紅の戦神

 

 

第十話

 

 

 

 薬局で例のモノを購入した後、とりあえず俺はハーリー君を訪ねた。

 

 

「はじめまして・・・と言うべきなんだろうな。

 マキビ・ハリ君?」

 

 突然目の前に現れた俺の姿に目を丸くしているハーリー君。

 ついでにポカンと口を開けていたりする。

 

「―――あっ! もしかしてあなたがテンカワアキト・・・さん?」

 

「ああ。ラピスが世話になっているようだ。

 本人に代わって礼を言わせてもらうよ」

 

「いえ、そんなことは・・・」

 

 恐る恐る、といった感じのハーリー君の警戒を解くため、笑顔で頭を軽く下げる。

 ハーリー君は恐縮しながらも少しだけ微笑んだ。

 

 

「・・・あの、僕に何か御用なんですか?」

 

「まあね。

 極めて重大且つ君にしか出来ないことだ」

 

「ぼ、僕にしかできないこと・・・?」

 

 そうだ。コレは俺が考えた非常に他力本願な苦肉の策である。

 もちろんラピスに関しての。

 

「ラピスのことをお願いしたいんだ。君に。

 あの子は生まれてからずっと異常な環境の中に身を置いていたせいで心の成長が著しく乏しい。

 俺みたいなやつがそばにいたこともあるだろうけど、出来れば普通の女の子みたいになって欲しいんだよ。

 俺は今から八ヶ月間、火星でのジャンプのお陰でラピスとの通信が出来なくなる。

 できればその間、ラピスが明るく元気になれるように君から色々と教えてあげてくれないか?」

 

 前回はダッシュにまかせっきりだったばかりにあんな子に育ってしまったからな。

 

 肉体的にはともかく精神的には良識派なハーリー君に任せておけばきっと大丈夫だろう。

 

「え・・・でも僕にそんなことができるでしょうか・・・?」

 

「もちろんさ。言っただろう?

 君にしか出来ないことだって」

 

「はあ・・・ってか、苛められてるんですけど・・・

 

 たぶんもう既に何度か接触しているはずだから、ラピスの特殊性には気付いているだろう。

 自信なさげに生返事をする。

 

 ・・・仕方ないな。

 

「そうか・・・残念だな。

 ラピスはルリちゃんにとっても妹みたいな存在だから、

 上手くいけばルリちゃんもハーリー君のことを見直すかもしれないと思ったんだが・・・」

 

「―――!! わかりました! やらせていただきます!!」

 

「そうか! やってくれるか!

 ありがとうハーリー君!」

 

 我ながら白々しい。

 

「任せてください! これでも女性の扱い方はサブロウタさんに伝授されているんです!

 テンカワさんたちが火星から戻ってくるまでにラピスを立派な女の子にして見せます!!」

 

「ああ頼む。

 それじゃあ俺はラピスのところにも顔を出さなきゃいけないからこのへんで失礼するよ」

 

「わかりました。

 ・・・あの、くれぐれも艦長・・いえ、ルリさんによろしく言っておいて下さいよ?」

 

「ああ・・・それじゃ」

 

 

 ブォォオオオォォンン・・・

 

 

「ジャンプ」

 

 

 今度こそ俺はラピスのもとに跳んだ。

 

 

 かつてラピスにアニメを薦めたのが彼だとは最後まで知らずに(爆)。

 

 

 


 

 

 

(ラピス・・・)

 

(! アキト!?)

 

 既にジャンプアウトしてラピスの後ろに立っていたが、そのまま気配を殺してリンクで話し掛ける。

 後ろから驚かそうと思ったわけだが・・・

 

(ねえアキト・・・どうしていつも、夜になるとリンクを切っちゃうの?)

 

(うっ!!)

 

 思わぬ反撃だ。

 

(ねえどうして?)

 

「・・・大人になればラピスにもわかるさ」

 

(そんなことで誤魔化さないで・・・え!!)

 

 これ以上追求されないためにやむなく気配を隠すのをやめる。

 

「ラピス・・久しぶりだな」

 

「アキトっ!!」

 

 ラピスははっと振り返ると、飛びつくように俺に抱きついてきた。

 最近は枝織ちゃんにかまけていてほとんど会話も出来なかったからな。

 随分と寂しい思いをさせてしまったことだろう。

 

「あ・・・でもなんで?

 アキトは火星にいるんじゃなかったの?」

 

「ついさっきジャンプフィールド発生装置が完成したんだ。

 動作テストも兼ねて、ラピスに会いに来たのさ」

 

「本当!? それならこれからいつでも会えるんだね!?」

 

 心のそこから嬉しそうに言う。

 これが俺だけでなく、他のみんなにも向けられるようになればいいんだが・・・。

 

「ああ。でもこれから八ヶ月間は悪いけど我慢してもらわなくちゃならない」

 

「・・・火星でのジャンプのせいだね?」

 

「そうだ・・・済まない。

 八ヶ月は短くないが、ハーリー君とダッシュと仲良くやるんだぞ?」

 

「うん、わかった」

 

 あまりにあっさりとした返答が逆に怖い。

 既にハーリー君をおもちゃにしてしまっている見たいだし。

 

「ところでアキト。“枝織”って誰?」

 

「え?」

 

「私とアキトが出会った頃、アキトの知り合いにそんな人はいなかった。

 ダッシュで調べてもそんな人は知らないって・・・」

 

「あ・・・ああ。

 枝織ちゃんは俺のランダムジャンプに巻き込まれたんだ。

 大丈夫。悪いコじゃないよ。

 ラピスが心配することないさ」

 

「そういうこと言ってるんじゃないのに・・・」

 

 その後、なぜか拗ねてしまったラピスを宥めるのに時間がかかり、帰艦が予定よりも大幅に遅れてしまった。

 

 まったく、女心はわからんな。

 

 

 


 

 

 

 帰ってからすぐ、俺は提督とイネスさんに連れられてクロッカスに向かった。

 もちろん拒否権はない。

 帰ってきてからのルリちゃんにはちょっと逆らえなかったな。

 ははは・・・・・・はぁ(汗)。

 

 

 

 

 さて、今俺たちはクロッカスの通路を歩いているわけだが・・・。

 確かそろそろ・・・!! いた!!

 

「提督、危な・・・ぬおっ!?」

 

 

 ぎゃりぃっ!!

 

 

 提督を突き飛ばそうとした俺の鼻先を銀光が閃き、降ってきた無人兵器を両断する。

 

「な・・・な・・・!」

 

 さすがの俺も開いた口が塞がらない。

 

 提督の手元で鈍い振動音を放っていたのは血染めのチェーンソーだった。

 

 ・・・誰の血かは考えたくないがな。

 

 

「ふ・・今宵のわしは血に飢えておる・・・」

 

 

 ビクゥッ!!

 

 

 提督のセリフに後ずさるイネスさんと・・・・俺。

 

 この場にいる生身の存在はこれだけだ。

 

 

「・・・何をしているのかね?

 時間がない。早く行こう」

 

 そう言って先行して歩き出す提督。

 俺は恐る恐る、イネスさんは沈黙を保ったままその後に続いた。

 

 そしてブリッジにつくと、

 

「テンカワ君。

 このまま引き返してくれないか?」

 

「・・・やっぱり、囮になるつもりなのね」

 

 なぜかほっ、と溜め息をつきながらイネスさんが呟く。

 提督の思考形態は既に科学では解明できない域に突入しているから確信がなかったのだろう。

 

「イネスさん・・・行きましょう。

 提督の決断を無駄には出来ない」

 

 っていうか一刻も早く帰りたい。

 

「それでいいのアキト君!!

 この提督を・・・いえ、この状態の提督をそこまで信用できるの!?」

 

「信用できますよ。

 俺も・・・・提督と同じですから・・・」

 

「それって・・・」

 

 暗い瞳で呟く俺を、イネスさんは信じられないと言った感じで見つめる。

 俺は無言で提督に敬礼を送り、くるりと振り返って歩き出した。

 

 が・・・

 

 

「それって・・・・アキト君も同じってことなの?」

 

 

 

「違います」

 

 

 

 一瞬で目の前に来た俺に驚くイネスさん。

 いくらなんでもそれはひどいです。

 

 とにかくイネスさんを連れて出て行こうとする俺の背中に提督の声がかかる。

 

「テンカワ君・・・枝織君と仲良くな」

 

「は? ・・・あ、ええまあ」

 

 俺は眉を顰める。

 しかし提督の表情はいたって真剣だった。

 

 数秒間見つめていてもその表情に変化はなく、俺は不信に思いながらもブリッジを後にした。

 

 

「もう一人・・・・遥か遠くで君を待つ羅刹ともな」

 

 

 プシュ!!

 

 

 ドアが閉まる。

 提督の最後のセリフはよく聞こえなかったが、俺は特に気にすることもなく外のエステに急いだ。

 そろそろ敵軍がナデシコに気付いてしまう頃だろう。

 そんなことになったらそれこそ提督の犠牲が無駄になってしまうからな。

 

 

 

 

 

 

 ゴオオオオッ!!

 

 

「クロッカス、浮上します」

 

「おお! 十分使えそうですな〜!」

 

「さっすが提督!」

 

「ユ、ユリカ・・・、なんかクロッカスの副砲がこっちを向いてるんだけど・・・」

 

 

 ピッ!!

 

 

『現在の状態なら、クロッカスの兵装でも十分にナデシコの船体を貫くことが可能だ』

 

 

「・・・へ?」

 

「ど、どうされたんです提督!!」

 

「・・・クロッカスから、前方のチューリップに入るように指示が出ています」

 

「え〜〜〜〜っ!!」

 

 

 プシュ!!

 

 

 俺とイネスさんはブリッジに入っていった。

 帰艦が早かったためにどうやら間に合ったようだ。

 

「提督の言う通りだ。

 ミナトさん、チューリップへの進入角度をを大急ぎで・・・」

 

「お待ちください!! それは認められません!!

 有利な位置を取れば今の状態でも十分クロッカスを撃沈・・・」

 

「ご自分の選んだ提督が信じられないのですか!!」

 

 いや少し前の提督だったらプロスさんも素直に信用できたかもしれないがな。

 

 

 ドゴォォオオオンン!!!

 

 

「ク、クロッカスからの砲撃です! どうするんです艦長!」

 

「―――!! 左145度、プラス40度! 敵艦隊捕捉!!」

 

「見つかったのかっ!?」

 

 あ、ゴートさんが復活してる。

 それに特に変わった様子は見られない。

 やれやれ、どうやらこっちの危機は心配なくなった。

 

 

 ・・・あれ? じゃああの血はいったい誰の・・・?

 

 

「二つに一つ。

 このままチューリップに入るか、敵と戦うか・・・」

 

「じゃあチューリップかな〜?」

 

「何を言っているんです皆さん!!

 無謀ですよ! 損失しか計算できない!」

 

「そうでもないわ! ナデシコにはディストーションフィールドがある!」

 

「そうだユリカ。

 提督は俺に、自らが囮になることを話してくれた。

 もはやナデシコが助かるにはこれしか道はない」

 

 俺はユリカの目を正面から見つめ、力強く頷く。

 

「クロッカスから通信です」

 

「繋いでメグちゃん」

 

 

 ピッ!!

 

 

「提督!! 考え直してください!!

 ナデシコには・・・いえ! 私にはまだ提督の教えが必要なんです!!

 これからどうやっていけばいいのか、私には何もわからないんです!!」

 

『私には君に教えることなど何もない。

 私は、ただ私の大切なもののために戦っているに過ぎないのだ。

 それが何かは言えないが、諸君にも必ずある。

 いや・・・いつかきっと見つかる!』

 

 だんだんと・・・木星蜥蜴の攻撃による振動が強くなっていく。

 ウィンドウにもノイズが走りだいぶ聞き取りづらくなっていた。

 

『私はいい提督ではなかった・・・いい大人ですらなかったかもしれない。

 最後の最後に自分の我が侭を通すだけなのだからな。

 ―――だがこれだけは言わせて欲しい・・・』

 

 壊れたと思っていた提督の真面目な言葉に、ブリッジのみんなが聞き入る。

 どのような仕打ちを受けたのか知らないが、

 ゴートさんなんかは涙ぐんで「目を覚ましてくれたのですね提督!」などと言っている。

 さすがにプロスさんももう何も言わなかった。

 

 そして、提督が最期の言葉を・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

『我が神はナデシコにいる!!!』

 

 

 

 

 

「はあ?」(ブリッジ全員)

 

 

 

 もとに戻ったんじゃないのか?

 よりによって何を言い出すかと思えば・・・

 

 

 いや待て。

 そう言えばゴートさんもナデシコのシュミレーションルームで・・・・

 

 

 

 な、なんか説得力あるぞっ!?

 まさか本気で憑かれてるのかっ!?

 

 

 

 

『ならばナデシコは我が聖域!

 そして私は神の戦士だ!!

 私はこのチェーンソーに誓う!!

 即ち今こそ私は神の御許へ「ぷちっ」・・!!』

 

 

「クロッカス、通信可能範囲外に出ました。

 以後の通信は不可能です」

 

「え・・・で、でもルリルリ。いまぷちって・・・」

 

「気のせいです」

 

「あのー・・・クロッカスから通信入ってるんだけど・・・」

 

圏外だとでも言っておいて下さい」

 

 ル、ルリちゃん・・・(汗)。

 確かに提督は木連に保護されるだろうけどそれはちょっとひどくないか?

 

「しかし囮になると言ってもこれだけの数・・。

 チューリップに入るまでに攻撃を受けたらひとたまりもありませんぞ?」

 

 言わずもがなのことをプロスさんに指摘され、押し黙るブリッジ。

 だが俺は黙って敵陣に向かうクロッカスを示す光点を見つめていた。

 

「クロッカス、交戦に入ります」

 

 ルリちゃんの報告もさすがに沈痛だったが、それでも誰もが目を背けない。

 自分達を・・・ナデシコを護るために散っていく提督の最期を目に焼き付けようと言うのだ。

 

 

 そして・・・クロッカスの反応が消える。

 同時に敵の戦艦も二十隻ほど沈んでたのはご愛嬌だろう。

 

「・・・・この後、何が起こるかわかりません。

 各自、対ショック準備・・・・」

 

 提督の最期(まだ死んでないけど)を見送ったユリカは、艦内に警戒を呼びかける。

 

 俺たちの意識はそのまま白く塗りつぶされていった。

 

 

 

 


 

 

 

 ―――同刻 ネルガル重工会長室

 

 

「今日も綺麗だね、エリナ君」

 

 薄暗い部屋に軽薄な声が響く。

 発した当人は薄暗い照明のせいか、その場に立つ美女にもその表情を窺うことは出来ない。

 

「ナデシコが火星を発ちました。

 多大なる被害を受けて・・・」

 

 白のスーツで身を固めたその美女――ネルガル会長秘書、エリナ・キンジョウ・ウォンは

 男の軽口をにべともせずに切り返した。

 この関係はいつものことらしい。

 男の纏う空気にも彼女を咎める気配はない。

 

「ふぅ・・ん。なるほど、やっぱりね。

 プロジェクトはB案に移行か・・・・。

 ま、仕方ないよね」

 

「私もナデシコに参ります」

 

 そう宣言するエリナに男は苦笑を禁じ得ない。

 彼女の優秀さはよく知っているが言い出したら頑として譲らないこともいやと言うほど身に染みている。

 

「やれやれ・・・あ、連合軍司令部に繋いでくれる?

 そう、仲直りしよう・・・ってね」

 

 

 


 

 

 

 ―――同刻 連合軍極東方面支部

 

 

 バンッ!!

 

 

「少将! ムネタケ少将! 一大事です!!」

 

 上司の部屋のはずの執務室に、何の断りもなく一人の新人士官が駆け込んだ。

 目的の人物は椅子に深々と座り、仕事をするでもなく読書に勤しんでいる。

 

 因みに題名は『人の神経を逆撫でる108の法』

 別にんなもん読まなくても十分逆撫でしてくれるだろうとはさすがに口に出せなかろうが。

 

「喧しいわね。なによ、いったい・・・?」

 

 机の上に置いてあった栞をはさみ、パタンと閉じる。

 士官を正面から見据える両の目の上には見事なまでのキノコヘアー。

 

 そう。かつてのナデシコ副提督、ムネタケ・サダアキである。

 

 

「今情報部の奴から聞いたんですけど・・・ナデシコが火星で消息を絶ってしまったんです!!」

 

「あ、そう」

 

「『あ、そう』って・・・それだけですか!?」

 

「他になに言えってのよ?」

 

「いや、もうちょっとこう・・・なんかあるでしょうが!!」

 

「ないわね。これっぽっちも」

 

 ムネタケは地団駄を踏む士官に一瞥をくれただけで立ち上がると、そのまま持っていた本を鞄へしまう。

 この部屋に置いてある私物はこれだけだ。

 そこそこ立派な部屋ではあるがはじめから長居するつもりはなかった。

 なにより切り捨てるときまでの餌として与えられたものに縋り付こうなんて思えない。

 もっとも、以前ならばこれも自分の功績の産物として何の抵抗もなく受け入れただろう。

 

「・・・・どちらへ?」

 

「ミスマル提督の許に行くわ。

 良くも悪くも注目を集めていたナデシコが消えたなら司令部は大喜びでしょう。

 でもアタシは軍の犠牲になるつもりはさらさらないの」

 

 そう、使い潰されるのは目に見えている。

 テンカワアキトの申し出はなかなかに魅力的ではあったが使えないのなら仕方ない。

 ならば自分に出来るのは精一杯に生き延びること。

 長い目で、大局的に物事を見ればその方法は自然とわかってくる。

 

「あの・・・そう簡単に許可は下りないと思いますが・・・」

 

「わかってるわよそんなこと。

 何のために今まで地道に根回ししてきたと思ってんの?

 まったく・・・ほら、さっさとアンタも支度してきなさい!」

 

「へ!? お、俺もですか!?」

 

「他に誰がいんのよ?

 で? 来んの? 来ないの?

 来ないなら別にいいわ。それじゃあね」

 

 すたすたと部屋を出て行くムネタケ。

 その背中をしばし呆然と見詰めた後、士官は慌てて叫ぶ。

 

「い、今すぐ用意してきます!!」

 

 来た時と同様、上司であるムネタケに何の遠慮もなくバタバタと出て行く。

 

 この士官と出会ったのはナデシコを降りてからすぐのことだ。

 なんでも連合大学では第三位の成績だったらしいが、べつにそんな才能を見抜いたわけでもない。

 ただ単に自分と同じような匂いを感じた。

 それだけで引き抜いて自分の部下に配属したのである。

 

 もちろん本人の意思は聞いちゃいないが。

 

 

「お待たせしました、少将。

 俺のほうはいつでも行けます」

 

「ん、早かったわね。じゃ行きましょうか。

 ・・・そう言えばアンタ、ミスマル提督と面識ある?」

 

「はい。連合大学の卒業式で一度。

 同期のミスマルユリカの父兄として参加していたときに2,3言葉を交わしただけですが」

 

「ああ、アンタあの艦長の同期だったの・・・。

 それはお気の毒だったわね」

 

 自分にはとんと関係のないことだったが、この時代でも同期の仲間と言うのは結構大切にされる傾向がある。

 まあ権力争いなどが関わってくるとそうも言ってられないが。

 それでも知り合いの死というものはできるなら避けたいと思うのが人としての性だろう。

 

「前線であるミスマル提督の許に行くんです。

 明日は我が身ですよ」

 

 それでも自分についてきてくれるこの男に出逢えたのは自分にとって幸運なことだった。

 部下に忌み嫌われるのは慣れていても慕われるのに慣れていないムネタケは少し擽ったそうだ。

 

「ふん、いい心がけね。

 ・・・明日から特別に、アンタのことをエレファントと呼んであげる」

 

 

「結構です。

 もしそんな風に呼んだら俺もキノピオと呼ばせてもらいますから」

 

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 凍りつく空気。

 こいつら本当に仲いいのか?

 

 

「・・・アタシはアンタの上司よ」

 

「俺は無所属です。ミスマル提督のところに配属されるまではね」

 

 ちなみにその手続きをしたのはムネタケ自身だ。

 

「・・・・・向こうに行ったら覚悟しておきなさい」

 

「・・・・・(汗)」

 

 

 引き攣った笑いを浮かべたまま、支部を後にする二人。

 手配した車にエレファント(笑)をまず乗せ、ムネタケは虚空を見上げる。

 

 

 

 

「テンカワ・・・・アンタが死ぬなんてね・・・」

 

 

 

 


 

 

 

 ―――同刻 セイジョウシティ地下研究所

 

 

「本社のエージェントがわざわざこんなところまで来るとはな」

 

 無駄な費用をギリギリまで切り詰めたこぢんまりとした部屋に、悠然とたたずむ男。

 

 ―――クリムゾンの誇る遺伝子工学界の権威、ウォルフ=シュンリン=サトウ。

 この地下研究所の所長である。

 白髪混じりの髪を肩あたりまで伸ばし、立派な口ひげを携えている壮年の男だ。

 知性を宿しながらも鋭さを失わない目に、ちいさな丸眼鏡をかけている。

 

「くくく・・・そう邪険にしないで下さいよ、所長。

 私はただのメッセンジャーなんですからね」

 

 相対する男は一見、どこにでもいそうな容貌だ。

 黒を基調としたスーツをピッと着こなし、こちらは薄い黄色のサングラスをかけている。

 その色眼鏡を通す視線は爬虫類を思わせ、それだけがこの男が只者ではないことを物語っていた。

 あと特徴と言えるものは、常ににやけた口許と、スラックスのポケットに突っ込まれた両手だろうか。

 

 

「ふん・・・・それで用件は?」

 

「話が早くて助かりますよ・・・。

 ―――あ、おかまいなく」

 

 言いながら薦められた席に腰を下ろし、出された茶を受け取る。

 

「いえ・・・どうせ粗茶ですから」

 

 一口飲んで難しい顔をした色眼鏡に一瞥をくれ、続いて遥に香りの違う茶をウォルフの前に置く女性。

 どうやらあまり歓迎はされていないようだ。

 まさか今時雑巾水などと言うことはないだろうが・・・・・・まずい。

 

「ほう・・・あなたが・・・」

 

 男はその女性――少女と言った方が正しいだろう――をまるで実験動物を見るかのように見る。

 

 幼くも整った顔立ち。

 切り揃えられた前髪と、これまた肩口で切り揃えられた髪型。

 スタイルは14歳のそれとしては発達している部類に入るだろう。

 全体的に飾り気がないが、耳の前にたらした一房の髪に巻かれている紅い紐が唯一のアクセントか。

 

 ウォルフ所長の懐刀―――アサミ=シュンリン=カザマ。

 

 10年前の火星でのテロの際に身寄りを失ったのをウォルフが引き取ったらしい。

 

 ・・・無論、それだけのはずはないが。

 

 

「実はですね。こちらで捕捉していたネルガルの新型戦艦・・・・

 ああ、『ナデシコ』と読んだほうがわかりやすいですか?

 とにかくそいつが火星で消息を絶ちまして・・・・」

 

「なっ! それではプロジェクトは・・・!?」

 

「あ〜いえいえ、例のプロジェクトは中止しません。

 逆に完成を急ぐようにと言うのが本社からの指示です。

 その為には少しくらいの無茶ならば黙認すると・・・」

 

「それはありがたいが・・・・解せんな。

 ナデシコ亡き今、プロジェクトの進行が社の利益に繋がることはないと思うが・・・」

 

 『プロジェクト・エンハンスソード』

 それがこの研究所の現在の存在目的であった。

 

 かつてその非人道的な研究のために学会を追われたウォルフをこの男が拾い、

 以来ウォルフはクリムゾンのためにナノマシンを基本とした応用技術の開発に勤しんでいた。

 

 目的はネルガルのマシンチャイルドを超えること。

 

 しかしその研究はほとんどまったくと言っていいほど進歩がなかった。

 どだい無理な話なのだ。

 ネルガルがその存在達にかけてきた時間と資金、

 そしてクリムゾンに決定的に欠けている人材は並大抵のものではない。

 

 そろそろ首を切られ、情報隠蔽のために処分されようかと言う頃に現れたネルガルの機動戦艦『ナデシコ』

 そしてその初戦にて、百を超える無人兵器を無傷で葬った機動兵器。

 性能を考えるとあの動きは間違いなくパイロットの腕だ。

 焦ったクリムゾンは急遽グループ内のいわゆる腕利きと呼ばれる者達にシュミレーションさせるも、結果は散々。

 誰一人としてあのパイロットのように戦える者はいなかった。

 

 そこでロバート会長は考えたのだ。

 「いないのなら造ればいい」・・・と。

 

 そしてそのお鉢はウォルフに回ってきた。

 この頃ロバート会長は既に知っていたのだ。

 『アサミ』という前例があることを。

 

 それがエンハンスソード。

 『最強の剣』

 

 ナデシコを凌駕するためだけに造られるモノたち。

 

 

「べつにエンハンスソードの使い道は他にもまだまだありますよ。

 ・・・・そうですね、そちらのお人形さんはどう思われますか? ナデシコについて・・・」

 

「―――っ・・・・・!」

 

 アサミの瞳に一瞬だけ浮かぶ―――殺意。

 

「・・・・言葉は選んでもらいたいな。

 この娘は私の最高傑作―――いわば生きた芸術だ。

 芸術とは命。命とは生。

 生なき人形などと同列視されるのは不愉快だよ」

 

「くく・・・それは失礼。以後気をつけましょう。

 で? あなたのご意見をお聞きしてもよろしいですか、アサミさん?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・答えてやりなさい、アサミ」

 

 絶対の主に促され、漸く言葉を紡ぎだすアサミ。

 だがその可憐な唇とは裏腹に、発された声は非常に冷たいものだった。

 

「・・・特に興味はありません。

 いかに強大な力を持っていたとしても死んでしまえば脅威足り得ませんから・・・」

 

 

「ふん・・・教科書通りの答え。つまらないですね」

 

 

「・・・なにか?」

 

「いえいえ。貴重なご意見をどうも。

 ですが会長のお考えは違います。

 あのネルガルがなんの勝算もなくスキャパレリプロジェクトを計画したとは考えにくい。

 ナデシコにはかなりの大金が注ぎ込まれていますしね。

 ほぼ間違いなく帰ってくるだろうというのが会長の見解です」

 

 それはつまり、クリムゾンでも研究中のボソンジャンプに関してネルガルが一歩リードしたと言うこと。

 生憎とウォルフはそちらの方面に関しては専門外だったが。

 

「まあ・・・いい。

 わしは研究が続けられる限りは会社の方針に従おう」

 

「ええそれで結構です。

 では本題に・・・はい、こちらがご要望の被験者。そしてそのリストです

 苦労しましたよ。損傷の限りなく少ない死体を集めるなんて。

 戦争中ですからね。条件さえなければ倍は用意できたんですが・・・。

 とりあえずそれで我慢しておいて下さい」

 

「承知した。これで十分だよ。

 理論は完成しているからな。

 後半年もあれば完成するはずだ」

 

「結果さえ出していただければ結構です。

 とりあえず今のところはカタオカさんの『真紅の牙』だけでも十分ですので・・・。

 必要となったとき、あるべき場所にあればそれでいいんですよ・・・っと、失礼」

 

 胸元の携帯通信機が軽快な着メロを鳴らす。

 ウォルフは気にするなとジェスチャーで示した。

 

「・・・はい・・・ああ私だ。

 ・・・ええ・・・・ええそれで結構。

 じゃ、その方針で進めてください。・・・はいそれじゃあ。

 ―――失礼しました。これでも多忙の身でしてね」

 

「今の電話は?」

 

「あなたには関係のないことです・・・・と言いたいところですがそうでもありませんね。

 まあちょっと特殊な取引相手との会談を任されているんですよ。

 彼らがあなたの研究に非常に強い興味を示しておりましてね〜。

 もしかしたら技術提携、という形になるかもしれません」

 

 ふん・・・と鼻で笑うウォルフ。

 自分の研究に興味を示すなんてろくな奴じゃないな、と自嘲しながら言葉を紡ぐ。

 

「それは相手の持つ技術次第だな。

 わしの好奇心を満足させるものでなければ研究データはやれん」

 

「そんなもんですかね。

 ま、私は専門外なんでなんとも言えませんが・・・。

 ―――さて、すみませんけど時間も押してるんで失礼しますよ?」

 

 案内を、と口に出しかけてやめる。

 無駄だ。あの男にそんなものは。

 

 エマージィ=マクガーレン。

 通称『ハイドラント』。

 

 その名の示すように、非常識なまでに神出鬼没な男である。

 

 この部屋に入ったときも、警備機器などが自ら案内でもしたかのように普通に入ってきた。

 私の知った顔でなければ隣りのアサミが即座に肉隗に変えてしまったであろうが。

 

 そう、まさに文字通り『一瞬』で。

 

 

 ピッ!!

 

 

「あ〜・・・助手A。実験体を作業室に移しておいてくれ。

 とりあえず『調整』後、『処理』を施す」

 

『助手Aって・・・(汗)

 いえ、わかりました。20分で搬入を完了させます』

 

「うむ。アサミ、白衣をとっておくれ」

 

「はい・・・どうぞ、所長」

 

 言われた通り、綺麗にたたまれた白衣をひとつ取り出して手渡すアサミ。

 しかしウォルフはそのしわにまみれた顔を、さらにしかめた。

 

 

「アサミよ・・・・わしのことは博士と呼ぶようにとあれほど言ったじゃろうが。

 まったく、お前と言う奴はいつまで経ってもロマンと言うものをわかろうとせん・・・」

 

「だって博士号なら他のみなさんだって持ってるじゃないですか。

 だけど所長はおじいちゃん一人だけです」

 

「じゃからそれはロマンが・・・」

 

「はいはい。皆さん『下』でお持ちですよ。

 早く言ってあげなきゃ」

 

 微笑むアサミの顔に、さっきまでの冷たさはなかった。

 それは家族にのみ見せる無防備な一面。

 ここ数年ではアサミの笑顔を見た者などはウォルフを除いて他にいない。

 つまり相手がウォルフであっても他者のいるところではけして笑わないのだ。

 

 

「アサミよ・・・・命を弄び、人間の尊厳を踏みにじるこのわしを軽蔑するか?」

 

 かつて自分はそのことで学会から追放された。

 息子夫婦を事故で亡くし、残った病弱の孫を救う為であったとは言え世論は彼を許さなかったのだ。

 結局その孫も死んでしまった。

 順列では一番初めに死ぬはずの自分が最後までしぶとく生き残っていることに運命の皮肉を感じたものだ。

 

「とんでもないです。おじいちゃんは私の命の恩人。

 感謝してこそ、軽蔑するなんてあり得ません。

 この研究・・・・エンハンスソードの被験体もみな死体ですから。

 人間は生きていてこそ人間なんです。死ねばそこまで。何もかもが終わり。

 命を失ったそれはすでにただのモノでしかない。

 外見を人に模しただけの物体に通わす情など持っていません。

 それに・・・・」

 

 アサミと出逢ったのは火星だった。

 当時4歳の少女が両足を瓦礫に潰され、それでも一心不乱に母親を掘り出そうとしていたのである。

 

 ウォルフはアサミを助け、人を呼んで母親も掘り返した。

 既に死体となっていることは間違いなかったが、それでもその時のアサミの懇願に抗し切れなかったのだ。

 現れたアサミの母親は奇跡的に損傷が少なく、だが瓦礫はしっかりと頭を直撃していたのが確認できた。

 つまり既に事切れていたということだ。

 

 アサミは泣いた。

 何度も、何度も母の名を叫びながら。

 両足から流れ出る鮮血が彼女の意識を奪うまで。

 

 それからだ。

 彼女が『死』と言うものに関して、年齢不相応なまでに現実的になってしまったのは。

 

 

 

 

「あのときママは・・・・私を抱きしめてくれなかったんです」

 

 

 

 

 それが、アサミの傷―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・やれやれ。

 老いぼれの人形遊びに付き合うのは疲れますね・・・」

 

 肩を揉み解しながら溜め息をつく男―――エマージィ=マクガーレン。

 首をコキコキと鳴らした後、ふいにサングラスをはずす。

 

「そう、ナデシコが・・貴様がそう簡単に死ぬはずがない。

 いや・・・そんな簡単な死など、この私が認めない―――」

 

 色つきの眼鏡をかけていた時にはよくわからなかったが、その右目は鮮明な蒼の左目と異なり白く濁っていた。

 そこに浮かぶは暗い憎悪の感情だ。

 この右目が疼くたびに屈辱が心を縛りつける。

 常に搾取する側であった男の初めての敗北。

 それは数年のときを経てもなお男の中で燻り続けていた。

 

 

「早く帰って来るがいい。

 今度こそ決着をつけてみせる。

 お前を殺せるのはこの私だけだからな・・・!」

 

 

 蒼と白、二色の瞳が空を貫く。

 まるでその向こうに憎き仇が存在しているかのように。

 

 

 

「そうだろう? 道化師、プロスペクターよ・・・」

 

 

 

 

 物語は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 


 

 あとがき

 

 

 あれ? 枝織ちゃんは?

 

 

 ってなもんでなんと今回は枝織ちゃん未登場です!

 今まで枝織ちゃんで遊びすぎて物語がまったく進んでいませんでしたからね。

 ようやくオリキャラも出せましたし、これから話が動いていきそうです。

 ・・・でも最近コスプレしてないからちょっと寂しかったり(笑)。

 

 で、いつか掲示板でちらっと言っただけなので誰も覚えていないでしょうが、

 ゲーム版のキャラ『アサミ・カザマ』は敵役で出しました。

 枝織・イツキに続く緑麗のお気に入りキャラなのでけっこう活躍すると思います。

 皆さん温かい目で見守ってあげてください。

 

 それからオリキャラの『エマージィ=マクガーレン』

 じつはモデルはテレビ版「スクライド」の『無常矜持』だったりするんです。

 オリキャラの扱いは非常に難しいと思いますが、頑張って書いていきたいと思います。

 

 それでは。

 

 

 

 

 

 

代理人の感想

 

フクベ! フクベ! GO! GO! フクベ!

いやぁ、素晴らし過ぎます。

他の人なんかもう目に入りません!

今回の主役は貴方です(爆笑)!

 

なお、

「代理人の「アキトさん。あなたは堕落しました(びしぃっ!)」のコーナー」は

今回はお休みさせていただきます。

 

頭の中ではチェーンソーのエンジン音が絶え間なく鳴り響いているもので(爆)。