入り、大吾は会社を辞めることにした。
土曜のファミレスの中、大吾は、あき子に会社を辞めることをつげた。 そして、辞めた後、横浜に向かうと言うことも告げた。

「おまえも、横浜に来るか?」
大吾は、飯を頬張りながらあき子に聞いた。 そのセリフは、それ以上の意味を持たせない為、 あくまでも、ふと思いついたように、まるで隣町に遊びに行くような感じで発せられた。
大吾が、細心の注意をはらって演技をし、 心の中で、あき子を騙している事にあやまりながらつげたセルフである。

昨年末から、あき子はそこそこの規模の鉄工所の事務で働き始めていた。やっと見つけた正社員であった。 お給料はまだまだ少ないので、夜の仕事と掛持ちである。 仕事で使うパソコンなんて使った事が無かったあき子であったが、 大吾が以外にその方面に精通していることを知り、 あき子は、大吾の意外な才能(かなりパソコンが使える)に驚いていたが、いい先生が見つかったとばかりに、 毎日のように大吾の元へ教えを乞いにきていた。 大吾もあき子の就職をとてもよろこび、お祝いにノートパソコンを送ってやった。
今は、あき子もパソコンをそこそこ使えるようになり、今度は簿記の勉強をしているところだ。

そんな、あき子は突然の大吾の申し出に、驚き喜び食事の手が止まり大吾を喜びの眼で見た、 しかし、一心不乱に食事をしている大吾を見、 すぐにあき子は最初のそれが勘違いであると気づき落胆した表情になる。

「何で辞めるの?、どうして横浜なの?」
少し、怒った調子であき子が理由を尋ねる。
コックを目指して見たい、やっぱ中華と言えば横浜だろう、と大吾は食事をしながらのほほんと答える。
コックを目指したいから会社を辞めるは、嘘では無いが全てでは無く、横浜に行く理由は嘘である。
「本当にそれだけ?最近のだいちゃん変よ? 昔から無口だったけど前はよく笑ってたわ、最近だいちゃんの暗いわよ。」
そして、少し時間を頂戴と言ってあき子は、帰った。

大吾は、一つ賭けをしていた。もし、あき子が付いて来てくれると言ったなら、 本当にコックを目指すだけにしようと。福岡あたりでコックを目指し、あき子と暮らそうと思っていた。
付いて来ない場合は、もう少し、もう少しだけ、もがこうと。

水曜の夜、いつもどおりのスナックから駅までの帰り道で、 あき子は大吾に、やっぱり私は行けないよと泣きそうな顔でつげた。
ごめんねと、言ってあき子は改札の中に消えていった。

答えは出た。

会社を辞め、横浜に向かう前日、大吾は、北九州の母の家に行った。
母は、なんでわざわざ北九州から遠いあんな危険な横浜に行くのと寂しがっている。
厳しかった父と正反対のとても優しそうな新しい父は、コックと美容師と医者は食いはぐれる事は、 無いからな、がんばれと応援してくれた。

次の日の朝、博多駅にアキトとユリカが大吾を見送りに来た。見るたびに背が伸びるアキトの頭を、 大吾の大きな手が覆う、横浜に来たときは遊びに来いと大吾はアキトに言う。絶対に行くよとアキトは答える。 俺も早く大吾兄ちゃんみたいに大きくなりたいとつぶやく。成長期に入ったとはいえアキトの身長は 隣にいる2歳年上のユリカよりまだ少し低い。
そのユリカと言えば、早く映画に行こうとアキトの腕を引っ張っている。

大吾は、今日初めて小さいユリカを見た。記憶の中の大きなユリカと思ったほど身長の差はない。 ほとんど同じ高さくらいだろう。ただ、幼い。まだ、顔は、大きなユリカと比べると少しふっくらとしているが、 逆に体の線はまだ細い。とても活発な女の子そのものだ。そんなユリカを見て大吾が微笑む、ユリカと目が会った。 大吾の厳つい顔が歪んだだけの微笑みにユリカはちょっと怯えた。大吾は少し傷ついた。

じゃれつくユリカに赤くなって対応しているアキトだが、 だたでさえ、少年時代は女の子の方がどうしても心身ともに早く成長する。 まだ幼さの残る、今のアキトが、今のユリカをどうこうできるレベルでは無い事は一目瞭然だ。 いや、このままもしかしたら、一生かもしれない。

別れ際、アキトが大吾にがんばってと言う。お前もなと大吾が視線をユリカに向け含みのある顔で言う。 がんばってみますとアキトがユリカを見ながら情けない声で答える。
「どう言う事ですか!」
と、ユリカがちょっと怒った声を上げ、大吾とアキトが笑い声を上げたとき、 列車の発車のベルが鳴った。




 

代理人の感想

・・・・・アキトって頭良かったんだなぁ(笑)。

TV版の年齢になる頃には半ば別人になってるでしょうねー。

大学で研究者目指してたりして。

 

ところで、何で横浜は危険なんでしょう?

何か犯罪でも起こっているという設定でもありましたっけ?