紅の戦神
第十二話
火星にて、ND−001『機動戦艦ナデシコ』が消息を絶ってからはや八ヶ月。
ここ地球においても状況は急変を迎えていた。
ナデシコの一件で仲違いしていたネルガルと連合軍は和解し、
ネルガルより提供された多数の技術によって軍は戦力を強化。
その勢いもあってか一時は地球各所に点在する木星蜥蜴の勢力を圧倒する。
しかしそれに対して木星人は無人兵器の機能を進化させることで対抗。
当然戦局は泥沼に突入し始めた。
互いに決め手となる一手を持たず、消耗戦が日常となっている。
もっとも、相変わらず地球側に不利であるのは明白だったが。
そして『第四次月攻略戦』を前にして、各地で着々と舞台は整っていく。
すべての鍵たる『ナデシコ』の登場を待ちながら―――
―――セイジョウ・シティ 地下研究所 所長室
「・・・あれ?
おじいちゃん、侵入者みたいです」
それまで黙々と書類作成を手伝っていた私は、脳に直接送られる映像に意識を集中した。
この研究所に侵入した者達の存在を確認したからだ。
「む・・・・?
おお、そう言えばそろそろじゃったな」
所長要の椅子に深々と腰掛けて半分寝かかっていたおじいちゃんは私の声に反応し、
欠伸をかみ殺しながらそう応える。
その言葉に私は眉を顰めた。
つまり予定通り、ということなのかな?
「・・・どういうことです?」
「なに『エンハンスソード』の性能検査だよ。
計画は一応の完成を迎えたわけだが実戦テストもまだだったのでな。
エマージィに言って手を回してもらった」
そう。本当なら一番多忙であるはずのおじいちゃんが居眠りなんかしていられるのはそのおかげ。
すでに『プロジェクト・エンハンスソード』は完成していた。
最強の剣の名を冠するこの計画。
それは文字通り被験者・・・いや戦士たる者達の能力を極限まで高めることにある。
回収した死体の脳に直接制御機構をインプラント。
IFSにも使われる補助脳が死亡した脳の代理を果たし、一見して生前とほとんど変わりは無い。
制御機構に組み込まれた服従プログラムのお陰でまず裏切ることはあり得ないし、
もし裏切りがあったとしても私の操作でいつでも脳・補助脳ともに破壊することができる。
筋力・瞬発力・反射神経などといった各種能力は常人の3〜4倍は確実。
またシステムにより彼らには痛みや恐怖が存在せず、
脳内に施されたマシーナリー・インプラントは思考統制も可能にするので連携も完璧だ。
まあ諜報力に欠けるが、それに関しては経験がものを言う場合もあるので仕方がないだろう。
だけどそれを補って余りあるほどの戦闘力は十分おじいちゃんの期待に適っているらしい。
『死を恐れない兵士』はまさに理想的。ついでに実際に死なない。
さすがに脳が破壊されたら活動は出来ないけど。
エンハンスソードは『指揮官<ユニットリーダー>』と『兵士<ソルジャー>』の2タイプに分類される。
もっとも指揮官タイプは私とおじいちゃんの二人しかいない。
そしておじいちゃんの場合はクリムゾン製のスーパーコンピュータを媒介にしたナノマシンリンクであり、
私の場合は兵士タイプと同じように直接脳内にその為の支配機構が埋め込まれている。
おじいちゃんの支配力なら一度にすべてのユニットを操ることが出来るが各々に細かい指示を送ることが出来ない。
また私のほうは私自身を媒介にしているのでかなり自由が利く。
だから細かい作業が必要な任務には最適で、単純な殲滅戦以外では私が任されている。
遠征なども可能なのは私だけだ。おじいちゃんの指揮には一通りの設備が必要だから。
小回りが効く代わりに私が一度に支配できる兵士の数は7体が限度。
それ以上は私のもう一つの能力が阻害されてしまう恐れがあるのでリミッターがかかっている。
今、侵入者の存在を確認したのも
各所に配置してあるエンハンスソードが見た映像を私の脳に情報を送り込んできたため。
エンハンスソードの恐ろしさは単体戦闘力よりもむしろ部隊として働くときに最も発揮されるのだ。
逆に言えば支配をはずれたエンハンスソードは、単に運動能力の高いだけのド素人。
それだけでも並みの使い手では敵わないのだが。
一人の超人を生み出すのではなく、集団として至高の戦闘力を持つことが重要なのだ。
それは件のマシンチャイルドの生成とは大きく目的を違えるものだった。
「迎撃・・・・した方がいいですよね?」
「うむ。
だが対応はお前に任せる。
わしの指揮では生かさず殺さずというのは無理だからな」
「わかりました。それじゃ、ちょっと行ってきます」
私はおじいちゃんに一言断って立ち上がる。
おじいちゃんは椅子を後ろに回転させて、かるく手をひらひらと振るだけだ。
その行動は既に私の勝利を確信しているからであり、自らの生み出した部隊への絶対の信頼の証である。
私は歩きながら脳内に送り込まれる情報を確認する。
そしてそこに映る侵入者達を自分の記憶の中のデータと照合させる。
「へえ・・・・『真紅の牙』ですか。
カタオカさんとエマージィさんって仲が悪いものだとばかり思ってましたけど・・・」
ま、どっちにしろ私の嫌いな人たちであることには変わらない。
まだ慣れないリンクによる会話で、私は手足となる者達に呼びかけた。
『1stから7thまでは待機状態に入って下さい。
これより戦闘行動を開始します』
『『『『『『『―――了解・・・・』』』』』』』
無愛想な返答が七つ、頭の中に響く。
数だけ聞くと聖徳太子にでもなったかのようだが、
実際やってみると7人程度なら同時に会話をすることが可能だ。
声に出すという面倒な動作も省けるので当然作戦スピードも上がる。
それ以前に私を含めて計八組の感覚器官には死角というものが存在しない。
まさに最強の部隊だと、私はおじいちゃんの研究の成果を誇りに思った。
「さ、ミッションスタートですね♪」
―――第四次月攻略戦
「艦長! チューリップに重力波反応を確認しました!」
「何ぃっ!!」
「ヤンマサイズ以上の戦艦、来ます!!」
「迎撃可能な部隊は!?」
「駄目です! 何処の艦も手一杯です!」
「くっ・・・・! 来るなら来い!」
「か、艦長! 何を・・・・!?」
「このグラシオラスをぶつける! 威力は英雄フクベ提督が証明されているからな!!」
「は、はい!!」
「重力波反応さらに増大! ・・・・・はぁっ!?」
「ま、まさかあれは・・・・!」
「識別反応確認!! 間違いありません! あれは・・・・!!」
チュドオォォォオオオオォォンンンン!!!!
「ナデシコっ!?」
俺が目を覚ましたのは予想通り展望室だった。
今はバーチャル映像の草原が映されている展望室だが、さっきからずっと戦いの気配を俺は感じている。
またもや戦闘の真っ只中にジャンプアウトしてしまったらしい。
ふと、周りを見回してみる。
広いはずの展望室に、俺のほかに3人の女性が眠っていた。
そう、3人。
ユリカにイネスさん、そして枝織ちゃんだ。
「予想はしていたけど・・・・・やっぱりA級ジャンパーになっちゃったのか・・・」
無意識のジャンプでここにいるということ。
それは枝織ちゃんがA級ジャンパーになってしまったことの証。
イネスさん曰く『人は外がよく見えるところを無意識的に求める』らしいが、
皮肉にもこれで枝織ちゃんが俺と同等のジャンプナビゲート能力を持っている事が分かった。
なんとなく、そうじゃないかと思っていたんだ。
ナノマシン処理したときに現れた左手の紋様。
はっきり言って原因と考えられるのはあのランダムジャンプしかない。
・・・・ジャンプの演算ユニットである遺跡が枝織ちゃんに働きかけたのだろう。
あれがいったいどのような影響を人体に及ぼすのかは分からない。
しかしただ一つ分かっていることは、
遺跡が人間の遺伝子をボソンジャンプに最も適した形へと書き換えてしまうこと。
それは俺やユリカ、イネスさんといった火星生まれの者達が証明している。
「まあそれはそれとして、だ・・・」
そう。そんなこたあどうでもいい。
ジャンパーであろうとなかろうと、俺が枝織ちゃんを全力で護ることには変わりないからな。
いやどちらかと言うとジャンパーだった方が都合いいし。(ルリちゃん達から逃げ易い)
問題は今。
今俺が置かれている状況。
枝織ちゃん・・・そ、そこはダメ・・・!(核爆)
左手をしっかりと繋いだイネスさん。
右腕をすっぽりと抱えるように寝ているユリカ。ときどきでへでへと笑いを浮かべている。
そして、俺の上でピッタリと体を密着させている枝織ちゃん。
しかも寝心地が悪いのか、時折もぞもぞと体を揺するし。
いつもは受けに回ることがないからちょっと新鮮・・・・じゃなくて!
これじゃあ身動き一つとれないぞ。
こんなところを誰かに見られたら・・・・(怖)
ピッ!!
『アキトさん、おはようござ・・・・』
「―――っあぁぁああぁぁあああ!!!!」
突然現れたルリちゃんのウィンドウが開く一瞬で俺は三人を振りほどき、一気に距離をとる。
母親からとある特殊な種類の本を隠す男子学生もビックりだ。
なかなか離さなかったユリカを多少吹き飛ばしたのには・・・・まあ不可抗力を主張しよう。
『・・・・・どうしました、アキトさん?』
「・・・はあ・・はあ・・・い、いや、なんでもないよ、ルリちゃん
そう、なんでもないんだ。はははは・・・・」
危ないところだったが、どうやら間一髪間に合ったみたいだ。
我ながら素晴らしい反応速度だな。
『とりあえず戦闘中ですのでユリカさんを起こしてください。
このままだと宇宙軍だけでなく、ナデシコもピンチです』
「あ、ああ分かった。
おいユリカ! 起きろ〜〜〜〜!!」
力強くユリカを揺さぶる。
ジャンパー体質であるユリカは、他のクルーよりは目覚めが早くてもおかしくないとは思うけど・・・。
まあこいつの寝起きが悪いのは今に始まったことじゃないがな。
「う〜〜〜ん、アキト〜〜〜・・・でへへへ・・・」
ユリカはどんな夢を見ているのだろう?
あまり上品とはいえない笑みを満面に浮かべ・・・
ガシッ!!
この俺が捉えきれないほどの速さで肩を揺さぶる俺の手を掴む。
こいつは・・・・・・(汗)。
「・・・・・・はあ。
ルリちゃん、とりあえずジュンを起こしてくれないか?
緊急時には副長に指揮権が移行されるから・・・」
いまユリカを起こして妙な命令出されても困るし。
『そっちの方がいいみたいですね。
分かりました。アオイさんの言質をとった後で私が一時的に指揮をとります』
いや別にそのままジュンにやらせても大丈夫だと思うぞ。
ルリちゃんから見たら頼りないのかもしれないけど。
「そうしてくれ。
俺もすぐに出撃する」
『はい。それじゃあ』
通信を切る。
これから戦闘に入るのなら同じパイロットである枝織ちゃんも起こさなくちゃならないのだろうが、
じつは枝織ちゃんもユリカに負けず劣らず寝起きが悪い。
北斗みたいに近づいたものを容赦なく攻撃するようなことは無いがとりあえず何事にも動じない。
殺気とかを感じたら即座に起きるだろうけどな。
別にそこまですることもないだろう。
俺は一人で格納庫に向かった。
『ど〜ゆ〜つもりだ貴様ら〜〜っ!!』
『い、いえですからこれは・・・・』
『貴様らがこのまま攻撃を続けるなら、
第2艦隊の名誉にかけて迎撃する!』
エステでの待機任務に入った俺はブリッジに通信を繋ぎ、いきなりこげたおっさんの怒声を聞く羽目になった。
なんでもナデシコのグラビティブラストが艦隊を掠めたらしい。
因みにそれについてルリちゃんは、
『警告はしました。
それに、軍艦に当たらないように精一杯の注意を払いました。
ですからこれは事故ということになります。
って言うかこれは事故です』
と、平然とした顔で言い放ち、皆を――とくにジュンを――蒼褪めさせる。
その時点で、俺も含めたみんなの意見は一致していた。
すなわち、ルリちゃんだけは敵に回したらいけない、と。
俺は嫌というほど知ってるがな。
『それに既に副長の言質は取ってあるわけですし、
なにかあってもこれですべてはアオイさんの責任ということに・・・』
哀れだな、ジュン・・・。
既にその表情は蒼を通り越して真っ白だ。
『うう・・・せめてユリカが艦橋にいてくれたら・・・』
『アオイさん。そのユリカさんになんですが・・・・・』
『はい? ネルガル本社から?
・・・・・ええ、分かりました。僕がユリカを起こしてきましょう。
ホシノ君、引き続き指揮を頼むよ』
どうやら開き直ったか?
ジュンは指揮権をルリちゃんに移行してさっさとブリッジから出て行く。
普通の戦艦じゃ一オペレータに全権を委ねるなんて考えられないことだが、ここはやはりナデシコだな。
生真面目軍人なジュンの奴も何時の間にやらここまでアバウトになってしまうとは・・・。
・・・それにしてもルリちゃん、いったいなんで軍を掠めて撃ったりしたんだ?
『被害を最小限に押さえるためです。
あのままにしておいたら軍の方々は面子に拘って力押しで突っ込んでいったでしょう。
そうなると当然被害は増えるし戦死者だって皆無というわけには行きません。
今は頭に血が上ってるみたいですけど、後で冷静に考えてみれば逆にお礼を言って来ますよ。
・・・・・・でもさすがユリカさんですね。
前は無意識的に最善の行動をとっていたと言うわけですか・・・』
「いや、ルリちゃんもさすがだよ。
・・・・・・ん? じゃあジュンに言った責任がどうとかは・・・?」
『あの人は某組織の作戦部長ですから・・・』
「え?」
『アキトさんは知らなくてもいいことです』
・・・また俺の知らないところで戦いは繰り広げられているらしい。
とにかく連合宇宙軍第二艦隊はふらふらと帰っていった。
俺たちはそれを援護しながらも敵の大軍を迎え撃つ。
とりあえずコスモスがこの宙域に到着するまでは苦しい戦いになるな。
今のナデシコの状態じゃ少しきつい。
【敵、第二陣来ます】
『ありがとう、オモイカネ。
皆さん、敵の第二陣が来ます。第一種戦闘配備。艦内警戒態勢パターンA。
エステバリス隊の指揮はリョーコさん、お願いします』
『了解、了解!
行くぞ〜、お前ら!!』
リョーコちゃんの指示に応じて俺たちは待機状態から戦闘状態へと移行した。
既に光学で確認できるくらいの距離まで敵の大軍が近づいている。
枝織ちゃんを除いた形となるわけだが、まあ時間稼ぎだけなんだし問題は無い。
さ、害虫駆除といこうか。
『各自散開! 各個撃破!!』
『作戦は?』
『この数だぜ? 状況に応じて!』
『『『「了解!」』』』
先行するリョーコちゃんの指示に俺たちは応える。
確かにリョーコちゃんの言う通り、うんざりするくらいの数だ。
しかも歴史通りならこいつらの機能も強化されているはず。
現段階の射撃武器じゃよほど上手いところに当てないと一撃で撃破することは出来ない。
まあ俺にとってはあんまり変わらないけどな。
とりあえずそんなこととは知らずにまずヒカルちゃんが攻撃を仕掛けた。
『いっただき〜〜〜〜!!』
ドドド! ドドド! ドドドドッ!!
突進しながらの攻撃。
ラピッドライフルでの射撃の後のフィールドによる体当たりだ。
もともとのフィールド強度がバッタとエステでは全く違うために今までならこの攻撃は非常に有効だった。
しかし、
『え〜〜、うっそ〜〜〜!!
10機中3機だけ〜〜〜!?』
放たれた弾丸のほとんどはバッタのフィールドに弾かれ、その後の体当たりも思いの他効果が無い。
当然大多数がいまだ健在。
こちらの持っているデータでは考えられないことだ。不満を言いたくなるのも分かる。
ここは認識以上の敵を相手にして、3機を墜としたことを誉めるべきだろう。
『バッタ君たちもフィールドを強化してるみたいね』
『進化するメカ〜〜〜?』
ヒカルちゃんのフォローをしながら一点連射で1機づつ確実に墜とすイズミさんが冷静に判断を下す。
既存の概念に捕われない柔軟思考もさすがだ。
『は! それがどうした!! 漢なら拳で勝負だ!!』
『いくぜ〜〜っ!! おらおらおらおら〜〜〜っ!!!』
・・・言うまでもないと思うがこっちはガイとリョーコちゃん。
既にライフルは収納して、ナックルだけで戦っていた。
やたら口上の多いガイはそれだけ隙も多いがな。
逆にリョーコちゃんはまさに鬼神の如くで、手当たり次第にバッタ達を殴りつけている。
「さて・・・・そろそろか?」
俺は片手間に担当区域の無人兵器たちを全滅させながら、こちらに近づいてくる一隻の艦を確認する。
ナデシコには劣るがそれでもかなりのスピード。
宇宙軍のグラシオラス級やジキタリス級とは一線を画している。
間違いない。コスモスだ。
「リョーコちゃん、増援だ。
いったんナデシコに帰艦しよう」
『増援? わかった。
全機に告ぐ! ただちに後退せよ!
ヤマダ! 遅れたら置いてくからな!!』
ガイにだけ釘をさし――リョーコちゃん、わかってるね――隊列を組みながら戦域を離脱する。
その時、通信に乱入者が現れた。
ピッ!!
『退がりたまえ! ここは危険だ!!
全員離脱したまえ!! さあ!!』
だから現在離脱中だって(笑)。
まあそれはそれとしてアカツキ・・・・お前出るタイミングを窺っていただろう?
わざわざこっちのレーダーに察知されないように近づいて来るくらいなんだからな。
そのくせ気配は消せてないし、もし枝織ちゃんが出てたら敵に間違われたかもしれんぞ?
『誰だ、貴様ぁっ!? ・・・・・はっ!!』
リョーコちゃんが突然現れた蒼のエステに対して身構えた次の瞬間、
俺達の目の前を黒い光の束が横切った。
ギュォォオオオォォォォオオンンン!!!
『グラビティブラスト!?』
ヒカルちゃんの驚愕の声。
なぜならグラビティブラストは最新鋭であるナデシコにのみ搭載されている兵器だから。
『敵、二割がた消滅』
『うっそ〜〜〜!』
『第二波感知』
ドゴォォォオオオォォオオオンン!!!
『す、凄い! 多連装のグラビティブラストか!!』
ブリッジでも突然の事態にてんやわんやのようだ。
あいにくと一番騒ぎそうな艦長は不在らしいが。
そんなわけで、
全員が驚愕に彩られる中、エステバリス隊はナデシコに帰艦した。
「何だ何だこのフレームは!? 新型かよ、おい!!」
格納庫にて俺たちを出迎えたのは整備班の飢えた獣のような目だった。
今にもアカツキのカスタムエステに跳び付きかからんばかり・・・・
「顔が違う! ジェネレーターもコンパクト!
オマケにお肌もスベスベ〜〜〜〜〜!!」
「「「一生やってろ!!」」」(三人娘)
・・・いや、既にウリバタケさんはエステの足に頬擦りしていた。
ちょっと怖い。
「ほぉ〜・・何時の間に新型なんか作ってやがったんだ?」
ガイの反応は意外だった。
こいつのことだから、自分を差し置いて新型なんかが出てきたらまた騒ぎ出すだろうと思ってたんだが。
ようやくエステの性能の差が戦力の決定的差ではないということに気付いたのか?
「いや色が気に喰わん」
ああよかった。それがお前だ。
ま、ゲキガンカラーではないからな。
「でもひどいよね〜〜、私らのエステちゃんが最新バージョンだって聞いてたのに・・・」
ヒカルちゃん。だからマシンの性能が決定的な差には・・・・
「それは誤解さ!!」
いちいち演出にこだわる習性のある元大関スケコマシの登場だ。
開けたアサルトピットに片足をかけ、全員の注目が集まるまで顔を伏せたまま。
「君達が火星で消えてから八ヶ月。
地球側も新しい力を得たということさ」
「お前は誰だーーーっ!!」
「ふ・・・・」
ウリバタケさんのお約束な問いに対して大仰に反応を示すアカツキ。
そろそろ・・・・・・・・・・・・・光るかな?
「俺はアカツキ・ナガレ
コスモスから来た男さ」
キラッ!
当然の如く煌いて存在を主張する白き歯。
相っ変わらず無駄に見事だ。
だが無駄さ加減ならばこっちも負けていない。
いや、歯だけを輝かせるなど生ぬるい!
どうせやるなら全身全霊で輝くべきだ!
そう、まさにあの電撃ネズミのように!!
「よしガイ! 10万ボルトだ!」
「・・・・・ケンカ売ってんのか?
ってかなんだよ、そのスタンガン・・・・」
たかが10万ボルトだぞ?
かつてのお前なら本気で日常的に浴びてた程度の威力だ。
たとえ普通の人間が陸に上がった魚の如くのた打ち回るような程だとしても問題ないに違いない。
「あ〜〜っと・・・・なんか楽しそうなとこ悪いんだけど、そこの君。
ちょっといいかな?」
せっかくなので手許でバチバチとスパークさせてガイに見せてやってるところにアカツキが来る。
・・・・なんだ、お前も喰らいたいのか?
「・・・とりあえずスタンガンはしまってくれるかい」
「了解した。
・・・・俺はテンカワアキトだ。これからよろしく頼む」
いろいろと、な。
「ああ、こっちこそよろしく、テンカワ君。
ところで・・・・影護枝織っていうパイロットはどこにいるのかな?」
途端に探るような・・・組織の長としての視線を宿すアカツキの目を俺はにらみ返す。
プロスさんはかなり枝織ちゃんびいきだが、それでも何も報告をしなかったというのはあり得ないだろう。
間違いなくアカツキの耳に入り、身元を洗おうとしたはずだ。
しかしはじめから地球上に存在しないものがわかるわけがない。
唯一事情を知っていそうな俺から攻めていくつもりか。
「枝織ちゃんに何か用か?」
「いやなに、僕もこれからこの艦でパイロットとしてやっていくからね。
ならエースパイロットの彼女に挨拶するくらいおかしなことじゃないだろ?」
実際は火星での戦闘があるから俺のほうが撃墜数は多い。
しかしサセボで見せた枝織ちゃんの戦闘は、
地球上のあらゆる組織――軍も含めて――の注目を集めることになってしまったらしい。
ある意味ではナデシコ本体よりも重要視されているのだ。
圧倒的強さで無人兵器を駆逐した一機の機動兵器のパイロットは。
「そこのロン毛! ナデシコのエースはこの・・・ぴぎゃっ!!」
「枝織ちゃんはこの時間なら食堂だな。
俺もそろそろ行かなきゃならないから案内しようか?」
「あ、お願いできるかな。
そういえば僕もすこし腹ごしらえがしたいし」
傍らで大声をあげたガイを10万ボルトで黙らし、
何事もなかったかのように格納庫を後にする俺たち。
不死身だろーがなんだろーが、とりあえず効くことは効くらしい。
ま、どうせ30秒もあれば復活するんだろうがな。
「え? 来てない?」
「ああ。ついさっき今日は休ませて欲しいって連絡があったとこさね」
食堂についた俺は真っ先に厨房に入ったわけだが、
そこにも店内にも枝織ちゃんの姿がないのでホウメイさんに尋ねたらこれだ。
・・・何があったんだ?
枝織ちゃんはウェイトレスの仕事を楽しんでいる。
滅多なことがなければ欠勤なんかしないと思うが・・・。
「枝織君はいないみたいだね?」
カウンター越しにアカツキがひょいと顔を出す。
そして手に持っていた食券を俺に手渡しながら、続けた。
「コミュニケは持ってるんだろう?
連絡してみたらどうかな」
「ああ・・・・・・いや、だめだ。
着信拒否になってる」
だんだんと食堂に人が入り始め、俺はさすがにそれ以上油を売っているわけには行かなくなる。
まあそれでも会話する分には支障はないがな。
「おいおい、パイロットが着信拒否ってのは問題じゃないかい?
―――オペレータの娘に問い合わせてみれば居場所くらい・・・」
いや、無理だな。
枝織ちゃんが本気で姿を隠したらオモイカネとルリちゃんが組んでも見つけられない。
俺が全神経を集中させてようやく気配の跡を辿ることが出来るくらいの達人なんだ。枝織ちゃんは。
「やめときなよ、アンタたち。
誰にだってね、一人になりたいときってのがあるもんなのさ」
ホウメイさんに言われ、アカツキは肩を竦めて自粛の意思を示した。
引くときは引く。まあ当然だな。
このナデシコ食堂においてホウメイさんは絶対の存在だ。
「大丈夫。枝織はあれでけっこう大人だからね。
時間がたてばちゃんと公私のけじめはつけられるよ」
「ホウメイさんは枝織ちゃんに何があったのか知ってるんですか・・・・っと。
ほらアカツキ。ネギチャーシュー大盛りお待ち!」
かなり大きめの丼をアカツキの前にドンと置く。
俺もジャンプアウトしてから枝織ちゃんと会っていないからな。
何があったのか全く分からない。
少なくともジャンプ前は何もなかったはずだが。
「別にはっきり聞いたわけじゃないさ。
ま、通信越しにも分かるくらいになにやら思いつめた顔をしてたからね。
テンカワにも話してないんだろ?
だったら外野がどうこういうべきじゃない。
誰かを頼るならまずテンカワに相談するよ。あの娘は」
ふむ・・・やっぱりなにかあったんだろうな・・・。
食堂の方が一段落したらちょっと話してみよう。
できれば枝織ちゃんにはいつも笑っていて欲しいしな。
その後コスモスへの収容が完了し、ナデシコ食堂の忙しさは最高潮となった。
枝織ちゃんは・・・・・・・・・まだ現れない。
「―――『真紅の牙』隊長、カタオカ・テツヤさんですね?」
「・・・さぁな!」
ダァンッ!!
確かに一瞬前までは誰もいなかった。
それを自分に確認しながら背後からの声に銃弾で応える。
避けられるタイミングではないし、まずこれだけの近距離で外したら俺ももう引退が近い。
だがある意味で予想通りにその人物は何事もなかったかのようにそこに立っていた。
「ひどいですね。普通いきなり撃ちますか?」
「気配を殺して背後に立つような奴には容赦しないことにしてるんでな」
振り返った俺の目の前にいたのは・・・・見たところただのガキだ。
いわゆる美少女っていうやつなんだろうが、あいにく俺には少女愛好の気はない。
あと5,6年もすれば十分いい女になるだろうが。
とにかくこの場にいる以上、見た目通りのはずがない。
どうする?
「無駄な抵抗は止めてくださいね?
今回は一人も死人を出さないことが所長からの指示ですし。
それに汚れて掃除するのは結局私なんです」
つまりこいつはそれだけの地位にいるということか。
ここはこの研究所の中枢、記録保管室だ。
研究所の性質上、警備機械も今までで一番厳重だった。
「何者だ・・・お前は?」
ブラスターをしまい、両の手のひらを見せて投降の意思を示しながら問う。
それにガキはきょとんとした顔をし・・・
「あれ? エマージィさんに何も聞いてないんですか?」
出てきた名はさらに俺の機嫌を悪化させた。
思えばこの仕事をもってきたのがあの忌々しい消火栓野郎だって時点で怪しむべきだったか。
ちっ、こんど会ったらあのにやけ面を柘榴に変えてやる。
「・・・・ほんとに何も聞いてないみたいですね。
なんて言われてここまで来たんです?」
「別に。いつも通りの仕事だと聞かされていただけだ。
裏切りの嫌疑のかかったウォルフを処理して研究データとやらを奪取。
ついでに研究員も全員処理。
ま、俺たちにとっては本気でいつも通りなんでな。あんまり疑わなかった」
ガキは――アサミと名乗ったが――『裏切り』という言葉に目を丸くした。
・・・・だめだな。こいつも腹が立つ。
行動の端々に青臭さが残ってて、まだ汚れた世界を知らない感じだ。
この世界に身を置きながらこんな目をするなんて、ただの甘えかよほどの偽善者。
どっちにしろ気に喰わないのは確かだ。
「あの人いったいなに考えてるんでしょう?
ウォルフ所長に裏切りの嫌疑をかけるなんて・・・・」
「どうでもいいことだ。そんなことは。
それよりもお前らこそ舐めた真似をしてくれるな。
俺たちを実験台に使ったんだろう?
ウォルフ=シュンリン・・・・あの『人形遣い』の研究成果とやらの」
ウォルフ=シュンリン=サトウ。
学者崩れのくそじじい。
じじいなどに興味はないから詳しいことは知らんが、裏の世界ではこの字名で呼ばれている。
大層なことだな。
ただのくたばりぞこないにここまで金をかけて・・・。
アサミは俺のセリフに思うところがあるのか、途端に無表情に変わって冷たく言い放った。
・・・感情の抑制が出来ていない。
やはりまだまだガキだ。
「クリムゾンシークレットサービス『真紅の牙』
エンハンスソードの性能を試すにはちょうどいい相手かと思いましたけど・・・・
どうやら期待はずれだったみたいですね」
ピッ!!
アサミが手許の機械を操作すると、軽快な電子音を奏でながら複数のウィンドウが宙空に現れる。
映っていた光景に、俺は不本意ながら呻き声を上げてしまった。
・・・つまり各所に散らばっていた『真紅の牙』の隊員達が、白目を剥いて倒れている姿に。
「怪物部隊<モンスター・トゥリーヴ>・・・・」
「それから、これ研究データです。どうぞ。
残りの隊員の方々は後日、ちゃんと『無傷』で配送いたしますのでご心配なく。
では失礼します」
にこやかに・・・・しかし相変わらず目だけは笑わずにそれだけ言うと、
この俺に背中を向けることに何の躊躇いもなく歩き出す。
ドアのところで振り返ったその女は、渡されたディスクを手の中で弄ぶ俺に対し、
「あ、すみません忘れてました。
これ、ここに置いておきますね?」
カチャ
ドア近くのデスクトップの上に、黒光りする金属の塊を置く。
それを見て俺は思わず自分の懐に利き腕を当てた。
「―――何時の間に・・・!?」
そこに・・・しまったはずのブラスターの感触を感じることは出来なかった。
抜き取られたのだ。
この俺に微塵もその気配を悟らせることなく。
ずっとアイツから目を離しはしなかったはずであるのに。
「気に入ったよ・・・・・・・・・化け物め・・・」
俺の言葉は空しく響くだけだった・・・。
あとがき
緑麗はメモ帳を使っていますが、どうも一話あたりが30KBくらいになります。
一話で50くらい使えれば話ももっと早く進むのに・・・・。
とか言い訳してみたり(笑)。
いや〜、話が進みません。
枝織ちゃん相変わらず出てこないし。
落ち込んでるときにコスプレさせるわけにも行かないからちょっと欲求不満です。
今回は『エンハンスソード』について捕捉します。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、あれにはモトネタがあります。
ジャン・クロード・ヴァンダム主演の『ユニヴァーサル・ソルジャー』というアクション映画です。
アキトとラピスの精神リンクに似たシステムで思考統制をし、集団行動でその真価を発揮します。
ここらへんは『スプリガン』ですね。
アサミがリーダーとして部隊行動を展開できるのが7体のみ。
つまりアサミが小隊長、ウォルフが総司令って感じでしょう。
アサミは既に脳に別の機能が付加されており、そのために7体程度に制限されてしまっているのです。
さて大分趣味に走った設定ですが、出来うる限り作品の中に生かしていきたいと思います。
それでは。
次は少しくらい沙耶を書きたいな。
代理人の感想
話ががらっと変わりましたねぇ、十一話以来(笑)。
ひょっとしてこのままシリアス一直線?
さて、作者さんの解説がついた『エンハンスソード』ですが
遺跡を介したアキラピのリンクと違い、クリムゾンのコンピューターを介した彼らのリンクは
通常の電波ないしそれに類する伝達手段によると思われますので撹乱も可能でしょう。
あるいは中継点のコンピューターに直接ハッキングをかますと言う手もあります。
まぁ、それは今後の展開を楽しみにしましょうか。
ところで、アサミの能力と言うのが非常に気になるんですが(笑)。